「悪いけど今日は帰るわ。みんなに宜しく」

 かなり珍しい事にハルヒは部室には来なかった。

 オレはハルヒの代理という訳ではないが、部室に赴いて全員の顔を眺めていたのだが……コレといって何をする訳でもなく、誰も何も言い出さないままに退校時間のチャイムが鳴り、オレ達は部室を後にした。

 

 坂道を大挙して下る間もオレは何も話さず、そして周りも何も話さなかった。

 ただ、全員に何故か微笑まれたまま見られていたというのは事実であり、美女と美少女の中に黒一点というか、バラの花束の中に紛れ込んだ、クワガタの如く奇異な存在として周囲に見られていたであろうコトも否定はしない。

 そしてぞれぞれに別れて、最後に残ったのは古泉五妃と佐々木とツインズであった。

 ここ数日としては珍しく、歩いて家へと辿り着く。

 そして玄関先には古泉五妃の送迎車である高そうな欧州車が待っていた。

「じゃ、ボク達はここで」

 車に乗り込む五妃と佐々木を見送ろうと……佇んだところで、何故か運転席と助手席からサングラスの美女が降りてきた。

 言うまでもなく水城さんと赤城さんである。

「おい。手を出しな?」

 ん? まあ、出せと言われれば出しますが、なんでしょうね?

 疑問を口に出さずに五妃の真似をして顔に貼り付けたのだが、2人には通じなかったようで、オレの手に缶コーヒーを渡した。

 ん? プレゼントでしょうか?

「黙って腕を伸ばしな?」

 言われたとおりに腕を伸ばすと、水城さんの腕が絡んできた。そして赤城さんの腕も。さらに水城さんと赤城さんの手にはそれぞれに缶コーヒーが握られている。

 オレの手に握られた缶コーヒーが赤城さんの前に、赤城さんが握っている缶コーヒーが水城さんの前に、水城さんが握っている缶コーヒーがオレの前にある。

 何をするのでしょうか?

「いいから?」

「一気に飲めよ?」

 美女2人が全部の缶コーヒーの口を開け、ぐいっとオレの口にっ!

 何の意味かも判らぬままに、一気に全てが口の中に注がれた。オレが手に持っていた缶も赤城さんが一気に飲み乾した。

 えーと。コレは何の儀式でしょう?

「ふん。どういう風の吹き回しかはアタシらにも解らんけどね?」

「とにかく、アンタを認めても良いと感じた。それだけだよ?」

 えーと? 思い当たる節はこの世界では全く思いつかないんですけど。

 まさか、あの天獄界の記憶をこのお二人が持っているのであろうか?

『失礼ながら、それはないだろうね』

『そうですね。ボクとしましても赤城さんと水城さんはハッキリとは記憶していないと思いますよ。ただ無意識下でアナタの事を認めた。そんなところでしょう』

 急に脳内に話しかけるな。佐々木に古泉。

『ですが、1つだけ言わせて頂けませんか』

 なんだ? 古泉。

『今の儀式はボクと赤城さんと水城さんとで交わした『マブダチの儀式』ですよ?』

 なんだと? つまり?

『君を得難い仲間だと認めたというコトだろうね』

 あのな。冷静に指摘するな。佐々木。

『佐々木さんの指摘は正しいと思われますよ。この後、赤城さんと水城さんをいつ、どのタイミングで傍女とするのはアナタ次第ということです』

 あ、の、な。傍女の枠はもう既に通勤通学時の満員電車並みに乗車率150パーセントを超えているっ!

 これ以上増やす気は全くないっ!

 と、脳内での古泉五妃と佐々木との会話を全く知らずに赤城さんと水城さんはオレに微笑んだ。相も変わらず睨み付けるようにだが。

「ま、そんなワケでアンタとアタシ達は一心同体だよ?」

「お嬢がアンタの相手をしなくなってもアタシ達が遊んで上げるよ? じゃあね?」

 半疑問形をオレに投げかけて、美女2人は車に乗り込み、走り去った。

 後部座席から佐々木と古泉五妃が軽く手を振っていたが、オレとしては振り返す元気もなく、ただ手を上げただけだった。

 ツインズはいつの間にか消えていた。

 

 それからは……

 家で待っていたミヨキチと妹に定例であろう家庭教師を務め、ミヨキチを見送ってから夕食を平らげて、風呂をさっさと済ませてベッドに転がった。

 

 何をすべきなんだろう?

 この重なり合う2つの世界を何とかしないとならないのだろうが、未だに何をどうすればいいのかは皆目見当もつかず、何をしたかと言えば周囲の美女や美少女の方々と関係しただけである。

 今日の昼休みに転送された天獄界でもただ周りに流されるままにラスボスらしき天邪鬼とかを倒しただけ。

 結果として戻ってきたのは良いとしてもだ。ハルヒの心情がどうなったのかも解らないし、どっちかというと状況としては悪化しているような気がする。

 だが?

 こういうコトにいち早く目聡いはずの古泉五妃は何の反応も示さず、何をどうすればいいのかをいち早く察知するであろう長門も無反応。不必要なまでに反応する御厨雛SEや朝倉も午後からは大人しかった。

 そして……

 ツインズも反応しない。まあ、ツインズ達は疲れているだけかも知れない。

 

 だが……

 何と表現すればいいのだろう?

 

 何かの反応があるべきなのに何もない。

 嵐の前の静けさというか、階段を転げ落ちたのに痛くないというか、母親に赤点すれすれのテストを披露したというのに怒らないばかりか慰められているというか……とにかく違和感が心の奥底から湧き上がってくる。

 

 などと、極一般的普通人のオレが悩んでいても仕方あるまい。

 そうそうに寝る事にした。

 

 ……のだが。

 やはり転送されてしまった。

 

 今夜は誰からだ?

 

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「そんなコトを悩んでいたのですか」

 最初に転送されたのは黄緑江美里さんの所であった。

 レースのベールに包まれた天蓋付のベッド。

 ……なんとなくだが、このベッドがあるのは地球上ではない何処かの宇宙船の中だと言われても信じてしまいそうな雰囲気がある。

 いや、そんなコトより、何をすべきなのだが……

 まあ、オレが考えても仕方ないですよね。役に立ちませんから。

「お役に立てていないのは私の方です」

 そうですか? いや、そんなコトはないと思いますが。

「今日の昼の事には私は何も関与できませんでしたし、それにお約束した事も結果としては芳しくはありません」

 約束した事?

