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本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、ツッコミどころ満載の総県長会議での御説法、誠にご苦労様で~す(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2018年 6月 2日(土)09時27分7秒
  おはようございます。昨日、創価の大興隆の礎を築きゆけとのコトで、全国総県長会議の開催、誠にご苦労様で~す(笑)

また、その中で、ツッコミどころ満載の原田怪鳥様の御説法、合わせて誠にご苦労様で~す(笑)

では、検証してまいりまぁ~す(笑)


>「学会活動で功徳を受けた方が増えたかどうか」「拡大に挑戦する人がふえたかどうか」を確認しながら前進しています。<

これ、アルベア様が仰るとおり、「確認する事を必要とするほどの劣化がある」とのご意見に全面的に同意いたしまぁ~す(笑)

ちなみに、拙宅には、「功徳の確認」も「拡大の挑戦」も、ダレも確認に来て頂いておりましぇ~ん(笑)


>今月の「励まし週間」は、試験直前の11日から17日になります。<

良かったデスねぇ~(笑)と、いうコトは、これ以外の日は「励まし」しなくてもイイんデスかぁ~(笑)

原田怪鳥様の励ましとやらは、差し障りのないお宅を「一日ダケ」されるコトなのでしょうが、

11日から17日まで毎日、原田怪鳥様の「励まし週間」が報道されるように祈ってまぁ~す(大爆)


>併せて本年は、STB視聴運動も積極的に進めております。<

時代遅れのSTBダケではなく、SNSによる拡散も同時にやってくださぁ~い(笑)

なんせ、「ネットは幼稚な悪口ばかり」なわけデスからねぇ~(爆)


>人材育成といっても、その肝要はリーダー自身の率先の実践であり、自らの境涯革命への挑戦です。<

これ、そのまま原田怪鳥様にブーメランじゃないデスかぁ~(笑)

どう考えても、原田怪鳥様が率先してるのは、愛人同伴、もとい某女史同伴の海外旅行、もとい御訪問ダケだと思いまぁ~す(大爆)

また、同様に率先してるのは、「査問・処分・除名」「左遷・更迭」じゃないんデスかぁ~(笑)


>小説『珍・人間革命』の最終章「誓願」には、第2次宗門事件が描かれております。<

確かに描かれてマスねぇ~(笑)

でも駆け足で、背景も心理描写もおざなりで、ひたすら記録のみに沿った珍小説では、ナニを学ぶのかサッパリわかりましぇ~ん(笑)


>まもなく発刊される小説『珍・人間革命』第30巻・上巻に収められた「雌伏」の章の冒頭も、「さあ、対話をしよう!」と始まる詩からスタートします。<

そもそも、第29巻が280ヶ所もの省略・書き換え部分があるコトを御存知デスかぁ~(笑)

原田怪鳥様が「第30巻で終了デスッ!」って言われたものだから、別に31巻になろうが32巻になろうが、読者には関係ナイのに、

原田怪鳥様の発言に忖度して「上・下巻」という奇策で乗り切ったのには、見事と言うしかありましぇ~ん(笑)

また、「雌伏」六十八の一節、>山本伸一の「恩師の二十三回忌に思う」と題する一文が掲載された< は省略しないで下さいねぇ~(笑)

なんといっても、先生自身が裁判で、私は書いてないと証言されたのデスからねぇ~、

先生が自分のコトで嘘を描いているという、本来ではあり得ないコトですし、先生が書かれていない証明になりマスので、

編集者の方々、くれぐれもヨロシクお願いしまぁ~す(笑)


まあ、ざっと見でも、ツッコミどころ満載の御説法、誠にご苦労様で~す(笑)

まだまだ指摘したいトコロはあるのデスが、また後程というコトにして(笑)

原田怪鳥様、吐いた唾は?めぬのデスから、たちまち「励まし週間」での率先ぶりが拝見できマスように、期待しないで待ってまぁ~す(大爆)



 

「どうみょうてん」さんの投稿

 投稿者:アルベア  投稿日:2018年 6月 2日(土)07時39分53秒
編集済
  「どうみょうてん」さんの投稿は聖教の投稿ですが、この全ての内容が古典的条件付けの「思い

込み」「信じ込み」「上書き」であることに、気づかないのが、宗教のための宗教に転じている

証明現象なのです。腐敗・堕落の現象です。

「一言でも仏縁を結べば

絶対に崩れぬ成仏の種が

友の生命に植えられる。

勇気の語らいを広げ

自他共の幸薫る花園を!」
 

わが友に贈る 2018年6月2日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2018年 6月 2日(土)07時26分37秒
  一言でも仏縁を結べば
絶対に崩れぬ成仏の種が
友の生命に植えられる。
勇気の語らいを広げ
自他共の幸薫る花園を!
 

聖教新聞の薄味化

 投稿者:ひかり  投稿日:2018年 6月 2日(土)06時31分46秒
  「薄味化」といわれても、どういうことかピンとこない人がいるかもしれないですね。


一言でいうと、「へえ、そうなの」程度の飽き飽き記事が多いんですよ。

以前の聖教新聞は、記事読んで感動したことが多かったし、泣けたりしました。

御書も、不思議と自分の人生の時にかなっていて、心に刺さったんです。



何だろう、どうしてこんな「さらっと」「つるっと」「上っ調子」な「薄味」が続く?

まるで世の中、笑顔でお花畑。 「みなさーん、世の中はお花畑ですよ、いいですか~」って感じ。



例えば、公明党がへんてこなゴマカシ理屈で、口アングリな「強行採決」していて、

「なんだよなんだよ! あれはどうなってんだ?」と、深刻に混乱してる時に、

聖教新聞に「われら希望の! 虹の! 前進だ! 桜梅桃李だ!」

なんて笑顔記事満載を見せつけられたら、どう感じると思います?

まともな感覚なら、なんだかバカにされてるような、ひょっとしたら意図的に目くらまし?

考えちゃうワケですよ。 そういうのが続くと、だんだんに白けてくるじゃないですか。



会員の目から、現実の公明党のおかしさを遠ざける。それこそ変ですよ。すぐ気付く。

会員を、みくびっているよ。 こども騙し的な、現実の遮断はやめて、大人の議論を起こすべき!

我々がどうするかは、執行部が決めるのか? だから間違ったんじゃないか! 我々が決める!

聖教新聞は、我々の機関紙でしょう?








 

総県長会議での原田会長の指導より

 投稿者:アルベア  投稿日:2018年 6月 2日(土)06時27分35秒
  総県長会議での原田会長の指導より

「学会活動で功徳を受けた方が増えたかどうか、拡大に挑戦する人が増えたかどうか、を確認し

ながら前進しています」との事、「確認する事を必要とするほどの劣化がある」のです。これか

らも進む古典的条件付けの餌付け操作、

疲弊・衰退する創価(執行部の焦り)が見え見えの状態、歓喜の躍動は消え、少子高齢化により

創価離れは自然増となり、新入会者は去っていく、組織力の衰退等々の現実に彼らは直面してい

るのです。

ちなみに原田執行部が退陣し入れ替わっても、この流れは止まりません。疲弊・閉塞の世界にい

る限り続くのです。

昨日の日大の記者会見、老醜の姿さらす愚者たち、同じ状況は、そこ、ここで現象化している。

青年を利用することを主とする腐敗した権力者たちの姿である。国会は日本の象徴的世界であ

る。まさに老醜城と化している。創価城・創価山、腐敗、堕落の現象化が加速している。

老人たち、長老政治は、革命前夜である事を古今東西の歴史は物語っている。

智慧無き創価集団の末路・滅路が見えてくる昨今、

革命前夜となるのか、暗黒の日々となるのか、リーダー不在の世界は混乱するという歴史の事実

です。循環現象です。
 

権力者に服従し、庶民をイジメる青年であってはならない。

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2018年 6月 2日(土)06時14分9秒
編集済
  権力に抗うこともなく、権力者に服従し庶民をイジメる人間。
そんな、カッコ悪くダサい人間で青年時代を終わってはいけない。

きっと宿板で論じられている『師弟不二論』など邪議にしか聞こえないだろう。

ならば、大百蓮華(2008年5月)創刊700号記念特別寄稿にある『君よ、生涯、師弟不二の大道に生きよ!』を読んでみてはいかがだろう。

池田先生は、『私の信仰の六十年の結論を、わが信頼する青年たちに伝えたい。』と仰っている重要な寄稿文です。

内容は、日興上人の峻厳な闘争と当時の時代背景から、師弟不二について大切な指導をされています。

できれば全文を読んで頂きたいが、まずは部分的にでも、目を通してはいかがだろうか。
(後日、全文アップします)

日興上人は、何のために誰と戦ったのか?
師弟不二の具体的な行動と一念とは?

