「スタートアップ」という言葉が浸透してテクノロジー系の起業が増えつつある日本だが、起業を意識する学生や若手であっても「大企業かスタートアップか」という選択で悩んだことのある人は少なくないだろう。2012年12月のローンチ以来、グローバルで3000万ダウンロードと大ヒットアプリとなっている「スマートニュース」の生みの親の1人でスマートニュース代表取締役会長・共同CEOの鈴木健氏は、企業規模にこだわることよりも「テクノロジーを使ったビジネスを展開する企業」であることが大切だという。また、テクノロジーを使って何を実現しようとしているかということを見る「審美眼」も重要だという。
プロダクトのローンチと起業、挫折、累計91億円の大型の資金調達、海外展開と進めてきて日本を代表するスタートアップ企業の1つとなったスマートニュース。鈴木氏に、その創業ストーリーと、メディア史的な転回点に立つニュースアプリという文脈に照らしたビジョンについて話をうかがった。(聞き手はITジャーナリスト・元TechCrunch Japan編集長 西村賢)
鈴木健(すずき・けん)スマートニュース株式会社代表取締役会長 共同CEO
手応えはあったものの世界デビュー戦で絶望、「それでもやりたい」と浜本が言った
西村:スマートニュースといえば最初からプロダクトが大ヒットしてスタートしたイメージもありますが、実は最初は苦労されたのですよね?
鈴木:スマートニュースの前身となったのは、2011年10月にリリースした「Crowsnest」(2015年7月にサービス終了)というウェブベースのパーソナライズドニュースリーダーです。
西村:自分が気になるニュースを集めてきてくれるという点で精度が高く、当初すごくギークに受けていた印象があります。
鈴木:使ってくれてる人は多かったとは思います。ただ、登録ユーザーで数万人、アクティブユーザーだと数千人とかでした。
西村:ローンチ後すぐとはいえ、いまのスマートニュースは3000万ダウンロードだから3桁違いますね。
鈴木:はい。Crowsnestをリリースした後、年が明けた2012年3月にアメリカのSXSWに出展しに行ったんですね。
西村:SXSWといえば2007年にTwitterが大々的に世にデビューしたことで有名なイベントですよね。
鈴木:ただ、SXSWに出展した結果としては芳しくなかったんですよ。ぜんぜん反応が良くない。それで打ちのめされてアメリカから帰ってくるんですけど、今から振り返って考えると、Crowsnestのやり方だとうまくいかないんだということに気づくキッカケとなったという意味ではいい経験だったなと思います。ウェブのパーソナライズから方向性を変えて、アプリでジェネラルニュースにしようとピボットすることでスマートニュースをリリースできたたので、SXSWに行ってよかったなと思うんです。
ただ、SXSWの後は「もう終わった……」と絶望的な気持ちになっていたんですよね。当時はもうお金もないし、何も残ってないという状況だったんです。でも、そのとき浜本(スマートニュース共同創業者で共同CEOの浜本階生氏)は、「それでも続けたい」と言ったんです。続けたい、というその意志だけで続けたんですね。これはすごいことで、ぼくは今でもそのときの階生さん(同浜本氏)のことを本当に尊敬しています。
スマートニュースは当初、ヒットと同時に炎上もした
西村:スマートニュースはローンチした2012年暮れの当時、地下鉄などで電波が届かなかったところでも快適にニュースが読めるというので爆発的な人気を集めました。
鈴木:もともとCrowsnestもスマートニュースも浜本とぼくが2人で始めたプロダクトで、浜本がフルコミット、ぼくが20%で支援するという形でした。ぼくはほかにも投資家としてインキュベーションをやったりして6〜8社ほどの会社をサポートしてしたんですね。でも、やらないといけないことが一気に出てきて、スマートニュースのリリース後は8割ぐらいのリソースを割くようになりました。スマートニュースのローンチは2012年12月ですが、翌年4月には「これはフルコミットしないと立ち上がらないぞ」ということになりました。
西村:プロダクトに手応えがあって資金調達にも動かないとって感じですよね。でも、当時ちょっとした炎上もありましたよね。
鈴木:(スマートニュースに記事を提供する)媒体社とコミュニケーションができてなかったのです。それで藤村さん(※1)に入ってもらって、まず媒体社との関係性を健全化していきました。
※1:藤村厚夫氏はスマートニュース株式会社 執行役員 メディア事業開発担当/シニア・ヴァイス・プレジデントで、2000年に株式会社アットマーク・アイティ(後にアイティメディアと合併し上場)を共同創業。デジタルメディアの経営者、ビジョナリーとして新旧メディア業界で幅広い人脈をもつ。
西村:スマートニュースで電波が入らなくてもニュースが読めたのはデバイス側に記事データをキャッシュしていたからですが、著作権的には媒体社がノーといえばNGですもんね。
鈴木:著作権のところを問題視するツイートがあって、それでちょっとした炎上がありました。それ以来、きちんと媒体社の方々に説明して信頼関係を作っていきましたね。それから何人かのエンジニアに参画してもらい、2013年夏にはグロービスさん(独立系VCのGlobis Capital Partners)から4.2億円の資金調達をしました。
資金調達のニュースで入社希望者が増えた?
