いま、UKジャズがおもしろい! 野田努×小川充が語る、南ロンドンの熱気(後編)
ジョー・アーモン・ジョーンズ『Starting Today』、ユナイティング・オブ・オポジッツ『Ancient Lights』
いま、UKジャズがおもしろい――最近、音楽ファンたちがそんな話をしているのをよく耳にするようになった。そんな状況のなか、奇しくも同日にリリースされたのが、ジョー・アーモン・ジョーンズの『Starting Today』と、ティム・デラックスことティム・リッケンのバンドであるユナイティング・オブ・オポジッツの『Ancient Lights』という二作だ。
この二つのアルバムを取っ掛かりに、南ロンドンを中心としたUKジャズ・シーンのおもしろさについて、ele-king編集長・野田努と「JAZZ MEETS EUROPE ヨーロピアン・ジャズ ディスクガイド」などの著書で知られる小川充という二人の識者に話を訊いた。5月30日には野田と小川が編集した〈UKジャズの逆襲〉を特集に掲げた「別冊ele-king」も刊行。まさに、ベストなタイミングでの対談となった(記事の末尾には〈New British Jazz Invasion〉プレイリスト付き!)。
JOE ARMON-JONES Starting Today BROWNSWOOD RECORDINGS/Beat Records(2018)
ポーラー・ベア~メルト・ユアセルフ・ダウンから見るUKジャズ・シーン
――シャバカ・ハッチングスのサンズ・オブ・ケメットに限らず、レゲエ/ダブやサウンドシステムというのは、UKジャズにおいて必ずキーワードとして挙げられますね。他のジャンルとの関係についてはいかがですか?
小川充「サンズ・オブ・ケメットやメルト・ユアセルフ・ダウンを聴いたときに最初に連想したのは、日本のSOIL &“PIMP”SESSIONSだったりしました。彼らは〈パンク・ジャズ〉とか言われるじゃないですか。王道のジャズとは違う、〈ストリート・ミュージックとしてのジャズ〉というのが共通点としてあるなと思ったんですよね。あと、ポップ・グループとかピッグバッグとか、ポスト・パンク的な要素はすごく強いと思います。特にメルト・ユアセルフ・ダウンは、ニューウェイヴやパンクの要素が強いですし。
メルト・ユアセルフ・ダウンのメンバーでもあるトム・スキナーが去年出したアルバム(ハロー・スキニー『Watermelon Sun』)は、アーサー・ラッセルと一緒にやっていたピーター・ズムモっていうトロンボーン奏者が参加していて、アーサー・ラッセル的な曲もやっていたりするんですよね」
野田努「トム・スキナーも、すごい才人ですよね」
小川「シャバカとトム・スキナーが、シーンの人たちを結びつけるような触媒的な存在だと思います。トム・スキナーと一緒にジェイド・フォックスというユニットをやっていて、インヴィジブルのメンバーでもあるトム・ハーバートは、ポーラー・ベアのメンバーですよね」
野田「ポーラー・ベアは、UKジャズがいまのように脚光を浴びていなかった頃から先陣を切ってそういう音楽をやっていたっていうことで評価されていますよね」
小川「いわゆるエクスペリメンタル・ジャズとかポスト・ロックとかも抱合したようなバンドですよね。サンズ・オブ・ケメットのセバスチャン・ロッチフォード(ドラムス)がポーラー・ベアのリーダーで、そのメンバーたちからメルト・ユアセルフ・ダウンへと繋がっていくわけです」
――なるほど。野田さんは以前からele-kingでメルト・ユアセルフ・ダウンを評価していましたよね。
野田「そうですね。最初は、ブレイディみかこさんが良いって言うから聴いたんですよ」
小川「彼らはジャズの王道的な文脈とは違うところで評価されていますね」
野田「全然違いますね。パンクだし(笑)。でも、メルト・ユアセルフ・ダウンはあまりにも極端だったから、そこから〈UKジャズ〉というところにまでは、なかなか広がらなかったけど、サンズ・オブ・ケメットのセカンド・アルバム(『Lest We Forget What We Came Here To Do』、2015年)やシャバカのアンセスターズは大きかったんじゃないですかね。日本では、当時はほとんど小川さんぐらいしか評価してなかったですけど(笑)」
