賃貸借解除における信頼関係破壊の理論とは何か?

賃貸借契約のような継続的契約の解除については,信頼関係破壊の理論が適用されます。ここでは,この信頼関係破壊の理論(法理)とは何かについて,東京 多摩 立川の弁護士がご説明いたします。

(著者:弁護士 志賀 貴

賃貸借契約の解除

賃貸借契約も契約ですから,簡単に解除することはできません。解除によって賃貸借契約を修了させることができる場合は限られています。

賃貸借契約が解除できるのは,賃貸人と賃借人の合意による場合(合意解除)か,法律で定められた要件を満たす場合(法定解除)に限られます。

合意解除の場合は,当事者の意思に基づくものですから,特に制限はありません

もっとも,賃貸借契約の法定解除については,単に無断転貸・無断賃借権譲渡(民法612条2項)や当事者の一方に債務不履行があった(民法541条)というだけでは解除できないとされています。

すなわち,賃貸借契約のような継続的契約については,明文はありませんが「信頼関係破壊の理論(法理)」という理論が適用されるため,単に債務不履行があったというだけでは法定解除ができないと解されているのです。

>> 賃貸借契約の解除原因

信頼関係破壊の理論(法理)とは

前記のとおり,賃貸借契約のような継続的契約においては,信頼関係破壊の理論(法理)が適用されます。

信頼関係破壊の理論(法理)とは,賃貸借契約のような当事者間の高度な信頼関係を基礎とする継続的契約においては,当事者間の信頼関係を破壊したといえる程度の債務不履行がなければ,その契約を解除することはできない,という法理論です。「背信行為論」と呼ばれることもあります。

よほどの信頼関係がなければ,継続的な契約を締結するということはないのが通常です。そのため,継続的な契約は,一回的な契約よりも,より高度な当事者間の信頼関係を基礎としているといえます。

それにもかかわらず,債務不履行があったというだけで契約を解除できるとすると,契約を継続的に存続させたいという継続的契約を締結した当事者の合理的な意思に反します。そのため,継続的契約には,信頼関係破壊の理論が適用され,契約解除ができる場合が制限されているのです。

信頼関係破壊の理論(法理)の実務上の取扱い

信頼関係破壊の理論(法理)は,学説上だけでなく,実際の実務においても採用されています。最高裁判所においても,信頼関係破壊の理論が認められているからです。

最二小判昭和27年4月25日は,「およそ,賃貸借は,当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約であるから,賃貸借の継続中に,当事者の一方に,その信頼関係を裏切つて,賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為のあつた場合には,相手方は,賃貸借を将来に向つて,解除することができるものと解しなければならない」として,賃貸借の解除には当事者間における信頼関係が問題となることを示唆しました。

そして,最二小判昭和28年9月25日は,「賃借人が賃貸人の承諾なく第三者をして賃借物の使用収益を為さしめた場合においても,賃借人の当該行為が賃貸人に対する背信的行為と認めるに足らない特段の事情がある場合においては,同条の解除権は発生しないものと解するを相当とする」と判示し,無断転貸による解除(民法612条2項)に信頼関係破壊の理論が適用されることを明らかにしています。

また,最三小判昭和39年7月28日は,信頼関係破壊の理論を適用して賃料滞納による解除を認めなかった原審の判決について,「同被上告人にはいまだ本件賃貸借の基調である相互の信頼関係を破壊するに至る程度の不誠意があると断定することはできないとして,上告人の本件解除権の行使を信義則に反し許されないと判断しているのであって,右判断は正当として是認するに足りる」と判示し,民法612条2項解除以外の債務不履行解除に信頼関係破壊の理論を適用した原判決を追認する判示をしています。

上記判例のほかにも信頼関係破壊の理論を認めた判例は多数あり,信頼関係破壊の理論は,民法612条の解除および債務不履行解除のいずれの解除についても,実務において一般的に採用されている理論であるといえます。

したがって,賃貸借契約を解除する際には,この信頼関係破壊の理論について知っておく必要があるのです。

たとえば,賃料滞納を理由に賃貸借契約を解除する場合には,よほどの事情がない限り,1か月分だけ賃料の滞納があったというだけで解除することはできません。通常は,少なくとも3か月分以上の賃料滞納がなければ,賃料滞納を理由として契約を解除することはできないでしょう。

ただし,信頼関係の破壊があるか否かが問題となるので,1か月の滞納であっても,その他に信頼関係を破壊するといえるような事情があれば,解除が認められることはあり得ます。

>> 信頼関係破壊(背信性)はどのように判断するのか?

