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"薔薇のように 英国パブリックスクール物語③", is tagged with「創作BL」「男子校」and others.

※だんだん主人公が人種差別に巻き込まれていきますので、苦手な方はご注意を。(あら...

美雨

薔薇のように 英国パブリックスクール物語③

美雨

6/17/2017 16:46
※だんだん主人公が人種差別に巻き込まれていきますので、苦手な方はご注意を。

(あらすじ)創立500年を超える歴史と、誉れある伝統で英国中にその名をはせる、名門パブリックスクール、ウィンザー・カレッジ。ライディングス寮の監督生に選ばれたイギリス王室支流の王子、エドワードは、日本からの留学生、有栖川幸と同室になり、その生活をサポートするよう命じられる。自由奔放で予期しない行動に出る幸に振り回され、辟易するエディ。しかし、幸を知れば知るほど、その思いはべつの感情に変わりつつあった。

「なろう」からの転載。いずれ引っ越ししてくる予定。
注意事項は①novel/8031168に準じます。
 ラリーは、茶器をトレーに乗せて持ち、すがすがしい朝日の入る踊り場へ足を下ろした。
早朝の日差しが降り注ぐ英国は美しい。踊り場にあるオリエル窓から外を眺めると、早起きの園丁がみずみずしい芝生の上へ、すでにローラーを滑らせている。
その向こうには、この時期開花するりんどうの花が、早朝のそよ風に揺られていて、とてもきれいだ。
「ごめん、お待たせ!」
窓の外を眺めていると、上階から同室者のケイトが靴磨きの布とクリームを持って駆け下りてきた。
ファッグ生の朝は、この寮でだれよりも早い。
点呼の号令がかかる一時間も前に起き、上級生(ファッグマスター)の靴を磨き、紅茶を淹れなければならない。そして上級生を起こし、上級生のための着替えを手伝う。
ラリーは、エディのために紅茶を、そしてケイトはエディのために彼の靴を磨く。大いなる眠気と、キンとした朝の寒さに耐えながらの労役を、二人は毎日変わらず続けてきた。
だが、今朝だけはすこしちがう。今まではひとり部屋だった監督生室には、昨日より同室者ができた。
「ユキさん、昨夜はちゃんと眠れたかなぁ」
連れ立って階段を下りていると、ケイトが心配そうな声をあげた。ラリーはおかしくなってすこし笑ってしまった。
「なに?」
「だって昨日はアジア人が怖いみたいなこと言っていたじゃない」
「だって……」
ケイトは頬を染め、かすかにそばかすの浮いた面をうつむき加減にした。
「ぼくたちと人種が違うんだもん。どんな人かわからないし、ちょっと怖いのは当たり前でしょ。でも怖い人じゃないってわかったらから安心したっていうか……」
ラリーはケイトの言わんとしていることが分かって頷いた。ケイトにはすこし臆病なところがあるが、それでも自分たちと国も人種も違う人間を恐れる気持ちはわからないでもない。
ラリーは昨晩、点呼の場での出来事を思い出した。
扉が開かれ、黒いぬいぐるみが飛んできたあの後、ユキはびっくりしたような顔になって部屋を飛び出てきたかと思うと、エリスへ謝り続け、自分たち下級生(ジュニア)にも頭を下げた。
「号令の声に全然気づかなかった!ごめんね、ほんとにごめんね!」
それから、わらわらと集まってきた上級生(シニア)たちにも、騒いですみませんでした、ごめんなさいと謝罪して回っていた。
「ユキさんって、腰の低い人なんだね。皇子さまなのに」
下級生(ジュニア)の自分にまで頭を下げたユキへ、ケイトは好意を持ったようだ。なにせ、上級生(シニア)の中には、自分たち下級生(ジュニア)を奴隷のように見下げる人間もいる。もちろんそういった上級生(シニア)はまわりに軽蔑されるので、あからさまに表へ出す上級生はいない。
ファッグ生は、奉仕はするが奴隷ではない。
その考えは弱者が虐げられるのを防ぐためで、現在でも厳重に守られている。
もし自分のファッグ生を不当に扱う上級生(ファッグマスター)がいたら、彼はすぐさまファッグ生に奉仕される権を放棄しなければならない。