 ああ、全校生の記憶のサーチでしたね。

「ええ。結果としては何もありませんでした」

 そうでしたか。

「やはり、SOS団の中でしか原因は検索できないようです」

 そうですか。いや、それはそれで1つの結果ですよ。

「そうですか?」

 ええ。後はオレの記憶次第でしょうから。いや、古泉の記憶次第かな。

 手掛かりがないというのも1つの立派な結果です。

「では……御褒美を下さいませ」

 黄緑さんはオレの口を可憐なる唇で塞いできた。

 やっぱり……そうなるのですね。

 

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 その次は御厨雛SEであった。

 いつものマンションの一室なのだが、珍しいというか何と言うか、ベッドの上で正座して待っていた。

「待っていたぞ」

 そうですか。

「冷たくするな。感じて……」

 あー。解りました。さっさとしましょう。

「だからそういう風にぞんざいに扱うな。さらに感じてしまう」

 はいはい。

 

 なんというか、なんか傍女ってのは扱いやすいんだか、扱いにくいのか、解らん制度だなと思う。

 

 コトが終り……

「そういえば……コレはヒントになるかどうかは解らないが」

 何のヒントですか?

「ん? 2つの世界を分離する方法を思考していたのではなかったのか? 邪魔しては悪いと思い午後からは関与するのを控えていたのだが」

 ああ。そうですね。その配慮は……在りがたいのかどうかは微妙ですが。

「それは……蔑んでいるんだな? コトが終っても私を悶えさせてどうしようというのだ?」

 いや。そんなつもりは全くありません。

 で? ヒントってなんでしょう?

「冷たいのだな。それはそれで感じてしまう」

 いいですからっ! ヒントを教えて下さいっ!

「ん。そういう邪険なのも……いや、ヒントを先にしよう」

 そうして貰えると助かります。(はあ、疲れる人だ)

「ヒントというのは大したコトではない。涼宮ハルヒの事だ」

 ハルヒが?

「あの異世界の馬車の中で君と話したそうにしていた。どうやら以前に同じような体験をしていたようだが、それに起因して何かを確認したかったようだ」

 ハルヒが? オレに? 何を確認しようとしていたというんだ?

「それは解らない。我々にとっても涼宮ハルヒの思考は解析不能だ」

 あくまでも表情とか視線からの解析結果だと御厨雛SEは解説した。

 ええいっ! 使えそうで使えんヤツめっ!

「だから蔑むなっ! またアソコが疼いて……」

 そして御厨雛SEに伸し掛かられ……オレの体力ゲージはまた1つ低下した。

 

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 その次は森園生さんであった。

 なんというか……闇に包まれてどんな部屋なのか解らないのだが、広いような雰囲気もあるし、狭いような気配もする部屋である。

 ともかく、そんな部屋のベッドの上で森園生さんが和服っぽいネグリジェに身を包まれて三つ指を突いて深々と頭を下げられた。

「本日は失礼しました」

 はい? 何かありましたでしょうか?

「異世界に行かれたとき私は何の役に立てませんでした」

 ああ。そのことですか。別に構いませんよ。あれはハルヒが勝手にしでかした事ですから。

「それでも何のお役に立てないというのは……傍女としては失格です」

 いやいや。そう自分を責めないで下さい。

「でしたら……」

 不意に森さんのしなやかなる肢体がオレの身体に絡みついてきた。心地よく。

「傍女としてお仕え致します。身体の、いや、私の総てを持って…」

 それからは……別に詳しく記述する必要はないだろう。

 

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 その次は……あろう事か朝倉涼子であった。

 いつもの……アダルトグッズが散らばっている部屋のベッドの上で不似合いなる純真な笑顔であった。

「何よ。それ」

 すまん。最近、自分の感情を偽るのに疲れてな。

「まあね。ホントの事を涼宮ハルヒには言う訳には行かないモノね」

 そうなんだよな。

「ま、いいじゃない? それだけこの世界に長くいられるんだからさ」

 あのな。そういう訳にはいかないだろ?

 って、なんかおまえサバサバしているな? なんかあったのか?

「別に何もないわよ?」

 んー? そうか?

 と、脳裏に浮かんだのは……異世界での返り血を浴びて微笑む朝倉の姿だった。

 ひょっとしてアレでストレスを発散したのか?

「何よそれは? 酷いわよ」

 ま、そうだよな。

「多分当たっているけど」

 って、おいっ!

「だからさ。お願い。なんか気持ちがフワフワしているの」

 それはよかったな。

「だから、じらさないでっ!」

 急に朝倉に襲われた。

 いや、ナイフとかではなく、文字どおりの身体を襲われてしまった。

 

 数回の後、朝倉はオレの身体の上で無邪気に微笑んでいる。

 ……ある意味、一番素直である。

「んー。だからさ。もう一回、ね?」

 あのな。オレにも限度というモノが……

 と、ここで桃色の闇に包まれた。

 ある意味救われたような、それでも何処か名残惜しいような、そんな複雑な心情で桃色の闇の中を飛んでいった。

 

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 その次は、朝比奈さんのところであった。

 ファンシーな雰囲気の部屋のベッドの上で可愛らしいネグリジェ姿である。

「あ、キョンくん。お疲れ様」

 何故かベッドサイドにティーワゴンがあり、アイスティーを振る舞って下さった。

「んふ。いつも疲れているかなって思って」

 痛み入ります。何奴も此奴も自分の事しか考えなくてですね。さっきの……

「ストップ。お願い」

 はい? なんでしょう?

「お願い。私の前で他の人の事は言わないで」

 何故でしょう?

「あのね。だから、その……」

 はにかんでおられる姿はやはり情緒溢れる一コマであり、できる事ならビデオに撮っておきたいほどである。

「だから……私ねいろいろと……最初は涼宮さんと一緒だったし、その次とか……えーと。御厨さんと一緒だったりしたから……」

 ん? そういえば、そうか?

 朝比奈さん単独でお相手させて頂いたのは……月曜日の深夜というか火曜日の早朝というか、とにかく一度だけのような。

 いや? キッチンルームでしたような。いや。あの時は長門が横に……といっても朝比奈さんは認識はしていないはずだ。

 どっちにしても回数としてはかなりしているような気がするのだが。

「キョンくんっ! あのねっ!」

 は、はい?

