この件に関しては、当該大学アメリカンフットボール部の誠意ある対応と、日本アメリカンフットボール協会・関東学生アメリカンフットボール連盟の先見性のある対策を信じていたので特に発信すべきことは無いと思っていました。
しかし、日本大学の対応はあまりに酷く、協会も連盟もことごとく後手にまわり、日に日にゴシップ色がつよくなるマスメディアのおもちゃにされている現状に危機感を覚え、あくまで、今後もアメリカンフットボールを続けていきたい1プレイヤーとして、自分の切実な意見をまとめるに至りました*1。
僕は高校からアメフトを始め、大学では関西学生リーグで、現在でも関東社会人リーグでプレーしています。学生のときは件の日大とも対戦し、当時はすでに故・篠竹幹夫監督が退任され、内田正人監督体制であったと記憶しています。僕の知る日大アメフト部「フェニックス」*2は、強く、尊敬できるチームでした。
「潰せ」という言葉は、よく使う言葉であるか
まったく不本意ではあるけれど、今回の事件で「アメリカンフットボール」というスポーツは、今まで気にも留めなかった人も含めて多くの人の注目するところとなりました。なので、ここであえて「アメリカンフットボール」の概要について詳しく述べるということはしませんが、一例として以下の動画を見てくれたら、その雰囲気ぐらいは分かると思います。
※ 上の動画において反則に該当するもの(反則の紹介は末尾に付録します)
2:49
: ボールを投げ終えたあとのQBをタックルしており「ラフィング・ザ・パサー」に該当します3:04
: 明らかにパス失敗となった後にタックルしており「レイトヒット」の可能性があります3:51
: 「ヘルメットクラウンでの接触」に該当する可能性があります
いくつかのプレーは反則に該当していますが、それを除けばそのほとんどが「称賛すべきハードヒット」であり、アメリカンフットボールの魅力であるといえます。スポーツとしてのこの性質は、極めて格闘技に近いということが理解できるかと思います。格闘技の性質がある以上、ルールに違反しない範囲で「相手を壊そう」という意志が無いとは言い切れません。それは、ボクサーがロングフックを打つとき、総合格闘技が腕十字を極めるとき「相手を壊す意図が無いか?」と訊くことに似ています。
僕自身、学生時代は「相手を潰せ」という発言は、コーチに言われましたし、自分自身がコーチをしている時は、選手にそれを言うこともありました。学生の1部リーグで真剣にアメリカンフットボールをしていたら、こういう表現を1度も聞いたことが無いという人はいないかと思います。それだけ、アメリカンフットボールは局所的には格闘技に近いスポーツだと言えます。
「1プレー目から」「QBを」「潰せ」の異常性
しかしながら、これと同時にアメリカンフットボールは大局的に見ると高度に知的な戦略性を要求されます。
下の図は、オフェンスチーム(⚪や⚫で表現されている11人)が、ディフェンス選手(アルファベットで表現されている11人)をどのようにブロックして、最終的にボールを持つ人(⚫)を前進させるかを表した「アサインメント」(Assignment: 役割)の1例です。
(分かる人が見れば、オフェンスはディフェンスプレーヤーの右側に回り込みブロックして、最初左にいた人がそこを走り抜ける、というようなプレーに見えます)
The 3 Back Option Football Spot: Running the Rocket with Downhill" blocks. Part I より
このような「アサインメント」によって定義される「オフェンスのプレー」を100種類以上準備し、試合に臨みます。もちろん、これに対するディフェンスの「アラインメント」(Alignment: 配置)は完全に予想できないので、1種類のプレーでも「アサインメント」は複数のバリエーションを持つことになり、覚えるべきことは爆発的に増えます。
一方、ディフェンスにとっては、オフェンスがどのようなプレーをどのようなフォーメーションからどのようなアサインメントで繰り出してくるか知りようがないので、それぞれ11人のディフェンスプレーヤーが厳格にゾーンを分割し、役割を分担し、自分の「レスポンシビリティ」(Responsibility: 責任)を死守します。
つまり、上記の動画における「ナイスタックル」のほとんどは、数百以上あるオフェンスプレーのバリエーションのうち1試合で1度来るかどうかわからない、自分のレスポンシビリティと真正面から合致するプレーが来たときにのみ発揮できるパフォーマンス なのです。
ここから、日大の加害選手が言われたとされる「アラインはどこでもいいから、1プレー目からQBを潰せ」*3という発言が、アメリカンフットボールを実際にプレーするうえで、いかに異常なものであるかが理解できるかと思います。
まず、「アラインはどこでもいい」というのはディフェンスとしてのレスポンシビリティ(責任)を放棄して良いという意味とほぼ等価であり、「1プレー目から」「QBを」というのは、ほんらい千載一遇であるはずのハードタックルのチャンスを、意図的に、フットボールの正当なプレーとは関係なく、作為的に狙え、という意味に聞こえるはずです。