「……っていうかぼく、あんなふうに感情的になってるエディさんなんて初めて見たよ」
どんなときでも冷静沈着に采配する監督生(プリーフェクト)が、髪を乱れさせ、頬を上気させてユキへ突っかかっていた。はっきり言ってエディが乱心したとしか思えなかった。
「すごくびっくりしたけど、でもぼく、なんかホッとしたな……」
ケイトは自分が持った靴磨きの道具を見下ろしてくすっと笑った。
「エディさんも人間だったんだなって」
「ぼくもそう思う。どう見ても子どものケンカだったよね」
ユキにほっぺたをつねられて、眉をしかめていたエディを思い出し、ふたりはお互いに顔を見合わせ、くすくす笑った。
「ケンカの原因は何だったんだろ」
「さあ……」
「たぶん、些細なことだよね」
ふたりで笑い合いながら一階へ降り立ち、ふと玄関ホールのほうへ目をやると、ひとりの最下級生が小さめの鞄を握って、今まさに玄関の開き戸を開けようとしていた。
「きみ、なにしてるの?玄関が開錠されるのは点呼の後だよ」
ラリーが声をかけると、最下級生はびくりと肩を揺らし、こちらを振り返った。
第二学年(セカンドフォーム)の自分たちから見ても、いまだ幼さの残る少年は、身体も細く背も小さかった。くるくるとカールした髪と目は、明るいブラウンだったが、青白い肌がすこし病的に見える。最下級生は、ラリーたちに気付くと、とたんに身を縮こませ、目をきょろきょろさせた。
「あの……散歩でもしようかと思いまして」
最下級生は、あからさまにラリーから目を離して、しどろもどろに答えた。ラリーは無言のままケイトと顔を見合わせた。
「こんなに朝早くから?」
踵を返して最下級生のもとへ近寄ると、彼はますます肩を縮こませ、扉に張り付くような格好になった。
「……えっと、ぼくはすごく早起きなんです。それで……」
「早起きなのはいいことだけど、朝食が済むまでは外に出てはいけない決まりなんだ。お部屋へ帰ったほうがいいよ。脱走と思われたらひどいお仕置きを受けるよ」
忠告のつもりで言っただけなのに、最下級生はびくりと肩を震わせ、見る間に青くなった。
「あの……部屋へ戻ります」
最下級生はついにラリーの目を見ることはなく、逃げるようにふたりの脇をすり抜け、上階へ駆け上がっていった。
「なんだろね、あの子」
ケイトが首を傾げる隣で、ラリーは最下級生が上って行った階段を見つめた。
―――ただの散歩に行くのに、バッグを持つ必要があるのだろうか?
「ラリー、早く行こう」
「……うん」
不穏なものを感じながらも、ラリーは翻り、ケイトの後を追った。










「すごーい、ぴったりだ」
ぼくは朝日の入る窓辺で、真新しいシャツを身にまとい、姿見の前に立った。
首が隠れてしまうタイプのファルスカラーが慣れず、苦しいなぁと思いながらも何とか身に着ける。 礼拝のときとか集会のときになったら、これに蝶ネクタイがつくんだよね。紳士ってすんごく息苦しいぞ!
その上にベストを羽織り、黒の燕尾服を着ると、ぼくは鏡の前で意気揚々と一回転してみた。
「ほんとに後裾ついてる!ぴったりだけど動きにくい~。いつか慣れるもんなのかな」
うなりながら鏡に映った自分とにらめっこし、ぼくはため息をついた。
……七五三みたいだ。やっぱりエディみたいにかっこよくならないっ!
「髪だ!髪をこうやってなでつけたらもうちょっと紳士然となるかも」
ペタペタと前髪を七三に分けてなでつけてみたけど、余計におしゃれした五歳児のようになってしまった。
うわあああんっ、日本人は童顔なんだよ、ちくしょー!
涙をのみながら振り返ると、ぼくのルームメイトは、いまだベッドの中で眠っていた。時計の針は、早朝の6時30分を指すところだ。
エディ、まだ寝てる。しかも起きる気配ないよ。まだ寝てていいのかな?
それにしてもおなかすいたなぁ。いつもだったらもう朝ごはん食べてる時間なのになぁ。ゆうべもちょびっとしか食べられなかったし、空腹のあまり日本で焼き鳥食べてる夢見ちゃったよ!
ぜったい今日中に日本へ連絡するんだ!で、最低でもお米と海苔と梅干しと塩を送ってもらう!でないとぼく飢え死にしちゃうよぉ!
