麗らかなる小春日和。
新入生歓迎と入部イベントが開催されている構内の一角。中庭の端当たりにオレ達は机と椅子を並べて新入生を待っている。
……のだが、既にSOS団の悪名は市内どころか県下に響き渡っており、ワザワザ地雷を踏みたいという奇特な性格なる新入生も存在はしてはいないようで平穏なる時を過ごしていた。
しかし、平穏という単語を目の仇にするほどに嫌っている人間が存在しておりその名を涼宮ハルヒという。
つまりハルヒは誰1人として近づいてこない状況に辟易し、「来ないのならコッチから行くだけよっ! みくるちゃん、着替えに行きましょっ!」と宣言し、部室に朝比奈さんを連行して着替えに行っている。
従って、今、パイプ椅子に座っているのはオレと古泉と長門であり、そして長門は黙々と読書に励んでいる。
「随分と慌ただしい春休みでしたね」
つまりこのように声をオレにかけてくるのは古泉しかいない訳であり、実際、それは問いかけなのか独り言なのかが今一つ解らなかったので無視して横を見るとSOS団第2支部と化して久しいコンピ研が新人勧誘をしているのだが……何故か部長以下殆どの部員が女子であり、しかも全員、結構可愛い顔立ちであるのだが、数少ない男子部員もまたどういう訳か可愛い顔立ちでつまり一見すると性別不詳である。制服で男だと解る程度だ。
そしてその会話の端々に「BL」だとか「乙女ロード」とか、剰え「女装っ子」とかあまり深入りしない方が良さそうな単語が出てくるので古泉諸共無視している。
……のだが。
古泉は今度ははっきりとオレの方を向いて言葉を投げてきた。
「ボクの記憶では1年と2年の間の春休みは平穏だったハズなんですが違いましたか?」
いや。オマエの言うとおりだ。
平穏無事だったさ。
朝比奈さんに会えないという苦しみとハルヒに振り回されないという事実が相殺して何があったのかさえ思い出せないほどに平穏だった。
「しかし……些か急な展開過ぎましたね。あの『重なり合う世界』の記憶では2年の時のGWに起こったことが、まさか春休み中に起きてしまうなんて」
確かにな。
春休みの冒頭に佐々木とハルヒが出会ってしまいそれからの騒動は記憶に新しい。
それでもなんとか落ち着いたから良いじゃないか。
「確かに。さらにはそのおかげで再び世界が重なり合うことが無くなったことも安心材料ですけどね」
どういう意味だ?
「お忘れですか? あの『重なり合う2つの世界』の始まりは涼宮さんが家庭教師を頼まれることから始まっています」
確かそうだったな。
「涼宮さんは同じ轍を踏むまいと決心されたのでしょう。無意識下でね。ですから春休み中、自らを忙殺の中に置き、誰からも余計なことを頼まれるコトのない状況を作り出した」
なるほど。
「そしてそれは……佐々木さんもでしょう?」
中庭の先、コチラを見つけて真っ直ぐに向かってくる人影を視界に捕らえた古泉が手を上げた。
「佐々木さんもまた、早くSOS団に入りたかった。だからこそGWに起こるはずのイベントが春休み中に完結した。そう思いませんか?」
それは単なる結果論だろ?
「ふふふ。それはそのとおりです。ですが……」
なんだ?
「結果論こそ最強。そうは思いませんか?」
思いたくはないね。
「ふふふ。それはボクが女性のままでこの世界に戻ってしまっことを指摘なさりたいのですか? それこそ結果論です。ボクはこの世界で女性として過ごすことが決まっている。だからこそ女性として戻ってきた。そうとしか説明はでき得ません」
高らかに宣言する古泉は確かに女性であり、フルネームは古泉五妃である。
でかすぎる胸を揺らして笑う姿は……あの重なり合う2つの世界では見慣れてしまった姿だ。
だがな? これからがあの『2年後の世界』にそのまま繋がるとは思えないぜ?
「そうですね。少なくとも佐々木さんのコトが違います。ですが……」
なんだ?
「ボクとしましてはあの底なし沼の泥に沈むような出来事がこの先に待っているかと思うと……心というか胸が躍ってしまいますね」
そんなコトに心とか胸を躍らすな。頼むから。
「キョン。何をぶつぶつ言っているの?」
背中から声をかけられ振り向いて……オレは驚いた。
おい、ハルヒ。なんて服を着てやがる。
「ん? チャイナ服の何処が悪いの?」
見ればハルヒは深紅のチャイナドレス姿で、後ろにいる朝比奈さんは見慣れたメイド服姿だ。
いやメイド服は良いだろう。校内ではともかく部室では見慣れている。
しかしだ……チャイナドレス?