今の幹部からは教えてはもらえないその答えを、後継者である青年部の皆さんに、この寄稿文より掴んで頂きたいと強く願います。

~~~~~~~~

君よ生涯、師弟不二の
 大道に生きよ!
  ──日興上人の峻厳な闘争に学ぶ

創価学会名誉会長
池田大作

(以下、抜粋です)

・仏法の精髄は師弟不二である。峻厳なる師弟不二の精神を忘れてしまえば、仏法の根本そのものが破壊されてしまう。したがって、真実の仏法の継承者は、師弟不二の精神と行動を瞬時も忘れてはならない。

・私の信仰の六十年の結論を、わが信頼する青年たちに伝えたい。それは、日蓮大聖人の仏法実践の根本は、一生涯、師弟不二の実践を貫き通すかどうか、という一点にあるということである。

・この師弟不二の大道の範と仰ぐべき永遠の鑑こそ、大聖人の真正の弟子・日興上人の大闘争である。

・それでは日興上人が示された師弟不二の魂とは何か。それは、「師と同じく戦い抜く心」を永遠に持ち続けることである。これこそが日興上人と五老僧との決定的な違いであった。そして、「戦い続ける」師弟不二の一念こそが、一切の勝利の根本の因となることを日興上人は生涯を通して示してくださったのである。

・大事なことは、本弟子に選ばれたかどうかではない。弟子自身のこれからの行動で一切が決まる。それが師の心であられた。

・本来であれば、いざという時だからこそ、真正の大聖人門下は、幕府を諌暁し、師の如く、立正安国を叫ばなければならない。
 ところが、弘安八年(1285年)になって、日興上人のもとに伝わってきたのは、耳を疑うような話であった。
 日昭、日朗ら老僧たちが相次いで、「大聖人の弟子」ではなく「天台沙門」と名乗って幕府に申状を提出し、蒙古調伏の祈祷を行ったというのである。
 その申状の文面も、大聖人の諌暁の精神など微塵も感じられず、権力におもねるような卑屈さがにじみ出ていた。

・かりに、日昭や日朗たちが、鎌倉在住の仏子たちを守るために、何らかの妥協を余儀なくされたという事情があったとしても、師の日蓮大聖人においては絶対にありえない「天台沙門」と名乗って祈祷を始めてしまった心は、師弟不二の大道を外れ、魔性に屈服した証左であろう。厳しく言えば、その一念の本質は忘恩の師敵対にほかならない。
 「心まで堕ちてしまったか!」──鎌倉の老僧たちに対して、日興上人の憤激は、いかばかりであられたか

・日興上人と五老僧との根本的な相違が、ここにある。すなわち、日興上人は大聖人を悪世末法の衆生の闇を照らす根本の仏として正しく仰がれた。日興上人は申状にも、「今末法に入っては上行出世の境 本門流布の時なり」(『富士宗学要集』第8巻334ページ)と記されている。つまり、末法は上行再誕〈注5〉の日蓮大聖人の本門の仏法が流布する時であると高らかに宣言なされているのだ。
 だからこそ、日興上人は終生、大聖人の御本尊を根幹とし、御書を根本とされた。師匠を正しく拝し、末法の全民衆を救う師匠の大闘争を受け継いだからこそ、日興上人は師弟不二を貫いていかれたのである。

・戸田先生は、明快に語られていた。
 「日興上人が、大聖人の一番の弟子である。大聖人のことを、はっきり『大聖人』と呼んでいらっしゃる。お側についておられたからこそ、大聖人が御本仏であられることが、わかっておられたのである」

・日興上人と五老僧との相違を考えるうえで大事な点は、日興上人は、大聖人の「立正安国論」をどこまでも根幹とされたことである。
 「立正安国論に始まり、立正安国論に終わる」と言われるように、大聖人は立正安国という民衆の幸福を実現する楽土建設のための戦いを生涯、続けられた。
 立正安国の実践を貫けるかどうか。立正安国の旗を掲げ続けるかどうか。師の行動の真髄を継承してこそ、師弟不二の実践となることは言うまでもない。日興上人は、一貫して、立正安国の正義を叫ばれ続けた。

・「敵は外部にあるように見えるが、もっとも悪質な敵は、内部に出る」
 だから、毒をまき散らす内部の敵とは戦わなければならない。放っておいたら、毒がいつしか充満し、皆の純粋な信仰が破壊されてしまうからだ。
 ゆえに師敵対の輩とは断固、戦い続けるしかない。

・「師匠の正義を一人守り抜く」──これが真の弟子の本義である。
 私もまた、いかなる卑劣な裏切りに遭おうと、ただひたすら戸田先生の直弟子の道を貫いてきた。反逆者と邪宗門が結託し、第三代の私を追い落として創価学会を乗っ取ろうと画策した時も、「われ一人正義の旗持つ也」と、戦い抜いた。

・五老僧は、なぜ師弟不二の大道を踏み外し、師敵対へと転落したのか。どこで狂いが生じたのか。
 日蓮大聖人は仰せである。
 「もし恩を知り、心ある人々であるならば、日蓮が二回杖で打たれるならば一回は代わって受けるべきであろう」(1450ページ、通解)
 日興上人は、まさに、この仰せの通りに生き切られた。
 “諸難よ、師匠ではなく、我が身に来たれ!”
 この御一念の証しであろう、日興上人は、師匠の御在世にも、法難を自らの身に呼び寄せられている。それが熱原の法難であった。
 熱原は、日興上人が広宣流布を推進された地域である。
 当時、ここには、農民の信徒が多く存在していた。それは他の地域に見られないことだった。
 まさしく、日興上人が、民衆の真っただ中に飛び込んで、大聖人の民衆仏法を流布されていた証しである。
 この農民たちが、平左衛門尉の強大な権力を前に、一歩も退かず、毅然と仏法に殉じていったのだ。

・一面では、五老僧の日朗にしても、日向にしても、大聖人御在世に直接、土牢に入れられたり、流刑地に師匠のお供をしたりするなど、難を受けてはいる。
 しかし、それはいまだ「師弟不二の道」に徹したことにはならない。あえて言えば、「師弟不二」とは、弟子が師の代わりに難を受ける覚悟で戦うことであるからだ。
 戸田先生が、牧口先生とともに牢獄に入った時、何と祈られたか。
 「わたくしは若い、先生はご老体である。先生が一日も早く、出られますように、わたくしは、いつまで長くなってもよい。先生が、早く、早く出られますように」と、朝も夕も、深く、深く祈られたのである。
 私も、同じ心で大阪事件に立ち向かった。二年間の獄中生活で蓄積した先生の疲労は、あまりにも深かった。さらに激闘の連続の中で、晩年、急速に体力が衰えた戸田先生を、絶対にお護りせねばならない。若い私が、自ら、一切の魔性の攻撃を受け切る覚悟で、牢獄の中で戦い抜いたのである。

・五老僧も、良観も、平左衛門尉も、すべての末路を見届けた。師弟の世界を壊す増上慢の輩、傲慢な輩を一切、打ち破られて、広宣流布の軌道を確立された。
 弟子として、生きて生きて生き抜き、晴れ晴れと、師弟不二の勝利を築かれたのである。
 日興上人の生涯は、師恩に報い、大聖人の正義を宣揚されることで、日蓮仏法における師弟不二の極理を成就された一生であったといってよい。それゆえに、真実の「師弟の宗教」が完成したと拝される。弟子で一切が決まるのである。
 この「弟子の大道」こそが、広宣流布の永遠の勝利を約束する。この師弟不二の真髄を私は、あらためて後継の青年たちに託したい。師が持つ「戦う心」を生涯持ち続ける誓願こそが、創価を継承する条件にほかならないからだ。


    創価三代の人生の大道に続く
   君たちヘ──今こそ師弟不二の
   誓願に生きよ! と祈りつつ

 

くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲様

 投稿者:ひかり  投稿日:2018年 6月 2日(土)05時51分52秒
  おはようございます!

レスありがとうございます。 ほんとに、心から、そう思います。



足らなさすぎる! 義侠心! 男気! 信念! (ん?昭和かな?)



ヤワ過ぎ! バカでもいいから筋通せ! もっと踏ん張って正義を通せ!

ウソツキ政権アベもひどいが公明党には失望だ、もうあんなの駄目だ!

もはや砦は君らだけなんだぞ聖教新聞! 何人勇者がいる? 燃えあがれ!

老害ジジイどもに負けるな聖教新聞!! ぶっとばせー!!






 

虹と創価家族様m(._.)m

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2018年 6月 2日(土)03時54分36秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

虹様m(._.)mありがとうございます。m(._.)m

胸中に師弟不二さえ有れば立ち上がれると信じています。

四条金吾や南條時光のようにヽ(^○^)ノ

 

Say様

 投稿者:うーこメール  投稿日:2018年 6月 2日(土)03時17分37秒
  オリビアニュートンジョンのザナドゥありがとうございます(^-^)私は、グリースの映画を観てオリビアニュートンジョンのファンになりました。現在もファンです(^-^)オリビアの新しい曲、それも題目が入っている曲嬉しかったです。オリビアは知り合いの日本人に進められて学会に入会したと、調べたら、そう記載されてました。ファンとしては本当に嬉しいです。  

文明・西と東  池田先生とクーデンホーフ・カレルギー伯との対談です。

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2018年 6月 2日(土)02時10分51秒
  文明・西と東  池田先生とクーデンホーフ・カレルギー伯との対談です。

今回は、第四の超大国 です。

池田先生は、カレルギー伯が推進されてきた汎ヨーロッパ主義を・・・

「運動を推進してこられた汎ヨーロッパ主義の立場から、ヨーロッパが世界政治において果たすこと
のできる役割りは何なのか、」とたずねられました。

カレルギー伯の見解は、・・・

「バランス・オブ・パワー(力の均衡)のために、世界の平和のためにも、ヨーロッパは世界第四の
超大国になるべき」

「ヨーロッパは、その歴史的な経験の上から、国際的な諸問題に対して、米ソ(ロシア)中の三力国
よりも、より理想的なアドバイスができる」

米国、中国・ロシアの力の均衡が、世界平和の脅威となると予見されて、そこにはヨーロッパの智慧
が役に立つと提示されました。

カレルギー伯は1972年当時は、フランスとイギリスとが協調して汎ヨーロッパを造るために尽力
されていました。

近年、イギリスはEUからの離脱をしましたが、今また、イタリヤが離脱の動きがあることが心配で
す。

ただし、当時と比べると、ロシアが資本主義に転換していることで、対談されている、当時よりも平
和への脅威とは、なっていないことが救いです。

そこに、池田先生とカレルギー伯のこの対談の成果があることを、知らねば成りません。


 

文明・西と東 第二章 国連の現実  第四の超大国

 投稿者:赤胴鈴之助  投稿日:2018年 6月 2日(土)02時08分27秒
  文明・西と東

第二章 国連の現実  第四の超大国

池田
 これまで、日本、アジア、ヨーロッパ、ソ連、アメリカと、それぞれの国や地域が持つ問題につい
て、話し合ってきました。

ここで、あなたが半世紀にわたって提唱され、運動を推進してこられた汎ヨーロッパ主義の立場か
ら、ヨーロッパが世界政治において果たすことのできる役割りは何なのか、また国連の現状と将来、
世界連邦への希望などについて、ご意見をうかがいたいと思います。

