pixiv will revise its privacy policy on May 16, 2018. The contents become clearer and correspond to the new European privacy protection law.

Details

It's just a few simple steps!

Register for a FREE pixiv account!

Enhance your pixiv experience!

Welcome to pixiv

"薔薇のように 英国パブリックスクール物語⑥", is tagged with「パブリックスクール」「男子校」and others.

下記↓注意。いやな予感がした方は回避してください。※戦争についての表現があります...

美雨

薔薇のように 英国パブリックスクール物語⑥

美雨

9/2/2017 17:15
下記↓注意。いやな予感がした方は回避してください。
※戦争についての表現があります。
※議論ばっかりしています。
※人種差別的表現があります。
※数式は適当なんでさらっと流してください。
閲覧は、自己責任でお願いします。

(あらすじ)創立500年を超える歴史と、誉れある伝統で英国中にその名をはせる、名門パブリックスクール、ウィンザー・カレッジ。ライディングス寮の監督生に選ばれたイギリス王室支流の王子、エドワードは、日本からの留学生、有栖川幸と同室になり、その生活をサポートするよう命じられる。自由奔放で予期しない行動に出る幸に振り回され、辟易するエディ。しかし、幸を知れば知るほど、その思いはべつの感情に変わりつつあった。

「なろう」からの転載。注意事項は①novel/8031168に準じます。
 みながきちんと蝶ネクタイを締め、玄関ホールを出ていくなか、ぼくはひとり、円柱のモニュメントの前にひざまずいていた。
古ぼけたモニュメントには、今朝も大輪の紅薔薇の花束が供えられてある。ステンドグラスから色鮮やかな朝日がかかり、キラキラ光ってとてもきれいだった。ぼくはモニュメントへそっと手を合わせ、目を閉じた。
「……敵国の皇子がなんのマネですか」
冷たい声が背後から響き、振り返ると、エリスが厳しい顔つきで腕を組み、ぼくを見下ろしていた。
「成仏してくださいって、お祈りしてるんだよ。日本じゃお祈りするときは、こうやって手を合わせるんだ」
「そんなことを聞いているんじゃありません!」
エリスは呆れたように顔をしかめ、視線をとがらせた。
「あなたはなんと非常識な人間だ。敵国の人間から祈りを捧げられても迷惑なだけだとなぜわからないのです!?」
「いまも敵国なの……?」
鋭くとがった青い瞳をじっと見つめながら問い返すと、エリスは眉をひそめて黙った。
「いつまでもそんなことばかり言っていたら永遠に平和は訪れないよ。ぼくたちにできるのは、亡くなった人たちを弔い、もう二度と争い合うようなことがないようお互いを尊重し合って生きていくことだ。世界中がそうなれば戦争なんて起きないよ」
エリスはますます顔をしかめた。
「あなたはバカだ。宗教がちがう以上、お互いを尊重し合うなどあり得ません。戦争とは、突き詰めれば神々の戦いだ。この世で一番すぐれているのは、自分たちの信じる神だと、どの宗教の人間もそう思っていることでしょう。だから争いが起こるのです。そんなことも分らないんですか!?」
ぼくは目を丸くしてエリスの言い分を聞いた。
「すごーい!やっぱりエリスって頭いいねえ。日本じゃそんなふうに切り返してくる高校一年生なんていないよ~。宗教のちがいかぁ。考えたことなかったなあ」
「バカにするな!」
瞬間、エリスは頬を上気させてぼくへ突っかかってきた。
「してないよ、感心したの」
「とにかく、むやみにわが国の英霊へ祈りを捧げないでください。非常識だ!先の大戦でわが国の全能神があなたの国の神に勝ったんです!本来なら、あなたはこの国へ足を踏み入れることすらできないのですよ!?それをわが英国の温情で許可しているのに、あなたはという人はどこまで荒唐無稽なんですか!」
「神さまって便利だね……」
思わずそう言うと、エリスは頬をゆがめてぼくを睨みつけた。
「なんでもかんでも神さまを利用してさ。人間ってひどいよ。人殺しなんて恐ろしいことできないから、神さまという大義名分を振りかざすんだ。利益のためだけにさ。ほんとうに神さまがいるならこんなに自分勝手な人間なんて作らないと思う。自分を振りかざされて人殺しされても迷惑なだけだもん。ううん、神さまはきっと、すごくすごく胸を痛めて悲しまれると思うよ」
