古泉の車の後部座席では……相変わらずというかここ数日の恒例というか、五妃と佐々木に挟まれている。

 そして違うところは……2人ともオレの肩に頭を預けて身体を寄せているだけという所だろうか。月曜日と違いオレの手を自分達の腰に回そうとせずに、そして火曜日と違いオレを見つめることはなく、ただ単に目を閉じて身体を寄せている。そして何気にオレの手を両手で包むように持っている。

 結果として……やはりなんか連行されているような気分になる。

「そう硬くならないで下さい」

「そうだね。その様に身構えられると悲しくなってくる。今となってはね」

 2人に囁かれてもだな。やはり前席の水城さんと赤城さんに睨まれては硬くもなるってものだ。

「気にする必要はありません」

「そうだよ。こうしているだけでも僕達としては幸福感を感じられているのだから」

 ああ。そうかい。それじゃ、今夜は行かなくても……

「当然ながら来て頂けるのを待っていますよ。ボクとしましてはあれは何物にも替え難いひとときなのですから」

「そうだ。僕も持っている」

 あのな。だったら今ココでそんなにくっつかなくても……2人の甘酸っぱい香りで嗅覚が混乱しかけているのだが……

 オレの気をよそに車の動きに合わせて2人は更にくっついてくるっ!

「それはそれですね」

「これはこれなのさ」

 オレの抗議は無意味と消えた。

 

 

 オレの心中以外は何事もなく車は家へと着き、古泉と佐々木からカラになった弁当箱入り学生カバンを受け取って、車を降りた。

 今日はどっちも立ち寄らないのか?

「当然でしょう。これからの夜が楽しみなのですから」

「僕も楽しみだ。身体を磨いて待っているよ」

 あー。そうですか。

 今夜も疲れそうだな。

 

 家の玄関を開けると……何故かミヨキチが待っていた。

 まあ、予想はしていたが。

「お弁当、如何でした? お口に合いましたでしょうか?」

 不安半分、期待半分の表情である。

 ここで「いや、食べてない。しかし森さんの弁当は旨かった」などと言うほど無粋ではないオレは素直に「美味しかったよ。ありがとう」とだけ答えておいた。

 嘘も方便というヤツさ。

 ミヨキチは無垢なる少女そのままに満面の笑みに恥じらいを1/3程重ねた表情で「ありがとうございます」と頭を下げた。

 そして自分の部屋へと歩を進めたオレの背中に「明日のお弁当のおかずは何が宜しいですか?」と尋ねてきた。

 明日? 明日も作るのか? いや作って頂けるのですか?

 って、何を年下に敬語を使っている? オレは。

「はいっ! ……御迷惑ですか?」

 急に不安げな表情となる。

 いやっ! ただ単に驚いただけですっ! そうですね。ハンバーグ……いや小さいのでいいからハンバーグがいいかなと思うのですが、如何でしょうか? 面倒だったら別ので宜しいのですが……

 だから、何故に敬語だ? オレっ!

 脳内で自問自答するオレを気にすることはなく、ミヨキチは真夏の向日葵のような笑み。

「わかりましたっ! ハンバーグですね。一生懸命作りますっ!」

 あー。そんなに気合を入れなくても……いえ、ありがとう。

 

 それからは……部屋で着替えて、この世界では恒例らしき妹とミヨキチの勉強会をし、ミヨキチを途中まで送って風呂に入ってベッドに潜り込んだ。

 しかし……別れ間際に深々と頭を下げたミヨキチから清々しい香りが漂ってきたのには……

 いや。忘れよう。ミヨキチは妹と同級生であり、妹の親友なのだから。

 

 

 そしてやはり今夜も跳躍が始まった。

 

 

 最初に跳んでいったのは……

 黄緑江美里さんの所であった。

 初めての場所。何処かは知らないが天蓋付のベッド。そして天蓋から下がっている白いレースがまるでベールのように包み、部屋の様子はわからない。

「あら? 来てくださったのですね」

 微笑む黄緑さんは薄ピンクのレースのベビードールを着ていて……やはりツインズの言うとおりに春の霞のような雰囲気。

 どうも。今日は御世話になってしまいました。

「いいえ。お役に立ててましたでしょうか?」

 ええ。これ以上なく。……あのこんなコトを訊いていいのかどうか。

「なんなりと。今は御主人様の傍女なのですから」

 えーと。オレが初めてでした? って、何を訊いているっ! オレはっ!