あのな。新入生の勧誘ごときでそんな服を着ていたら今度こそ生徒会が……
「問題ないと思いますよ」
そうでしょう。問題ないですよね。って、……黄緑さん?
振り返ったオレの背後、つまりは中庭側から声をかけられたのは黄緑江美里さんである。
なんでココに?
「先日、生徒会長からSOS団の動向調査を頼まれまして。隠れて調べるよりも入団した方が早いと思いましたので入団を申請しに参りました」
って、あなた。そんな、あの『重なり合う2つの世界』でもなかったようなことを。
「キョン? 言ったでしょ? 何か言いたいことがあるならはっきり言いなさいっ! 口籠もりすぎて何言ってんだか何も解らなかったわよ」
ハルヒは暫くオレを睨み付けてから黄緑さんには笑顔を向けた。
「隠れて調べるよりも堂々と入団したいってところが気に入ったわ。もちろん、入団した以上は生徒会よりもSOS団を優先するわよね?」
おい。それは潜入捜査官にマフィアの掟に従えと行っているのと同じだぞ?
まさか黄緑さんがそんな条件を呑む訳がないだろう?
「解りました。では入団を認めて貰えるのですね」
ほら。了解しただろう? って!
「私の見解では法に触れるようなことはそれほどはないはずです。でしたら私が入団して法に触れるようなことを回避するよう提案した方が宜しいかと思うのですが如何でしょ?」
あのですね。ハルヒがそんな意見具申を認める訳がないでしょう?
「認めるわ」
ほら。認めた。って! おいっ!
「何よ? アタシだって赤信号では止まるし、人のものは盗んだりはしないわよ」
朝比奈さんの身体を盾にパソコン一式をコンピ研から分捕ったけどな?
「アレだって止める人がいたらしてないわよ。だから宜しくね。黄緑さんには監査役を務めて貰うわね」
おかしい。こんなに分別の良いハルヒはハルヒではない。
「思うのですが……」
なんだ? 五妃、耳元で囁くなっ!
「失礼。ですが、涼宮さんのコトです。黄緑さんを2重スパイに仕立てようと考えておられるのではないでしょうか。今は大人しく。そして後から我が方への寝返りを画策している。そんなところでしょう」
そんなにハルヒが深慮遠謀なコトを……と言いかけて言葉を呑んだ。
いや? あり得る。
少なくとも今ハルヒの顔に張り付いている笑顔は素の笑顔ではない。鶴屋さんが時折見せる笑っていない笑顔そのモノだ。
コイツ……佐々木とのイベントとかで何かを学んでしまったようだ。
「じゃ新入団員1号ね。テストは追って連絡するから」
悪いがハルヒ。それは間違いだ。
「何よ。何が言いたいの?」
とんがるハルヒにオレは……取り敢えず校舎の方をひらりと手で示した。
そこにいるのは……
「あれ? 朝倉? なんで?」
校舎からちょうど出て来たのは誰あろう、朝倉涼子である。
さて? 事の次第をオレが説明するのかと五妃とアイコンタクトしたが、五妃は黙って朝倉を手で差した。
朝倉はオレ達が逡巡していたのにも気づかずにささっと近寄り、ハルヒの手を握って微笑んだ。
「涼宮さん。お久しぶり。アナタにまた出会えて幸せだわ」
「何よ。随分、馴れ馴れしいわね。アンタ、カナダに行ったんじゃなかったの?」
「カナダには行ったには行ったんだけどね。あんまり馴染めなくて。それであたしだけ帰って来ちゃった。転校手続きも済んだわ。今確認したんだけど涼宮さんと同じ2年5組だって。今後とも宜しくね」
「ふーん。事情は解ったわ。でも例え仮でも入団を認める訳には……」
おい、ハルヒ。
「何よ? キョン、言いたいことがあるなら言いなさい」
オレはハルヒの手を引っ張って少し離れてから小声で話した。
ハルヒ。オマエ今度の文化祭にはまた映画を上映するつもりだろう?
「当然よ。それがSOS団における文化祭での使命と言っても過言ではないわ」
えーと、過言とか使命とかは置いといてだ。
「なによ?」
朝倉の性格からして同じクラスになった場合、あいつがクラス委員長になるのは間違いない。
「確かに。それはそうね。認めるわ」
その朝倉がSOS団員である場合、少なくともオマエはクラスの催し物に時間を割かれることはない。違うか?
