世界一おいしいご飯の炊き方

「新米と古米では炊くときの水加減を変える」「土鍋で炊くご飯は、炊飯器で炊くご飯よりも美味しい」。これら炊飯にまつわるジョーシキは、現在では科学的には正しくないといいます。
noteで大人気の料理家、樋口直哉さん(TravelingFoodLab.)の新連載。第1回目は「おいしいご飯の炊き方」です。料理の理屈がわかると、料理の技術が格段に上がります。

A「ステーキ肉を焼くときは強火で焼くのがいい」
B「ステーキ肉を焼くときは弱火で焼くのがいい」

 インターネットを検索すればいくらでも食の情報が見つけられる時代ですが、ちょっと調べるとこんな風な真逆の意見が。一体、どっちを信じたらいいか、わからないという経験はありませんか?

 料理の世界には迷信の類もたくさん残っています。例えば「青菜を茹でる時、塩を入れると緑が鮮やかになる」というのもいまだに信じられていますが、根拠はありません。他にも「肉からスープをとるときは水から火にかける」というのも、水からでも湯からでも抽出される旨味成分の量には差がないことがわかっています。当たり前とされてきたことって、なかなか更新されないんですよね。

 でも、今はいろんな世界で、長いあいだ「当たり前」とされてきたことが、見直されている時代です。だから、料理の考え方も少しはアップデートしてもいいんじゃないか、と僕は思います。

 そのために必要なのは科学の考え方。とはいっても難しくはないので安心してください。なにせ、食べ物についてだけの話ですから、中学、高校の時代に習った理科の知識程度あれば充分です。

 科学を理解すれば現段階でのベストの作り方がわかります。それは時間や手間がかかり、現実的にはつくることが難しいかもしれません。でも、知ることは無駄ではありません。100点を知っておけば状況に応じて80点のベターな調理法を選択することもできるようになるからです。

正確な計量は料理の基本

 ところでなぜ料理は、人によってこんなに主張が違うのでしょうか? その理由は時代背景や環境の変化にあると思います。技術は日進月歩。食材も昔と今では大きく違うので、その時代、その時代でベストとされる料理法は変わります。

 昔と今では大きく違う食材、といえばお米がそうです。今日はまず米を炊くことについて考察してみましょう。最近、「土鍋で炊くご飯は、炊飯器で炊くご飯よりも美味しい」と聞きますが、本当でしょうか?

材料

米 2合(300g)
水 400cc

 炊飯は『下処理』『加熱』『蒸らし』という3つの段階に分かれていますが、まずは、お米を量るところから。普通、お米を量るときは米専用の計量カップを使いますが、はかりを使うのが理想的です。

 試しに1カップの米を計ってみたところ、151gでした。誤差1gでも5合炊くと5gの誤差になります。

 軽くすくってしまうと、ほら、この通り、143gです。この場合の誤差は7g。五合炊くとなると35gもの誤差になってしまいます。正確な計量は料理の基本です。

最初の一研ぎがとても大切

 白米は炊く前に研ぎます。かつて、研ぐ目的は表面のヌカ層や汚れを取りのぞくことでしたが今は変わりました。

「今は精米技術が進化したから一生懸命研がなくてもいい」という意見を聞いたことはありませんか? 転換点は1993年に現在の形の精米システムが開発されたこと。この技術によって米のヌカ層がきれいに取りのぞかれるだけでなく、白米に含まれる水分も均質になりました。

 1993年というのはあの歴史的な冷害があり、政府が緊急輸入した外米が騒ぎになった年。意外と最近のことだと思いませんか? また「新米と古米では炊くときに水加減を変えろ」と言うのも昔の話。かつて米の水分量は13%〜17%と差がありましたが、現在、米の水分量は新米も古米も15%程度と一定。昔と今ではお米の品質はまったく違うのですから、炊き方や研ぎ方も変わって当然です。

 今の米なら研ぐという作業は米粒表面の酸化した部分を洗い流せればOKです。ただ昔と違い、ヌカ層がとりのぞかれていることもあり、米はもろいので、扱いは丁寧に。

 米を研ぐときにはザルを使うと楽です。ザルの目に米粒が引っかかって割れる原因になる、という意見もありますが、丁寧に扱えば問題ありません。写真のようにボールとザルを重ねて、手を熊手のようにして、かき混ぜます。米粒が割れるのを防ぐために指先で混ぜるようにして表面を洗う感覚です。昔のように手のひらでごしごしやるのは厳禁です。

