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※だんだん主人公が人種差別に巻き込まれていきますので、苦手な方はご注意を。(あら...

美雨

薔薇のように 英国パブリックスクール物語④

美雨

7/3/2017 09:08
※だんだん主人公が人種差別に巻き込まれていきますので、苦手な方はご注意を。

(あらすじ)創立500年を超える歴史と、誉れある伝統で英国中にその名をはせる、名門パブリックスクール、ウィンザー・カレッジ。ライディングス寮の監督生に選ばれたイギリス王室支流の王子、エドワードは、日本からの留学生、有栖川幸と同室になり、その生活をサポートするよう命じられる。自由奔放で予期しない行動に出る幸に振り回され、辟易するエディ。しかし、幸を知れば知るほど、その思いはべつの感情に変わりつつあった。

「なろう」からの転載。注意事項は①novel/8031168に準じます。

「このまままっすぐ行くとラグビー場へ着くよ」
先を指さしながら、クリスはそろりと隣にいるユキを仰ぎ見た。
自分がオズと話をしている間に、ユキはヴィジィと何やら深刻そうに話し合っていた。頬を薔薇色に染めてはにかんでいたユキはとっても魅力的だったが、遊び人のヴィジィに口説かれていたのではないかとクリスは心配した。
ヴィジィはとにかく口がうまく、狙った相手の心の中まで忍び込んで甘くとろかすように籠絡する。それが生きがいと言ってもいいくらいだ。
クリスは、純真無垢で、まだ恋も知らなそうな隣りの友人が、ヴィジィの手練手管に引っかかってはいないかとやきもきしながらユキへ話しかけた。
「ねえ、ユキ。ヴィジィと何を話していたの?」
恐る恐る尋ねてみると、ユキからは軽快な答えがあった。
「ちょっと落ち込むことがあって、ヴィジィが励ましてくれたんだ!ヴィジィって優しい人だね!」
ああ……なんてことだ!
ますますおろおろしながら、クリスはユキの白い頬を見つめた。
東洋人は肌が黄色いと思っていたのに、ユキの肌は、磨かれた象牙のように白くなめらかで、反対に唇は薔薇のように紅く艶めいていてとても優美だ。そこへまるで濡れているかのような黒い髪がかかる様は、オリエンタルでクリスでさえドキドキしてしまう。
くわえて、寮の食事がまずいと泣いたり、クッションを大事そうに抱えていたり、見るたびにくるくると変わる表情がとても可憐で目が素通りできない。ユキは魅力的だ。とても可愛らしく、その神秘的な黒い髪に触れてみたくなる。
それは、自分だけが思っているわけではない。きっとヴィジィも、そしてまわりの生徒たちも、そう思っている人間は多いに違いない。ユキはもっと警戒しなくてはならないのだ。
「落ち込むことって何があったの?」
順を追って説明しようと、とりあえず事情を尋ねると、ユキは恥ずかしそうに首をすくめた。
「フランス語の授業中にね、人種差別的発言を受けたんだ。それでちょっと落ち込んでいたんだけど、ヴィジィに励まされたよ、もう大丈夫」
まさかそんな事情があったとは思いもしなかったクリスは、胸を突かれて言葉をなくした。
人種差別を受けるなど、どれほどショックだっただろう。生きていること自体を否定されているようなものだ。自分ならショックで部屋の外に出られなくなってしまう。
それではヴィジィは、ほんとうにユキを慰めていたのだろうか。
振り返ってにっこり笑ったユキがはかなく見えて、クリスは胸を痛めた。
「ごめんね、ユキ……」
突然謝ると、ユキはまっ黒な瞳を大きく見開いた。
「クリス?どうしたの?」
「きみにいやな思いをさせてごめんなさい。英国の人間として恥ずかしいよ」
泣きたい気持ちになってクリスは心から謝罪した。するとユキはさらにびっくりしたような顔になって、クリスの右手をつかんだ。
「どうしてクリスが謝るの?それこそクリスは何にも悪くないのに」
「ユキがどれだけ心を痛めたかと思うと申し訳ないよ……」
「クリス……」
ユキは、温かい手でクリスの手をぎゅっと握りしめてきた。白く繊細なユキの指は、クリスより冷たくて心細げだ。ふつふつと庇護欲が湧いてきた。ぼくがユキを守らなくちゃ、とクリスは心の底から思い、ユキの手をしっかり握りしめた。
「今度からいやなことがあったらぼくに話してね?ぼくはユキの味方だから」
ユキは感激したのか、漆黒の瞳を潤ませて頷いた。
「ぼくも!ぼくもクリスの味方だから!何かあったらぼくがクリスを守るよ!」
……え。何か違うような気がするんだけど。
そう言おうとした瞬間、ユキはそのままクリスの腕を引っ張った。
「あっ、見えてきたよ、ラグビー場だ!ここから入れるみたいだよ!」
