安倍政権が今国会の最重要法案と位置づける働き方改革関連法案は25日の衆院厚生労働委員会で、自民、公明両党と日本維新の会の賛成多数で可決された。立憲民主党など野党が激しく抗議する中で、与党が採決を強行。29日にも衆院を通過する見通しで、6月20日までの会期内に成立する公算が大きくなった。
 この法案は、年収1075万円以上の一部の専門職を労働時間規制の対象から外す「高度プロフェッショナル制度(高プロ)」を導入する規制緩和策と、罰則付きで残業時間の上限を設ける規制強化策などが盛りこまれている。立憲などは「過労死を助長する」として高プロの削除を要求。政府・与党は応じず、高プロを適用された人が撤回する場合の手続きを明記する修正を行うことで維新、希望の党と合意した。
 働き方法案、採決強行 衆院委、自公維で可決-朝日新聞
 昨日、野党が反対するなか採決が強行され、高度プロフェッショナル制度を含む働き方改革法案が採決されました。
 この法案に関しては、すでに政府が委員会に提出したデータに不備が数多見つかり、担当大臣は答弁不能に陥り、首相は過労死遺族と面会することなく無視するという問題があちこちで噴出する事態となっていました(『自民党はデータと事実を捨て、近代国家を放棄する覚悟があるか ー 高度プロフェッショナル制度の委員会採決を巡って-読む国会』参照)。
 この時点で既に、法案を採決すべきでないことは明白ですが、今回はこの制度の問題点を簡潔に、まぁ今更で既にほかの記事が散々やっているところではありますがまとめておこうと思います。
 いや、犯罪関係ないじゃないかと思うかもしれませんが、いやいやこれがそんなに無関係でもなく。

 高度プロフェッショナル制度は過労死合法化だ
 そもそも高度プロフェッショナル制度とは何でしょうか。『『高度プロフェッショナル制度』とは?「同制度で柔軟な働き方が可能になる」は本当か?-残業証拠レコーダー』の記事を参照してまとめてみましょう。
 これは特定の職種、年収の人に限って残業代の支払い義務と労働時間の上限がなくなるというものです。つまり8時間勤務を前提とした賃金で12時間でも18時間でも理論上は働かせることができるということで、これが「定額働かせ放題」などを揶揄されるゆえんです。
 法案の時点では、対象となる職種も限られていますし、年収も1075万円以上と決まっているので自分は関係ないやと思うかもしれません。しかしこの対象は法律ではなく省令で決めているというのが恐ろしい点です。これはつまり、国会の審議を経ずにいきなり「対象の職種は全職種、年収1万円以上あれば対象」という風に大臣の一存で設定することができるということです。これは極端な例ですが、法律を語る上で大事なのは条文を解釈して何ができるかです。
 年収要件が引き下げられるというのは何も非現実的な懸念ではなく、経団連の要請では400万円以上の人に適用をなどという話も出ているのでマジであり得る話です。

 さて、この法案がやべーのはもちろん、過労死まっしぐらの長時間労働を「合法化」するという点にあります。
 この「合法化」というのが極めて重大な問題を引き起こすのです。

