pixiv will revise its privacy policy on May 16, 2018. The contents become clearer and correspond to the new European privacy protection law.

Details

It's just a few simple steps!

Register for a FREE pixiv account!

Enhance your pixiv experience!

Welcome to pixiv

"薔薇のように 英国パブリックスクール物語②", is tagged with「パブリックスクール」「創作BL」and others.

(あらすじ)創立500年を超える歴史と、誉れある伝統で英国中にその名をはせる、名...

美雨

薔薇のように 英国パブリックスクール物語②

美雨

6/11/2017 16:29
(あらすじ)創立500年を超える歴史と、誉れある伝統で英国中にその名をはせる、名門パブリックスクール、ウィンザー・カレッジ。ライディングス寮の監督生に選ばれたイギリス王室支流の王子、エドワードは、日本からの留学生、有栖川幸と同室になり、その生活をサポートするよう命じられる。自由奔放で予期しない行動に出る幸に振り回され、辟易するエディ。しかし、幸を知れば知るほど、その思いはべつの感情に変わりつつあった。

「なろう」からの転載。いずれ引っ越ししてくる予定。
注意事項は①novel/8031168に準じます。
「ちょっと待ってエディ!ぼくなんか緊張してきた……」
食堂の扉を前にして、ぼくは高鳴り始めた胸を押さえた。食堂の周りは、ちょっとしたホールになっていたけど、古い白壁で出来た食堂前には、人っ子ひとりいない。
もうみんな食堂に集まってるんだ……。
あの古ぼけた扉の向こうに英国人たちが何十人もいるのかと思うと、それだけでカチコチに緊張してしまう。
エディはドアノブを握ったまま、凛々しい眉をぎゅっと寄せた。
「今さらなにを言っている。夕食はきっちり18時だ。それまでにおまえをみなに紹介しなくてはならない」
「わかってるけどさー、ちょっと待ってよ~」
「待つ?なぜだ。なぜ待たなければならない?」
「えーとその、心の準備だよ」
「心の準備だと?それはあと何秒くらい待てば整うんだ?」
も、もー、イギリス人ってほんと細かい!
「ちょっとはちょっとだよ、えっと……300秒くらい?」
「そんなに待てるか!」
瞬間ドアノブを回そうとしたエディの手を、ぼくはあわてて押さえた。
「ちょっと待ってったら!」
完全に腰が引けてしまって、ぼくは思わずエディに飛びついてしまった。ドアノブを握った彼の手に、ぎゅっとすがりつく格好になってしまう。
「なっ、何をしている!おまえは子どもか!」
エディは頬にかかる金の髪を揺らして、ぼくを睨みつけたけど、いま手離したら絶対開けられちゃう!
ぼくはね、ちょっと待ってって言ってるの!
「ねえ、何人くらいいるの?」
「70人だ。さっきも話しただろう?いい加減離せ!」
「ぼくの英語、ちゃんと解る?おかしくない?」
ぼくはエディの手を押さえたまま、恐る恐る彼を見上げた。
エディはしばらく絶句したように目を見開いていたけど、だんだん苦虫を噛み潰したような顔になってぼくを睨みつけた。
「……ちゃんと英語だ。解る」
「ほんとに?発音とかだいじょうぶ?」
「9割方はな。たまに妙なときもあるが」
「わーっ、それってどれ!?なにが変!?」
ぼくは、さらにぎゅっとエディの手を掴んでしまった。
「やかましい!それ以上くっつくな!」
「なにをしているの?エディ、……と、きみが日本人留学生かな?」
エディがあわててドアノブから手を引いたとき、ぼくたちの後ろから優しいイントネーションをした声がかかった。