米は最初に加えた水を一番、吸い込んでしまうので最初の一研ぎは手早く行います。酸化した層を洗い流すのが目的なのに、その成分を含んだ水分を吸わせてしまったら意味がありませんから。米を洗って水をかえる、この作業を二、三回繰り返せば研ぎの作業は終了です。

 ここで2つの選択肢があります。昔ながらの〈ざるにあげたまま吸水させる方法〉と〈すぐに水とともに鍋に入れて浸水させる方法〉。前者は特に「洗い米」と呼ばれ、料理店などで一般的な方法ですが、実際には米の品種によっても状態が異なるので「どちらがいいのか」は正直好みです。

 前者は最近、米が乾燥し割れる原因になるという理由から、推奨されなくなりましたが『浸漬の有無による炊飯の食味への影響』という報告によると「ざる上げ」も「浸水」も炊きあがりにはほとんど差はないようです。どちらの方法でもお米に水が浸透すればいいのです。

おいしく炊くコツは冷やした水に浸すこと

 どちらの方法を選択するにせよ、米に水分を含ませる作業が重要である事実は変わりません。米を洗いすぐに加熱をすると表面の水気を含んだ部分には早く火が通りますが、水を吸い込んでいない内側の部分には火が通らず、芯ができてしまうからです。

 水の量は米150gに対して水200ccが基本。重量で1.5倍、体積で1.2倍が目安です。米の品種によっても炊きあがりが異なるので調整しつつ、今回は米300gですので390cc〜410ccまで好みの水分量を探します。

 この時、気をつけるべきは加える水の温度。理想は冷水を使うことです。

 大阪の堺市に「銀シャリ屋ゲコ亭」という大衆食堂があります。この店の名物は「おいしいご飯」。店主はおいしいご飯のために夏場の6~8月は「(夏は)水が悪くなるから」と店を閉めるそうです。

 夏でも冬でも水質は変わりません。では、なにが違うのでしょうか。考えられるのは水温です。農業食品産業技術総合研究機構が1994年に発表した『米の浸漬温度・浸漬時間の調節による加工米飯の食味および食味保存性の向上』という論文によると〈水温が低いほど吸水に時間はかかるが、吸水量自体は多くなる〉とのこと。また、低温(5℃)で120分以上浸漬した場合には食味と粘りが適正になり、再加熱しても食味が落ちないことが示されています。

 従来の炊飯の常識では「夏場は30分間、冬場は1時間半でほぼ吸水を終える」(『新装版「こつ」の科学 調理の疑問に答える』杉田浩一著 柴田書店)とされてきました。120分というのはそれよりも長い時間です。昔と今では調理の常識も変わっているのです。

 もちろん、いつも最高の炊きあがりを目指すことはできないので、急いでいる場合には通常の水温で吸水させる方法もあります。基本的に浸水時間が短いと粘らず硬めに炊きあがり、長いほど粘りとやわらかさが強い傾向があることを憶えておきましょう。

 低い水温を維持する意味でも、冷蔵庫で浸水させるのがベスト。


 写真は2時間経過した状態です。米が白くなったことがわかりますか? これは米が水分を含んだ証拠です。この状態まできたらいよいよ2つ目の工程、加熱に入ります。

表面に張りを持たせるために一気に加熱する

 鍋に蓋をして、強火にかけます。米の炊き方については『炊飯米の形態学的研究 : 加熱過程の差,品種による差,炊飯量の差における炊飯米粒組織の観察』という論文が参考になりますが、ポイントは加熱をはじめてから8〜15分で沸点までもっていくこと。加熱に時間がかかるとそのあいだに米からデンプンが溶け出し、べったりとした仕上がりになってしまうからです。一気に加熱し、表面に張りを持たせることがおいしさに繋がります。

 この点を踏まえると土鍋よりも金属の鍋のほうが適していると言えます。熱伝導率が悪い土鍋は、ゆっくりと温度が上昇するのが特徴ですが、金属製なら熱が早く伝わるので、短時間で沸点まで加熱することができるからです。昔ながらの羽釜は金属製ですが、それは理に適っているんです。

 かといって金属製の鍋であればなんでもいいのか、というとそうではありません。おいしいご飯にするためには98℃以上で20分程度加熱することで、デンプンをしっかりと糊化させる必要があります。実際には火にかけ続けていると底が焦げてしまうので、途中で火を止めて蒸らすわけですが、その時に予熱を維持できない薄い鍋だと温度が下がってしまいます。理想は銅かアルミ製の分厚い鍋。