「それは……」

 黄緑さんは微笑んだまま、頬を赤く染めて俯いた。そして上目遣いにオレを睨む。その仕草は……まるで妖精のような愛くるしさであるっ!

「……どうぞ、御自身で確認してくださいませ」

 それから……オレは黄緑さんを抱きしめた。

 

 コトが終り……

「お解り頂けました?」

 小鳥のように小首を傾げて微笑みのままに尋ねられた。

 のだが……オレは黄緑さんの中に入る時に、可愛い眉がちょっとだけ顰められたのが演技とは思えず、かといって自然とも思えず、結論としては解らなかった。

「いじわる」

 黄緑さんはオレの胸に顔を埋められた。

 すみません。

「謝らなくても大丈夫ですよ。私は傍女なのですから」

 胸の中で呟く旋律はやはり春の小鳥のようだ。

「ありがとうございます。学校ではあまり話すような状況にありませんから……これからは毎晩お待ちしてますね」

 いや、ははは……SOS団に入らないのですか?

「私まで入りましたら、生徒会長が何を言い出すか。それに涼宮様もどうしていいか解らないでしょう。私は外部から見守らせて頂きますね。これまでどうりに」

 解りました。そのままでお願いします。

 と、オレの意識がいつものように桃色の闇に包まれた。

「あら。もう行かれるのですか?」

 何故か黄緑さんは真っ直ぐにオレの方を見ている。

「またいつでもどうぞ。お待ちしています」

 オレを見て微笑む姿は……可憐の一言だったのだが、初めて跳躍し始めたオレを見つめられた。

 やはり……インターフェイスの中では別格なのではないだろうか?

 黄緑江美里さんは。

 

 

 そして次に行ったのは……

 森園生さんの所である。

 真っ暗な部屋。何処かと辺りを見渡そうとしたオレの頭を優しく、そして抵抗を諦めさせるには充分なる気迫が籠もった手で布団の中へと戻された。

「女の子の部屋はあまり注視するモノではありませんよ。御主人様?」

 笑顔の中に抵抗しがたい迫力が感じられるのは……年の功だろうか?

 いや『戦陣の天女』たる由縁であろうと心の中で冷や汗を拭い、森さんの年齢不詳のファニーフェイスを見つめる。

「いやですわ。御主人様、そんなに繁々と見つめないでくださいませ」

 そしてそのまま口づけされ……コトに至った。

 

 コトが終り……

 森さんはオレの首に細い腕を回して見つめている。

 何かついてますか?

「いいえ。この世界と『2年前の世界』の2つを救う……その役目の一端を私にも命じてくださいませ。お願いしますね」

 ははは……。どうしてそんな大層なことになったんでしょうね。

「それは……」

 なんでしょう?

「劉邦の如く、有能なる人物が御主人様の周りに集まるのは……天命でしょう」

 天命ですか? 『機関』というか『組織』関係者の方にそう言われても……『ハルヒが望んだから』としか聞こえませんよ。

「ふふふ……よく解っておられますね」

 森さんはオレを抱きしめて耳元で囁いた。

「誰が悪女で、誰が賢女なのか……全ては御主人様次第です。……よ?」

 なんの謎かけですか?

「御主人様が望まれるのでしたら、この森園生、悪女の役目でも構いません」

 いや、そんなコトは望みませんから。

「ありがとうございます。御主人様の優しさに……溶けて消えてしまいそうです」

 ははは。そんな……と、オレの意識は再び桃色の闇に包まれた。

 のだが……森さんの視線はオレを射貫いたままだった。

「これから毎夜。お待ちしてますね」

 やはり……ツインズがつけた「戦陣の天女」という名称は伊達ではないと実感した。

 

 

 その次は……

 佐々木の所だった。

「ふふふ。待っていたよ」

 ああ。そうか。それで? 今夜も縛った方が良いのか?