エディがぼくの後ろへ目をやり、つられてぼくも振り返ると、上階へと続く階段から、落ち着いた色のスーツをまとった若い男性が手すりを伝って降りてきていた。
亜麻色の髪をさわやかな短髪にし、フレームなしのめがねをかけた男性の後ろには、スーツの上着は羽織らず、シャツの上にサスペンダーをはめた男性がつき従っている。
めがねの男性は、ぼくへ視線を移すと、優しげな目元を和ませた。
「あっ、あの……、初めまして。ユキ・アリスガワです!」
緊張しながら、身体を90度に曲げて挨拶をすると、めがねの男性はぼくの前に立ち、右手を差し出してきた。
「初めまして。ウィンザー・カレッジへようこそ。ぼくはアンソニー・ワーグマン。おもに上級生(シニア)勉学指導教師(チューター)をしています」
勉学指導……ってつまり、授業以外でも勉強を見てくれる先生ってこと?
寮にまで勉強を見てくれる先生がいるなんて、ウィンザーって至れり尽くせりだ~。
目下、いちばんお世話になるかもしれないと思い、ぼくはしっかりとワーグマン先生と握手をした。
男性にしては、細く白い手をしていて、ぼくはすこし安心した。
「ワーグマン先生。よろしくお願いします」
ぼくと目が合うと、ワーグマン先生は、繊細な感じがする亜麻色の髪を揺らしてにこりと微笑んだ。
あ、優しそうな人!
「おれも同じく勉学指導教師(チューター)だ。おもに下級生(ジュニア)たちをみている。アレクサンダー・マクベスという。よろしく、ユキ」
続いて手を差し出したのは、ワーグマン先生とおなじくらい若いけど、シャツにサスペンダーという、ワーグマン先生よりもずいぶん砕けた格好をした先生だった。
赤毛の髪は短く刈り込んであるものの、顔中ひげだらけで、野太い立派な眉をしている。
うわぁ、熊みたい。でもとっつきやすそうな人だな。
太い笑みを見てそう感じたぼくは、なんの警戒心も持たず右手を差し出した。
「よろしくお願いします。マクベス先生」
だけどマクベス先生の手は、ぼくの手のひらではなく、それを通り越してぼくの腰をがしりと掴んだ。しかも両手で!
ぎゃあああ!
「うぉっ、細すぎるぞ、この腰!ほんとうに17……ぁだっ!」
瞬間、隣にいたワーグマン先生が、持っていた本でマクベス先生の後ろ頭をはたいた。
その拍子にマクベス先生のごつい両手から解放されたぼくは、そのまま後ろにいたエディに激突してしまった。
「マクベス先生!」
頭上から、エディの咎める声が響き、マクベス先生は、わりぃわりぃと頭をかいた。
「何度見ても第一学年(ファーストフォーム)にしか見えなくてよ~」
「口を慎みなさい、アレック!失礼ですよ!」
即座にワーグマン先生がマクベス先生を叱ってくれたけど、なんか余計に悲しいのはなぜだろ。
マクベス先生は、髭だらけの顔を苦笑させた。
「悪かったな、ボーズ。おれはこんな感じで飾りたてたりできん。が、おまえのことは歓迎するぞ。いつでも相談に乗るからな」
ごつい手を頭に乗せられ、髪をくしゃくしゃとかき混ぜられた。
わーっ、体育会系のノリだ!
パブリックスクールって、先生も生徒もお上品な人間ばっかりと思ってたけど、竹刀もって構えてる体育教師みたいな先生もいるだな~。鬼の生活指導とかされるのかな?
だけど、即座にワーグマン先生から手をはたかれ、マクベス先生はしょんぼりと肩を落とし、ぼくはおかしくなって笑ってしまった。
おもしろい先生たちだな~。きっとすんごく楽しく勉強を教えてくれるに違いないよ。
ぼくはさっきまで感じていた緊張がほぐれていくのを感じた。
よし、いけるぞ!
「いまからみんなに紹介するの?」
「ええ」
エディが短く返事をし、ワーグマン先生は優しい目でぼくを見た。
「みんないい子ばかりだよ。すぐ慣れるからね。だいじょうぶだよ」
穏やかな微笑みに、ぼくは励まされて頷いた。
「はい!」
「では、おれたちはこれで」
先生たちに会釈をすると、エディはぼくに後からついてくるよう命じ、食堂のドアノブへ手をかけた。
古ぼけたドアがひなびた音を立てて開くのを、ぼくはどきどきしながら見つめた。
