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※番外編です。イギリスの秋の楽しみ方。(あらすじ)創立500年を超える歴史と、誉...

美雨

薔薇のように 英国パブリックスクール物語⑦ 収穫祭

美雨

10/1/2017 16:48
※番外編です。イギリスの秋の楽しみ方。

(あらすじ)創立500年を超える歴史と、誉れある伝統で英国中にその名をはせる、名門パブリックスクール、ウィンザー・カレッジ。ライディングス寮の監督生に選ばれたイギリス王室支流の王子、エドワードは、日本からの留学生、有栖川幸と同室になり、その生活をサポートするよう命じられる。自由奔放で予期しない行動に出る幸に振り回され、辟易するエディ。しかし、幸を知れば知るほど、その思いはべつの感情に変わりつつあった。

今日は、英国にきてから二回目の日曜日。英国はとってもいいお天気です。

「本日は収穫祭(ハーベストフェスティバル)だ」
気持ちのいい秋晴れが広がる日曜の朝、毎日の日課である礼拝のために礼拝堂(チャペル)へ向かいながらエディがぼくへ言った。
ウィンザーでは、一日も欠かさず朝の礼拝が行われる。それは日曜日でも変わりない。だから日曜は朝寝坊……なんてできないんだよねぇ。
「どんなことするの?」
カエデやコナラが紅葉する遊歩道を歩きながら尋ねると、エディは朝日に反射して金色に見える瞳を細め、ああ、と声をあげた。
「おまえは初めてだったな。農作物の収穫を神に感謝する行事だ。食物の大切さを学び、地の恵みに感謝する」
「そっかぁ、なるほど!ごはんが食べられなくなったら大変だもんね!農家の人にありがとうって言わなきゃだね!」
エディは首を傾げてぼくを見下ろした。
「まぁ、そんなところだ。まずは、礼拝堂で祈りを捧げ、神父の講和を拝聴する。そのあとは今年収穫された農作物が集まってくるから、展示したり即売会が開かれたりする。本日は、一般人がウィンザーへ出入りできる日だ。とはいっても礼拝堂と、その周りの中庭だけだがな」
そういえば、ウィンザー・カレッジの礼拝堂って、生徒たちだけじゃなくて、地域の教会にもなってるから、日曜礼拝(ミサ)には近隣の人たちも集まってくるんだよね。日曜礼拝って、ふだんお仕事で忙しい一般住民たちのために催されるんだ。こういう行事のときも教会が中心になるのかぁ。神社と一緒だね!
「へえ、イギリスの野菜たちってどんなのがあるのかなぁ。すっごく楽しみ!」
「こら!ウィンザーの生徒が走るな!」
ワクワクして思わず駆け出したぼくを、エディがたしなめてくる。
礼拝堂へ着くと、燕尾服を纏った生徒たちにまじって、一般のお年寄りや、可愛い女の子の手を引いたパパさんやママさんもいた。
「ボンジュール、ユキ。おれの隣りへどうぞ」
粛々とした礼拝堂のなかへ入ると、先に到着していたヴィジィがサイドに流れた髪を揺らして立ち上がり、ぼくの手を引いてくれた。
うへっ、レディーファーストみたいだよぉ。西洋人ってこういうのすらっとやっちゃうよね。身についたものなんだろうけど、ぼく女の子じゃないのに、なんか照れちゃう。
「ボンジュール、ヴィジィ。ありがとう」
照れ隠しもあってにっこり笑うと、ヴィジィはぼくに負けず劣らずにこにこして、ぼくの腰へ腕を回してきた。
わ!
「さ、こっちへ。ユキ」
「ヴィジィ!」
そこへ鋭いエディの声が響き、それぞれの席へ座ろうとしていた生徒たちはみなびっくりしてこちらを振り返った。もちろんぼくもびっくりしてエディを振り返ると、エディは、怖いほど真剣な表情でヴィジィを睨みつけていた。対するヴィジィも、口元は微笑んでいたけど、鋭い視線をエディに定めていて、ぼくは肝を冷やしてしまった。
……え?な、なにこれ。ふたりの間の空気がこないだまでとちがう……?
「けんか?」
そこへ、舌ったらずな可愛らしい英語が響き、ぎょっとして下を向くと、前の席にいた3歳くらいの女の子が、椅子に乗りあがり、ぼくたちを見つめていた。
ちょいと首を傾げた女の子は、くるっくるの金髪巻き毛に、ピンクのリボンをしめ、桃色のワンピースを着ていた。見上げてくる目は、きれいな水色だ。
ふあああああっ、金髪幼女キタ――!!かわいいっっ!フランス人形が動いてる!
