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"薔薇のように 英国パブリックスクール物語⑧ 番外編集。", is tagged with「腐向け」「オリジナル」and others.

※番外編4本。②~④はむかしプライベッターに投稿したものです。①……で、Yの罰は...

美雨

薔薇のように 英国パブリックスクール物語⑧ 番外編集。

美雨

3/24/2018 18:45
※番外編4本。②~④はむかしプライベッターに投稿したものです。

①……で、Yの罰はどうなった?→算数は大の苦手なのにやらかしてます。
②政治と野球と宗教の話しはやめよう……だよね?→薄い目で読んでください。
③監督生とお風呂騒動→ギャグ。
④母国語ではインパクトが大きいんです(笑)→これもギャグ。

(あらすじ)創立500年を超える歴史と、誉れある伝統で英国中にその名をはせる、名門パブリックスクール、ウィンザー・カレッジ。ライディングス寮の監督生に選ばれたイギリス王室支流の王子、エドワードは、日本からの留学生、有栖川幸と同室になり、その生活をサポートするよう命じられる。自由奔放で予期しない行動に出る幸に振り回され、辟易するエディ。しかし、幸を知れば知るほど、その思いはべつの感情に変わりつつあった。

……で、Yの罰はどうなった?


「うぅ~ん……」
ぼくが談話室のドアを開けると、手前にあるテーブルへ教科書を広げていたチャーリーが、癖のある前髪を引っぱってうなっていた。
「どうしたの?チャーリー」
とうとう髪をぐちゃぐちゃにひっかき回し始めたチャーリーへ近寄って尋ねると、チャーリーはパッとぼくを見上げ、そばかすだらけの頬をピンク色に染めた。
「あ、ユキさん。お行儀が悪くてごめんなさい……」
母親に悪戯が見つかった幼児のように、ピクリと肩をすくめたチャーリーがとても可愛らしくて、ぼくはくすくす笑いながらチャーリーのくせ毛を撫でた。
「だいじょうぶだよ、それより困りごと?」
「はい。今日出た課題が出来なくて困ってたんです」
「課題?」
首を傾げながらチャーリーの手元を覗き込むと、机の上には、算数の教科書が開かれてあり、となりには、何にも書かれていない真っ白なノートが置かれてあった。
ぼくは合点がいき、椅子を引っぱってきて、チャーリーのとなりへ座った。
「算数の宿題?どの問題が解けないの?」
「え、もしかしてユキさん、教えてくださるんですか!?」
つぶらなブラウンの瞳をぱっと輝かせ、ついでに頬も染めてぼくを見上げたチャーリーは、抱きしめてネコっ可愛がりしたくなるほど愛らしかった。
あはっ、超かわいい~!最初はファッグ生なんて困るって思ったけど、チャーリーって基本的にお行儀がよくて素直な子だから、情が移っちゃうよ~。
ぼくは机へ頬杖をつき、はにかむチャーリーの頭をなでなでしながら、名案を思いついた。
そうだ!いまのうちにぼく好みの青年になるよう指導するってのはどうかな!?そしたら卒業した後も「先輩」なんて呼んでくれるかも!立派な青年になったチャーリーから「先輩!いまのぼくがあるのは先輩のおかげです!尊敬する人は生涯ユキ先輩です!」なーんて言われたりしたら悶え死んじゃうよっ。
ぼくは、紫の上を理想の女性に育てた光源氏の気分になって、チャーリーへにっこり笑った。
「もちろん!ぼくはチャーリーの上級生(ファッグマスター)だからね!」
「ユキさん……」
うっすらそばかすの浮いた頬をさらに染めて、チャーリーはとってもうれしいです、と後ろ頭を掻いた。
しめしめ、うふふ、いい感じだぞ。
「で、どの問題が解らないの?」
「どのというか……ええっと、ぜんぶなんですけど、これ……」
もじもじしながらチャーリーが指さした問題は、分数の引き算だった。しかも異分母の分数の引き算で、ぼくはああと声をあげた。
これって小学5年生くらいで習ったかも。イギリスも日本もやってることはあんまり変わらないのかな?
