欧州の「一般データ保護規則」(General Data Protection Regulation:以下、GDPR)がついにやってきた。そして地球は回り続けている。
実施まで2年間の猶予期間があったものの、ほとんどの企業は5月25日の期限にあわせて大急ぎでGDPRに準拠をした。つまり、少々混乱している。その責任の一部はGDPR自体にあるはずだ。この数週間、殺到しているオプトインやオプトアウトの同意通知や要求は、GDPRの解釈が実に幅広いことを浮き彫りにしている。GDPRの精神に厳格に従おうとしているところと、おまじないをしてうまくいくことを期待しているところとに市場は分かれている。
何事にも勝者と敗者がいる。はっきり言うと、ユーザーと直接の関係がない企業は難しい時期を迎えている。
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勝者 / Winner
Google:GoogleのGDPRへのアプローチが、パブリッシャーを中心にデジタル広告界のたくさんの人を怒らせていることは、もう隠すまでもない。パブリッシャーが1年間をかけて準拠戦略を策定したあとに、期限の数週間前になってGDPRへのアプローチを明らかにするというGoogleの判断に対し、人々は冷ややかだ。
GoogleもGDPRと無縁ではない。長年にわたり欧州連合(EU)から非難されており、欧州委員会に競争抑制的な行為だと見なされたことによる何十億ドルもの罰金はかなりのコレクションになっている。各国の規制当局にGoogleのようなリソースのある企業を相手にするリソースがあるかという問題は別にあるとしても、GoogleのGDPRのアプローチも詳細に調べられるだろう。プライバシー活動家たちもGoogleを中心的な標的にするだろう。
Googleは当然、世界最大手のパブリッシャーたちに非難されている。市場で圧倒的なポジションにあるGoogleとはいえ、大きなパブリッシャーとは良好な関係を維持したいだろう。場合によっては、代わりにパブリッシャーに同意を得てもらうことが必要になるかもしれない。一方で、準拠していないと見なしたサードパーティのテックベンダーは、Googleが好きなときにいつでも切り離すことができる。
パブリッシャーは、どんなに規模があろうとGoogleをサプライチェーンから外すのは勇気が必要だろう。巨大パブリッシャーのアクセル・シュプリンガー(Axel Springer)は、Googleのプラットフォームへの依存を徐々に減らしていることを公表しているが、デジタル広告売上を維持するには、Googleの広告製品を使えるくらいはGoogleに気に入られている必要がある。
米国のパブリッシャー業界団体であるデジタル・コンテンツ・ネクスト(Digital Content Next)のCEOジェイソン・キント氏の最近の投稿によると、Googleは中核製品であるDoubleClick Bid Manager、AdX、DoubleClick for Publishersなどのアトリビューションのソリューションを合計すると、50億ドル弱(約5400億円)のネット収益を生み出しており、各カテゴリーにおいていちばん近い競合をも圧倒している。「Googleは市場作りと市場取引をどちらもやっている」と同氏。
DoubleClickの広告IDを自社のプラットフォームに制限したり、Googleの同意管理プラットフォーム(CMP)を使うバブリッシャーが接続できるアドテクの数を絞ったりと、Googleは競争上の利益を得る隠れ蓑としてGDPRを使っているのではないかという懸念が広がっている。「GoogleはGDPRを戦略的な策略として考えている」と、フィナンシャル・タイムズ(Financial Times)の最高コマーシャル責任者であるジョン・スレイド氏は語った。
規模が大きなパブリッシャー:GDPRは規模が重要だ。名前の売れた大きいブランドは、規制当局やプライバシー活動家の注目を集める可能性は高いが、リソースがしっかりしている。つまり、法律家を雇ったり、同意管理システム(CMS)のような自社テクノロジーを開発したりする資金があるし、GoogleやFacebookのような米国のテックプラットフォームに押しつけられたGDPR規定を押し戻すだけの影響力もある。
