- 2018年5月31日 09:41
- 特集企画
スタートトゥデイはこれまで、ネットで服を買いやすくするためにさまざまなサービスや機能をファッション通販サイト「ゾゾタウン」で展開し、ファッションEC市場の拡大に大きく貢献してきた。5月21日には会社設立20周年を迎えたが、今も業界関係者や消費者を驚かすチャレンジを続けており、サイズ問題の解消を原点とした同社初のプライベートブランド(PB)「ゾゾ」と、採寸用ボディースーツ「ゾゾスーツ」の取り組みは業界の垣根を越えて注目されている。通販新聞ではスタートトゥデイの前澤友作社長をはじめ、今後の成長戦略で欠かせない役割を担うグループの4人(※ゾゾオールスターズと命名)に集まってもらいグローバル展開の"要"となるPBへの思いやグループの将来像などについて話を聞いた。
サイズ問題はグローバル
──M&Aでグループが大きくなっています。前澤社長はどんな狙いや思いでM&Aを実施されてきましたか。
前澤 「これまでのM&Aの対象は、買収前から知っている経営者が多いです。それぞれの人柄や活躍、諸事情?(笑)も含めて、事前に知った上で買わせてもらっています。あまり、当社から積極的に『買収させろ』みたいな形で話をすることはありません。会社として、次のステージに向けて動き出そうとしている時期に『今度、こういうことを考えているのだけど、一緒にやりませんか』と、お互いが相思相愛でM&Aを実施することが多く、急に押しかけて買収することはないです」
──アラタナさんのケースではどうだったのでしょうか。
前澤 「ちょっと忘れちゃいました(笑)」
濱渦 「私はちゃんと覚えていますよ(笑)。スタートトゥデイは当時、子会社だったスタートトゥデイコンサルティングを通して取引先のメーカー自社ECの開設・運営を支援するBtoB事業を展開していました。当社も通販サイトの構築サービスをメインにしながら、『ハニカム』というウェブメディアを買収し、メディアコマースなどに挑戦していた頃でした」
「そんなときに、スタートトゥデイコンサルティングがメーカー自社EC支援のビジネスから身を引くという話が出まして、『やめるのはもったいない』と前澤に伝えに行ったのがきっかけです。結局、当社がうまい仕組みを作れるのであれば、スタートトゥデイグループとして事業を継続していこうということになりました」
前澤 「そうでした。宮崎に行ってオフィスも見せてもらいました。濱渦は宮崎では有名人なんですよ」
──アラタナさんはグループに入って3年くらいですか。
濱渦 「2015年5月にスタートトゥデイグループに入りましたので、ちょうど3年経ちました。通常、M&Aは社長のキーマンクローズと呼ばれる規定を盛り込みますが、そういったことを忘れてしまうくらい楽しく過ごせていますし、親会社に行って終わりという画一的なM&Aも多い中で、スタートトゥデイグループはそういうこともなく、今後の3カ年計画についてもワクワクしています。東京も楽しくて、けっこう東京にいる時間が多くなりました(笑)」
──旧VASILY(ヴァシリー)の金山さんともだいぶ前から面識があったようですね。
前澤 「7年くらい前から知っています」
金山 「私がヴァシリーでファッションメディア『IQON(アイコン)』を作って1~2年後にスタートトゥデイと取り引きを始め、スタートトゥデイの担当者から前澤と一緒に食事に行こうと誘われたのが最初です。そこから定期的に会って話をする中で、これは絶対一緒にやった方がいいなと思ったのは、前澤の自宅でゾゾスーツとPBの話を聞いたときです」
「朝5時くらいだったと思いますが、前澤から『こんなこと考えてるんだよね』と言われたときに、脳天をぶち抜かれた感じがあり、これは世界を変えると思いました。しかも、ゾゾスーツというテクノロジーとファッションを組み合わせた世界でも類を見ないような取り組みを始めると聞いたときに、スタートトゥデイは世界トップのファッションテック企業になると確信しました」
「ヴァシリーもファッションテックで世界を目指していたのですが、前澤からは7年くらい前に『うちを越えるのは無理だから早くやめなよ』みたいなことを言われていて、当時は『もうちょっと頑張ります』と答えていたのですが、早朝5時にゾゾスーツの話を聞いて、しかもプロトタイプまで見せてもらい、7年前は生意気なことを言って本当にすみませんでしたという気持ちになりました」
前澤 「確かに、同じようなことを別々にやってもしょうがないので、7年前から『どうせなら一緒にやろうよ』と言っていましたね」
金山 「7年前から前澤の方が正しかったと、今は思います。ゾゾスーツの構想とプロトタイプを目の当たりにしたときは、初めてiPhoneに触れたときぐらいの衝撃がありました」
前澤 「ゾゾスーツの話はどんなタイミングで話したかな」
金山 「社長会という、前澤とグループ会社の社長が定期的に集まって食事をする会に、なぜか私はM&Aの前から呼ばれていて、その場に居たんですよ」
濱渦 「だいたい朝方まで続く会です」
前澤 「そうでした。外部ゲストとして金山を呼んでいて、私と年齢も近いですし、いずれ(M&Aを)ということもあってですね」
金山 「グループの社長たちもPBとスーツの構想を聞いたのは、そのときが初めてだったと思います。みんなで、ゾゾのPBはこうじゃないのと当てっこをしていて、5時くらいに前澤が『実はね』と話し出したんですね」
濱渦 「あれは目がさめましたね」
金山 「さめたどころか、このスケールできたかという感じで、目がギンギンになっちゃいましたよ。私たちはPBを始めるのであれば、どんなデザイナーを呼ぶとか、ユーザーがカスタマイズできるといった具合にデザインの話をしていたのですが、前澤は『そうじゃなくて、サイズの問題はグローバルだから。ゾゾスーツでファッションの問題を解決していく』と言っていて衝撃を受けました」
「あと、『われわれが作るPBは、ラグジュアリーなものではなく、カップラーメンみたいなもので、みんなが知っていて、みんなに愛され、みんなが手にとれて、みんなが幸せになれるものを目指す』と言ったのをよく覚えています。もう迷うことなく、一緒にやりたいと思いました」
──田端さんはいつ頃からお知り合いですか。
田端 「私はLINEの広告営業をしていたときにスタートトゥデイと付き合いがあったのですが、そのときは前澤と接する機会はほとんどありませんでした。ただ、個人的に注目はしていて、同い年として男は前澤友作、女は神田うのという感じで勝手にベンチマークしていました(笑)」
