日大アメフト事件の本質、不祥事対応に記者会見は必要か
危機管理・コンプライアンス5月6日、日本大学のアメリカンフットボール選手が、関西学院大学との定期戦で危険なタックルをし、相手選手を負傷させる問題が起こった。同22日にタックルをした日大選手が謝罪会見をし、続く24日に内田正人前監督と井上奨コーチが記者会見を開き釈明、翌25日には同大の大塚吉兵衛学長が大学サイドの一連の対応を謝罪するなど、その光景が議論の的となっている。
今回の事件の記者会見からどのような本質が見えたのか。スポーツ法務に詳しい、ヴァスコ・ダ・ガマ法律会計事務所の石渡進介弁護士に聞いた。
日大アメフト事件の本質は「ガバナンス」の問題
今回の日大アメフト部の事件報道を受けて、率直にどのように感じていますか。
石渡弁護士
今回の件は、多くの方が「危機管理」の問題ととらえていて日大サイドの対応のまずさを指摘しています。それは当然問題ではあるのですが、今回の本質は、むしろそれ以前の「ガバナンス」の問題だと感じています。
そもそも、内田正人監督という日大アメフト部における最高権力者は、実際には日大全体の常務理事という立場で、日大全体の最高権力者の側近という立場にあります。仮にその人物が今回の件を主導しているという極めて非常識な前提に立つとすると、いわゆる「危機管理」の本質をとらえた意思決定ができたかは、甚だ疑問です。
実際に内田氏の意向に反する意思決定ができるとしたら日大全体の最高権力者の意向のみという状況が予想され、組織のガバナンスでこのことを止めたり、引き返したりできる体制ではなかったように思われます。学びとして「あそこでこう言えば」とか「ああしておけば」というようなことを議論したとしても、実際問題、そのような意思決定は体制からして難しいわけですから解決しないのです。
こういった問題が起きたのは大学側の体制の問題が大きいのですね。
石渡弁護士
つまり、どうしてこういう問題が起きてしまったのか?防止するためにはどうすればよかったか?という問いかけに対しては、権力/権限行使のフローにおいて、ガバナンスを適切に機能させるというところにまで立ち返って考えなければならないわけです。 私立大学のガバナンスはこうあるべきとか、こういう構造を生みやすいとか、そういうところから議論し直さないと問題は解決しませんし、これはひょっとすると日大に限った話ではないかもしれません。私立大学には、私学助成金というものがあり巨額の税金が投入されているわけですから、このことを再度議論するにはよい機会かもしれません。
大学内のひとつの部活の反則行為というそれ自体はある意味局所的な事象が、来年の志願者数の減少、私学助成金の多寡、ひいては大学の存亡にまで影響しそうな事件となっています。ガバナンスが機能しないとこんなことにまでなる可能性があるという、とても恐ろしい事案ですよね。
不祥事における記者会見をやるべきか、考え直すべき
そうはいっても日大本部の記者会見の内容は、あまりに稚拙であり、誠実さをかいていたのではないでしょうか。
石渡弁護士
そうですね。今回の記者会見は色々問題が多かったですし、さすがにひどすぎたと思います。しかし、あくまで一般論ですが、危機管理の観点から企業が正しく対応をしようとする場合、正直言って、私は不祥事における記者会見自体をやるべきかをそもそも考え直すべきという考えです。
よく危機管理コンサルの方に相談すると、ほとんどのアドバイスは、「どのような記者会見を行うべきか?」という話に終始し、記者会見をやるということが大前提になっています。会見場の設定の仕方や、時間、服装、NG対応等々細部にわたるノウハウを教えてくれます。 しかし、それなりに注目を集める事件について、「そもそも記者会見をやった方がよいかどうか?」ということを議論するということはあまりないように思います。
極端な言い方をするようですが、効果的な記者会見というのは本当に難しいですから、私は、原則として不祥事での記者会見はやらないほうがよいと思っています。実際、不祥事への対応のアドバイス業務を通じて「記者会見をやっておいたほうがよかった」と後悔したことは一度もありません。
不祥事での記者会見をやらないほうがよいと考える理由を教えてください。
石渡弁護士
一つは、そもそも記者会見は事態を大きくしてしまうということが理由です。 そもそも不祥事への危機対応は、可能であれば影響を小さく終わらせたいということが背景にあります。にもかかわらず、記者会見を行えば、映像や画像をテレビやインターネット上に多数残し、視覚情報を伴う印象とともに社会に大きく拡散されます。テレビなど映像を通じて繰り返し印象づけられたものは長期にわたり人々の記憶に残り、これを払拭したりイメージを変えていったりするコストは計り知れないものになります。
