稲垣吾郎が炭焼き職人を演じる主演映画『半世界』が2019年に公開予定だ。3月上旬、撮影現場を2日間取材した。
稲垣吾郎が人生半ばの炭焼き職人を演じる──映画『半世界』密着レポート
伊勢志摩の炭焼き職人、39歳
3月上旬の三重県南伊勢町はまだ寒い。そんな朝、稲垣吾郎は山奥の炭焼き小屋で炭の塊を次々と手に取り、それらをひとつひとつ、黙々と大きさ別に選り分けていた。時折、耳元で2本の炭を叩き合わせて、「キンっ」という甲高い音を聞いている。「音で炭の良し悪しを確かめているんですよ」というのは、小屋の主である炭焼き職人の森前栄一さん(49歳)だ。映画『半世界』で稲垣は、備長炭をつくる炭焼き職人の紘(コウ)を演じており、森前さんは専門家の立場から、演技のリアリティを担保するためのアドバイスをしている。
撮影は実際の炭焼き小屋であるマルモ製炭所で行われた。
紘(コウ)は39歳。阪本順治監督いわく「諦めるには早すぎて、焦るには遅すぎる人生半ば」の年齢だ。演じる稲垣は口元に無精髭をたくわえ、頬は煤まみれ。そして、くたびれたネルシャツに目深に被ったニット帽姿だった。阪本監督は、「再スタートした稲垣さんと何か映画を撮りたいと考えたときに、ストックしていた炭焼き職人を題材にした映画の構想を思い出しました。稲垣さんも44歳。人生半ばを迎えたかれが、土臭い作品を演じる姿を見てみたかった」と話す。
そうしているあいだにも、稲垣は“えぶり”と呼ばれる約4メートルのステンレス製の棒をつかって窯から炭を掻き出したり、スコップで灰を炭にかけて冷却したり、という作業の動作を行なった。稲垣のTwitterに投稿された動画では、チェーンソーで炭材となるウバメガシを伐採する姿も確認できる。
稲垣はクランクイン前にもこの地をいちど訪れ、製炭作業のレクチャーを受けた。
灰に炭をかける作業の動きを確認する稲垣と阪本監督
男3人の物語
映画は、紘の親友である瑛介(長谷川博己)が突然故郷に帰ってきたことから、もう1人の親友である光彦(渋川清彦)を巻き込んで進んでいく。
「男3人が3人とも人生の半ばに達している。男同士でみっちり演じる作品にこれまで出合ってなかったので新しい経験でした。それに、この歳になってから同世代の俳優さんと初共演できるというのもじつは珍しいんです。だから、嬉しいですよね。映画『クソ野郎と美しき世界』でも同い年の浅野忠信さんと初共演できて楽しかった。長谷川さんや渋川さんと一緒に、良い芝居をしていきたいですね」と稲垣はいう。
稲垣と長谷川が向き合うシーン。今回が初共演
ロケの取材では、稲垣が長谷川博己と掛け合う場面を見ることができた。瑛介が引き篭もる自宅を紘が尋ねるシーンである。「瑛介、いるんだろ!?」と叫びながら紘がドアを叩き、中から出てきた瑛介に詰めよる場面が何テイクも繰り返された。テイクを重ねる都度、稲垣は監督と話し、ドアを叩く回数やセリフの強弱を調整する。長谷川はその会話に加わるでもなく、待機中に稲垣と話すわけでもないが、次のテイクでは稲垣の変化に合わせて演技を変えていた。
炭焼き小屋で作業を終え、椅子でうなだれるシーンを撮影。3月の山中の気温は低く、吐く息は白い
映画は2月14日にクランクインし、3月15日にクランクアップした。クランクアップ数日後に東京で会ったとき稲垣は、「伊勢志摩で着ていた服からも脳裏からも、炭のにおいが抜けないんですよ」と述べ、「でも、今までにない自分が出せました。良い作品が出来あがると思います」と自信を見せた。
今回の取材で訪れた撮影現場の写真を、以下に紹介する。
稲垣の髭はクランクイン前の打ち合わせで阪本監督が気に入り、そのまま役作りに採用した
斧で炭を切り分け、大きさを整えるシーン。作業を繰り返すうちに、額には汗がにじむ。
現場で指示を出す阪本監督。「『半世界』は“アナザー・ワールド”の意」と説明する
炭焼き職人の森前栄一さん。今回の映画撮影に協力し、ロケ場所の提供や製炭作業のレクチャーを行なった。奥に見えるのが炭焼き窯
備長炭の断面。ウバメガシを炭材に使った備長炭は火持ちが長く、森前さんは「遠赤外線効果で肉や野菜の中まで美味しく焼ける」とレコメンド
炭焼き小屋の外観。炭焼き窯から煙が上がる。窯入れから炭化までは約2週間。窯の温度は1000-1200℃まで上昇する
撮影日は窯出しの約2日前で「燻された木の酸味のある匂いも落ち着いてきた頃」と森前さん
ロケ地となった三重県南伊勢町。リアス式海岸と豊かな山林が広がる。特産は伊勢エビやあおさ海苔など
紘が瑛介の家を尋ねるシーン。紘の人物像について阪本監督は稲垣に、「自分を認めてあげられない人間」と説明した
稲垣は待機中も歩き回りながらセリフを繰り返し練習する姿が目立った
阪本監督は現場では稲垣のことを「吾郎!」と呼んでいた
稲垣と長谷川が掛け合うシーンはこの日、別の母屋(上写真)でも撮影された。阪本監督は「心に闇を抱えた元自衛官のナイーブな様子を、長谷川さんは繊細に演じてくれている」と話す
映画『半世界』
ストーリー:
舞台は三重県の伊勢志摩。山中の炭焼き窯で備長炭を製炭し生計を立てている紘(稲垣吾郎)は39歳。深慮もなく父から継いだ紘にとって炭焼き職人はただやり過ごすだけの仕事。ハードな労働と先行き不安な生計に手一杯で、反抗期の息子のことは妻の初乃(池脇千鶴)に任せっぱなしだった。そんなある日、かつての同級生である元自衛官の瑛介(長谷川博己)が突然帰還する。瑛介の抱えた過去を知った紘は、もう一人の同級生・光彦(渋川清彦)の鋭い指摘もあって、仕事や家族と真剣に向き合う決意をするが──。
出演:稲垣吾郎、長谷川博己、渋川清彦、池脇千鶴ほか
監督・脚本:阪本順治
公開:2019年ロードショー
- Author:
- 沖浦裕明(GQ)