「前澤の発言もウェブで見ていましたが、普通はこんなこと言わないと思うことをたくさん発信していて、それこそ、堀江さんがライブドアを離れて以降、良くも悪くも"おとな"なネット企業の創業者ばかりで、社員や世の中の空気を読んで安全運転な発言をする人が多い中で、この人は違うなと思っていました。前澤から話をもらったのが昨年9月で、私も発表前のゾゾスーツを見せてもらい、これだと思って一緒に仕事をさせてもらうことになりました」
──前澤社長はなぜ田端さんにアプローチしたのですか。
前澤 「PBを展開するということは、その会社や私自身、スタッフのみんなが、どういう人で何を思っているのかを伝えていくことが大事だと感じています。なぜなら、ブランドというのは会社そのもの、人そのものだからです。どんなに繕っても素の姿は分かってしまいます。そういう意味で、自分たちが何者なのか、スタートトゥデイがどういう風に創業から20年間を歩んできたのかを世間に正しく、きれいに知ってもう必要があります」
「一方で、当社の広報グループはあまり前に前にというプロモーションをしてこなかったですし、私もこの数年はあまり取材を受けてきませんでした。そこで、PRの体制を整え直す必要があり、どういう人をPRの責任者に置くのがいいかを考えたときに、すぐに頭に浮かんだのが田端でした。いろいろ問題も起こす人ですが(笑)、基本的には真面目で信念を持って言いたいことを言うという意味では私と近く共感していて、一緒に仕事がしたいと思いました」
田端 「個人と会社の関係性は私なりに思うところがあり、前澤という個人とスタートトゥデイという会社の関係性が重なる部分と重ならなくていい部分の境目みたいなところに悩んでいるという感じがあり、私も明確な解を持っているわけではないのですが、もしかしたら役に立てるかもしれないと思いました。個人と会社、個人とブランドの距離感みたいなことを熱弁させてもらいました」
「あとは、私自身もLINE以前からずっと広告ビジネス一筋の身ですので、広告費をかけてメディアの枠を買うこと自体を全否定するわけではないですが、広告枠がどうとか、クリック単価ばかりを気にしていても仕方ないと思っています。ゾゾスーツの原価は広告宣伝費に計上していて、ある意味、スーツ自体が最新型の広告スペースみたいなものです。広告は新しいお客さんとの接点を作り、買ってもらうためのきっかけ作りであることを考えると、ゾゾスーツもそうですし、支払いが最大2カ月後にできる『ツケ払い』もその決済手段自体がある種の広告かもしれません。そういう問題意識を抱えている中でゾゾスーツを見せられ、このチャンスに飛び込みたいと思いました」
旧スーツを3カ月で一新
──初めての中期経営計画と10年後ビジョン(※注①)の成功に欠かせないのがPB事業ですが、新型ゾゾスーツはスタートトゥデイ研究所が3億円で買い取ったアイデアがその原形ですか。
前澤 「買い取ったアイデアをもとに開発しました。今年の1月末に買い取って、3カ月くらいで全部作りました。旧型スーツの改良を重ねていた裏で新型スーツの準備も進めていました」
濱渦 「新型ゾゾスーツではスタートトゥデイのすごさを改めて見た気がします。1月に新しいアイデアを発見した奇跡と、そこから3カ月でそれまで作ってきた生産フローやアプリも全部作り直していて、なかなか普通の企業ではできないことだと思いました」
金山 「設備投資したものも全部ですからね」
前澤 「40億円減損しました」
──旧ゾゾスーツの未来感が失われた(※注②)という意見もありますが、本質的な部分、目的はブレていないですよね。
前澤 「そうです。いまはもっと簡単で精度の高い測定が可能なスーツや、スーツに頼らない技術の研究もしています。今期、600万着~1000万着のスーツを無料配布すると発表していますが、さらに新型のスーツを配布するかもしれませんし、スーツなしでの計測の技術革新に成功すれば、何百万着もスーツを配らなくて済むかもしれません。いまのスーツも1着1000円はかかり、1000万着だと100億円ですからね」
──物流センターの拡充(※注③)を進めていますが、PB商品は工場直送にかなり近いイメージでしょうか。
前澤 「そうですね。物流センターでの保管期間は短く、基本的に作ったPBはすぐに届けますので、センターを経由するというくらいの感覚です。一部、アイテムによっては事前の作り置きもあります」
──金山さんは世間のPBやスーツへの反応をどう見ていますか。
金山 「PB『ゾゾ』についてはSNS上の反応が主ですが、想像通りの反応だと思います。新しいゾゾスーツについても外見上の意見がでると思っていましたし、一方で、それを越えて計測してPB『ゾゾ』を買ってくれた方はほぼポジティブで、そこも想像通りです。いい流れはできつつあると思います」
「PB『ゾゾ』自体は前澤直轄で取り組んでいますが、私のタスクとしては、もう3歩先、5歩先をスタートトゥデイ研究所(※注④)としては見据えないといけません。新型ゾゾスーツを見ると分かりますが、顔や手足の先といった人の末端部分まではカバーしていません。そこには大きな課題があります。当然、展開アイテムもいまはデニムパンツとTシャツだけですが、アイテムを増やしていくときに、デザインは人が一からデザインするのかなどを検討しなければいけません。私としては、機械がデザインしてもいいと思っています」
──PBの今後のラインアップについてはいかがですか。
前澤 「今後のラインアップとしては、ビジネススーツのセットアップを投入したいと考えています」
──PBのラインアップを増やすのに協力工場の開拓は欠かせませんが、どのような基準で工場を選んでいますか。
前澤 「オンデマンド生産やメード・トゥ・メジャーの生産に前向きで、最新鋭の設備に投資意向の強い工場を選んでいます。グローバル企業を目指していますので、最終的には工場のローカライズまでを見越した体制を、最初から考慮しています」
──中計ではブランドの自社EC支援を行うBtoB事業の再強化を打ち出しました。
濱渦 「スタートトゥデイが今後、5000億円、1兆円と成長を目指す中で、『ゾゾタウン』やPB『ゾゾ』も成長させていくのですが、ファッション市場にイノベーションを起こすことが私たちのミッションだと思っています。ブランドの自社ECは店頭も含めてまだまだ在庫運用に課題があり、半分くらいがセールになっていたりするわけですが、これは需要予測が十分に機能していなかったり、物流に問題があったりするからです。アラタナとしては、スタートトゥデイが持つデータと物流をファッションブランドに使ってもらうことで、課題解決を手助けしたいと思っています」