「ううん、けんかじゃないよ。うるさくしてごめんね?」
女の子の目線まで身をかがませて微笑むと、エディとヴィジィの間の緊張が解かれるのが分かった。ふたりはそれぞれぼくを挟む形で席へ着き、女の子はぼくを見つめて、薔薇色の唇をにこーっと綻ばせた。
「いいよ。おねえちゃん」
お、おねえちゃ……!?
そこへローマンカラーを纏った神父が入場してきて、女の子は母親に叱られ、首をすくめて前を向いた。前を向く瞬間、ぼくへひらひらとモミジみたいな小さな手を振る。
「……っ、……っ」
「……ヴィジィもエディも、笑うなら堂々と笑いなよっ」
片手で口元を覆い、横を向いて肩を震わせるふたりに間に挟まれ、ぼくは頬を膨らませて自分の椅子へ腰を下ろした。
厳かな雰囲気のなか、神父が聖書を読み始めても、ふたりは時折ぼくを見ては口元を歪ませて手で覆う仕草を繰り返し、ぼくはむかむかしっぱなしだった。
だけど、深紅のキャソックを着た聖歌隊が澄んだ声で讃美歌を歌い始めると、とたんに嫌な気持ちはすっとんでいった。
ウィンザーの聖歌隊は、変声期前の、おもに最下級生を中心として結成されるんだ。男性でも女性でもない独特の澄みきった歌声は、ぼくのとげとげした気分を一掃してくれる。
ああ……なんてきれいなボーイソプラノなんだろ。心が洗われるようだよぉ。とっくに変声期も終わって、髭もすね毛も生えてる左右の大男たちには、ぜーったい真似できないよね!
お祈りの時間が終わり、礼拝堂の庭へ出てみると、芝生の庭には、白布がかけられた長テーブルが並べられ、近隣の農家さんから集まったいろんな野菜が展示されてあった。
穂がついたままの大麦や小麦にまじり、とうもろこしやえんどう、じゃがいもとたくさんの農作物が並べられ、一般客が手に取って眺めたり、購入したりしている。野菜たちのなかで一番目立ったのはかぼちゃだ。スイカみたいに大きなものから、手のひらに乗るサイズの小さなものまで、いろんな種類のかぼちゃがあった。
「わ、これなに!?ひょうたんみたい!」
ぼくの頭の三倍はありそうな、オレンジ色のひょうたん?を持ち上げると、隣りにいたエディが笑った。
「バターナッツスコッシュ。かぼちゃの一種だ。日本にはないのか?」
「ええっ、西洋のかぼちゃって、シンデレラの馬車みたいなのじゃないの?あ、これなに?人参みたいなのに色が白いよ!」
「パースニップ。根野菜だ」
へえ!どう見ても人参なのに色が白いなんて不思議~。
ぼくは楽しくなってきて、目の前に並べられた野菜をつぎつぎに手に取った。
「あ、これトウガラシだ!こっち、でっか!かぶ?」
「ターニップだ。というかおまえ、いやに楽しそうだな」
バレーボールみたいなかぶを抱えてはしゃいでいると、エディがつまらなさそうに聞いてきた。
「え~。どんなふうにお料理しようって思ったら楽しいじゃない。エディは楽しくないの?」
「料理が楽しい?分らない感覚だな」
腕を組んで野菜たちを眺めるエディは、傍から見てもどうでも良さそうだった。マジ、イギリス人って食べものに興味ないんだなぁ。人生の大半は損してると思うんだけど。
「ほら、このかぼちゃなんかとっても生き生きしてるよ!いい?野菜選びの基本は、新鮮でみずみずしくて、ぼくを食べてって訴えかけているもの!まさにこのかぶみたいに!」
「なんだそのどうでもいいばかりか抽象的すぎる基本は」
「あ―ッ!これって大根っ?イギリスにも大根があるんだ!?」
かぼちゃたちの横にあった、でっかい葉付きの大根を見つけ、ぼくはひときわ大きな歓声を上げてしまった。それは日本で見るのと変わらない青首大根だった。
「めずらしいだろう?今をときめくトレンド野菜だ!おれだおれ!おれが生産したんだ。いち早く日本の野菜を導入したのはこのへんじゃおれだけなんだぞ!」
ハンチング帽をかぶり、茶色のベストを着たおじさんがさっと駆け寄ってきて、つばを飛ばす勢いでぼくへ説明してくれ、その横にいた彼の奥さんと見えるおばちゃんが困ったように腕を組んだ。
「日本食が健康だからって、ブームに乗ろうとして作ってみたはいいけど、食べ方が分からなくて売れやしないんだよ。うちの人ってイギリス人にしては陽気でこだわらない性格してるけど、新しもの好きの考えなしで、おバカなところが玉に瑕でさ」
ぼくはちょっと笑ってしまった。
「大根は美味しいですよ!煮物和え物サラダだってオッケ―の万能野菜ですから!ぼく的に一番のおすすめは大根おろしです!さんまと大根おろしとすだち!ああああっ、秋はやっぱさんまでしょ!さんまさんまさんま!さんま食べたい!!大根おろしとしらす干しのタッグも最高!日本に帰りたいよおおぉっ」
大根の料理の仕方を教えるはずだったのに、突然脂ののったさんまの塩焼きとたっぷりの大根おろしを思い出して、ぼくは青首大根をつかみ上げて喚いた。
だって目の前につやっつやの大根があるっていうのに、さんまとすだちはないんだよおおおっ、こんな悪夢ってないよぉっ!