ぼくは立ち上がって、エリスへ一歩近づいた。エリスは警戒するようにしなやかな眉を寄せ、さらにぼくを睨みつけた。
「恐ろしくゆがんだ時代だったんだよ、英国も日本も……」
「英国を一緒にしないで頂きたい。歪んでいたのはあなたの国だけだ!」
エリスは、柳眉を逆立ててぼくを糾弾したけど、ぼくはひるまなかった。エリスの怖い顔にもやっと慣れたよ。
「そうかなあ?どの国も大概だと思うけど?」
うすらとぼけて答えたぼくを、エリスは無言で睨みつけてきた。ぼくはそんなエリスを放って続けた。
「いがみ合えば争いが起き、尊重し合えば平和になる。原因と結果だよ。そこに神さまは関係ない。利己的なことに神さまを利用したら、ぼくの神さまが悲しむ。だからぼくは、神さまを利用することなんてしない。だって、ぼくの神さまを悲しませたくないもの。神さまって、押し付けたり一番だって自慢したりするものじゃないよ。ただ、自分の胸のなかにしまって大切に思うだけだよ。ぼくは、すべての争いも平和も人間が起こしていると思う……だから」
ぼくはにっこり笑って、しかめっ面をしたエリスの手を取り、ぎゅっと両手で包み込んだ。
「薔薇、拾ってくれてありがとう!わざわざあの塀まで見つけに行ってくれたんだよね?しかも花瓶に活けてぼくの机に置いてくれたのもきみだよね?きみが行動してくれたおかげで薔薇が枯れずにすんだよ!ぼく、すごくうれしかったんだ!だからぼくはきみに感謝するよ、神さまじゃなくて人間のきみに。エルのおかげだよ、ありがとう!」
瞬間、エリスは耳の先まで真っ赤になり、仰天してぼくの手を振りほどいた。
「あなたのためではありません!英国の薔薇を枯らすなどもってのほかだからです!放してください!」
エリスはぼくから手を引っ込めると、さっと身をひるがえして駆け出した。かと思うと、一瞬止まり、ぼくを吊り上がった目で睨みつけてきた。
「今度からぼくに軽々しく触らないでください!それから気軽にニックネームを呼ぶなっ!」
まるで子うさぎが飛び出して行くように、玄関ホールを走り去るエリスの背中を眺め、ぼくは大きなため息をついた。
「はぁ~……また失敗しちゃった……」
「なんだ?」
そのとき、真後ろから低い声がして、今度はぼくが子うさぎのようにびくっと肩を震わせてしまった。振り向くと、寮長(ハウスマスター)室へ点呼記録簿を提出に行っていたエディが、教科書を持ち、眉根を寄せて立っていた。
「待たせたな。いまのはエリスだったようだが、何か争いごとでもあったのか?」
「ううん、なんでもないよ」
にこりと笑って答えると、エディは教科書を持っていないほうの手で、ぼくの鼻を軽くつまんだ。
「いった!なにすんの!」
「うそをつけ、いま不自然に目をそらしたぞ。愛想笑いで隠してもバレバレだ」
うっ、エディったら日本人の行動を見分けるスキルがアップしてる!
「エリスは人種差別的な考え方をしている。人種的なことで何かを言われたりされたりしたのであれば、エリスを呼びつけて尋問するがどうする?」
「やだな、エディったら、尋問だなんて怖いこと言わないでよ」
ぼくは、首を傾けてぼくを覗き込んできたエディのうす緑の瞳を見上げた。首を傾けたせいで長めの髪が揺れ、凛々しく通った鼻梁へかかる。ステンドグラスから入る朝日のせいで、エディの瞳がうす緑から黄色へ変化し、ぼくは、その神秘的な視線と真剣の表情に、朝からドキドキしてしまった。
うう、毎日一緒にいるルームメイトに四六時中ドキドキしてたら、ぼく心臓持たないよ~。こっちも早く慣れなくちゃ!
「ただの議論だよ。イギリス人って、ほんっと議論が好きだよね~。いちいち説明しないと分んないんだから。めんどくさい生き物だよね」
「なんだと?イギリス人をアホのように言うな。議論を交わすのはお互いを知るために必要だろうが!だいたい日本人がどうかしてるんだ!説明もせずに自己完結したり、先回りしたり、誤解されるのも当たり前だっ」
ぼくは、本気で憤慨しているエディを見上げ、くすっと笑った。
「日本人はいちいち細かく議論しないもんなの。なんとなく分るんだよ。空気読むってやつだよ、空気読む!相手の雰囲気とかでこう、なんとなく把握するの。それをお互いにやるからいちいち事細かに説明なんかしないんだよねえ。だからぜんぶ説明するやつは野暮って言われるんだよ。粋じゃないの、無粋なの」
エディは、奇妙な生き物でも見るような目でぼくを見下ろした。
「なんだ、それは?意味が分からん。おまえの国はテレパシストでも養成しているのか?」
ぼくは吹き出してしまった。
「もお。これだからイギリス人は~。KYすぎ~」
「KY?なんだその言葉は?なんの略語だ?」
「なんでもないよ!はやく行かなきゃ、礼拝に間に合わないよ!」
ぼくはくすくす笑いながら、エディの腕を引いた。