「これまでも物流機能は提供してきましたが、データは提供していませんでした。データの一部開放は結構思い切った判断だと思います。『ゾゾタウン』で何が買われているかというデータを使えば需要予測になりますし、自社ECの課題の集客面でも、『ゾゾタウン』のデータは活用できると思います」
──BtoB事業でも「ツケ払い」の提供を始めます。
濱渦 「ツケ払いも単に新しい決済手段を提供しますというだけでなく、『ゾゾタウン』のデータを使うことで与信の精度がかなり上がっています。『ゾゾタウン』での実績があって、はじめてブランドさんに提供できるようになりました」
「BtoB事業の規模が縮小していた時期は、誰でもできるEC運営代行をやっていたのだと思います。今回、商品取扱高が2700億円まで拡大し、提供できるデータの質が上がってきましたし、BtoBとしても再度アクセルを踏むタイミングだと判断しました。BtoB事業は初年度100億円、2年目に200億円、3年目に300億円を目標にしていますが、個人的には300億円がスタートラインととらえていまして、『ゾゾタウン』と並ぶくらいのビジネスにしたいです」
──今期からスタートする広告事業はどなたが責任者を務めるのでしょうか。
金山 「私が務めます。『アイコン』で広告メディアに取り組んできましたし、私は元々ヤフーにいて、ECというよりもメディアの運営にたずさわってきました。『ゾゾタウン』の出店ブランドはかつてない規模に増えていますので、どうしても埋もれてしまうブランドが出てきます」
「新たに始める広告を使ってブランドさんにも『ゾゾタウン』内で露出を増やす機会を提供させて頂くことで、売り上げアップにつなげてもらいたいと思っています。当然、スタートトゥデイが持っているデータを使って、最適な広告を表示します。濱渦が言ったように、われわれのデータをブランドさんのマーケティングに使ってもらえるという意味でも広告ビジネスは意義があると思いますし、今がそのタイミングなのかなと感じています。広告事業は3年後に100億円を目指していまして、グループの利益に貢献したいです」
──LINEで広告営業をされていた田端さんが舵取りをされるのかと思っていました。
田端 「アドバイスをすることはあると思いますが、基本的には金山が責任者としてハンドリングします。私が広告営業を指揮するのでは、あまりにこれまでの業務の延長線過ぎてスタートトゥデイに入社した意味がないというか、今はPRやブランディングの再整備に力を注ぎたいと思っています」
最後発こそ最先端を導入できる
──中計では研究所も大事な役割を担うことになります。
金山 「研究所発足の意義はいろいろあると思いますが、スタートトゥデイは初めてブランドを手がけるわけです。ある意味、最後発のブランドですよね。ただ、最後発だからこそ今一番新しい仕組みを取り入れやすいと思っています。すでにあるサプライチェーンや生産技術というものにあまりとらわれずに、最先端の技術を導入できる更地が広がっている状態です。研究所で開発したテクノロジーによってブランドを開発できれば、ほかのブランドと差別化できると思います」
「過去に何度か人工知能ブームがありましたが、今回はブームで終わらずに社会に浸透してくるタイミングだと感じていますので、技術を使った差別化をブランド作りに十二分に生かすには計画的に技術を生み出していく必要があります。旧型のゾゾスーツもその準備ができていたら、もっとスムーズに行った気がします。今はいろいろな技術が枝分かれしていて、どれが次に来るのか分かりませんので、研究所としては、すべての技術に対して『ゾゾタウン』やPB『ゾゾ』である程度使える形にしていくことが重要になります」
──さまざまな技術に対して均一に人や時間をかけていくことになりますか。
金山 「そうですね。いろいろな技術に網を張っておきたいですね。ただ、始まったばかりで研究スタッフも足りませんので、人材を確保しながら研究所としてのプレゼンスを高めていきたいです」
──スタートトゥデイは「実店舗はやらない」と言っていますが、AIやデジタル活用がもっと進むと、アパレル企業はリアル店舗の価値をどこに求めていくのでしょうか。
濱渦 「先ほど、ゾゾスーツの体験が広告になるという話が出ましたが、店舗も体験がメインになってきていると思います。ストライプインターナショナルさんがホテルの運営を始められたり、体験をブランディングに生かしている例もあります。そういったことから、体験というワードが店舗のあり方のひとつとして強まっていくと思います。これまでのように店舗のバックヤードにたくさんの在庫を積んで店頭の商品を補充する形で運営していると、体験の場がバックヤードで狭まってしまいます。ですので、例えば、『ゾゾタウン』の物流センターから実店舗に在庫を提供するなど、早いサイクルで商品を回せるサプライチェーンを作ることで、"体験"というブランドさんの店舗価値を生かせるようにサポートしていきたいです」
前澤 「服を選ぶのは難しかったり、面倒だったりしますよね。しかも、『ゾゾタウン』には何十万点という商品がある中で、ゾゾスーツを使うとこれまで以上にお薦めの精度が上がるよねという話の中で、単品アイテムをお薦めするだけではなく、コーディネートとして提案できるのではないかという発想でスタートしました。つまり、『おまかせ定期便』はゾゾスーツ起点ということです。スーツで体型を把握して、購入履歴やアンケートから趣味嗜好まで分かれば、今までのレコメンドから次元を超えたお薦めができますよね。しかも何も考えなくても定期的に届くサブスクリプション型ですから楽だと思います」
──定期便のスタッフ数や購入率などはいかがですか。
前澤 「まだお伝えできません。手応えもこれからですね」
──「おまかせ定期便」もそうですが、データやAI活用が進む中で「人」の生かし方をどう考えますか。
前澤 「人ができることはすべて機械もできるようになると言われていますが、私は半信半疑で、やりながら決めていく以外にはないと思います」
──エンジニアの採用にもかなり力を注いでいます。
前澤 「当社がやりたいことを実行するためには数年以内に500人から1000人規模のエンジニアが必要になりますので、しっかりと人材を確保できるテクノロジー企業を目指します」
──ファッション産業が抱える課題をどのように見ていますか。