「いや。今夜はただ……」

 佐々木は微笑みのまま、オレに抱き着いてきた。そして耳元で囁く。

「このまま……できるだけ君の存在を感じていたい」

 ん? 何もしなくていいのか?

「君がしたいのならば相手をするのはやぶさかではない。だが……」

 佐々木の手がオレの背中を撫でる。

「今夜はこのままでいい。僕としてはね」

 んー。まあ、オレとしては楽だが。

「僕としても……傍女として肌を触れあうだけで幸福感を味わえるようになってきた。例えるならば……」

 例えるなら?

「豪華な晩餐よりもお茶漬けの方が美味しいと感じるほどの時を過ごした。それだけさ」

 んー? 何となく解るような解らん様な……

「気にすることはない。僕の自己満足なのだから」

 そして……

 そのまま、何もせずに時を過ごした。

 桃色の闇に包まれるまで……

 跳躍した瞬間、佐々木が「それでは次の方に宜しく」と微笑んでいたのが印象的だった。

 

 

 その次は……鶴屋さんであった。

「きゃはははっ! 来た来たっ! さあ、今夜はどっちが勝つかなっ?」

 あのー。反論する訳じゃないんですが、コレは遊びではなく……いえ。なんでも無いです。

 

 相変わらずの明るさと元気さでオレとツインズをあっさりと戦闘不能にした。

 しっかり九尾の狐っ娘姿になってるし。

 っていうか、なんか来る度に元気になってませんか?

「そっかい? ま、何にしたってアタシの勝ちっさ! んじゃ、次の人によろしくにょろー」

 なんか嵐のような時であった。

 

 

 そして次が朝倉だった。

「きゃっは! やっと来た。昨夜の分も宜しくねっ!」

 はいはい。

 反論する気にもなれずに呆れ気味のツインズに頼りながら時を過した。

「さあっ! 次はねっ……あれ? いなくなっちゃった。ま、も一度来たらシテもらおっと」

 今となっては朝倉は無邪気なる存在だと思えるようになってきた。

 

 

 その次は……御厨雛SEであった。

「確認したいのだが」

 なんでしょ?

「君は毎晩こうやって傍女を巡っているのか? 何故だ?」

 さてね? それは跳ばしている誰かに訊いてくださいよ。

「そうか。ならば問うまい。では傍女としてきちんとシテ頂きたいと思うのだが如何だろうか」

 なんだか、この人相手だと生物の授業のような感覚になるのは何故だろう?

 それでもほのかに頬を染め、抱きしめると漏れる吐息は……流石に朝比奈さん(大)こと御厨雛(初代)の完全コピーらしく……オレはいつの間にか豊満すぎる身体にのめり込んでいた。

 ああ。オレはやはり凡庸にして煩悩なる一般人だ。

 

 

「まったく……」

 シタ後で御厨雛SEがオレの腕の中で呟く。

「有機生命体相手にこういう気分になるのは……全く持って屈辱的だ」

 そうですか。

「だが……数式に従って屈辱的なる部分が快楽へと変わるというのは……傍女としての幸福なのだろう」

 それは何よりですね。

「そんなに連れなくしないでくれ。そういう風に冷たくされると……」

 どうなるんです?

「ますます、燃え上がってしまうっ!」

 そう言って抱きしめてくる。そして上目遣いに蕩けた視線をオレへと向ける。

 あー。傍女制度ってのは良いようで悪いような気がしてきた。

「今回の……この2つの世界の分離が終った後でも……君の傍にいたくなってしまうじゃないか」

 それは止めてくれ。分離し始めたら未来へ帰ってくれ。そうしないと2つの世界が分離できなくなってしまうだろうからっ!