カレルギー
 これまでにもお話しましたように、私は、ヨーロッパが米ソ中とならぶ"第四の超大国"になるこ
とを、望んでいます、ご存知のように、今日の世界政治は、米ソ中の三つの超大国・・・つまり二つ
の共産主義国と一つの民主主義国によって、牛耳られております。

ですから私は、バランス・オブ・パワー(力の均衡)のために、世界の平和のためにも、ヨーロッパ
は世界第四の超大国になるべきだと思います。

私は核保有国である英仏を含むヨーロッパが、汎ヨーロッパ主義・欧州統合運動に結束すれば、国際
政治において、決定的な役割りを果たすことができると考えるのです。

なぜかといいますと、ヨーロッパは、その歴史的な経験の上から、国際的な諸問題に対して、米ソ中
の三力国よりも、より理想的なアドバイスができると信ずるからです。

池田
 私も、ヨーロッパがその豊かな歴史的経験と英知によって、これからの世界に、大きく貢献してゆ
くものと信じています。

そこで考えるのですが、あなたのいわれる第四の超大国は、当然、米ソ中のような核による力の政治
とは、おのずから違った基盤に立つべきだと思いますが、この点について、あなたのご意見はいかが
でしょうか。

 力の均衡に支配されている国際政治に対して、ヨーロッパがアドバイスできることは、一体何で
しょうか。

カレルギー
 ヨーロッパの将来のあり方は、現在のスイスにならうべきだと思います。
 ヨーロッパは、多くの国々からなりたっているため、こちらから戦争をしかけるということは、不
可能です。

万一、ヨーロッパがひとたび攻撃をしかけたり、あるいは征服しようとした場合には、ただちに自己
分裂してしまうでしょう。
もしも将来、ヨーロッパにとって、戦争があるとすれば、それは攻撃の戦いではなく、防衛の戦いで
しかありえません。

池田
 近い将来、ヨーロッパがスイスのように、平和愛好国として、一つの勢力に結集するとは、果たし
て可能でしょうか。

カレルギー
ヨーロッパの四大国・・・フランス、ドイツ、イギリス、イタリアが合意すれば、それは可能だと
思います。
この四大国が統合すれば、人口的には大国ヨーロッパが構成されます。

その他のヨーロッパ諸国も、自然にこれに加わるでしょう。
大切なのは、四大国の協力です。

池田
その場合、四大国のリーダーシップをとるのはどの国でしょうか。
ひと口にヨーロッパといっても、宗教、言語、民族、歴史、伝統の違いなど非常に多様化しています
ね。
政体についても、共和政体あり、君主政体あり、というように・・・。

カレルギー
だれが指導者、どの国がリーダーシップをとる、ということではないと思います。
私はいま、パリとロンドン問の相互理解をつくろうと努力していますが、そのために、二つの委員会
を設立しました。

一つはピエール・ビヨット将軍を委員長とするパリの委員会、もう一つは、セルウイン.ロイド氏を
委員長とするロンドンの委員会です。

委員会の目的は、フランスとイギリスとの間の協調、理解をつくり出すことにあります。
ヨーロッパは、またいっそう四大国間の調和と協力を推進するための国際機関の創設に努力すべきだ
と思います。

 

栃木の仏敵退治様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2018年 6月 2日(土)01時36分57秒
編集済
  >厳しい敵との切りあうかの様な熾烈な戦闘をしたことのない青年部の人達が原田偽者会長や極悪執行部の権威権力に怖じ気づいて、『ケツ』を舐めてる鞄持ちに成り下がった男子部長のそそのかしに呼応して<

『怖じ気づく』、鋭いです。その通りです!

権力者に怖じ気づき、庶民をイジメた青年幹部。
その青年幹部が、会合では師弟を語る。

カッコ悪い。
カッコ悪いなぁ、本当に。

立ち上がれ!青年幹部の皆さん。

ダサい人間になってはいけないよ!
このまま終わってはいけない。

日大アメフト部の謝罪した青年の潔さと誠実さに、多くの方々の心が動いたのを忘れてはいけない。
一度は権力者に服従しても、立ち上がればいいんだ。

二度と権力者に服従しない、青年幹部であってほしいですね。




 

自分が偉くなったとの錯覚は何も政治家に限ったことにあらず

 投稿者:新感性  投稿日:2018年 6月 2日(土)00時29分3秒
編集済
  こんな指摘もありますね。

>創価学会をも動かす菅官房長官、その絶大なる権力…日本の政治を左右
>2018/06/01 19:40Business Journal
http://news.nicovideo.jp/watch/nw3563287

私は報道記事の表題とは逆に組織への手弁当での動員力をかさに官房長官をも動かすとうぬぼれる方々の存在について考えています。

自分が偉くなったとの錯覚は何も政治家に限ったことではありません。

そしていずれの分野であれ虚飾の力に酔いしれる方々へは権力側から時系列を問わず
有形無形の見返りの存在の可能性を不特定から疑念されても仕方ないことです。
時の権力に水面上下にて魑魅魍魎とかかずり合う方々が己の利害を排除して事に当たることは到底信じられないことではないでしょうか?


党外候補へのF活動の有無は?④  投稿者:新感性  投稿日:2018年 5月27日(日)19時08分5秒
https://6027.teacup.com/situation/bbs/84958
 

そう(^◇^)ひかり様、昔の女子部様m(._.)m

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2018年 6月 1日(金)23時58分37秒
  栃木の久保田です。m(._.)m

ひかり様の言うとおりです。

義侠心とか男気とか信念とかは、持ち合わせて居ないのか?って思いますよ(T0T)

 

同盟題目

 投稿者:  投稿日:2018年 6月 1日(金)23時42分34秒
  今晩は、皆様
ありがとうございました
池田先生、奥様、皆様のご家族が健康長寿であります様に
池田先生に嘘の報告を続ける会長、副会長が真面になります様に
おやすみなさい
 

同盟題目!

 投稿者:信濃町の人びと  投稿日:2018年 6月 1日(金)22時52分51秒
  23時に開始致します。池田先生、奥様のご健康とご長寿を祈ります。また、病の同志にお題目を送ります。
よろしくお願い致します。
 

聖教新聞なんとかしてよ

 投稿者:ひかり  投稿日:2018年 6月 1日(金)22時09分30秒
  昔の女子部様が言われている聖教新聞の「薄味化」

そう、栄養成分がとっても薄い、水っぽい脱脂粉乳的なお粗末さ、感じます。



「聖教新聞は、入れなくていいから。最近つまらないんだもん」

以前贈呈していた友人に言われて、「やっぱりそう思うんだ」と納得。



新人間革命。 大事な歴史の改竄はやめようよ、執筆者さんたち。

未来人の方々に笑われますぞ。

だーはらにソンタクして、汚名を残して、何がいいの? 義侠心のカケラくらい見せてくれ。






 

返信ありがとうね(^^)

 投稿者:太ちゃん@歓喜の中の大歓喜編  投稿日:2018年 6月 1日(金)21時53分33秒
  https://6027.teacup.com/situation/bbs/85121

>最近の虹と創価家族さんの投稿はナリスマシのようです。<

世の中には凄い人がいるものですね(^^)
虹さんは最近「死魔」を乗り越えられましたが、「死魔」を乗り越えるほどの信仰実践者だから虹さんの生命を真似ることができたのでしょうから(^^)
そうでなければとても虹さんのナリスマシなんて無茶もいいところと思いません?f^^;

しかしながら、命がけの信仰するような人物は「ナリスマシ」などという小細工するんでしょうか?f--;

別に僕の方からあえて言うこともないと感じてたけど、あなたの言うナリスマシさんのコメントとやらの例の文面内容は、虹さん本人の僕へ感じてる印象そのものですもんねぇ
虹さんは礼儀を重んじてるから言わなかっただけ
別に驚くことでもないから

>よく文体を見ると以前の虹と創価家族さんとは違うようですよ。<

うんうん、それは僕も感じております(^^)
すごく素晴らしくなってますね(^^)
だから僕は絶賛してるんです(^^)


それはそうと、どうせ「工作」するんなら、虹さんの「生命」をしっかり真似られるよう、虹さんからたくさん学んでね(^^)

その上でも「工作」したいんならほんと救いようがないよまったくf--;

まだ絶賛したい人がたくさんいるんだけども(^^)
虹さんとはタイプは違うけれど、男子部Nさんと同志の歌さん
どれほど凄まじい日々でありましょうかf--;
掲示板では言えること言えないこともあるでしょうね
掲示板にはおそらくそのほんの一部でございましょう

(たまにはこういうしらばっくれるコメントもいいでしょうかf^^;)

http://www.geocities.jp/bosatu2015/

 

昔の女子部様

 投稿者:ひかり  投稿日:2018年 6月 1日(金)21時52分4秒
  レスありがとうございます。

そうなのです。あきれた話なのです。

ところが、その当時はあきれてなかったのです。今、思い出してあきれているのですよ。



実を言いますと、この点で本当に嘆かわしいのは、自分に対してなのです。

私も長い間、いわゆる「お花畑」の一人だったのだと自覚せざるを得ないからです。

当時は、件の職員夫人の要望を、あっさり受けて、そうする事が「当然のように」思ってました。



ただ、「なんか、セレブ気取りだな」「なんか、鼻につくな」「なんか、上から目線?」

こう感じていたのは事実です。

そして、幹部からの、こういうことが度重なると、さすがに「おいおい、またパシリにすんのか?」と、

内心の怒りの「火種」が消えなくなるわけです。

こういう地方の公明議員は多いのではないでしょうか。



幹部だからといって勘違いしているのではないか、自分には一般会員と違う特権があるとでも?

そのように、いぶかしむ気持ちを消しきれない、そんな時が往々にしてありました。

地方議員は自分らよりも下、特別扱いは当然。 こういう態度が鼻につくほどだった県幹部が複数。

なんだか、ソンタクを強要されていた気がします。

一体いつから、こんな事がまかり通るようになったのか、この辺だけが突出しているとも思えません。





 

ひかり 様

 投稿者:昔の女子部  投稿日:2018年 6月 1日(金)20時46分52秒
  あきれた話 本当に あきれますね
今まで 職員で アパート住まいの家族は 聞いたことがありませんし、持ち家で しかも 前の家が高く 売れたとか 子供が 海外に住んでいるとか セレブな人のところに 嫁いだとか いつのまに 職員の
家族が 雲の上の人みたいな 感覚あります テレビに出演したりするには それ相応の 習い事とか
レッスンとか あって そういうところに 通わせてあげられるんだなあと

昔は経済的にゆとりがあって  惜しげもなく財務 新聞 書籍 民音・・・と あるときは 地域の為に グラフ100冊買ったり ビデオテープも たくさん 買いました。