 エディとともに、おしゃべりしながらフランス語の教室へ入ると、一番前の席を陣取っていた生徒たちがいっせいに振り返り、ぼくを注目した。
それは刃のような鋭い目で、ぼくは内心でひるんだけど、何食わぬ顔を装い、教室の中へ入った。
ぼくを睨んでいるやつらは、見覚えがある面々だ。昨日ぼくを糾弾した、サミュエルと呼ばれていた彼を取り巻いていたやつらだ。彼らは今日も、フレームなしの眼鏡をはめ、髪をきっちり七三分けにしたサミュエルを、ぐるりと取り囲むように着席している。
警戒していたエディが、ぼくを守るように立ち位置をかえてくれたおかげで、ぼくはこれ以上彼らの視線にさらされることなく、彼らの前を通り過ぎることができた。
「ボンジュール、ユキ殿下。こちらへどうぞ」
教室のなかへ足を進めると、中央付近に座っていたヴィジィが、すばやく立ち上がり、さわやかな笑顔で空席になっていた彼のとなりの席を勧めてくれた。
「メルシー、ヴィジィ。でもぼく殿下じゃないってば」
ぼくは小声で苦情を言ったけど、ヴィジィは気にしたふうもなく、真夏の海みたいな蒼い目を細めてにこにこ微笑みながら、さっとぼくの手を取った。
「こちらだ。おれのとなりへどうぞ」
「何を言っている。おれのとなりだろ、ユキ?」
ヴィジィの前に座っていたニコラスが、負けじと手を伸ばして、ぼくのもう一方の手を取った。かと思うと、ニコラスはうすい水色の目を見開いて、まじまじとぼくの手を見つめた。
「おお、今日もなんと細く白い手だ。やはり口づけしなくてはな。どれ」
「何やってんの、ニコラスったらっ」
手のひらにニコラスのうすい唇が近づいて、ぼくは赤面して手を引っ込めた。とたん、辺りがわっとざわめき、ぼくはよけいに顔を赤らめてしまった。冗談だってわかっているのに、毎度毎度真っ赤になるアホなぼく。だからからかわれちゃうんだよ~。もっとさらっと受け流せるようにならなきゃ。でもイケメンなもんだからつい赤くなっちゃうんだよねぇ。結論。イケメンだから悪いっ。
「もう、冗談はやめてよ~」
「心外だ。ドイツ人はフランス人とは違い、やることはすべて本気だ。ユキこそ、郷に入っては郷に従えではなかったのか?」
ニコラスはちょいっと首を傾けてぼくを見つめると、うすい唇引き上げてにやりと笑った。俳優どころとか、彫刻みたいに整った顔をしたニコラスの、婀娜っぽい微笑みをまともにくらってしまって、ぼくはさらに赤面してしまった。
ぐはっ、なんてセクシーな笑顔するんだよっ。ゲルマン民族の本気!マジやばいよぉ。
「そそそそ、そうだけど、でもすぐには無理だよ!」
「ふたりともユキをからかうな。こいつはおれのとなりだ!」
そのとき、エディがぼくの前にずいっと身を乗り出してきて、ぼくの腕をとり、かばうように後ろへさがらせた。すると、ヴィジィとニコラスはびっくりしたようにお互いの顔を見合わせ、やがてにやにやしながらエディを見上げた。
監督生(プリーフェクト)が職権乱用しているぞ」
「そんなにユキをひとりじめしたいのか?ズルいぞ、エドワード監督生」
「なにバカを言っているんだ、おれは」
「もお!いいから早く座ろうよ!」
悶着しながらぼくが落ち着いた席は、やっぱりヴィジィのとなりだった。そしてぼくのもう一方のとなりにエディ、ヴィジィのまえにニコラスと、このまえとまったく同じ配置になった。
なぜおれのとなりじゃないんだと愚痴を漏らすニコラスをなだめながら、授業の準備をしていると、前列にいる生徒たちから、あからさまにぼくを非難する声が聞こえてきた。
「調子いいもんだな。エドワード王子とロレーヌ公を手玉に取ってやがる。自分はいちばん美しいと勘違いしてるんじゃないのか、あのアジア人」
「独房に入っていたんだろ?なぜ授業に出席しているんだ?脱走騒動まで起こしたんだ。ふつうなら退学になっているはずだ」
「そりゃあれだろ、アレ。カラダだろ?」
ひとりがにやにやと下卑た笑いを浮かべてぼくを振り返り、もうひとりがくすくす笑ってぼくを顎で指した。
「アジア人のことだ。監督生どころか、校長まであの身体でタラシ込んだんじゃねえのか?」
「マジかよ、校長って勃つのか?」
瞬間、前列の席は爆笑の渦となった。
ぼくは、昨日と同じようにやつらを睨んで立ち上がりそうになったヴィジィを押え、同時にエディの腕をつかんで首を振った。