前澤 「これまでもずっと言ってきたのですが、オーバーストックやセールの乱発、服の廃棄など、明らかに人や社会にとって良くないことを、見過ごしてきた感があります。そうした課題も変えていける力になりたいという思いでPB『ゾゾ』も展開していきます。大きなことは言えませんが、ファッション業界全体に伝播して、業界再興の機会にもなればいいと思っています」
海外で売れないと意味がない
──PB展開が成功すれば、じり貧状態にあるファッション市場全体にもインパクトを与えますよね。
前澤 「じり貧と言っても、取扱高が鈍化しているとか、下がっているだけで、服の販売数量やファッションを楽しむ人が減っているわけではなく、販売数量はむしろ増えていて、商品単価が下がっているだけだと思います。今までより良い商品が従来よりも安い価格で流通しているということは、誰かが頑張っているからです。デフレというと言い過ぎかもしれませんが、マーケットが正常化に近づいているのではないでしょうか。取扱高は同じでも、例えば単価は半分で、販売数量は2倍になっていて、それでもマーケットが保たれているというのはユーザーにとって良い状態だと思います。今までより服を2倍楽しめるのに、使う額は変わらないわけですから」
──PBが始まり、「ゾゾタウン」の取引先ブランドとの関係性に変化はありますか。
前澤 「競合として見られているイメージはまったくないです。むしろ、『突き抜けて面白いことをやってもらいたい』という応援コメントを頂くことの方が多いです。ただ、ブランドさんもプロですので、『そんなに服作りは簡単じゃないぞ』という声も当然頂いていますが、厳しいご意見もありがたく感じています」
──ブランドさんとの接点が多い濱渦さんはどう感じていますか。
濱渦 「対ゾゾ、対PBという感じはありません。互いにやろうとしていることは一緒で、PB『ゾゾ』も大量消費の解決につながると思いますし、広告もブランドさんが売りたい商品をより売れるようにすることですので、ブランドさんにもスタートトゥデイグループがやろうとしているファッション革命に乗って頂きたいと思います」
金山 「研究所視点になりますが、出せる範囲で論文だったり、学会の発表にこれまでも取り組んできましたし、これからも取り組んでいこうと思っています。研究所として発見した世の中の真理や科学みたいなものは、自分たちだけで囲い込むつもりはありません。公にしていきますので、論文で発表したものをブランドさんや繊維メーカーさんに使ってもらうことはウェルカムですので、ファッション産業の一員として業界を盛り上げていきたいですね」
──中長期ビジョンを達成する上での課題を教えてください。
前澤 「中長期ではPB『ゾゾ』が海外で売れないと意味がありませんので、国内で胡座をかくつもりはありません。海外は本当にチャレンジになりますが、サイズの課題はグローバルですので、それを信じて突き抜けるしかないです。米国や欧州では何度もフィッティングテストをしていますが、『こんなぴったりの服は初めて』とたくさんの方に言ってもらっていますので、方向性は間違ってなかったという安堵感がありながらも、海外では『ゾゾタウン』はまったく無名ですから、いかに広げていくかというチャレンジに対してワクワク感もあります」
海外でもPBで問題提起を
──海外でのブランド発信も田端さんが担当するのでしょうか。
田端 「海外は良くも悪くも当社が運営する既存ビジネスがほとんどありませんので、廃棄の問題だったり、生産の低賃金や児童労働などの問題も含めて、既存のファッション業界に対して問題提起しても、『ゾゾタウンも福袋や大型セールを開催しているだろ』というご意見が飛んでくることをそんなに心配しなくていいですし(笑)、世の中的にエシカルやフェアトレードといった流れもある中で問題提起することで、有料広告に頼らなくてもポジショニングを獲得できる余地があります」
「それこそ、トヨタのプリウスが出てきたときに、米国のセレブがプリウスに乗ったのは、ガソリンを大量に消費するリムジンよりも燃費のいいプリウスの方がクールという態度表明だったのと同じで、当社のPB『ゾゾ』もそうしたブランディングができないかということを少し考えています」
──5~10年後の服の買い方はどうなっていると思いますか。
金山 「ネット販売のシェア拡大という今の流れが続いてネットで服を買う人が増え、リアルで買う人は減ると思います。ネットでの買い方は、欲しいもののイメージがあって、それをネットで探して買うという今の買い方に加えて、なんとなく服が欲しいけどイメージがないという状況にもネット上でインスピレーションを受けてそのまま購入するという流れや、ゼロから提案を受けて購入に至るという受動的な購買が増えると思います。リアルでの買い物はネットで完結しない部分を補う存在になると考えています」
──前澤社長はいかがですか。
前澤 「自分の体に合うものをストレスなく選べることはもちろん、自分でデザインした一点ものが作れたり、頭の中で想像したものがそのまま製品化されて買えるようになると思います」
注釈① スタートトゥデイは21年3月期を最終年度とした3カ年の中期経営計画で商品取扱高7150億円、売上高3930億円、営業利益900億円を、長期ビジョンとしては10年後にPBを展開するオンラインSPAで世界ナンバーワン、グローバルアパレル企業トップ10入り、10年以内に時価総額5兆円を目標に掲げている
注釈② 昨年11月に発表した伸縮センサー内蔵のゾゾスーツはスマホと通信接続することで人体のあらゆる箇所の寸法を瞬時に測定できることから「未来感がすごい」などと話題になった。ただ、生産面の課題を解消できず、全身に付いたドットマーカーをスマホカメラで撮影することで体型を測定できるマーカー読み取り方式を採用した新型ゾゾスーツに切り替えたことで、SNS上ではマーカーが水玉模様に見えるとして「未来感がなくなった」などの声が相次いだ
注釈③ 商品取扱高の拡大に伴い、千葉県習志野市にある既存の物流センターに加え、昨年7月からは千葉県印西市でも倉庫を賃借しているが、今秋には茨城県つくば市内で大型の物流センターが稼働を始めるほか、来年秋完成で隣接地にも物流拠点を構える計画で、その時点で倉庫の延床面積は約32万平方メートルになる見込み
注釈④ スタートトゥデイ研究所はファッションを科学的に解明する目的で今年1月末に発足したプロジェクトチームで、グループが持つ大量のビッグデータとゾゾスーツで得られる体型データなどを活用して「服作り」や「サイズ」「似合う」をテーマに研究を行っており、金山氏がプロジェクトリーダーを務めている