「あ~ごはん食べたい!ごはんごはんごはんごはん!白い米!米!米米米米!お味噌汁お味噌汁!アジの開きときゅうりの糠漬け!」
あ、だめ、禁断症状が……。
つい大きな声で叫んでしまって、ぼくは慌てて口を覆って後ろを振り返った。エディを起こしてしまったかなと心配したけど、やはりエディは身じろぎもしない。
起きなくていいのかな。7時が点呼だからまだ寝ててもいいんだろうけど、エディのことだから点呼前にきっちり起きて支度しそうだよね。
そういえば、ゆうべエディは何時まで勉強してたんだろ。ぼく途中から寝ちゃってたからわからないや。
ぼくはつつっと彼のベッドわきまで近寄り、そして仰天した。
エディは裸で眠っていた。逞しく盛り上がった肩が毛布から丸見えになっており、男らしい首筋があらわになっている。鎖骨付近に纏わりついている十字架のネックレスが妙にセクシーで、ぼくは不覚にもドキドキしてしまう。
かかかか、かっこいい……っ。しかもなんだよこの筋肉、おんなじ男なのに不公平だっ!
ってかイギリス人、パジャマ着ろよ!目の毒になるじゃ……ちがうちがう!寝るとき裸で、寮でも制服なら、毎日毎日制服しか着てないってことじゃん!ばかじゃないの!?ぼくだったら一発で風邪ひくよ!
「ねえ、エディ。朝なんだけど、起きないの?」
控えめに声をかけてみたけど、エディは微動だにしなかった。
長い金の睫はびくともしない。端正な額に金の髪がかかり、朝日を受けてキラキラ光っている。ぼくはまたしてもドキドキと胸を高鳴らせてしまった。
も、もーやだ!しゃべったら最悪だけど、見た目は、漫画に出てきそうなほどの典型的王子さまなんだもん!見た目だけだけど!
「エディ、朝だって」
ぼくは指を伸ばし、エディの頬をつついてみた。男らしい顎には、金色をした髭がかすかに生えていて、ぼくはまたしても落ち込んでしまった。
ううっ、生を受けて17年、生きてきた年数は同じなはずなのに、なんだよこの差は!?
「ねえ、エディったら」
前髪をつかみ、つんつんと引っ張ると、エディはやっと身じろぎした。うるさげに眉根を寄せ、片手をあげてぼくの手を追い払う。だけど瞼を開けることはなく、そのまま眠ってしまった。
起きないよ~。どうしよ、ほっといてもいいのかなぁ。
迷うぼくの目に、ふとエディの右手が映った。長い指の中で、人差し指の爪だけに血豆ができている。
これって痛そう。どうしたんだろ。
エディの手に触れ、人差し指をまじまじと見たとき、ドアをノックする音が響いて、ぼくは飛び上がらんばかりに驚いてしまった。
「は、はい!」
慌ててエディから飛びのき、ドアへ駆け寄ると、ぼくが開けるより先にドアのほうが勝手に開いた。
「あの……おはようございます」
顔を見せたのはふたりの下級生(ジュニア)だった。
ひとりは赤毛にそばかすのある子、そしてもうひとりは茶色っぽい金髪をボブにした子で、二人とも見覚えがある。ゆうべ点呼のときに付き添っていた子たちだ。
「あ、あの……お早いですね、ゆ……ユキさん」
ぼくが制服を着て出迎えたことが驚きだったのか、ふたりともびっくりした顔になってぼくを見上げてきた。心なしか腰が引けているように見える。
ぼく、怖がられてる?ちょっとショックだなあ……。
「ユキでいいよ。おはようございます。ええっと、ごめん、ふたりの名前って……」
お辞儀をすると、ふたりの下級生(ジュニア)は慌てたように顔を見合わせた。
「ぼくは、ローレンス・オリヴィエです。あの、ラリーと呼んでください」
「ケイト・ラドフォードです。よ、よろしくお願いします」
まだ幼さの残る子たちが、制服をきちんと着て、行儀よくあいさつをする姿はとてもかわいかった。まだ12歳くらいだよね、小学六年生くらいかな?
「ラリーにケイトだね、よろしくね」
にっこり笑って手を差し出すと、ふたりはおずおずといったように右手を差し出してきた。交互に握手をすると、ふたりとも最初は肩をすくめたけど、やがて恥ずかしそうに微笑んだ。
かっわいい!こんな弟ほしかったなぁ。
「ふたりともこんなに早くからどうしたの?点呼は7時だよね?」
ラリーが持っている茶器へと目を落とし、ぼくは首を傾げた。なんで茶器?しかもケイトは靴磨きのブラシとクリームを持っている。
「はい、あの……エディさんを起こしに来ました」
はっ!?起こしにきた!?
「それから、エディさんに早朝の紅茶を淹れに参りました」
「ぼくはエディさんの靴を磨きに」
「なにそれ、どういうことっ?」
エディったら下級生(ジュニア)に自分の面倒見させるなんて、なんてやつだ!
