麗らかな小春日和とはこういうコトを言うのだろうという晴天。
オレと古泉、そして長門は中庭に机と椅子を持ち出して新入生に向かって勧誘の席を設けている。
黙って読書を続ける長門の前には形ばかりの「文芸部 入部希望者名簿」と銘打たれたノートが置かれてはいるが、誰も記入するモノはいない。
そしてオレと古泉の前には「SOS団」と銘打たれたプラカードが地面に突き刺さっていたのだが、生徒会の見回りを恐れたオレの手によって後ろの箱に投げ込んである。
中庭には新入生らしき集団がそれなりの数だけ彷徨っているのだが、コチラの方には一切寄ってこない。
今年の新入生は随分と常識に塗れているのだろう。
SOS団という名は市内どころか県下には響き渡りすぎるぐらいに渡っているだろうからな。自分で泥沼に嵌ろうという奇特なる性格の新入生はいなくて当然だろう。
ま、興味本位でSOS団の場所を探しているような変わり者がいたとしてもだ、一般常識としては「ソッチは危険だから行くなよ」という言葉はかけるべきだろう。
一々確認するのも面倒なので、「ここが落とし穴ですよ」と同意義であるSOS団の名が記されたプラカードは戻すつもりはない。
つまりだ。
最大公約数的にオレは平穏無事が望みなのだ。
などという自己満足に違いない思考ループを止めたのは隣にいる古泉の声である。
「しかし、随分と慌ただしい春休みでしたね」
オレに対する言葉なのか、単なる独り言なのかイマイチ不明であったので返答はしない。
それでも何か待っている雰囲気があったので無視して横を見ればそこではコンピ研がオレ達と同じく新人勧誘の席を設けているのだがどう見てもただの簡易型屋外コンピューターゲーム場であり、女子部員が居ないことも相まって視線を固定するにはむさ苦しい。
従って視線を元に戻すと、視界の端に仮面の笑顔を貼り付けた優男が入ってくる。
そうだ。
無事に世界は元に戻って、古泉は男の古泉一樹に戻っている。
喜ばしいとこなのだが、オレの脳内の何処かで何となくだが残念だと思っている細胞が存在しているのは……仕方ないよな?
そんな逡巡を一切知ること無しに、古泉はオレの方を向いて言葉を続けやがった。
「ボクの記憶では、『前の春休み』は平穏無事だったと思うのですが、違いましたか?」
それで合っているよ。
まったく。
あのSOS団とほぼ無関係でいられた高校1年から2年の間の魂の休息日であった『前の春休み』は今、思い出しても麗らかであった。
朝比奈さんに会えないのは地獄のような苦しみではあったが、ハルヒに振り回されないという貴重なる事実によってそれは相殺され、結果としてオレは平穏なる日々を過ごしていた。
……ハズだ
あまりにも平穏無事すぎて何一つ記憶がないからな。最後で曖昧になるのはお許し願いたい。
しかしだ。
あの『重なり合う2つの世界(2年後の世界)』からこの世界に帰ってきたのは春休み直前であり、そしてこの世界のハルヒは「春休みも全員集合よ。もち、部室に。こなかったら死刑だからねっ!」と宣言し、以降、春休み終了まで熱心な文化部とか運動部でもないというのに毎日、部室に集合し、アチコチと出かけて過ごすことと相成ったのである。
そして春休みの間に「映画を撮りましょう。今度の文化祭で上映予定のヤツの予告編を。大丈夫。脚本もストーリーも全部アタシの頭の中にあるから」などと宣言し、オレ達を引き摺り回した。 それの結晶が今机の上で騒音に近い音とガラクタと言うに相応しいグダグダの短編映画である。
確かに……慌ただしかった。
「ええ。それは何故かと思索したのですが……」
考えるのは勝手だ。好きにすればいい。
古泉は仮面の笑顔でオレを流し見て、ふっと表情を崩してから言葉を続けた。
「たぶん涼宮さんは同じ轍を踏むまいと決めたのでしょう。無意識のうちにね。誰からも家庭教師を頼まれない状況に自らを置く。結果としてあの陳腐なAVを見ることなく、そして世界が再び重なり合うことはない」
断言できるのか?
「断言しておきましょう。でなければ……」
なんだ?
「アナタとのあの底なし沼の泥に沈むような感覚をもう一度味わいたい。と希望するのと同じですから」
その話をするな。気色悪い。
「ふふふ。失礼。ですが、時々思ってしまいます」
何をだ?
「ボクが男性に戻らずに女性のままでいたら……この世界は、SOS団はどうなっていたのだろう? とね」
何が、とね、だ。オマエは男に戻り、世界も元に戻った。それで良いじゃないか?
「そうですね。ですが……」
なんだ?
「この元に戻った世界の些か急な展開には疲れていますよ。まさか佐々木さんとの出会いを春休みの最後に持ってくるなんて……アナタの仕業ですか?」
いいや。そんなコトはない。それは佐々木サイドの都合なんじゃないか?
あの『重なり合う世界』で聞いたのは佐々木とは2年生のGWに一騒動在ったと言うことだけだ。
しかしだ。なんでそれでオマエが疲れるんだ?
「ふう。ボクのアルバイトが増えているからですよ。閉鎖空間での神人狩り。それは『あの世界』での記憶に従うならば佐々木さんとのエピソードの中で発生する1つの事象です。それでも避けることが可能であるのならば避けたいのですが……」
可能なのか?
「いえ。止めておきましょう。その先にあるモノが同じであるとは限りませんし、その変化の引鉄をボク自身が引くというのは耐え難い屈辱です。今は自分の役目に甘んじておきましょう」
そうしてくれ。その結果として佐々木とハルヒが仲良く過ごしてくれるんなら有り難い。
「おや? その言葉は聞き捨てなりませんね。アナタは佐々木さんがSOS団に入ることを望まれているのですか?」
入るか入らんかは佐々木が決めることだし、入団を認めるかどうかはハルヒが決めることだ。
だがな、中学の時に仲良かった佐々木ととハルヒが仲良く鍋をつついているシーンを見ているからな。この世界で敵対するシーンは見たくはない。違うか?
「そうですね。ボクとしましても『あの世界』と同じように、いえ少なくとも同じような結果であって欲しいと願うばかりです」
曖昧だな。
「ええ。同じであって欲しいというのはボク達の希望であり願いです。ですが……」
なんだ?
「アナタに足蹴にされたという橘京子やアナタが逃げ回った周防九曜が同じ態度に出るとは限りません。もちろん彼女達があの世界と同じ行動を取る可能性もあります」
どっちなんだよ。
「いずれにしても……ボク達の選択は決まってます」
古泉が柔和な笑顔で手を上げる。その視線の先には……
「SOS団は涼宮さんが全ての鍵を握っているのですから」
チャイナドレスに身を包んだハルヒとメイド服姿の朝比奈さんがこちらに向かっていた。
2人きりであることとからして、どうやら新入生は誰も掴まらなかったようだ。
いいさ。このまま朝比奈さんと長門と古泉とオレとハルヒの5人体制のSOS団のままであっても、あの世界の……えーと。12人体制のSOS団でも。
中心にいるのはあの瞳を輝かせたハルヒなんだろうからな。
そして『分裂』の何処かに続く。