「解った。いや、解っている。でも……」

 艶やかなる唇がオレの口に重なり舌が絡んでくる。

「んあ。その後……つまり世界が分離した後でキミの前に現れる分には問題はないはずだ」

 えーと。まあ、そうなりますけどね。

「ふふふ。その時を楽しみにしている」

 個人的にはアナタよりも御厨雛(初代)のほうにですね……

「いいではないか。私は初代と同じ身体なんだからっ」

 そういう風に拗ねられてもですね……まあ、いいです。

 

 しかしだ。

 この人の所にいるとキリがない。

 事実として御厨雛さんこと朝比奈さん(大)と同じ身体であり、つまりはオレが最も好むような肢体。そしてそれなりに素直になったというか、スルことに対して貪欲になっている御厨雛SEとはエンドレスナイトになりそうな気分になる。

 早々に他の人へと跳躍したいのだが……

 何故か桃色の闇は訪れない。

 ん? ひょっとして……御厨雛SEが止めているのか?

 何と言っても長門の親玉の片割れだからな。跳躍を止めていても不思議ではないのだが……

 訝しげているオレの脳裏にツインズ達の声が響く。

『宿主様。跳躍します』

『時が満ちました故』

 んん? 何の話だ? と、脳内でツインズ達に確認する間も無くっ! オレの身体は朱と黒と白の世界を跳んで……何処かの部屋へと着いた。

 

 えーと。ここは?

 ああ、そうだ。ハルヒと朝比奈さんと最初に致した部屋であり、鶴屋さんとも最初に致した部屋であり、さらには今日の昼間に黄緑さんと森さんとも致した部屋である。そういえば黄緑さんと森さんも『初めて』と言っていたが……それはさておき、つまりは御厨雛SEの隣の部屋。

 その部屋のベッドの上で胡座に座っている。

 はて? 誰もいないぞ?

 何の用だ? ツインズ?

 オレが問いかけると腕の中からツインズが現れて、目の前に正座する。

『時が……満ちました』

『御厨雛様が……宿主様を望まれてます』

 はい? と疑問を声に発するよりも早くっ! ツインズの身体がぐにゃりと変化し……朝比奈さん(大)、つまりは御厨雛(初代)へと変わったっ!

 御厨雛SEと違い、眼鏡をかけていないというか、ハルヒが言うところの「苛めないでくださいね」オーラを万遍なく振りまくその姿は間違いなく御厨雛(初代)かけるコトの2名であるっ!

 おいおい。いくら何でもオマエ達までその姿形に変わることはないだろう?

「キョンくん」

「……また逢えた」

 2人の御厨雛(初代)さんはオレに抱き着いてきたっ!

 え?

『未来へ帰られた御厨様とシンクロできました』

『今はお二人ともそれぞれ1人で寝床におられます』

 はい?

『その様な状態で宿主様を求められた時』

『そして宿主様が対応できうる状態の時、私達は傍女の姿形になりまする』

 つまり?

『私達は傍女そのモノ』

『今目の前にいる御厨さま達は、それぞれの未来へと帰られた御厨様その人です』

 ははは……

 そんな状況というかレベルというかオプションが傍女制度の先にあるとは思いもしませんでしたよ。

「キョンくんあのね……」

「私の身体に尻尾が生えていたの」

「ううん。誰かが見ている時とかには尻尾は無いんだけどね」

「1人でシャワー浴びている時とか……尻尾が出ているの」

「それでね……寝ていて尻尾を抱きしめていると……」

「キョンくんのことを思い出していたの。ううん。思い出すの」

「そしたら……尻尾の方が変わって……」

「キョンくんになったの。うれしい」

 ははは。オレとしましても嬉しいですよ。しかし、未来とシンクロできるとは……ツインズの能力も計り知れない。

 あ、あれか。ツインズが未来へ帰る御厨雛(初代)へ尻尾を渡していたのはこのためか。

 そして2本渡したというのは、それぞれの御厨雛さんへ渡すが為だったんだな。

 何となくだが納得した。

 しかし、御厨さん達はお互いを認識していないようだが?

『それはシンクロしている割合がまだそのレベルに達しておられないため』

『いずれは通常の肉体と同じに、つまりはお互いを認識出るようになりましょう』

 それで? いや、それだと『ピン』になってしまうんじゃないのか?

