「素直になれるといいね。」
まりが言った。
とたんにイライラが込み上げて
それが口から溢れ出る前に席を立った。
「帰るわ。」
「ちょっ、どうしたの?」
「用事思い出した。ごめん。」
慌てて荷物をまとめるまりを無視して
レジに向かい
自分の分だけ払ってさっさと店を出ると
一番近くにあった地下鉄の階段を下りた。
いつも使っている路線じゃないけど
なんとかなるでしょ。
改札を抜けてホームに出ると
ちょうど電車がきたところで
ドアが開くなり行き先も見ずに乗りこんだ。
ドアの脇に立って改札のほうを見ても
まりは追ってきていない。
ドアが閉まる瞬間ちょっと笑えた。
なんで逃げてんだろ・・。
「素直になれるといいね。」と
言ったまりの顔を思い返すと
また少しイラっとした。
何?素直って。
スマホの路線検索で帰り方を検索。
ああ、この電車逆方向だわ・・。
遠回りして家に着いたら
20時を少し過ぎたところだった。
さっきからLINEの通知がうるさい。
LINEってときどきめんどくさい。
いや、ちがう、ときどき便利。
コンビニで買ってきたサラダうどんを
食べながら
BGM代わりにつけたテレビの音を聞きながら
まりとのトーク画面を開きながら
パソコンの電源をオンにした。
「何かあったの?」
内股のネコが首を傾げて
頭に「?」を浮かべているスタンプが
たて続けに8個きてる。
「ごめんね、また今度。」
と送ってから
顔ばかりでかいクマが
頭の上で手を合わせてごめんのポーズを
しているスタンプを3個送って
スマホの電源を落とした。
仕事帰りに
最近新しくできたカフェに寄りたいって
誘ってきたのは、まりのほう。
急に帰ったことは悪かったと思う。
明日、顔合わせるのがなんか気まずいな・・。
そこは素直に謝るか。
テレビを消してYouTubeで音楽を聴く。
サラダうどんをすする音で
音楽がかき消されないように
ヘッドフォンをつけた。
「空白だらけの僕を埋めるように君は笑った
足りない言葉のその余白すらも
埋めて笑った」
だいちゃんの歌は今日もしみる。
言葉が足りないのは
素直になれないからじゃない。
素直に何でも言ったら
それが正解だって思う?
言わない言葉の陰にある
いくつもの思いを知りもしないのに
「素直になれるといいね。」なんて
簡単に口にすんな。
またイライラしてきた。
やめたやめた。
こういうのはお肌に悪いから
シャワーを浴びて寝よう。
サラダうどんの汁を流しに捨てて
容器を燃えるごみの袋に押し込んだ。
なんでゴミがあふれそう・・・
ああ、今日、燃えるごみの日だった!
最低・・。
「今もわからないことばかりさ
だけど僕は知りたくなるよ
血の通うこの身のありかを
変わらず求めてしまうのさ」
ボリュームをしぼって音楽をかけていれば
すぐ眠りにつける。
同じ歌を聴いていても
そこから感じ取る情景は人それぞれだ。
誰かの素直と他の誰かの素直は
噛み合わないことばかりだ。
せっかく眠れそうだったのに
思考がまたそこへ戻っていく。
ふわふわして頼りなくみえる
のかもしれないけど
全然そんなんじゃない。
丸ごと出したら全部傷つけるから
隠して生きているだけだ。
ふわふわしたもので覆ってないと
知らない間に周りの誰かが
血だらけになる。
それを素直じゃないとか言われたくない。
「素直になれるといいね。」って
どうしろってこと?
っていうか何目線?
この前
今度こうすることになったんだって
何かの報告をしたときも
「それでいいと思うよ。」
って言われて急にイラっとした。
「オマエの承認など求めてない!」
と言ってやろうかと思ったけど
口には出さなかった。
素直じゃないからな。
今日逃げたのは素直?
素直ってなんだよ! !
考えれば考えるほど話す言葉が減っていく。
誰かを思うと書くことすらできなくなるから
今ぐらいがちょうどいい。
いい場所が見つかって良かったと思ってる。
1年前よりもだいぶ呼吸が楽になった。
ここは居場所だと思う。
これまでも、これからも。
じゃあここにあるのが
全部素直な気持ちかって?
さあ、どうかな・・。
もう寝よう、おやすみ。
LAMP IN TERREN「花と詩人」Music Video