「ユキ。これはきみだけの問題じゃない。あいつらはエディに反目しているんだ。中心にいるサミュエルは、年下のエディに監督生(プリーフェクト)の座を奪われた過去がある。つまりエディを恨んでいるのさ。そのエディがきみの面倒を見ているから、きみにちょっかいをかけているんだ。見ろよ、あのヘアスタイルを。あのようにダサい髪型をするから性根まで腐るんだ」
ヴィジィが低い声で言い、エディがうなずいた。
「そうだ。つまりはおれに売られた喧嘩だ。監督生(プリーフェクト)としては、反乱分子は駆除する必要がある。それからウィンザーグロップを侮辱するな。おまえまで駆除するぞ、ヴィジィ」
エディがヴィジィを睨み、ニコラスが前を向いたまま低い声で言った。
「仕方ないな。エドワード監督生に組みするつもりはないが、昨日からユキへちょっかいを出されておれは非常に憤慨している。加勢をしよう」
「待って待って、三人とも!不穏すぎるよっ」
引き留めたぼくを、ニコラスが眉をしかめて振り返ったとき、授業開始の鐘の音が鳴り、同時にドアが開いて、教師鞭と教科書をもったブリュール教授が入室してきた。
辺りはとりあえず静かになり、エディもヴィジィも仕方なく腰を下ろした。ぼくはホッとしながら手を放し、教科書を開いた。
「今日は、論じるという動詞を学ぶことにしよう」
「お待ちください、ブリュール教授」
さっそくブリュール教授が、教卓にまとめられた教科書と教師鞭を置いてそう言ったとき、インテリっぽい縁なし眼鏡をかけ、茶色の髪を七三に分けた生徒が、神経質そうな指で眼鏡をあげながら立ち上がった。
言わずと知れた、サミュエルだ。
「なんだね?サミュエル」
ブリュール教授が、老齢のため虹彩がうすくなった瞳ですぐそばにいるサミュエルへ視線を移すと、彼は眼鏡の奥の瞳をすっと細ませ、ぼくを振り返った。
「はい。ブリュール教授にお尋ねしたいことがあります。退学しなければならない者が何食わぬ顔で授業を受けていることについて、教授はどのように思われますか?」
ブリュール教授は表情を変えなかった。そのことが気に入らなかったのか、サミュエルは食って掛かるように声高にぼくを指さした。
「この者は、昨日、脱走騒動を起こして独房へ入れられたのです!それなのに何食わぬ顔で授業に出席している!これはぼくたちウィンザーの生徒への侮辱でしょう!そうは思われませんか!?」
「入退学は校長(ヘッドマスター)の裁断で決まる」
きっぱりとブリュール教授が言うと、サミュエルは悔しそうに頬をゆがめた。
「校長はあの日本人に惑わされているだけではないのですか!?」
「いい加減にしろ!」
ぼくが止めるより早く、エディが立ち上がり、サミュエルを睨みけた。
「ユキは脱走などしていないと証明されている!ユキが校長を惑わしているというのなら、その証拠を見せろ!確証もなく公言するのなら、ユキへの侮辱だと見做すぞ!」
いまにも取っ組み合いの喧嘩でも始まりそうな勢いでエディが怒鳴り、その勢いに気圧されて教室中がしんと静まり返った。ぼくは、ぼくの後ろでびくびくしている生徒たちがいるのを感じ取り、慌ててエディの腕をとった。
「エディ!もういいからやめて。いまはフランス語の授業なんだから」
サミュエルは、眼鏡の奥の瞳をさらに細ませてぼくを見やると、フンと鼻を鳴らして嘲笑った。
「見てください。このように日本人は権力者にこびている。考える力もなく、自己主張すらできないからこそ、権力者におもねり、立場を守ろうとするのではないですか?それが日本人のやり方なのです!校長も、そこにいる監督生も、日本人に騙されているだけです!」
ぼくはいっそ感心して、サミュエルを見つめた。
すご~い!よくここまで臆さずに他人を糾弾できるなぁ。空気なんて読まないで、はっきり自分の意見を言うし、エディの怒鳴り声にもひるんでもいない。さすが英国だなぁ。日本とはえらい違いだよ~。
ひたすら感心していると、今まで黙ってサミュエルの言葉を聞いていたブリュール教授が、顎髭を撫で、ふむと頷いた。
「よろしい。ではサミュエルよ、きみの主張を検証してみようではないか。自己主張しない日本人はほんとうに考える力がなく、権力者へおもねるだけなのか」
そう言って、ブリュール教授は、鷲のような鋭い目つきをぼくへ移した。
「ユキ・アリスガワよ、起立しなさい」
「……は、はい!」
突然、名を呼ばれ、ぼくは慌てふためきながら立ち上がった。