西村:2012年12月にローンチして一気に人気が出て、炎上しつつも翌年2013年の夏に大型資金調達ということで話題性もあるし、採用が加速したのでは?
鈴木:ですね。やっと採用ができるぞ、これで給料がちゃんと出せるんじゃないかっていう感じで(笑)。 スタートアップの初期って、不動産を借りるにもしても簡単じゃないんですよ。お金がないと借りられません。そういうのを不動産のオーナーさんは見ていますので、貸してくれないんですよね。資金調達をして、それが日経産業新聞に載って、その記事を持ってオーナーのところに行って契約してもらったんです(笑)。
そういう風にスタートアップってフェーズがあるんです。RPGみたいなものです。RPGって、この街に行ったら、このクエストを解決しないといけないみたいなのってあるじゃないですか。この祠(ほこら)に行って、それでミッションをクリアすると「テレッテッテー♪」って鳴ってアイテムが手に入る。それでまた新しいところに行って次々とミッションをクリアする、みたいな。毎回毎回、新しい武器と新しい仲間が増えてね。
西村:多くの起業家は実際に体験することで、そうしたRPG的な側面があることとか、ミッションの種類を学ぶものだと思いますが、鈴木さんにとってもそうでしたか?
鈴木:やりながら学んだこともあります。でもスマートニュース以前に起業もしてたし、VCとして支援も投資もしていたから、初めて起業する人に比べると見通しは圧倒的によいものがありました。この後のフェーズで何が起こるかとかも、あらかじめ何となく分かるのでね。知っていてもエグゼキューションは大変ですから、あらかじめ分かっていて、ハマるなーと思ってハマったところもありますし、うまく回避できたところもあります。
ストックオプション設計は最初からきちんとやった
西村:スマートニュースは順調な滑り出しだったように思えますが、資金調達が無事に終わるまでは、人を誘うにも給料がキチンと出せなかったりするわけですよね。その点、ストックオプションはやっぱり大事ですか?
鈴木:資金調達の時点で社員数は6名でしたが、最初の時点ではお金がないわけです。給料とか、びっくりするくらい安いわけですよ(笑)。 最近は違いますが、ぼくと浜本はかなり長い間、給料はゼロでしたしね。
スマートニュースがラッキーだったのは、いきなりアプリがヒットしたことです。こんなラッキーなスタートアップは珍しいと思います。普通は、人とお金を集めてからヒットを狙うものです。もちろんCrowsnest時代の紆余曲折があったものの、スマートニュースは一気にブレークした。だけどお金がない。
資金調達までの間に(仲間として)入ってくれる人っていうのは、すごいリスクを取って来てくれてるわけですよね。そういう人に対しては、そのリスクを取っている分に対しては、(スタートアップ企業として成功してエグジットしたときに)一生の財産になるぐらいのしっかりしたリターンがあるべきなんじゃないかな、と思っています。
うちは100人くらいの規模でまだ小さいですから、これから入るような人には、プライベートもハッピーになってほしいなと思っていますし、相当なリターンを用意したい。だから、うちはストックオプションはしっかりと設計しています。具体的にはアメリカのシリコンバレーのスタンダードな方法を日本に持ってきて、日本の法制度の中で設計するというやり方になってるんです。
西村:資金調達時にストックオプション割当用の株式のプールを用意して、入社タイミングに合わせて社員に割り当てるというような方法ですよね。入社時期が早いほうがリスクが高いので割当も多めという。日本のスタートアップでもずいぶん広まってきていますよね。上場すれば初期メンバーは会社員では一生かかっても稼げないようなお金になることもある。
鈴木:日本のスタートアップはストックオプションが有効になるまで社員を縛る期間がアメリカよりダントツ長いんですが、うちはアメリカ型なので相当、従業員にフレンドリーな制度になっています。ただ、初期に来る人にはストックオプションがあるという理由では来てほしくはないんですよ。
西村:そこは永遠の議論ですよね。お金につられて来るような人には来てほしくない、というのはありつつ、お金で報いないというのも選択肢としては実際にはないわけで。