茶ぐらい自分で淹れて飲めっての!靴は自分で磨けよ!昨日王侯貴族であっても規律を守って生活しなきゃいけないって言ってたのは嘘だったの?
目を剥くぼくを尻目に、ラリーはキッチンへと続くドアを開け、中へ入っていった。
「ぼくたちファッグ生の仕事ですから」
「ファッグ生……?」
「定められた上級生(ファッグマスター)へ奉仕をする役目を担う下級生(ジュニア)のことです。ぼくたちはエディさんを敬愛していますので、こうやって日々ご奉仕させてもらっています」
「エディさんは朝がすごく苦手ですので、点呼前に起こすのもぼくたちの役目なんです」
ラリーがキッチンから顔を見せ、にこりと笑う。
なんだってぇ?
ぼくは即座に翻って、ぐうぐう眠り続けるエディを揺り起した。
「ちょっとエディ!起きなよ!下級生(ジュニア)に起こしてもらうとかどういうことなのっ!」
乱暴にエディを揺さぶるぼくにびっくりしたのか、ケイトが慌ててぼくのそばへ駆け寄ってきた。
「ユ、ユキさん!」
おろおろとしながらケイトがぼくの腕をおさえたけど、ぼくはやめなかった。
「エディったら!17にもなって自分で起きれないなんて甘えすぎ!このわがまま王子!」
寝ているエディの頬をつかんでびよーんと引っ張ると、エディは嫌そうに眉を寄せて片目を開けた。
「これは夢だ、もう一度寝よう」
だけど、真上から覗き込むぼくに気付くと、エディは顔をしかめてもう一度目をつぶろうとした。
もう!なんて寝汚いやつなの!
「バカ言ってないで起きて!」
「頬を引っ張るな!」
もう一度頬をびよ~んと引っ張ると、エディは不機嫌な声をあげてのそりと起き上った。逞しい肩や腕をさらし、不本意とばかりに髪をかき上げる姿は、なんかちょっと絵になる。表情は超凶悪だけど。
「おはよ!エディが朝弱いなんて意外~」
完璧に見えるエディでも弱点があるのが可愛くてくすくす笑うと、エディは髪をかき上げた格好のまま眼球だけを動かしてぎろりとぼくを睨んだ。
「ああ……やはり夢じゃなかった。神よ……」
「何わけわかんないことぶつぶつ言ってるの?ラリーとケイトがわざわざ起こしに来てくれたんだよ、下級生(ジュニア)に面倒見させるとか信じらんない!」
「ファッグ生が上級生(ファッグマスター)に奉仕するのは当たり前だ。特定の上級生へ奉仕することで信頼と敬愛の心を育んでだな……」
「あ、ラリー、ありがとう。ほんといい子だね」
銀のお盆に、湯気の立つカップアンドソーサーとティーポットを乗せて、上手に運んできたラリーがいじらしくて、よしよしとラリーの頭をなでると、ラリーは途端に赤くなってうつむいた。
「おい、人の話を聞け」
「知らないよ。とにかく朝はひとりで起きれるようにならなきゃ、社会に出たときどうすんの!」
あ……王子さまだし、実家にはきっとメイドさんが山ほどいるのかも。カーッ、だれかに起こしてもらう生活なんて、恵まれすぎだっての!
「おまえに言われるのは心外なんだが……」
エディは顔をしかめながら、ラリーから紅茶を受け取って口を付けた。
朝から優雅に紅茶ですか、そうですか……しかも下級生に淹れさせるんですか、そうですか、さすが王子さまですな!
「ねえ、制服着てみたんだけど、どうかなぁ?似合ってる?」
ぼくはドキドキしながら、しかめっ面で紅茶をすするエディの前で、くるりと一周してみた。
「……燕尾服に憑りつかれている第一学年(ファーストフォーム)の坊主たちのように似合ってるな」
「なにそれ、どうせエディみたいに似合いませんよーだ!皮肉るならもっと堂々と皮肉ってよね、エディのバーカ!」
むうっと下唇を突き出すと、びっくりしたような顔でぼくたちのやり取りを眺めていたラリーが、我慢できないとばかりにくすくす笑い出した。
「バカなんて言うこと自体が子どもなんだ。礼拝のときは蝶ネクタイをしろよ」
ふん、わかってますよーだ!