 こんな時なのだが朝比奈さんが恥じらいながら怒る様はかなりの貴重なるシーンのような……

 いや、そんなコトを考えている場合ではない。

「……ちゃんと、あの……キョンくんが好きなように……して。ね?」

 そして唇を重ね、オレの腕の中に……

 

 

 コトが終り、朝比奈さんはまだオレの腕の中にいた。

「……ありがと」

 いえいえ。朝比奈さんに感謝して貰うコトなぞまったくもってありませんから。

「キョンくん。あのね……」

 はい?

「私の事は『みくる』って呼んで。2人きりの時には」

 えーと? そういえば、今までそんなコトをお願いされていたようないなかったような……

 ああ。そうか。例のコンピ研からPC強奪時にそんなコトをお願いされたような気がするな。

「そうだよ。でもキョンくん、いつも私の事を名字で呼んでいるから……なんとなく、寂しかったんだよ」

 そうでしたか。そんなコトとは全く知りませんでした。

「それに……その敬語っぽい言葉もやめてね。せめて……二人っきりの時には。なんか変だもの」

 そうだよな。

 見た目はどっちかというと下級生っぽいからな。

 何処かで時間の設定を間違えたのかも知れん。未来人なんだし。

 と、不意に脳裏に長門の部屋で見たアルバムの写真が再生された。

 あの……ひょっとしたらオレよりも朝比奈さんが年下だったのかも知れないという写真が。

 いやいや。ココでそんなコトを訊いても仕方あるまい。

 たぶん、本人にもそんな記憶はないのだろうし、記憶があったとしても訊いたところで返ってくるのは「禁則事項です」という単語だろう。

 解りました。みくる。

「ダメだよ」

 はい?

「敬語っぽいのが残ってるっ。それじゃダメ」

 解りました。いや、解った。みくる。これから二人っきりの時はこんな感じで良いか?

「うん」

 穢れのない笑みがオレの心の中の疲れを何処かへ飛ばしてくれる。

 そんな微笑みであった。

「それでね……お願いがあるの」

 はいはい。なんでしょ?

「胸がね。張ってしようがないの。だから……」

 張っている? ああ。つまり母乳か。って、なんのコトです?

「今日のね。昼の馬車の中でも……その吸って欲しかったんだけど……みんながいたから……だから……」

 ふと、なんの気なしに大きな胸を触ってみる。と……乳首から聖なる白い母乳が零れて……ベッドに滴らなかった。

 朝比奈さんの可愛い手が母乳をすくい取っている。

 なんというか、超能力というか魔法で母乳を操っているかのような。

 あれ? いつの間にそんな超能力を?

「あの……前に言ったよ。長門さんに『飛び散らないようにして貰った』って」

 ん? ああ、確かに言われたな。随分と昔のような気がしているけど……火曜日の早朝?

 そうだ。単独でお相手して貰ったときだ。

 随分と昔のような気がしているが、2日ちょっと前なんだな。

「そんなことは……いいから。キョンくん。あのね……」

 感慨に耽っているオレの上に朝比奈さんが乗りかかってきたっ!

「だからっ! キョンくんッ! 吸ってっ! お願いっ!」

 そして、そのまま……オレは朝比奈さんの胸とか、秘裂とか、とにかく身体の全てに包まれて、かつ味わい、堪能した。

 

 そして、数回の後……

「キョンくん。もっと。お願い……」

 昼間の出来事でそれなりに気疲れしていたのであろう。

 寝言にオレの名を呼びながらも朝比奈さんは夢の中へと旅立っておられる。

 なんというか……寝言で求められるというのは男性としての冥利に尽きるような。

 いやいや。そんなコトで喜んでいる場合ではない。

 この世界とか、重なり合うのを止める方法を……いや、それでも心が小躍りしてしまうのは仕方ない。

「キョンくん。涼宮さんにもっと優しくして上げて……お願い」

 んん? 何故に寝言でハルヒのことが? って、いうかハルヒにいつも酷い目にあわされているというのに朝比奈さんは何故に気遣うのであろうか?

 と、疑問が渦巻いている時、不意に桃色の闇に包まれた。

 

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 その次は鶴屋さんの所であった。

 いつもの庵の和室のふかふかの布団の上である。

「やっほーっ! やっと来たねっ! 今夜は来ないのかと気を揉んでしまったよっ!」

 あー。やっぱり鶴屋さんは元気ですね。

「そかな? ちーっとばかし良いことがあったからね」

 良いことですか? 何ですか?

「んふふ。ま、気にしない。コッチのことだからね」

 そうですか。でも気になりますね。

「んー。ちょっとだけ、君にも関係在るかも知れないけど。それは君次第だにょろ? 詳しく聞きたいかいっ?」

 えーと。なんとなく詳しく聞かない方が良いような気もしてきました。

「そうかいっ? それは残念だにょろ。ところでツインズちゃん達は今夜は出てこないかい?」

 鶴屋さんにいわれて気づいた。

 そういえば今夜はツインズは出てきていないな。

「おーい。元気なのかい? 元気だったら顔を見せて欲しいなっ!」

 鶴屋さんがオレの腕を擦る。

 だが……何も反応は無い。

 まさか、天獄界のコトが終ったので帰ったのか?

「そんなコトはないねっ!」

 何故に言い切れるんです?

「ほらっ! 見て御覧っ!」

 と、鶴屋さんが背中、じゃないお尻をオレに向かって突き出すと……

 ぶわっと、尻尾がっ!

 九尾の尻尾に包まれてというか絡み獲られてしまって身動きができないっ!

「このとおりっ! 傍女としての能力は消えていないからねっ! ツインズちゃん達はきっと疲れてるだけだよっ!」

 そ、それは、いいのですがっ!

「ん? どした?」

 み、身動きができませんっ! 助けて下さいっ!

「ん? きゃははは。そうだね。尻尾よりも……」

 尻尾が視界から消えてたと思ったら……鶴屋さんが飛び込んできた。

「さっさと楽しむにょろ?」

 あー。やっぱりそうなりますか。

 

 

 コトが終り、オレは布団の上で天井を見ていた。

 鶴屋さんは横でオレの顔を見ている。

 なんかこそばゆいのだが。

 そうだ。鶴屋さん。

「なんだい?」

 ハルヒについてなんか変ったような記憶はありませんか?

「今日の事かい? ん? もっと前に? そうだねぇ」

 鶴屋さんはぐるりと視線を巡らせてからオレの顔を見た。

「あの年越しスキー合宿の時、みんなでそろりそろりとスキー担いで降りて来たことがあったにょろ?」

 あー。そんなコトがありましたね。

「それからかな? なんかハルにゃんが有希っこに優しくなったのは」

 優しくなりました? オレにそんなに変ったとは思えないのですが?