鈴木:お金が目的で来ましたと言う人が最初のメンバーにいると、やっぱりそういうカルチャーの会社になってしまう。だから、あくまでもお金じゃないところで一緒にやりたいという気持ちがあって、その気持ちに対してストックオプションでしっかり報いていくというアプローチが大事です。
創業初期は本当に給料が安かったので、ストックオプションしか出せるものがなかったんですけど、最近は弊社も給料が結構あがってきていまして、他社さんと完全に遜色ないレベルでやっていて、さらにプラスアルファでストックオプションをいっぱい出す、というような感じになっています。
スマートニュース代表取締役会長 共同CEOの鈴木健氏(右)と、ITジャーナリストで元TechCrunch Japan編集長の西村賢(左)
採用は東京よりシリコンバレーのほうが50倍しやすい
西村:いまスマートニュースは日本に95人ということですよね。それにサンフランシスコとニューヨークの拠点を足すと全部で110人くらいだと思いますが、やはり人材獲得は苦労していますか?
鈴木:毎月どんどん人は増えているんですが、それはありますね。事業の成長スピードは速いし、数字もぐいぐい伸びています。打っている施策もいっぱいある。毎月5人ずつ人が増えても、まだ全然人が足りないなっていう感じがありますね。財務、法務、営業、マーケ、エンジニアなど、全ポジションがオープンというような状態がずっと続いています。
西村:お金があっても人が採れない?
鈴木:そうですね、何十億円があっても、一気に何百人も採用ができるわけでもないので。ぼくらとしては、やっぱりいい人に入ってほしいなと思っているので、簡単なものじゃないです。あと、採用のしやすさで言うとシリコンバレーと東京では50倍くらい違っていて、シリコンバレーは採用がやりやすいですね。
西村:えっ、シリコンバレーだとエンジニアの給料が2倍なんていいますが、どういう意味ですか?
鈴木:東京だと採用に2年かかるポジションが、シリコンバレーだと2週間で見つかる。そういう世界なんですよね。
西村:質も数も?
鈴木:そうですね。びっくりするくらい、優秀な人がすぐ見つかります。もちろん全員が全員、優秀というわけじゃなくて、単に裾野が広いということだと思うんですけど、たくさんの人に会えば、いい人がいますね。
自分なりの審美眼を持つシリコンバレーの求職者
西村:数だけでいえば日本も多いのでは?
鈴木:数だけだと10倍以上シリコンバレーが多いと思いますが、人材の流動性がさらに違います。シリコンバレーでは一人ひとりが審美眼を持って、常に転職活動をしているのが違いとしてあると思います。
いい意味でも悪い意味でも、日本では人は会社に帰属しているわけですよね。でもシリコンバレーの会社で働く人たちって、もちろん帰属意識はあるんだけども、いかに自分がやりたいプロジェクトとか面白いプロジェクトに参画するかっていうのを意識していて、常日頃からいろいろウォッチしているんです。だから、いい意味でも悪い意味でも、自分によりフィットしているちょうどいいフェイズの会社を見つけると、今の会社の状態にかかわらず、すぐ辞めて転職します。参画が早ければ早いほどリターンも大きいことを、まわりの成功者を見て知っているというのもあると思います。会社が有名になってからだと遅すぎる。
世の中的にイケてるかイケてないかじゃなくて、自分にとって、この会社がフィットするかどうかと見ている。このプロジェクトは自分にフィットするのか、この会社には未来があるのかとかね。
例えばメディアで取り上げられているから、テレビに出ているから、とかそういう視点は一切なしにイケてるかイケいてないか批評する文化があるんですね。一人ひとりが審美眼を持っている。まあシリコンバレーは特殊だと思うんですけど、例えば普通にタイ料理屋で仕事の話をしていると、ウェイターさんなんかがアプリについて話しかけてくるんですよ。なんだ、それオレ使ってるよ、これがいいよ、あれはイケてないみたいな感じで。しかも結構マニアックなアプリとかも使ってる。
西村:シリコンバレーだとUberの運転手も話をしてみると、すごく詳しかったりしますよね。いわゆるベイエリア(シリコンバレーやサンフランシスコ)は街の全員がベータテスターみたいな感じはありますよね。天気の会話をみたいに「何か新しいアプリある?」というようなね。