この視点は、関西学院大学の鳥内監督もその会見において触れており、アメリカンフットボールの関係者であれば、意味が理解できたのではないかと思います。
逆に言うなれば、このようにアメリカンフットボールとは、戦術とルールを無視すれば、人の命を簡単に危険に晒すことができるスポーツであるとも言えます。
これは、アメリカンフットボールが内包するたいへん重大な問題であり、アメリカンフットボールの歴史の上で、そして現在でもしばしば指摘され、また継続的に改善されている問題であります。
アメリカンフットボールにおけるルールと審判
近代アメリカンフットボールのルール整備に関しては、アメリカ第26第大統領 セオドア・ルーズベルトのエピソードがとっても有名で面白いです。
先述のように、アメリカンフットボールは局所的には格闘技としての要素が強く、たいへん危険なスポーツと言えます。だからこそ、アメリカンフットボールのルールは選手の安全を第一に設計されており、悪質・意図的であるかにかかわらず危険なプレーには、選手の資格没収にとどまらずコーチや組織にまで及ぶ、重い罰則が科せられています。
一般にスポーツの「ルール」と「審判」には
両者の平等な競い合いを規定する
という役割があるかと思います。
これに加えて、他のコンタクトスポーツないし格闘技と同様に、アメリカンフットボールというスポーツは「ルールを無視さえすれば人を殺すこともできる」という性質がある以上、
両者の生命の安全を守る
という役割があると僕は思っています。これは大きな差であり、アメリカンフットボールの審判の最優先される責任であるべきです。アメリカンフットボールの安全は、「ルール」と、それを施行する「審判」という存在によってのみ、絶対的に保証され、規定されるべきです。
したがって、これからも僕がアメリカンフットボールをプレーし続けるうえで、日大監督の発言の真偽や、指導責任や、日大アメリカンフットボール部の内心の哲学の善悪は、直接的に僕の関心事ではありません。義憤で日大を叩く行為は、今後も「アメリカンフットボール」を「安全に」プレーし続けるうえで、まったく本質的な議論を生んでいません。
日本における「アメリカンフットボール」というスポーツの未来のために、起こすべきアクションは、他のところにあります。
関東学生アメリカンフットボール共同宣言
実際に日大アメフト部「フェニックス」と対戦し得る立場のチームにとって、事実が明らかになり問題の再発防止が確約できない以上、自分たちの生命を危険に晒す相手と試合をすることはできない、とするのは至極当然なことです。(事件の1週間後に交流戦してる関大*4はすげえなと思う。寛大なんだろうか。関大だけに)
事の真相の如何に関わらず、アメリカンフットボールの安全を脅かす酷い反則行為をした選手をベンチに下げないようなチームは、軽蔑され、忌避されるべきです。
また、関東学生アメリカンフットボールリーグの日大以外のチームは、以下の文書を公開しました。
事の真相の如何に関わらず、あのような反則行為が発生することを看過するような態度は軽蔑され忌避されるべきだということを、表明しなければならないと思います。
審判の責任と、再発防止に向けた声明と提言
一方、僕のように実際に日大アメフト部「フェニックス」と直接対戦する可能性が低い立場として、この件には別の危機感と恐怖を覚えます。
それは、審判の判断です。
注意: 当該選手の背番号部分に一部編集を加えています。が、審判の位置などは実際の状態のままです。
上記は、当該選手による1度目の反則が発生する1秒弱前の画像です。フィールド内の全選手が「パス失敗」を認識し、減速する姿勢をとっているのが見て取れます。しかし、審判の目の前にいる当該選手だけが、スピードを落とさず被害選手に突っ込もうとしている、極めて異様な図です。
この直後、当該選手は被害選手の腰下へ全力でタックルし、これが「不必要な乱暴行為」という反則が適用され、15ヤードの罰退とともに、おそらく「自動的なファーストダウン」(野球で言えばアウトのリセット)も与えられていると思われます。
しかしながら、僕は、この処分が極めて不適切であったと思います。少なくとも上記の行為は「不必要な乱暴行為」の1つとして処分するには重大すぎる反則であり、少なくとも以下の3つの反則が適用されるべきです。
レイトヒット
ラフィングザパサー
ひどい反則
これは、これが「監督の指示」だとか今回の件がゴシップ的にここまで大きくなったこととはまったく関係なく、客観的な事象としてあの日のフィールドにおいて適用されるべき「ルール」です。
何度も言うように、アメリカンフットボールにおける「ルール」と「審判」は、スポーツ一般に言える「両者の平等な競い合いを規定する」以上に「両者の生命の安全を守る」という役割があるのだから、このような反則行為に関しては、より一層敏感に判断・対応すべきでした。
事実、関東学生アメリカンフットボール連盟は公式に罰則が過小であったことを認めています*5。