「……んとね、まず、分数の計算では、ふたつのポイントを押えればいいんだよ。通分と約分かな。習ったでしょう?」
「はあ……」
いまいち判ってないような顔をしてチャーリーが首を傾げたので、ぼくは、教科書の横に投げ出されていたシャーペンを手に取った。問1の問題は、7/4−8/6だ。ぼくは、頬に流れ落ちてきた髪を耳へかけながらノートへ数式を書き、チャーリーを見上げた。
「このままじゃ分母がちがっているから計算ができないんだ。だからまず分母を合わせることから始めるんだよ―――チャーリー?」
チャーリーはぽおっと頬を染めて、ノートではなくぼくを見つめていて、ぼくは心配になってチャーリーの額へ手のひらをあてた。
「頬が赤いよ?お熱があるのかな?」
「いや、ちがっ、いえ、だいじょうぶですっ」
なんてチャーリーは答えたけど、細い首までもが真っ赤になっている。いぶかしみながら、チャーリーの額へ当てていた手を頬へ移動させると、チャーリーはますます顔を赤くしてきつく目をつむった。
「のぼせたのかな?医務室行かなくていい?」
「あああのっ、だいじょうぶです!ええと、ユキさんの髪がとてもきれいで、それで……」
「え?」
意味が解らなくてチャーリーをまじまじと見ると、チャーリーはブラウンの瞳をさまよわせてうつむいた。
「ユキさんの髪は、まっ黒で、絹糸のように細くて、しかも清水のようにさらさら流れてとてもきれいです。その黒髪を掻き上げなさる仕草がとても優美だなって、見惚れていました……」
チャーリーの大人びいた言葉に、今度はぼくのほうがカーッと赤面してしまった。
も、もー、イギリス人って口うますぎ!11才にして、相手を賛美する言葉がスラスラいえるなんてどういうことなの~!?
「ありがと、チャーリー。チャーリーの髪もとってもかわいいよ」
手を伸ばしてくるくる巻いたブラウンの髪を撫でると、チャーリーはくすぐったそうに首をすくめながら、上目でぼくを見て、恥ずかしそうな笑顔を浮かべた。
あうっ、なんだろこのあまい雰囲気!ぼく、いけない扉を開いちゃってるの!?英国の少年がこんなに可愛いなんて反則だよぉ~。
……って、いかんいかん、賢者になれぼく。いまは算数を教えなくちゃ。
「えっと、続きを進めるよ。いいかな?」
ぼくはチャーリーがうなずくのを見て取って、7/4−8/6と書いていた後に、さらに=を書き、横線を記した。
「だからね、まず分母の数を合わせるんだよ。これが通分。この問題の分母は、4と6だから、これらを同じ数字にすればいいよ。でもだからって24にしたらダメだよ。4の段と6の段でいちばん最初に重なり合う倍数にしないといけないんだ。さんし12と、ろくに12で、12かな」
「ちょっと待ってください、ユキさんっ」
横線の下に12と書くと、チャーリーは焦ったようにぼくの腕を押えた。
「どうして12になるのか分らないですっ」
ぼくを見上げたチャーリーは、今にも泣きそうで、ぼくは慌ててチャーリーの肩を抱いた。
「あ、ごめんね!日本語で言っちゃったよ、イギリスの九九ってどういうの?」
「くく?」
九九だけ日本語で言ったので、当然チャーリーは意味が解らず、くせ毛を揺らして瞬いた。
「ん……とね、掛け算のやつ覚えなかった?1×3=3とか、そういうのだけど」
「One times three equal three?Times Tablesのことですか?」
タイムズ・ティブルズ?……倍数表って意味かな?英国って段じゃなくって倍数っていうのかぁ。
やっぱり、国が変われば九九の覚え方ひとつにしても変わってくるんだなぁ。
「うん、それだよ。Times Tablesっていうんだね。それで覚えたでしょう?ええと、three times four equal twelve?ちょっとなにこれ長いよ。さんしじゅうにみたいにいかないのかなぁ?」
「あの、Times Tablesって覚えなくちゃいけないんですか……?」
あまりのゴロの悪さに文句を言っていると、チャーリーがつぶらな瞳をさらに丸くさせ、信じられないことを聞いてきた。
ぼくはびっくりして、思わずチャーリーを凝視してしまった。
「え!?覚えなきゃいけないよ?ってか、みんな覚えるよね、ふつう」
チャーリーは、困惑気な顔で首を傾けた。
「プライマリースクールの先生は、丸暗記なんて詰め込み式の勉学はいけないから、覚えなくていいって言ってました。計算するときは電卓でしてもよいと……」
言いながら、チャーリーが教科書の下から取り出したのは、なんと電卓だった。ぼくは今度こそ仰天してしまって、とっさにチャーリーの手から電卓を奪い去っていた。
「ユキさん!?」
「電卓なんてだめだよっ!ちゃんと九九覚えて、暗算できるようにならないと将来困るでしょ!?」
ぼくの大声に、まわりで教科書を開いていた下級生(ジュニア)たちが何事かとぼくたちのほうを注目した。それでもぼくは構わず、手に持っていた電卓を遠ざけ、チャーリーへ向き直った。
「あのね、チャーリー。基礎計算をちゃんと習得しないと、大学レベルの問題は解けないよ?」
諭すように言うと、チャーリーは心底困ったような顔をした。
そういえば、数学の授業中にエディが電卓を渡してきたことがあったっけ。もしかして、英国って基礎計算はぜんぶ電卓なのっ?4×3みたいな、九九さえ覚えていればすぐにできそうな計算ですらも電卓でしてるのかな!?