鈴木:そう! 街全体のリテラシーが圧倒的に高いわけです。当然ながら、その中でテック業界で働いている人たちは日々の会話の中で、批評しあってるわけです。このサービスはイケてて、このサービスはイケてないという風に。
資金調達額よりもビジョンを聞かれる
鈴木:どのプロジェクトがイケてる、どのアプリがイケてないっていう、そういう批評眼が鍛えられてるので、例えば面接していてもシリコンバレーだとみんな自分の視点を持ってるわけです。逆に日本だと、いくら資金調達したのかとか、どのくらいメディアで露出しているのかとか、イケてる人が入ってるのかと、そういう外形的なところで、みんなどの会社がイケてるのかって判断する傾向がありますよね。
シリコンバレーは全然そんなことなくて。「どんなビジョンであなたはやろうとしているのですか?」と、いきなり聞かれるわけです。もちろん、それ以外のところも大事なところだとは思うんですよ。でも、いちばん最初の質問が東京と違いますよね。
西村:まだ日本だとスタートアップの絶対数が少なくて、そこは鶏と卵っぽい感じなのかもしれませんよね。
鈴木:それはだんだんと変わってくるんじゃないかなって気がします。面接をしていても、自分で審美眼を持つ人の割合が増えてるなと、10年前に比べると変わってきていると感じています。
じゃあ、スマートニュースのビジョンって何ですか?
西村:じゃあ、スマートニュースのビジョンって何ですかとずばりお聞きしたいんですけれども。というのも、初期のCrowsnestのようなパーソナライズを捨てて、ポータルを作るだけなら、伝統的なマスメディアや新聞、あるいはポータルと同じで新しいわけじゃないですよね? ネットだとパーソナライズが可能という話だったはずが、実際にはスマートニュースでタブの入れ替えをやる人たちも比率的には極めて低い、という話ですよね。だとしたら、パーソナライズでもない?
鈴木:パーソナライズに関していうと、おそらく顕在化したニーズがないっていうだけなんだと思うんです。どういうことかというと、パーソナライズがあるからこのアプリを使おうとは思わないということです。別の理由で使い始めたら、中にパーソナライズがあるっていうのが効いてくるというのはあると思うんです。実際スマートニュースも去年の10月からトップにパーソナライズの機能が入っています。「あなたにおすすめ」(英語ではFor You)という形でトップ画面の下のほうに、その人に向けた記事を出しています。
これを僕たちは、「パーソナライズド・ディスカバリー」って呼んでいて、パーソナライズによって真に発見のある体験を届けようと考えています。ぼくらが創業以来大事にしているコンセプトの「ディスカバリー」をさらに進化させようとしています。パーソナライゼーションを進めると、一般的にはどんどん視野が狭くなる。自分の興味のあるコンテンツしか見なくなっちゃう。そうじゃなくて興味を広げるのが大事。その人の視点や興味を広げるものを作りたいと思っています。機械学習のアルゴリズムを使って、興味関心を広げていくようなリコメンデーションができるんじゃないかということなんです。
興味を広げるためにジェネラルなニュースを出していくっていうのが最初のアプローチだったわけです。世の中で重要性が高いニュース、みんなが関心があるようなコンテンツを出していくことで、知らなきゃいけない情報が入ってくるので視野が広がるわけですよね。
西村:ジェネラルとパーソナルの割合はどうしているのですか?
鈴木:今は表示エリアで分けています。トップの一番上に「Must read」というジェネラルニュースがある。それでもっと見たいという人がスクロールすると、パーソナライズが出て来る。ということで、その人の操作によって比率は変わってきます。トップのファーストビューに入っているジェネリックニュースで満足している人もいる。そうじゃなくて、下の方まで見ている人はパーソナライズされたものをより多く見ています。
アルゴリズムが政治を左右する時代、再びニュースアプリが注目に
西村:最近スマートニュースのトップにスポーツ新聞的な俗っぽいネタが増えた印象を持っています。トラフィックを意識して少し扇情的なものを増やしたりしていませんか?