加えて、メディアその他を通じて極端な情報に編集される可能性もありますし、非常にコントロールしづらい状況を生みます。 記者会見の映像を残さなくても、テレビで取り上げられることはあるとはおもいますが、記者会見映像は情緒的にもなりやすく使われる危険性が高いです。したがって、記者会見を行わなければ、まずは素材を減らすという効果が生じ、実際には取り上げられ方が少なくなると感じています。 逆に問題提起をしたい場合、問題を大きく取り上げて欲しい場合には、記者会見は有用な選択肢かもしれません(その他映像的に効果があるものを含めて)。
一方で記者会見の対応を誤ることによるリスクも大きそうですね。
石渡弁護士
そうですね、そもそも記者会見という特殊な状況を上手にしのげる人はかなり少ないということも不祥事での記者会見をやらないほうがよい大事な理由のひとつです。
当たり前ですが、追及を受けるような不祥事の記者会見に慣れているという人はほとんどいません。どんなに優秀な危機管理コンサルについてもらっても、どんなに優秀な弁護士に隣に座ってもらっても、表情、雰囲気、その他映像に醸し出されてしまうものまでを完璧にマネージできるという人はおおよそいません。事件によっては、その映像は繰り返し検証され、論理的整合性、心理的動揺等々を分析されることも多々あります。こんなことを不祥事発生から急にトレーニングすることは不可能です。
記者会見のような特殊な状況下で、記者をはじめとする厳しい追及を受けるなんて正直合理的とは言い難いものがあります。裁判所での証人尋問のほうが準備や練習の機会を持ちやすく、進行を差配する中立な裁判官がいるので、まだましな環境だといえるでしょう。
記者会見を上手にしのげない場合(多くの場合がそうですが)、不適切な印象の映像素材ばかりを生み出すことになり、繰り返し編集されこれがテレビ、インターネットを通じて流通、拡散されます。中にはクリティカルなものも少なくありません。デメリットのほうがはるかに大きいと思うのは私だけでしょうか。
逆に記者会見がよい作用を及ぼすような、例外的なケースもあるのでしょうか。
石渡弁護士
ごくごく稀に、潔い判断に基づいて好印象を与え一発逆転の効果を生み出す記者会見もないわけではありません。しかし、それを生み出すのは至難の技であることは認識すべきです。また社会に大きく露出することを伴いますので、不祥事と繋がった事実自体は大きく視覚的印象とともに残存します。そのことからくるリスクも否定できません。
今回かなりうまくいったと言える日大アメフト部の加害学生の会見についても、勇気を称賛する声がある一方で、20歳かそこらの可能性ある学生に、視覚的情報とともに長期にわたる大きな十字架を背負わせていることも事実です。
以上のように、そもそも記者会見を行うことが当然であるかのような風潮を、私は多いに疑問に感じています。また多くの不祥事のケースでは、実際には記者会見は不要であると考えています。メディアが社会の興味に記者会見で応えてほしい(かつ自らがそれを通じて利益を上げる)ということが、必ず正義であるとは限りませんし、不祥事の当事者だからといって、極度の緊張下で社会からの一斉吊るし上げを受けなければならないような場は基本的にフェアではないと思います。
危機管理コンサルはPRコンサルを兼ね、平時にはクライアント商品・サービスをメディアに取り上げてもらう立場にあることも多く、メディアとの良好な関係構築をのぞみメディアに取り入ることも少なくありません。メディアから会見設定を求められた場合には、なかなか断りにくいということもひょっとすると影響しているかもしれません。
記者会見以外に可能な対応は山ほどある
記者会見を開く以外に、日大サイドはどういった対応ができるでしょうか。
石渡弁護士
これまでもろもろ記者会見についての私の意見を述べさせてもらいましたが、当然の大前提として、このことはしっかりとした不祥事対応を行わなくてよいということを言っているわけではありません。
しっかりとした対応はむしろマストであり、不祥事の被害者への謝罪・賠償を含んだ対応、利害関係人への事情説明、関係者の責任問題や処遇、再発防止策の策定を含め、極めて多くのことにきちんとした対応を迅速に意思決定していかなければなりません。
私が申し上げたいのは、安易に記者会見という手段を取るよりも、むしろ文書による説明その他の別の方法で対応を行うほうがよい場合が多いと言っているにすぎません。今回であれば可能な対応は山ほどあります。
もちろん、例外的に記者会見を行ったほうがよい状況もあり、あくまで原則論です。そもそも露出を前提とし日頃から対応に慣れている方、また露出を売っているタレントの不祥事で今後も露出イメージを含めて対応していかざるを得ないケース、などは記者会見という選択肢も考えられます。
最近でもジャニーズのタレントの不祥事では記者会見が多用されており、記憶に新しいところです。しかし、ジャニーズ事務所のマネジメントサイドが記者会見をしたという話は聞いたことがありません。このことがすべてを表しているかもしれません。
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