アクセル・シュプリンガーのような欧州のメディアパワーハウスは立場が強くなるだろう。独自の同意管理プラットフォームを開発するリソースがあったアクセル・シュプリンガーは、そのシステムをオープンソースとしてほかのパブリッシャーに公開しており、プラットフォームに対抗するだけの影響力を市場で手にしている。また、ほかの多くのプレミアムパブリッシャーグループと同様に、認知された消費者ブランドを無数にもっている。
サブスクリプション中心のパブリッシャー:ほとんどのパブリッシャーは、メールのニュースレター、ウェブサイト、アプリなど、マーケティングメッセージでユーザーと直接、話ができるが、明らかに勝者なのはサブスクリプションのパブリッシャーだ。人々はその商品やサービスにお金を払う用意がある。ユーザーがオプトアウトするかもしれないとか、同意を与えない選択をするかもしれないとか、ほかのパブリッシャーが心配していることを心に抱く必要がない。そのため、広告を実施する際のオーディエンスデータの削減によるプログラマティック収益の赤字を心配する必要がない。登録済みのユーザーを抱えるパブリッシャーも強い立場になる。メディア所有者の商品を使うためにログインしたことのある人は、商品にその価値があると考えるからそうすることを選んだのだ。
法律家:「交通事故を種に稼ぐ弁護士」がここしばらくGDPRのフレーズになっているのには理由がある。業界は全般的に、本当は全員が何かしら失っているということで一致しているが、法律家のみなさんは別だ。不安な企業から仕事の依頼が殺到し、もみ手をして喜んでいるのは疑いようがない。
一般の人々:オプトインや新しいプライバシーポリシーの確認を求める今の大量のメールが迷惑なのは確かだ。でも、長期的に考えよう。GDPRはウェブにおけるデータ利用をみんながより制御できるように考案された。データがどのように使われているのか非常に気になるという人がいるだろう。今届いているようなオプトインとオプトアウトに関する大量の要求が苦にならないという人もいるかもしれない。サイトのユーザー体験がしばらく損なわれるおそれはあるが、これも、ゆくゆくは消費者によるデータ制御を強化するのが目的なのだ。
敗者 / loser
アドテクのベンダー:ディスプレイ広告業界は残念。これまでに、バーブ(Verve)にドローブリッジ(Drawbridge)と、米国のアドテクベンダーが2社、GDPRを主な理由として欧州から消えた。欧州の収益が米国の数分の1だったりすれば、準拠のコストを負担するリスクと、複数のデータ目的についてユーザーの同意を得ることの難しさが、端的に割に合わないと判断するところがほかにも出てくるだろう。
ほかのアドテクベンダーからの大量のトラフィックに依存しているアドテクのベンダーも、きつくなる可能性が高い。入札ストリームデータ(bid-stream data)に依存してセグメントやオーディエンスを作成しているベンダーも同様。リターゲティング企業であるクリテオ(Criteo)の株価がこの半年、上下しているのを見ると、リターゲティング企業も苦労するだろう。
代わりに同意を得てもらえるように、パブリッシャー、エージェンシー、ブランド広告主と関係性を深めるのを怠ってきたベンダーは、幸運を祈る。パートナーの支持がないとなると、GoogleやFacebookの広告エコシステムからも追い出されるだろう。データ管理プラットフォーム(DMP)も打撃を受けるだろう。
Facebook:Facebookの位置付けはGoogleよりもはるかに読みにくい。米国の4大テックプラットフォームの残り3社(Apple、Amazon、Google)と同じ優位性はあるし、Facebookのメインアプリ、WhatsApp、インスタグラムなど、多くの人にとって日常習慣である同社製品を使用するためログインしたことがある人は大量にいる。しかし、ケンブリッジ・アナリティカ(Cambridge Analytica)のスキャンダルか噴出して以降、非常に困った形で注目が集まっている。