鈴木:そんなことはありません。日本の新聞は、全国紙やブロック紙など一般紙と呼ばれるものを全部合わせると発行部数がだいたい4000万部弱あります。一方、スポーツ紙は全部足しても300万部程度。つまり全国紙を読みたい人は10倍いるんです。そこから考えると、ニュースを読みたい人が多い。
一方、アメリカの話をすると、アメリカには全国紙ってあまりないんです。新聞はローカル性が強いし、ブランド認知がありますよね。そして多くの方がFacebookでニュースを見ているということが起きていて、これが大きな社会問題になっています。
西村:大統領選に取り返しのつかない影響を与えたのではないかということで、Facebook創業者のマーク・ザッカーバーグが議会の公聴会で証言するということが大きくニュースになりましたね。
鈴木:ニュースに関する問題の深刻さでは、アメリカのほうが危機的な状況に陥っています。こういう言い方をすると語弊があるかもしれませんが、あえて日本の読者の方に伝わるたとえでいうと、アメリカにおけるニュースの社会問題の大きさは、日本で言えば3.11の後の原発問題に匹敵するものです。3.11で大激論が起こりましたよね、あれと同じ状況がトランプさんが大統領になった1年半前からアメリカで起きています。
ニュース自体が大きな社会問題になっていて、この問題を解決しないといけないと思っている人たちからのニュースアプリへの注目度は上がってきています。
ぼくたち自身、アメリカの大統領選挙の前から「ポリティカル・バランシング・アルゴリズム」というものをUS版のスマートニュースに入れています。リベラルな人にも、保守的な人にもバランスの取れたニュースを届けるっていうことをやっているんです。普通にやると、リベラルな人にはリベラルなニュースばかりってなっちゃうんですよ。
西村:アメリカだと新聞やテレビ局選択の時点で、すでに論調が決まってるというのがありますよね。媒体名を選んだ時点で「読みたい意見を読んでいる」ということになりそうです。
鈴木:ぼくらのアプローチはバランスが取れた両方の意見がブレンドされた形で届きますよということです。
ニュースがインターネットの重要テーマの1つに
鈴木:大統領選挙の前からそんなことをやっている会社は、スマートニュース以外になかったわけです。で、大統領選挙が終わった後に、シリコンバレーの雰囲気が一変したんですね。それまでだと(スタートアップ企業がアプリで)ニュースをやっているというと、アメリカだと一周遅れてきた感じにも受け取られたんですけど。
西村:Flipboardとかありましたよね。特にパーソナライズといっていたアグリゲート系サービスは「どうもそこまで市場がなさそうだ」ということで1周目を終えたた感じに見えます。
鈴木:そう。でも今は全然そんなことはなくて、シリコンバレーの中でニュースをやってると言うと、きわめて大事なことをやっているという評価になっていて注目度がとても高い。BizDevをやるときでも採用するときでも、最近はぜんぜん反応が違いますね。
西村:「審美眼」を持った人たちであれば、そういうビジョンがすぐに通じると?
鈴木:すぐ通じます。
西村:短期的にみれば、本人が好きなものを出しているだけのほうがダウンロード数やトラフィックは伸びる可能性もありそうですよね。何かKPIをみていますか?
鈴木:ポリティカル・バランシング・アルゴリズムは、それ自体で何かKPIを上げていこうというものではなくて、「やるべきだね」といってやってるものです。アメリカの政治は分断されているのです。だから、スマートニュースのストアのレビューなんかは荒れやすくはなるんですよ。そこを我慢してやっています。みんな自分にとって心地いいコンテンツを見たがってしまうのが人間の性なので。
ネットで社会はなめらかになると考えられていたが、実際には分断が起きている
西村:ストアのレビューが荒れるっていうのは分かる気がします。こんなロクでもないニュースを流しやがってとリベラルも保守も思うでしょうしね。スマートニュースは、ある意味ではもともと分断されていた層を繋いでるようにも思うんですけど、鈴木さんはどんな世界を実現されたいのですか? 以前「PICSY」(伝播投資貨幣システム:Propagational Investment Currency System)という構想をされていて、「なめらかな社会」というキーワードを語っていましたよね。その辺とも関係するのでしょうか?