「でもユキさん、基礎計算は電卓の使用が許されていますので」
「だめ!」
ぼくは思わず、立ち上がって怒鳴っていた。
「そんなんじゃ将来ぜったい困る!お買い物へ行ったときにお金さえ払えなくなるよ!いつでも電卓を持ち歩くわけにもいかないでしょう?不便だよっ」
「あ、でもお買い物はカードですから……」
消え入りそうな声でのたまったチャーリーの言葉に、ぼくは衝撃を受けて固まってしまった。
お買い物はカード……お買い物はカード……ふっ、ふふっ、悪かったね!財布に小銭をじゃらじゃらさせてる一般人で!英国の富裕層なんかくたばりやがれええええっ。
「それでもだめだよ。カードがきかないところもあるかもしれないじゃない」
なんて言ってみたけど、そもそも富裕層は、カードがきかない店じゃ買い物しないんだろな、はぁ~あ。
脱力しそうな勢いで腰かけると、チャーリーはおっとりと首を傾げた。
「はあ……そういえば売店(タッグショップ)は、カードは使えませんね」
ぼくは深いため息をついた。
「とにかく、タイムズ・ティブルズをちゃんと覚えないとだめ。これ宿題だよ。覚えるまで暗唱させるからね」
「えぇ~……」
チャーリーは大事になったとばかりに首をすくめて、不服そうに下唇を突き出した。
あのね、日本じゃ小学2年生がやってることだよ?
「チャーリー。勉学の道はね、一朝一夕じゃ成り立たないんだよ。どんなに難しい問題でも、基礎計算がしっかりしていないと間違ってしまう。それは骨組みがしっかりしてない建築物と同じだよ。基礎工事を手抜きすれば、どんな豪邸でも崩れてしまうよ」
噛んで含むように諭すと、チャーリーはくるんと巻いたまつ毛をふせて、渋々というようにうなずいた。
「はい。わかりました、ユキさん。タイムズ・ティブルズを覚えます」
ふむ。素直でよろしい。
「うん。チャーリーはおりこうだね。タイムズ・ティブルズを覚える話は横に置いておいて、問題を進めるよ。分母を同じ12にそろえるでしょ?すると、分子にもおなじ数をかけてあげないといけないんだよ。この場合、4に3をかけて12にしたから、分子の7にも3をかけて21にするんだ」
しょうがないので、再び電卓を取り出して計算し、示してあげると、チャーリーはやっと理解し始めたようで、自分で計算をしだした。
「……ということは、8/6のほうは、6に2をかけて12にしたから、8に2をかけるんですね」
8×2をちまちまと電卓に打って、チャーリーは、分子は16です、と晴れやかな顔で笑った。
「うん、そうだね……」
やっぱりこれっていけないよぉ。このままじゃチャーリーは簡単な暗算もできない子になっちゃう!早めに九九を覚えさせないと……。
「で、分母がそろったから、21/12−16/12になったね。これでやっと引けるよ。分母は同じ倍数にしたから計算する必要はなくてそのまま12なんだ」
ぼくは横線の部分に12と書いた。
「引くのは分子だけだね。21−18はなにかな?」
「はい、ちょっと待ってください、ユキさん」
チャーリーが言ってつぎにした行動は、なんと自分の両手を広げて数えだすというものだった。
「ちょ、ちょっと待って!チャーリー!」
とっさのことに、裏返った声になってチャーリーを止めると、チャーリーは首を傾げてぼくを見上げた。
「はい、何でしょう、ユキさん」
ぼくを見上げてきた顔が本当に不思議そうで、ぼくは頭を抱えたくなった。
「数えるの?指をぜんぶ?」
「あ、いえ、そうじゃなくて、20から21までは1です」
そう言いながら、チャーリーは右手の人差し指を立てた。
「つぎに、18から20までは2です。だから合わせて3です!ユキさん、できました!答えは3/12です!」
チャーリーは、ドヤ顔でノートに数字を書いたけど、ぼくはポカーンとなってしまった。
な、なにいまのやり方?引き算なのに足してる……?