いろんな感情の入り混じった視線が教室中からぼくへ集まり、ぼくは緊張のあまり冷や汗どころか鳥肌まで浮かばせて硬直してしまった。
うううっ、いったい何が始まるんだよぉっ。なんだかわかんないけど、がんばれ、ぼく~。
ブリュール教授は、戦々恐々しつつ直立したぼくをじっと見つめると、顎髭を撫でながらうなずき、落ち着いた声音でぼくへ尋ねてきた。
「きみは、奨学生筆記試験で出題された問2の問題文を覚えているかね?」
いきなりそう尋ねられ、ぼくは目を丸くして何度も瞬いた。
奨学生試験?……って、あれだ、ウィンザーへの留学が決まったあとに受けた試験ことかな?
ここへ留学するにあたり、英国で受けた筆記試験を思い出し、ぼくは一足遅れてうなずいた。ウィンザーに留学が決まったとき、奨学生試験があるとかで、ぼくはいったん英国へ渡って、ロンドンのホテルでこの筆記試験を受けたんだ。10%の学費が免除されるので、母さんがノリノリで旅費を出してくれたっけ。
いまとなっては、王の学徒(キングススカラー)を選抜するための試験だったんだってわかったけど、当時はそれさえ知らなくて、ただただ受かったらラッキーくらいの気持ちで受けた。
その問題は、論文式で、しかも日本ではあり得ない変わった問題ばかりで、ぼくはずいぶんびっくりしたのだった。
「問2の質問文はこうだ―――軍の出動により反乱者25名が死亡した。貴方は首相である。凶暴な反乱者を鎮圧する為になぜ軍が必要だったのか、遂行した選択がいかに倫理的な判断であり、唯一の手段であったのか説明せよ―――この質問に対し、きみはじつに簡潔かつ明瞭にこう答えている。一般市民への被害が懸念されたためである。亡くなった反乱者へは謝罪と追悼の意を表し、二度とこのような事件が起こらぬよう努めることを誓う、と」
ブリュール教授が言い終わると、エディやヴィジィや、ぼくを非難していた生徒たちまでもが、びっくりしたような目でぼくを見つめてきた。
「きみのたった二行の文で、わしを始め、教授たちはみな驚いたのだよ。ユキ・アリスガワ、きみはなぜこのような文を書いたのかね?」
ぼくは困惑しながら首を傾げた。
「どこかへんですか?」
「へんだとも。ふつうは反乱者へ謝罪したり、追悼したりしないものだ。わしはここへ赴任して40年経つが、反乱者へ謝った生徒などただのひとりもいなかった。なぜ反乱者に謝るのかね?きみの意見を詳しく聞きたい」
意見……って言われても、なんて答えたらいいんだろ。
ぼくは一生懸命自分の気持ちを見つめながら口を開いた。
「……彼らを死なせてしまって、彼らの言い分を聞くことができなくなってしまったからです」
短く答えると、ブリュール教授は大きく目を見開いた。同時に周りがどよめき、波紋が広がるようにざわざわと囁き合い始めた。
「きみは、反乱者から意見を聞くのかね?それはなぜだ?」
最初はおかしなことを言ったのかなと思い、ぼくはひるんで口を閉ざしたけど、ブリュール教授が真剣な目で問い返してきたので、ぼくはいやがおうにも口を開かざるを得なくなった。
「ええっと……反乱者には、反乱者の信念があって反乱を起こしたと思うからです。彼らの言い分に耳を傾け、話し合えば、反乱者たちは凶暴にならずに済むかもしれません」
ブリュール教授は興味深そうに、ほうと唸り、顎髭を撫でた。
「きみは一国の首相なのだよ。そのように反乱者へ対し、甘い対応をしていてよいのかね?」
「首相だからこそ……だと思ったんですけど……」
さらに驚愕したように、うすい目をカッと見開いたブリュール教授を、ぼくはドキドキしながら見つめ、一生懸命、頭の中で要点をまとめた。
「民主主義には欠点があると思います。それは、多数派が優先され、少数派は後回しにされるという点です。少数派の人間はいつも、自分の意見が通らないという不満を持っていることでしょう。そんな彼らが結託して反乱を起こすのであれば、たとえ人数が少なくとも首相として彼らの言い分に耳を傾けなければなりません。こちらが誠意をもって聞く体制をとれば、相手は軟化し、お互いに妥協点を探すことになるでしょう。そのような機会を奪ってしまったこと、そして相手を死なせてしまったので、なぜこのような事件が起こったかの全容を国民へ知らせ、反省や考えるすべを失ってしまったことへの謝罪です」
左右からエディやヴィジィの驚いたような視線が突き刺さり、ぼくは思わずエディを見下ろしてしまった。
