SF游歩道

下村思游のSFブログ

おすすめの傑作SF20選

新年度が始まり、進学などを機に趣味として読書を始めようという方や、読書好きでSFにも手を出してみようという方に向けて、文庫本で読めるおすすめの傑作SF20冊を紹介する。

 

国内篇

初心者向け

ボッコちゃん (新潮文庫)

ボッコちゃん (新潮文庫)

 

トップバッターは言わずと知れたショート・ショートの神様、星新一の代表的な作品集。恐らく星の著作の中で一番有名な一冊なのだが、驚くなかれ、この本は同人時代からデビュー後数年の間の、星の活動期間の最初期における作品を集めたものなのである。星の最初期作品はアイデアにおいて切れ味鋭いものが多く、有名な『おーい、でてこーい』や『ゆきとどいた生活』『暑さ』『生活維持省』などはすべてこの作品集に収められている。

ここで特に強調したいのは、この作品集が星の手による自選傑作集であるということ。前述の通り、若さゆえの豊富なアイデアをふんだんに使った作品の中から、さらに星自身が選んだ最高の作品しか収められていないのだ。

私が10歳前後ではじめて星をこの本で知ったときの感動は今でも忘れられない。中学校に上がってからもずっと読み続け、すっかりボロボロになってしまった本を今でも大切に持っている。

この本を読んでもっと星作品を読みたくなった方には、同じ新潮文庫の「ようこそ地球さん」をおすすめする。この作品集は「ボッコちゃん」に収められなかった作品を集めたもので、万人受けする「ボッコちゃん」とは異なり、よりブラックでシニカルな傾向が強い。特に『処刑』『殉教』は「ボッコちゃん」収録の『生活維持省』と並び、星作品の中でも屈指の人気を誇る名作。ぜひ読んで、星の事物をみつめる冷静なまなざしを体感してほしい。

 

佇むひと―リリカル短篇集 (角川文庫)

佇むひと―リリカル短篇集 (角川文庫)

 

筒井康隆ほど、自身の文章によって読者の心がどう動くかを把握して作品を書き上げている作家は他にいない。そんな筒井の文章の巧妙さを味わうことが出来る傑作ばかりが収録された短篇集である。

SFでは、筒井作品でも屈指の「さわやかさ」をもつ名作『時の女神』や、乾ききった文体が特徴的な表題作『佇むひと』が特に秀逸。ホラーでは、ショート・ショートのお手本のような『怪段』や、筒井の最高傑作のひとつと言われる『母子像』が収録され、ジャンルの垣根を越えた<文豪>筒井康隆を存分に味わえる。

私のおすすめは、なんといっても『母子像』、これに尽きる。物語の舞台である鬱蒼とした庭の木々に囲まれた陰鬱な屋敷を想起させる、暗く沈んだ文体によって描き出される物語は、まさに筒井の最高傑作にふさわしい。書き出しである「何の変哲もない、猿の玩具だった。」という言葉からして、過不足のない、この物語の始まりに最適な言葉である。

 

星新一筒井康隆と並ぶ日本SF御三家の最後のひとり、小松左京の特色が強く現れた自選ホラー短篇集。そのためホラー作品が多いが、やはり小松の作品なのでしっかりSFとしても面白い作品ばかり。

特におすすめしたいのは、小松自身の戦争体験が色濃く反映された『くだんのはは』と『召集令状』。理知的なストーリーテラー小松左京によって描き出される物語は、「単に怖い話」に留まらず、より大きな範囲で根源的な恐怖をもたらす。特に『くだんのはは』は筒井康隆が「レパートリイの広い小松氏のいくつかの恐怖小説の中でも、いちばん怖い話である。*1」と絶賛している。

小松の短篇が良いのはもちろんだが、御三家の他のふたりとはまた違った魅力が見られるのは長篇だと思う。海に沈みゆく日本を舞台に、「日本人とは何か」を描いて大ベストセラーになった『日本沈没』や、ウィルスによって壊滅した文明社会とそこからの復興を描いた『復活の日』など、小松の描く「理知的で科学的な人間像」がよく現れた作品が多いので、ぜひこれらにも挑戦してほしい。

