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麻布は寛容 東大卒プロゲーマーが救われた先生の一言 プロゲーマー・ときど氏が語る(下)

2018/5/28

プロゲーマー、ときど氏 

 「東大卒のプロゲーマー」として知られるときど(本名・谷口一)氏(32)が語る、麻布中学・高校(東京・港)時代の思い出。麻布時代ビデオゲームにはまったときど氏だったが、実はゲーマーであることに強いコンプレックスを抱いていた。それを取り払ってくれたのも、やはり麻布の自由な校風だった。(前回の記事は「東大卒のプロゲーマー 麻布で学んだ『自由と責任』」)

 ゲームにのめり込み、成績が一時、落ち込んだ。

 学校の成績はパッとしませんでした。入学直後は1学年300人中、100番ぐらいでしたが、そこから徐々に下がっていき、気がつくと200番前後が定位置に。ただ、勉強しなかった割には、よくその位置でとどまっていたなとも思います。小学生の時にものすごく勉強したので、その時の蓄積や、その時に身に付けた勉強のノウハウが役に立ったのではないでしょうか。

 高校に上がると、先生も生徒もだんだん受験モードに切り替わっていきました。中学の時に一緒に遊んでいた友達も、みんな塾に通い始めます。私も、高校に上がって塾に入り直しました。

 ただ、ゲーム中心の生活は相変わらずでした。学校が終わると、塾に行く前にゲームセンターへ。塾が終わるとまたゲームセンターへ。家に帰ると疲れて寝るだけ。それでも勉強時間は増えたので、学校の成績は徐々に上向いていきました。

 振り返れば、小さいころから勉強を頑張ってこられたのは、ゲームのおかげだと思います。小学生の時は、親にゲームソフトを買ってもらうためにテストで満点を目指し、麻布時代はゲーマーに偏見を抱く世間を見返してやろうという気持ちが、勉強のモチベーションになっていました。

 今もあまり変わっていないと思いますが、私の子供のころは、「ゲームなんかやっているやつはダメなやつだ」という社会の偏見がものすごく強かった。少なくとも私自身はそう感じていました。

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