『なり得ませぬ』

『お二人の本体はそれぞれの未来におります故』

『では、宿主様』

『ご緩りと……御厨雛様達へ寵愛を。施されてくださいませ』

 ツインズの声が消え、目の前には尻尾が1つ生えている御厨雛(初代)が2人もいるっ!

 そして……オレは濃厚なるミルクティーに溺れるかのような時を過した。

 

 

 ベッドに横たわり、両手にそれぞれ御厨雛さんを抱いている。

 2人の御厨さんはオレの耳に囁くように吐息を。そして手はオレの胸を撫で、豊かなる胸が脇腹を柔らかく刺激し、しなやかなる足がオレの足と絡まっている。

 ついでに尻尾がオレのを包んでいる。何とも言いようのない感触の海に沈んでいるかのようである。

 昨夜の朝比奈さんと御厨さんに挟まれていた時も思ったが……

 これでは快楽の拷問であるっ!

 

 ん? 冷静になって考えると、何故に尻尾がある?

 それぞれの未来ではその尻尾がオレの姿になっているんじゃないのか?

『既にシンクロ率を上げておられます』

『それぞれの御厨雛様には尻尾が2つ以上存在していると思われます』

 はー。そうかい。まあ、最初から九尾になった鶴屋さんという御方もいるからな。驚くのは止めて……この快楽の海に沈んでいよう。

 

 などと……呆けて蕩けていた時、不意に2人の御厨雛(初代)が頭を上げた。

 2人共に真剣な眼差しである。

 えーと。どうしました?

「みくるちゃんが……泣いている?」

「みくるちゃんが嫌がっている。キョンくん、助けに行きましょうっ!」

 と、2人の御厨さんに抱えられた瞬間っ! オレの身体が朱と黒と白の世界へと跳んだっ!

 な、なんだ?

『わ、わかりませぬっ!』

『御厨様達が……私達の力を使っておりますっ!』

 ツインズ達が驚いている。なんというか……下克上というか非常識だな。

 などとのんびりと考えていた間に跳んでいった先は……隣の部屋。つまりは御厨雛SEの部屋に戻っていた。

 そして目の前に繰り広げられていた光景は……御厨雛SEが朝比奈さんを襲っていたっ!

 ええい。何の狼藉だっ! と、何故か時代がかった罵声と共に朝比奈さんを御厨雛と一緒に御厨雛SEから引き離した。

「え? なんだ? 先代さんが戻ってきているんだ? しかも2人? 何がどうしてこうなっているっ?」

 戻っているんじゃない。ツインズ達にシンクロしてて……と説明する間はなかった。

「みくるちゃんを苛めてたのは何故?」

「場合によっては許しませんよっ?」

 2人の御厨雛(初代)に詰め寄られて御厨雛SEとしては動転し愕然としているようである。

 まあ、そうだよな。昼に帰ったと思った相手が目の前に2人となって現れたんだから。

 とはいえ、朝比奈さんに狼藉を働いていたというのは許し難い事実である以上、オレとしても許す気は蚊の足先ほどにもない。

 何をしていたっ?

「いや、別に私は……」

「キョンくん。あのね……」

 オレの腕の中で朝比奈さんがおどおどとした口調で説明し始めた。

 

 朝比奈さんは御厨雛(初代)さんが未来へ帰ってしまったのが寂しくて悲しんでいた。

 だが? 考えてみれば後から来た御厨雛SEも未来人である。

 ならば同じ未来人として親睦を図るべきではないだろうか?

 いや、親睦を図るべきだ。

 ということで、枕を抱えて、

 「お話ししようと尋ねてきたの。そしたら……」

 いきなり襲われてしまった。

 

 ということらしい。

 つまり? やっぱり襲っていた訳だな?