 

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

南極点のピアピア動画 (ハヤカワ文庫JA)

 

本業が猟師という謎のSF作家、野尻抱介(通称「尻P」)の代表作のひとつである連作短篇SF集。

動画投稿サイト「ピアピア動画」を中心に据え、「ピアピア技術部」の謎の技術力を描いたハードSFなのだが、一般に難解とされるハードSFであるにも関わらず、非常に読みやすいのが魅力。連作短篇集ということもあり、ハードSFへの足掛かりとして最適な一冊だと思う。各短篇の一話一話それぞれにネット文化のエッセンスが散りばめられているので、今時の人でも身近に感じつつ読み進められる。

表紙に初音ミクっぽい人物が描かれているが、この人物が何者なのかは読んでからのお楽しみ。ちなみにこの絵は初音ミクのキャラクターデザインをしたKEIによるもの。解説が当時ニコニコ動画を運営していた株式会社ドワンゴ代表取締役社長の川上量生ということもあり、大人の本気の遊びという感じで面白い。

 

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

虐殺器官〔新版〕 (ハヤカワ文庫JA)

 

現代の日本SFを語るならばこの作品と作家は外せない。

伊藤計劃は、この作品をもってデビューし、同時に日本SFの頂点に立ち、そして次作としてこの作品と対を成す『ハーモニー』を発表し、この世を去った。実働期間はわずか2年であった。

作品の世界は、9・11以後の世界。サラエヴォでの核テロをきっかけに、世界中で核戦争や虐殺の嵐が吹き荒れた。世界各地で頻発する虐殺の陰に、謎だらけのアメリカ人ジョン・ポールの姿があった。ジョンが虐殺を煽動していると睨んだアメリカ政府は、アメリカ情報軍のクラヴィス・シェパードにジョンの暗殺を命じた。

ラヴィスとジョンの邂逅はなにを生み出すのか。なんのためにジョンは虐殺を煽動しているのか。虐殺器官とはなにか。

この作品に関しては、好きすぎて下手に解説をすると無意識に筆を滑らせそうで怖い。気になった方は、ぜひその目で物語を確かめてもらいたい。

 

中級者向け

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

最後にして最初のアイドル (ハヤカワ文庫JA)

 

デビュー作にして星雲賞短編部門受賞作の表題作『最後にして最初のアイドル』が圧倒的。「なんだこいつ……」から始まり、「なんだこいつ!?」となり、「なんだこいつwwwwwwww」と見せかけて「なんだこいつ……」で終わる。なんとわれわれはアイドルだったのである。何を言っているのか分からないと思うが、この作品にはこうとしか言えない圧倒的な破壊力と説得力があるのでこうなってしまっているのである。実際に読んでもらえれば、この文章の意味が分かるはず。間違いなく、現代日本SFの最高峰に位置する作品である。

さて、ここでは文庫版を掲載したが、電子書籍では『最後にして最初のアイドル』単体で販売されているので、100円ちょっとで気軽に購入することが出来る。そこらでジュース一本買って飲むよりも、この作品を読んだ方が絶対にお得。100円ちょっとでその後の人生で絶対忘れられない物語が手に入るのだから。

shiyuu-sf.hatenablog.com

 

上述の筒井康隆の作品のうち、初期SF作品の傑作を集めた短篇集。『時をかける少女』や『家族八景』『旅のラゴス』『残像に口紅を』などで既に筒井康隆を知っている人ならば、この短篇集がおすすめ。これらの有名な作品を生み出した文学的な土台は、既に最初期の作品に見出せる。

この短篇集に収録されている作品はすべておすすめ出来る作品ばかりだが、特におすすめなのは『東海道戦争』と『おれに関する噂』。この2作とも、実に半世紀も前に書かれた作品であるにもかかわらず、筒井お得意のスラップスティックで描き出された人間の「根源的愚かさ」はこの現代でも変わらないし、おそらく未来永劫変わることがないだろう。