「あ、そういえばこれってどうしたの?」
エディが白磁のカップを握っていたので、ぼくは再びそれに気付いた。エディの人差し指の爪に、けっこう大きな血豆ができている。痛そうだけど、爪の血豆って、あんまり触らないほうがいいよね。
「ドアにでもはさんだの?エディってけっこうそそっかしいんだ~」
ニヤニヤ笑いながらからかうと、エディはむっと眉根を寄せた。
「夕べおまえが噛んだんだろが!」
「えっ!?」
素っ頓狂な声をあげたのはぼくじゃなく、ラリーだった。
エディへおかわりの紅茶を注ごうとしていたラリーは、ティーポットを握ったまま顔を真っ赤にしてうつむいた。
……え?
気配を感じて後ろを向くと、磨き上げたばかりの靴を持ったケイトが、同じように頬を染めてぼくの後ろに立っている。
……あれ。
「シャワーをしてくる……」
エディは無表情のまま、カップをソーサーへ戻し、慌ててラリーが差し出したトレイの上へ置いた。逞しい裸体を惜しげもなくさらしたままベッドから下り、そそくさと浴室のほうへ進んだ。
「勘違いするな!こいつがなにも掛けずに寝ていたから毛布を掛けてやっただけだ!そしたらこいつがっ……」
エディはそこまで叫ぶと、妙な感じに頬をゆがめて顔をそむけた。そのまま浴室のドアを開け、もう二度とこちらを振り向かずにさっさとなかへ入って行った。
何に怒っているのか分らないけど、さすがは王子さま、乱暴にドアを閉めるようなことはしない。ただし、耳のあたりがほんのり紅くなっていたけど。
何あれ、意味わかんない。イギリス人って、たいてい怒ってるよね。
「ねえ、なんでパジャマ着ないの?イギリス人ってみんなああなの?おなか冷えないの?」
ぼくが隣りにいたラリーに尋ねると、ラリーは真っ赤になったまま、下級生(ジュニア)は着てます……と答えた。







やっぱり激マズの朝食が終わり、礼拝堂へ行くために白の蝶ネクタイを締めていると、エディは書類を握ってぼくを振り返った。
寮長(ハウスマスター)室へ行ってくる。玄関ホールで待っていてくれ」
「いいけど……なにそれ、もしかしてYの罰もう仕上げたとか!?エディの裏切り者~っ」
エディは呆れたような顔をした。
「ちがう。先月の点呼記録簿をまとめたものだ。毎月おれがサインをし、寮長(ハウスマスター)へ渡さなければならない」
あ……そうなんだ。監督生(プリーフェクト)ってほんと忙しいんだね。疑ってごめん。
「Yの罰は今夜から一緒にしようね」
「ああ……仕方ない。おまえに付き合ってやる」
わーい!
「やっぱりエディって口は悪いけど優しいよね!ありがと!」
嬉しくって思わず抱きつこうとしたけど、夕べむやみに触れるなと注意を受けたことを思いだして、ぼくは身を引いた。
いけない、いけない、せっかく仲良くなりそうなのに、また喧嘩しちゃうよ。
そろりとエディを見上げると、エディは耳までほんのり紅くしてそっぽを向いていた。
「エディ?」
「なんでもない!いいから玄関ホールで待っていろ!」
もお、ほめたのにすぐ怒る!イギリス人ってマジで訳わかんないよ!