鈴木:例えば「人」っていうのも、アメリカ人なのか日本人なのかというものって国籍としてカチッとしているように思えるけど実際には定義はカチッとしてないわけですよね。
西村:二重国籍もあれば移民や帰化もある。そもそも国籍は出生地で決まるか親の国籍で決まるかなど、いろいろだし、自己が何人だと自分で考えるかというアイデンティティーの話でいえば、さらに複雑ですよね。
鈴木:これは一例で、男女というのもそうです。中間的な人もいるわけですよね。そういうグラデュアルな存在っていうのが社会の中に多くいるわけですが、実はそっちのほうが自然なんじゃないかなと思うんですね。ステレオタイプに属性で語ることが、やっぱり制度的にも起きるわけですけど、それをもっとなめらかにしていけるのではないか。インターネットはそういうことを実現できるテクノロジーなんだと、みんな思っていた。でも実際には、ここ数年で世界の分断が進んでいるわけですよね。
アメリカの大統領選挙は世界の民主主義におけるセキュリティーホール
鈴木:今回のアメリカの大統領選挙で何が分かったかというと、アメリカの選挙制度というものが、世界の民主主義におけるセキュリティーホールだったということなんですよ。
アメリカの大統領選挙って240年前に作られた非常に不思議な制度です。詳細は省きますが、ポイントはこういうことです。アメリカにある50州のうち、40の州は選挙結果にほとんど影響を与えません。カリフォルニアやニューヨークで、誰に何票が入ろうが、ほぼ大統領を選ぶという結果には関係がない。スイング・ステートと呼ばれる約10の激戦州が選挙結果を決めるんです。
しかも激戦州なので、全部で数十万票くらいの票を動かすと、大統領が変わってしまう。そうすると激戦州をハックしていこうという動きが国内外ともに起きる。今回いろんな疑惑が出てきますけど、ロシアから干渉があったのではという疑惑があります。アメリカの大統領選挙の結果に他国が影響を与えるというのは、アメリカからしたら、かなり許されないことなのです。日本に置き換えても同じですよね。敵国と考えられるような国が選挙結果に影響を与えたとなれば、大きな社会問題になると思うんですけど、そういう疑惑が現にアメリカで起きているんですね。
カリフォルニア・イデオロギストにすら広がる危機感
鈴木:インターネットが分断を加速し、それによりインターネットが分断し始めていることが、こうした事件をきっかけとして分かってきた。民主主義という社会の基盤に対して、インターネットがあまりにも大きな影響を与えるようになってしまっている。Facebookのデータを使って、大統領選挙時に大規模なマーケティングを行ったといわれるケンブリッジ・アナリティカも、そういう問題の一つですよね。
西村:でも、それは世の中に新聞が出てきたときも同じだったということはありませんか。紙の新聞も、それまでに比べると圧倒的な影響力を持ったわけですよね。初期にはフェイクニュースに近いものもあったと聞きます。と考えると、時間をかけてインターネットも民主主義と折り合いを付けていくっていう話になのでは?
鈴木:長期的なトレンドとしては、折り合いをつけていくんではないかというのはあるんですけど、あまりにもインターネットの浸透が速すぎて、インパクトが大きすぎるので、既存の社会制度との折り合いがつく余裕もないまま、国家がインターネットの規制を始めているというのが今の状況ですね。
西村:中国が典型ですよね。
鈴木:中国が典型ですし、アメリカもそうですし、ヨーロッパもそうです。つまり、先進国ですらインターネットに規制をかけないと民主主義が壊れてしまうんじゃないかというのが、もう欧米では一般的な議論として行われている。日本はまだそこまで行ってないですけどね。
冷戦後に進んだグローバルな資本と情報の流通は逆戻りするか
西村:つまり、スマートニュースがやろうとしていることは、2018年に日本にいて感じるメディアの問題よりも、はるかに大きな潮流の中にあるということでしょうか?