「おまえは本当に食うことばかりだな」
ぼくの背後でエディが呆れたように額を覆ったとき、野菜たちが並べられたその先のスペースに、丸椅子を置き、なにやら手作業をしていたクリスがぼくに気付いて立ち上がった。
「エディ!ユキも!こっちにおいでよ!」
「クリス!なにしてるの?」
白布が引かれた大きめの台の上へ広げられていたのは、麦藁や乾燥したとうもろこしのひげ、色とりどりのフェルトや、ソーイングセットだった。
なんだろこれ。なにか作ってるのかな?
「コーンドリーを作ってるんです」
クリスの前に座っていたラリーが、きれいに切られた藁を束ねながら微笑んだ。隣りにいるケイトは、クリスが束ねた藁を専用の裁断機で丁寧に切っている。
「コーンドリー?」
「はい。イギリスでは、毎年の豊作を祈願してCorn Dollieという藁人形を作る習慣があるんです。冬の間には、穀霊の依り代なるという言い伝えがあるので、ウィンザーでも各部屋に飾って家内安全を祈るんですよ」
へえ。精霊の依り代かぁ。すっごいメルヘンで可愛いね。イギリスにも藁人形があるなんて知らなかったなぁ。藁人形って言ったら、日本じゃ丑の刻参りのイメージだよ。所変われば品変わるじゃないけど、いろいろちがうんだなぁ。
よく見れば、クリスが作っていた藁人形は、フェルトで帽子やベストを縫い付けてあって、可愛らしい藁人形になっていた。
「かっわいい!クリスってお裁縫上手だね!すごいよ!」
つぶらな目まで張り付けてある藁人形を受け取って褒めると、クリスは白い頬を薔薇色に染めた。
「やだな、ユキったら。男がお裁縫得意でも自慢にはならないよ」
ああんっ、クリスったらほんと可愛い!女の子だったら絶対お嫁さんにしてたよ!
「ユキも作ってみない?魔除けのためにお部屋に置いておかないといけないから」
「その必要はない。おれがもう作った」
そこへエディの声がしたので、後ろを振り向くと、そこには、束ねた藁をひもで巻いただけの藁人形を持ち、ドヤ顔で立っているエディの姿があった。
「ギャーッ!なにそれ!呪いの藁人形じゃん!エディったら丑の刻参りするつもりなの!?信じらんないっ!」
それはどこをどう見ても呪いの藁人形で、ぼくは思わず悲鳴を上げてしまい、エディは目を剥いて自分が持っている藁人形を見下ろした。
「なんだと!?これのどこが呪いなんだ!?どうみてもコーンドリーだろが!おれが作るのは毎年これだ!なにがおかしいんだ!?」
ちょっと……毎年これ作ってお部屋に飾ってんのっっ?なんですかそれ、ホラーですか!?だれか呪い殺す気ですか!?夜中にカンカンするんですか!?
「おかしいんじゃなくて怖いんだよっ、それって日本じゃ呪殺の道具だよ!リアルで呪いの藁人形見たのなんて初めてだよっ、怖すぎ!」
「コーンドリーを呪殺に使うのか!?日本はいったいどんなところだ!」
「エディの作り方が大ざっぱすぎるんだよ!もっと可愛くしようとか思わないの!?」
もお!エディって、可愛いものに無頓着だよ~。こんなの部屋に飾ったらぼく恐怖のあまり不眠症になっちゃうよ!もっと可愛くしてやらないと!