小川「シャバカがどうしてメルト・ユアセルフ・ダウンのようなバンドに参加しているのか、すごく興味深いですよね。ちなみに、ポーラー・ベアが活動し始めたのは、2000年代前半からです。あと、ユセフ・カマールのメンバーだったユセフ・デイズ(ドラムス)が参加しているユナイテッド・ヴァイブレーションズも、2010年くらいから活動している。そういった動きが、ここ数年で急に、いまの南ロンドン・ジャズ・シーンとリンクされてクローズアップされています」
サン・ラーのスピリチュアル・ジャズとUKジャズ
野田「メルト・ユアセルフ・ダウンがひとつ、極端な例として最初に注目を浴びたプロジェクトだとして、もうひとつそれと並べで挙げるとしたら、カマール・ウィリアムスとユセフ・デイズのユセフ・カマールですよね。カマール・ウィリアムスにインタヴューしたんですけど、彼は現代っ子だから、ヒップホップを聴いて育って、そこから音楽の道に入ったと言っていました。
ヒップホップの後に何を聴いたかというと、ロニー・リストン・スミスとかロイ・エアーズとか、70年代のジャズ・ファンクやフュージョンなんです。一世代上のディーゴも同じなんですけど、彼らがそこで参照するのが70年代のあのサウンドっていうのも、UKジャズのサウンドを特徴付けていると思いますね。だから、ジョー・アーモン・ジョーンズもすごくそれっぽいでしょう」
――彼はチック・コリアが好きだと言っていましたね。
小川「ジョー・アーモン・ジョーンズがアルバムで使っている楽器がウーリッツァーなんです。70年代を代表する鍵盤楽器なんですけど、70年代のジャズ・ファンクやフュージョンから影響を受けているのは、楽器のセレクトひとつ取っても見えてきます」
――参照点というところでは、いわゆるスピリチュアル・ジャズからの影響を感じるミュージシャンやバンドがUKには多いように思うのですが。
野田「スピリチュアルがあるのは、一部じゃないですか? エズラ・コレクティヴにはそれっぽさがありますが、昔のUSのスピリチュアル・ジャズの人たちのようにスピってるようには見えないですよね」
小川「アフロ・スピリチュアルというかアフロ・フューチャリズムというか、アフリカ音楽と結び付いているところが影響しているんじゃないでしょうか。エズラ・コレクティヴ以外にもワイルドフラワーやココロコ、マイシャなど、アフリカ系の音楽をやっているバンドからそれを感じますよね」
野田「サン・ラー・アーケストラにはシャバカも参加していますし、エズラ・コレクティヴがサン・ラーのカヴァーをやっていますけど、サン・ラーをこれだけ評価している国ってUKしかないんじゃないかって思いますね」
小川「いわゆるアシッド・ジャズとかクラブ・ジャズとかの時代もサン・ラーって別格的な存在で、DJにも非常に人気がありました。エズラ・コレクティヴがカヴァーしたのは“Space Is The Place”(73年)っていう、一種のバイブル的な曲なんですけど、それも象徴的な感じがしますよね」
――サン・ラーは、どういったところが重要なんでしょうか?
野田「やっぱり、それはアフロ・フューチャリズム的なところなんじゃないですかね。彼はシンセサイザーとかも積極的に使っていましたし、いろいろなものをごちゃ混ぜにしたような、あの感覚がUKの音楽に合うのかなって思いますね」
小川「ジャズ・ミュージシャンのなかでも、ある意味〈パンク〉な存在ですよね。だから、やっぱり精神性が支持を得ているんじゃないですか。それは、さっき出たポスト・パンクの話題とも通じている気はします。サンズ・オブ・ケメットのニュー・アルバムは、非常にクラッシュのようだなって僕は思うんですよ」
野田「小川さん、『Sandinista!』(80年)みたいって言っていませんでしたっけ(笑)? あれだけたくさん、ゴチャゴチャといろいろなものを入れていて」
小川「ええ。だから、これはアメリカじゃなくて、やっぱりUKの音楽なんだなと思いましたね」
野田「そうなんですよね。でも、彼は、あえてインパルス!だから、〈UK〉っていうのをすごく意識して、ああいうことをやったんじゃないかという気もしますよね。コンゴ・ナッティが参加しているのには本当に驚きました。インパルス!のレコードであんなラスタを叫ぶMCが入るなんてこと、なかなか考えられないし」
トム・ミッシュやキング・クルールとジャズ・シーン
野田「まあ、〈南ロンドンも来年には家賃も高騰して、住めなくなっちゃう〉ってカマール・ウィリアムスが言っていましたよ。だから、ひょっとしたらロンドンの最後のあがきかもしれない。彼らも闘っているんじゃないですか、そこで。もともとペッカム周辺はマルチ・カルチュラルというか、移民の街でしたが」
――家賃が高騰するのは、ジェントリフィケーションのせいですか?