「Method of counting upですけど、ご存じないんですか?プライマリースクールで習いますけど」
ぼくがあんまりぽかんとしているので、チャーリーは不思議に思ったのか、ブラウンの目をくりくりさせてぼくを見た。
メッソド・オブ・カウンティング・アップ?……って、カウントアップ計算法ってこと?ははあ、なるほど、解ったぞ。問題の数字の最寄りの位で区切って、順々に足していくやり方ってことだ!
……すごい。引き算ひとつにしても英国と日本とじゃ、ずいぶんやり方がちがう。計算方法ってみんな同じだと思ってた……。
「正解だけど、これだと効率悪くない?頭の中でこんな計算できないよ。たとえば784-35みたいに3桁と2桁の引き算になったらどうするの?」
「はい。まずは電卓を……」
「電卓に頼っちゃダメ!」
チャーリーが持っていた電卓を取り上げて机に置くと、チャーリーは困ったように眉毛を下げた。
「ええと……35から40までは5で、40から100までは60で、100から700までは600だから……」
「749だよね?」
チャーリーが指折り数えて、わざわざノートに数字を書いていくのに耐え切れず答えを言ってしまうと、チャーリーは一瞬大きく目を見開き、つぎに電卓を早打ちして、またしても驚愕したような顔でぼくを見上げた。
「ユキさんすごい!天才ですか!?」
ぼくは本格的に頭を抱えたくなった。
「ちがうよ。計算のやり方の違い……かなぁ?ぼくは無意識にそろばんはじいてるとこあるけど……繰り下がりって知らない?」
チャーリーはブラウンの瞳を丸くして、ちょいっと首を傾げた。
うう、可愛い。可愛いから余計に困るよ、ほっとけないっ。
「日本式の計算方法なのかなぁ?あのね、一の位、十の位、百の位って知ってる?」
784とノートに書いてそれぞれの位を指さすと、チャーリーはパッと顔を輝かせて頷いた。
「はい!unit's、ten's、hundred'sです!」
ユニッツが一の位、テンズが十の位、ハンドルドが百の位か。よしよし、わかってるな。
「うん、そうそう!」
ぼくはうなずきながら784の下に35と書き、続いて横に-を書いた。一般的に日本で習う縦計算だ。イギリス人には慣れないかもなぁと思いながら書いたけど、チャーリーは興味を惹かれたみたいで、ぼくの手元をじっと見ている。
「まず、unit'sから計算していくよ。でも、4から5は数が足りなくて引けないよね?そういう時はten'sから1借りてくるんだ。そうすると、8は7になる。そうして借りてきた1はunit'sに下りると10になる。10から5を引くと残りは5。それにもとからある4を足して9」
ぼくは一の位に9と書いた。
「つぎにten'sは、1借りたから7だね。7-3は4だから、ten'sは4。hundred'sは引く数がないからそのまま7。よって答えは749。引けないときは隣りの位からもらってくる。これが基本だよ。ぼくが教えた方法と、チャーリーが習った方法と、どっちがいいかはチャーリーが選ぶといいよ」
そしてぼくは、数式のとなりに、10-7と書いた。わかりやすいように、まるを10個、7個とそれぞれ書く。
「計算するときは数字を5で区切って考えてみて?そうすると、10は5と5で、7は5と2だね。そうしたら、5と5はどちらにもあるからオッケーだよね?」
ぼくはどちらのまるも、5個分だけシャーペンで塗りつぶした。
「あとの5と2を比べたら10のほうが3多いよね?だから答えは3。今度は足し算をしてみよう。もし8+7という問題があったら?」
「えっと、8は5と3で、7は5と2です。だから5と5でten'sに上がって1。そして残りの3と2を足して、unit'sは5。答えは15です!」
チャーリーは自らチャーペンを取って、ぼくが教えたとおりに計算をし始め、答えを導き出すと、ワオ!と叫んで、きらっきらの目でぼくを見上げた。
「すごいです!ぼく、このやり方のほうが好きかも!」