今や<文豪>筒井康隆としてふるまっている作家の、最初期の研ぎ澄まされた感覚が味わえる、まさに傑作選というべき短篇集。

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戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)

戦闘妖精・雪風(改) (ハヤカワ文庫JA)

 

もしミリタリや飛行機、機械類が好きならば、この作品からSFに入るのがおすすめ。

南極に突如現れた超空間経路からやってきた未知の異星体・ジャムに地球は侵略されていた。人類はジャムに反攻をくわえ、超空間経路の先につながる惑星フェアリイに橋頭保を築き、熾烈な戦いを繰り広げていた。その戦闘に投入された超高性能戦術戦闘電子偵察機スーパーシルフの一隻「雪風」の任務は、味方を見殺しにしてでも、自分だけは無傷に戦闘情報を持ち帰ることだった。雪風パイロットである深井零は感情を抑制された「機械のような」人間だったが、一方の雪風は、人間の戦闘情報を学習し飛行経験を積むごとに、より「人間のような」機械へと変化していく。そもそも人類が戦闘しているジャムとはなにものなのか。人間と、機械と、そしてジャムの謎は深まるばかり。

ということで、主人公機はお約束の通り最新鋭機ではあるが、それを使ってバリバリ前線に出て活躍すると言うわけではない。しかし、「絶対に無傷で帰還せよ」というオタク心くすぐる設定は非常に魅力的。逃げ回ってるだけでなく、やる時はしっかりやるのでアクション目当ての人も安心。自信をもっておすすめする一冊。

 

上級者向け

Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)

Self-Reference ENGINE (ハヤカワ文庫JA)

 

SF界初の芥川賞作家となった円城塔の、デビュー作にあたる連作短篇集。なんと上記の伊藤計劃虐殺器官』とともに出版された作品でもある。ただし、上級者向けとあるように、『虐殺器官』とは異なって、非常に難解な物語となっている。

短篇集の形をとってはいるものの、どうやらひとつひとつの短篇は、時間的・空間的に離散してしまった世界の断片を描いているらしく、たびたび時空的に混乱し、時間の流れは必ずしも一定ではないし、因果律すら倒錯している作品も存在する。それらの不思議な短篇を囲い込む「大きな物語」では、シンギュラリティが語られているようで、読者を不思議な世界へといざなう。SFに対して「自分を見失う楽しみ」をもっている人は、十二分に楽しめるだろう。一度だけでは読み切れない、多重構造かつ綿密な物語。

とてつもなく新しいことは分かる、でもそれがどこまで飛びぬけて新しいのか分からない。これまで見たことのない世界へ一気に連れ去ってくれる、まぎれもない現代日本SFの最高傑作のひとつである。

 

  • 皆勤の徒(酉島伝法、創元SF文庫)
皆勤の徒 (創元SF文庫)

皆勤の徒 (創元SF文庫)

 

この作品は、上記の『虐殺器官』や『Self-Reference ENGINE』、『最後にして最初のアイドル』と並んで現代日本SFの最高峰に位置する作品だと思う。しかし、悲しいかな、内容が難解すぎるため、SFをしっかり読むことが出来、意味のないような文章にも楽しみを見出し、最後まで読み切ることが出来る人にしかすすめられないのである。

基本的には言葉遊びと醜怪でグロテスクなポストアポカリプス、といったところなのであろうが、その想像力のぶっ飛び方が尋常ではない。一応連作短篇集となっているものの、この一冊を通して壮大な未来史が立ち現れてくる様は圧巻。この圧倒的なヴィジョンをいろんな人に楽しんでもらおうと周囲の人間にすすめているのだが、一向に読んでくれる気配がない。悲しいかぎりである。

ちなみに、この作品と作者に関して、上述の「難解で知られる作家」円城塔は「人類にはまだ早い系の作家」と評している。円城塔も大概だと思うのだが……

今年英訳版がアメリカの日本SF専門出版社であるHaikasoruから出版され、早速英語圏の作家の間でも話題になっていたようだ。(エドワード・ケアリーが反応していたのには驚いた)

