「サブスクは、世界最高峰のアウトプットに直接ふれる手段」 #わたしのサブスク アートディレクター 有馬トモユキ
銀座のど真ん中に降り立った編集部が向かったのは、Apple Storeにほど近い場所にある、日本デザインセンターのオフィス。有馬さんは、世界中のデザイン関連書籍が圧巻の物量で並ぶライブラリースペースで、わたしたちを待っていてくれました。
今日はよろしくお願い致します。
よろしくお願いします。ご依頼のメールにもありましたけど、すごい方々が並んでいらっしゃる連載ですよね。ぼくでいいのか? っていう……。
いいんです。優れたデザイナーであると同時に、ウェブサービスやガジェットにも造詣の深い有馬さんの「サブスク」には、かねてからすごく興味がありました。
またハードル上がってしまうじゃないですか! でも、ありがとうございます。今33歳なんですけど、恐らく、サブスクリプションに抵抗がある最後の世代なんですよね。パッケージを買えないストレスも、手に入れる喜びも知っているので。
中学生のときなんかは、現代版「わらしべ長者」のようなことをしていました。ネットで知り合った人から発注を受けて、簡単なコーディングをしてサイトを納品し、そのギャラでデザインのできるソフトを買って、より単価の高い納品物を作って次はPCを買って……みたいな。そうやって、ゲームで装備を強化するかのように道具をそろえていく過程は、めちゃくちゃ充実した日々でした。それがあるから、やっぱパッケージいいなと思っちゃうんですよ。スコアが見えるような感じです。
少し話が逸れるのですが、最近、初心を思い返すエピソードがあったんです。友だちの、素敵な絵を描くイラストレーターで焦茶くんって人がいます。まだ22歳の若者なんですけど。
彼が去年、夏のコミックマーケットで1000円の同人誌を400部だけ刷って、それを売り切って、その足で「MobileStudio Pro」っていう、どこでもイラストが描けるペンタブを買ったんですね。理由が、「日本のいろんなところに行って、旅先で絵を描きたいから」だっていう……。このエピソード、眩しすぎません?
やばいですね。クラウドファンディングや、Amazonウイッシュリストに頼るでもなく。
そうなんですよ。Enty(クリエイター向けパトロンサイト)も使っていなくて。当時からすでにフォロワーも2万人以上いたのでどうとでも出来たはずなんですけど、きちんとモノを作って、それで得たお金で、また次のモノづくりの道具を買う。なんて正しいんだろうと。
PC関連のレンタルサービスが普及して、ハードもソフトもサブスクリプションする時代がやってきたとき、若い人が、焦茶くんやかつてのぼくのように「パッケージを買うよろこび」を感じられないと思うと、それはそれでちょっと寂しい気もします。
もちろん、少しのお金でずっと最新版のソフトが使えるAdobeのCreative Cloudも素晴らしいんですけどね。ぼくが中学生の時にあったらどんなにありがたかったか。
サブスクでいいものと、パッケージで欲しいもの
今もその抵抗感は続いていますか?