ああ……よかった~。やっとチャーリーの晴れやかな顔が見れたよ~。理解を促すって難しいんだなぁ。
「そっか。チャーリーにあった方法が一番だと思うから、今度からこの方法でしてみて?」
嬉しくなってチャーリーの頭をなでると、チャーリーは勢いよくうなずき、ぼくが教えた方法で先ほどの分子の計算を始めた。
「えっと、21−18だったらunit'sは引けないからten'sから1借りて10になって、5と5と、5と3でunit'sは2、ten'sは1借りたから1−1で0、ユキさん、答えは3です!」
「そう!そうだよ、正解!!チャーリーすごい!天才っっ、頭いい!なんていい子!」
ぼくは大喜びしてチャーリーをガバリとハグした。
あああ、わが子が勉強できたときってこんな感じの気持ちになるのかなっ?なんかこう、胸から何とも言えない喜びが湧いてくるようだよ!うちの子、できるっ!みたいな。
「あの……ユキさん」
喜びに浸って、ぎゅうぎゅうにチャーリーを抱きしめていると、背後から控えめな声がかけられた。振り向くと、数学の教科書とノートを抱えたラリーとケイト、そしてたくさんの下級生(ジュニア)たちがぼくたちの後ろに集まり、チャーリーのノートを覗き込んでいた。
「あ、あの!ぼくも算数教えてください!」
「いまの計算方法をもう一度、もう一度やってくださいっ!」
「ぼくも異分母の計算が解らなくて」
「ぼくは四桁の計算!」
気が付くと、談話室中の下級生(ジュニア)がぼくたちを取り囲んでいて、ぼくはひええと肩をすくめた。
「……い、いいけど、あの、ぼくのやり方でいいのかな?」
下級生(ジュニア)たちが大真面目に頷くと、チャーリーがNo!と叫んでぼくの腕を引っ張った。
「いやだ!ユキさんはぼくの上級生(ファッグマスター)なのに、ほかの子のところにいっちゃやだよ!」
そばかすの浮いた頬を赤くして、ブラウンの瞳をうるうるさせながら、チャーリーは上目で縋りつくようにぼくを見、ぼくはチャーリーのおでこを見下ろし、そっと片手で口を覆った。
ちょ……なにこれ、やばい。可愛すぎて鼻血でそう……。
「ダメだよ、チャーリー。わがまま言っちゃ」
胸に湧きあがってきた熱いものに身を震わせながらチャーリーをたしなめると、チャーリーはくしゃりと頬をゆがめて唇を噛んだ。
「やだやだ!ユキさんはぼくのだもん!」
ユキさんはぼくのだもん、ユキさんはぼくのだもん、ユキさんはぼくの……なんてエコーに浸っている場合じゃないよ。ここって極楽なの?ぼく、いま11才英国美少年にヤキモチ焼かれちゃったんだよね?だよね!?
「ズルいぞ、チャーリー!ユキさんが優しいからってひとり占めするなよ!」
そのとき、くるくる金髪が巻いた、天使みたいな子がチャーリーを引っぱり、チャーリーは必死にぼくの腰へしがみついた。
「やだ!ぼくはユキさんのファッグ生だもん!特別だもん!」
そうか、いま理解したよ。これが俗に言う萌え萌えキュンってやつなんだね?この胸をぎゅーっと締め付けるような想い、そして熱い鼓動。これぞ萌え!そしてキュン!たまらんっ、ほんっとたまらん……超たまらんっ、もっとやれください!英国美少年の嫉妬ヒャッハ――ッ!
「ユキ、いるか?」
極楽に昇天してキュンキュンしていたとき、談話室のドアが無造作に開いてエディが顔をのぞかせた。
ぼくを認めた拍子に、エディの金色をした前髪が揺れて端正な鼻梁へかかり、そのあまりの男らしいイケメン面に、ぼくの高揚した気分はいっきに下降した。
「……どうしたの?」
「用があるんだが、時間が取れるか?」
エディが投げかけた言葉に、下級生(ジュニア)たちは一様に残念そうな顔をした。きっとぼくがエディの用とやらを優先するって思ってるんだ。ううん、そんなことないよ、きみたち天使ちゃんをないがしろにするわけないじゃないか。
「ごめん、いまからみんなに算数を教えてあげなくちゃいけないから、あとにして」
そう来るとは思わなかったのか、エディは凛々しい眉をくっと寄せた。
「急を要するんだが、だめなのか?」
急を要するって、そんなに大事な件があったっけ?