 

海外篇

初心者向け

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

 

現代SF二巨頭がひとり、テッド・チャンの国内唯一の短篇集。寡作で知られる天才作家の、ほぼ全作品を一冊で味わえる最高の作品集でもある。

この短篇集のなかであえてすすめるとするなら、やはり映画『メッセージ』の原作にもなった表題作『あなたの人生の物語』であろう。SFといえば、自然科学の知識をバリバリ使うのかな、と考える方が多いと思う。しかし、この作品では、自然科学だけではなく、人文科学の知識も導入して、高度だが丁寧に議論が進められていく。読み始めてからずっと解決されなかった謎が、自然科学・人文科学的考察とともにひとつの物語に収束していく様は、まさに名作というに値する。

この『あなたの人生の物語』を読んで衝撃を受けた、という方は、ぜひ原文(英文)にもパラっとでいいので目を通してもらいたい。翻訳の関係上、日本語の言語的性質によって若干魅力が減じてしまった「しかけ」が存在するのだ。原文でのチャンのこだわりも含めて、楽しんでもらいたい歴史的名作。

 

  • 巨神計画(シルヴァン・ヌーヴェル、創元SF文庫)
巨神計画〈上〉 (創元SF文庫)

巨神計画〈上〉 (創元SF文庫)

 
巨神計画〈下〉 (創元SF文庫)

巨神計画〈下〉 (創元SF文庫)

 

アメリカで巨大ロボットのパーツが発見されたところから始まるこの作品。パーツを集めて極秘裏に組立てていくうちに、超強力な光の剣と、なんでも防ぐ無敵の盾というあまりにも過剰な戦力が見つかって……。そしてなんとこのロボット、作られた年代がどうも古すぎるらしい……。謎が謎を呼び、長めの物語なのだがついつい読み進めてしまう。

本文の書き方も独特で、「インタビュアー」という謎の存在による事後レポート形式で話が進んでいく。しかし、事態が急展開を迎えるとともにインタビュー・レポート形式から実況形式へと記述が変化する仕掛けになっていて、白熱する臨場感でページをめくる手が止まらない。

表紙絵もまた色々と秀逸なのだが、ネタバレになってしまう恐れがあるのでこれに関してはぜひ読んでにやりとしていただきたい。

作者は日本のロボットアニメの大ファンらしく、ところどころにロボットアニメの「お約束」が見え隠れする。そういったパロディ的な側面も楽しめる作品。

 

  • 火星の人(アンディ・ウィアー、ハヤカワ文庫SF)
火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(上) (ハヤカワ文庫SF)

 
火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

火星の人〔新版〕(下) (ハヤカワ文庫SF)

 

映画『オデッセイ』の原作となった事で有名な本作。

ざっくりいうと、事故で火星に独り取り残されてしまった男の、孤独なサバイバル生活をユーモラスに描いた作品。もっとざっくりいうと、独りDASH島 in 火星。

火星で食料を得るために自分のウ〇コのみならず仲間の残したウ〇コまでもフル活用してジャガイモを作る、水を得るために水素を燃やすなど、過激だけどしっかり科学して物語を作っているのが面白い。途中何度も何度も困難に陥るが、主人公ワトニーの軽快なジョークと次々披露される科学的サバイバル術、そしてやたらおせっかいなNASAのお陰で、暗い部分が全くないのが本作の良いところ。小難しいSFが苦手な人でも、単純なサバイバルものとして気楽に読んでほしい作品。

 

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)

ゲームウォーズ(上) (SB文庫)

 
ゲームウォーズ(下) (SB文庫)

ゲームウォーズ(下) (SB文庫)

 

スティーヴン・スピルバーグ監督の最新作『レディ・プレイヤー1』で有名になった本作。世界最大の企業であるゲーム会社の創業者の残した莫大な遺産を巡って争われる、ゲーム内の壮大な宝探しゲームの物語。