うぅぅぅ、緊張するよ~。
「みんな、集まっているか?」
エディがドアを開けたとたん、ざわりと食堂のなかがざわめいたのが解った。
だけど、エディは気後れした風もなく堂々と食堂の中を見回した。
「みなすでに知っていると思うが、明日の新学期に備え、日本から留学生がわが寮に入寮することになった。ユキ、挨拶を。……ユキ?」
てっきり自分の横についてきていると思っていたのか、エディはいまだ食堂の入り口でまごついているぼくへ視線を移し、眉根を寄せた。
あああっ、足が、足が動かないよーっ。
王の学徒(キングススカラー)の食堂だ。きみも立派にその一員なんだよ、さあ、行っておいで」
後ろからワーグマン先生の声がして、背中をかるく押された。
その勢いで食堂の中へ足を踏み入れると、そこは中世イギリスのゴシック様式そのままのホールだった。
壁も天井も古びたオーク材で作られ、目を見張るほどの木彫り細工が施されてあり、純白のテーブルクロスがかけられた長テーブルの上には、見事な赤薔薇のアレンジメントと、銀でできた燭台が一定の間隔をおいて配置されてあった。
そういう長テーブルが全部で7台もある。
天井から下がるシャンデリアこそ電気だったものの、テーブルにある燭台にはほんものの蝋燭が立てられ、静かに灯がともっている。
正面にある暖炉も、その上に飾られた歴代の国王とおぼしき人物画も、生徒が座っている椅子でさえ、絶対アンティークものだ。
すごい。中世にタイムスリップしたみたいだ……。
だけどそんな感動もつかの間、着席していた70人もの生徒の目がいっせいにぼくへ定まり、ぼくはのどの奥でひっと声をつっかえてしまった。
見られてる、見られてる、見られてるぅぅ!
集中した視線は、好奇に満ちあふれていて、ぼくは居心地が悪くなって頬をひきつらせてしまった。
そそそそ、そうだよね、ぼくみたいな黒髪の子なんてひとりもいないし、黒目の子もいない。
その上見慣れない制服を着てるんだもの。みんなじろじろ見ちゃうよね……。
わー、(みやび)ちゃん怖いよぉ!やっぱ帰る!
「ユキ、こちらへ」
だけど、うつむき加減になったぼくの手を、エディがさっと取り腰へ手を回して引き寄せてくれた。
瞬間、食堂中がどよめいたけど、ぼくは見下ろしてくるエディの目に励まされて、ぐるりと食堂の中を見回した。
「えっと……日本からきました、ユキ・アリスガワです。よろしくお願いします!」
気づけば、ぼくは深々とお辞儀をしていた。
もっと食堂中が騒ぎ出し、ぼくはハタッと気づいて顔を上げた。
あ、英国ってお辞儀しないんだっけ?
「ユキは17歳で下級第六学年(ロウアーシックスフォーム)に属する。日本国の皇子だ。下級生(ジュニア)は彼によく仕え、上級生(シニア)は彼を導くように」
ぼくは驚愕してエディの端正な横顔を見上げてしまった。
ちょっとまっ……だからぼくは皇子じゃないって言ったでしょ!?だいたいこんなこと大声でみんなに言わなくてもいいじゃんか!しかも仕えるって……なんて居丈高な言い方なんだよ!?
間違いを正さなきゃと焦ったけど、ぼくは緊張のために一言も発することができなかった。
そんなぼくとは違って、寮生たちはだれもエディに異論など唱えず、静かに座っているだけだ。
す、すごい。エディってすごい!だれも文句言うやつがいないなんて……。英国の王子さまの統率力ってぱねぇ!
「ユキ、おまえの席は、上級生のほうだ。おれの隣になる」
エディが促したのは、入り口より奥の方のテーブルだった。エディの後に続くと、ぼくが通り過ぎるたびにざわざわと寮生たちがざわめいた。
よくよく見れば、入り口に近いテーブルほど、まだ小学生くらいに見える幼い子たちが座っている。
それが奥のテーブルになるほど、ちょっとこの人マジで10代?天使みたいだったのに、超残念すぎる~みたいな風貌の人間が増えていった。