今は 新聞だけにして 我が家に一部のみ その一部も なぜか ほとんどが 信心に関係ない内容で 以前の新聞の切り抜きを 大事に ノートに貼ったのがありますが 字も最近は でかいというか 記事を埋めるのに 苦労されているのだろうかと 思わざるを得ません
大体 ニュースの欄には 載らないニュースが あったりして 満足な内容ではありません。
昔の聖教新聞は 捨てきれなくて 大切に保管していて 今の記事の内容と 照らし合わせていたら なんか 今のは 物足りないと思うのは わたしだけでしょうか
 

馬鹿な男子部長に乗せられて罪を重ねるな(^○^)

 投稿者:くぼたてつ栃木の仏敵退治久保田哲メール  投稿日:2018年 6月 1日(金)20時45分56秒
編集済
  栃木の久保田です。ヽ(^○^)ノ

最近の宿坊にナリスマシの投稿が多いのかな?

『強敵を伏して始めて力士を知る』との御書の通り、厳しい敵との切りあうかの様な熾烈な戦闘をしたことのない青年部の人達が原田偽者会長や極悪執行部の権威権力に怖じ気づいて、『ケツ』を舐めてる鞄持ちに成り下がった男子部長のそそのかしに呼応して(^◇^)

師匠の思想を守ろうと踏ん張っている宿坊の勇者達を撹乱させようとの非常に幼稚な試みご苦労様です。

若いのに正視眼で物を見ることが、出来ない青年部になってきているのでしょうか?

残念だし悲しい思いが拭えません(T0T)


何が正義なのか?

どちらが正しいのか?

唱題し、祈り抜いて見定めてください!(^○^)

秋谷や原田のごときくだらない奴等の指示に従っては幸せには成れないよヽ(^○^)ノ

よくよく見定めるべし(^◇^)

 

ツイッターから。果たして魔に喰われてるのは誰か?一目瞭然な気がするって

 投稿者:ツイート人  投稿日:2018年 6月 1日(金)20時29分0秒
  宗門問題は、信徒のクセに生意気だと言う差別との戦いと思ってる。

今、学会本部に本音で抗議の電話をすると「面倒なやつだ」「生意気だ」みたいな対応をされる。

果たして魔に喰われてるのは誰なのか。獅子身中の虫は誰なのか。疑問を抱き抗議する会員なのか、それとも中央なのか、一目瞭然な気がする。
 

嘘。

 投稿者:冷遇センター  投稿日:2018年 6月 1日(金)20時17分30秒
編集済
  宗教者だからこそ、嘘をつく。  

 投稿者:広布第二章の指針  投稿日:2018年 6月 1日(金)19時47分29秒
  創価学会は、仏法中道の道を歩む


第三に「創価学会は、永遠に仏法中道の道を歩む」ということであります。

ごぞんじのように、仏法では円融三諦の原理が説かれております。三諦とは、第一に空諦、すなわち万法のいっさいの性分のことであり、人間が話をしたり、花が咲いたりする、生きていくうえでの知恵の発露をさしている。第二に仮諦とは、五薀仮和合といわれているように、人間なり、花なりの現実の姿であります。第三に中諦とは、空仮二つの側面にもかかわらず、それらの本源に厳然として存在する不変の生命であります。

円融三諦とは、これら三つの側面をあますところなく洞察する知恵をいうのであります。そして、これが、仏法中道ということなのであります。

この空仮中の三諦を、現代的に読めば、私は、次のようにいうことができると思う。すなわち、空諦とは知恵の発露ですから、進歩であり活力であります。仮諦とは、仮和合の現実の姿ですから調和であります。実際、現実をながめてみれば、人間の体にしても、人間と自然の関係にしても、刻々と変化しながらも、なにひとつ調和を欠いて存在することはできません。第三に、中諦とは不変の生命ですから、根源、いっさいの成り立つ原点ということができます。

ひるがえって文化、社会というものも、この視点からみれば、進歩もしくは活力、調和、そして原点の三つのうち、どれ一つ欠けても、社会の健全なる発展はありえないといえます。たとえば、原点なき調和は、なれあいの妥協となる。また、進歩なき調和は、停滞であります。さらに、調和の視点を欠いた進歩、発展が、社会にさまざまな歪みやアンバランスをもたらすことは、近代の物質文明の偏頗が、なによりも雄弁に物語っているところであります。

そして、社会のよりよき生々発展を支える原点、調和、進歩もしくは活力の三つを、ともに備え、円融にして円満なる大宇宙の本源の当体こそ真実の中道であり、即南無妙法蓮華経なのであります。「御義口伝」に「此の円融の三諦は何物ぞ、所謂南無妙法蓮華経是なり」(717)とあるとおりであります。このように円融三諦即南無妙法蓮華経という視点のごとく、いっさいの事象は無数の河川となって、妙法という一つの大海にそそがれていくのであります。

経文にいわく「無量義は一法より生ず」と。また、釈にいわく「百千枝葉同じく一根に趣くが如し」とあります。思想であれ、イデオロギーであれ、およそ、あらゆる人間の所作は、すべて根源の「一法」「一根」より生じたものであるとして、包括的にとらえ、静的に、動的に、それらを止揚しつつ、正しい位置を与えていくのが、仏法中道の大道であると申し上げたいのであります。

近代文明をリードしてきたヨーロッパの思想の流れをあらあら俯瞰してみても、あるときは、プラトンのイデア論やキリスト教の霊魂不滅の流れをひく唯心論哲学が隆盛をきわめたことがありました。十九世紀中葉以降、それに代わるものとして、華々しく登場したのが唯物論であることも、周知の事実であります。

二十世紀にあっても、第二次世界大戦後の一時、実存主義が、唯心論、唯物論に代わる"第三の哲学"として脚光浴びたこともありました。それも束の間、現在では、実存主義から構造主義への移行ということがいわれはじめています。

まことに変転つねならぬ様相でありますが、結論的にいえば、私は、それらの思想は、いずれも「無量義」の一分を説いたものにすぎないと思うのであります。もとより先人の労苦を認めないわけでは毛頭ありません。しかしながら、総じて現代文明そのものが、ぬきさしならぬ袋小路に入り込んでしまっている現実が示唆するものは、それらの哲学が、もはや現代において文明転換のテコになりえないという事実であると思うのであります。

そこに「一法」の高みから「無量義」を止揚し「百千枝葉」を「一根」に位置づける仏法中道の哲理が、現代文明の前途に、深く蘇生の光を与えることのできるゆえんがあると申し上げておきたい。

時代は、さまざまな紆余曲折をたどりながらも、中道へ中道へと動いていくのでありましょう。私どもはこの大道しか、人類の活力はないとの強い信念で、社会のなかに、民衆中道ともいうべき深い、広範な大河の流れをつくっていきたいと思いますが、皆さんいかがでしょうか。(拍手)
 

関節拘縮症、肺性心の娘が今春、小学校に入学

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2018年 6月 1日(金)19時39分55秒
  1997年5月30日

【埼玉県・寄居町】生まれてくる生命、その生命には、限りない可能性と希望が秘められてい
る。S・Eさん(33)=寄居支部、婦人部地区幹事=の次女・Nちゃん(7つ)は、生まれ

た時、先天性多発性関節拘縮(こうしゅく)症、肺性心と診断された。何度も襲った生命の危
機と四肢(しし)の関節の変形により一時は「歩けるようになるかどうか」と医師から……。

更にSさん自身を襲った慢性関節リウマチとの闘い。だが、SさんはNちゃんとともに病魔に
立ち向かった。今春、小学校に入学し、地区の人気者のNちゃんを中心に、笑顔が絶えないS
さん一家を訪ねた。

*どうして…

「こんにちは!」――Nちゃんが元気な声で迎えてくれた。ちょっと照れやさんだが、とにか
く明るい活発な女の子。今春、小学校に入学したばかりのピカピカの一年生だ。入学式の日。

元気に自分の足で歩き、入場したNちゃん。その姿を見つめるSさんは目を細めた。“よく頑
張ったね。これからも一歩一歩、一緒に前進していこうね”Nちゃんが生まれて七年。長い闘

いだった。不安、絶望、苦悩……。だが、その歩みが希望の前進へと変わっていった――。一
九九〇年(平成二年)五月、Nちゃんが生まれた二日後のこと。「気管支と肺、心臓の機能が

弱く、生命の危険があります。手足の関節に変形もあり、歩けるようになるかどうか……」。
この医師の言葉が、次女誕生の喜びに包まれていたSさん一家を、奈落の底に突き落とした。
保育器の中の我が子を見た瞬間、涙がこぼれ落ちた。“どうして生まれたばかりのこの子が…

…”。変形しているひざやひじを、優しくさする手が震えた。気管支の状態が悪く、鼻から胃
に管を通し、ミルクを注入。しかも肺性心のため、たんがからむと心臓に負担がかかり、呼吸
困難、チアノーゼを起こした。つらかった。夜、電気が消えた病棟のトイレで、声を出して泣

いたこともあった。何度も訪れる生命の危険。だが、治療は気管支と肺、心臓の回復を待つし
かなく、三カ月後には退院し、自宅での闘病が始まった。夫のTさん(36)=圏青年部長=
は家族を支え、唱題を重ねた。Tさんは知的障害者施設の指導員。Sさんも結婚するまで同じ
施設で働いていた。「障害を持つ子供や家族の気持ちを、分かっていたつもりでしたが……」

。その大変さを知っているがゆえに、更に不安は募った。一瞬たりとも目を離せない。唱題を
していても、我が子の将来のことが頭を離れない。“産んだ私の責任なんだ……”。自分を責
めるばかり。娘のために唱題会をし、何度も励ましに来てくれる同志に「会うのさえつらかっ
た」。

*驚き

それでも同志は温かかった。食事の用意をする余裕さえなかったSさんに「ご飯は食べた?」
とおかずを持ってきてくれた。病院に一緒に行ってくれたことも。一緒に唱題し、会合も我が

家で開いてくれた。管からミルクをあげていると「Nちゃん、頑張って!」と声をかけてくれ
る友。咳(せ)き込み、たんがからんだ時、一緒になって背中を叩き、必死に題目を唱えてく
れた。そんな同志が帰り際に、語りかけてくれた言葉が心に響いた。「あなたたちを見ている

と、本当に励まされるのよ」「Nちゃんを見ていると、私も頑張らなくちゃって思うんよ!」
驚きだった。つらいことばかりで、この状況自体が不幸だと思っていた。“なのに、この子が
皆に励ましを送っているなんて……”まるで闇(やみ)に閉ざされたトンネルに、一筋の光が
差し込んだかのようだった。Nちゃんが入会する前日のことだ。初めて口からミルクを飲むこ

とができた。喜ぶ夫妻に、Nちゃんは笑顔を見せた。一番苦しいはずの我が子が、小さな体で
懸命に生きようとしている。“この笑顔のためにも母の私がしっかりしなければ”Sさんは宿
命に泣きぬれていた顔を上げ、真っすぐ前を向くようになっていく。Tさんと必死に唱題。次

第に気管支の状態、肺性心がよくなっていった。その一方で、関節拘縮症による障害は進んで
いた。左足が外反足、右足が内反足。そして、右ひざが内側に大きく変形していた。脊柱側弯
(そくわん)症も。三歳の夏、右ひざの手術。その時、Sさんは出産を控え、池田名誉会長か

らの激励を胸に唱題を重ねた。「次女と同じ病気の可能性がある」との医師の言葉をかき消す
ように……。だがある時、“生まれてくる子は障害がないように”と祈っていた自分に、はっ
と思った。「では、Nは不幸なのか?」と。そうじゃない。障害があるかないかが、幸不幸を

決めるのではない。Nは私にとって宝であり誇りだ。宿命を乗り越え、周囲に勇気と希望を送