「ユキ!」
必死にエディが作った藁人形へフェルト生地を張り付けていると、遠くから名を呼ばれた。
立ち上がって中庭の奥へ視線を向けると、欅の下に新たなテーブルが並べられてあり、パイ生地を伸ばすペストリーボードが置かれていた。その横に立ち、ぼくへ手を振っていたのはヴィジィとニコラスだ。右手に綿棒を持ち、左手でおいでおいでとぼくを呼んでいる。
上着を脱ぎ、シャツとベストの上に黒のギャルソンエプロンをはめ、袖をまくりあげたふたりの格好は、くらくらするほどかっこよかった。
足長くて体格がいい人って、このエプロンがすこぶる映えるんだなぁ~。しかも首元は白の蝶ネクタイをしたままとかどういうことなの。ヴィジィなんて、束ねた髪からサイドにこぼれる金髪が罪なほど色っぽいし、反対にニコラスは、短く刈り上げられた金髪と野太い首筋がこれまたエロいし、ふっ……分ってるよ、ぼくに勝つ要素なんてなんにもないってことくらい!
「ふたりともなに作ってるの?お料理?」
近寄って彼らの手元を見ると、台の上には、簡易コンロがあり、小さく切られたかぼちゃが煮立っていた。周りを見渡すと、上級生(シニア)下級生(ジュニア)も一緒になって楽しそうに生地を伸ばしたり、かぼちゃを切ったりしている。
「パンプキンパイを作るんだ。収穫祭(ハーベストフェスティバル)の日はこれが恒例でね。あそこに石窯があるだろ。あれで焼くんだ」
ヴィジィが指差した先には、煉瓦を積み重ねて作られた、大きな石窯があった。煙突からは黙々と煙が出ていて、上級生(シニア)に付き添われた下級生(ジュニア)が恐る恐る石窯のなかへ形成したパンプキンパイを入れていた。
ああっ、夢の石窯だ~!自宅の庭にこんなのあったら、パイだってピザだってローストチキンだって焼き放題だよねぇ!
「すごい!楽しそう!」
「おまえも作れ。作ったパンプキンパイは、隣りの老人ホームへケータリングサービスすることになっている。収穫した野菜も寄付するんだ。ウィンザーは、ボランティア活動に力を入れているからな」
後ろを振り向くと、エディが上着を脱ぎ、シャツの袖をまくりあげていた。
「おじいちゃんやおばあちゃんに食べてもらうの?なら、おいしく作らなきゃね!」
ぼくは張り切って上着を脱ぐと、エプロンを腰へ巻き付けた。エディやヴィジィがつけてるギャルソンタイプのやつはお白洲の長袴になりそうだったから、下級生用の短いヤツを最初から選んだ。懸命なぼく。
「手馴れてるな。料理をするのか?」
丁寧にかぼちゃを切って皮をむいていると、パイ生地を伸ばしていたヴィジィがぼくの手元へ目をやり、感心したように尋ねてきた。
「うん。ぼくお料理は好きだよ」
「いいお嫁さんになれそうだな。ますます好きになりそうだよ、ユキ」
サイドの金髪を揺らしてウィンクされ、ぼくはとたんに頬を赤くしてしまった。
うううっ、茶化されたってのに照れるとか、ぼくなにやってんだよおおっ。
「ヴィジィだってすごく上手じゃない」
「こういう力仕事ならな。シェフに無理を言ってパイ生地を作らせてもらったりしていたな。なんか粘土みたいだろ?おれ、粘土細工好きなんだ」
ははは、おうちにシェフがいるとかすご過ぎるよ。さすが公爵さまだなぁ……。
「ヴィジィこそいいお嫁さんになれそうじゃない。生地からパンプキンパイ作ってくれるお嫁さんとか最高だよ」
仕返しとばかりに茶化して言ったのに、ヴィジィは蒼い瞳を見開いてぼくを見た。
「それはプロポーズか?ならば結婚しよう」
あ、だめだ。ヴィジィのほうが一枚も二枚も上手だ。ふ、ぼくこの分野も勝てないよ、神様は不公平だよ……。
「もう、ヴィジィったらからかうのはやめてよ~」
「いや、本気だが?」
ヴィジィが返したとき、反対側から勢いよく包丁を入れる音が響いた。だんっとテーブルへ固いものを叩きつけるような音がして、ぼくはびっくりして隣りにいたエディを見やった。
大きな音はエディがかぼちゃを切った音だった。
「ちょっとエディ!なんて危ない切り方してんの!?猫の手!猫の手をして!」
「ああ?おれの切り方のどこが悪い?」
低い声で唸り、ぼくを振り返ったエディは、まるで出刃包丁を持った殺人者のようだった。