足を進めるたびに、そんな奴らからじろじろ見られ、あまつさえ「あの子、マジで下級第六年(ロウアーシックスフォーム)なのか?」「オーマイガ、嘘だろ?スキップしてんじゃねえのか」「だがエディは17といったぞ」「信じらんねぇ腰だぜ。女にしかみえん」「日本には男がいないのか?見ろよ、あのほっせえ腰!」なんてこそこそと噂されて、ぼくはむかっ腹をたてた。
あのねえ!全部聞こえてんだよ!しかも名門ウィンザーだけあって、発音きれいすぎるもんだから全部クリアだよ!腰腰ってさっきからなんなの!?ぼくの腰は一般的な腰だぞ!一般的な腰がなんだか分かんないけどさ!
我慢出来ずそう怒鳴ろうとしたとき、ぼくの視界に見覚えのある人物が写った。
「あ……」
目があったとたん、浅瀬の海のような瞳を和ませ、うすい唇を引き上げた人物は、機敏に立ち上がり、自分のそばを通り過ぎようとしたぼくの前へさっと立ちふさがった。
「またお逢いしましたね、ユキ・アリスガワ殿下」
また会ったね?あ、そうか!I'll catch you up laterってそういう意味だったんだ!でも天使さん、殿下ってそれ誤解だから!
「違うんです、ぼくは殿下じゃなくてそのっ……」
から先は言いたくても、言えなかった。
なんでかというと、なんでかというとね!彼が、天使さんが!
素早くぼくの右手を取って、なんと甲へ形のいい唇を押しつけたからだよ!
すこし乾いた唇がぼくの手へなまめかしく押し当てられるのを、ぼくは最大限まで目をひんむいてガン見してしまった。
あんまりな出来事に、頭の毛という毛が全部抜けそうな勢いで固まったぼくを、彼は鷲のような水色の目で見つめながら、ちゅっと濡れた音を立ててぼくの手の甲をすった。
口が……唇が……ちゅって、ちゅっていった……。
ちゅ……
ちゅ……
ちぎゃああああっ!あわわわわぼぼぼぼどどどどどどど……したしたしたっらぁぁぁっ!
瞬間、周りの寮生たちがわっとどよめいた。悲鳴があがり、がたがたと椅子を転がす音が響く。
「おれの名は、オーギュスト・フランソワ・ドゥ・ロレーヌという。ヴィジィと呼んでくれ、ユキ」
ペールブルーの瞳をぼくへ定め、天使さんは腰が抜けちゃうんじゃないのと思うほどの重低音でそう囁いた。
射抜くようなその目に、ゆるく巻いた金の髪がさらりとかかり、堀の深い顔に濡れているような艶めいた陰影を作り出す
はい……死んだ。
じっとぼくを見た天使さんが、宗教画から抜け出した大天使ミカエル像そのまますぎて、ぼく死んだ……って、これって女性にするもんじゃないの!?はわわわわ、なんでキスなんかされんの?ギャグなの?ぼくどうしたらいいの?だれか助けてええっ!!
「その手を離せ、ヴィジィ!」
とたん、エディの鋭い声が響いた。
エディは素早く天使さんの手首をつかみ上げ、反動でよろめいたぼくを下がらせて間に入った。
「ユキに手を出すな!日本の皇子だ!」
掴みかからんばかりの勢いで怒鳴ったエディを、ヴィジィと呼ばれた天使さんは、真っ向から見返して口角を引き上げた。
「おれはユキ殿下にあいさつをしただけだが?」
だからぼく殿下じゃないって……。
そう言おうとしたけど、ぼくはビビッて一言も口を出せなかった。
なぜなら、ふたりの視線の間に稲妻のような火花が飛び散り、一触即発のような張り詰めた雰囲気が漂ったからだ。
まわりの生徒たちも、驚きの展開にみな立ち上がって目を剥き、微動だにせずに事のなりゆきを見つめている。
あわわ、ど、どうしよう!?
「ふたりともやめて」
そのとき、すこし高く、落ち着いた声が割って入った。
どきりとして声のした方を向くと、プラチナブロンドの髪を長めのボブにした子が、立ち上がってぼくたちのほうを見ていた。
て、天使だ……!
ヴィジィが大天使ミカエルなら、この子は大天使ガブリエルだ!
プラチナブロンドの髪とか、真っ白の頬とか、ちょっと唇なんてさくらんぼみたいだよ!もしかしてこの子って女の子?
「もうすぐ夕食の時間だよ。ユキ・アリスガワ殿下はこちらへ」
ぼくへ定まった目は、神秘的な青灰色だった。
瞬きするたびに、白金のまつ毛がばさっばさと音がしそうなほどに揺れる。
