日本銀行の黒田東彦総裁が2期目に突入して、1ヵ月が経過した。さっそく、これまで打ち出してきたインフレ目標「2%」の具体的達成時期の明示をやめるなど、金融緩和政策にも少しずつ変化がみられる。
5月10日の講演では、黒田総裁はこう述べた。
「実質金利と自然利子率という2つの言葉が、これから日銀の政策運営で大事になっていく」
「実質金利」「自然利子率」というのは、ふだんニュースを見ていても聞きなれない言葉だろう。なぜ黒田総裁は突然このような言葉を強調しはじめたのか。
ひとまず、実質金利と自然利子率の意味を確認しておこう。実質金利とは、文字通り物価の変動を考慮した実質的な金利を示す。
経済学的には、見かけ上の金利を示す名目金利から予想インフレ率を差し引いたもので、この実質金利の動向が実質経済の動向を左右する。実質金利が下がれば設備投資は増加し、為替も円安になり、結果として輸出も増加する。このため、実質金利が下がると雇用も拡大していく。
一方の自然利子率は、スウェーデンの経済学者・ヴィクセルが19世紀に生み出した言葉だ。詳しい説明は省くが、金融が引き締めにも緩和にも向かわず、完全雇用に対応するような水準の利子率が自然利子率であると定義されている。
金融政策の教科書では、中央銀行は「実質金利=自然利子率」となるように調整すべきだとされている。具体的な政策としては、実質金利が自然利子率を下回っている場合は金融緩和、上回っていれば金融引き締めとなる。
だが、自然利子率の算出方法は複雑で、その概念もすぐに理解できる人はほとんどいない。経済の専門家を自負する人間は得意気にその概念について説明するだろうが、では実際にその水準はいくらなのかと聞くと、言葉を濁らせる。