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声優 諏訪部順一×ピアニスト反田恭平 「表現でメシは食えない」親からの反対はこう乗り越えた

声優・諏訪部順一とピアニスト反田恭平。異なる世界で活躍する2人には、こんな過去があった――。

幼いころに見た夢を実現させる人は、どれくらいいるのだろう? ふと気がつけば、毎日仕事に追われて、社会のコマみたいな生活に慣れてしまった。

もし、自分が天才だったならば、違った人生があったかもしれない。

こんな、誰もが思う「夢」と「才能」について、訴えてくる作品がある。現在、NHK総合テレビにて放送中のアニメ『ピアノの森』は、貧しい家庭に生まれて育った主人公(一ノ瀬海/以下カイ)が、出自や権威に負けず、ピュアな気持ちで夢を追いかける様が描かれる。

仲間に囲まれながら、ピアニストの「才能」を開花させるカイのコントラストになるのが、恩師である阿字野壮介だ。彼は、かつて「天才」と呼ばれたピアニストだったが、交通事故でその道を閉ざされた過去を持つ。

『ピアノの森』は、「才能」と「自信」をめぐる物語だ。

例えば、原作マンガでは、カイの才能に触れたピアニストが、その演奏に衝撃を受ける様が描かれる。

「キミは、人々から蔑まれるあの場所を押し付けられたかわりに…何を引き換えにもらったと言うんだ!?」

そして「どうして僕は…こんな大きなライバルと出会ってしまったんだろう」「どれだけ努力すればいいと言うんだ!?」と立ちすくむ。

一方、カイはカイで、阿字野に向かい「俺なんかどうせ自分の力だけじゃどうにもならないじゃないか!!」と泣きじゃくることもある。

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物語のキーマン、阿字野壮介を演じるのは、声優・諏訪部順一とピアニスト・反田恭平だ。諏訪部といえば、2018年の声優アワードにて助演男優賞を受賞した業界のトップランナー。一方、反田はモスクワ音楽院に首席で入学し、現在はショパン大学に通いながら世界をツアーで周る気鋭のピアニストだ。

声優とピアニスト。狭き門。いかにも「周囲に反対されそう」な道を歩んできた二人は、どんな風に才能を開花させたのか?

もともと、違う仕事を夢見ていた

「自分に才能があるとは思ったことはない」

2人は声を揃えて笑う。

「神童なんて呼ばれたことなんてない」と反田が言えば、諏訪部は「目の前の仕事に全力で取り組むうちに、ヒット作に恵まれ今に至った」と分析する。

反田は4歳からピアノのレッスンには通っていたものの、本格的にピアノのレッスンをはじめたのは12歳のとき。プロを目指すには遅いスタートだった。それも最初は、指揮者になるためにピアノに本腰を入れるようになった。

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「音楽教室で『オーケストラの指揮をする』体験をさせてらって、クラシックが好きになりました。80人の人が自分の指揮で一斉に音を出す衝撃に感動してしまって」(反田)

そのときに、指揮者になるにはどうすればよいかと聞いたところ「何かひとつ楽器を極めたほうがよい」と言われ、選んだのがピアノだった。そんな彼に転機が訪れたのは、14歳のときだった。

「『神童』とか『天才』なんて言われてこなかった。でも、高校の進路を決める際に、父から『コンクールで一位をとったら音楽高校を受験してもいい』という条件を出されまして。受けられるものを急いでリストアップして、初めて受けたコンクールで最高位を獲ったんです。小さなコンクールだったけれど、日本一という肩書をもらう。それが、14歳のクリスマスでした」

その後、日本人で初めてモスクワ音楽院に最高得点で入学を果たすことになる、男の言葉だ。

「その時は、まだ中学生。コンクールの準備期間は半年もなかったのですが、やればできるということを知りました。『もしかしたら才能があるんじゃないか』と思ったのかもしれません(笑)。中二病だったので」(反田)

Twitterでは100万以上のフォロワーを抱えるほどの人気を誇る諏訪部。映画監督志望だった彼は、サラリーマンとして会社勤めをしながら「演出のための勉強になるかも」と養成所に通いはじめたのだ。

「サラリーマンをしながら事務所の養成所に通い、幾度かの審査を経て所属が決まりました。いわゆる声優ではなく、ナレーターやラジオDJとしての適性が認められての採用でした」(諏訪部)

所属してすぐにラジオのレギュラーが決まると、その後もナレーターとしての仕事が徐々に増えていき、会社勤めとの両立は一年を待たず難しくなった。

「会社と声の仕事のどちらを取るか上司から選択を迫られ、いろいろ考えた末に声の仕事の方を選びました」(諏訪部)

話しぶりからは大きな苦労もなかったように感じられるが、事務所に所属するというのは極めて狭き門。なぜ、くぐり抜けることができたのか。

「事務所や業界が求めている人材を分析して行った、所属審査の際のパフォーマンスが的中したからだと思います」。

そのように、過去のインタビューで語っている。場当たり的に門を叩いたわけではない。冷静すぎるほどの分析の末に、勝ち得たチャンスだった。

突然の転職。それも人気に左右される不安定な業界だ。周りは反対しなかったのだろうか?