「ぼく、そんなにへんなこと言ってるの?」
「……いや」
エディが言葉少なに答え、ブリュール教授はもう一度ふむ、と唸った。
「ユキ・アリスガワよ。きみの考えには疑問が残る。なぜ反乱者が妥協するなどと考えるのかね?凶暴なやつらなのだよ。武器を持ち、幼子にまで銃を向けるようなやつらなのかもしれぬのに、なぜ話し合いなどと言える?非現実的だ」
ぼくは首を傾げた。
「そう……でしょうか。反乱者としても、自分のたちの要求や考えがすべて通るとは思っていないでしょう。こちらとしても譲歩できるところと無理なところがあります。その点を話し合い、譲歩し合って妥協点を探すのです。こちらがここまで譲歩できると提案すれば、相手も自分だけ譲歩しないと悪いような気がするので、譲歩してきます。こうやって話し合えば丸くおさまります」
ブリュール教授はすこし目を見開くと、白髭を震わせて低く笑いだした。
「なるほど。日本社会はわたしがいたころとすこしも変わっていないようだ。喜ばしい」
ブリュール教授はひとしきり笑うと、ぽかんとなったぼくへ再び目を向けた。
「だがユキ殿下よ、きみが譲歩しているのに、反乱者が応じず、自分の要求ばかりを突きつけてきたならば、きみはどうするのかね?」
ぼくは顎に指をあてて考えた。
「そうですね。こちらの妥協案を提示して、話し合いに応じるようぎりぎりまで説得します」
「相手は武器を持っている。それをいいことにきみの求める姿勢にならず、武器を突きつけ、要求を通そうとするかもしれぬが?」
「武器を使わないよう説得します。武力ほど無益なことはありませんから」
ブリュール教授は目をすがめ、ぼくを突き刺すように見た。
「それでも応じない場合はどうするのだね?」
ぼくは困惑した。
「応じない場合……ですか?」
「そうだ。そちらのことを考えず、武力をちらつかせ、自らの要求ばかりを突きつけてきたら、きみはどうするのだね?」
ぼくはすこしの間考えると、目をあげ、まっすぐにブリュール教授を見返した。
「殲滅します」
ぼくが答えると、前の席に座っていたニコラスが、意外そうな顔をしてぼくを振り返った。
「武器を持って挑むということは、自らもその武器で倒れても良いという覚悟を持っているということです。ですので、あえて武器を行使するというのなら、ぼくは容赦しません。全力で潰します」
瞬間、ブリュール教授は白髭を震わせて笑いだした。
しかめっ面ばかりしているブリュール教授が、声に出して笑うのがそんなにめずらしいのか、生徒たちはみなぎょっとしたように目を剥き、ブリュール教授を注目した。
「なるほど。そういうわけで英国は、第二次世界大戦当時、世界最強と言われた主力戦艦を二隻も日本に撃沈されたのだな」
突拍子もないブリュール教授の言葉に、ぼくは目を丸くしてしまった。びっくりしたのはぼくだけじゃないようで、クラス中の生徒たちが身じろぎし、ざわざわとざわめき出した。
エディに至っては、思いっきり眉根をしかめてブリュール教授を睨みつけている。
「あ、あのっ、ブリュール教授……」
「そういうことだ、サミュエルよ」
何かを言おうとしたぼくを遮って、ブリュール教授は、前列でぽかんと口を開けているサミュエルを一瞥した。
「これでも日本人は考える力がないというのかね?一方的に自分たちの考えばかりを突きつける我らとは違い、相手の立場や状況まで考えている日本人は、我らの何倍も多くものを見、考えているのだ。主張しないからと言って無能だと決めつければ、以前の英国のように叩き伏せられてしまうぞ。日本人は、能ある鷹は爪を隠すと言って、力がある者ほど能力を潜ませるのだ。力があるほど見せびらかすヨーロッパ人と違ってな。弱々しい見た目に騙され、くだらないことばかりほざいていると、いずれユキの爪に引き裂かれることになるぞ」
これには、クラス中の生徒がびっくりしてぼくを見上げてきたけど、ぼくは褒められているのか貶されているのか分らなくて、複雑な気分になった。
ブリュール教授はぼくをかばってくれたんだと思う。だけど、弱弱しい見た目ってなんだよ!見た目のこと言うなんてひどいよぉ!それにちょっと、過大評価してるよ……。
「あの、ぼくはだれも叩き伏せる気も引き裂く気もありません。そんな爪もありませんし……」
クラス中から恐れるような視線が集まってきて、ぼくは慌てて訂正した。