「いや。違うっ! 私の記憶にある限り、御厨雛(初代)は朝比奈みくると夜通し刺激し合っていたはずだっ! 違うのか?」

 御厨雛(初代その1)に後ろから羽交い締めにされたままで御厨雛SEは抗議の声を上げた。

 あー。確かそんなコトをツインズと朝倉と長門も言っていたな。

「そんなコトはっ……」

 御厨雛(初代その1)は否定しかけたが言葉が詰まっている。

 まあ、事実なんだろうからな。

「……それでも、優しくしないとダメでしょう?」

 それまで朝比奈さんの背中から抱きかかえていた御厨雛(初代その2)がゆらりと立ち、御厨雛SEを見下ろしている。

 そして……

「私達が教えて差し上げますっ!」

「傍女としての躾をアナタにっ!」

 御厨雛(初代)達が御厨雛SEの両脇から動きを封じて……それぞれの指がオレの形へと変わり伸びていく。

 えーと。何処かで見た光景だな。

 などと意味もなく回想してしまったその光景とは……御厨雛(初代)こと朝比奈さん(大)がツインズに刺激されていたあの光景であった。

 両腕を封じられ、御厨雛(初代)達の肱で太股を大きく開かされ、そして左右から見慣れた形になった指で秘裂の中を……いや、御厨雛SEの中の全てを晒しているっ!

「あ、あひっ! そんな……こんな、屈辱的な……ひあっ! んひあっ! あん……」

 全てを晒し、身悶える御厨雛SE。その姿を左右から冷たく見下ろしている御厨雛(初代)達。

 いつの間にやら尻尾が更に増えて……完全なる九尾の狐っ娘というか九尾の狐美女になられているっ!

 驚いているオレの腕の中で……朝比奈さんの瞳がビックリ状態の硬さがとろりんと溶けて……いつの間にか蕩けた視線をオレへと向けておられた。

「キョンくん。あのね……」

 はい? なんでしょう?

 って、いうか。何故に初代さん達が戻ってきたというコトを驚いてはおられないんですか?

「それはツインズちゃん達が変身しているんでしょ?」

 いえ。あのですね。姿を真似ているんじゃなくて、未来へ帰られた御厨雛さん達のですね……いえ、面倒なんで後でいいです。それでなんでしょう?

「あの……私、見ていて恥ずかしいから……その、私とシテ下さい」

 はい? 何故にそういう展開に? という疑問は声にならなかった。

 何故ならば、朝比奈さんがオレの口を艶やかなる唇で塞いでしまわれたが故に。

 そして……

 御厨雛トリオが淫靡なる教育的指導を繰り広げている横でオレは朝比奈さんと抱き合い続けてしまった。

 

 ふと気がつくと……

 オレが胡座の上に朝比奈さんを抱き、その左右から御厨雛ツインズが抱きかかえている。御厨雛SEは? と見れば、御厨雛ツインズの尻尾に包まれて息も絶え絶えに身悶えている。どうやら身体の全てのツボを尻尾の毛とかで刺激され続けられているようだ。

 えーと。大丈夫なのかな? 身から出た錆とは言え、これほど長く弄られているというのは宇宙人関係者であっても許容量を超えそうに思えるのだが。

「気にする必要はありません」

「みくるちゃんを苛めていた報いです」

 確かにそうなのだがハッキリと言われると若干というかほんの少しはかわいそうになってくる。

 頭の中にツインズの心配げな声が響いた。

『確かに……御厨様達の情念が御厨雛SEさんの意識を呑み込もうとしています』

『このままでは御厨雛SEさんは……』

 どうなるんだ? まさか気が狂うとか?

『気絶します』

 それだけかいっ!

『推定して1週間ほど』

 それは長すぎるぞっ!

 そんなに長く気絶して姿を見せなかったらハルヒが心配してこの部屋とかに来襲してしまうじゃないかっ!

 既に場所としてはバレバレなんだろうし。

 ……えーと。なんとかならないか?

『それは御厨雛様達次第』

『あるいは朝比奈様次第かと』

 そうは言ってもだな。両脇の御厨雛さん達はオレと朝比奈さんを見ている視線は暖かいが、チラリと見る御厨雛SEへの視線は絶対零度に近いぞ。

 朝比奈さんはオレに抱き着いて桃色の吐息を悩ましげに身悶えておられるだけだし。

 さて、どうしようかと考えていると朝比奈さんがぴくんと痙攣して声にならない声を吐息と共にオレの胸へと。

 そして……オレの口に艶やかなる唇を重ねてから……伏し目がちに呟かれた。

「キョンくん。わたし……頑張りますね」

 はい? 何を頑張られるのでしょうか?