る使命の人生を、一緒に歩めることこそ大切なんだ。“どんな困難にも負けない強い子に、使
命のある子に”――母の祈りのなか、手術は成功。長男のK君(3つ)も無事に出産した。N

ちゃんは、その後、二回の手術を成功に終え、リハビリに励んだ。二年前の九五年、三回目の
手術後、寄居平和会館でのこと。「さあ、帰るわよ」と声をかけると、座ったままでしか移動
できなかったNちゃんが、必死に立とうとしていた。そして、立ち上がると一気に歩き始めた

。「頑張って!」。思わず叫んだ。同志が見守るなか、一歩一歩、ぎごちなく足を前に出す我
が子。まるで夢のようだった。「歩けたのね!」――我が子を抱きしめるSさんの目は、涙で
輝いていた。

*“今”を懸命に

その直後のこと。今度はSさんを病魔が襲った。慢性関節リウマチだった。朝のこわばりから
始まり、次第に全身の関節が腫(は)れ、痛みが増していった。翌九六年一月には、毎晩三八
度以上の発熱と全身の激しい痛みに襲われ、起き上がることさえできなくなった。Tさんも懸

命に唱題。Nちゃんも長女のSちゃん(8つ)もお母さんのために祈った。二カ月間の寝た
きり状態から徐々に回復したものの、歩くだけで全身に痛みが走る。その姿を見ていたNちゃ
んが言った。「お母さん、歩き方が下手だね。Nみたいに頑張って歩く練習しなくちゃ!」と

。泣き笑いの日々。うれしかった。そんなNちゃんが昨年、初めて保育園の運動会に参加。か
けっこに出たNちゃんは、一生懸命に走った。だが、皆にどんどん引き離されていく。「頑張
れ!」「頑張れ!」――あちこちから声援が飛ぶ。トラック一周を走りきり、拍手の渦のなか

、得意げにゴールしたNちゃん。「どうしたら、あんなふうに負けない子に育つの?」「あの
やる気と生命力はすごいね」と声をかけてくれる人々。「あんなに大変だったNちゃんが……
。夢みたいね」と涙を流して、喜んでくれる人もいた。“お母さんもリウマチなんかに負けず

に、Nを見習わなくちゃね!”――朝のこわばりがあっても、不安より「今日も動ける」と喜
べるようになった。“どんな状況になっても、三人の子供たちの太陽の存在に”――Sさんは

心に誓った。そして迎えた入学式。Nちゃんの身長は、まだ皆の胸ぐらいしかない。だが、そ
の姿はだれにも負けないぐらい立派に輝いていた。Nちゃんは今後も手術が必要になるかもし
れない。Sさんもリウマチの症状がいつ出るか分からない。「だからこそ“今”を一生懸命に

、明るく生き抜くことができるんです!」現在、ヤング・ミセスの熊谷〈県〉委員長としても
活躍するSさん。今日も明るい笑顔で、自然に彩(いろど)られた秩父の天地を駆け回る。

*メモ

◎先天性多発性関節拘縮症生まれつき四肢(手足)の関節が変形していて、十分に関節が動か
せない状態(拘縮)を示す病気。関節周囲の線維(せんい)組織が増殖しているために、関節

の動きが十分ではない。矯正マッサージや関節の手術を要する。◎肺性心肺に病気があって、
肺での血液の流れが悪くなると肺へ血液を送っている右心室に負担がかかり、やがてうっ血性
心不全を起こす。このように肺に原因があって心臓に異常が起こる場合をいう。
 

第79回「二科展」彫刻部門の第1席に輝く/執念でつかんだ栄冠

 投稿者:寝たきりオジサン  投稿日:2018年 6月 1日(金)19時30分23秒
  1994年10月14日

【埼玉県川口市】芸術の秋がやってきた--。先ごろ、芸術家たちが腕を競う第七十九回「二
科展」の審査が行われ、彫刻部門で、T・Tさん(43)=南戸塚支部、地区幹事、芸術部<
県>主任=の「Rの肖像」が見事、特選(第一席)に輝いた。以前からアルファベット文字に

魅せられていたTさんは、「R」の曲線と有機的なイメージを生かして、人間的な温かさを表
現した。ミケランジェロの作品の美しさにひかれ芸術を志したTさんは、高校卒業後、美術大

学を受験したが、三回続けて失敗。唱題して臨んだ結果ゆえに納得しようとはしたものの、悶
々(もんもん)とした日々が続いた。そんな折、同じく彫刻の道を目指していた男子部の先輩
から激励された。「受験には負けたけど、人生に負けたわけではない」今でも鮮明に心に残る
その一言で、Tさんは視界が晴れたような気がした。以後、がむしゃらにTさんは走ってきた

。創作意欲のわくまま、多くの作品を作り出していった。四十歳になったある日、Tさんは決
意した。「この十年間、目標を決めて大きく成長しよう」と。まず決めた目標は二科展への出
展だった。若い芸術家の卵たちが多く参加する二科展にあって、Tさんの初挑戦はいささか遅
いともいえた。しかし、Tさんの心には情熱がたぎっていた。「これを機に自身のカラを破ろ

う」一日二時間の唱題に励み、広布の活動に全力を注ごうと決意、実践した。作品の制作にお
いても、それまでの型をすべて取り払い、新しい形を模索。そして「Rの肖像」は完成した。
“妙法の芸術家”として頑張っていきます--その誓いの祈りの結実が今回の受賞だとTさん

は確信している。ともすれば「冷たい感じがする」と評されてきた作品群だったが、受賞作が
「人間味をたたえている」とは周囲の一致した声である。本年度二科展の頂点を極めたTさん
だが、何のてらいも気取りもない。Tさんが四十歳の時、決意した十年後とは西暦二〇〇一年
。「その年の『五月三日』を目指して、更に成長を期していきます」と語るTさんの笑顔がす
がすがしい。
 

間違い

 投稿者:  投稿日:2018年 6月 1日(金)17時02分25秒
編集済
  同じ内容を二度と投稿のため削除  

間違い

 投稿者:  投稿日:2018年 6月 1日(金)17時00分58秒
編集済
  同じ内容を投稿のため削除  

せいじか

 投稿者:路上生活者  投稿日:2018年 6月 1日(金)17時00分25秒
  森友、加計問題を抱えてる
安倍総理。
日本赤軍としてスウェーデンから
強制送還された危険要注意人物の夫を持つ
辻元清美。
ありもしない慰安婦問題を流布し
続けた
福島瑞穂。


安倍総理は、現在進行形。
辻元清美、福島瑞穂に関しては、
ネットでくぐればいくらでも出てきます。

私達が選んだ政治家たちです。

ダメだと思うなら次の選挙で落選させれば
いい。
落選しませんけどね。

日本の選挙制度は、民意を反映しない
形だけの選挙制度です。
しかし「力」(金と組織票)を持たない
政治家は、民意で簡単に落選します。

その上で、私達が選んだ政治家です。
悪い旦那を選んで
悪い妻を選んで結婚したのも
自分自身です。

ちなみに政治家ではないけれど、
テレビに出演している住田裕子弁護士。
1985年冤罪事件、草加事件。
少年たちを冤罪なのに罪をかぶせた当時、
検事だった住田弁護士。
唯一、刑事裁判を民事裁判がひっくり返した。
裁判でも有名。
この人が冤罪を作ったおかげで結局、犯人は
捕まらないまま今に至る。
 

お薦めTV[嘘」と言う現象

 投稿者:アルベア  投稿日:2018年 6月 1日(金)16時59分32秒
  [Eテレ]2018年6月1日(金) 午後10:00~午後10:50(50分)

企業によるデータ改ざん、ドーピングを否定するスポーツ選手、政治家の嘘といったものから、日常的なス

ピード違反まで。人は日々ウソをついている。ウソの背景に社会的なルールが存在することを実証し、ウソを

つく心理を分析する。また、八百長に加担した元NBA審判、長年巨額のインサイダー取引を続けたトレー

ダー、不倫していた一般女性などが、いかにして自分の不誠実な行動を“正当化”していたのかを正直に語る。

「嘘」は相互の弁証法の現象です。「嘘」をつくための「嘘」と現象として「嘘になる」全ては「思惑」「意

図」により生じている。
 

お薦めTV

 投稿者:アルベア  投稿日:2018年 6月 1日(金)16時57分4秒
編集済
  お薦めTV

[Eテレ]2018年6月1日(金) 午後10:00~午後10:50(50分)
 

「嘘」がすべてを叶える魔法の杖か!

 投稿者:ミネルヴァの梟  投稿日:2018年 6月 1日(金)12時58分36秒
  今朝テレビを観ていたら、3つの局が「紀州のドンファン」事件。(失笑)あと1局は「日大アメフト」事件を扱っていたが、何をやっているのだ。政治が今大変な事になっているのに、また目くらましか?

どうせ圧力を恐れた局の上層部が、政治ネタから逃げているのだろう。ジャーナリストの風上にも置けないクソ経営陣だ。

上へ行けば行くほどロクな人間がいなくて、進駐軍が驚いたという、旧日本軍的体質は、今も色濃く日本社会全体に残っているのだ。

残っていると言うよりアベ政権の出現に呼応して、なりを潜めていた、人間の情け無く醜い部分が、噴き出して来ているのだ。


加計学園の渡辺事務局長が、愛媛県庁を謝罪のため訪問。

「加計孝太郎理事長と首相が会ったというのは、加計学園側のでっち上げで、たぶん事務局長である私が嘘をついてました。」(呆)という、誰にも信用されない、子供騙しの様な謝罪。

表情もヘラヘラニヤニヤしていて、とても本気で謝罪しているとは思えない。
しかも当の中村知事は台湾出張中で不在だ。
来る前に確認しなかったのか?(呆)
これでは、ワザと留守を狙ったのだろうと言われても仕方がない。

こんなフニャフニャした一介の学園事務局長が、首相の名をかたって勝手に嘘をつき、93億もの補助金をだまし取るなどという大それた事をやっただと? 誰がそんな馬鹿話を信じるのだ。(呆)
気は確かなのか?


千葉県銚子市にある、千葉科学大学。これも加計学園系列の大学だ。
その助成金の負担のせいで、銚子市は財政破綻寸前。借金地獄で「第2の夕張」と言われているらしい。今治市も、いずれそうなる可能性は高い。

学長は木曽功氏。第2次安倍内閣で内閣官房参与をしていた人物で加計学園問題の渦中にある人物の一人だ。

公明党の元副代表だった松あきら氏は、2014年からこの大学の客員教授らしいが、何をやっているのだ!もう完全にアベ側に取り込まれているではないか!

松あきら氏と言えば、あの大問題になった子宮頚がんワクチン推進の急先鋒で、私らも散々応援させられた記憶があるが、ワクチン製造元と夫の西川弁護士は蜜月関係にあったらしい。

何だそれは?
公明党の腐敗はもうこの頃から始まっていたのか。それよりもっとズーッと前からか?!


元理財局長の佐川氏、迫田氏はじめ、38人が全員不起訴になった問題といい、もうこの国の政治はデタラメ過ぎる。

佐川氏は絶対にもう一度証人喚問するべきだ。

「嘘をつき通せば、黒いものも白くなる」というような前例を国民は断じて認めてはならない。

上層部の人間などまったく信用できない今、虐げられた私ら庶民貧民が、直接政治を動かすしか方法は無いのだ。

「自らを虫であると認める者は、踏み潰された後、文句は言えない」とはこの事だ。
一人一人が投票所に行き、上の言うことなど無視して思った通り「アベ政権はノーだ!」と投票する以外、もはや方法など無くなりつつある。




 

人生の座標から~

 投稿者:うーこメール  投稿日:2018年 6月 1日(金)12時45分40秒
  人生にはいろいろなことが起きる。常に変化、変化である。結局、大事なことは、何があっても負けないこと。戦うこと。希望を失わないことである。  