ぼくは首を傾げながらも、天使ちゃんたちを優先した。
「わかったよ。みんなにちょっとだけ教えたらすぐに部屋へ帰るから待ってて」
エディはむっとしたような顔でわかったと答え、ドアを閉めたけど、ぼくは気にせず天使ちゃんたちへ向き直った。
「分らないところがあったら順番に教えるからね~」
みんなを見渡して言うと、下級生(ジュニア)たちはパッと顔を輝かせた。
「ほんとですか、ユキさん!」
「もちろんだよ!」
「ユキさん……」
唇を突き出して、ぼくの制服の後裾をつかんだチャーリーを、ぼくは撫でた。
「だれの面倒を見ても、ぼくのファッグ生はチャーリーだけだから。ね?」
くせの強いブラウンの髪を辛抱強く撫でながら言うと、チャーリーは頬を染めて頷いた。
「はい、ユキさん」
ぐはっ……やっぱ可愛いっ……もう可愛いなら何でもいいっ、全力で面倒みちゃう!んふふっ、やっぱり今のうちにぼく好みに教育して、上品で可愛らしい男の子しちゃおうっと!上級生(シニア)たちみたいに、ひげ面の男臭いオッサンじゃなくて、石鹸の匂いがしてそうな英国美青年に育てる!
「さっそくだけど、計算の仕方はね……」
言いながらぼくは真面目にノートを広げた下級生(ジュニア)たちを見渡し、はぁ~っとピンク色の溜息をついた。
なんて可愛い天使たちなんだろ。髪もお肌もつやっつや。唇は紅くて声はかわいくてもお最高。みんなそろってずっと天使でいればいいのに!これが上級生(シニア)たちみたいなごっついオッサンになるなんて信じらんないよ!っていうか、断じてさせるもんか~!
「すごい!ぜんぶ解けました!」
ぼくがほかの下級生(ジュニア)の勉強を見てやりつつ、チャーリーの様子をうかがうと、チャーリーはぼくが教えた方法に慣れ、やがてすらすらと解けるようになった。
「すごいじゃない、チャーリー。よく頑張ったね!」
思いっきりチャーリーの頭を撫でてやれば、チャーリーはえへへとはにかみながら髪を掻いた。
「はい。これでやっとYの罰に取り掛かれます」
チャーリーの愛らしい笑顔にほんわかとなっていたぼくは、チャーリーが放った言葉に、つぎの瞬間、氷像のようにフリーズしてしまった。
……Yの罰?
監督生(プリーフェクト)から命じられたYの罰がまだ終わっていませんから。早く取り掛からないと、もうすぐ週末ですもんね」
刹那、ぼくは思い出した。
Yの罰っていうのは、くらった週の金曜の夜までにしあげないと、土曜日の全学生集会の席で校長から氏名と罪状を読み上げられ、鞭打ちの刑を受けるということ。
そして、とっても重要なことをもうひとつ思い出した。
ぼくはその忌まわしくもおぞましいYの罰を、3個もくらっていたという事実を―――。






「エディッッ!」
大急ぎで自室へ戻り、乱暴にドアを開けると、エディはひとり黙々とライティングデスクへ向かってペンを動かしていた。
「なんだ」
なにか機嫌悪いのか、エディの声は地を這うように低く、ぼくのほうへ視線を向けもしなかった。だけどいまのぼくにはエディを気にしている余裕などもちろんなく、慌ててドアを閉め、自分のライティングデスクへ走り寄った。
「Yの罰を忘れてたよ~!早く取り掛からないと間に合わないよっ!ってか、今日って木曜日じゃない!超やばいよ~!」
「そうか」
ぼくが焦りにあせっているというのに、エディからはそっけない答えが返ってきただけだった。
なんかつんつんしてる?って思ったけど、エディってたいてい怒っているので、ぼくはたいして気にせず、本棚からラテン語の教科書を取り出した。
「もお!だいたい英国の算数教育が悪いから教えるのに時間食っちゃったんだよ!チャーリーったら、タイムズ・ティブルズもちゃんと覚えてないし、すぐ電卓使おうとするし、引き算なんか足していくっていう効率の悪いやり方してるし!こんなんじゃ、暗算できない子になっちゃうよ!有名な数学者を何人も輩出してる国なのに、なんでこんなことになってんの!?」
「英国の長い歴史の賜物だ!むかしは、物々交換をしていたんだ。客は50ポンドの価値の紙幣を出した。しかし店は30ポンドの価値の商品しか持っていない。よって、50ポンドの価値に見合うまでおつりを足してく。辻褄が合っている!それに、電卓があるのに、暗算などする必要などない!店にはレジがあるだろう?無駄だ!」