エージェンシー:エージェンシーも、代理している広告クライアントと違い、消費者との直接的な関係はない。そのため、ユーザーから直接許可を得るのは大変だろう。当然、これまで培ってきたパブリッシャーとの協力関係を頼みに、代わりに同意を得てもらうことになるはずだ。大きなエージェンシーほど、準拠の要求に対応する態勢は整っているだろうが、GDPRの直後にクライアントがプログラマティックへの支出を中止すれば、やはり影響がある。
プログラマティック広告への依存が大きすぎるパブリッシャー:抜け目ないパブリッシャーたちは、プリント広告収益が急落しはじめて以降、多角的な収益戦略に力を入れてきた。しかし、収益の大部分をプログラマティック収益に依存しているところはまだたくさんある。説明に基づく同意をユーザーに求めたパブリッシャーは、オプトインが100%になるとは期待していない。何%になるかはわからないが、オプトインを選択しないオーディエンスを対象にパーソナライズした広告を出すことはもうできない。そのため、一部のパブリッシャーは、少なくとも短期的にはプログラマティック広告収益を失うと見積もっている。
小さなパブリッシャー:テックプラットフォームに異論を唱えられるリソースと市場ポジションがあるのは、実際のところ大きなパブリッシャーだけだ。一例として、Googleの5月24日の会議には、テック大手のGoogleとうまくやっていくしか選択肢がない、ミッドテールやロングテールのパブリッシャーが多く出席したのではないだろうか。このように、小さなパブリッシャーはこの件についてあまり発言権がない。
小さな欧州事業がある米国のパブリッシャー:GDPRに気がつくのが遅れた米国のパブリッシャーの中には、欧州のページで実施している広告をすべて停止することに決めたところもある。USAトゥデイ(USA Today)はページからすべての広告を外し、欧州からサイトを訪問した人への但し書きでは「EUサイト体験」を提供すると主張している。おそらく収益のごく一部にすぎないもののために罰金の危険をおかすよりも、蛇口を閉めるほうが簡単なのだ。
Facebookに依存しているパブリッシャー:Facebookへの投稿に分散投資することで急速に大きくなったデジタルメディアパブリッシャーは、現在、教訓物語と見なされている。一例として、Facebookに依存するリトルシングズ(LittleThings)という米国のパブリッシャーは、Facebookが前にアルゴリズムを変更した2月、閉鎖を余儀なくされた。ブランド構築が十分ではないパブリッシャーやFacebook以外に配信を多角化する方法を見つけられなかったパブリッシャーはいずれも忠実な読者を集めるのに苦労することになると言ったほうが公平であり、GDPR以降はそれが強まるというだけだ。これまでデータを使っていたありとあらゆる企業からメールが届き、受信箱がはち切れそうになっているので、消費者の「同意疲れ」は避けられない。同意をするのも、メールの詳細を入力するのも、あるいはオプトインのためにただクリックするのも、大量のメールを前にすぐに面倒になるだろう。有名なブランドがなく、Facebookなどのプラットフォームからクリックでサイトにやってきただけのあてにならない読者に依存しているパブリッシャーは、読者がひとつの見出しを気にかけ、一連のクッキー通知と同意要求を承認してくれる可能性は低い。
同意を回避するところ:「正当な利益」を頼れるのかを巡って混乱が強まっている。規制当局からお叱りを受けるとこが出るまでは、確実にわかっているとは誰も言えない。しかし、現実として、正当な利益で生き延びるアドテク企業は、生き残っていくのは難しいだろう。正当な利益に頼り切り、同意を得る試みをまったくやってこなかった企業は、個人データを利用する本当の正当な利益はないのだと思い知るだろう。
だから、人々のデータを利用するのに明示的な許可が必要ない正当な利益を主張できる企業はあるだろうが、入札ストリームデータに頼ってセグメントやオーディエンスを作成しているアドテクベンダーは、正当な利益という抜け穴は使えない。使えば報いを受けることになる。
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Jessica Davies (原文 / 訳:ガリレオ)