あきれた話

 投稿者:ひかり  投稿日:2018年 6月 1日(金)12時37分57秒
  ある創価学会地方中心会館職員夫人の家庭では、幼い娘たち三人が、バイオリンを習っていた。

バイオリンを習うには、相当なお金がかかるものだ。

幼いころから「三人に」となれば、親は別格の投資を覚悟せねばなるまい。

私はその事実を知らなかったが、ある大きな地方コーラスグループのメンバーが教えてくれた。



その話によると、お互いに、地方の名流婦人がこぞって参加する「○○フライト」という(当然

だが、ある程度の出資と自由になる時間が必要だ)北欧などを歴訪する、第何期かの同じ研修旅

行のメンバーとして親しくなり、以降食事やお茶を一緒に楽しんでいるという事だった。



この婦人は、しかし、創価学会員として猛烈に活動していた私とは、ほぼ同年輩の件の職員夫人

の暮らしぶりの違いに、一抹の疑問を感じたらしい。

それでカミングアウトと相成ったわけである。

バイオリンを幼い娘三人とも習っていて、麗しいホームコンサートを演奏してくれたとか、その

類の話である。



ここで、待てよ、と思った私。



あの職員夫人は大層なグルメで、「幻の○○牛」のステーキ肉を買うためだけに、我が家の近く

の産直に来ていると言っていた。

また、○○ならどこそこで買う、○○はどこそこにしか売ってないの、という話が口をついて出

る日常生活。 私も美味しいものには目がないが、そんな私でも眉をしかめる。

だって、職員夫人ですぞ。

その財布の中身は、あの苦しい「多部数」「財務は大善」なんかで、できているのだろう?



そんなある日のことである。

「幻の○○牛」のステーキ肉を買うためだけに行く産直に車で出かける途中、立木で見えにくい信号があるんだ

けど、「立木の枝を切るように言ってちょうだい 市役所に」ときた。

その信号は、大きな道路なので反対側にも信号がついており、立木が茂って邪魔だろうがなんだろうが、

もう一方の信号を見れば事足りるのであった。

ところが、「要望して立木の枝を切らせて」と、当時議員の私に電話してきたのである。

「隣の市」に住む夫人が、である。

改めて、「あきれた話」ではないかと思い出した。

「権力の魔性」とは、実によく言ったものである。 件の夫人は「権力」の具合を試したのであろう。

「みんな、あれでは危ないから」などと理由を「付け足して」いたが、反対側の信号で事足りる状況なのだか

ら、単なる「付け足し」であり、本当は、つい自分のために議員を動かしたかったのだと思う。

そういう例には事欠かなかったが、この例は代表的なものである。

こんな実態おかしくないか?




 

諸の悪人は又善知識なり

 投稿者:虹の戦士  投稿日:2018年 6月 1日(金)11時19分47秒
  小説新・人間革命27巻激闘269頁

善知識にするのも

悪知識にするのも

本人の信心

<『諸の悪人は又善知識なり』>

魔を打ち破る力は唱題にあり

情熱を込めて、山本伸一は訴えた。
「次の『諸の悪人は又善知識なり』(御書962頁)の御文も、
非常に大事です。
 善知識というのは、仏道修行を支え、助けてくれる存在です。
しかし、日蓮大聖人は、諸の悪人、すなわち仏法者を迫害し、
信心を妨げる働きをなす悪知識を、御自身にとって、善知識で
あると言われている。
 なぜか――。諸の悪人による迫害に遭うことによって、法華経の行者
であることが立証できるからです。風があってこそ、風車が回るように、
迫害あってこそ、悪業を転換し、一生成仏することができる。
 難が競い起これば起こるほど、強盛に信心を燃え上がらせていくならば、
悪知識も、すべて善知識へと変えていくことができる。むしろ、それが、
真実の信仰の姿です。
 反対に、学会の先輩が成長を願って、誤りを指摘してくれたにもかかわらず、
恨みをいだき、退転していく人もいます。その人にとっては善知識となるべきも
のが、結果的に悪知識と同じ働きをしてしまうことになる。
 善知識にするのも、悪知識にするのも、最終的には本人の信心なんです。
ゆえに、弾圧、迫害も、信心の大飛躍のバネにすることができる。つまり、どんな
逆境に遭遇しても、それが、そのまま魔になるわけではない。どう受けとめるかで、
一念次第で、魔にもなれば、信心向上の力にもなっていくんです。
 どうか、第六天の魔王が率いる十軍という己心の魔に打ち勝ってください。
この魔を打ち破る力は唱題です。生命の根本的な迷い、すなわち無明を断ち
切ることができるのは、南無妙法蓮華経の利剣です。
どこまでも、唱題第一に
戦おうではありませんか!」
---------------------------------
心を磨けばすべてが善知識に変わっていく
のですね。それには、願い、祈って、
あとは唱題、唱題、唱題、そして勇気と行動。
 

宮川さんのFacebookの代理投稿 5/5

 投稿者:ドン・キホーテ  投稿日:2018年 6月 1日(金)09時26分50秒
  宮川さんのFacebookの投稿の画像のみ、14枚のうち、13枚目から2枚です。  

宮川さんのFacebookの代理投稿 4/5

 投稿者:ドン・キホーテ  投稿日:2018年 6月 1日(金)09時24分56秒
  宮川さんのFacebookの投稿の画像のみ、14枚のうち、10枚目から3枚です。  

あなたのとりこ

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2018年 6月 1日(金)09時22分13秒
  元職員3名のブログが更新されています。
『「創価新報」の批判記事「青年部員と語る 元職員らの中傷行動について③ ~集団で威圧的な言葉浴びせ、追い詰める」への反論と事実 パート③』
http://harunokoime20150831.blog.fc2.com/blog-entry-187.html
>3、今後の『学会本部との労働裁判』の流れについて
①6月5日(火)午前10時から、東京地裁611号法廷にて、第14回期日(口頭弁論)。 ★各種「文書提出命令申立」に対する裁判所の判断が下される予定。<

この夏は熱くなる。もし可能なら傍聴応援に行ってあげて欲しい。法廷を彼らのホーム・スタジアムにして、奴らをアウェイにして、倒すのです。問題は平日。学会でメシを食ってる奴らは動員かけたりして。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/62326
>『オタクの行動経済学者、スポーツの裏側を読み解く』(トビアス・J・モスコウィッツ、 L・ジョン・ワーサイム)の中で、「ホームのチームが有利になる理由はストライクかボールかきわどいコースの球で有利な判定をもらっているからで、それは主審が意識的にあるいは無意識のうちに、周囲の雰囲気に影響されているからだと結論づけている」そうです<

一般人Aさんに対してもそうですが、奴らはやはり提婆の弟子なのか、池田先生が提婆に言われたように「男の嫉妬まっ黒け」です。奴らにはAさんほどには人望がない。

奴らの「活動」に対して多額の金が払われる「値打ち」は何なのか???

ノーギャラ一般人Aさん(他、一般会員の皆さん!)の方が会員を歓喜させているとしたら? 職業学会患部の存在理由は? 目的は? 意味は? →→→「男の嫉妬まっ黒け」。

今日の『誓願57』は誰が書いている? 対話拒否のヤカラには書けないはず! ひょっとして今日のゴーストライターは一般人Aさん?

“どうしようもなくあなたにひかれてしまうの、どんな時でも”
“どうしようもなくあなたに結びついてしまうの。そう感じるわ”
“涙のあと喜びが戻るように 冬のあと花の季節がやってくるように”
“すべてが死に絶えてしまうと思っても 再び愛が打ち勝つのよ”
『あなたのとりこ』シルヴィ・バルタン
https://www.youtube.com/watch?v=C-kXLNvNUlk
虹さん、渋い曲を出して来ますね。80’sシンボル曲の一つ。日本だけのヒットらしいですが。『サイキック・マジック』とか。
http://6027.teacup.com/situation/bbs/85134
https://www.youtube.com/watch?v=I5seXCG8Vrc
私は池田先生のようにホイットマンの詩を引用したり出来ないので洋楽で。投稿内容と関連したものを、時に強引に? もっといい曲がたくさんあるのですけど、使えない曲が多いですね。

『実名告発 創価学会』(野口裕介・滝川 清志・小平 秀一) アマゾン「ベストセラー」で絶賛発売中!!!
http://amzn.to/2fxRlFX
誰か浅山太一さんの5・26に行ってませんか? 大入りだったようですが。
 

宮川さんのFacebookの代理投稿 3/5

 投稿者:ドン・キホーテ  投稿日:2018年 6月 1日(金)09時20分19秒
  宮川さんのFacebookの投稿の画像のみ、14枚のうち、7枚目から3枚です。  

宮川さんのFacebookの代理投稿 2/5

 投稿者:ドン・キホーテ  投稿日:2018年 6月 1日(金)09時18分6秒
編集済
  宮川さんのFacebookの投稿の画像のみ、14枚のうち、4枚目から3枚です。(ドン・キホーテ)  

宮川さんのFacebookの代理投稿 1/5

 投稿者:ドン・キホーテ  投稿日:2018年 6月 1日(金)09時14分58秒
編集済
  宮川さんのFacebookの投稿を代理で投稿いたします。
なお、画像が全部で14枚有りますところ、一つの投稿に添付できる画像が3枚までなので、この投稿に画像3枚を添付して、残りの画像は3枚ずつ、画像のみを投稿いたします。
(ドン・キホーテ)
---------------------------------------------------



昨日から、
箱根の別荘に来ている。

関東の地で十年もの長きに渡り苦渋を舐めて来られた先生の直弟子を御招待。

更に、海外より友が帰国、
成田空港??から、直に私に会いに来て下さり、歓待。

関東の勇と、海外の猛が、同じ歳だと分かり、話が盛り上がる。

共に、先生の直弟子なれば、
奴婢となって仕えようとするが、中々、仕えさせてくれない。

話題は、狭い島国日本??を、忘れ、世界人類の未来へと。

夜の勤行を朗々と3人でさせていただき、中華料理をケータリング。

お二人は、ビール小缶?と、
海外メンバーがビール大缶2本、私はウーロン茶。

大事な未来の広宣流布の語らいに、アルコールは最少限に抑えるのが、私のルール。

酒に酔って大言壮語する輩を、私は信じない。
( 下戸の僻み?)

百平米ほどの部屋には、6人ほどのゲストを招待出来る。

ジャグジー付きの部屋備え付けのお風呂。

大浴場はメタケイ酸の温泉でお肌ツルツル。

オヤジ3人が、ツルツルの顔して2度入浴。

私が午後11時就寝、午前2時起床である事を、知っていて下さり、

和室で先に休むよう言って下さる心遣いが、先生の弟子たる所以でもある。

私が目覚めた午前2時前には、お二人とも、ツインのベッドルームで寝息をたてておられた。

かけがえの無い一生であり、
黄金の一日である。

夜遅くまで、飲み明かし、
騒ぎ、未来広布を大言壮語し、