ここ3年4年で、やっとなくなってきました。自分の買い換え頻度とか考慮して計算機叩いたら、「サブスクの方が安いじゃん」となりまして。考え方の整理も進んできました。映画については「所有してなくてもいいけど好きに観られる状況にはしておきたい」タイプのものと、「所有してなきゃイヤ!」っていうタイプのものがあるなと。
特別な思い入れがないものはNetflixで観ることにしていますが、ブルーレイで買って置いておきたいなと思うのは、メイキングや、監督のコメンタリーが気になる作品ですね。例えば、クリストファー・ノーランの監督作品は、ブルーレイ買うようにしていて。それはメイキングや制作ドキュメンタリーがついてるからなんですよね。
『インターステラー』のCGシーンは何で作ってるの?っていうのが、チラッと映っているPCのウィンドウからわかるんですよ。「あ、MODOでモデリングしてるんだな」みたいな。何を使って、どう考えて作っているかは常に興味がありますね。
ウィンドウ見るって発想、面白いですね。
超楽しいです。「ハンス・ジマー(映画を中心に活躍する作曲家)、意外とエレガントなデータ作ってないな。すごく試行錯誤したのかな」とか、わかりますから(笑)。
それと、サブスクには「みんなが契約している」ということで生じるメリットがあります。いつも一緒に仕事をしている仲間たちと10人くらいでSlackのチームを組んでいるんですが、彼らと、「あの感じ」みたいなのを共有するのに一番手っ取り早いサービスとして、Amazon プライム・ビデオや、Netflixがあるんですよ。
たとえば「Amazon プライム・ビデオに『ガタカ』(アメリカのSF映画)があるでしょ? ※ あのオープニングの、羽が落ちてくる感じですよ」みたいに。正確にはイーサン・ホークの切った爪が、すごくクローズアップされている状態なんですけど。
その画を、アシスタントの子や共同作業者たちに説明するのに、YouTubeから拾ってくるのもアリなんですけど。これですよこれ、みたいに見せちゃうのが早くて。
端的に言うと、巨大なリサーチライブラリーを共有している感じです。「こういう演出の方法があるんだ!」とか、「この言語化しづらいけど映像からビリビリ伝わってくるこの魅力」「91年にこんなイントロがあったんだ、こんな作り方があったんだ」っていうことを人に伝えるのに、リンクひとつ送ればOKというのはすごくありがたい。
※記事公開時には配信されていない
サービスの思想は、モバイル版にこそあらわれる
有馬さんに頂いたサブスクリストですが、なかでも好きなサブスクリプションサービスってありますか?
Dropboxです。なかでも、その派生サービスであるDropbox Paperは、去年出たプロダクトの中で一番イケてるものの一つだと思っています。
Google DocsのDropbox版という感じのサービスですよね? 共有しやすい、シンプルなメモ帳という感じの。
ですね。ただ、設計思想が本当にすばらしくて。はじめて見た時に感動して、「貢ぐ貢ぐ! 支払いボタンどこよ?」みたいなテンションになりました(笑)。Dropboxアカウントと共通なので、当然ながら払えないんですけど。
ツールの思想が「ドキュメントが簡単にすぐできます」じゃないんですよね。「コラボレーションを効率化します」ということを最優先にしている。よく例に出すんですけど……(スマホを取り出す)ここ、見てもらってもいいですか? モバイル版のヘッドのメインバーに……。
1番上に常時表示されているのが、ドキュメント名じゃないんですよ。「今だれがこのドキュメントを開いているか」が視覚的にわかるようになっているんです。コラボレーションを最優先すれば、こうなるんだと。Google Docsはドキュメント名ですから(2018年春、Dropboxのあとを追い、Google Docsも同様のデザインに変更)。
これを見た時に、なんて最高なんだろうと。ここまで思想と実装が一貫しているサービスも、そうそうない気もしていて。ウェブサービスは、モバイルに本質が出てくると思うんですよ。限られた画面をどう使うか。
なるほど。おもしろいです。
そういう意味で、「やばい! この連中は黄金の魂を持っている!!」と思わされたのが、Dropbox Paperでしたね。作り手として勇気づけられます。そこまで考えている人たちがいるとは!と。
Netflixの字幕アルゴリズムが持つ「黄金の魂」
「黄金の魂」みたいなものは、Netflixにも感じています。Netflixの日本語字幕のアルゴリズム、超ォォォォォォ最高ですよ。
溜めが長い(笑)。
いや、ほんとにすごいので。完全に自動化されて、テキストデータを流し込むだけで、適正な字幕が自動的に出るようになっているんです。
それって当たり前のことじゃないんですか?