注釈⑤ 今年2月に始めた「おまかせ定期便」は、注文履歴やアンケートの回答などを独自のアルゴリズムで解析して選定した最適な商品をもとに、スタッフが顧客に合ったコーディネートを作成して定期的に届けるサービスで、利用者は届いたコーディネートの中から欲しい商品だけを購入し、それ以外は無料で返品できる。届ける頻度は1カ月ごと、2カ月ごと、3カ月ごとの3種類から選択できる
──M&Aでグループが大きくなっています。前澤社長はどんな狙いや思いでM&Aを実施されてきましたか。
前澤 「これまでのM&Aの対象は、買収前から知っている経営者が多いです。それぞれの人柄や活躍、諸事情?(笑)も含めて、事前に知った上で買わせてもらっています。あまり、当社から積極的に『買収させろ』みたいな形で話をすることはありません。会社として、次のステージに向けて動き出そうとしている時期に『今度、こういうことを考えているのだけど、一緒にやりませんか』と、お互いが相思相愛でM&Aを実施することが多く、急に押しかけて買収することはないです」
──アラタナさんのケースではどうだったのでしょうか。
前澤 「ちょっと忘れちゃいました(笑)」
濱渦 「私はちゃんと覚えていますよ(笑)。スタートトゥデイは当時、子会社だったスタートトゥデイコンサルティングを通して取引先のメーカー自社ECの開設・運営を支援するBtoB事業を展開していました。当社も通販サイトの構築サービスをメインにしながら、『ハニカム』というウェブメディアを買収し、メディアコマースなどに挑戦していた頃でした」
「そんなときに、スタートトゥデイコンサルティングがメーカー自社EC支援のビジネスから身を引くという話が出まして、『やめるのはもったいない』と前澤に伝えに行ったのがきっかけです。結局、当社がうまい仕組みを作れるのであれば、スタートトゥデイグループとして事業を継続していこうということになりました」
前澤 「そうでした。宮崎に行ってオフィスも見せてもらいました。濱渦は宮崎では有名人なんですよ」
──アラタナさんはグループに入って3年くらいですか。
濱渦 「2015年5月にスタートトゥデイグループに入りましたので、ちょうど3年経ちました。通常、M&Aは社長のキーマンクローズと呼ばれる規定を盛り込みますが、そういったことを忘れてしまうくらい楽しく過ごせていますし、親会社に行って終わりという画一的なM&Aも多い中で、スタートトゥデイグループはそういうこともなく、今後の3カ年計画についてもワクワクしています。東京も楽しくて、けっこう東京にいる時間が多くなりました(笑)」
──旧VASILY(ヴァシリー)の金山さんともだいぶ前から面識があったようですね。
前澤 「7年くらい前から知っています」
金山 「私がヴァシリーでファッションメディア『IQON(アイコン)』を作って1~2年後にスタートトゥデイと取り引きを始め、スタートトゥデイの担当者から前澤と一緒に食事に行こうと誘われたのが最初です。そこから定期的に会って話をする中で、これは絶対一緒にやった方がいいなと思ったのは、前澤の自宅でゾゾスーツとPBの話を聞いたときです」
「朝5時くらいだったと思いますが、前澤から『こんなこと考えてるんだよね』と言われたときに、脳天をぶち抜かれた感じがあり、これは世界を変えると思いました。しかも、ゾゾスーツというテクノロジーとファッションを組み合わせた世界でも類を見ないような取り組みを始めると聞いたときに、スタートトゥデイは世界トップのファッションテック企業になると確信しました」
「ヴァシリーもファッションテックで世界を目指していたのですが、前澤からは7年くらい前に『うちを越えるのは無理だから早くやめなよ』みたいなことを言われていて、当時は『もうちょっと頑張ります』と答えていたのですが、早朝5時にゾゾスーツの話を聞いて、しかもプロトタイプまで見せてもらい、7年前は生意気なことを言って本当にすみませんでしたという気持ちになりました」
前澤 「確かに、同じようなことを別々にやってもしょうがないので、7年前から『どうせなら一緒にやろうよ』と言っていましたね」
金山 「7年前から前澤の方が正しかったと、今は思います。ゾゾスーツの構想とプロトタイプを目の当たりにしたときは、初めてiPhoneに触れたときぐらいの衝撃がありました」
前澤 「ゾゾスーツの話はどんなタイミングで話したかな」
金山 「社長会という、前澤とグループ会社の社長が定期的に集まって食事をする会に、なぜか私はM&Aの前から呼ばれていて、その場に居たんですよ」
濱渦 「だいたい朝方まで続く会です」
前澤 「そうでした。外部ゲストとして金山を呼んでいて、私と年齢も近いですし、いずれ(M&Aを)ということもあってですね」
金山 「グループの社長たちもPBとスーツの構想を聞いたのは、そのときが初めてだったと思います。みんなで、ゾゾのPBはこうじゃないのと当てっこをしていて、5時くらいに前澤が『実はね』と話し出したんですね」
濱渦 「あれは目がさめましたね」
金山 「さめたどころか、このスケールできたかという感じで、目がギンギンになっちゃいましたよ。私たちはPBを始めるのであれば、どんなデザイナーを呼ぶとか、ユーザーがカスタマイズできるといった具合にデザインの話をしていたのですが、前澤は『そうじゃなくて、サイズの問題はグローバルだから。ゾゾスーツでファッションの問題を解決していく』と言っていて衝撃を受けました」
「あと、『われわれが作るPBは、ラグジュアリーなものではなく、カップラーメンみたいなもので、みんなが知っていて、みんなに愛され、みんなが手にとれて、みんなが幸せになれるものを目指す』と言ったのをよく覚えています。もう迷うことなく、一緒にやりたいと思いました」
──田端さんはいつ頃からお知り合いですか。
田端 「私はLINEの広告営業をしていたときにスタートトゥデイと付き合いがあったのですが、そのときは前澤と接する機会はほとんどありませんでした。ただ、個人的に注目はしていて、同い年として男は前澤友作、女は神田うのという感じで勝手にベンチマークしていました(笑)」
「前澤の発言もウェブで見ていましたが、普通はこんなこと言わないと思うことをたくさん発信していて、それこそ、堀江さんがライブドアを離れて以降、良くも悪くも"おとな"なネット企業の創業者ばかりで、社員や世の中の空気を読んで安全運転な発言をする人が多い中で、この人は違うなと思っていました。前澤から話をもらったのが昨年9月で、私も発表前のゾゾスーツを見せてもらい、これだと思って一緒に仕事をさせてもらうことになりました」
──前澤社長はなぜ田端さんにアプローチしたのですか。