ラグビー場はウィンザーの花形スポーツなため、観客席が設けられてある。
それは、他校との対戦のときや、寮対抗ラグビー大会のとき、生徒たちが自由に観戦するためのものだ。よって観客席へは自由に出入りできるようになっていて、ユキはその出入口を見つけたのだ。
ユキに手を引かれるまま駆け足になって観客席へと入り込むと、いままさに屈強な身体つきをした選手たちがスクラムを組んだところだった。
「うわ、すごい!痛そう~」
ユキがびっくりして手すりへ飛びつくと、ひとりの選手が後方に飛んだボールを素早く奪い、ディフェンスにかかる対戦相手を次々になぎ払いながら、H型のインゴールへトライした。
レフリーの高らかなホイッスルの音が鳴り、得点版に点数が追加されると、選手たちから歓声が上がった。
「すごかったね、いまの!あの選手、すんごく足早いし、ディフェンスも軽々かいくぐったよ!」
ゴールを決めた選手を、頬を上気させて見つめたユキは、つぎの瞬間ゲッと叫んでのけぞった。
「あれ、エディ!?」
ユキの目線を追い、クリスはくすくす笑った。
紺色のユニフォームを纏い、たったいまトライを決めた選手は、クリスの自慢の幼馴染、エドワードだった。
「エディは、ラグビーの花形選手なんだよ!ポジションはフォワードのナンバーエイト。フォワード全体をコントロールして統率する役目があるんだ。スピードとパワー、それから的確な判断力も必要だし、総合的に高い能力が求められる。守備、攻撃の両面においてチームの中心となる重要なポジションなんだよ。まさにエディにぴったりだよね」
「へえー……そうなんだ」
てっきりと自分と同じように、エディに心酔しているかと思いきや、ユキからはクールな返事が来ただけだった。
「ユキ?」
いぶかしんでユキを見上げたとき、再びレフリーがホイッスルを吹き、ゲームはハーフタイムへ突入した。選手たちがそれぞれのチームベンチへ戻ろうとするなか、ユキとクリスにいち早く気付いたのは大柄な体躯のニコラスだった。
ニコラスはブラックのヘッドギアを脱ぐと、ペールブルーの目を見開き、観客席にいるクリスとユキめがけて疾走してきた。
「どうしたんだ、お姫さまたち。おれたちの雄姿をわざわざ見にきてくれたのか?」
ニコラスが汗を散らし、笑いながらユキへ手を差し出すのを、クリスは目を見開いて見つめた。
観客席は、フィールドよりもだいぶ上にあるので、ニコラスはクリスたちを見上げる格好になっている。おかげでニコラスが微笑む姿がクリアに見え、クリスは余計に驚いた。いつも仏頂面で朴訥としたニコラスが笑いかけている。こんなニコラスなんて正直初めて見た。
「うん!あのね、いろんなスポーツを見学して回ってるんだ!どのスポーツを選択するか決めるためなの。それでクリスはぼくを案内してくれてるんだ」
「そうか。どうだったか?おれの雄姿は?」
「すごくパワフルだったよ!かっこいいね!」
ユキが頬を上気させて微笑むと、ニコラスはいかつい頬を緩ませた。
「おれに惚れたか?お姫さま」
ニコラスは、そう言いながら握手のために掴んだユキの手を引き寄せ、すべらかな甲に軽くキスした。遠巻きにこちらを気にしていた選手たちがわっとざわめき、とたんに大騒ぎになった。
「も、もうニコラスったら!ぼくお姫さまじゃないよ~っ」
ユキが頬を染めて手を引っ込めると、ニコラスはニヤリと笑ってユキを見上げた。
「じゅうぶんお姫さまだ。ヤローばかりで花のない場所には、おまえさんのような潤いが必要なんだよ」
そこまで言うと、ニコラスは顎を下げて少しばかり背後を気にし、薄い唇をニッと引き上げた。
「ほぉら来なすった、王子さまが姫の危機とばかりに飛んできたぞ」
「ニコラス、やりすぎだ!」
髪を乱して疾走してきたエディが、厳しい顔でニコラスの肩をとると、ニコラスは泰然自若としたままエディを見返した。
「おれは何もやりすぎてはいない。おまえさんの(クリス)に手を出したわけじゃないだろう?ここは大目に見るところではないのか?エドワード監督生」
エディはその眼光を鋭くしてニコラスを睨んだ。
「ユキはキスの文化に慣れていない。むやみに触れるのは……」
「エディ、ぼくは大丈夫だよ」
そのときユキが割って入り、ニコラスを見上げて可愛らしく笑った。
「郷に入っては郷に従えっていうもの。まだちょっとびっくりするけど、慣れるよう努力するし、なによりぼくを受け入れてもらってるってことだからすごくうれしいよ!」
「なら、頬にもキスさせろ」
ニヤニヤ笑ってニコラスが茶化すと、ユキは真っ赤になって慌てて両手を振った。
「ちょっと、それはダメ!ダメダメダメ!」