頬を膨らませて翻ると、エディが待てと声をかけてきた。
「なに?」
「オーギュストには気を付けろよ。姿を見たら逃げろ。絶対に近づくな」
オーギュストって……ヴィジィのことだよね、あの超絶イケメン天使さん。
「なんで?」
問い返すと、エディはまた妙な感じに頬をゆがめた。
「……危ないからだ」
「危ない?なにが?」
エディは何も答えなかった。ただ困ったように眉根を寄せ、うす緑の目を右往左往させた。
「エディ?」
「なんでもない!とにかく気を付けろ、絶対に近づくな!」
「だからなんで?」
「なんででもだ!手の甲へキスするような男だということだ、これ以上は察しろ!」
なるほど、そっか。あいさつが過剰だからいちいち驚くなってことか。肝に銘じるよ。
ふたりで部屋を出て、寮長(ハウスマスター)室へ入室したエディを見送り、ぼくは玄関ホールへ降りた。
礼拝が終わるとすぐに授業が始まるので、寮生たちはみなブックバンドでまとめた教科書やノートを持っている。まだ幼い下級生(ジュニア)から成人に近い上級生(シニア)が、シックなカラーの燕尾服を纏って朝日の入る玄関ホールを抜け、教会へ向かって歩いていく姿は壮観だった。
ぼくは言いつけ通り、玄関ホールの脇に立ち、大人しくエディが来るのを待った。そんなぼくをすれ違う寮生たちが興味津々な目で見ていく。
う~ん、このじろじろ見られる視線っての、何度経験しても絶対慣れないよぉ、エディ、早く来ないかな。
うつむき加減になったぼくは、ふとぼくがいる場所からそう遠くない場所に、タイヤを横に置いたみたいな円柱のモニュメントがあることに気付いた。
古ぼけたモニュメントには、大輪の紅薔薇の花束が供えられてある。その向こうは、鮮やかなステンドグラスが施されたオリエル窓があり、朝日を受けてキラキラ光っていた。
わ、きれい……。
ぼくは興味をひかれ、引き寄せられるようにモニュメントの前へ身を進めた。近づくのとともに、モニュメントの表面に、なにやら文字が刻まれてあるのに気付いた。
きれいな薔薇……なんて書いてあるんだろう。
「To the sons of Windsor who died in the war……」
―――戦争中に亡くなったウィンザーの息子たちへ。
「先の世界大戦で命を落とした我がウィンザーの卒業生へあてたメモリアルです。どのパブリックスクールでもそうですが、ウィンザーでも有望なエリートたちがたくさん戦争で亡くなりましたから」
はっきりとした発音の英語が響き、はっとなって後ろを振り返ると、ぼくより少しだけ背の高い英国美少年が、冷たく感じるほどの青い目をぼくへ定めていた。
ぼくが黒のベストを着ているのに対し、彼は赤い色のベストを着ていた。スラックスもピンストライプのぼくと違い、チャコールグレーだ。
あ、この子、夕べラリーとケイトと一緒に点呼してた子だ。
「きみって……」
「エリス・バークリーです。あなたより一学年下の第五学年(フィフスフォーム)に在籍しています。エディさんのポップです」
「……ポップ?」
思わず聞き返すと、エリスと名乗った子は、片眉をあげて思いっきり眉をしかめた。氷点下の冷気でも発してんじゃないのと思うほどのアイスブルーは、侮蔑の色を含んでいて、ぼくはひえっと首をすくめてしまった。
う……同じ美少年でもクリスと大違いだ。なんかこの子怖いなぁ……。
「ポップとは監督生(プリーフェクト)より選ばれ、監督生のもと自治の一手を担う者のことです。そんなこともまだ覚えていらっしゃらないとは、のんきなことですね。ユキ・アリスガワ殿下」
ぼくは慌てて手を振った。
「その殿下ってのは違うから。むかしのことをエディが勘違いしてるだけで、いまは違うんだよ!ぼくは一般人なの、ふつうにユキって呼んで」
とたん、エリスは眼光を鋭くしてぼくを睨んだ。白い頬を強張らせ、眉をしかめただけでなく、可憐な唇をゆがめて舌打ちをした。
えええ……っ、ぼくなんか悪いこと言ったの!?舌打ちされちゃった!
「敗戦国の人間のくせに、よく恥ずかしげもなく英国に来られましたね。ずうずうしい」
エリスは吐き出すように言うと、ぼくから視線を外し、さっさと玄関ホールを出て行ってしまった。あまりの暴言に呆気にとられてエリスの背中を見つめていると、後ろから強めの力で肩を押された。
「おや、失礼。だれかと思えばハッピーアリスじゃないか。小さいから見えなかった」
くすくすと笑う声が響き、振り向くと、ぼくは頭ひとつ分は優にデカい上級生(シニア)たちに囲まれていた。みんなさまざまな髪と目の色をしていた。ミルクティみたいなホワイティアッシュから、チョコレートみたいなブラウンの髪、ダークグレイにブラウン系ブロンドと個性的だった。
だけど、表情はみな同じ、ぼくを嘲笑するかのような下卑た笑いを浮かべている。
「あのエディに恥をかかせたんだ、よくやったぜ、日本の皇子さま」
「昨晩は楽しんだか?エディをハッピィにさせたんだろ、アリスちゃん。今晩はぜひおれをハッピーにしてほしいね」
くくく、とひとりが嘲笑い、それに共鳴するかのようにほかの上級生(シニア)たちも笑い出した。ミルクティみたいな髪色をした上級生が、ずいっとぼくの前に出て、ねっとりと熱を帯びた視線で足の先から頭のてっぺんまでなめるように見つめてきた。あからさまな視線に、ぼくはびっくりして身をすくませてしまう。
「おれも東洋人の肌に触れてみてえな」
「おい、どけよ。ホールに溜まるな、邪魔」
そのときひとりの生徒がぼくを押しのけて通り抜け、彼の後をついてきた下級生(ジュニア)と見える子が、すれ違いざまに金の髪をなびかせてぼくをキッと睨みつけた。
「アジア人の臭いがする。ぼくはアジア人が大嫌い」
下級生(ジュニア)が通り過ぎていくと、ぼくを取り囲んでいた上級生(シニア)たちはくすくす笑いながら、玄関ホールを出ていった。
ぼくは彼らの後姿を眺めながら、そっと右肩へ鼻先を寄せた。
「ぼく臭うかなあ?」
「ただのやっかみだ。気にする必要はない」
日本語の独り言に、返事があるとは思いもせず、びっくりして振り返ると、背後にあの大天使さんが立っていた。肩につくほどの長髪は、いまは後ろでひとくくりにされ、純白のファルスカラーと蝶ネクタイがこれでもかってくらい漆黒の燕尾服に映えている。
ハリウッド男優のような堀の深い顔にそれはとても似合っていて、ぼくは隠れてしまいたいくらいだった。
ぐっ、ぐはあああっ、正統派イケメンキタッ!