いやいや、そうじゃないんですよ。たとえば縦書きの字幕の際、数字で45と表示される場合は「4」「5」と文字が縦に並ぶのではなく「45」と横書きで一旦表示されて次の文字からまた縦書きに戻る、みたいなことを自動で制御するというのは、簡単なことではありません。
Netflixは、独自の日本語組版(文字組みのルール)エンジンを、既存の字幕を作る規格の関係者と協力しながら作っているんです。これは本当に尊いことなんです! そういった、「目立たないけど本気」みたいなことが見えてくると、よりサービスのことが好きになります。
Netflixのテクノロジーブログには、字幕が2行になった時は、下段のルビは下に入れるとか。「日本語ではイタリックの代わりに傍点を使い……」みたいなことが書かれているのですが、日本語圏のユーザーに正しく映像を面白がってもらうためには、ここまでする必要があるっていうのが、真摯な文章で綴られているんです。
日本語の字幕制作者たちが築き上げたノウハウやお約束を、自動化するぞ、ということを真剣にやっているんです。
全然知りませんでした。これを見ているとやっぱり、Netflixの覇権は続くなって感じがしますね。
彼らが「動画を正しく届ける」ためにやってることのブレなさって凄いんですよ。ぼくが知ってる話だと、Googleと一緒にAV1というコーデック(動画のファイル形式)を作っていますね。4K画質に対応していて、MPEG-4のような今までの形式よりも軽い。
普及には時間がかかると思いますが、きれいで軽いコンテンツがたくさん作れて、そうるすと、ユーザーが増えても、インターネット全体のスループット(処理できるデータ量)に問題が出にくくなります。モバイルでの視聴もより快適になりますよね。
何よりすごいなと思ったのは、動画コーデックって特許関係がとても複雑なんです。それをAV1はロイヤリティフリーにして、仕様を公開しているんですね。短期的な権益よりも長期的な業界での存在感を重視しているなと思いました。最終的に彼らは映像業界全体のエコシステムに発言力のあるプレイヤーになるつもりなんだろうと感じます。
こういうイノベーションは、「売れてる映画を世界中から選んでバイイングしてくる」人しかいない組織では絶対に起きません。
そういう、世界トップクラスに技術があり、かつイノベーションに対して真剣な人たちの仕事ぶりを直接感じられる。僕がDropboxやNetflixにお金を払うのはそういう理由ですね。授業料です。
世界最高峰のデザインは、「ニューヨーク・タイムズ」に
もう一つ、いいですか!? イノベーションに真剣で、かつ実力も飛び抜けているという意味で、ニューヨーク・タイムズもすばらしいです。彼らの擁するインタラクティブ・ニュース・チームは飛び抜けて優秀です。だから、彼らの作るインフォグラフィックスやウェブのグラフィックを見るために、お金を払ってます。
いま、見せてもらえますか?
たとえばこのへんです。見てもらうのが1番早いですね。モバイルでご覧になるのをおすすめします。
めっちゃ動くし、めっちゃわかりやすい……ぼく、英語が得意ではないのですが、それでも伝わってきますね。
この辺はどれもスペシャル記事なんですけど、大体1〜2週間おきぐらいに、こういう水準の記事が出てくるんですよ。
彼らは、HTMLの仕組み自体をアップデートしようぐらいのことを考えている人たちなので。それでいて、昔ながらのGIFを駆使したものとか、こんなやり方があったか!とびっくりさせられるものがけっこうな頻度で出てきます。もちろん、静止画としてのインフォグラフィックもすばらしい出来です。Twitterもおススメです。
サブスクは、良い情報との接触確率を上げる手段
「一流の仕事に触れる」という基準が、一貫していますね。
インプットの方法として、それがいちばん効率がいいと思っています。最新の技術やトレンドが、ノウハウ集みたいなものとしてまとめられることって結構遅いんですよ。なぜなら、最前線にいる人はそんなことしているヒマがないので。
本当はもっと怠惰に過ごしたいんです(笑)。そう考えたとき、Netflixやニューヨーク・タイムズをサブスクリプションしておけば、iPhoneという、いつでもアクセスできる場所に、自動的に良質なコンテンツが貯まっていくわけです。
サブスクは、良い情報との接触確率を上げる手段だと思います。拡大解釈すれば、会社員でいることもサブスクでしょうね。「別の仕事をしていればもらえたかもしれないお金」と引換に「会社から機会を得る」、これが、会社員というサブスクリプションの正体なのだと思います。
そういう意味では、この(日本デザインセンターの)ライブラリーはありがたいですね。これは個人では揃えられないので……(笑)。
有馬トモユキ(ありま・ともゆき)
1985年生まれ。青山学院大学経営学部卒 / 朗文堂・新宿私塾第9期修了。2009年日本デザインセンター入社。コンピューティングとタイポグラフィを軸として、グラフィック、Web、UI等複数の領域におけるデザインとコンサルティングに従事している。朗文堂・新宿私塾講師。武蔵野美術大学基礎デザイン学科非常勤講師。著書に「いいデザイナーは、見ためのよさから考えない」(星海社)がある。
取材・文/今井雄紀(株式会社ツドイ)
写真/宮城真美
イラスト/中村一般