野田「いや、ハイプになってしまったということですよね。イギリスって、西ロンドンのシーンのように、そういうものを自分たちで作るのがうまいじゃないですか。〈クール・ブリタニア〉じゃないけど、国ぐるみでやるくらいの感じでね。でも、それは、ある時期で収束していくものなんです」
小川「西ロンドンもそうなんですけど、南ロンドンにもレコード・ショップやスタジオ、ラジオ局、あとクラブですよね――そういったものが密集していて、そこに人が集まってきて、音楽が生まれているという側面がありますよね。アメリカとは違って、いろいろな人たちがゴチャゴチャと密集している感じがあります」
――なるほど。では、すでに話題に上がりましたが、ロンドンのジャズ・シーンとトム・ミッシュなど、ポップ寄りのミュージシャンとの関係はどうですか?
小川「トム・ミッシュは、アルファ・ミストというピアニスト兼プロデューサーとか、カイディ・アキニビというサックス奏者とか、ジャズ・ミュージシャンと一緒にやっていますね。直接的な交流というよりも、自分たちの作品にジャズ・ミュージシャンを参加させるとか、そういった感じですね」
野田「あのあたりから、けっこうミュージシャンが出てきましたよね。プーマ・ブルーとか、ジェイミー・アイザックとか。あのあたりから、アシッド・ジャズ時代における、ジャミロクワイやブラン・ニュー・ヘヴィーズのようなスターが出てきますよ、きっと」
小川「ジョー・アーモン・ジョーンズのアルバムに参加している、ギタリストのオスカー・ジェロームという人がいるのですが、彼はトム・ミッシュに近い立ち位置のシンガー・ソングライター/ギタリストなんです。いまの南ロンドンでも彼が注目の一人だと僕は思っていますね。
あと、ジョー・アーモン・ジョーンズの“Ragify”っていう曲があるんですけど、これはキング・クルールと一緒に仕事をしているラギファイっていうプロデューサーがいて、彼からインスパイアされて作っているみたいですね。そして、キング・クルールのアルバム『The Ooz』は、ディーマスがミックスを手掛けているんです」
UKジャズは、まだまだこれから
野田「でも、UKジャズは、まだまだこれからじゃないですかね。別冊ele-kingのUKジャズ特集では、80枚の作品を選んでいるんですよ。それでも、たぶん、これからもっと作品が出てくる機運はありますよね」
小川「そうですね。今年は、カマール・ウィリアムスのアルバム(『The Return』)が出ますよね。あと、テンダーロニアスっていう人がやっている22aっていうレーベルがあるんですけど、そこからまたいくつか作品が出ますよね」
野田「テンダーロニアスのフル・アルバム(『The Shakedown』)も出ますよね。あと、コメット・イズ・カミングも出るんですよね。カイディ・テイタムのアルバムも出ますし、ディーゴも自分のアルバムを出すと言っていました」
小川「モーゼス・ボイドにもアルバムを出して欲しいですよね」
野田「出して欲しいですね」
小川「いま、いちばん出して欲しいミュージシャンですね。モーゼス・ボイドもいろいろなタイプの音楽をやっているんですけど、エクソダスというプロジェクトの楽曲はわりとエレクトロニック・ミュージック寄りなんです。
一方で、ピーター・エドワーズ・トリオという、ザラ・マクファーレンのバックもやっているバンドがあるんですけど、そこではオーソドックスなジャズ・ドラミングをやっています。あと、彼は20代前半くらいで、とにかく若い」
野田「いまのUKジャズって、かなりもう役者が揃っているじゃないですか。それは強いなと思います。狭い街の中でこれほどの人間関係というか、ある種のコミュニティーが形成されている。それは、すごく曖昧で茫洋とした感じかもしれないんですけど」
小川「層が厚いですよね。ミュージシャンの数というか」
野田「そうなんですよ。しかも、個性が際立っているじゃないですか。シャバカは、ダブステップで言ったらマーラやブリアルみたいな人なんですよ。ある意味、シーンの精神的支柱なんです。カマール・ウィリアムスにシャバカについて質問したら、〈レジェンドだ〉って言っていましたからね。『Black Focus』のときに参加してくれて、本当にうれしかった、光栄だったと」
――34歳にして、すでにレジェンドなんですね。
野田「そうなんですよね。シャバカ以外にも、ヌビア・ガルシアのような女性のサックス奏者がいて、一方で、〈街のあんちゃん〉みたいなカマール・ウィリアムスがいて、モーゼス・ボイドみたいな天才肌のドラマーがいる。ヌビアのバンドのネリヤなんて、ドミノと契約しました。これはもう、間違いなく話題になるでしょうね。本当に、いまのUKジャズの高まりを感じます」