前澤 「PBを展開するということは、その会社や私自身、スタッフのみんなが、どういう人で何を思っているのかを伝えていくことが大事だと感じています。なぜなら、ブランドというのは会社そのもの、人そのものだからです。どんなに繕っても素の姿は分かってしまいます。そういう意味で、自分たちが何者なのか、スタートトゥデイがどういう風に創業から20年間を歩んできたのかを世間に正しく、きれいに知ってもう必要があります」
「一方で、当社の広報グループはあまり前に前にというプロモーションをしてこなかったですし、私もこの数年はあまり取材を受けてきませんでした。そこで、PRの体制を整え直す必要があり、どういう人をPRの責任者に置くのがいいかを考えたときに、すぐに頭に浮かんだのが田端でした。いろいろ問題も起こす人ですが(笑)、基本的には真面目で信念を持って言いたいことを言うという意味では私と近く共感していて、一緒に仕事がしたいと思いました」
田端 「個人と会社の関係性は私なりに思うところがあり、前澤という個人とスタートトゥデイという会社の関係性が重なる部分と重ならなくていい部分の境目みたいなところに悩んでいるという感じがあり、私も明確な解を持っているわけではないのですが、もしかしたら役に立てるかもしれないと思いました。個人と会社、個人とブランドの距離感みたいなことを熱弁させてもらいました」
「あとは、私自身もLINE以前からずっと広告ビジネス一筋の身ですので、広告費をかけてメディアの枠を買うこと自体を全否定するわけではないですが、広告枠がどうとか、クリック単価ばかりを気にしていても仕方ないと思っています。ゾゾスーツの原価は広告宣伝費に計上していて、ある意味、スーツ自体が最新型の広告スペースみたいなものです。広告は新しいお客さんとの接点を作り、買ってもらうためのきっかけ作りであることを考えると、ゾゾスーツもそうですし、支払いが最大2カ月後にできる『ツケ払い』もその決済手段自体がある種の広告かもしれません。そういう問題意識を抱えている中でゾゾスーツを見せられ、このチャンスに飛び込みたいと思いました」
旧スーツを3カ月で一新
──初めての中期経営計画と10年後ビジョン(※注①)の成功に欠かせないのがPB事業ですが、新型ゾゾスーツはスタートトゥデイ研究所が3億円で買い取ったアイデアがその原形ですか。
前澤 「買い取ったアイデアをもとに開発しました。今年の1月末に買い取って、3カ月くらいで全部作りました。旧型スーツの改良を重ねていた裏で新型スーツの準備も進めていました」
濱渦 「新型ゾゾスーツではスタートトゥデイのすごさを改めて見た気がします。1月に新しいアイデアを発見した奇跡と、そこから3カ月でそれまで作ってきた生産フローやアプリも全部作り直していて、なかなか普通の企業ではできないことだと思いました」
金山 「設備投資したものも全部ですからね」
前澤 「40億円減損しました」
──旧ゾゾスーツの未来感が失われた(※注②)という意見もありますが、本質的な部分、目的はブレていないですよね。
前澤 「そうです。いまはもっと簡単で精度の高い測定が可能なスーツや、スーツに頼らない技術の研究もしています。今期、600万着~1000万着のスーツを無料配布すると発表していますが、さらに新型のスーツを配布するかもしれませんし、スーツなしでの計測の技術革新に成功すれば、何百万着もスーツを配らなくて済むかもしれません。いまのスーツも1着1000円はかかり、1000万着だと100億円ですからね」
──物流センターの拡充(※注③)を進めていますが、PB商品は工場直送にかなり近いイメージでしょうか。
前澤 「そうですね。物流センターでの保管期間は短く、基本的に作ったPBはすぐに届けますので、センターを経由するというくらいの感覚です。一部、アイテムによっては事前の作り置きもあります」
──金山さんは世間のPBやスーツへの反応をどう見ていますか。
金山 「PB『ゾゾ』についてはSNS上の反応が主ですが、想像通りの反応だと思います。新しいゾゾスーツについても外見上の意見がでると思っていましたし、一方で、それを越えて計測してPB『ゾゾ』を買ってくれた方はほぼポジティブで、そこも想像通りです。いい流れはできつつあると思います」
「PB『ゾゾ』自体は前澤直轄で取り組んでいますが、私のタスクとしては、もう3歩先、5歩先をスタートトゥデイ研究所(※注④)としては見据えないといけません。新型ゾゾスーツを見ると分かりますが、顔や手足の先といった人の末端部分まではカバーしていません。そこには大きな課題があります。当然、展開アイテムもいまはデニムパンツとTシャツだけですが、アイテムを増やしていくときに、デザインは人が一からデザインするのかなどを検討しなければいけません。私としては、機械がデザインしてもいいと思っています」
──PBの今後のラインアップについてはいかがですか。
前澤 「今後のラインアップとしては、ビジネススーツのセットアップを投入したいと考えています」
──PBのラインアップを増やすのに協力工場の開拓は欠かせませんが、どのような基準で工場を選んでいますか。
前澤 「オンデマンド生産やメード・トゥ・メジャーの生産に前向きで、最新鋭の設備に投資意向の強い工場を選んでいます。グローバル企業を目指していますので、最終的には工場のローカライズまでを見越した体制を、最初から考慮しています」
──中計ではブランドの自社EC支援を行うBtoB事業の再強化を打ち出しました。
濱渦 「スタートトゥデイが今後、5000億円、1兆円と成長を目指す中で、『ゾゾタウン』やPB『ゾゾ』も成長させていくのですが、ファッション市場にイノベーションを起こすことが私たちのミッションだと思っています。ブランドの自社ECは店頭も含めてまだまだ在庫運用に課題があり、半分くらいがセールになっていたりするわけですが、これは需要予測が十分に機能していなかったり、物流に問題があったりするからです。アラタナとしては、スタートトゥデイが持つデータと物流をファッションブランドに使ってもらうことで、課題解決を手助けしたいと思っています」
「これまでも物流機能は提供してきましたが、データは提供していませんでした。データの一部開放は結構思い切った判断だと思います。『ゾゾタウン』で何が買われているかというデータを使えば需要予測になりますし、自社ECの課題の集客面でも、『ゾゾタウン』のデータは活用できると思います」
──BtoB事業でも「ツケ払い」の提供を始めます。