ストーリーは80年代オタクである作者ならではのものになっており、作中の宝探しゲームのヒントはもちろん、ゲームのデザインや登場人物の要旨にも様々なネタが仕込んである。当時のサブカルチャーに詳しければ最高の物語だが、よくわからなくても、作品内で展開される世界観や宝探しの駆け引きはそのままでも十二分に面白い。VR・ARが現実を侵食し始めた今だからこそ、「今ここ」から始まる地続きの未来を描いた作品として読んでも大変面白い。

そして作中では西洋の作品のキャラクターだけでなく、日本の作品のキャラクターも多く登場する。特にとあるヒーローやロボットがお話の中で大きな役割を担っている。映画版とは「鍵」のヒントも登場するヒーローも異なるので、映画とはまた別に楽しむことが出来る。映画を既に見たなら、まずはこの作品から読むのがおすすめ。

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さあ、気ちがいになりなさい (ハヤカワ文庫SF)

さあ、気ちがいになりなさい (ハヤカワ文庫SF)

 

表紙が非常にかっこいいこの本は、アメリカの短篇の名手フレドリック・ブラウンの傑作をショート・ショートの神様である星新一が訳した珍しい一冊。星新一が多大な影響を受けたブラウンの作品を、星の訳で読むことが出来る貴重な一冊である。翻訳は翻訳なのだが、星の手によるこれらの作品は、もはやブラウンを底に敷いた立派な星作品になっている。

どれも面白い作品だが、特におすすめするのは『電獣ヴァヴェリ』と『さあ、気ちがいになりなさい』の2作。前者は筒井康隆をはじめ、日本のSF作家に多くのファンをもつ作品。電気・電磁波を食べる怪物によって近代文明が崩壊した姿を描く作品で、大胆にもSFでありながら科学を否定するようなつくりになっており、70年前のSFの潮流も感じられる作品。後者はこの作品集の表題作。過激なタイトルが印象的で、内容もタイトルに負けない鮮烈なもの。とくにラストの展開はこの短篇集でも随一。これも下手に話してしまうとネタバレになってしまいそうなのが辛いところ。

長らく絶版になっていた貴重なこの一冊を、ぜひ読んではいかが。

 

中級者向け

銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)

銀河ヒッチハイク・ガイド (河出文庫)

 

伝説の馬鹿SF、『銀河ヒッチハイク・ガイド』。なんと物語冒頭の30頁程度で主人公ひとりを残して地球は爆散、人類どころか地球上の生命は一瞬で全滅してしまう。地球は滅亡してしまったのだからしかたがない、さあ銀河をヒッチハイクだ、もちものはタオル1本で十分! という出だしだけで馬鹿臭がすごい作品。

作品全体を通して訳の分からない謎理論が展開され、爆笑必死の展開が一冊通して次から次へとやって来る。外ではとても読めない危険な作品でもある。

作者のダグラス・アダムスは英国の伝説的なコメディ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」にもかかわっていた人物。英国の危険なブラック・ユーモアやナンセンス・ギャグ、ハイテンション・コメディが宇宙狭しと繰り広げられる様をぜひ体感していただきたい。

 

全球が海に占められた惑星、ソラリス。はじめ公転周期が物理法則に従っていないことから注目され、その海が「知性」をもっているらしいということで新たな学問「ソラリス学」が誕生した。

そして今、ソラリス上空のステーションに駐留していた科学者が次々と発狂したという知らせが届き、心理学者である主人公クリス・ケルビンが調査のためにステーションに向かった。すると、そこには複数の血痕があり、居るはずのない人物に怯える科学者がいた。そしてクリス自身も、居るはずのない上裸の黒人女性の姿や死んだはずの彼女の姿を見かけ、自分も発狂しているのではないかと疑い始めた......。

サスペンス的展開から始まるこの物語。途中でこれらの異常な事態はどうやらソラリスの海が起こした出来事らしいと分かるのだが、われわれの知性とはどこか違う「知性」をもったソラリスの海の考察を通して、物語は知性やそれを計る科学や哲学、そして神学的な議論へと発展し、ついには「人間」を描き出すに至る。

