図らずも今回の一件で、20年以上も前に既にアニメ業界が「凋落」していたことを確認した。
すなわち「売れれば勝ち」だ。
この価値観を彼らの中に発見できたことは、僕にとって非常に貴重な瞬間だった。
これでかなりのものが見えてきた。


アニメが歴史的にそうではなかったことは、僕以上の年代の方々なら明らかなはずだ。

『宇宙戦艦ヤマト』『機動戦士ガンダム』、この二作は、いずれも視聴率が振るわず「打ち切り」になった作品だ。
しかしその内容を再評価し、この二作を護り、一大アニメブームにまで煽動したのは、他ならぬ当時のアニメオタク達だった。
岡田斗司夫さんの言う「オタク第一世代」だ。

「売れなかった」作品を護り抜いたのだ。


その下に僕達「オタク第二世代」が続いた。
スタジオジブリ・宮﨑駿・高畑勲、それを護り抜いたのが、(第一世代のバックアップも受けた)僕達だった。
特に宮﨑さんは長い低迷を必死に耐え忍んでいた。それを僕達二世代が、懸命に支えたのだ。
その一員に(ギリギリ)なれたことは今でも誇りだ。


しかし、それが『エヴァ』で変わった。
それがまさに「オタク第三世代」の誕生の瞬間だった。

「売れる」アニメに乗っかり、それに自分のアイデンティティをも乗せ、ひたすら「売れれば勝ち」とイキがる世代だ。
ちょうどそこに「乗っかりやすい」題材が『エヴァ』だった。
徒党を組んでムーヴメントを作るのに次第に慣れてきたオタク第一、第二世代にも「乗っかる」形で、オタク第三世代が加わって、磐石の体制で『エヴァ』は社会現象となった。
同時に宮﨑駿が『もののけ姫』を発表した。これ以上アニメを盛り上げられる瞬間はない。

オタク三世代のタッグを組んだ試みは見事に成功した。それが1997年。
僕が大学4年生の時だ。

しかし僕は、この異常な盛り上がりに興奮しつつも、ある種の違和感を覚えた。
「これでいいのか?」と、直感的に思った。
それを基に卒論を書いた。


アニメは『エヴァ』で、間違いなくポストモダンに突入したのだ。
理性を眠らせ、感情を暴走させ、かりそめの数字にアイデンティティを乗せ、なけなしのプライドを誇示する。
とにかく数字の出し方は熟知している。それをバックに、「俺達こそが文化だ!」と跳梁跋扈する。
そんなアニメの、オタク達の、野蛮で非文化的な20年が始まったのだ。

今それを、実感として確信する。


かつて「今が最高!」で、オタクの無駄なプライドや歪なスノビズムの源泉は『千と千尋』にある、と書いた。
しかしそれを訂正する必要があるようだ。

『エヴァ』なのだ。


僕は今こそ敢えて「反『エヴァ』(アンチ『エヴァ』)」を表明する。
アニメの進化のためには、『エヴァ』から始まったこの20年を総括し、そして否定する必要がある。
この袋小路から逃げ出すには、それしかない。


何より20数年経った今も『エヴァ』は作られ続け、オタク達は恋々としがみついているではないか。
これは異常であり、かつその異常さのカラクリも歴史的に見て明白なのだ。

アニメは今こそ『エヴァ』から逃げ出さなければならない。