前に座ったニコラスと、となりのヴィジィだけがわくわくしたような目でぼくを見てるんだけど、なんでだよっ。
すると、ブリュール教授は、ふふんと鼻を鳴らし、何かを見透かすように目を細めてぼくを見つめてきた。
「ならばユキ殿下よ。きみの爪をわたしが暴いてやろう。日本人はたいてい鋭い爪を隠し持っている。いまはフランス語の授業中だったな。パスカルの有名な名言を原文で言ってみなさい」
ぼくは焦って手を振った。
「無理です、ぼくは発音があまりよくないので」
「知っているぞ。日本人のできませんとは「完璧に」できません、という意味なのだと。リスニングもできるし、ほんとうはしゃべれるのだ。なのに「完璧」な発音ではないから「できない」と言う、日本人は完璧主義者だ。多少砕けても良い。フランス語で答えなさい。タケヒトはきみにフランス語を教えているはずだ」
突然お祖父ちゃんの名前を出されて、ぼくは目を剥いてしまった。
「さあ、ユキ・アリスガワよ、質問に答えなさい」
ぼくは心底困って、ついエディを見下ろしてしまった。
エディはぼくと目が合うと、太い笑みを浮かべて小さくうなずいた。力強いエディの視線に励まされて、ぼくは教授へ視線を移すと、思い切って口を開いた。
「……L’homme n’est qu’un roseau, le plus faible de la nature; mais c’est un roseau pensant. Il ne faut pas que l’univers entier s’arme pour l’écraser : une vapeur, une goutte d’eau suffit pour le tuer. Mais quand l’univers l’écraserait, l’homme serait encore plus noble que ce qui le tue, parce qu’il sait qu’il meurt, et l’avantage que l’univers a sur lui, l’univers n’en sait rien.」
発音を気にしつつやっと答えたらと思ったら、ブリュール教授は、してやったりとばかりにニヤリと笑って、さらに続けてきた。
「正解だ。では、昨日の授業で出した例文を発表しなさい。考えるという動詞を使った例文だ」
ぼくはいよいよ困って、手元にあったフランス語のノートを握りしめてしまった。
「……あ、えっと、ブリュール教授……それにつきましては、その……Permettez-moi de penser pendant quelque temps.」
ぼくが言い終わるや、ブリュール教授は大きく目を見開き、大声で笑い出した。
呆気にとられる生徒たちを尻目に、面白くてたまらないとばかりに腹を抱え、しばらく笑い続けたあと、ブリュール教授は、目をすがませてぼくを見た。
「なんとエスプリの利いた完璧な回答だ!きみには完敗だ!参った!」
「参った」だけ日本語で言い、ブリュール教授は、ぼくへ頭を下げた。
それはよほどめずらしいことだったのか、周りは一斉にどよめきはじめ、ヴィジィやエディまでもが目を剥いて教授を見ている。
「あの、教授、ぼくの祖父をご存じなんですか?」
ブリュール教授がお祖父ちゃんの名前を知っていたことがどうしても気になり、恐る恐る尋ねてみると、ブリュール教授はニコリと微笑んだ。
「知っておるとも。タケヒトとは17のときに出会ったのだ。パリの学寮でな。日本から留学してきたタケヒトと出会い、それ以来65年間旧知の仲だ。連絡を絶やしたことはない」
うっそお!ブリュール教授とお祖父ちゃんが友達だったなんて、ぼく知らなかった!
ぼくはすごくびっくりして口を開けちゃったけど、驚いたのはぼくだけではないようで、ヴィジィもエディも目を丸くしてぼくたちを交互に見ている。
「今回、きみがウィンザーに留学するにあたり、タケヒトから手紙が来たのだよ。孫がそちらに行く、よろしく、と。タケヒトらしい短い文だった。すこしも変わらないな」
「教授と祖父が友達だったなんて、知りませんでした……」
呆気にとられて答えたぼくを、ブリュール教授は、懐かしいものでも見るように目を細めて見つめた。