鈴木:そう言っていいと思います。現在、インターネットと国家の関係について起きていることは、世界史の潮流の一部として解釈しなければなりません。1990年ごろに冷戦の崩壊とインターネットの勃興がほぼ同時に起きました。冷戦が終わったのは1989年のベルリンの壁崩壊、それから1991年にソ連が解体したことです。その1990年代という同じ時期にインターネットが普及したわけですけど、これら2つには因果関係はありません。たまたま2つのことが、ほぼ同時期に起きた。
ポスト冷戦時代になって、グローバリゼーションが始まった。グローバリゼーションには、2つ大きなトレンドがあって、1つはインターネットによって情報が国境を超え始めたってことですよね。2つ目が、社会主義国家が崩壊したことによってグローバル市場経済っていうものが出てきて、資本が流動化しはじめた。
この2つが同時に起こった。しかも相乗効果もあった。その起点自体は偶然、たまたま同時期に起きたことですが、相乗効果を持ったというのは容易に想像できますよね。これが1990年代前半から25年間で起きたことです。
一方で民主主義とか国家、政治の仕組みは何も変わってこなかった。
西村:国家はアップデートされていない。
鈴木:そうです。グローバル市場経済によって国内の経済格差は広がる。どうしてかっていうと、アメリカでものを作るよりも中国で作ったほうが安いからです。中国の1人あたりのGDPは上がっていくわけです。その代わりにアメリカの一部の既存産業の雇用は失われる。国内格差が広がった。その怒りが大統領選挙に影響を与えました。
これは経済がグローバル化したことによって起こる当然の帰結ですけど、政治というのはグローバル化していません。それぞれの国の中の政治システムというのが、われわれの社会の基本単位なのです。それで国内で軋轢が起きた。グローバルな資本主義、情報の流通に対して、まったく便益を受けられずに不満をもった声が、選挙制度という民主主義の根幹の仕組みを通して反旗を翻しているわけです。
時計の針を逆戻しするような、こうしたトレンドが今後25年間でどんどん悪化していくのか、それともやっぱりマクロなトレンドとしては人もお金も国境を超えていく世界になっていくのか、今、その分水嶺に立っていると思うんですよ。
これがどうなるか、まだ誰にも分かりません。ただ、おそらくここ数年で決まるだろうと思いますすし、2020年のアメリカ大統領選挙は重要になるでしょうね。そのときまでに、アメリカでスマートニュースのユーザーを数千万人まで増やして、異なる立場との共感と対話という民主主義の基盤を立て直さなければなりません。
西村:悲観的シナリオはあまり私は考えたことがなくて、ミクロな揺り戻しがあるとしても、マクロでみれば惑星規模の文明が人類史上初めて登場しつつある、という風に思ったりするんですよね。
鈴木:基本的にシリコンバレーのテック業界の人たちって、ずっとそういう考え方でいたと思います。いわゆる「カリフォルニア・イデオロギー」の人たちだった。その人々に対して前回の大統領選は痛い教訓となったんですよ。
シリコンバレーですら、カリフォルニア・イデオロギーをそのまま信じる人たちが急激に減っているというような状況が起きています。自分たちが何もしなくてもいいのであれば放っておけばいいんでしょうけど、いま立ち上がらないと世の中が大変なことになってしまう、という危機感が強い。
西村:なるほど、そういう文脈でニュースアプリが再び注目を集めるようになっているわけですね。民主主義の危機を回避する、ということであれば、これは社会的意義がきわめて大きいわけで、自分が働く意味を自分なりに考えるシリコンバレーの人たちに響くのも分かる気がします。
鈴木:アメリカの面接で、こういう話をしますが、みんなこれは大事な問題だという認識を持っているので、すごく刺さりますね。
学生など若い人は、テック企業に行くべき
西村:今回、forStartupsという新規メディアの立ち上げでお話をうかがっているわけですが、forStartupsは「挑戦を増やす」ことがテーマです。若い人や学生さんに向けて応援メッセージやアドバイスをお願いします。
鈴木:ぼくはずっとベンチャーをやってきたし、だからぼくの後悔は、大企業で1回ぐらい働いてみたかったなというものですね(笑)
西村:えっ、むしろそこ??(笑)
鈴木:経験することで、すごく勉強になるじゃないですか。会社の中のダイナミクスとかね、そういうのを見てみたいというか。そういう意味ではちょっと後悔しています。今から大企業で働くのもヘンかなって思うんですけど、1回ぐらい働いてみるのもいいかなって。
西村:起業志望の学生さんには、どう言いますか?
