マスコミが「外科医不足」を報じない事情

写真拡大

今後、数十年のうちに、日本では外科医の数が半数近くまで落ち込むことが見込まれています。なぜ外科医が劇的に減るのか。ハッキリと数字で示せる答えは「女医の増加」です。女医が増え続けている一方、外科を選ぶ女医は極めて少ないため、診療科に偏りが生じているのです。しかしこうした事実はほとんど報じられません。筑波大学の掛谷英紀准教授は「マスコミに頼らず、自分の力で調べることが重要だ」といいます――。(第3回、全4回)

※本稿は、掛谷英紀『先見力の授業 AI時代を勝ち抜く頭の使い方』(かんき出版)の一部を再編集、加筆したものです。

■外科医不足が深刻化していることを知っていましたか?

まずはクイズから始めましょう。

今後、数十年のうちに、日本では外科医の数が半数近くまで落ち込むことが見込まれています。外科医がそこまで劇的に落ち込むと見込まれる理由は何でしょうか?

講義でこのクイズを何度か出したことがありますが、仕事がハードだからだとか、医療事故による訴訟リスクがあるなどの答えがほとんどです。たしかに、その影響はあるかもしれませんが、統計的にはっきりした数字を出せる答えがあります。

外科医が今後急激に減るのは、女医の増加が主要因です。以下の議論は、吉田あつし著『日本の医療のなにが問題か』(NTT出版)からの引用です。図1に示すとおり、戦後女医の割合は一貫して伸び続けており、医師に占める割合はかなり大きくなっています。ところが、図2に示すとおり、女医の診療科選択は皮膚科、眼科などに集中しており、逆に外科を選ぶ率は極めて低いのです。この2つの事実を組み合わせれば、今後外科医が急激に減少していくとの予測が導かれます。

吉田氏の著書によると、この事実は「医師の間でひそかに語られている」だけで、表には出てこないとのことです。なぜ、表には出てこないのか。ここではあえて書きませんので、皆さんでその理由を考えてみてください。

■胎児の染色体異常の出生頻度は

続いて、もう1つクイズを出しましょう。

45歳で出産する場合、25歳で出産する場合と比較すると、染色体(遺伝子)異常児の出生頻度は何倍になるでしょうか?

A 2倍
B 5倍
C 10倍
D 20倍
E 50倍

この質問を講義ですると、よく出てくる答えはA、B、Cあたりです。しかし、正解はEです。図3は染色体異常の1つであるダウン症の母体年齢別出生頻度です。このように、指数関数的な上昇が見られます(他の染色体異常も同様に指数関数的に増加します)。そのため、25歳と45歳では大きな差が生まれます。過去40年の間に出産年齢の高齢化が進んでいます。1975年には第一子出産の平均年齢は25.7歳でしたが、2014年には30.6歳になっています。ダウン症の子供が生まれる頻度は25歳では0.08%、30歳では0.12%で、リスクは5割増しなのですが、このことはあまり知られていません。

福島第一原発の事故の後、放射性物質の拡散が胎児に与えるリスクが盛んに報じられました。しかし、放射線によって胎児の染色体異常発生の確率が有意に上昇するのは、100ミリシーベルト以上被曝した場合であることが疫学調査で分かっています。

もちろん、今後標本数が増えると、それ以下でも統計的有意差が出る可能性はあります。ただ、これまで広島・長崎やチェルノブイリなど、相当数の標本があった中で有意差が出ていないということは、今後標本が増えて有意差が出るとしても、確率がたかだか数%上昇する程度の影響でしかないことは既に確定的に言えます。その数%のリスクで大騒ぎしている人が、ダウン症の5割増しのリスクには口を閉ざすのがこの世の中です。

こうした情報の偏りが、人々に間違った判断をさせていることがあります。たとえば、2012年5月17日、読売新聞は妊娠を先延ばしにする妊婦についての記事を掲載しました。その記事によると、いわき婦人科で行ったアンケート調査の結果、福島の不妊治療中の女性(27~46歳)の約7割が「放射線被曝の心配をせずに妊娠・出産できるのは『3年以上後』」と回答したそうです。また、50人中40人が「今後の妊娠・出産で被曝を心配する」、50人中21人が「周りに被曝を心配して妊娠を控えている人がいる」と回答したとのことです。高齢出産のリスクについて知っていれば、この判断が非合理的なことはすぐにわかるはずです。3年待つことのリスクが、放射線のリスクをはるかにしのぐからです。

高齢出産には、胎児の染色体異常以外にも、自然流産率の上昇、不妊の割合の上昇、体外受精の成功率低下など、様々なリスクを伴います。こうした高齢出産のリスクに関する情報は、一般にはほとんど知られていません。本来ならば、中学校の保健体育で教えるべき高齢出産のリスクを、学校で一切教えてこなかったからです。なぜ、こうした大事なことを学校で教えないのか。その理由についても、ぜひご自分で考えてみていただければと思います。

■本当に怖い情報統制とは

日本の大学では、最近中国人留学生が増えています。私も研究指導や演習などを通して、多くの中国人留学生を指導してきました。そこでいつも聞くのが、天安門事件を知っているかです。せっかく言論の自由がある国に来たのですから、今まで検閲で遮断されていた情報を知ってもらおうという意図です。

検閲がある以上、知らない学生が多いと思っていたのですが、聞いてみるとほとんどの学生が知っていると答えました。どうやって情報を入手したかと聞くと、天安門事件の動画が入ったUSBメモリを回して見ているとのことでした。

ある時、中国人留学生とそういう会話をしていると、横から日本人学生がこう聞きました。「天安門事件って何ですか。」それをきっかけに、多くの日本人学生に天安門事件を知っているか聞いてみたのですが、名前は聞いたことがあるという学生はそれなりにいるものの、事件の内容まで知っている日本人学生はほとんどいないことが分かりました。

中国人学生は、マスコミや学校の先生が大事な情報を隠していると知っています。だから、真実を知ろうと思って自分でいろいろ調べるわけです。一方、日本人学生は、マスコミや学校の先生を信じていて、大事な情報は漏らさず教えてもらえると思っている。そのため、自分で調べようとしないのです。

これはある意味恐ろしいことです。マスコミや学校に対する信頼が著しく高い社会では、それらの情報発信源さえ特定の思想に染め上げてしまえば、出版物やネットの検閲がなくても、中国よりもはるかに強固な情報統制社会が実現するのです。

今回紹介した例から分かる通り、現実にマスコミや学校が人々の人生にかかわる大事な情報を伝えないこともあります。ですから、マスコミや学校の先生の言うことだけに頼って生きてはいけないのです。

本来、学校教育で一番大事なことは、そうした健全な懐疑の精神を身に着けさせることです。ところが、その肝心な知的態度が今の日本人学生には身についていません。私は、自分の講義で必ず言うことがあります。「ぼくの言っていることもウソかもしれないから、後でちゃんと自分で調べて、自分で考えるように」。みなさんも、ぜひ実践していただければと思います。

----------

掛谷 英紀(かけや・ひでき)
筑波大学システム情報系准教授
1970年大阪府生まれ。93年東京大学理学部生物化学科卒。98年東京大学大学院工学系研究科先端学際工学専攻博士課程修了。博士(工学)。通信総合研究所(現・情報通信研究機構)研究員を経て、現職。専門はメディア工学。NPO法人「言論責任保証協会」代表。著書に『学問とは何か 専門家・メディア・科学技術の倫理』『学者のウソ』など。近著に『「先見力」の授業』(かんき出版)がある。

----------

(筑波大学システム情報系准教授 掛谷 英紀 写真=iStock.com)