近づくなって言われてるんですけど、向こうから寄ってきた場合はどうしたらいいんですか?っていうか、後光が差しているように見えるんだけど、これがイケメンオーラってやつっすか?
しかもこれってぼくが着ているのと同じ制服なんですか?ずいぶん違うように見えるのは何でですか、何でなんですか、神様のバカあああっ!
「ボンジュール、ユキ殿下。昨夜は眠れたか?」
近づいてきた天使さんに両肩を取られ、なんの気負うところもなく、さっと頬を寄せられてぼくは仰天した。
わ!手にキスかと思ったら頬っぺた!?敷居が高すぎるよ!ちょっとそれはダメダメダメダメ!
「あああの、もしかしてフランスの方ですか!?」
ぼくはとっさに身を引き、両腕を突き出して遮った。
ぼくに拒否されても、天使さんは気分を害したふうでもなく、頬へ垂らしたこぼれ髪を揺らしてにっこり笑った。
「そうだよ、可憐な天使(ベル・アンジュ)。オーギュスト・フランソワ・ドゥ・ロレーヌ。ヴィジィだ、ユキ」
「ヴィ、ヴィジィ!あの、ちょっと待ってください!」
やっぱり!昨日も思ったけど、フランス語っぽいなまりのある英語だし、ドゥっていう名前はフランスの貴族が名乗るものだからそうだと思った!フランス人のあいさつはキス往復四回。ちょっと待て、それ困る!
天使さんはぼくの視線にまで身をかがめ、にっこり笑った。
ぐはっ、殺人スマイルキタ!目を合わせちゃだめだ、ぼくまだ死にたくない!
「アジア人がキスのあいさつに慣れないのは知っている。だが現代は本当にキスなんかしない。頬を触れ合わせるだけだ。それならいいでしょう?」
う……確かに本当にキスなんかしないし、男性同士は頬を寄せるふりをするだけって知ってる。でもでも!ふりだけでもこんなイケメンが間近になるとか息止まっちゃうんですよっ!
と言い返そうとしたけど、天使さんが悲しそうに眼を細ませたので、ぼくはぐっと言葉を飲み込んでしまった。
「……そ、それくらいなら」
あうぅ、断れない日本人のぼく……トホホ。
天使さんは再び微笑んで身をかがませてきたので、ぼくは観念して顎をあげた。
とたん、右頬へ肉厚の唇を押し付けられ、思いっきり吸い付かれてしまった。ちゅっと湿った音を耳のそばで立てられ、しかも呆然としているうちに、反対の頬にもキスをされてしまう。
ギャーッ!キキキキキスされちゃ……っ。これってあいさつの範疇超えてない?!
とたん、上階から列をなして降りてきた下級生(ジュニア)たちの間から悲鳴が上がった。つられて一階の奥から出てきた上級生(シニア)たちも何事かとぼくたちのほうを見て、ざわざわと騒ぎ出した。
またああああ!見られてる!見られてるって!
「ちょっちょちょちょっ、まっあわわわっ……」
真っ赤になって天使さんを突き飛ばしたけど、彼はびくともせず再び右頬へ唇を寄せてきた。
「フランス式はもう一周だよ」
「残念だがここはイギリスだ、ヴィジィ」
低い声とともに、ヴィジィの頭へ教科書を叩きつけたのは、ヴィジィよりもさらに数十センチ背の高い大男だった。
痛っ、と叫んで頭を抱えたヴィジィを放り、冴えたアイスブルーの瞳でぼくを見下ろした男は、反対に首が痛くなるほど見上げたぼくと目が合うや、薄い唇を引き上げてにやりと笑った。
ヒィィィ、ヒグマがいるぅぅぅ!