「そかな? それでもなんか優しくなったような気がするっさ」

 そうなのか?

「うん。有希っこだけにじゃなくてみくるにも優しくなった気もするにょろ」

 んー? まあ、バニーガールを強要しなくなったのは優しくなったと言えなくもないのかも知れないが、そんなに朝比奈さんに対しては優しくなったという気は全くと言って良いほどにしないのだが。

 さてオレは何度否定を重ねたのだろう?

 根本的にオレはハルヒの行動を否定する方向で思考回路のベクトルが固定されているような気もしないではない。

「それはちょいと可哀想っさ」

 そですかね。

「ハルにゃんはハルにゃんなりにみんなのコトを考えているにょろ」

 俄には信じ難いですね。

「ま、一度、隅から隅まですずずぃーっと話し合ってみたら?」

 あのですね。本当のコトをハルヒに言う訳には行かないのはお解りでしょう?

 ……なんてコトを鶴屋さんに言う訳にもいかない。

 全てを知っていそうではあるのだが、だからといって鶴屋さんはどっちかというと一般人であり、本当のコトを話す訳にはいかないからだ。

 傍女制度を除いて。

 いや? 既に粗方はバレているのだから……

 朝比奈さんと長門と古泉が普通の一般人では無いことを除いて。

 ……あれ?

 鶴屋さんには何を話してはいけないんだっけ?

 

 と、疑問府が脳内で盆踊りをしている幻視に襲われそうになったとき、不意に桃色の闇が視界を覆った。

 

「いいかい? キョンくん、ハルにゃんと一度しっかり話し合うにょろよー」

 鶴屋さんの声が桃色の闇に響いた。

 

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 その次は古泉五妃の所だった。

 いつものとおり、あの高級ホテルのスィーツルームのやたらと広いベッドの上でオレは何気なしに先程の会話を口にしていた。

「そうでしたか。鶴屋さんがそんなコトをね」

 ハルヒと話し合ってどうなるっていうんだ?

「それにつきましてはボクとしましては何とも」

 だろうな。

「ですが、鶴屋さんの言うコトも尤もかと思います」

 何故だ?

「結局の所、全ては涼宮さん次第なのですから。この世界も、そしてボク達のことも、さらにはアナタが誰とどれだけ関係するのかも」

 おいおい。ハルヒが望んでいるというのか? オレが様々な方々と関係するというのが?

「ええ」

 五妃は仮面の微笑みでオレを見ている。

 豊かすぎる胸でオレの胸をくすぐりながら。

 そんな刺激を無視するために色気のない話を始めるコトにした。

 そんなコトより……鶴屋さんが言っていた『良いコト』ってなんだか解るか?

「それにつきましては……」

 解らんよな。

「……ボクとしても朗報なのです」

 は?

「ボクと鶴屋さんの共通事項は何でしょう? もちろん、この世界での共通事項ですが」

 金持ち。妙齢の女性。それだけしか思いつかん。

「随分ですね。それだけではないはずですが?」

 あー。話を紛らすな。さっさと解説してくれ。

「そうですね。韜晦するのは別の話にしましょう。実は……単純に言って、お互いの見合い相手をそれぞれに調査し欠点と思われる事項の情報交換をしたのです」

 それが良いことに繋がるのか?

「ええ。ボクと鶴屋さんはお互いに勝手な見合い話に頭を悩ませていました。ですが、見合い相手というのは自分の相手には欠点を晒さないモノです。しかし、そうではない相手のサイドから見れば欠点というのは隠されてはいない。実に楽に調べられました」

 欠点を調査したら鶴屋さんが喜ぶのか?

「隠されていた欠点というのは隠したい相手にとって自身の致命傷となるのです。つまり相手に破談にされてしまうという結果が楽に導かれます」

 つまり?

「ボクと鶴屋さんはお互いの相手を調べ上げ、欠点事項情報を交換。結果として殆どの縁談は相手から取り下げとなりました」

 あー。そうか、あの数多き縁談話は消えたのか?

「ええ。ボクと鶴屋さんに来ていた縁談の殆どは胡散霧消しました」

 なるほどな。もっと早くその方法が解っていたら、鶴屋さんも家出しなくて済んだだろうにな。そしてオレなんかと関係しなくても……

「それは違いますね」

 ん? なんでだ?

「アナタとボク、そしてアナタと鶴屋さんが関係したからこそ、ボクと鶴屋さんに共通目的が自然発生したのです」

 なんだ? その共通目的ってのは?

「お解りにならないのですか? ボクと鶴屋さんはアナタの傍女なのです。傍女であるボク達にとって共通目的はアナタに愛でて貰うコトなのですよ?」

 あー。結局、そういうコトになるのか。

「ええ。ですから……」

 五妃の瞳が妖艶に輝いた。

「……今夜も愛でて下さいね。御主人様?」

 それから……充分すぎるほどに濃密なる時を過ごした。

 

 

 コトが終り、オレは天井を見ていた。

 何か聞き足りていない気がする。

「なんでしょう? 全て包み隠さずお話ししますよ。旧名『機関』、現名『組織』のことでしょうか?」

 いやそんなコトはどうでも良い。機関とか組織がどうとかそんなコトではなくて……

 五妃はオレの肩に頭を預けてオレを見ている。

 そうしていると可愛いんだけどな。

「お褒め頂き恐悦至極です。ですが、今は質問がなんなのか気になりますね」

 そうだ。訊きたかったことはアレだ。ハルヒは今日はあのH空間を発生させてはいないのか?

「今の所は全く発生させてはいませんね」

 変だな。昼間は随分と不機嫌そうに見えたが。

「そうですね。ボクとしましても恐れていたのですが、現在まで全く発生させてはいません。ある意味不気味ですけどね」

 確かに。嵐の前の何とやらという気分になるな。

「ええ。まあ、発生させたとしてもボクとしましてはするべきコトは1つだけですから」

 確かにな。いつもながらご苦労なことだ。

「いえ。それはボクの存在理由の1つですからお気になさらずに」

 そういわれると畏まってしまうな。

「ふふふ。それは以前のボクに対してもお願いしたいところです」

 それは断る。

「随分ですね。ボクが男に戻ったら気にしないというコトですか?」

 残念ながらその通りだと断言しておいてやる。

「それではボクとしましてはこのまま女性として過ごしたくなりますね」

 おい。

「ふふふ。冗談です。ああ、そうそう。1つ解ったことがありました」

 なんだ? 解ったコトって?