鈴木:大企業へ行くのも学びだと思うし、それはいいと思いますよ。大企業かスタートアップかということよりも、最初からテクノロジー業界の会社に入るのがいいと思いますね。今はテクノロジーの力が圧倒的になっているので、大企業であってもテクノロジー系のところがいいと思います。
西村:なるほど、大事なのは会社規模より種類だと。デジタル・ネイティブな会社ですね。
スタートアップを中から体験するのが大事
鈴木:もちろんスタートアップならではの経験もあります。スタートアップのほうが若いときに全体が見えるんですよね。スタートアップでは何でも自分でやらないといけないので、自分で責任をとるしかない。
スタートアップだと、自分がやったことのインパクトが出たり出なかったりっていうのが分かりやすいんですよね。ビジネスやプロダクトの全体像の中で、手応えを感じながら経験を積むということを、若いうちにやるのは大事かなと思います。
最初の会社が大きな会社だったとしても、なるべく若いうちにスタートアップを経験したほうがいいと思います。例えば2、3年ほど大企業で働いてスタートアップに行くというのは、ぼくはすごくいいと思います。
西村:シリコンバレーの著名VCのマーク・アンドリーセンも同じことを言っていました。大企業に行くと、法務、人事、財務、購買、営業と一通りあって、会社がどう動いているのか分かる。でも10年とか長く居すぎると、今度はそれらを当たり前の存在に思ってしまって、自分で起業したときに、あまりに会社の基盤が何もなくて呆然としてしまうというようなね。
人には、会社規模と成長フェーズごとに向き不向きがある
鈴木:スマートニュースもまだ100人ぐらいなので大企業ではないですが、この規模がちょうどいいという人がいると思います。会社がどのフェーズのときに入ると活躍できるかって、その人のタイプによって違うと思うんですよね。
ファウンダーに向いてる人と、最初の10人も違います。ファウンダーじゃないんだけど、3人目がいいという人、5人目に向く人、10人目に入ると活躍する人っていうのがいます。さらに100人目くらいに向いてる人っていうのもいるんですよね。もちろん1000人目っていう人もいて、そういう人は大企業に入っちゃってるんだと思うんですけどね。
ファウンダーって1人80役ぐらいこなさないといけないわけですよ。80種類の仕事をするわけです。これが10人とかだと1人あたり8個ぐらいの仕事をする。それがちょうど楽しいっていうバランスが、人それぞれにある。さすがに100人とかになると1人が1つの仕事とか、ちょっと兼任があるかなっていう程度になります。
それでも、成長の角度が10%とか20%の会社だと、やらなきゃいけないことが増えていくスピードもそこまで速くないですが、ビジネスが垂直に立ち上がると、とにかくあらゆることがカオスになる。手が付けられていない仕事が無限に出てきます。スマートニュースでも基本的に1人につき1つのミッションでアサインしようとしているわけですけど、事業の成長スピードが速すぎて結局、一人で複数のことをやらざるを得ない。何か1つの専門性があって、それが誰より圧倒的に強いというのがあった上で、何にでも口を出していって誰も手を付けていない仕事は全部自分で引っ張ってくるみたいな人が100人目に向いていると思うんです。
成長を中から見ることが何より大事
西村:カオスだと言われると、がぜんやる気になって燃える人もいれば、逆に二の足を踏む人もいると思います。あえて背中を押す一言をお願いすると?
鈴木:会社がどうやってスケールするのかを、中で一緒に見るのが一番いいと思うんですよ。それこそスマートニュースとかに入ってもらって(笑)。 そうすると「こういう方法でこうやっていくと会社っていうのはスケールしていくんだ」というのが分かる。最初のRPGのクエストの話でいうと、どの街でどのクエストをクリアしないと次の街にいけないか、中から見ないとわからないんです。
あるタイミングでスナップショット的に1回見るだけではダメだし、外から見るのもダメです。中で一緒に体験していく。そうすると身体で身に付くものだと思うんです。それをやってから誰かと一緒に起業するというのがいいと思うんですよね。スマートニュースの中で仲間を見つけてもらってもいいし。
西村:でもスマートニュースを辞めて起業するということで、あるとき3人くらいにまとめて抜けられたりしたら困りませんか(笑)
鈴木:いや、そんなことはないです。ストックオプションを結構出しているんですけど、それをどう使うかが大事だと思っています。お金って稼ぐよりも、どう使うかのほうが大事じゃないですか。ストックオプションで得たお金を最初の資金にして自分で起業するとか、あるいはそこで磨いた審美眼を使ってエンジェル投資家になるとか、そういうことをやることでエコシステム全体が発展するわけじゃないですか。そういうのにお金を使ってほしいなって思っています。デッカい家を買ったりスポーツカーを買うのに使うんじゃなくてね。
西村:ポルシェを買うくらいは、いいんじゃないですか(笑)
鈴木:まあ、ちょっとだけにしてもらって(笑)、なるべく次のエコシステムにつながることにお金を使ってくれるといいかなって思っています。
西村:で、上場のご予定はいつなのでしたっけ?
鈴木:(笑)
スマートニュース代表取締役会長 共同CEOの鈴木健氏(右)と、ITジャーナリストで元TechCrunch Japan編集長の西村賢(左)
執筆・取材・編集:西村 賢 撮影:三浦 一喜