思わずごめんなさいと叫んで回れ右しそうになったぼくへ、大男は右手を差し出してきた。
「グーテンモルゲン、ユキ殿下。昨夜はよく眠れたか?」
「あ、はい、どうも……」
男は、横も縦もぼくの二倍はありそうなほどでかく、しかも燕尾服もベストもちょっと力を入れたら引きちぎれてしまいそうなほど胸筋がいかつかった。
恐る恐る握手したけど、まるで赤ん坊と大人くらい大きさが違う。しかも握手した手をぎゅうぎゅうに握りしめられて、ぼくは思わず悲鳴をあげそうになった。
痛あああっ、こんなに握りしめなくても!なにこれ、いやみ?いじめ?ぼく嫌われてるのかなっ?
「おれはニコラス・フォン・ヴィターハウゼンという。ドイツ人だ」
「……ゆ、ユキ・アリスガワです。あの、ぼくは殿下じゃないよ。一般人だから」
もう何度目かになるセリフを繰り返すと、ニコラスと名乗った男前は、野太い眉を寄せた。
「どういうことだ」
詳しくわけを話すと、ニコラスは声を出して笑った。
「現代の貴族はそれがふつうだ。おれんところの屋敷は国へ寄付したしな」
「わが城も今じゃ一般に開放して観覧料とってる。そういうもんだよ、ユキ殿下」
さらりと受け流されて、ぼくはぽかんとしてしまった。
それがふつう?ふつうなの?いやいや、ぼくんち城なんて元からないから!
「とにかく、ぼくは貴族なんかじゃないし、一般人なんで、殿下っていうのはなしでお願いします」
心の底から懇願すると、ふたりはそれぞれの色をした目を見開いて、お互いに顔を見合わせた。
「日本の皇子は腰が低いな。ますます可愛いよ、ユキ殿下」
ヴィジィが婀娜っぽくぼくへ笑いかけ、あまりのイケメン顔に固まったぼくとヴィジィの間を遮るように、ニコラスがずんと仁王立ちした。
「やめとけフランス人。またエドワード監督生と揉めるぞ」
わーっ、通じてない!しかも壁みたいにいかついィィィ!
「あのね、だから、ぼくは一般人……」
理解されてないと感じ、さらに説明しようとすると、ニコラスが振り返り、ごつい頬をニヤッと引き上げてぼくを見下ろした。
ひッ!?これって笑ったのっ?
「夕べは傑作だったぞ、ヘル・アリスガワ。あのエドワードをあそこまで乱れさせたやつはおまえが初めてだ。おまえは小さいのに骨がある。おれはおまえを歓迎するぞ」
歓迎……ぼく、受け入れてもらってるんだ……よね?
「ありがとう!」
嬉しくなって、ニコラスを見上げて微笑むと、ニコラスは身をかがめ、さっと両腕を広げてぼくを包み込んだ。筋肉だらけのでっかい身体にぎゅっと抱きしめられ、ぼくは瞬く間にパニックになった。
ぎえっ、最近はドイツ人もハグすんの!?ちょっとしかも苦しいっ!動けない!ひええええっ。
とたん、顎を持ち上げられ、右頬に軽く音を立ててキスをされてしまう。今度こそ、ワオ!とか、オーマイガー!とかジーザス!とかそれぞれに叫ぶ悲鳴で、玄関ホールは大騒ぎになった。
「おれはおまえの味方だ。下種どものたわごとなど気にするな」
立て続けにふたりもの人間にキスされて、頭が真っ白になってしまうぼくの耳元で、ニコラスは小声でそう囁き、ぼくから離れて片手をあげた。
「後ほど教室で会おう」
ふたりは連れ立って玄関ホールを出ていき、後はぽかんとなったぼくと、そんなぼくを遠目から見てざわざわと騒ぎ立てる寮生たちが残るばかりだった。
「何を騒いでいる!?さっさと礼拝堂へ移動しろ!」
そこへ、教科書を持ったエディが颯爽と現れると、寮生たちはみなぼくから視線を外し、そそくさと玄関を出ていく。
「どうした?何があったんだ?」
エディはいぶかしげに眉根を寄せ、ぼくを覗き込んできた。
ニコラスにキスされた頬を覆ったまま、ゆでだこになっていたぼくは、エディのしかめっ面を見上げて、何でもないと答えた。



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