「涼宮さんが……いえ。あのボク達にとって先週の木曜日の夜に涼宮さんに起こった出來事です」

 なんだと? それが判れば世界を元に戻せるも同然だっ!

 何故それを先に言わない?

「解ってしまうとあまり意味を感じないことも多いと思いませんか? いえ。評論するのは後にしましょう。先ずはコレを御覧下さい」

 五妃はベッドのヘッドボードの上にあったリモコンのスイッチを押した。

 ベッドの足元方向の壁際にあった大型TVの電源が入り……何かのビデオを流し始めた。

 なんだ? コレは?

「これは『スレイブ・ハンター 美しき獲物達の学園 快楽の監獄』という無意味に長い邦題がついた……ま、ありきたりな洋物のポルノビデオですね。レズビアンの若き学長が全寮制の学園で見目麗しい娘達を歯牙にかけてSMの世界に溺れさせていくという……どこにでもある陳腐なAVです」

 それが?

「ボク達にとって先週の木曜。この世界にとっては2年前の先週の木曜日に涼宮さんが見てしまうという事故が起こった。それがコトの始まりのようです」

 そんな……信じられん。

「気持ちとしては同感ですが、事実です」

 

 五妃の説明によると……

 ハルヒは近所の子供の家庭教師をしていた。

 ある日、新しく見ることとなった家に赴き、レンタルしていた学習ビデオを見せて教えてくれるように頼まれていた。両親がいない時間に徐ろにビデオを再生したところ……

「こんな映像が流れたという訳です」

 五妃がひらりと手で示す映像ではヒロインの一人がレズビアンの学園長に折檻部屋と称されたSMグッズ満載の地下室に連れ込まれたところであった。

 

 記憶に間違いないのであれば、それらは朝倉のベッドルームに鎮座しているグッズとほぼ同一であり、そして学園長とヒロインのコスチュームは……土曜日のハルヒと朝比奈さんを彷彿とさせる格好であった。

 否応なしに納得しながらも呆れてしまう。

 

 つまり……間違って重ね取りしたのか?

「ええ。その学習ビデオを前にレンタルしていた誰かが」

 あほらし。

「ですが、えらい剣幕だったみたいですよ。涼宮さんの猛烈なる抗議の結果、そのレンタルビデオ屋は廃業したみたいです」

 オレの脳裏にある映像が浮かんだ。

 

 脱兎の如く、その家から飛び出すハルヒ。手には問題となったビデオが握られている。

 そして目的地であるビデオ屋にバンカーバスター爆弾の如く飛び込むと……

「アンタ達っ! 何コレっ!? こんなのを学習ビデオとして貸し出してんのっ!? バッカじやないっ? いい? 中身を確認しないで貸し出すなんてビデオ屋失格よっ! いいえっ! 人間として失格よっ! 違うわ。生命体としても価値を認めないわっ! さっさと廃業するか、人生やめるか、生命活動を途絶するかを今この場で選びなさいっ!」

 

 ……いい迷惑だな。

「ま、中身が上書きされていたという事実はビデオ屋側としては不幸の一言でしょうが、中をチェックしなかったという不手際は責められるべきでしょうね」

 それで廃業か?

「ええ。これは鶴屋さんのお相手の1人を調べていて解ったコトなんですけどね」

 どういう繋がりだ? それは?

「お相手の1人が展開していた事業の1つが貸しビデオだったのです。そしてその洗い出しをしていて……偶然見つけました」

 探し出した事業の汚点がハルヒに繋がったってコトか。

「子供にアダルトビデオを貸し出したってコトはその業界では有名な出来事と記録されていました。まさか、それが涼宮さんだったとは……さすがという一言です」

 そんなコトで感心するな。

「そうですか? ボクとしましては感心してしまいますけどね」

 何故だ?

「不幸な出来事で世界を丸々再構築して、なおかつ重ねてしまう。涼宮さんならではの強引すぎる展開です」

 それでオマエは女になったんだけどな。

「ええ。このビデオに出てくる男性は1人だけですから」

 ん? どういう意味だ?

「ほら、ちょうど出てきました。彼の役所は学園の副園長。学園長の部下、つまり単純に言って教頭みたいなモノです。ついでに寮の舎監でもあります」

 それで?

「涼宮さんはいつ如何なる場合でも最高位であることを望みます。従ってこのビデオの役に比定するならば学園長となります。そして最初にSOS団の一員となったアナタが副学園長というわけです」

 ちょっと待て。SOS団の副団長はオマエだろう?

「ええ。ですが涼宮さんにとって本当のナンバー2はアナタだったという訳です。まあ、ほんの少し間違ったらボクは男性のままで女性になったのはアナタだったのかも知れませんが」

 あー。それは全力で拒否するっ! 断固として認めないっ!

「そうですか? それはそれで新しい世界に…… いえ。ボクとしましても今のままの方が良いですけどね」

 そ、そうか? そうだよな。

「ボクが男性となった場合、あの閉鎖空間で桃色神人を倒す度に女性を襲わなくてはなりませんし、幾多の女性陣をお相手するのは疲れてしまいます。そして長門さんに回復薬を造って頂けるとは限りませんしね」

 そうか? 長門だったら造ってくれるような気がするがな。

「ふふふ。そうでしょうか? まあ、それはボクと長門さんに対する誉め言葉として受け取っておきます。しかし……」

 しかし? なんだ? 奥歯に何か挟まったような言い方をするな。

「ボクとしましては女性となったアナタを見てみたい気もしますが」

 おいっ!

「ふふふ。冗談です」

 オマエの冗談はいつも笑えない。

「そうですか? 失礼しました。ですが、コレで幾つかハッキリしたことがあります」

 なんだ?

「この重なり合う2つの世界に突き刺さったピン。つまりはSOS団員に課せられた条件のうち、朝比奈さんのは既に解決済みと思われます」

 確かに。そのために御厨雛SEに来て貰っているんだからな。

「そしてボクと鶴屋さんに課せられたピン、つまり見合い話は既に解決済みとなりました」

 あー。そうか、鶴屋さんとオマエに課せられていたコトはそれだということか。

「残るは長門さん。そして朝倉さんの『ピン』が何かというコトです。今の所、皆目見当もつきません」

 長門はともかく、朝倉の方は済んでいるような気がするな。

「それは何故です?」

 

 オレは朝倉の最初に行ったときに体験したことを話した。

 あのカナダに空間と時間を跳躍した時のことを。

 

「なるほど。ですが、それでは解決済みとは言えませんね」

 何故だ? 朝倉にとって心残りはないはずだ。

「いいえ。何故に「朝倉涼子が復活したのか」という命題が残っています」

 それが命題か? それに他の方々はどうなんだ?

