――ステーキ・ハンバーグに特化したファミレスとして拡大を続ける「ステーキハンバーグ&サラダバー けん」(以下、「けん」)。サラダをはじめ、カレー、ライス、スープまで食べ放題の無料サラダバーに、すかいらーくをはじめとした大手チェーンが撤退した店舗跡に“居抜き(前テナントの内装、空調・電気・厨房設備などをそのまま流用する)”で入る低コスト出店が話題となった同チェーン。最近では「ステーキガスト」(すかいらーく系)、「カウボーイ家族」(ロイヤルホスト系)らもその手法に追従し、競争が激化している。そして、この競争に火をつけた「けん」の代表といえば、エムグラントフードサービス代表の井戸実氏だ。ここ数年は露出を控えつつも、その毒舌ぶりも健在の同氏に、仁義なきファミレス業界の実情を存分に語ってもらった。
──御社の成功以降、名だたる大手がサラダバーモデルをパクってきましたが、いまだに「けん」が強い理由はなんでしょうか?
井戸 サラダバー自体は、まったく新しいものじゃなかったんですよ。「BigBoy」、「ステーキハウス フォルクス」など、導入しているステーキチェーンは前からあった。たまたまうちはそれを大きく打ち出しただけなんです。だけど、それだけやればうまくいくと思ったら大間違いでね。
──サラダバーをやったからって成功するわけじゃない、と。
井戸 キモは事業構造なんですよ。200店規模をカバーしながら、本社にいるのは僕のほか、広報、秘書など10数名だけ。管理本部は別にあるけど、本部機能は極力スリムにしているんです。だって、今は全店の売り上げをケータイからでもチェックできるシステムがあるんだから。僕らはそのメリットを受けて、商品に還元するわけです。その結果、飲食チェーンの原価率は30%といわれる中、うちは原価率40%でもやれるビジネスモデルになった。サラダバー、居抜きなどのキーワードだけを切り取ってもダメでしょ。
──出店の際には、綿密なマーケティングを行っているんですか?
井戸 いやいや。立地調査なんかしないですよ。ウチがやってる居抜きって、大手チェーンの跡地ですから。つまり、大手の方々がコストをかけてマーケティングした場所。じゃあ大丈夫でしょ(笑)。あ、でも、一応Googleのストリートビューはチェックしますよ。ストリートビューが来ていなかったら、相当の田舎ってことですから。判断基準はそれぐらいですね。
──以前は600店の店舗展開を目指すと鼻息も荒かった井戸社長ですが、今後の伸びしろは?
井戸 確かに、2011年頃の最盛期は600店舗をやれると言っていたんですよねえ。ただ、当時は競合がここまで多くなるのは想定外だったんですよ。サラダバーを別料金にしていた「BigBoy」も追随して、同価格のセットにしてきたし。280店舗を展開する大チェーンがマネをしてきて、さらにすかいらーく、ロイヤルホスト系の店舗も参入してきたら、そりゃキツいですよ。「けん」「BigBoy」「ステーキガスト」「カウボーイ家族」を合わせて600店強。それがこの市場の上限だった。つまり、そろそろゲームオーバーってことです。「けん」はピーク時の238店からだいぶ整理して、現在は197店。不採算店を閉め、既存店を強化していく流れに切り替えましたよ。
──そんなふうに競合が乱立していったとなると、ロードサイドは潰し合いも激化したのでは?
井戸 いやあ、えげつなかったですねー。たとえば、売り上げが優良な店に、やたらとできるバイトが入ってくるんですよ。こいつは使えると思って「正社員にならない?」と声をかけるんですけど、「いや、バイトでいいんです」ってはぐらかす。おかしいなと思ってたら、3日でドロン。で、これが実は大手チェーン・Sさんの社員だった、なんてことがザラにあるわけですよ(苦笑)。研修で3日間入ったら、その店の売り上げなんて見られますし、ゆるいチェーンなら全店の状況まで把握できちゃう。ライバル店を調べるなら、バイトで入ってすぐに消える忍者を送り込む。飲食業界は、やるとなったら徹底的なんですよね。もちろん、こっちもやる時はやりますけど(ニヤリ)。
──そういう話、大好物です!