「ツインズちゃん達が御厨さん達に変身してまで私のことを護ってくれるんだから……私は私で頑張らないと……未来へ帰られた御厨さんに合わせる顔はありません」

 いや? そんなコトはないと思うのですが。それで何を頑張られるので?

「私、御厨雛さんの2代目さんと仲良くなるよう頑張りますっ!」

 えーと。それはそんなに気合を入れられても相手の気分次第という所もありますから。

「ううん。私が仲良くなるように頑張らないと。2代目さんも悪気があって……襲った訳ではないと思うの。なんというか……手段が解らないだけだと思うの」

 まあ、確かに。一般常識というモノが欠落していると思われますが。

「だから、その辺りを私が教えたらいいと思うの」

 あー。何と言いますか、朝比奈さんの一般常識というのも若干、心配……いえ何でもないです。

 少なくともハルヒの一般常識よりは遥かに常識的ではあることだけは間違いないと言い訳する。誰への言い訳なのかは考えない。

「じゃ、キョンくん。跳躍するまで見ていて」

 朝比奈さんは小さくガッツポーズらしき仕草をしてから、御厨雛SEへと向かわれた。朝比奈さんが近づくのに合わせて御厨雛ツインズの尻尾が退き、虚ろな視線の御厨雛SEの全身が現れた。

「御厨さん。大丈夫ですか?」

「は……ひ。すみませ……んで……した。もう……二度と……このような……コトは……致しま……せん。どうか……お許し……を」

 虚ろな視線のままで謝罪する。

 だが、朝比奈さんはそんな御厨雛SEをそっと抱きしめた。

「ううん。私の方こそすみませんでした。必要以上に騒いでしまったようで……だから、ゆっくりと解り合いましょう? ゆっくりと、少しずつ解り合えていったら……いつかは全て解り合えますから」

 御自身の胸の中に御厨雛SEの頭を抱きかかえ、そして片方の手で背中をそっと撫でてぽんぽんと優しく叩いている。

 まるで大きな赤ん坊をあやしているかのように。

 オレの左右にいた御厨雛ツインズは暖かい視線を朝比奈さんに向けたままオレの腕に抱き着いてきた。

 そしてゆっくりとオレの腕の中へと消えていった。

 

 直後っ!

 オレは桃色の闇に包まれて何処かへと飛ばされた。

 

 

「へえ。そんなコトがあったんですか」

 次に飛ばされたのは古泉五妃の所だった。

 朝比奈さんというか御厨雛SEというか御厨雛さん達と言うべきか、悩むような事態の全てを話したのだが、五妃の感想としては『何気に感心した』という程度だ。

「実際、未来関係者でなんとかなったということでしょう。一部、宇宙人関係者が混じってますが。まあ、納まるところに納まったという所でしょう」

 あのな。冷静且つ的確に分析するな。何となく腹が立ってしまうぞ。

 何故に腹が立つのかはオレ自身にも分析不能だが。

「ふふふ。それはソレだけ朝比奈さんが心配だというコトですよ」

 そうか?

「そうです。ですが、今、我々が気にするべきは涼宮さんの方だと思いませんか?」

 ハルヒが? どういう意味だ?

「涼宮さんは御厨雛SEさんを傷つけてしまったと気に病んでいます」

 確かにな。随分と大人しいハルヒなんて久しぶりに見たぜ。

「以前にも見たことがあるんですか」

 ああ。あれは……SOS団設立直後だったかな。朝倉が転校する直前か。

「それは、確かアナタと涼宮さんが閉鎖空間に行かれる直前となりますね」

 嫌なことを思い出させなくていい。アレはトラウマとなっているんだからな。

「すみません。それで話を元に戻しますが他に見たことはあるんですか?」

 他は……あるような気がしているが思い出せない。

「ボクの記憶が確かならば……」

 どっかのテレビ番組の真似をしなくてもいい。

 オレのツッコミを柔和すぎる笑顔で流して古泉五妃は先を言った。

「文化祭で上映すべき映画を撮っていた時、つまり涼宮さんが監督となられて色々なことを発生させ、さらに朝比奈さんへの悪戯が過ぎてアナタに怒られた時。ソレを思い出させます」

 あー。そんなコトもあったな。それで? つまり何が言いたい?