「黄緑江美里さんと森園生に関しては『ピン』はないでしょう。彼女達に関して涼宮さんがそれほど思い入れがあるとは思えません。強いて言うならば……」

 なんだ?

「アナタと関係する。それだけが求められた命題だと推定しています」

 あのな。それだけで済むのか?

「それだけです。何故ならば……」

 何故ならば?

「それこそがアナタに対する命題。つまりはアナタの『ピン』なのですよ」

 根拠はなんだ?

「特にありません。そのようにボクがそのように感じている。それだけです」

 おい。オマエの直感だったら断言するなっ!

「仕方ありません。コレでもボクは涼宮さんの心理、感情に対してはエキスパートであることを自負しています」

 心の中に入ったり、その処理はしているな。それは認める。

「ですから、このコトに関してはボクの直感を信じては頂けませんか」

 あのな。根拠も無しに断言されたり、直感を信じろと言われても「はい。そうですか。それではその通りに信じましょう」なんてコトは出来の悪いゲームでも有り得ん展開だ。

 信じられるか。

「では信じなくても構いません。ですが、ボクがそのように分析したということだけは記憶に留めておいて下さい」

 そこまで言うなら記憶だけはしておいてやろう。

「ありがとうございます。では、もう一度整理しましょう。あと残るのは……」

 誰だ?

「アナタと長門さん、朝倉さん、そして……」

 そして? それだけではないのか? 他に誰がいる?

「涼宮さん」

 え? ハルヒに『ピン』なんてモノが存在するのか?

 アイツはこの世界を重ねている張本人だぞ?

「ええ。ですが涼宮さんもまた『ピン』となっていると推定できます」

 その根拠はなんだ?

「涼宮さん自身が『ピン』としての役目を持っていない場合、この世界は既に重なりきっているでしょうから。重なっていないということは涼宮さん自身が『ピン』となって重なりきるのを防いでいる。そのように分析できます」

 あのな。それはただの結果論だろう。いや、当て推量だな。

「ええ。推測に基づく結果論こそが最強であり、また、涼宮さん自身の存在理由と言い換えても良いでしょう」

 はあ? いつもながらオマエの論理展開には呆れるだけだ。

「アナタもコレまで飽きるほど経験されているはずですよ? 天文学的確率をモノともせず、呆れるほどに求めるモノが実現する。絶滅したはずのリョコウバトが神社に群れなしていたり、朝比奈さんの瞳からレーザーやビーム、果てにはマイクロブラックホールを発射させ、秋に桜を満開にし、名もないバンドの歌を人気曲にし、さらには遥か過去に来訪した情報素子を活性化させた。過去の事例を紐解けば涼宮さんの力の前にはボク達の努力なぞ何に意味もありません。ただ涼宮さんが望むコトを周囲、世界に影響のない範囲で押し止める。それだけがボク達に許された役割だと言うことを身に染みていると思っていたのですが? 違うのですか?」

 はあ。納得する代わりに呆れてやろう。

 言いたくはないが「やれやれ」だ。精神的に疲れてしまう。

 

 と、視界が桃色の闇に包まれた。

 

…………………………………………………………………………………………………………

 

 その次は佐々木の所であった。

 いつものようというか、辿り着いた途端にシングルベッドが天蓋付のキングサイズに変化し、スプリングマットもオレの好みの硬さに変る。実に心地よい。

「随分と疲れているみたいだね」

 ああ、身体的な疲労よりも精神的な疲労が上回っているようだ。

「そんなところで申し訳ないが、相手をして貰えるかな?」

 ん。構わんさ。オマエとは肉体的にはともかく精神的には癒されそうだからな。

「それは傍女としてはこの上ない誉め言葉だね」

 

 そして……癒されていくような時間を過ごした。

 

 身体的にはやはり疲れたのだが。

「ふふふ。僕としても君との時間は何物にも替え難い」

 それは有り難いね。有り難すぎて特に言うことも思いつかない。

「それは酷いな」

 すまん。そんなにボキャブラリーが豊富ではないんだよ。ごく普通の一般人としては。

「キョン、君がごく普通の一般人かどうかは保留しておく。そして……傍女としては君に誉めて貰いたいコトがあるんだが」

 ん? なんだ?

「僕が君の記憶を探っていたのは知っているね」

 ああ。御陰でなんとなく頭が重いようなコリが取れたような不可思議な状態だ。

「それは今日の昼間の涼宮さんの言動に由来していると思うのだが。いや、それよりも報告を先にしよう」

 報告? なんだ?

「朝倉さんが復活した理由が解った」

 なんだと?

「キョン、君が望んだんだ。朝倉涼子さんの復活をね」

 それは無い。アイツが復活することはオレの経験が拒否している。

 アイツには2度殺されかけ、1度は実際にナイフがオレの身体に突き刺さっている。

 オレが望んだことではない。絶対に違うっ!

「そうかい? だが思い出しては貰えないかな?」

 なにをだ?

「君と涼宮さんが別世界に2人きりで行った時に君が涼宮さんにいった言葉を」

 そういわれてもな。急には思い出せないぞ。

「そうかい。では僕から伝えよう。キョン、君はこう言っている。『谷口や国木田も、古泉や長門や朝比奈さんのコトも、消えちまった朝倉をそこに含めても良い。オレは連中ともう一度会いたい』とね」

 言われて思いだした。

 あの神人達の群から逃れるように走ったグランドでの会話だ。

 そしてその後の要らぬコトも思いだしてしまった。

 未だに『その後のコト』はトラウマになっている。

 銃でそれを記憶している脳の記憶部を撃ち飛ばしたいぐらいに。

「……傍女の1人としてはこうして肌を重ねているというのに、この状態よりも心を奪われる出来事を思い出して悶々としているのは耐え難いことなんだけどね」

 いや。そんな嫉妬を向けるような出来事だとオレは判定してはいない。

「ふふふ。では、そのように納得しておこう」

 ふう。何にしても朝倉涼子の復活をオレが望んだとハルヒが誤解していたというのは解った。

 ありがとよ。

「どう致しまして。ふふふ。それではもう一つ誉めて貰いたい」

 なんだ? 他にあるのか?

「長門さんの境遇についてだ」

 長門の境遇? ああ。つまり、この世界での長門の過去の設定か。

 解ったのか?