 沸騰してきたら一度、蓋をとり、かき混ぜます。均一に加熱をするためには水の対流もポイントになります。試しにトマトジュースのような粘性のある液体でご飯を炊いてみると、芯ができることがわかります。これは水分が対流しないため。ちなみにスペインのパエリヤ鍋が浅いのは、濃度のあるスープで米に効率よく火を通すための工夫です。ここでは底に沈み、先に糊化した デンプンをほぐすことで加熱効率をよくしています。

 かき混ぜたら温度を下げないようにすぐに蓋を閉め、吹きこぼれる直前に火を弱火に落とします。この時も火を弱くしすぎないこと。家庭の台所では不可能ですが、羽釜は吹きこぼれるような高温で炊き続けるからおいしいのです。

 弱火に落としてから10分。この時間で米は周囲の水を吸収し、大きくなります。その後、火を止めて10分ほど蒸らすことで、予熱により余分な水分が抜け、米は締まった状態になります。

 炊き上がったら米をほぐす=シャリ切りをします。この作業によって、米の表面から余分な水蒸気が抜け、弾力も増します。

 炊きあがり。理想はおひつのような木の容器に移し、水蒸気が米の表面に再び付着するのを防ぐことです。さて、ここまで炊飯の科学を見てきましたが、米を充分に吸水させ、一気に加熱をし、表面に張りを持たせることが重要だということがわかりました。

科学的にもすばらしい最新の炊飯器

 まとめると現段階でのベストな炊き方は『5℃の水に120分間以上浸水させ、8分間〜15分間のあいだに沸点まで加熱し、最終的に蒸らしを含めて98℃以上で20分間加熱する』というもの。

 実際にはこんなに時間がかかる作業を毎日、行うのは不可能です。しかし、実は電気炊飯器はこれらの要素を科学的に研究し、応用しています。昔の炊飯器は弱い火力が弱点でしたが、現在市販されている炊飯器の多くが採用しているIH式はそれを克服。メーカーによっては圧力IH式を採用しているところもあり、水蒸気を閉じ込めて内部を高圧にすることによって、110℃前後の温度での加熱を可能にしています。つまり、高温で加熱することでよりもっちりした食感を実現しているわけです。別のメーカーの炊飯器は高温にした水蒸気を内釜のなかで循環させることで、米粒により張りのあるしゃっきりした食感を与えています。これも手段は違いますが、おいしいご飯を実現するための技術です。また、内釜にも熱伝導率の高い銅やダイヤモンドを使うなど各メーカーそれぞれに工夫を凝らしています。

 これらのことは家庭のガスコンロでは再現できません。最新の炊飯器は科学的には羽釜で炊いたご飯よりおいしく炊けるのです。

 ちなみに最近の炊飯器は米の吸水も自動で行ってくれるので、研いだ米と水を入れたらすぐにスイッチを入れるのが得策。5℃の冷水に120分も浸す必要はありません。説明書に書いてある炊飯方法を一度確認してみてください。

 もっとも「なんだじゃあ、炊飯器でいいんじゃん」と単純に考えるのは早計です。炊飯器は高い温度で炊くために「もっちり」してしまうのですが、「それが好みではない」という人もいますし、そうしたご飯は寿司飯や炒飯などには不向きかもしれません。やわらかめのお米が好きなら土鍋も選択肢に入ってくるでしょう。最後に料理に立ちはだかるのは〈好み〉という壁です。

 いずれにせよ、炊飯の原理を知れば様々な炊き方ができるようになります。例えば炊飯器で炊くときにペットボトルで冷やした水を注いでみたらどうなるでしょうか。あるいは氷を入れて炊けば、お米のツヤが増すかもしれません。「なぜ」を知れば他にも様々なことに応用できるのです。

参考文献
金本繁晴『高付加価値米の製造技術』 美味技術研究会誌
豊島英親、岡留博司、大坪研一『米の浸漬温度・浸漬時間の調節による加工米飯の食味および食味保存性の向上』農研機構
今中鏡子、加藤集子、川野 純子、田方真由美、畠山 敏慧『炊飯米の形態学的研究 : 加熱過程の差,品種による差,炊飯量の差における炊飯米粒組織の観察』 広島文化短期大学紀要

この連載について

おいしい」をつくる料理の新常識

樋口直哉

巷にはさまざまな食の情報があふれています。そのなかには昔は正しかったけれど、現在では正しくないものも。noteでも大人気の料理家、樋口直哉さん(Travelingfoodlab.)が、科学に基づいた「おいしい料理をつくるコツ」をご紹介...もっと読む

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コメント

ts7i 科学だ。『 12分前 replyretweetfavorite

hokolamp 楽しい。 https://t.co/9RbivtyDAK 36分前 replyretweetfavorite