このプレーの直後、この選手をベンチに引っ込めない日大もどうかしてるとは思いますが、僕にとって見れば、これで1発で資格没収(退場)にしないこの審判のほうがよっぽどサイコパス。マジで怖い。
この後、当該選手が資格没収処分されるまでにさらに数回の反則を「要した」わけですが、1回目のこのプレーが最大に危険で、最大に悪質であり、1回目のこのプレーが資格没収を伴わないなら、アメリカンフットボールにおける「傷害事件」は今後も発生し得ます。
僕は、日大アメフト部と直接対戦する可能性はほぼ無いので「日大との対戦を拒否する声明」を出すのはお門違いです。しかし、この審判のもとでアメフトの試合をする可能性は有ります。したがって僕が出すのは「この審判が担当する試合への出場を拒否する声明」です。そして、僕が関東学生アメリカンフットボール連盟に求めることは、
- 当該審判の審判資格の没収
- 日本アメリカンフットボール審判協会*6による当該審判の審判資格者講習の再実施
というのが、1プレイヤーとしての切実な願いであります。
「堂々と勝ち、堂々と負けよ」
被害選手の保護者が被害届を提出*7し、日本スポーツ庁が調査に乗り出す事態*8にまで至ったのは、関東学生アメリカンフットボール連盟、および日本アメリカンフットボール協会が、しかるべき責任を全うし真っ先に調査を名乗り出なかったことに起因していると僕は思います。
今回の件は、本来ならば審判が正しい判断を下して1回目のプレーで資格没収を宣告すべきでしたが、そうはならず、様々なメディアから注目されるところとなり、結果として日本のアメリカンフットボールに対する大きな、そして必要な、問題提起となりました。
報道や世論は完全に「日本大学の倫理・哲学の不健全性」という論点で熱狂しておりますが、日本の片隅で今週末も練習をしこれからもアメリカンフットボールを愛していきたい僕にとっては、正しく、未来につながる議論がなされることを切に願っています。
「チームが窮地のときこそ、矢面に立ち奮闘できる人間になれ」というのは、僕が学生時代にアメリカンフットボールを通じて学んだことのひとつです。正しく権威のある者が、この状況で必要な振る舞いをできるかどうかが、今後の日本アメリカンフットボールの発展に大きく影響するような気がしております。
アメリカンフットボールは素晴らしいスポーツです。多くのことをアメフトを通じて学びました。*9
僕も、アメリカンフットボールという素晴らしいスポーツ、そして僕が心から愛するスポーツに対して、今後も真摯な姿勢で取り組んでいくことを、志を同じくする人たちとともに、あらためてここに宣言します。
WETな備忘録として
付録: 関係する公式規則
公式規則 | 公益社団法人 日本アメリカンフットボール協会、
そのリンクから、現行規則のPDF版 を参照のこと。
以下、すべて 第 9 篇 公式規則の適用を受ける者の行為 より
- 第1章, 第1条 ひどい反則
- 試合開始前,試合中または各節の間を通じ,すべてのひどい反則(参照:2−10−3)は資格没収とする。
- 第1章, 第3条 ターゲティングしてヘルメットのクラウン*10で強力な接触をすること
- すべてのプレーヤーは,ターゲティングしてヘルメットのクラウンで相手に強力な接触をしては ならない。
- 第1章, 第9条 ラフィング ザ パサー
- 明らかにボールが投げられた後は,パサーへの突き当り,またはパサーをグラウンドに投げつけてはならない。
- 第1章, 第7条 レイト ヒット,アウト オブ バウンズでの行為
- ボールがデッドになった後,相手に対し,パイリング オンをしたり,倒れ込んだり,または身体を投げかけてはならない。
- 第2章, 第1条 スポーツマンらしからぬ行為
- 明らかにボールがデッドになった後,押す,突く,殴るなど,フットボールの行為ではないデッド ボール中の接触をすること。
- 第4章, 第7条 不正な装具
- プレーヤーが装着している,他のプレーヤーにとって危険となるもの。
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*1:なお、当たり前ですが、これは過去現在未来において所属する組織とは何ら関係無く、僕個人の見解であります。
*2:汝 不死鳥たれ (Touchup sports) 篠竹 幹夫 (著)
*3:【アメフット】「潰せ」の解釈になお食い違い 日大は「本学でよく使う言葉」(1/2ページ) - 産経ニュース
*4:https://www.daily.co.jp/general/2018/05/12/0011249489.shtml
*5:KCFA|日本大学の選手による試合中の重大な反則行為について | 一般社団法人 関東学生アメリカンフットボール連盟
*6:社員名簿(構成団体)|JAFAについて|社団法人 日本アメリカンフットボール協会 JAPAN AMERICAN FOOTBALL ASSOCIATION
*7:危険タックル事件、被害届と平行し、日大選手の嘆願書も提出へ 負傷選手の父親が会見
*8:スポーツ庁 日大の常務理事から聞き取り | NHKニュース
*10:「ヘルメットのクラウン」とは,フェイスマスク上端より上の部分である。