おまえはジャックザリッパーか!とつっこみたくなる気持ちを抑え、エディの手元を見ると、形も大きさもめちゃくちゃに切られたかぼちゃが転がっていて、ぼくは思わず顔を覆いそうになった。
「……エディ、分ってる?これってお料理してるんだよ?乱暴に包丁を入れないで心を込めて切ってよ。大きさをそろえないと火の通りが均一じゃなくなるでしょ」
「どうせ煮立つんだ。どんな形に切っても同じだろが」
「わーっ、待って待って!」
けんもほろろに答えて、まるで薪でも割るようにかぼちゃへ包丁をつき立てようとしたエディを、ぼくは慌てて止めた。
もおお、見てるだけでハラハラするよっ。
「左手はちゃんとかぼちゃに添えて!猫の手みたいにこうやって丸くして、包丁の握り方はこう!」
自分の包丁を置き、エディの手へ手を添えながらまずは包丁の握り方から教えていると、下級生(ジュニア)たちが楽しそうな笑い声を立ててぼくたちを眺めた。
「まるで新妻が旦那へ料理指導しているようだな」
ニコラスがうすい水色の瞳でこちらをチラリと見てにやにやと笑った。その手には、焼くだけになったパンプキンパイが持たれていて、ぼくは感心して息を吐いた。
「ニコラスってお料理できるんだね」
「まあな。料理は得意だ。バームクーヘンも焼くし、ロゲンブロートもブレーツェルもボックヴルストだってお手の物だ」
ぼくは目を輝かせてしまった。本格手作りウィンナーが作れて、さらにイケメンとかどんだけお買い得なんだよ!
「結婚して!」
思わず叫ぶとニコラスはにやりと笑ってぼくの腰を引き寄せ、頬へキスでもするように自分の頬を近づけてきた。
「いいとも。ハネムーンはシチリア島だな」
ぎええっ、くっそ真面目なドイツ人が冗談言ってる!ドイツ人なら勝てると思ったのに、やっぱだめだよおおおっ。
彫刻のような端正なニコラスの顔が間近に迫って、とたんに赤面したとき、またしても隣りでがつっと包丁を振り落す音が響いた。
「エディ!だから薪割りじゃないってば!」
ぼくは慌ててニコラスから離れ、エディの腕を抑えた。手元には、さっきより形も大きさもばらばらのかぼちゃが転がっていて、ぼくはため息をついてしまった。
「もう……なんて料理のセンスがないの?呆れちゃうよ」
エディは眉根を寄せると、ぎろりとうす緑の目でぼくを睨んだ。
「どうせおれは料理なんかできん」
拗ねないでよぉ。イギリス人めんどくさすぎ。
その後も、かぼちゃを煮るだけなのに、思いっきり焦がしたり、もう焼きあがってるって言ってるのに、まっ黒になるまでパイを石窯へ入れ続けたり、料理オンチなエディに振り回されながらも、どうにかパンプキンパイを作り上げた。
「だいたい焼きすぎなんだよ!石窯なんだから10分くらいでいいのに、1時間も焼こうとするとかどういうことなの!?」
「すみずみまで火を通さないと不衛生だろうが!炭水化物での食中毒の原因となるセレウス菌は100℃で30分間加熱しても死滅しないんだ!よって220度で1時間加熱しなければならない!」
「あのねえ!だからって炭にしてどうするんだよ!ちゃんと手を洗って調理したし、出来上がったあと速やかに食べたら食中毒にはならないよ!」
「菌がついていること自体が問題なんだ!」
「そんなこと言うならどこにでも菌はいるでしょーが!」
そんな言い合いをしながら、出来上がったパイを持ってウィンザーの校門を抜け、牛さんやヤギさんがのんきに草を食むイギリスの農道を延々と歩くと、やがて周りの景色とは反対の、近代的な施設が見えてきた。
牧歌的なイギリスの牧場のなかに突然鉄筋コンクリート造りの建物が現れて、ぼくはちょっとびっくりしてしまった。ウィンザーの古めかしい建物に慣れちゃってるから、浦島太郎になった気分だよ。
「最近作られた老人ホームだからな。介護の最先端をいっている」
エディの言ったとおり、施設のなかは完全バリアフリーでスロープもあり、ドアはすべて自動ドアだった。
「ようこそいらっしゃいました。エドワード王子。それに、日本国の皇子殿下」
「……あ、はい。ご丁寧にどうも。お世話になります」
エディが王子のためなのか、中年にさしかかった施設長と、事務長までもが出てきて丁寧に頭を下げられ、ぼくは恐縮してお辞儀を返した。
もおおっ、ぼくが皇子だって伝えたの、きっとエディだ!皇子じゃないって言ってるのに、だれかれ皇子皇子言わないでよね!
