ロシア・スパイ殺人未遂、被害者はどのようにして助かったのか

マーク・アーバン BBC「ニューズナイト」外交・防衛編集長

スクリパリ親子は2人ともソールズベリー地域病院で治療を受けた
Image caption スクリパリ親子は2人ともソールズベリー地域病院で治療を受けた

今年3月に英南部ソールズベリーで起きたロシアの元スパイのスクリパリ氏と娘のユリアさんへの殺人未遂事件で、2人の命を救った病院の職員たちは、使われたのが神経剤だと分かったときの不安感をBBCの番組「ニューズナイト」で語った。

スクリパリ氏親子は3月4日、屋外のベンチで意識不明の状態で発見された。運び込まれたソールズベリー地域病院の職員たちは当初、2人の状態の原因を知らなかった。

看護部長のローナ・ウィルキンソン氏は、警官のニック・ベイリー氏が同じような症状で運び込まれたときに空気が変わったと振り返る。「どのくらい大変な状況になり得るのか、現実的な懸念があった」。

ウィルキンソン氏は、「実際に壊滅的で多くの犠牲者を伴うようなものにかかった2人の患者がここにいるのかと。その時点で私たちは本当に分からなかった」と語った。

その夜、夜勤だった病棟看護師のサラ・クラーク氏はさらに、職員の身に影響が及ぶのではと懸念されていたと付け加えた。

その時点では、「自分たちを守るという点では追加の安全措置を全くとっていなかった」からだと、クラーク氏は指摘する。

どのようなものを自分たちが扱っているのか明確になったとき、職員たちは親子が回復するとはあまり期待していなかったという。

しかし、近くにある英軍化学兵器研究機関のポートンダウン研究所の専門家の助言も受けながら、数週間に及ぶ治療を施した結果、スクリパリ親子は退院し、別の非公表の場所でさらに療養することになった。

ニューズナイトが複数回にわたって行ったインタビューは、病院の職員たちがどのような体験をし、どのように対応したのかを詳しく語った初めてのものだ。

「想像もできない」

医療スタッフの証言は、重要な節目でなされる決断がいかに決定的か教えてくれる。早急な集中治療室への搬送、強力な鎮静措置による脳損傷のリスク軽減、ポートン・ダウン研究所の専門家が提供した検査や治療に関する助言だ。

意識不明のスクリパリ氏親子が発見されたさいに、まず疑われたのが医療用鎮痛剤「オピオイド」の過剰摂取だった。

クラーク氏は、「救急外来にいる重篤な状態の患者2人が病棟に上がってくる、とだけ言われた」と当時を振り返る。

しかし、警察は、スクリパリ氏の元職業がロシアの諜報部員だと把握した際、病院にも彼が攻撃の標的にされた可能性があると伝えた。

病院では緊急事態が宣言され、スクリパリ親子の保護のため警察が常駐するようになった。

ソールズベリー地域病院の集中治療に関する上級顧問を務めるダンカン・マリー医師は、「看護師長と話したが、誰かとこんな話をするとは本当に全く想像もできなかったような会話だった」と話す。

「要は、よく知られているロシアのスパイがかなり異例な状況の下で入院したという話だった」

Duncan Murray
Image caption ダンカン・マリー医師

治療を続けるなか、オピオイドの過剰摂取という当初のシナリオは排除された。有機リン酸エステル中毒、あるいは神経剤による中毒でよく見られる症状だったからだ。

病院の集中治療室のスティーブン・ジュークス顧問医師は、「神経剤による症状だと気が付いたとき、2人は助からないと思った」と語る。

「我々がし得るすべての治療法を試し、最善の医療ができるようにする。しかし、あらゆる面で彼らが助からないだろうことが示されていた」

強力な鎮静剤が投与されたことで、スクリパリ親子は体につなげられた侵襲性の高い医療装置に耐えることができたほか、神経剤中毒がもたらす可能性のある影響の一つ、脳の損傷を予防する効果もあった。

段階的に鎮静剤の投与量は減らされ、人工呼吸は口への装着から気管を通じたものに変えられた。退院後に動画での声明に登場したユリアさんの喉の痛々しい傷跡からも、それがうかがわれる。

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神経剤から回復のユリアさん 「助かったのはとても幸運」

患者の意識がさらに回復すると、病院職員たちには、警察の捜査に影響を及ぼすさないよう患者たちにどのような話をすべきなのか、また捜査官たちの聴取をいつ許可すべきか、慎重に考える必要が生じた。

医長のクリスティーン・ブランシャード医師はこう説明する。「それらは非常に困難な判断です。なぜなら、安全が確保され治療と看護がなされていると患者を励ましたい一方で、今後行われる警察による聴取に問題が生じるような情報を与えるようなことはしたくないからです」

国際捜査チームがスクリパリ親子から血液サンプルを入手するには裁判所の許可を得る必要があると主張したのは、2人のことを心配する医師や看護師たちだった。

「患者たちは弱い立場にあり、何らかの代弁者が必要で、裁判所の許可がなくては、彼らの同意なく行われるようなことがあってはならない」。ジュークス医師はこう説明する。

スクリパリ親子の状態が安定し、しゃべれるようになったとき、医療スタッフが最も心を砕いたのは、体の正常な機能を取り戻すのに必要な酵素、アセチルコリンエステラーゼをいかにして活性化させるかだった。

神経剤中毒からの回復過程で体内で自然に起きることだが、何カ月もかかる可能性がある。

マリー医師によると、薬の組み合わせを試す上で、病院はポートン・ダウン研究所の専門家たちを含む「各国の専門家」の助言を得たという。

化学兵器研究で国際的に知られるポートン・ダウン研究所は、検査を実施したり、最も望ましい治療法について助言を提供した。

よく知られている治療法への新たなアプローチが試みられた。ジュークス医師は、スクリパリ親子の回復の早さは、完全には説明できず、非常にうれしい驚きだと語った。

ユリアさんは4月9日にソールズベリー地域病院を退院。先週は、病院への感謝の言葉をビデオメッセージで述べた。父親の退院は5月18日に発表にされた。

「回復と治療成功のかなりの部分は、非常に良い一般的で基本的な救急手当てに起因する」とマリー医師は話す。

マリー氏はまた、「医師たちの素晴らしいチームワークや我々の看護師たちによる非常に優れた介護と献身」を称賛した。

スクリパリ親子の長期的な健康をめぐる心配は、当然避けられない。

ブランシャード医師は、今後も支援を続ける必要があるとし、「ノビチョク中毒の影響について、患者3人を治療するという世界一の経験があるが、我々は今も学び続けていると言ってよいだろう」と話した。

(英語記事 Russian spy poisoning: How the Skripals were saved

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