「そうね。団長の指示は団員は絶対に聞くべきだからそうなるわよね」
絶対に聞くべきかどうかはともかくだ。クラス委員長が団員であることのメリットは大きい。違うか。
「そういわれればそうなんだけど……」
未だ何か足りないのか?
ええい。ついでだ。何でも言ってしまおう。
よく考えろ。ハルヒ、朝倉は帰国子女だ。帰国子女がいるなんてのは珍しいぞ?
「そっか! そうよね。帰国子女か。コレでSOS団はインターナショナルへの道を歩むこととなるわね。感心したわ。キョン。アタシが気づかなかったコトを見落とさないなんて」
ハルヒはオレの肩をポンと叩くと朝倉の元へ行き、握手した。
「解ったわ。取り敢えず仮入団員1号として認めるわ」
「コチラこそ。でも……」
朝倉は視線をオレに投げそれから長門に投げた。
この際、説明しておくが、朝倉を団員として認めるべきと進言したのは長門である。
「次に暴走するようなことがあった場合を想定すると間近にいた方が兆候を確認しやすい」
とのことであり、オレはその進言に従ったに過ぎない。
でだ。
朝倉は長門に投げた視線をさらに別な方へと投げた。
そこにいたのは……
「ん? キョン。あの双子は誰?」
長門の後方で古そうな本を広げて2人で読んでいる双子と見間違うばかりに似ている容姿の新入生がいた。
但し、着ている制服は北高の通学路の上り口にある光陽園学園の黒ブレザーであり北高の制服であるセーラー服ではない。
双子ではなくて従姉妹だそうだ。
「ふうん。で? なんで坂の下の女子高生がココにいるのよ?」
えーとだ。2人とも北高を志望し、そして今春合格した。が、左の方は制服を買いに行ったのがお祖母さんで、間違えて光陽園学院の制服を買ってしまったと言っていた。
「で? 右の子は?」
そっちは母親が間違えたそうだ。
どっちにしても再発注中だが間に合わなかったので、この制服を着ているそうだ。
「ふうん。で? あの2人はなに?」
文芸部に入部した。
でだ、長門が言うには文芸部員であると言うことは同時にSOS団員でもあるのではないかと訊かれてな。取り敢えずは仮入団員1号と2号として認めておいた。
「なるほど。アタシが着替えに行っている間にそんなコトがね……」
ハルヒは思案投首というような体を繕っていたが本心は見え見えだ。
「ん。仕方ないわね。入学式に別の高校の制服を着ていたドジッ子で双子に見間違うような従姉妹。つまりカズンね。ん? なんかイメージと合わないわね。んー」
悩んでいるが結論は見えている。
「そ、ツインズね。いい? アナタ達、仮入団を認める代わりにコレからはツインズって呼ぶからね」
どっちか片方を呼びたい時はどうすんだ?
「そんなの本名を呼べば済むコトじゃない。バカね」
解ったよ。
「何よ? 何か言いたいことでもあるの?」
いいや。別に。
「くくく。涼宮さん。キョンは戸惑っているのだよ。SOS団が急に大所帯になって良いモノかどうかをね」
軽やかな声にハルヒ以下全員が振り返る。
そこにいたのは……佐々木である。当然ながら電車通学していたという超進学校の制服姿だ。
ついでながら説明すればだ。先程、五妃が手を上げて挨拶していたのも佐々木である。
「あら? 佐々木さん。なんでそんなコトを知っているの? というか今日は何? ソッチの高校は休みなの?」
ハルヒの問いかけに佐々木は笑顔で返答した。
「先程から話が聞こえる距離にいたのだが、気づいて貰えなくてね。こうして聞き入っていた次第だ。それにボクが今日ここに来ることは事前にキョンには相談していたのでね。その時の彼の返答が『オレは良くてもハルヒが認めるかどうかは保証しかねる』と言っていた。つまりSOS団は5人が丁度いいと思っているとね」
そして説明でオレを差していた手をひらりと返してハルヒに差し出した。
「そして今日ここにいるのは他でもない。今日から僕は北高生だ。制服は間に合わなかったので前の高校のを来ているけどね。転校の理由としては毎日の電車通勤がつらくてね。いや、満員電車がどうとか言うつもりはない。だが、そのような場所には不埒な輩が居る。僕としてはそのような輩から受ける影響を避けたいと親に相談した。随分と時間がかかったが、現役で国立大に合格することを条件に認めて貰ったよ。それで転校してきたという訳さ。そして編入されるクラスは2年5組。つまり涼宮さんと同じクラスだ。入団を認めて貰えるかどうかは未だ不確定だがクラスメートと言うことだけは確定している。宜しく」
