その地名は、江戸から明治にかけて全国の学僧が集った名刹(めいさつ)から3里(約12キロ)の位置にあることから付いた。千葉県成田市の三里塚。のどかな農村地帯には言わずと知れた日本の空の玄関口、成田空港がある
▼今年で開港40年。最初の年の旅客数487万人が今や4068万人。格安航空会社(LCC)の台頭やアジアの主要空港とのハブ(拠点)競争で、空港はなお拡張路線に走る
▼活況に目を奪われ、過去の出来事のように思いがちだが、空港反対派の抵抗は今も続く。かつての三里塚闘争の激しさはないが、静かに、そして、信念を持って
▼第2ターミナル北側の「への字」形に曲がった誘導路付近。2世帯が空港敷地内に自宅を構える。2・9ヘクタールが未買収。父から受け継ぐ土地に子や孫が暮らす
▼「国は空港を造りたいだろうが、俺はここで農業がしたい」。闘争の資料館職員によると、買収を拒む地主の意思は固い。三里塚は戦後焼け出された人々が入植し、生きる糧を見いだした。その中には故郷を失った沖縄出身者もいた。土地への愛着は人一倍強いに違いない
▼訪日観光客を呼び込む受け皿の整備は必要だろう。国家の大計に異を唱える人は少ない。だからこそ目を凝らし、耳を澄ませたい。光あるところに影がある。繁栄にあらがうように大地に根を張る家族がいる。(西江昭吾)