濱渦 「ツケ払いも単に新しい決済手段を提供しますというだけでなく、『ゾゾタウン』のデータを使うことで与信の精度がかなり上がっています。『ゾゾタウン』での実績があって、はじめてブランドさんに提供できるようになりました」
「BtoB事業の規模が縮小していた時期は、誰でもできるEC運営代行をやっていたのだと思います。今回、商品取扱高が2700億円まで拡大し、提供できるデータの質が上がってきましたし、BtoBとしても再度アクセルを踏むタイミングだと判断しました。BtoB事業は初年度100億円、2年目に200億円、3年目に300億円を目標にしていますが、個人的には300億円がスタートラインととらえていまして、『ゾゾタウン』と並ぶくらいのビジネスにしたいです」
──今期からスタートする広告事業はどなたが責任者を務めるのでしょうか。
金山 「私が務めます。『アイコン』で広告メディアに取り組んできましたし、私は元々ヤフーにいて、ECというよりもメディアの運営にたずさわってきました。『ゾゾタウン』の出店ブランドはかつてない規模に増えていますので、どうしても埋もれてしまうブランドが出てきます」
「新たに始める広告を使ってブランドさんにも『ゾゾタウン』内で露出を増やす機会を提供させて頂くことで、売り上げアップにつなげてもらいたいと思っています。当然、スタートトゥデイが持っているデータを使って、最適な広告を表示します。濱渦が言ったように、われわれのデータをブランドさんのマーケティングに使ってもらえるという意味でも広告ビジネスは意義があると思いますし、今がそのタイミングなのかなと感じています。広告事業は3年後に100億円を目指していまして、グループの利益に貢献したいです」
──LINEで広告営業をされていた田端さんが舵取りをされるのかと思っていました。
田端 「アドバイスをすることはあると思いますが、基本的には金山が責任者としてハンドリングします。私が広告営業を指揮するのでは、あまりにこれまでの業務の延長線過ぎてスタートトゥデイに入社した意味がないというか、今はPRやブランディングの再整備に力を注ぎたいと思っています」
最後発こそ最先端を導入できる
──中計では研究所も大事な役割を担うことになります。
金山 「研究所発足の意義はいろいろあると思いますが、スタートトゥデイは初めてブランドを手がけるわけです。ある意味、最後発のブランドですよね。ただ、最後発だからこそ今一番新しい仕組みを取り入れやすいと思っています。すでにあるサプライチェーンや生産技術というものにあまりとらわれずに、最先端の技術を導入できる更地が広がっている状態です。研究所で開発したテクノロジーによってブランドを開発できれば、ほかのブランドと差別化できると思います」
「過去に何度か人工知能ブームがありましたが、今回はブームで終わらずに社会に浸透してくるタイミングだと感じていますので、技術を使った差別化をブランド作りに十二分に生かすには計画的に技術を生み出していく必要があります。旧型のゾゾスーツもその準備ができていたら、もっとスムーズに行った気がします。今はいろいろな技術が枝分かれしていて、どれが次に来るのか分かりませんので、研究所としては、すべての技術に対して『ゾゾタウン』やPB『ゾゾ』である程度使える形にしていくことが重要になります」
──さまざまな技術に対して均一に人や時間をかけていくことになりますか。
金山 「そうですね。いろいろな技術に網を張っておきたいですね。ただ、始まったばかりで研究スタッフも足りませんので、人材を確保しながら研究所としてのプレゼンスを高めていきたいです」
──スタートトゥデイは「実店舗はやらない」と言っていますが、AIやデジタル活用がもっと進むと、アパレル企業はリアル店舗の価値をどこに求めていくのでしょうか。
濱渦 「先ほど、ゾゾスーツの体験が広告になるという話が出ましたが、店舗も体験がメインになってきていると思います。ストライプインターナショナルさんがホテルの運営を始められたり、体験をブランディングに生かしている例もあります。そういったことから、体験というワードが店舗のあり方のひとつとして強まっていくと思います。これまでのように店舗のバックヤードにたくさんの在庫を積んで店頭の商品を補充する形で運営していると、体験の場がバックヤードで狭まってしまいます。ですので、例えば、『ゾゾタウン』の物流センターから実店舗に在庫を提供するなど、早いサイクルで商品を回せるサプライチェーンを作ることで、"体験"というブランドさんの店舗価値を生かせるようにサポートしていきたいです」
──今年2月に始めた「おまかせ定期便」(※注⑤)の狙いを教えてください。
前澤 「服を選ぶのは難しかったり、面倒だったりしますよね。しかも、『ゾゾタウン』には何十万点という商品がある中で、ゾゾスーツを使うとこれまで以上にお薦めの精度が上がるよねという話の中で、単品アイテムをお薦めするだけではなく、コーディネートとして提案できるのではないかという発想でスタートしました。つまり、『おまかせ定期便』はゾゾスーツ起点ということです。スーツで体型を把握して、購入履歴やアンケートから趣味嗜好まで分かれば、今までのレコメンドから次元を超えたお薦めができますよね。しかも何も考えなくても定期的に届くサブスクリプション型ですから楽だと思います」
──定期便のスタッフ数や購入率などはいかがですか。
前澤 「まだお伝えできません。手応えもこれからですね」
──「おまかせ定期便」もそうですが、データやAI活用が進む中で「人」の生かし方をどう考えますか。
前澤 「人ができることはすべて機械もできるようになると言われていますが、私は半信半疑で、やりながら決めていく以外にはないと思います」
──エンジニアの採用にもかなり力を注いでいます。
前澤 「当社がやりたいことを実行するためには数年以内に500人から1000人規模のエンジニアが必要になりますので、しっかりと人材を確保できるテクノロジー企業を目指します」
──ファッション産業が抱える課題をどのように見ていますか。
前澤 「これまでもずっと言ってきたのですが、オーバーストックやセールの乱発、服の廃棄など、明らかに人や社会にとって良くないことを、見過ごしてきた感があります。そうした課題も変えていける力になりたいという思いでPB『ゾゾ』も展開していきます。大きなことは言えませんが、ファッション業界全体に伝播して、業界再興の機会にもなればいいと思っています」
海外で売れないと意味がない
──PB展開が成功すれば、じり貧状態にあるファッション市場全体にもインパクトを与えますよね。