 「合法化」されると何が起こるのか
 合法化されると何が起こるのでしょうか。端的に言うと、長時間労働を強いたために労働者が過労死してもその責任を企業に問えなくなる可能性があります。
 合法である以上、その行為による責任を問われるいわれは当然ありません。仮に法律で禁止されていない薬物を売り、それを飲んだ人が死んだとしても、道義的にはともかく法的にはその死に責任を負う義理は一切ありません。これと同じことが過労死でも起こりえます。つまり簡単に言えば、長時間働かせることそれ自体は法律に違反していないので、その結果労働者が死んでも企業に法的な責任はないということになります。
 もちろん高度プロフェッショナル制度に関しては事態がもう少し複雑で、残業代を支払う義務がないために労働時間を把握する義務もなくなり、過労死認定に重要となる労働時間が不明確になるという点と、長時間労働もあくまで労働者の裁量となり自己責任なので、過労死もやはり自己責任であるという点で過労死が認定されにくくなる可能性があります。
 この懸念も非現実的なものではなく、すでに同様のことが起こっている業界もあります。
 先週、毎日新聞の調査により、教員の過労死がこの10年間で63人に上ることが明らかとなった。ただしこれは、「少なくとも」と言わなければならない。なぜなら職員室では、過労死認定の重要な根拠となるはずの労働時間が、そもそも把握されてこなかったからだ。「働き方改革」を掲げている政府は、これまで教員の過労死の数を把握しておらず、認定された数が公になるのはこれが初めてのことだ。
(中略)
 二点目の「不払い労働」について、これは昨今話題になっている高度プロフェッショナル制度や裁量労働制と同じで、教員の給与制度は「定額働かせ放題」となっている。
 公立学校の教員には、サラリーマン同様に、労働基準法が適用される。だが、1971年に制定された給特法(正式には「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」)によって、時間外労働や休日労働については、割増賃金(残業代)を支給しなければならないことを定めた労働基準法第37条の適用外とされている。すなわち給特法のもとでは、基本的に教員の労働には残業(代)が発生しない(詳しくは拙稿「残業代ゼロ 教員の長時間労働を生む法制度」)。
 いま全国の先生たちは、過労死ラインを超えるほどに働いている。だけれど、それはみずからの趣味として自主的に学校に居残っているだけであって、それは残業ではないし、もちろん残業代が支払われる必要もない、というのが給特法の規定である。
 これにより、学校現場では労働時間をカウントする必要性がなくなってしまった。過労死認定においては具体的な残業時間が重要な根拠となるはずなのだが、そもそも労働時間がわからないのだ。
 法的に時間外労働しているけれども、使用者が悪質だから対価が支払われていないというブラック企業とは、状況はまったく異なっている。始業時刻よりも朝早くにやって来て、さらには終業時刻よりもずっと遅くまで働いていることが、そもそも法的に「労働」とみなされていないのである。
 給特法は、残業しなくてもよいという点でみれば、理想的な法律である。ところが実態としては、先生たちは働いているはずなのに、それが労働と認められない。残業代支払いの裁判を起こしたところで、支払いの判決が下されることも、もちろんない。労働者の立場としては、最悪の状況に置かれてしまっているのが現実である。
 教員の過労死63人も「氷山の一角」 “ブラック職員室”の実態 「働き方改革」から取り残された教師たち-文春オンライン
 例えば教員の世界では、残業代を固定する特給法があるために高度プロフェッショナル制度と同じような状況になり、過労死が認定されにくくなる事態を招いています。

 「合法化」という暴力
 日本でいま、長時間労働とそれに伴う過労死の問題が取り沙汰されるなか高度プロフェッショナル制度は可決される見込みが濃厚です。この制度は「性犯罪が多発して社会問題化?よし、なら性犯罪を合法化しよう」と言っているようなもので、政府のやることとしては徹頭徹尾支離滅裂です。
 犯罪というのは単に社会的に許されない、不道徳な行為であるから犯罪とみなされているのではなく、法律で禁じられているために犯罪だとされているのです。一般的に犯罪といえば刑法に規定されている行為を指しますが、長時間労働をある種の犯罪的行為とみなせば、この法案は日本から犯罪を1つ消し去る法案といえます。その犯罪が姦通罪のように前時代的な、単に市民の人権を侵害するだけのものであればそれは喜ばしいことですが、長時間労働のように実際に我々の権利を侵している行為の合法化であればその行為の不当性を主張する重大な根拠を失うことになります。裁判所に「法律上問題ないじゃん」と言われれば市民にはどうすることもできません。
 麻生なんちゃらさんが「過労死罪という罪はない」とか言い出す日も近いかもしれません。実際あの人財務大臣ですし資本家なので、あり得ない話ではないかも。