ぶつぶつぼやいたぼくへ、エディはペンを止めず辛辣に言い放った。
ちなみにぼくへ与えられたラテン語の教科書は、第一学年(ファーストフォーム)が使う初歩的なものだ。エディが持っている分厚い教科書とぜんぜん違う。
「あのね!?基礎計算をちゃんと理解しておかないと、不便だし、効率悪いでしょ!6×2くらい、パッと言えるようにならないと、社会を渡っていけないよ!英国ってどうなってるのっ?」
「だから何度も言っただろう!今はレジも電卓もある!スマホに電卓もついている時代なんだぞ!?おまえが言っていることは時代に逆行している!それに、英国は何もその方法ばかりを押し付けているわけではない!自分に最も適したやり方を選べと教育している!計算方法の選択も自己責任だ!英国は個人を大事にするフレキシブル教育なんだ!」
エディはまったくぼくのほうを見なくて、ぼくはむっとして唇を突き出した。
「もういいよ!どうせエディとは考え方も価値観もぜんぜん合わないし、いまさら合わせようなんて思わないよーだ。そのかわり、チャーリーにはちゃんとタイムズ・ティブルズも暗算方法もマスターさせるから!」
「なっ!チャーリーを日本式に染めるな!」
エディはやっとぼくのほうを見た。前髪を乱して振り返り、きっつい視線でぼくを睨む。ぼくはべ~っと盛大に舌を出した。
「あれ?英国はフレキシブルなんでしょ?好きな方法選んでいいんじゃなかったの?」
そらっとぼけて言い返すと、今度はエディのほうがむっと口を閉ざした。
「おまえのやり方がチャーリーにあっているとは限らない」
「すこし教えたら、こっちのほうが解りやすいって、すんごく嬉しそうにしてたよ?」
エディはますますむっとして沈黙した。眉間に縦じわが三本も入っている。内心で勝った~と忍び笑いをしつつライティングデスクへ着こうとすると、背中からエディの唸るような低い声がした。
「だいたいおまえは、チャーリーに構いすぎなんだ……」
ん?
なんか妙な雰囲気だなと思って振り向くと、エディは唇を引き結んでじっとりとぼくを睨んでいた。
……んん?
「だってぼくのファッグ生だもん。ちゃんと面倒みろって言ったのはエディじゃん」
「言ったは言ったが、ここまで構えとは言っていない!勉学を教えるのはいい!だがチャーリーに入れ込むな!ぬいぐるみを渡してみたり、褒めるときにハグしたり頭をなでたり、昨日など、礼拝堂へ行くのに、わざわざ手をつないでやっていたではないか!」
「だって、転んでひざすりむいていたんだもん。べそかいてたし、かわいそうでしょ?」
「チャーリーはもう幼児ではないんだ!転んだくらいで手をつなぐな!それから、毎朝いちいちお利口お利口言いながら頭をなでるな!甘ったれた人間になるだろう!?」
そこまでいっきにまくしたて、エディはつんと顔をそむけた。
「え~……」
ぼくはエディの言っていることが解らず、唖然として気の抜けた声を漏らし、ややってやっとこさ気が付いた。
なんか、エディの様子がおかしい?言ってることがだいぶ違うよね?算数教育の話をしていたのに、なんで頭撫でる話になってるのさ?しかもえらくあたりが悪くない?
いぶかしんで立ち上がり、つつっと近寄って、エディの背中から彼の手もとを覗き込むと、エディはラテン語ノートに完璧なスペルを何文字も書き並べていて、ぼくは目を剥いてしまった。
「あ~!エディったらもうYの罰やってる!ずるいよ!いっしょにやろうって言ったのに!」
思わず文句を言うと、エディはうす緑の目を吊り上げ、ギンとぼくを睨んだ。
「さっきおまえに用があると言っただろう!?それなのにおまえは後にしろと言ったではないか!」
エディは眉を吊り上げて怒鳴ると、またしてもつんと顔をそらした。前髪が揺れるくらいの勢いで顔を背けるとか、どっちが幼児だよ!?
どうやら本気で怒っているらしくて、ぼくは首を傾げた。
「もしかして、さっきぼくを呼びにきたのってYの罰を書き始めるってことだったの?」
「そうだ!」
じゃあ、ぼくがあとでって言ったからエディ怒ってるの?もお!そんなんでいちいち怒るなんて、英国人ってほんとめんどくさいよね!