今やSFという枠にとどまらず、「人間」を描いた文学としても認められるようになった本作。近年、ポーランド語の原典からやっと直接翻訳されたこの作品を、ぜひ読んでいただきたい。

 

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

アンドロイドは電気羊の夢を見るか? (ハヤカワ文庫 SF (229))

 

おそらくSFで一番有名な作品であろう本作。サイバーパンク映画の名作『ブレードランナー』の原作としても知られるが、SFに興味をもってすぐくらいの多くの若いファンを打ちのめしてきた難解な作品でもある。確かにSFでも有数の面白さをもった作品なのだが、その難解さのために「SFは難しい」「SFは物を知っていないと面白くない」と考えられるようになってしまった原因となった作品でもある、功罪入り混じった名作。正直自分含め、SFファンでもこの作品を完全に理解していると言える人は少ないと思うので、面白いところだけかいつまんで読むのもあり。

アンドロイド専門の賞金稼ぎ・ブレードランナーである主人公リック・デッカードは火星から地球に逃げ出してきたアンドロイド7体の破壊を依頼された。デッカードは破壊対象の高性能アンドロイド「レプリカント」たちが自身をアンドロイドだと信じていない、むしろ植えられた偽の記憶を信じ込んで自身を人間だと考えていることを知り、やがて自分も偽の記憶を植え付けられたアンドロイドなのではないかと疑い始める。第三次世界大戦後の世界において、放射能汚染により一般の動物は死に絶え、本物の動物を飼育することはある種のステータスとなった。もし自分がアンドロイドだとして、そのアンドロイドは本物の羊の代替物である電気羊を飼うことを夢見るだろうか……。

ディック特有の、「現実が音を立てながら崩壊し、自分が何者なのか分からなくなる」というディック感覚が非常によく現れた作品。後半は(ディック自身がクスリをキメながら書いているせいだろうが)意味不明な展開が多くなってくるのだが、前半の展開はSF随一の面白さを誇る。この作品を機にディック作品へ、そしてSFへと一歩踏み出すきっかけになったら幸いである。

 

上級者向け

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 上 (ハヤカワ文庫SF)

 
ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)

ユナイテッド・ステイツ・オブ・ジャパン 下 (ハヤカワ文庫SF)

 

この作品は、特に内容が難解と言うわけではない。しかし、受け取る側の無意識の悪意によってこの作品の本質をゆがめた形で受け取ってほしくないからこそ、私はあえて上級者向けという位置づけにした。

舞台は第二次世界大戦で日独率いる枢軸国側が連合国に勝利した世界。アメリカは東半分をナチス、西半分を大日本帝国に分割され、傀儡政権を通じて支配されている。主人公の石村紅功(ベン)は出世コースを外れたうだつのあがらない帝国陸軍の軍人。特高課員の槻野昭子とともに、同じ陸軍軍人で行方不明の六浦賀将軍を追うことになった。捜査がすすむにつれて、陸軍で軍事ゲームの制作を行っていた六浦賀将軍が、その裏で第二次大戦で連合国が勝利したという内容の架空戦史ゲーム「USA」を制作し、抗日アメリカ人組織に加担しているということが分かってきた。なぜ六浦賀将軍は祖国を裏切るような行動を起こしたのか。そもそも祖国とは何なのか。

作者ピーター・トライアスは韓国生まれの中華系韓国人で、現在はアメリカ国籍を取得している。幼くして家族とともにアメリカに渡り、自らのアイデンティティが薄れる中で、常に自分とともにあったのは日本製のゲーム機であるNES(海外向けファミコンのこと。Nntendo Entertainment System)だった。祖国韓国では中国人と言われ、アメリカに渡ってはアジア人と呼ばれ、また韓国に戻っては(日本製のNESを持っていたことやアメリカ帰りだったことで)仲間外れにされ、自分が何者なのか分からなかったという。そこでピーターは「日本が支配するアメリカにおいて、同じアジア人であるということはどういう意味をもつか」ということをテーマに本作を書いた。その過程で、戦争の凄惨さを描くためにわざと物語の暴力性を前面に出し、また自分の大好きな日本文化のエッセンスを全体に振りまいたのだ。