前澤 「じり貧と言っても、取扱高が鈍化しているとか、下がっているだけで、服の販売数量やファッションを楽しむ人が減っているわけではなく、販売数量はむしろ増えていて、商品単価が下がっているだけだと思います。今までより良い商品が従来よりも安い価格で流通しているということは、誰かが頑張っているからです。デフレというと言い過ぎかもしれませんが、マーケットが正常化に近づいているのではないでしょうか。取扱高は同じでも、例えば単価は半分で、販売数量は2倍になっていて、それでもマーケットが保たれているというのはユーザーにとって良い状態だと思います。今までより服を2倍楽しめるのに、使う額は変わらないわけですから」
──PBが始まり、「ゾゾタウン」の取引先ブランドとの関係性に変化はありますか。
前澤 「競合として見られているイメージはまったくないです。むしろ、『突き抜けて面白いことをやってもらいたい』という応援コメントを頂くことの方が多いです。ただ、ブランドさんもプロですので、『そんなに服作りは簡単じゃないぞ』という声も当然頂いていますが、厳しいご意見もありがたく感じています」
──ブランドさんとの接点が多い濱渦さんはどう感じていますか。
濱渦 「対ゾゾ、対PBという感じはありません。互いにやろうとしていることは一緒で、PB『ゾゾ』も大量消費の解決につながると思いますし、広告もブランドさんが売りたい商品をより売れるようにすることですので、ブランドさんにもスタートトゥデイグループがやろうとしているファッション革命に乗って頂きたいと思います」
金山 「研究所視点になりますが、出せる範囲で論文だったり、学会の発表にこれまでも取り組んできましたし、これからも取り組んでいこうと思っています。研究所として発見した世の中の真理や科学みたいなものは、自分たちだけで囲い込むつもりはありません。公にしていきますので、論文で発表したものをブランドさんや繊維メーカーさんに使ってもらうことはウェルカムですので、ファッション産業の一員として業界を盛り上げていきたいですね」
──中長期ビジョンを達成する上での課題を教えてください。
前澤 「中長期ではPB『ゾゾ』が海外で売れないと意味がありませんので、国内で胡座をかくつもりはありません。海外は本当にチャレンジになりますが、サイズの課題はグローバルですので、それを信じて突き抜けるしかないです。米国や欧州では何度もフィッティングテストをしていますが、『こんなぴったりの服は初めて』とたくさんの方に言ってもらっていますので、方向性は間違ってなかったという安堵感がありながらも、海外では『ゾゾタウン』はまったく無名ですから、いかに広げていくかというチャレンジに対してワクワク感もあります」
海外でもPBで問題提起を
──海外でのブランド発信も田端さんが担当するのでしょうか。
田端 「海外は良くも悪くも当社が運営する既存ビジネスがほとんどありませんので、廃棄の問題だったり、生産の低賃金や児童労働などの問題も含めて、既存のファッション業界に対して問題提起しても、『ゾゾタウンも福袋や大型セールを開催しているだろ』というご意見が飛んでくることをそんなに心配しなくていいですし(笑)、世の中的にエシカルやフェアトレードといった流れもある中で問題提起することで、有料広告に頼らなくてもポジショニングを獲得できる余地があります」
「それこそ、トヨタのプリウスが出てきたときに、米国のセレブがプリウスに乗ったのは、ガソリンを大量に消費するリムジンよりも燃費のいいプリウスの方がクールという態度表明だったのと同じで、当社のPB『ゾゾ』もそうしたブランディングができないかということを少し考えています」
──5~10年後の服の買い方はどうなっていると思いますか。
金山 「ネット販売のシェア拡大という今の流れが続いてネットで服を買う人が増え、リアルで買う人は減ると思います。ネットでの買い方は、欲しいもののイメージがあって、それをネットで探して買うという今の買い方に加えて、なんとなく服が欲しいけどイメージがないという状況にもネット上でインスピレーションを受けてそのまま購入するという流れや、ゼロから提案を受けて購入に至るという受動的な購買が増えると思います。リアルでの買い物はネットで完結しない部分を補う存在になると考えています」
──前澤社長はいかがですか。
前澤 「自分の体に合うものをストレスなく選べることはもちろん、自分でデザインした一点ものが作れたり、頭の中で想像したものがそのまま製品化されて買えるようになると思います」
(敬称略)
◇
注釈① スタートトゥデイは21年3月期を最終年度とした3カ年の中期経営計画で商品取扱高7150億円、売上高3930億円、営業利益900億円を、長期ビジョンとしては10年後にPBを展開するオンラインSPAで世界ナンバーワン、グローバルアパレル企業トップ10入り、10年以内に時価総額5兆円を目標に掲げている
注釈② 昨年11月に発表した伸縮センサー内蔵のゾゾスーツはスマホと通信接続することで人体のあらゆる箇所の寸法を瞬時に測定できることから「未来感がすごい」などと話題になった。ただ、生産面の課題を解消できず、全身に付いたドットマーカーをスマホカメラで撮影することで体型を測定できるマーカー読み取り方式を採用した新型ゾゾスーツに切り替えたことで、SNS上ではマーカーが水玉模様に見えるとして「未来感がなくなった」などの声が相次いだ
注釈③ 商品取扱高の拡大に伴い、千葉県習志野市にある既存の物流センターに加え、昨年7月からは千葉県印西市でも倉庫を賃借しているが、今秋には茨城県つくば市内で大型の物流センターが稼働を始めるほか、来年秋完成で隣接地にも物流拠点を構える計画で、その時点で倉庫の延床面積は約32万平方メートルになる見込み
注釈④ スタートトゥデイ研究所はファッションを科学的に解明する目的で今年1月末に発足したプロジェクトチームで、グループが持つ大量のビッグデータとゾゾスーツで得られる体型データなどを活用して「服作り」や「サイズ」「似合う」をテーマに研究を行っており、金山氏がプロジェクトリーダーを務めている
注釈⑤ 今年2月に始めた「おまかせ定期便」は、注文履歴やアンケートの回答などを独自のアルゴリズムで解析して選定した最適な商品をもとに、スタッフが顧客に合ったコーディネートを作成して定期的に届けるサービスで、利用者は届いたコーディネートの中から欲しい商品だけを購入し、それ以外は無料で返品できる。届ける頻度は1カ月ごと、2カ月ごと、3カ月ごとの3種類から選択できる
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