信頼関係破壊の理論と解除の催告の要否

前記のとおり,信頼関係破壊の理論(法理)は,解除ができるのかどうかという解除の制限として働く理論です。

もっとも,信頼関係破壊の理論は,解除の制限だけでなく,賃貸借契約の解除において催告を要するか否かという点にも影響を与えます。

無断転貸・無断借地権譲渡による解除の場合には,契約解除前に催告をすることは求められていませんが,債務不履行解除の場合には,解除の前に相当期間を定めた履行の催告をしなければならないとされています。

そのため,債務不履行解除の場合には,解除をする前に,この相当期間を定めた履行の催告をしていないと,解除ができないのが原則です。

そこで,実務では,賃貸借契約の特約として,解除の際に催告をしないという特約が付されている場合があります。これを「無催告特約」と呼んでいます。

この無催告解除特約がある場合の無催告解除について,最一小判昭和43年11月21日は「家屋の賃貸借契約において,一般に,賃借人が賃料を一箇月分でも滞納したときは催告を要せず契約を解除することができる旨を定めた特約条項は,賃貸借契約が当事者間の信頼関係を基礎とする継続的債権関係であることにかんがみれば,賃料が約定の期日に支払われず,これがため契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情が存する場合には,無催告で解除権を行使することが許される旨を定めた約定であると解するのが相当である。」と判示しています。

これによれば,無催告解除特約があれば,当然に無催告解除できるわけではないものの,「契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情」があれば無催告解除できるとしています。

この無催告でも不合理と認められない事情は,信頼関係を基礎とする契約であることを根拠としていることからみれば,信頼関係破壊の理論に一態様といえるでしょう。

さらに,それだけにとどまらず,無催告解除が無い場合でも,前記最二小判昭和27年4月25日は,「賃貸借は、当事者相互の信頼関係を基礎とする継続的契約であるから,賃貸借の継続中に,当事者の一方に,その信頼関係を裏切つて,賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為のあつた場合には,相手方は,賃貸借を将来に向つて,解除することができるものと解しなければならない,そうして,この場合には民法541条所定の催告は,これを必要としないものと解すべきである」と判示しています。

したがって,無催告解除特約が無い場合でも「賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為」があれば,無催告解除が可能と解されているのです。

>> 無催告で賃貸借契約を解除できるか?

信頼関係破壊の理論のまとめ

以上のとおり,(賃貸人からの)賃貸借契約は「信頼関係の破壊(背信性)と認めるに足りない特段の事情」がある場合は解除できません。

若干分かりにくいですが,要するに,賃貸借契約は,信頼関係の破壊があるといえる場合には解除できるということです。

また,信頼関係の破壊があるといえる場合には,通常の信頼関係破壊を超えるような事情があれば,解除をするに際して,催告が不要となる場合もあります。

前記の判例等をまとめると以下のようになると考えられます。

  • 信頼関係の破壊なし:解除できない。
  • 信頼関係の破壊あり・無催告解除特約あり・「契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情」あり:無催告で解除できる。
  • 信頼関係の破壊あり・無催告解除特約あり・「契約を解除するに当たり催告をしなくてもあながち不合理とは認められないような事情」なし:催告の上相当期間経過後であれば解除できる。
  • 信頼関係の破壊あり・無催告解除特約なし・「賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為」あり:無催告で解除できる。
  • 信頼関係の破壊あり・無催告解除特約なし・「賃貸借関係の継続を著しく困難ならしめるような不信行為」なし:催告の上相当期間経過後であれば解除できる。
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