井戸 ひどいもんですよー。ほかにも、Sさんがやってるチェーンのある店舗が撤退すると聞いたから、僕らがそこに居抜き出店をするという話を詰めていたことがあって。それが、どっからか情報が漏れたんでしょうね。Sさんはなんと、わざわざ内装を壊してスケルトン(入居時の何もない状態)にしたんですよ。僕らは居抜きでしか入居しませんから、結局話はお流れになりました。
──泣くのは大家さんですよね。
井戸 そうでしょう? 原状回復させるために500万円ぐらいの退店コストをかけて、トラック10台分の産業廃棄物を出してね。それで「エコを考える企業」なんてよく言えるな、と(笑)。設備を有効活用する僕らのほうが、立派なエコビジネスでしょ。「『けん』は環境にも優しい」って書いておいてくださいよ(笑)。
──逆に考えると、ファミレスの草分けを、そこまで本気にさせたわけですね。
井戸 大手の幹部の方々は頭の固い、昔ながらの人が多いですからね。新参者が目障りだったんでしょう。そうそう、以前某大手ファミレスチェーンの幹部に「うちの若手のエースです」って、自慢げに紹介されたのが僕より相当年上だったことがあって(笑)。どこも社員の高齢化が進むだけで、体質が変わっていない。
■セブン&アイの看板問題と今世紀最強のサイゼリヤ
店舗をそのままエコ活用。
──そんな中、カフェ業態を取り入れる「デニーズ」、単価を下げる「ステーキガスト」など、生き残りの施策も見られ始めています。
井戸 カフェ業態といっても、デニーズとついてたら、それはファミレスにしか思われないんじゃないかな? その前に、デニーズは看板がね……。セブン&アイグループのロゴに替えたでしょ?
──ファミレスだと思ったらコンビニだったの? と思う人が続出したという、アレですね。
井戸 そうそう。あの看板変更って、1店舗当たりで100万円くらいかかるんですよ。全国規模で考えたらすごい額(苦笑)。それができる資金力はうらやましいですけど。あと、Sさんも外資ファンドの傘下になって、会長に マクドナルドの元社長 なる謎の人物を招聘してきましたよね。アメリカから来て、日本市場で一体何ができるのか……。まあ、普段使いのファミレスは、Sさんたちにお任せしますよ。僕らは今後、ハレの日需要を狙っていこうと思ってますから。先日、試験的に3150円の国産牛ステーキを投入したら、これが予想以上に売れまして。今後はステーキ専門店として客単価を上げる方向で……って、また追随されるかな~(笑)。
──大手の幹部の皆さんが、サイゾーをチェックしますかね?
井戸 いや、わかんないですよ。前に、ブログで「けん」の売り上げ上位5店舗を挙げて、その売り上げを端数まで書いてたんですけど……その数カ月後ですよ、上位店のすぐそばに「ステーキガスト」がオープンしたのは。我ながらバカでしたねー、今考えると(笑)。だから、「けん」の次に仕掛けるフランチャイズのイタリアン「ヴォーノ・イタリア」の情報は一切非公開。マネされないようにね♪
──そのイタリアン業態には「サイゼリヤ」という巨人もいますが。
井戸 あー! サイゼリヤには2万%勝てないですね。あそこは郊外における今世紀最強の業態だと思いますよ。ワインのボトルを1000円で提供して、それで利益を出すなんて信じられないですもん。290円の低価格メニューを出しても、原価率は30%ちょっとですよ? キッチンの調理に包丁いらずという衝撃的なオペレーションを構築し、1000店舗展開が視野に入るのも当然。創業者の正垣泰彦さんが言う「おいしいから売れるのではない、売れているのがおいしい料理だ」とは、まさにその通りだと思います。
──その心は?
井戸 カレーの「CoCo壱番屋」を見ればよくわかるんですけど、ココイチのカレーって、まずくはないけど、際立って美味しいわけじゃないでしょう。だけど、気づいたら入ってる。そんな店が”売れる店”なんですよ。味が絶品で行列する店も素晴らしいけど、それで多店舗化は無理。ラーメンの「幸楽苑」ら同様、全国に400~500店を出すならなにげなく行けるお店じゃなきゃ。
──では、次の打ち手は?
井戸 仕掛けよりも、今は続く店作りですかね。僕らの創業は「いわたき」という6店舗のステーキ店。もともと1984年オープンで、少々ボロくなっても愛されて繁盛しているんです。この店のように、現在の「けん」約200店が30年たってもそのままであればいいなと思ってます。何世代にもわたって、お客様に愛されていくお店が、今後の理想ですねえ(遠い目)。
(構成/佐々木正孝)
井戸 実(いど・みのる)
1978年、神奈川県生まれ。「築地すし好」にて寿司調理人として従事した後、「牛角」のレインズインターナショナルにて立地開発業務を経験。06年には「ステーキハンバーグ&サラダバー けん」「ふらんす亭」などを擁する株式会社エムグラントフードサービスを創業し、代表取締役社長を務めている。その歯に衣着せぬ物言いにも注目が集まり、飲食業界における“本物の”若手エースのひとりとして活躍中。
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