「じゃあYの罰始めるよって言ってくれればいいじゃん!急を要するなんてあやふやな言い方するからわかんなかったんだよ!」
下級生(ジュニア)の前で堂々と言えるか!監督生(プリーフェクト)がYの罰を受けるなど、不名誉この上ないんだ!」
「体裁気にしてる場合じゃないでしょ!鞭打ちのほうがはるかに問題だよっ!」
エディはふんと不機嫌に鼻を鳴らした。
「おまえなど、鞭に打たれてしまえばいいんだ」
ツーンと横を向いたエディの、折り目正しく結ばれたファルスカラーの襟足を見て、ぼくはとうとうむかっ腹を立てた。
はぁぁぁぁ?なにその口の利き方。さっきからいやに突っかかってくるし、無駄にイケメンだけにめっちゃ腹立つ~!
「英国人ってほんっっっっっと頭固いうえに超サドだよね!」
憎まれ口をたたくと、エディは険しい瞳でぼくを射抜いた。西洋イケメンの殺人光線にひえってなったけど、おくびにも出さずにぼくはエディを睨み返した。
下級生(ジュニア)はみんな天使みたいなのにっ」
「ならば下級生(ジュニア)どもと戯れればいいだろう!どうせおれは後回しだ!」
怒鳴ったエディのセリフと、思いっきりへの字になっている唇に、ぼくはあれ?っとなった。
なんかこの感じ、さっき嫉妬全開にしてたチャーリーに似てない?
もしかして。もしかしてだけど。
「……エディ……ヤキモチ焼いてるの?ぼくが下級生(ジュニア)ばかりに構ってたから?」
いぶかしんで問うと、エディはうろたえたように緑の目を見開き、それからバッと片手で口を覆った。瞬く間にカーッと頬を赤くさせる大男を見つめ、ぼくは気が遠くなるのを感じた。
「何を言ってるんだ!断じてヤキモチではない!お、おおおおおまえが、チャーリーばかりかまっておれを見っ、……っ」
途中で自分の言ってることが恥ずかしくなったのが、エディは再び口を覆い、そろりと横を向いた。
ぼく、大男からヤキモチ焼かれちゃったの……?
「なにそれ、驚きの萎え」
「ちがう!」
エディは怒鳴って、勢いよく椅子から立ち上り、両手を開いた。
「おれは!断じてヤキモチなどと見苦しい真似はしていない!だいたいおまえはなんだ!下級生(ジュニア)どもににこにこしやがって!甘やかしすぎなんだ!」
「だって可愛いんだもん。可愛い子たちを可愛がって何が悪いんだよ!粗忽でがさつで無骨で男臭い残念な上級生(シニア)たちと違って、下級生(ジュニア)はみんな天使だよっ」
しれっと答えると、エディは目を見開いて仰天した。
「なっ、もしやおまえは児童性愛者なのか!?」
エフェボフィリアと言われ、ぼくはひっくり返りそうになった。
「はぁ!?なんでいきなり児童性愛(エフェボフィリア)とか言い出すんだよ!?イミフだよ!」
話の筋が突然アンドロメダ星雲の果てまで飛んで行っちゃったよ!だいたいなんで下級生(ジュニア)のほうが可愛いって言っただけで性的嗜好の話になるわけ?事実を言っただけじゃん!もおぉ、イギリス人わけわかんない!いちいち話がかみ合わないよ!ストレスだっ!
「ローティーンの少年が可愛いなどと常軌を逸している!下級生(ジュニア)どもはいまだ男性としては未熟なんだ!屈強であるべき男性になりきれていない!おまえはチャーリーに対し、ネコっ可愛がりではなく、厳しく接し、男らしくなるよう指導すべきなのだ!なよなよとした男など男ではないのだからな!」
ぼくはめんどくさくなって、あっそ、とお手上げのポーズをとり、自分のライティングデスクへ戻った。
「聞いているのか!?」
それでも突っかかってくるエディへ、ぼくは頬杖をつき、片目をつぶりながら言った。
「もお知らないよ。エディの概念なんかどうでもいいよ。最初からエディとぼくとじゃ考え方も価値観も違うしね」
エディは、不審に思ったのか、縦じわを深くして腕を組んだ。
「……では、おまえのなかの男らしさとはなんなのだ?」
ぼくはしばし首を傾げて考え、真剣な表情でぼくを凝視してくるエディを見返した。
「萌えかな。萌えるか萌えないか、それだけだよ」





 その後、ぼくたちの部屋には、沈黙が満たされ、ぼくも何か衝撃を受けているらしいエディも、さくさく作業が進み、めでたくYの罰は金曜日の締め切りに間に合ったのだった。
ちなみに、一文を100個ずつ、三文300個も書いたというのに、ラテン語のスペルは一文字もぼくの頭に残らず、暗唱すらできずじまいだったというオチがつく。






                             
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