ハルヒはアメ玉と間違えで碁石を口に入れてしまった子供のような顔をしていたが、ふっと笑うと佐々木の手を握り返した。
「そういうコトなら宜しく。入団を認めるかどうかは別だけど」
「それについては団長である涼宮さんの意のままに。だが僕としては放課後に部室には行きたいとは思っている。塾があるから毎日は行けないかもしれないが。その時に邪険にしてくれなかったら入団は認めて貰わなくても構わないと思っている」
「なるほどね。ま、そういうことなら……」
ハルヒは不敵な笑みを浮かべていった。
「仮入団は認めるわ。超進学校からの転入生。SOS団としては資格に不足はないからね」
なるほど。
そういう属性で判断したか。
まあ、そうだな。
朝比奈さんは可愛いと言うだけで連れてきたのだし、五妃は謎な転校生と言うだけで入団させた。長門は元々、借りた部室に居ただけだったが。
しかし実体は長門は宇宙人で朝比奈さんは未来人で五妃は超能力者だった。
ま、何となくだがアタリだけは無意識に引くヤツだからな。
いずれは全員の仮という肩書きは正式に変るだろう。
「ん−。まあ、仮でも団員が増えるのは良いことだわ。後は顧問を見つければ正式な部活として認められる日が来るわねっ!」
満面の笑みでハルヒが何か言っているがそれはどうだろう?
SOS団の実態を知れば知るほど顧問を引き受ける教師なぞ……
……などと考察に耽っていると不意に背後でわざとらし過ぎる声がした。
「懐かしい。文芸部はやはりココで部員を募集していたのか」
振り返りたくはなかったが振り返って確認することにする。
ああ。やはり……
「君達は文芸部員か? 私は元文芸部員で今春、補助教員としてこの高校に着任することとなった……」
その姿は若干、造りモノ風味を振りかけたメガネ姿の朝比奈さん(大)。つまりは……
「御厨雛という。宜しく」
顔の端が引きつってしまう。長門へと視線を向けると……本を読みすぎたというような動作で眉間を押さえて数ミリ頭を左右に振っていた。
だよな。なんで御厨雛までこの世界に復活するんだ?
「えーと。コチラが文芸部ですか? それで文芸部と共同で活動しているSOS団というのもコチラで宜しいのですか?」
さらに不意に背後で声がした。
振り返るとそこにいたのは……スーツ姿の森園生さんである。
「あらっ! 森さんっ! 久しぶり。どうしたの?」
「あ、涼宮さん。こんにちは。実はパートのメイドもあまり仕事が無く……それで教員免許を持っていたモノですから、コチラの高校に補助教員として雇って戴くことになりました。それで古泉がこの高校だと言うことは知ってましたし、涼宮様達がSOS団の顧問が居ないと以前伺っていたモノですから、ならば私が、と立候補しに馳せ参じたという次第です」
森園生さんはメイド時代の口調のままに説明してから舌を可愛く出して頭をコツンと叩いた。
「いけませんね。コレからはメイドではなく教師としてお付き合いして戴きますのにこのような口調はいけませんね」
「ううん。構わないわ。森さんは完全無欠のメイドですもの。みくるちゃん、良いお手本がやって来たわよっ! 森さん。コレからみくるちゃんをビシバシ鍛えてやってねっ!」
ハルヒは干ばつを引き起こしそうなほどの満面の笑みであり、引き摺り出された朝比奈さんは……それでも真面目に森さんに頭を下げておられた。
そして森さんは朝比奈さんに深々と頭を下げてから……余計なコトを発言された。
「それで涼宮様。私から1つ提案があるのですが」
「なに? 言ってみて」
「SOS団の世を欺く看板として『素敵でオシャレな生活を研究する会』と名称し、研究会として発足するのは如何でしょう? 微力ながらメイドとしての私の経験もお役に立つかと思うのですが」
「妙案ねっ! そうよ。そういうコトよ。表と実体が異なる。なんて素敵なのっ! まるで探偵とか秘密結社とかダブルオー何とかの世界ねっ! 早速それで手配して頂戴っ!」
だから今は森さんは教師だぞ。
そんな口調は生徒としてどうだろうか?
