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【社説】

天安門事件 「曲折の歴史」も消せぬ

 中国で民主化運動が武力弾圧された天安門事件から四日で二十九年。だが、事件は総括されていない。共産党独裁色が強まり、政権に不都合な歴史を消し去るような動きが目立つのが気がかりだ。

 共産党一党支配を厳しく批判して天安門事件後に当局の監視対象になりながら、獄中でノーベル平和賞を受賞した民主活動家が劉暁波(りゅうぎょうは)氏である。言論の自由を奪われたまま昨年七月に死去した。

 二〇〇八年に自由、平等、人権を「人類の普遍的価値」とする「〇八憲章」の起草を主導し、「国家政権転覆扇動罪」に問われ、懲役十一年の判決を受けた。

 劉氏が出席できなかった平和賞授賞式では「私が文字の獄(言論弾圧)の最後の犠牲者に」とのスピーチが代読された。残念ながら劉氏の死後、一党支配は一段と強まっており、劉氏の願いに反し、天安門事件直後よりも「文字の獄」は苛烈になっている。

 中国当局は劉氏の死後、妻の劉霞(りゅうか)さんを北京の自宅に軟禁している。非暴力で民主化を求めた劉氏の家族への重大な人権侵害である。劉霞さんの希望通り、早く出国を認めるべきである。

 香港紙・明報は昨年末、機密解除された英公文書をもとに、英政府が天安門事件の犠牲者を最大三千人と推計していたと報じた。中国政府による犠牲者三百十九人との公式見解と大きく食い違う。

 中国政府は「八〇年代末の政治風波」と結論付けた事件について、今年も新たな総括や反省に踏み込まなかった。事件はタブーとされてきただけでなく、三年前には環球時報が「(事件の記憶を)薄れさせるのは、中国社会が前向きに進む哲学的な一つの選択」と主張する評論まで掲げた。

 目を覆いたくなるような歴史にきちんと向き合い反省するのではなく、国民の記憶を薄れさせ、最後には消し去ろうとするのは誠実な態度とはいえない。

 今春、新たに採用された中学校の教科書から文化大革命の記述が半分消えた。かつて党が毛沢東の責任を認め「深刻な災難をもたらした内乱」と総括した文革の誤りの記憶を、教育の場で薄れさせる歴史への冒涜(ぼうとく)にも映る。

 習近平国家主席は文革について「世界の歴史をひもとけば、いかなる国家も民族も曲折に満ちてきた」と評したことがある。その通りであろうが、「曲折の歴史」にきちんと向き合ってこそ、進歩と新たな未来があろう。

 

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