「バブル崩壊直後の冷え込んだ時期でしたから。せっかく入った会社を辞めて、不安定極まりない道に進路変更するなんて誰にも理解されませんでしたね。母親には『情けない』と泣かれました」(諏訪部)

そこで、諏訪部がとったのは短期決戦だった。

「3年以内にこの仕事だけで食っていけなければサラリーマンに戻る」と確約をしたのだ。

「経済的に親に頼る選択肢はなかったので、困窮しないためのベースはあらかじめ作っていましたし、声の仕事がない時間はすべて無休でアルバイトをしていました。結果、サラリーマン時代の所得を下回ることは一度もなく。向かい風が吹きまくっている状況だったからこそ『今に見ていろ』と大いに奮起できたような気がします。負けず嫌いなので(笑)」(諏訪部)

周囲の反対があったのは、反田も同様だった。一般企業に勤める父と専業主婦の母。「クラシックの世界を知らないから不安になるのはわかる」と、一言おいて振り返る。

「僕も親からの反対はありました。受験の後にも『高校の3年間で道を見つけられなければ諦めろ。大学の学費は出さない』と言われていたので。留学にしろ、大学にしろ、一応親の力を借りずにやれているので、怖いというか……ありがたい限りです」(反田)

自分で納得したパフォーマンスをしても、選ばれないこともある。でも…

「選ばれた天才」。そう思うかもしれない。

それでも、「あいつの方が優れているのではないか?」と悩むことはあるのか。『ピアノの森』でも、他人との比較は描かれる。カイは「天才」と呼ばれるが、ライバルの演奏を聴いて「衝撃で立てなくなってしまう」瞬間もある。

諏訪部は否定する。

「心から素晴らしいと思うことはあっても、自分は共演者の演技で打ちのめされることはないですね。ひとつの作品の中に同じ役をやる人間は基本的にいませんから比較はできません。それに、演技には普遍的な正解はないので」(諏訪部)

話を聞いた反田は少し驚く。

「そう考えると、ピアニストは多いですね…。みんなが同じ曲を演奏するのが、当たり前。100万人以上の人が、『子犬のワルツ』を弾いてる。考えたことなかった…。ゆとり教育を受けてきたからかもしれません(笑)。『人と比べないように。あなたはあなた』と、学校で習ってきたので」(反田)

ピアニストにコンクールがあるように、声優にもオーディションがある。ひとつの席を争うこともあるのに、他者と比較しない。どういうことだろうか?

「キャラクターボイスのオーディションは基本的に個別で行われるので、他の人の演技を聞くことはありません。演出サイドからの指示を汲み取って、自分なりに表現するだけです。自分との戦いって感じですね」(諏訪部)

少し間を置いて、笑いながら話す。

「スタッフの反応も良く手応えを感じたオーディションでも、あっさり落ちたりします。そういう時は、運と縁がなかったのだなとサッパリ諦めるようにしています(笑)」(諏訪部)

いつも、ある結論にたどり着く。過去、自身が事務所のオーディションに合格した時のように。

「ある程度のレベル以上になると、『どちらが優れているか』ではなく、『どちらが好きか』で判断されるものなんですよね。その『好き』の基準は、何秒で走ったとか、何メートル飛んだとか、数値化出来るようなものでもなく。そんな極めて曖昧な物差しで測られ続けるのが我々の仕事です」(諏訪部)

「僕の仕事も同じかもしれません。明確な『こっちの方が強い』とわかるものはない。ピアニストは基本的に、ショパンやベートーヴェンが遺した作品の背景を汲み取って、本番の空間を使って芸術を表わしていくものですからね。コンクールも同じで、一応点数はつけられますが、審査員によって評価は全然違う」(反田)

「自信」と「才能」とは、もしかして…

私たちは評価を与えられると、つい「自分はこの程度だ」と認識してしまう。しかし、果たしてそれは絶対的なものなのだろうか?

「才能などというものを意識したことはありません。やれるかやれないか、ただそれだけのことなので。毎日楽しく働ける場があるというのは、自分の何がしかを認めてくださる方がいる証かも……そんな風に思うことは時々あります。だからこそ、感謝の気持ちを込めて、生涯現役で頑張りたいと強く願っています」(諏訪部)

「たまに、広告で『天才現る』といようなことを書いていただくこともあるのですが、自分ではそうは思いません。これって第三者の意見なので。絶対的な評価なんてわからない。だからこそ、夢を信じて毎日練習するだけ。でもそれって素敵なことだと思います」(反田)

声優とピアニスト。異なる世界でトップを走り続ける2人にとって、「才能」とは、「世界に飛び込んで進み続けた結果」にすぎないのかもしれない。

2人が演じる阿字野は「俺なんて」と下を向くカイに、こう投げかける。

「他人がおまえをどう見ようと、おまえの価値はおまえが自分で決めるんだ」

きっと、それこそが「自信」というものだ。