ぼくがほ~とため息をついて彼に見とれている間に、エディもヴィジィも自分を取り戻したのか、さっと視線を外し、自分の席へ戻った。まわりの寮生たちも、ざわつきながらそれぞれ着席する。
張り詰めた雰囲気は一瞬で立ち消え、ぼくは胸をなでおろした。
「……ユキの席は、おれのとなりで、クリスの前だ」
「クリストファー・ウィリアム・フレデリック・アルバートです、よろしくユキ」
目の前にした天使ににっこりと微笑まれて、ぼくはすこしぽぅっとなってしまった。
あああ、リアル天使~!ほんとにいるんだ……。
「ユキ・アリスガワです。よろしくね、クリス」
半分テレながらもあいさつをすると、クリスは花が開くようにふんわりと笑った。
王子さまだ……これぞほんとの王子さま!いや、お姫さま?
ぼくとエディが席に着くと、見計らったように柱時計の音がした。すると、食堂のドアが開いて、ギャルソンの格好をした男性が数人皿を持って入室してきた。
すごい。時間に正確過ぎる。
その間、食堂は一言もしゃべる人間はおらず、まるで通夜みたいにしんと静まり返っていた。
う……静かすぎるよぉ、ごはんの時間だよ?楽しい話しとかしないのかな~。
やがて皆に食事がいきわたると、エディが立ち上がって胸の前で手を合わせ、食前のお祈りを始めた。クリスもまわりのみなもそれぞれに従い、目を閉じて手を組んだので、ぼくも慌ててそれに従った。
静謐な空間に、エディの滑らかな祈りの言葉が響く。やがて祈りの言葉が終わり、胸の前で十字を切ると、エディは静かに椅子に座った。するとそれぞれがカトラリーを持ち、静かに食事を始めた。
……え。もう食べていいんだ?
「いただきます」
いつものように手を合わせ、挨拶をすると、目の前に座ったクリスが目を剥いてぼくを見た。
なにしてんだろと思われたんだよね、たぶん。でもこれ、身についた日本人のサガでさー、やめられないんだよ、見逃して。
ぼくは意気揚々とカトラリーを持って自分の皿を見下した。
真っ白な皿には、くたくたに煮詰められてくすんだ色になったキャベツみないなのと、ぶつ切りにされたでかすぎるにんじん、それに、マッシュされたじゃがいもに肉の破片みたいなのが入っているコロッケの中身?みたいな料理が乗っていた。となりには、硬そうなパンが一片。そしてパウンドケーキみたいなお菓子が一皿。そして紅茶。
……これだけ?
たくさん歩いておなかすいているのに、これだけなの?あ、もしかしてこれって前菜でいまからメインが来るのかな。
でも、皿を並べてくれた数人の給仕さんは、無表情のままさっさと食堂を出ていってしまった。
ぼくは、もう一度お皿の上の料理を見つめた。
お世辞にもおいしそうに見えないんだけど、食べたら美味しいのかな。
しずしずと料理を口へ運んでいたクリスが、いぶかしげにぼくを見たので、ぼくは慌ててじゃがいものマッシュを一匙すくって口へ入れてみた。それからカトラリーを替えてでかすぎるにんじんを切って食べ、そしてつぎはベチャッとなったキャベツを食べてみた。カチカチの石みたいな硬いパンをちぎって口へ入れたところで、目の前に座ったクリスがびっくりしたような顔になってカトラリーを置いた。
「ユキ?どうしたの?」
クリスの声に、隣にいたエディがカトラリーとナプキンを置き、ぼくをのぞき込んできた。
「どうした!?どこか痛いのか、ユキ!?」
エディの大きな声が響き、みな驚いて食事をやめ、ぼくたちのほうを注目した。
ぼくはパンをお皿へ戻し、うつむいていた顔をエディへ向けた。その拍子に涙が頬を伝い、雫となってテーブルクロスへと落ちた。
エディはとたんに狼狽したような顔になった。精悍な瞳をこれ以上なく開き、ガタリと音を立てて椅子から立ち上がった。
「ユキ、いったいどう……っ」
「……おいしくない」
はらはら涙をこぼしながらぼくが言ったこの一言で、上級生(シニア)から下級生(ジュニア)まで、みながみな一様に凍りつき、動けなくなったのだった。


Send Feedback