前後不覚になり、翌日は昼まで寝るような人間に、人類の未来は、託せないし、

その能力も無かろう。

これが、我が師の英雄観であり、私もそれに従っている。

このお二人は、朝は6時に起床され、朝風呂にご一緒させて頂いた。

このシェア別荘の永代使用会員券は、尊敬するお方からの御供養であり、10年前から使用させて頂いている。

師の慈愛の眼差しに見守られての、宇宙一幸せな戦いの日々、瞬間瞬間である。
 

本日の政教珍聞で~す、原田怪鳥様、「珍・人間革命」までブーメランになってるようではかける言葉が見当たりましぇ~ん(笑)

 投稿者:カンピース  投稿日:2018年 6月 1日(金)09時11分28秒
  おはようございます。原田怪鳥様、本日はネタが無いのか? 当たり障りのナイ海外ネタで紙面を潰す出来の悪さ、誠にご苦労様で~す(笑)

そんな中でも目を引くのは、本日の「珍・人間革命」誓願五十七デスよぉ~(笑)


>学会としては、公式謝罪を強く要求した。また、「お尋ね」文書の引用には、このほかにも重要な誤りがあることを学会は指摘しており、それについても解答するよう求めた。宗門は、学会の再三にわたる話し合いの要求を、ことごとく拒否してきたが、大聖人は「立正安国論」で「屡談話を致さん」(御書P17)と仰せのように、対話主義を貫かれている。すべての人と語り合い、道理をもって、理解と共感と賛同を獲得していくことを教えられている。武力や権威、権力など、外圧によって人を屈服させることとは対極にある。<
(珍・人間革命」誓願五十七より抜粋)


原田怪鳥様、これって、丸ごとブーメランじゃないデスかぁ~(超大爆)

元職員3名の方は、謝罪を強く要求されていますが、学会側はことごとく拒否してマスねぇ~(笑)

大聖人や池田先生は対話主義を貫かれていマスが、原田怪鳥様は都合のイイ方しか対話主義を貫かれていましぇ~ん(笑)

「創価珍報」のディスった記事には、重要な誤りがある事を元職員さんは指摘していますが、学会側は回答されていましぇ~ん(笑)

怪鳥職という権威、権力をかさに着て、査問・処分・除名・左遷・更迭という外圧をもって屈服させようとしてるのは誰デスかぁ~(笑)


しかも、元職員さんが、原田怪鳥様が対話に応じないものだから、仕方なく裁判という手段に訴えると、

元々は浄財であるハズのカネの力で巨大弁護団を構成し、必死になってらっしゃるのには言葉が見つかりましぇ~ん(爆)


原田怪鳥様、本日の「誓願五十七」ではイイことが書いてありまぁ~す(笑)


>対話は、仏法の人間主義を象徴するものであり、それを拒否することは、大聖人の御精神を否定することだ。<
(珍・人間革命、誓願五十七より抜粋)


原田怪鳥様いわく、「珍・人間革命」は先生が御健在で書かれている「正史」なんでしょうからぁ~(笑)

「じ・き・で・し」の原田怪鳥様としては、決して、製本化の際に勝手に削除するコト無く、大聖人の御精神を否定するコトなく、

元職員の方々とも「屡談話を致さん」と、対話の席に座って頂きマスように、期待しないで待ってまぁ~す(大爆)









 

差異を乗り越える信教の自由

 投稿者:飛翔こそ蘇生  投稿日:2018年 6月 1日(金)08時57分3秒
  細かな考え方の違いや感じ方の違いは
今までもあったし、これからもある。

池田先生が陣頭指揮をとるだけで
なぜこれが、個人個人の違いはそのままなのに
団結があれほど一つのものとなっていたのか?

カリスマだろうか?

池田先生はそれを明確に否定する。

もっと明確な否定のものもあったかと思うが
とりあえず見つけたもので、流れも沿うものなので
95年に発表された、田原総一朗氏によるインタビュー録から引用する。
(よく意味がわからないと言っているから
後に自身で深く思索してみたか
意味合いを誰かから聞いて明確に否定したのかもしれない)

~~ ~~ ~~
田原 世間では、池田さんは創価学会のカリスマ的独裁者だと言われてますね。
池田 ああ、そうですか。
田原 ご自身でも、カリスマ的存在だと思いますか。
池田 思ったことありません。よく意味がわからない。
田原 しかし、会員の方は、会合などでも、会長よりも名誉会長にきてほしい、という声が多いのではないですか。
池田 そうでしょうか。ともかく、人々は、役職ではなく、誠実さ、明快さ、責任感をもった人格的魅力のある人についていくものです。いわゆる人気のある幹部は、会員から慕われ、会合にも要請されています。戸田会長は、幹部を任命するときは、会員が「この人ならば」と思う人を任命するようにすべきだと厳しくいわれていた。たとえ選挙で選んでも、この人なら選ばれるという人々を任命すべきである、と。
 団結が強いので、たまに「全体主義だ」なんていわれることがあったが、この人間の社会はそんな単純なものではない。いわんや何百万の人間の集合体です。それぞれの意見もあり、個性も違う。職業も違う。簡単に従ってくるものではない。しかし、団結は他のいかなる団体でも、会社でも、願望しているのではないでしょうか。
~~ ~~ ~~

桜梅桃李と異体同心。

考え方や感じ方を合わせるものでなく、
信仰心・信心を合わせるものだ。

その上で、広布第二章の指針さんが投稿している中に
一、創価学会は、人間の精神の自由、なかんずく信教の自由を死守する。

という項目がある。

池田先生が信教の自由をどう捉えているかという事が
様々なことに関わってくると思う。

(私は見つけて先回りして読んだが)
今後の、そこの部分に注目してほしい。

普通の一般的な感覚で想像すると
信教の自由とは、個人がどの宗教を信じるのも自由ですよということであり、
そこにある権威に従うのも自由ですよ、ということになる。

でもそれだとSGI憲章の

3.SGIは「信教の自由」を尊重し、これを守り抜く。
4.SGIは人間の交流を基調として、日蓮大聖人の仏法の理解を広げ、各人の幸福の達成に寄与していく。

というのが、矛盾に感じる。
あなたが何を信じていようと自由だけど、
私が何を信じるのも自由で、
私があなたを折伏でねじ伏せるのも、これは自由なのだよ。

というのでは、怖くないですか?
信教の自由を謳いながら、かえって
この日蓮仏法が正しいのだから従いなさいという権威的ではないですか?

これは、この感覚は、池田先生の本意からすると
全くの勘違いじゃないかと思うのですが
少なからず、今までの私たちは、そこまで師の意を分からず
そういう方向になってしまって
セクトに指定されてしまったところもある。

そうではなく、池田先生の言う「信教の自由」は
どこまで行っても「人間中心」という事なのだと思います。

信仰心は外から言われて従わされるものじゃなく
人間が心の底から自由になるために勝ち取っていくものだと

なんとなく誰もおかしいと言わないから自分も黙っておいたり
権威に睨まれるのが怖いから渋々従ったり

そういう空気に対して、人間の自由の発現を勝ち取っていく
人間革命の戦いの精神を「信教の自由を守ろう」という言葉で
言っているのではないだろうか?

細かな考え方の違いや感じ方の違いがあっても
違わないのは一人ひとりが「人間」であるということである。

この違いである。

何に違和感を感じて議論する時にでも
見失ってはならないのは「人間のために」なのである。

それぞれ、これが正しいと思っているものはあるだろうけれど
どっちが正しいかで、「それに従うべき」なんじゃなくて

どれだけ「人間のために」をかけて議論し
アウフヘーベンしていくかではないかと思う。

私は、この部分を各自、問い直して点検してほしいと思うが
それは、表現の違いで、虹と創価家族さんが言っていることに近いのだ。

言葉は同じでも、こちらの心がどうか
あるいは、相手の心にはどう響くかの見つめ方で
伝わるものは全く違ってくる。

例えば「バカ」という言葉に
「愛してる」を乗せることも出来る。

しかし反面、言葉は怖いものでもある。
どこまで独り歩きして意図せぬ何かを破壊してしまうかもしれない。

考え方や感じ方の違う人間同士が団結するためには
俯瞰して人間のためにの意思と情熱をもって
信仰による人間の生命の本当の力を希望として歓喜として指し示すことだ。
 

あの娘にアタック

 投稿者:SaySaySay  投稿日:2018年 6月 1日(金)08時23分57秒
  今日から6月。「6」は転んで大きく「9」になる。名盤『サージェント・ペパーズ~』が発表され、本能寺の変が起きたこの6月は革命の月……任用試験が行われる。
ツイッターを徘徊して
>中学生も受けるのはいいけれど、誰がまともな講義をするのやら。自分の組織、後輩の組織を見渡すけれど、きちんとした講義が出来そうな幹部がいない。<
>何故、地区部長10人中9人は、座談会で満足な御書講義ができないのか。まあ支部長でも出来る人は少ないだろう。講義出来る人がいないわけではないが、いわゆる「冷や飯を食わされている」人が多い。大白蓮華読むだけの地区部長って、自分のことを恥ずかしいと思わないのだろうか?<
冷や飯? 私のところにもオファーが来ないが?

中学生に勉強会を見られて舐められなければいいが……なんや、こんなもんか、て。彼らにとっては「初めて折伏を“受ける”絶好のチャンス」なのに。
お受験教学の勉強会が物足りない……とお嘆きの貴兄に『すたぽ』を贈ります。

伝統教学1 ? 基礎教学 ~ (1) 教学について【無料】
https://stapo.info/1244/

“いいかい、よく聞いて”
“君が気づかぬままに、幸運を逃してしまうのを黙って見過ごせないんだ”
“わかるだろう? 見たくはないのさ 自分と同じ過ちを、また誰かが犯してしまうなんて”
“あの娘に伝えよう 君が感じていること、すべて与えてあげよう、君は本気なのだと”
“心から信じられるだけの根拠、すべて ちゃんと伝えよう”
“君が心に描いている途方もない夢、すべて 教えてあげよう”
“必要としていることや どんなに大切に想っているのかを…”
“いいかい…確かな保証は、成り行き任せじゃ得られない 自分で守るべきものなんだ”
“絶えず、君自身が気持ちを伝え続ける以外には”
“あの娘に伝えよう 君がどんなに気にかけているか ちゃんと伝えよう”
“伝えてあげなきゃ 君が伝えてあげなきゃ…”
『あの娘にアタック』ビリー・ジョエル
https://www.youtube.com/watch?v=p0pM5dm--yQ
 

上の下

 投稿者:広布第二章の指針  投稿日:2018年 6月 1日(金)08時02分9秒
  創価学会の実践は、人間革命の運動である


第二に「創価学会の実践は、人間革命の運動である」ことについて申し上げたい。
創価学会の今日までの歴史を振り返り、未来の役割を思うにつけ、まさしくその最大の特色は「人間のための宗教」の旗を高く掲げてきた点にあるといえるのであります。

多くの識者がいっているように、宗教には大別して「権威のための宗教」と「人間のための宗教」の二つがあります。私も、そのように思います。過去の宗教運動は、ともすれば神なりなんなりを絶対的権威にまつりあげ、人間はその宗教的権威の従属下におかれがちでありました。

すなわち「権威のための宗教」であり、人類史を暗く彩る幾多の宗教戦争なども、この本末転倒から発しているといっても過言ではありません。

