■日曜日はお休みです
今ではすっかりあたりまえになった、「日曜日はお休み」という日曜休日制
が日本に導入されたのは明治九年のことです。
あんまりあたりまえになりすぎて、ではそれ以前はどうしていたのかと考え
るとすぐには想像力も働きませんね。
昔の人は今よりもっと「勤勉」であったから休みも少なかったのでしょうか。
ところがこと役人の休暇に関しては、今と比べてもさほど休みが少なかった
わけでは無く、もしかすると今以上に休みが多かったかもしれません。
明治九年に日曜休日制を日本政府が導入した理由は、実はこの役人の休みす
ぎに頭を悩ませた結果なのでした。
◇日曜休日制以前の休暇日
明治の元勲、大隈重信の「大隈伯昔日譚(せきじつたん)」には、
『是のみならず其の比(ころ)は、一・六の日を以て、諸官省の休暇定日と
為せしを以て、休暇の日数は月に六回、月に七十二回の割合と為り、加ふ
るに五節句あり、大祭祝日あり、寒暑に長き休暇あり、其の他、種種の因
縁ある休暇日あり、総て是等を合すれば一年百十日の多きに上り、而して、
其の頃の一年は、平年三百五十余日なりしを以て、実際執務の日数は、僅
々百六、七十乃至二百日に過ぎざりし。是れ乃ち、一年の半か、少なくと
も五分の二は、休暇日として消過し去りしなり。』
長い引用でしたが要するに、役人は休みすぎるという話です。
一・六のつく日付は休みというのは江戸時代のお城のお休みの慣習がそのま
ま使われた結果でしょう。
ちなみに平年の日数が「三百五十余日」とあるのは昔の太陰太陽暦の日数を
言ったものです。
ちなみに一のつく日でも、三十一日だけは、例外で休みではありませんでし
た。これは、太陰太陽暦が使われていた時代は、月の日付は29日か30日のい
ずれかでしたので、31日はなかったことと、グレゴリオ暦への改暦後も、31
日と翌月の 1日と連続して休暇となるのを避けたためと考えられます。
祝祭日等は除いて、一・六日の休みだけでも年に72日も休みがあるとぼやい
ています。そして是を是正して、もっと役人を働かせようとして明治九年に
日曜休日制を導入しました。
◇日曜休日制導入
日曜休日制の導入は、明治九年三月十二日付の太政官達第二十七号によりま
す。
太政官達二十七号
従前、一・六日休暇ノ処、四月ヨリ日曜ヲ以テ休暇ト定メラレ候条、此ノ
旨相達シ候事。但シ土曜日ハ、正午十二時ヨリ休暇タルベキコト。
ちなみにこれが発行した明治九年四月一日は土曜日でした。
土曜日が半日休みだった(今は一日休みですが)のもこの条文で定められた
ものでした。
◇日曜休日制導入以後の休日
さて、もともとは「休日を減らそう」という目的で導入されたと思われる日
曜休日制(欧米との取引関係から、休日を合わせるという目的もありました)
ですが、ではこれでどれだけ役人の休日が減ったのでしょうか?
旧制度:一・六日の休日 ・・・ 年72日
新制度:日曜日の休日 ・・・ 年52日 (平均)
おお、20日減ってる。割合にして 28%の削減。やりましたね大隈さん。
と喜びたいのですが、ちょっと待って下さい。確か土曜日も半日休みにしち
ゃいましたよね。是を加えないと。
新制度:土・日曜日の休日 ・・・ 年78日 (平均)
あれれ。減っているどころかちょっと増えています。役所の開いている日は
増やす(土曜も半日はあいている)けど、役人の休暇は減らさないという、
なんだか「玉虫色の決着」という気がしますね。
◇そして現在
さて、現在は公務員は基本的には土日両日ともお休み。この現制度での休み
の日と、更に祭日、年末年始の勤務を要しない日を加えたカレンダー上の休
暇の日を数えてみると
現制度:土・日曜日の休日 ・・・ 年 104日 (平均)
カレンダー上の休暇の日数 ・・・ 年120日 (平成19年の値)
となります。
ああもっと休みがあれば・・・と言うことは多いですが、こうしてみると実
に一年の 1/3は休んでいることになります。結構多いですね。
是を書いているのは、土曜日の朝。上記 120日のうちの 1日ということで、
のんびり書いております。
皆さんも言い休日を。 (お仕事中の皆さんにはすみませんが)
(『暦のこぼれ話』に取り上げて欲しい話があれば、
magazine.sp@koyomi.vis.ne.jp までお願いします。)
オリジナル記事:日刊☆こよみのページ 2007/04/21 号
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