内心そう思いながら、横にいたエディを睨みつけたけど、エディはしれっとした顔で施設長と握手を交わした。
「お年寄りの皆さん、ウィンザーの学生さんたちとの触れ合いをとても楽しみにしていらっしゃいますよ」
介護士の女性に案内されたディルームは、それぞれのテーブルにガーベラの花が活けられた花瓶があって、窓には白レースのカーテンが下がっており、シャンデリアなんかもあって、明るく清潔な雰囲気だった。
車いすに座った、おじいちゃんやおばあちゃんが、ウィンザーの生徒たちとパンプキンパイを食べたり、お茶を飲んだりして、とても楽しそうに過ごしている。
「わ!すごく楽しそう」
「食品の差し入れだけではなく、入居者との触れ合いも大事にしている。これもウィンザー・カレッジのボランティア精神を学ぶためだ」
隣りでエディが説明し、介護士さんがにっこり笑った。
「ええ。いろんな団体の慰問がありますが、この時期のウィンザーの生徒さんたちの訪問を一番楽しみにされているんですよ。英国一のエリートたちが集う名門ですもの。いろいろお話してみたくなるんでしょうね」
女性介護士さんはそう言ってもう一度にっこり笑うと、ぼくたちの後ろへ目をやった。
「本日、おふたりには、この施設の最年長者であるスペンサーさんと触れ合っていただきたいと思っております」
彼女の視線につられて後ろを振り向くと、若い男性介護士さんが一台の車いすを押していた。
座っていたのは、しわが浮き、痩せ細ったおじいちゃんだった。わずかな髪も、もじゃもじゃな眉毛もすべてが真っ白で、ブランケットがかけられた膝に置かれた手は骨が浮き、しわしわしている。
「初めまして。エドワード・ディヴィットと申します。ご機嫌はいかがですか」
エディが敬礼でもするように直立して礼をすると、スペンサーさんは無言でエディを見上げた。
「こんにちは。ぼくはユキ・アリスガワといいます。よろしくお願いします。スペンサーさん」
スペンサーさんの目線に合わせ、しゃがみこんであいさつしたとき、ぼくの視界へ彼の胸元が入ってきた。
綿のシャツと生成りのカーディガンを着ている彼の襟には、月桂樹が輪になり王冠を頂いている形をしたバッヂがつけられてあった。間にRAFというアルファベッド文字が刻んである。何の略だろうと考えていると、彼の首から下がった紐に、なんと日本の神社のお守りが括りつけてあるのに気付いた。
……お守り?イギリス人なのに?
「黒髪だ。アジア人なのか?」
スペンサーさんは、光彩がうすくなったせいで明るい灰色に見える目を、ぼくへ合わせてきた。
「はい。日本人です」
短く答えて頷くと、スペンサーさんは少し驚いたように目を見開き、ぼくを凝視した。
……え。なんだろ……。
「スペンサーさん。今日はパンプキンパイを焼いてきました。ぼくたちとお茶しませんか?」
にっこり微笑んで語り掛けると、スペンサーさんは、ぼくが袋から取り出して広げたパンプキンパイへちらりと目を落とし、むっと唇を引き結んだ。
「パンプキンパイだと?こんなもんパイとは言わん。なぜなら、焼きすぎてところどころに焦げがあるではないか。パイとは黄金色をしているものだ。パンプキンも繊維が目立っているぞ、さては裏ごしをさぼったな。悪いが、わしはパンプキンパイなんかきらいだ。わしに食ってほしいなら、もっとまともな料理を作り直してこい」
はっきりした英語でそう言い放つと、スペンサーさんは、慌てる男性介護士を右手を振って追いやり、自分で車いすの車輪を押して、この場からいなくなってしまったのだった。



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