「いまのきみは、出会ったころのタケヒトによく似ている。いや、すこし趣がちがうな。きみは清涼感あふれる皇子だが、タケヒトは妖艶で小悪魔的な美しさを持つ皇子だった。微笑みひとつで男たちを虜にし、手玉に取るような」
……ええっと、なんだか間違ってない?よ、妖艶?小悪魔?これってうちのおじいちゃんの話しだよね?
「わしが惚れていると知りながらタケヒトは……タケヒトは!艶やかな微笑みでわしをあしらって、イギリス男なんかと!」
話しながらブリュール教授がだんだん目を潤ませ始めるもんだから、ぼくはビビッて思わず身を引いてしまった。
「いや、あの教授!どなたかとお間違えになっていらっしゃいませんか?うちお祖父ちゃんは超がつくほど女好きなんですけど……」
瞬間、ブリュール教授はしわでたるんだ目をカッと見開いた。
ひえ!?
「そうなのだ!タケヒトは、そこらの女より艶やかで麗しく優美でありながら、じつは女好きだったのだ!あの赤く瑞々しい唇で、しつこく言い寄ってきたから付き合ってみただけだよ、イギリス人超つまんない、などと残酷なセリフをのたまい、イギリス男を振ったかと思うと、つぎの瞬間には両手に女を侍らせている!しかも成績は常にトップ!それまで首席を通していたわしをいとも簡単に突き落とし、できないよと言いながらすらすら問題を解く!友達でいようと言いながらタケヒトは!まるで気があるかのようにわしへ微笑みかけるのだ!タケヒトに期待しては突き落とされ、振り回され続け、絶望したわしの気持ちが分かるかね!?きみもできないと言いつつフランス語で回答をしたではないか!?やはり日本人のできないはうそだ!日本人はみな鋭い爪を隠し持っている!」
早口のフランス語で喚き、教卓の上へ両膝をついて頭を抱えた教授を、ぼくはいささか呆然と見つめてしまった。
あ……ええっと、なんて答えればいいんだよぉ。お祖父ちゃん、あんたいったいどんな十代だったんだよーっ!
「ブリュール教授、大丈夫ですか?お気を確かにしてください。あまり興奮なされると腰をお悪くされます」
そこへ、ヴィジィがさっと立ち上がり、落ち着いたフランス語でブリュール教授を労わった。すると、ブリュール教授はハッと顔をあげ、ひとつ咳払いをして居住まいを正した。
「大丈夫だ、ヴィジィよ、そなたはほんによく気が利くな」
ヴィジィは、チラリとぼくを見ると、頬へ流れをおちた金の髪を揺らし、片目をつぶった。そのセクシーなウィンクにどぎまぎしていると、ブリュール教授は、教師鞭を持ち、その先をサミュエルへ突きつけた。
「サミュエルよ。解ったかね?これが日本人だ。きみはユキに目こぼしされているのだ。そのうちに黙ったほうが得策だ。殲滅するといったときのユキの目を見ただろう?あれがサムライなのだ。あえて挑むというのならばわしは止めん」
サミュエルは、狼狽えたようにぼくを振り返ったけど、ぼくと目を合わせず、そろそろと自分の席に座りなおした。
彼の周りにいた生徒たちも、みな怯えたようにぼくを見上げたかと思うとさっと目をそらし、もう二度とぼくのほうを振り向かなくなった。同時に、いろんな方向から、畏怖やら歓喜やらが入り混じった視線が集まってきて、ぼくはうっとのどを詰まらせた。
また誤解されてるよぉ、サムライでも殿下でもないって言ってるのに!もうやだっ!だれか誤解を解いてよー!
「ユキ殿下よ」
困りすぎて冷や汗を浮かばせはじめたぼくを、ブリュール教授は、重々しい口調で呼んだ。
「日本人は爪を隠すのが美徳とはいえ、持てる力を顕示しなくてはならない場合もある。必要以上に隠せば、このようないざこざを起こす原因となろう。国が違うのだから致し方ない。殿下にはご不快だろうが、それが欧州なのだ。お分かりかね?」
瞬間、ぼくは理解した。
ブリュール教授がなぜこんなにも時間をつかい、回りくどくことを進めたのか。
ぼくは、思わずエディを見下ろしていた。
合わせたうす緑の瞳は、優しい光りを含んでぼくを見つめていて、ぼくは、エディがぼくに伝えたかったことも、ここにきてやっと理解した。
ぼくは、胸に広がった思いを噛みしめるように、小さく息をついた。
「そう……そうですね。これからは自分に向けられた糾弾には、理解してもらえないからと諦めたりせず、必要に応じて自分なりに反論するようにします。ブリュール教授、たいへんありがとうございました」
丁寧に頭を下げたぼくを、ブリュール教授は慈愛を込めた目で見やり、嬉しそうにうなずいた。






Send Feedback