「ああ。それもキョン、君が涼宮さんに話したことが発端となっていると推定される」

 なんだとっ! そんなコトはないっ! 絶対無いっ!

 オレが長門にそんな過去があるなんてハルヒに話をしたことなんか絶対にないっ!

「そうかな? だが、思い出してはくれないかな?」

 何を思い出せって言うんだ?

「君と朝比奈さん、長門さん、古泉君、そして涼宮さんと吹雪の山荘に閉じ込められた時のコトだ」

 言われて思いだした。

 

 あれは年越し合宿。古泉発案のミステリーツアーの一環として鶴屋さんの元プライベートゲレンデで吹雪に遭い、とある得体の知れない山荘に閉じ込められた。

 あれは熱に倒れた長門が残してくれたヒントと古泉の知識と、ハルヒの指摘で何とか脱出できた……得体の知れない誰かのトラップと断言していい場所だったな。

 

 だが? そこでオレがハルヒに話したコト?

 皆目解らん。

「思い出せないようならば僕から述べさせて貰うよ。君は涼宮さんにこう言ったんだ。『春になったら長門は別の高校に転校してしまうかも知れない。それで悩んでいるんだ』と」

 言われて……一瞬で思い出した。

 それは、オレと長門がアイコンタクトを時折しているのをハルヒに見咎められて問い質された時に咄嗟に思いついた言い訳だ。

「そう。そして君は嘘をついた。長門さんが『1人暮らしを止めて遠い親戚の元に行ってしまうかも知れない』と」

 確かに。オレはそんなコトをハルヒに言った。

「それで涼宮さんは誤解した。いや、分析したんだ。君の文脈からは長門さんには家族はいないことが推定されてしまう。そしてあのマンションに1人暮らしをしているコトを親戚達は心配している。とね」

 ……言葉は出てこない。

 つまり?

 つまりはオレの言葉をハルヒがマジ受けしてさらに想像を働かせて、思いついたコトが……今の長門の過去の記憶になっている?

 そんなことが……

「涼宮さんならば有り得るだろうね。いや。君の記憶を探った僕からも言わせて貰えれば、そのように誤解というか曲解しても仕方ない言葉だ。まあ、普通の人ならばそこで話は終る。長門さんに真偽を問い質すこともないだろう。だが、相手は涼宮さんだ」

 ハルヒが妄想を働かせて……この世界を作り上げた時に長門の設定を作り上げたってコトか。

「そういうコトだね」

 そうか。それで……

「納得したかい?」

 なんとなくだが疑問に思っていた。他の誰よりも長門に関しては詳細な設定があるってコトに。

 いや? 古泉の設定も複雑だ。それに朝倉の過去も複雑だったぞ。

 それらはどうなるんだ?

「朝倉さんに関しては、そうだね。『カナダに転校した』というキーワードからの推定ではないのかな? 古泉君に関しては……謎の転校生というカテゴリで妄想していたコトなのではないのかな?」

 佐々木に言われて思いだした。

 アレはハルヒが9組に転校生が来たという情報を得て偵察に行った帰りに交わした会話だ。

 

 

 謎だったか?

「……普通人の仮面を被っているだけかも知れないし、どっちかというとその可能性の方が高いわ」

 

 男? 女?

「変装している可能性もあるけど一応、男に見えたわね」

 

 

 なんてコトだ。

 あの時ハルヒは当の古泉に対して詰問したであろうにもかかわらず、男であることを疑っていた。

 しかも普通人ではないと疑ってもいた。

 

 実際、得体の知れない『機関』の手先であり、時間限定、場所限定の超能力者であったのだが、ハルヒ自身にはそんなコトは気取られる訳にはいかないため……

 

 結果として古泉はこの世界では女になって、さらに得体の知れない『妖使い』という妄想由縁の設定を付与されてしまったということか。

 元々の時間限定、場所限定の超能力者という設定はそのまま受け継いだ上に。

 

 はあ。

 溜息と共に呆れてやろう。

 

 なんてヤツだ。

 

「ふふふ。そんなに呆れている場合ではないと思うが如何だろう?」

 なんのコトだ? いまはハルヒに対して呆れるだけで精一杯だ。

 そんなに臨機応変にできてはいないんだよ。オレは。

「少なくともこれで謎は少なくなったと思わないか? 原因が推定されれば対応策も考察はできる」

 対応策?

「少なくとも長門さんに関しての対応策は明白だ。それは……」

 そしてオレの脳細胞は呆れることに没頭していて、佐々木の提案に対して批評も反論も思いつくことはなかった。

 

 そして再び、桃色の闇に包まれた。

 

…………………………………………………………………………………………………………

 

 その次は長門の所だった。

 いつもの巨大マシュマロのような布団の中。

 最初の時のようなビスチェ姿で長門はオレの姿を確認すると微かに笑った。

 なんとなく……長門が微笑むのは別世界の時だけなんだなと意味もなく思った。

 長門はオレの感慨を無視して枕元の広口瓶の中から白い結晶を取り出した。

「コレ。身体的疲労は蓄積しているはず。推定するに3個で充分」

 濃度はいつぞやの1/10だったな。

 口に含む。

 得も言われぬ味が口の中から身体全体に広がる。

 ありがとよ。

「気にすることはない。コレが私の役目」

 微かに首を傾げて微笑む。

 その仕草に何故か眩暈を覚える。

 あのな。長門、オレはオマエに……

「気にすることはない」

 長門はオレの腕の中に、そして胸に顔を埋めた。

「いまは……ただ、抱きしめて欲しい」

 オレは黙って……長門の希望に従った。

 

 コトが終り……

 暫くしてからオレは長門に謝った。

 すまん。この世界はオレが口から出任せを言ってしまった所為らしい。

「それは違うと推定される」

 ん? 何故だ?

「涼宮ハルヒがこの世界を造ったのは別な理由。推定するに木曜日に見たビデオに対する妄想と、以前から感じていた未来に対する漠然とした不安と、現状に対する曖昧な不満が爆発しただけ」

 どうしてそう分析するんだ?

「夏休みの最後に望むただ1つの出来事がないというだけで2週間を1万5498回も繰り返した涼宮ハルヒにとって、現状に対する不満は重要」

 その不満とは何だ?

「……?」

 長門はオレの脳細胞を遺伝子レベルで読み取るかのように凝視してから小首を傾げた。

 なんだ? なんかこそばゆいのだが。

「アナタの涼宮ハルヒに対する理解度は……鶴屋さんが指摘したとおりだと再確認した」

 えーと。鶴屋さんの指摘? 「よく話し合え」ってコトか?

