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政治ソングでアメリカ1位は難しい:ガンビーノの銃乱射とガガの同性婚

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 CINRA.NET『“This Is America”に揺れる現代と、リオン・ブリッジズの物語』でフィーチャーしたチャイルディッシュ・ガンビーノ『This Is America』。寄稿コラムにおいては、様々な考察を呼んだ社会的作品であることを紹介した。こちらの記事では「アメリカで政治ソングが1位を獲得することは稀なこと」、だからこそ「10年代USで首位に輝いた2つの政治ソングはその内容とタイミングが的確だったこと」を伝えたい。

『This Is America』のような時事ネタはヒットしやすいのか?

  2018年5月、チャイルディッシュ・ガンビーノ『This Is America』がHOT100首位デビューを飾った。本作は大きな話題を呼び、とくにハイコンテキストなMVはリリースされるやいなやネットやメディアで数多の考察が巻き起こった。その注目度を立証するように、初週ストリーミングの68%がMV視聴となっている*1。それまでのガンビーノのチャート最高記録は12位。彼にとっても大きな飛躍だったことがわかる。そこで見かけたある意見:「ガンビーノはヒットしやすい時事ネタで1位を獲った」。確かに、本作はネットで考察を巻き起こしやすい多層構造だ。アメリカの現状を批判する内容であることは歌詞を聴いただけでわかる。リアルタイムな社会ネタは大手メディアにも報道されやすいだろう。しかしながら「政治ネタをやればヒットしやすい」旨には反論を唱えたい。アメリカのHOT100においては、むしろ政治性が無いほうが高順位を狙いやすいのが通説だからだ。

10年代US1位の政治ソングはたった2曲:HIPHOPヒットも政治性は薄い

歴史的に、シリアスな社会問題を描く政治ソングがチャート1位を取ることは非常に稀です

- What Was The Last Political Song To Hit No. 1 Before Childish Gambino's 'This Is America'?

  CNNは『This Is America』を「2011年のレディーガガ『Born This Way』以来のNo.1獲得政治ソング」と位置づけている。たしかに、トランプ政権期の1位シングルを振り返っても『Despacito』『God'sPlan』『Shape of You』といった政治性のない曲ばかり。「政治ソング」の定義をどうするかという問題はあるが……これが複数メディアの見解である:チャートヒットを狙うならば、リスナーを選んでしまう「政治要素」は少ないほうが良い。 Forbesは、この傾向が90年代から強まったことを示唆している。この通説は、プロテスト性が強いとされるHIPHOPにおいても適用されそうだ。

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引用元:Did Mainstream Rap Get Less Political in 2017? | PigeonsandPlanes

 PigeonsandPlanes調査『2016-17年にTOP20入りしたHIPHOP楽曲の政治性パーセンテージ』。2年間で政治的リリックがあったTOP20ヒットRAPは13曲だが、そのうちの10曲をケンドリック・ラマーとJコールが占めている。(このリサーチにおいても「政治性の定義」が問題になるが)政治表現の面でも、ラマーとコールは風評どおり「今日では数少ないコンシャスなチャート上位ラッパー」なようだ。プロテスト要素の強いジャンルとして知られるHIPHOPにおいても、P&PはForbesやCNNと同じ結論に至っている:「ヒットを狙う場合、政治要素は避けられる」

これらの数字は「ラッパーたちが政治要素を避けていること」には繋がらない。彼らが恐れているのは(政治的内容が)売上不振をもたらすことだ。チャートトップ楽曲は、リスナーたちに現実逃避を授ける。リサーチが示すのは「リスナーが気楽なものに惹かれる傾向」でもある。消費者は政治や終わらぬニュース・サイクルから逃げ出したい。

  引用元:Did Mainstream Rap Get Less Political in 2017? | PigeonsandPlanes

US1位ヒット政治曲のタイミング:同性婚合法化と銃乱射事件

  政治色の強い曲は首位を取りづらいからこそ、強い政治メッセージを持つ作品でNo.1に輝いたガガとガンビーノの時期が良かったのは確かだろう。言い換えれば、2人とも「(ある程度の)世相が求めるもの」をポピュラーソングとして見事に提示した。

 レディーガガのLGBTアンセム『Born This Way』が首位を記録したのは2011年。議論を呼んだのは「神はセクシャルマイノリティを肯定する」旨のメッセージ。キリスト教徒の男性ゲイでも問題無い」旨が冒頭から歌われており、この姿勢はキリスト教保守派や原理主義と対立する*2。よって、当時のアメリカ社会で「強烈な政治性」と捉えられてもおかしくはない。そんなガガのアンセムは、一部からバッシングは呼べど、見事に時勢と合致していた。同性愛を肯定する『Born This Way』が1位を獲得した2011年は、アメリカで同性婚合法化の支持率が反対派をはじめて超えた年だ*3。翌年にはバラク・オバマがアメリカ大統領として史上初めて同性婚を容認する姿勢を公にした。それ以降、アメリカのポピュラー音楽界に同性婚賛成ムーブメントが起こったことを高橋芳朗氏が紹介している。

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『This Is America』銃乱射シーン:おそらく2015年黒人教会銃乱射事件がモチーフ

 ガンビーノも、ガガと同じく作品内容が時勢に合致していた。本作で最も取り上げられた社会問題は人種差別問題、そして銃乱射事件だ。ピュー研究所 によると、アメリカにおける18-29歳の銃規制支持率は、2017年に12%急増し58%に到達している。これは21世紀最大の増加率である。この調査ののち、50人以上の死傷者を出したラスベガス・ストリップ銃乱射事件が発生。アメリカの銃乱射による年間死者数は過去最大となった。18年2月にはフロリダ高校銃乱射が起き、銃規制デモも活発となったことから、若者の銃規制支持率は更に上がるかもしれない。『This Is America』がリリースされた約2週間後にはテキサス州サンタフェ高校銃乱射事件が起こっている。銃乱射の定義はわかれるものの、非営利組織Gun Violence Archiveは「2018年はほぼ毎日銃乱射が起こっている」旨を発表した(138日中101件、18年5月18日時点)。銃乱射事件は日常。これがアメリカなのである。

 

Yeah, this is America (woo, ayy)

イエーイ これがアメリカだ
Guns in my area (word, my area)

近所は銃だらけ

I got the strap (ayy, ayy) I gotta carry 'em

俺はストラップをつけ 銃を持ち歩く

- Childish Gambino『This Is America』 

 

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劇中、人を殺した銃は、被害者黒人の死体よりも丁重に扱われる 

 

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www.cinra.net

 『This Is America』と並ぶ2018年ブラックカルチャーの象徴。ビヨンセのコーチェラ・パフォーマンスの歴史的意義についてこちらで考察しています。

*1:Childish Gambino's 'This Is America' Is No. 1 On The Streaming Songs Chart | Billboard

*2:冒頭のリリック“It doesn't matter if you love him or capital H-I-M” 大文字のHIMは神を指す。わざわざ「問題は無い」と強調していることから、新約聖書で男性の同性愛が否定されている問題にまつわるメッセージだと推測できる 「あなたが男性を愛することに問題は無い/あなたが(あなたを否定するとされる)宗教の信仰者でも問題は無い」

*3:Changing Attitudes on Gay Marriage | Pew Research Center