近頃、先に紹介した「巨神計画」にもみられるように、日本のサブカルチャーを題材にした作品が多くみられるようになってきた。その日本文化を題材にとった作品のひとつとしても、また現代の戦争文学としても楽しめる一作。続編『メカ・サムライ・エンパイア』は全世界に先駆けて日本が最初の刊行となった。続編とはいえ、単体でも楽しめるロボットアクションものとなっているので、どちらから読んでも大丈夫。

 

万物理論 (創元SF文庫)

万物理論 (創元SF文庫)

 

最後に登場するのは、先に紹介したテッド・チャンと対を成す、現代SF二巨頭がもうひとり、グレッグ・イーガンの代表作である。

イーガンの持ち味は何といってもその重厚な科学知識の奔流と、その正確無比な論理性にある。この作品は、宇宙のすべてを記述する究極の単一理論「万物理論」が今まさに学会で発表されることになった世界を描く、まさにハードSFといった感じの作品。ただし、この「万物理論」の具体的な話は序盤には全く出てこず、序盤はひたすらガジェットと世界観の種まきに終始する。しかし、この種まいたネタの質がどれも非常に高く、そのネタひとつで一本長篇が書けそうなほどなのだ。

例えば、まず本文2行目に登場する「汎性」の生命倫理医。「汎性」とは元の性別から離れて男女ではなくなった人の属する新たなジェンダーで、両性具有ではなく、両性の特徴どちらも持たないジェンダーである。このほかにも、両性それぞれの特徴を強調した「強化男性・強化女性」、両性それぞれの特徴を弱めた「微化男性・微化女性」、性転換を経た「転男性・転女性」と、この作品には全部で7つの新たなジェンダーが登場する。作品内でジェンダーに関する考察的な記述もあり、これはもうジェンダーSFとも言える作品になっている。

また、作中に登場するとある富豪は、全身の細胞のDNAを構成する4つの塩基(アデニン、グアニン、チミン、シトシン)をそれぞれ別の物質で代替することで、ウィルスに決して侵されることのない体を手に入れようとしている。このアイデアだけでも十分バイオメカトロニクスもので一本長篇が書けそうなものだ。

このほかにも、作中の世界はすべての作物が遺伝子組み換え作物に代替されているといったバイオテクノロジー要素があったり、殺人事件の証言のために被害者の死体を1分間だけ蘇生させる技術があったりと、散りばめられたアイデアひとつひとつがとてつもなく魅力的。このアイデア群を、惜しげもなくひとつの長篇に詰め込む圧倒的な贅沢感が素晴らしい。

ここまで長く書いてきたが、本作『万物理論』の原題は"Distress"、作中に登場する謎の疫病の名前である。宇宙のすべてを記述するハードサイエンスの極地「万物理論」すらも、イーガンにとっては要素のひとつにすぎないのだ。難解で知られる本作だが、装飾的な物理学的・数学的なやりとりは飛ばしても大筋には問題はない。(一応理学部物理学科に在籍してる自分もよく分かっていない部分が多いので大丈夫)物語の本筋や、重要な科学的考察に関しては、懇切丁寧かつ理路整然とした議論を展開しているので心配は無用。読んでいるうちにイーガンの流れるような論理展開に引き込まれていき、その魅力に病みつきになるであろう一冊。

 

 

これまでに20冊のSFを紹介してきたが、読みたいSFは見つけられただろうか。長らく「死んだ」と言われていたSFは、今まさに復活の途上にある。日本では草野原々や小川哲が、アメリカではケン・リュウが、そして中華SFが登場し、それぞれの特色を生かして多彩な作品が発表されている。これらの同時代の作品だけでなく、ここに紹介しきれなかった過去の名作がまだまだ数多く読み手を待っている。ここで紹介した作品を足掛かりに、SFを楽しんでいただきたい。

*1:筒井康隆編「異形の白昼 恐怖小説集」(ちくま文庫)解説・編輯後記より