 問うオレから視線を逸らして長門は鼻から息を吐いた。

 珍しい。

 というか、その仕草の意味するところは……月曜日だったかに鶴屋さんに言われた『鈍感』ということかな?

 長門は微かに笑ってコクリと数ミリほど頭を動かした。肯定だな。

 その仕草というか言葉が意味するところは認めがたいのだが。

「アナタは……涼宮ハルヒの感情に対して鈍感すぎると推定…… いや、断言できうるレベルにある」

 そうかい。まあ、ソッチ方面は古泉に任せてある。

 オレは振り回されるだけで精一杯なのさ。

「だが、それではこの世界は分離することができない」

 えーと。つまり、それがハルヒに対する『ピン』というコトか?

 コクリと小首が動く。肯定だな。

「以前にも言ったが……アナタは涼宮ハルヒにとっての鍵。アナタと涼宮ハルヒが全ての可能性を握っている」

 それは……初めて長門の部屋を訪れた時、延々と訳のワカラン話を聞いた最後に言われた言葉だ。

 あのな。ハルヒはともかく、オレは一介の普通人だ。そんな役割は手に余る。

「だが事実」

 はあ。そうかい。オマエが言うからにはそうなんだろうな。

「だから……」

 長門はオレを抱きしめて、耳元で囁いた。

「頑張って」

 んー。オレは言葉で返す代わりに……もう一度長門を抱きしめた。

 

 暫くの後……

 長門は吐息の代わりに小さく囁いた。

「私に対する佐々木さんの策は適切だと推定される」

 ん? ああ、佐々木が提案したことか。できるのか?

「明後日……つまり土曜日には準備できる」

 ならば、佐々木の提案に乗ってみるか。

 それにしてもいいのか?

「いい。いずれにしても実行してみないと正誤は不明。今は何でも試して実行するべき」

 ありがとよ。

「気にする必要はない。私としては……」

 なんだ?

「この世界の設定も得難いとも感じるようになっている。例え失敗したとしても気にする必要はない」

 なんだ?

 そんなコトを言い出すとは……脳裏に眼鏡をかけた長門が恥じらう姿が再生される。

 なんというか、別世界の長門は情緒が基本装備されるらしいとは前にも思ったのだが……やはり、オレとしては違和感を感じる。感じるのだが、この目の前の長門は……形容詞で表せばいじらしい。

 えーと。つまり……名残惜しいのか?

 長門は暫く視線をオレの口当たりに固定してから、下を向いて小さく呟いた。

「……少しだけ」

 

 オレは何か言葉を探していたのだが、それは桃色の闇によって無駄となった。

 

…………………………………………………………………………………………………………

 

 その次に辿り着いたのは……

 何故か無人の部屋だった。

 見渡して確認すると……そこは先週の土曜日にハルヒと朝比奈さんと致した部屋であり、つまりは月曜日に鶴屋さんと致した部屋であり、黄緑さんと森さんと致した部屋でもあり、さらには2人の朝比奈さん(大)と致した部屋でもある。

 って、ココでオレは何人とシタんだろうね。

 

 というか、何故にココに来たんだ?

 きょろきょろと見渡しても誰もいない。

 ココで夜を明かすのも別に構わない。いや? ほぼ素っ裸でココにいるというのも……

 いやいや。隣の隣には朝比奈さんもいるはずだし、その手前には御厨雛SEもいる。

 朝比奈さんの部屋には男物の服なぞ無いだろうが、御厨雛SEの力を借りれば自分の家に跳躍することは不可能ではないはずだ。

 いざとなったら朝倉に連絡が取れれば確実に跳躍できるしな。

 というオレの思考は無駄となった。

 何故か?

 目の前にツインズが不意に現れたからである。

 いつものような和服っぽい寝間着。

 いつもと違うように感じるのは……なんかグラマーになってないか?

「はい。宿主様が天獄界の重複を止めて下さったが為……」

「私達の能力も元に戻りました」

 それが本来の姿ということか。座敷童女、いやサッキュバスとしての。

「はい。ご推察のとおりです」

「今日の天獄界では失礼しました。私達の力を天邪鬼めに吸い取られていたが為、無様を晒してしまいました」

 別に構わんさ。終ったことだ。

 それより助かった。自分の家に戻して……いや? ひょっとしてココに跳ばしたのはオマエ達か?

「はい」

「すみませんが、相手して頂きたく……」

 そうか。別に構わんさ。ここ数日ではいつものコトだ。

「いえ。相手して頂くのは私達だけではなく……」

「皆が相手して頂きたいと……」

 皆? 皆って誰だ?

 と言う疑問を口にするより早く、ツインズの姿が分離したっ!

 いや、分離したのではなく、ツインズの身体を依り代にして天獄界から様々な方々が跳んできたのだと後になってからツインズに聞いた。

 だが、この時は誰が跳んできたのか皆目見当もつかず、ただ、ただ、吃驚していた。

「こちらは……この国の方々は弁財天、あるいは妙見様と呼ばれている存在。幸運と財力を授ける……私達の指導者的存在です」

「こちらは過去に幾多の場所と時代で大地母神と呼ばれた、同じく幸運と生命の象徴」

「こちらは死と再生の女神と呼ばれ……平たく申せばやはり大地母神とも呼ばれた存在」

「こちらは水の女神、あるいは虹の女神と呼ばれた……」

「そしてこちらは風の女神と……」

「こちらは美と性愛の……」

 部屋に溢れんばかりの美女が、いや女神というか、精霊というか、妖というか、とにかくありとあらゆる美女妖達が妖艶なる視線でオレを見つめている。

 何だ何でこうなっているっ!

「皆様、感謝の意を表したいと……」

「天獄界を救って頂いた以上、感謝するのか当然だと言われまして……」

 あのなっ! そういうのはオマエ達だけで充分だぞっ!

「そのように説得していたのですが……」

「やはり、皆様、かつては女神と呼ばれたぐらいに強引でかつ強き力をお持ちの方々でして……」

「説得に失敗しました」

「すみませんが、今宵は……」

 ツインズは声を揃えて頭を下げた。

「皆様のお相手をお願い致します」

 それからのコトは……

 

 ……全く記憶していない。

 

 

 そして……既に攪乱の金曜日が始まっていたことに気づくことはなかった。

 

 

 『攪乱の金曜日』に続く。

 

 

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