かのルソーは、名著「社会契約論」のなかで、こうした宗教戦争を非難しつつ「人間が神々のために戦う」ことの愚かさを指摘していますが、以来二百数十年を経た現在も、この本末転倒がただされたとはけっしていえないのであります。

たしかに宗教そのものは、キリスト教にかぎらず、絶対的権威として人間に君臨していた昔日のおもかげはまったくありません。しかし、それに代わって科学や国家権力や核兵器などが、神なき時代の神々として、いまだに人類を覆っている昨今であります。

われわれの主張する「人間のための宗教」とは、このような宗教、もしくは似非宗教的権威と人間との関係を逆転させ、あくまで人間こそいっさいの主役なのであるという軌跡へと、人類史を向けていく戦いなのであります。かならずやこの大運動を後世の歴史家たちは称賛するであろうことは間違いないと、私は深く信じております。

もし、権威というのであれば、人間それ自体に内在するもっとも清らかで、もっとも力強い仏界という生命こそ、最高の権威でなければならない。その仏界を涌現させる戦いが、ほかならぬ人間革命運動なのであります。

ゆえに、私どもの教学運動といっても、それは人間の生命変革のための運動でなければならない。人間革命のための教学、人間の生命変革のための教学、自身の境涯を開き、また民衆救済のための教学でなければならないと申し上げたいのであります。

人間革命についての依文として、あまりに有名な一節でありますが、次の御金言を拝しておきたい。
「譬えば暗鏡も磨きぬれば玉と見ゆるが如し。只今も一念無明の迷心は磨かざる鏡なり。是を磨かば必ず法性真如の明鏡と成るべし。深く信心を発して、日夜朝暮に懈らず磨くべし。何様にして磨くべき。只南無妙法蓮華経と唱えたてまつるを、是をみがくとは云うなり」(384)

信仰によって、自身をみがくことが即身成仏、すなわち現代語でいえば、人間革命なのであります。「一念無明の迷心」をみがき「法性真如の明鏡」とするとは、仏界の生命を顕現するということであります。



仏界と四菩薩の生命

では、仏界の生命をあらわすとは、どういうことか。汝自身がどこまでも成長し、向上しようとする強い自己主体の確立 ー つまり「上行」であり、あらゆる場合にあっても行き詰まることのない知恵と力を発揮していくこと ー これを「無辺行」というのであります。さらに、人生、社会のいかなる苦難にあい、どのような状況に陥っても、貪瞋癡等の汚れに染まることなく、すべてを楽しみきっていける人生、生命、これが「浄行」「安立行」であります。この四菩薩の生命に象徴される特質が、一身にそなわってくるのであります。

法華経の涌出品では、この四菩薩を上首として、六万恒河沙の地涌の菩薩が、大地から陸続と出現する情景が説かれております。法華経には、文殊、弥勒、観音等々の大菩薩が、雲のごとく現れますが、上行、無辺行、浄行、安立行というように、すべて「行」という一文をもって誕生するのは、地涌の菩薩のみであります。

これは「行」、すなわち実践こそが地涌の菩薩の生命であり、魂である   と拝することができる。そして迹化の菩薩は、本化地涌の実践に耐えることができないということを、いみじくもあらわしているといえるのであります。

ゆえに、もし大聖人の仏法者としての実践を忘れてしまうならば、それはすでに迹化の菩薩であると、断ぜざるをえないのであります。

この地涌の菩薩の偉大なる力は、妙法の実践を通じてのみ、生命の大地をたたき破って顕現されるものであり、われらがめざす「人間革命」も、この一点から演繹され、達成されていくわけであります。




「師弟」のなかに真の仏法修行

この自己の境涯革命、そして、人間革命のために、重要になってくるのが「師弟」という問題であります。御本尊への唱題、広宣流布への実践によって、根本の生命変革をなしながら、人間としてのいっそうの向上と練磨のためには、人間対人間の現実的な関係性が不可欠となってくるのであります。

それが、組織のなかにおける人間関係であり、また、職場や地域における人間関係的あるとともに、とくに大事なのは、師弟という関係であります。

芸術や技能、学問の道においても、自己をみがき、向上をはかるために、師弟関係はなくてはならないものであります。まして人間道ともいうべき仏法の修行において、師弟が重要であることは、いうまでもないところでありましょう。

大聖人は次のようにいわれております。
「説ひ父母子をうみて眼・耳有りとも、物を教ゆる師なくば畜生の眼・耳にてこそあらましか」(1248)

これは、信仰を持続するうえにあってきわめて重要なことであります。動物にも親と子の関係があります。親が子をかわいがり、子が親を慕う関係はあります。しかし、師と弟子の関係は、動物の世界にはありません。この師弟の関係というものは、人間のみにあるものであります。

かつて戸田前会長が、もっともご尊敬申し上げていた堀米日淳上人は、このようにご説法くださったのであります。
「戸田先生は師弟の道に徹底されておられ、師匠と弟子ということの関係が、戸田先生の人生観の規範をなしており、このところを徹底されて、あの深い仏の道を獲得されたのである」

また「創価学会は、何がその信仰の基盤をなすかといいますと、この師匠と弟子という関係をはっきりと確認し、そこから信仰を掘り下げていく、これがいちばん肝心なことだと思う。今日の創価学会の強い信仰は、いっさいそこからでてくる。戸田先生が教えられたことは、これが要であろうと思っております。師を信じ、弟子を導く、この関係に徹すれば、仏法を得ることは間違いない」

さらに「戸田会長ほど初代牧口先生のことを考えられた方はない。親にもまして初代会長に従ってこられた」と語られ、最後に「この初代会長、二代会長を経て、皆さま方の信仰のあり方、また今後の進み方のいっさいができあがっている」と結論づけられておられました。

ともあれ、少々長い引用になりましたが、日淳上人は師弟に徹するなかに信心はある、仏の道は得られる、そして初代、二代会長の師弟のなかに、創価学会の進み方のいっさいがあることを明言されているのであります。

まことに、師弟のなかにしか仏法はなく、成仏の道も、その一点に尽きるという一面を、お説きくださったのであります。

私どもの生命の根源的練磨のための根本の師は大御本尊、そして御本仏日蓮大聖人であられます。三世にわたる永遠の師は、これ以外にありません。そのうえに立って、この現実社会に御本尊を教え、御書を身をもって教えてくださった初代会長牧口先生、二代戸田先生は、私どもの人間革命の先駆者であり、広布弘教の師であることを、ゆめゆめ忘れてはならないと申し上げておきたいのであります。





 

Say様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2018年 6月 1日(金)07時56分47秒
  リクエストに応えて頂きまして誠にありがとうございました(#^^#)

テンション上がりますね。
「ストリート・オブ・ファイヤー」も「フェーム」も大好きな映画で挿入歌も最高です。

ストリート・オブ・ファイヤーの内容は現代版西部劇です。

ダイアンレイン扮する歌手のエレンが、悪者にさらわれる。
それを救い出すシンプルなストーリー。

救い出すにも、人手が足りない。
相手は極悪の集団で、警察も手を付けられない。

誰もあてにできない状況の中、たった一人、エレンの元カレのトムが立ち上がる。
トムに続き、一人、また一人と立ち上がり、最後は町中の人が団結して、悪のグループに打ち勝つのです。

これは、創価権力者との戦いとも似ています。
名もなき民衆が、師への報恩と会員を守り切る一念で立ち上がった時、最後には多くの会員が味方になるのではないでしょうか。


いつも、ご投稿に音楽を添えて頂き嬉しいです(#^^#)
ありがとう!


Overnight Success
https://youtu.be/2faeeJxdCUg



 

虹と創価家族様へ

 投稿者:ひかり  投稿日:2018年 6月 1日(金)07時52分54秒
  おはようございます!

耳に痛いご投稿、誉れあり、です。

ワタシ的には、どんどんやっちゃってもらいたいです、手加減なく(笑)。


宿坊の掲示板には、大変な恩義を感じております。


3年以上前に、学会組織と公明党の両方から地域まるごと前代未聞の裏切りに遭い、

相当疲れていた私や家族にとって、勇気と啓示をいただけるそんな貴重な場が、

「宿坊の掲示板」でありました。



身を粉にして赤誠を貫いてきた個々の会員への恩を忘れ、査問・解任・除名と処分に明け暮れ、

今や悩乱の極みに至り、天魔に侵されゾンビ化していく者ども。

それがあの、昭和54年4月24日に嵐の讒言で師匠池田先生を追い出したヤカラのなれの果て、

ハラダアキヤなどの真性の姿なのです。

このヤカラは、池田先生に連なるものが、邪魔で邪魔で仕方がないのです。

嵐桜だって、ひこばえ保存すらしないで、処分したではありませんか。

そこには良心のカケラもない、冷血そのものです。

(なーにが「直弟子」だってんだ。 口が腐るぞコラ。)



どうかこれからも、虹と創価家族様らしく、正しさに徹しての追及と追撃をお続けください。









 

わが友に贈る 2018年6月1日

 投稿者:どうみょうてん  投稿日:2018年 6月 1日(金)07時24分7秒
  負けないことが
勝つことだ。
常に前へ前へと
歩み抜く勇者が
人生の栄冠をつかむ!
 

ひかり様へ

 投稿者:虹と創価家族  投稿日:2018年 6月 1日(金)07時13分41秒
編集済
  おはようございます。

最近の自分は、反執行部の方々にとって、耳の痛い投稿をしています。
ナリスマシさんも耳が痛いのか、それとも執行部側の内部分裂を狙った、更なるナリスマシなのか・・・

これまでの投稿は、自分の経験から学んだものです。

『師弟不二』を語りながらも、憎悪・傲慢という己心の魔にやられて、師弟不二の道からブレている事に気づかない。
初期の虹の投稿を見ると、自分が『正義』と主張ばかりしている命が、文面や言葉から伝わってきます。
これでは、ケンカだけになってしまいます。
恥ずかしいばかりです。

宿板を見ていると他の人にもみうけられます。
こんなに、もったいないことはない。
せっかく、組織内の悪に気付き、悪と戦える勇者なのに・・・

『師匠の身代わりとなり難を受ける覚悟を持ち、内外の権力の魔性と戦い、会員(民衆)を守り抜く』

この一念に立った時、あらゆる差異を乗り越え、師の望まれる善の団結が生まれると思います。






 

歴史に残る30巻発刊の月。

 投稿者:コンペー  投稿日:2018年 6月 1日(金)06時57分41秒
編集済
  今月、新人間革命30巻上が発刊される。
今更ながら、怒りがこみ上げる。昭和54年の会長辞任の真実を改ざんする。自分たちの裏切りをコンペー、もといインペーするために。

今から、39年前のこと。今だに当時の最高幹部が、中心にいるようだ。
直弟子が、実は裏切っていたとは。


ナンタルチアだ。笑

「もう、39年も昔のこと。ゆるすよ」とは、先生ならば、言われない。

先生ならば。

「仇を討て」だ。
 

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