今回紹介するFKさんは、前頭側頭型認知症の方。
前頭側頭葉変性症の分類でいうところの「意味性認知症」から、「前頭側頭型認知症」へ移行していったと思われる方である。
60代男性 前頭側頭型認知症(意味性認知症からの移行)
初診時
(既往歴)
TIA(一過性脳虚血発作)
(現病歴)
15年ほど前に一過性に左眼が見えなくなったことから〇〇病院で脳血管撮影などが行われ、抗血小板薬が始まった。一時は脳血管バイパスが検討されたとのことだが、手術には至っていない。詳細は不明。
4年ほど前から、〇〇脳神経外科でレミニールが開始となった。初期用量では頭がスッキリしたような印象があったらしい。その後から現在まで、長らく24mgで内服中。
「これ以上のいい薬はないんだから、これを飲み続けなさい。脳血管性認知症の可能性はないでしょう。不満があるなら他のところに行きなさい。」などと言われ、奥さんとしては通いにくさを感じていると。
知人から当院受診を勧められ来院。
(診察所見)
HDS-R:不可
遅延再生:不可
立方体模写:拙劣
時計描画:不可
IADL:1
改訂クリクトン尺度:26
Zarit:21
GDS:施行不可
保続:なし
取り繕い:なし
病識:あり
迷子:なし
レビースコア:4
rigid:なし
幻視:あり?
ピックスコア:3
FTLDセット:1/4
頭部CT所見:左有意の萎縮
介護保険:申請なし
胃切除:なし
歩行障害:なし
排尿障害:なし
易怒性:最近イライラ
傾眠:なし
(診断)
ATD:
DLB:
FTLD:〇
その他:左ICO CBS-CBD
(考察)
FTLDベースなのだろうが、慢性的な左側血流低下の影響もあるのかもしれない。また喃語や錯語が非常に気になる。次回は握力チェックを。CBDの可能性は?
〇〇病院の薬も一括で預かり、抗血小板薬を減量してプロルベインを加える?。フェルガードはどうする?
一旦レミニールは16mgに落としてみよう。
3週間後
レミニール減量で一時期易怒については少し改善があったようだが、ここ数日は混乱しているとのこと。
以前からだが、「山にみんなが集まっているから木を切りに行かないと」という発言があると。明瞭な幻視を見ているわけではないようだが、テレビに向かっていきなり怒り出すことはあるようだ。
言語理解力低下の為、周囲やテレビの話が雑音に過ぎなくなり、それが混乱と怒りを生んでいるのだろう。以前は大人しかったが、最近はむしろ過活動気味。ピック化の兆しあり。
「半年前から目立って認知機能低下が進んできた」と、奥さんは話す。
今回からウインタミンを4mg-6mgで開始し、ロゼレムで睡眠対策を。レミニールはひとまず16mgを維持。
(引用終了)
その後FKさんは奇行が目立つようになり、また突発的な易怒性を発揮することが増え家族負担が増大したため、外来での薬剤調整は断念して精神科病院に入院となった。当院での診察は2回だけで、その後は会えていない。
ピック化の兆しは感じていたため、最後の診察でウインタミンをもっと多めに出すべきだったかという後悔が残った。
早めにバイパス手術をしていたら・・・
当院初診時のFKさんの頭部CT画像を以下に示す。
左側頭葉は右と比較してハッキリと萎縮している。
書字課題を描画で回答しようとしたりなど非常に強い語義失語を呈していたので、萎縮の左右差ふくめて診断は前頭側頭型認知症で問題ないと思われた。
次に、当院受診より2年前に行われた、他院でのMRA(脳血管MRI画像)を示す。
内頚動脈の描出を認めない。これは、内頚動脈が頚部で閉塞していることを示す。
中大脳動脈は、前交通動脈を介して対側から血流を賄われていた。
15年前に指摘されたのが内頚動脈閉塞だったのか、それとも狭窄だったのかは分からないが、「その時点でSTA-MCA bypass(脳血管バイパス術)が行われていたら、あるいは・・・」などと想像を逞しくした。
慢性的な脳血流低下は、脳梗塞以外にも脳萎縮のリスクとなり得る。認知症のリスクとなりうるかについては明確な結論は出ていないが、脳萎縮と認知症は関連付けて考えたくはなる。
脳血管バイパス術は、将来的な脳梗塞のリスクを下げるために行われる手術であるが、「脳卒中治療ガイドライン2015」によると、その適応は
- 内頚動脈系の閉塞性血管病変によるTIAあるいはminor strokeを3カ月以内に生じた73歳以下のmodified Rankin scaleが1あるいは2の症例。
- 広範な脳梗塞巣を認めず、脳血管撮影上、内頚動脈あるいは中大脳動脈本幹の閉塞あるいは高度狭窄例。
- 最終発作から3週間以上経過した後に行ったPETもしくはSPECT、cold Xe CTを用いた定量的脳循環測定にて、中大脳動脈領域の安静時血流が正常値の80%未満かつアセタゾラミド脳血管反応性が10%未満の脳循環予備力が障害された例。
となる。FKさんは少なくとも1と2は満たす。
3だが、取り寄せて確認した以前のSPECTでは安静時血流は対側比90%程度の低下に留まっており、アセタゾラミド負荷は行われていなかった。よって、3については分からない。
アセタゾラミドというのは血管拡張作用を持つ薬剤のことで、このアセタゾラミドへの反応で、いざという時に血流を増やす余地(予備能力)を脳が持っているかどうか判断する。
重要なのは、この予備能力である。
自分が脳外科現役時代には、安静時血流が80%以上あっても、予備能が10%未満であれば手術が行われることはあった。そして、安静時血流が80%未満でも、予備能が20%あれば手術は見送っていた。つまり、重要視していたのは、安静時血流よりも圧倒的に予備能力だった。
アセタゾラミドは慎重な扱いを必要とする薬剤であり、現在の脳血流予備能力検査は気軽に行えるものではない。
認知症のリスクを下げるために気軽にバイパス手術が行われる日が来るとは思わないが、もし将来、気軽に脳血流予備能力を調べることが出来るようになれば、既存の認知症治療薬の選択には役立つ可能性がある。
例えば、「アセタゾラミド的に、その患者さんの脳血流を増やす薬剤はどれか?」ということを、効率的に調べることが出来るようになる。
一般的に、
- リバスタッチ/イクセロンパッチ・・・前頭葉の血流増加
- レミニール・・・脳幹の血流増加
- アリセプト・・・脳全体で万遍なく少しずつ血流増加
といったことが言われているが、これは一部にしか当てはまらないというのが自分の臨床経験から感じることである。ただ、その一部の人達を「効率よく」探せるのであれば、それはそれで有意義なことである。
抗認知症薬が著効する一部の人達は、もともと脳血流予備能力が高く、抗認知症薬で脳血流量が増えたことで改善しているのかもしれない。
そう仮定すると、
- 脳血流予備能力が20%以上ある人は、その人の脳血流を増やす抗認知症薬(プレタール含む)をrotateして見つけ出し、積極的に使用する
- 脳血流予備能力が10%未満の人は、抗認知症薬は控えめに使用する
このような戦略も成り立つように思う。*1
逼迫する医療経済がそれを許さないだろうが、このようなことが出来るようになれば色々と捗るだろうなと夢想した。
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*1:ここではJET-study criteriaに基づいて予備能力10%、20%という話をしている。予備能力が20%以上あれば、内科的抗血小板薬治療で脳梗塞再発率はバイパス群と同等になるというリサーチ結果は、様々な場面で応用が利くように思う。