などと言ってもハルヒが態度を改める訳がないと思われるので、口に出すのは止めた。
しかしだ。
……はあ。
なんてこった。
あっという間にあの『2年後の世界』と同じような状況になっちまった。
しかし……こんなに大勢が部室に納まるのか? などと心の中で嘆き、心配していたその時っ!
不意にぐらりと視界が揺れた。
な、なんだ?
また世界が融合とかでもしようってのかっ!
という心配は杞憂であった。
直ぐに揺れは収まり、世界はそのままだった。
「地震ですね。単なる」
五妃が表情を緩ませた。
オマエもオレと同じ心配をしたんだろう? と視線で問いかけると五妃はぺろりと舌を出した。
以前の記憶がある同士で安心していると……異変を告げる声が響き渡った。
「ハルにゃんっ! 大変っ! 部室の壁が崩れちったよっ!」
風雲急を告げる声は鶴屋さんである。
部室棟から勢いよくオレ達の元に馳せ参じると事の次第を元気な声で述べられた。
「いんやあ、びっくらこいたよ。みくるに頼まれたモノを届けに行ったら誰もいないんでのんびり待とうとしたら今の地震だよっ! たいした揺れじゃなかったのに部室の壁が崩れちった。……ん?」
鶴屋さんは被害報告を止めるとぐるりと見渡してからハルヒに確認した。
「随分大勢いるけど……SOS団への入団希望者なのかい?」
全員が頷く。
「んじゃっ! 今の地震も吉兆かもしれないにょろよ? こんだけ人数が増えたら少しは広くなった方が良いからねっ!」
鶴屋さんの声にハルヒが張り切った声を出した。
「そっか。みんなさっさと現状確認に行くわよっ! そして部室を拡張しちゃいましょうっ!」
あ、そうか。
あの『2年後の世界』で部室は4部屋、いや5部屋地続きだった。
それも地震が原因とか言っていた。
誰が?
言っていたのは……確か長門だ。
振り返り見ると長門は本を閉じて立ち上がったところで……オレと視線が合った。
そして……ほんの少しだけ頭を傾げて、数ミリだけ舌を出した。……ように見えた。
さらにはスカートのポケットから小さなガラスビンを取り出しオレだけに解るように見せると素早くポケットへと……そしてハルヒの後を追ってこの場から立ち去った。
そして、そのビンの中に何があったのか? を述べるべきなんだろうが、言わなくてもお解りだろう?
小さな白い結晶、1粒である。
しかしだ……
極微小の直下型地震。たぶん気象庁の発表では震度1程度だろう。この北高の部室棟を除いては。
いや? 長門がしたという根拠はない。
だが、できるのは朝倉とたぶん黄緑さんと……
「キョンくん。コレからも宜しくね」
耳元で囁いた声は……朝比奈さん(大)。いや? 御厨雛が追い越し間際に囁いた声だ。
あれ? 御厨雛は宇宙人のSEではないのか? 或いはひょっとして?
オレの疑問に御厨雛は振り返り、メガネをちょいと下げて舌をチロリと出した。
それは人工甘味料ではなく天然甘味料100%のファニーフェイス。
え?
その微笑みは紛うことなく朝比奈さん(大)の……
立ち去っていく後ろ姿を見送り、戸惑うオレの背後でさらに新たなる困惑がオレの記憶に刻まれることとなった。
「あ、そだ。みくるっ! これ。頼まれていた漢方薬」
振り返ると朝比奈さんが鶴屋さんから紙袋を受け取っていた。
なんの漢方薬ですか? と視線で問うオレに朝比奈さんはウインクしてこう仰った。
「ふふふ。美味しいミルクティー、淹れますね」
みるくてぃー? その漢方薬とどういう関係が?
と問い質したかったが……止めた。
というかできなかった。朝比奈さんがハルヒ達の後を追って部室へと向かってしまったが故に。
1人佇むオレは……ふっと息を吐いた。
解ったよ。ハルヒ。
オマエがもう一度あの『2年後の世界』をココで繰り返したいってんのなら付き合ってやるさ。
1万5498回も2週間を繰り返したオマエのことだ。何か気に入らなかったんだろ?
見つけてやろうじゃないか。
オマエの見えざる不満というヤツをな。
何故かって?
それはハルヒが……
オレ達の団長だからさ。
続くかもしれない物語。終了