「フランス人にはさせただろう、不公平だぞ、お姫さん」
「あれは突然だったからっ。頬っぺたはダメ!絶対ダメ!」
ニコラスは頬を染めて拒否するユキを、目を細めて優しげな表情で見つめた。
「なぁユキ、おれと一緒にラグビーをやらないか?」
ニコラスが気軽にユキを呼んだことに、クリスは心底驚いた。ニコラスがいままで愛称(ニックネーム)で呼んだのは、同室者のヴィジィだけだ。
ドイツ人は心を許さないと愛称(ニックネーム)呼びをしない。ヴィジィでさえ、愛称を呼ばれるまでに2年くらいかかっている。それなのに、ユキはたった2日でユキと呼んだ……。
驚くクリスの前で、ユキは可憐な面を綻ばせ、にっこり笑った。
「ありがとう、ニコラス。でもやめておくよ。だって吹っ飛ばされたくないもん。自動車事故に遭ったわけでもないのにムチ打ちになるなんてやだよ」
ニコラスは声に出して笑った。
「言いえて妙だ」
「なあ!ニコラスばかりズルいぞ!おれたちにも紹介しろや!」
そこへほかの選手たちがどやどやとやってきて、あっという間にユキを取り囲んだ。
王の学徒(キングススカラー)の編入生やろ?なんだよ、噂よりめっちゃかわいいじゃん!」
「日本から来たってほんとかっ?」
「うん、そうだよ」
ユキがにっこり微笑んで頷くと、まわりからワーオ!と歓声が上がった。
「すっげえ、ほんものの日本人だっ!」
その中でも紅茶色の髪をした生徒が頬を高揚させ、皆をおさえてずいっとユキの前にしゃしゃり出た。
「おれ、カワサキのニンジャにハマってんだよね!あれ、すげえよ!究極の強さとエレガンスを持ち合わせてる!インターモトに出展された新モデル見たか!?サムライのマスクみてえなトラスフレームしててさあ!うおおっ、たまんね!欲しいっ!こんなの作る日本人はすげえぜ、握手してくれ!」
「そ、それってぼくがすごいんじゃなくて川崎重工業さんがすごいんだと思う」
強引に握手させられ、困ったような声をあげるユキに、違いねえと笑い声が起こる。すると、いまだユキの手を握り続ける生徒を、べつの生徒が押しのけ、さっと右手を差し出した。
「こいつのことは気にするな。毎日毎日カワサキのカタログ開いてぎゃあぎゃあうるせえんだ。それよりおれと友達になってくれないか?」
「おれもおれも!」
「あっ、抜け駆けすんなや!」
「うるせえぞ、ジェフ!どけよ、リッキー!」
「やめんかおまえら!ユキが迷惑しているだろう!?」
ニコラスが怒鳴りながらどつき合いを始めた生徒たちを止めに入る。それを尻目にクリスは、遠巻きにユキを見つめていたエディへ視線を移した。
「すごい人気だね、ユキは」
「おべっか使いなんだ、あいつは。だれにもあのようにいい顔をする」
クリスは呆れて、シャープな頬をゆがめたエディを見上げた。エディは、端正な眉がぎゅっと寄り、見たこともないような怖い顔をしていた。
クリスはひどく驚いて、自分の胸をおさえた。
エディは苛立っているのだ。彼の強い自制心だけではおさえきれないほど、エディは怒り狂っている。はっきり言って、こんなふうに怒りの感情が漏れているエディなど初めて見た。
夕べの点呼のときだって、エディは頬を上気させてユキと子どもじみた喧嘩をしていた。何が起こっても冷静で感情の起伏を見せないエディが、あんなふうに感情を乱して喧嘩をするなんて信じられなかった。
「ぼくは、ユキはすごいと思う。彼、人種差別を受けたそうじゃないか。その直後なのに、あんなふうに心を開いて笑えるなんて。ぼくなら英国の人間を嫌いになっているよ」
「だからだ!嫌われないよう自分を卑下しておべっかを使ってるんだ!」
エディはなおも怒りを含んだ声で怒鳴り、さっと身をひるがえした。
チームベンチへ戻っていく後姿からは、エディの言いようのない苛立ちが見て取れる。クリスは驚くしかなかった。
ユキと出会ってまだ2日しか経っていないのに、クリスの自慢の幼馴染の、この変化のしようはどうだ。何があってもエディは冷静沈着に行動する人間なのに。
エディは自分が分からなくなるほど、怒っている。おかげでクリスは、エディがユキと喧嘩をしたのか聞きそびれてしまった。恥ずかしがって視線をそらすことはあっても、話すときはちゃんと相手の目を見るユキが、一度もエディのほうを見ない。エディはエディで怒りを抑えきれないでいる。幼馴染のクリスにまで怒りを漏らしてしまうほどに。
ふたりの間は、明らかに変だ。
「それで、どうしてエディはそんなに怒っているの?ユキ自身のことでどうしてそんなに……」
去っていくエディの背中に問いかけても、応えはない。


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