「あの時、涼宮さんは不安定な精神状態にありました。再び世界そのモノを再構築しかねないほどにね。ですが、アナタの一言により無事に立ち直り……いえ、立ち直りすぎて桜を秋に咲かせたりしていました」

 確かにな。

「今回はそのケースに近いと考えられます。ですからボク達がすべきことは……」

 するべきコトは?

「涼宮さんを元の精神状態まで復帰させることです」

 どうやってだ? 根拠も無しに気安く言うな。

「すみません。ですが、今夜のアナタの跳躍で1つだけ解ったことがあります」

 何が解ったと言うんだ?

「森さんと黄緑さんです。少なくともアナタが森さんと黄緑さん達とイロイロとしていた時、ボク達は学校にいました。通常の感覚だけを有するならば、アナタがあの時間に何をしていたのかなど知るよしもありません」

 あー。オマエとかはテレパシーやら感覚同期やら妖使いやらとかの能力を使って知っているだろうからな。別に隠すつもりはない。

「確かにボク達にはアナタの行動はバレバレです。ですが、解らないはずの人が1人います」

 誰だ? そこまでもったいぶるってコトは……つまりハルヒか?

「ええ。涼宮さんだけはアナタがあの時間に何をしていたのかなぞ、知らないはずなのです」

 それで?

「ですが、今夜の跳躍はその2人の所が最初でしたと伺いました。違うのですか?」

 確かに森さんと黄緑さんが最初と2番目だ。

 何が言いたいんだ?

「解らないのですか? 跳躍自体は佐々木さんの言葉を信じるならば涼宮さんが行っている行為に他なりません。原因は不明ですが。またアナタの言葉を信じるならば跳躍は朝倉涼子が行った空間移動とも違い、また、アナタに宿った座敷童女達が行う空間移動とも違う。そして佐々木さんがアナタに対して行った空間移動と酷似している。従って、残る可能性は涼宮さんが行っていると判断して間違いないでしょう」

 だからっ! 何が言いたいんだっ?

「涼宮さんはアナタが何処でナニをしているのかを全て知っている。そう結論せざるを得ません」

 なにっ? ハルヒが全てを知っているだと?

「知っているからこそ、アナタと関係し、傍女となった森さんと黄緑さんの所に跳躍させたのですよ。ソレが自然な結論でしょう」

 ハルヒが知っている? 知っていてハルヒが跳躍させているのか。どういう風に知っているんだ?

「もちろん無意識下でしょうけどね。顕在意識で認識しておられるとしたら……明日、涼宮さんがアナタに対してどの様な行動に出るのか……想像だにできません」

 おい。脅かすな。

「一般的に女性というモノは嫉妬深いモノです。今のボクには身に染みるように解りますが」

 そりゃ、女になったから身に染みて解るだろう

「いいですか? 今や、アナタの周囲全ての女性は傍女となってしまった。傍女となった女性達に囲まれているからこそアナタは意識しないですんでいるかも知れませんが、通常ならばアナタは誰に刺されても文句は言えない状態なのですよ?」

 怖いことを言うなっ! って、確かに二股どころではない状態ではあることだけは事実として認めざるを得ない。

「世間では三角関係からの痴情のもつれとかで発生する事件は枚挙に暇がありません」

 確かにな。それは認める。

「ボク達は傍女となった。そして傍女となったボクとしてはアナタが他の方が他の所でナニをしていようと気にすることとはなりません」

 何故だ? さっきの状態とは矛盾しているが? 嫉妬はどうした?

「その嫉妬の炎が心に燃え上がった瞬間、炎が別の感情へと変わります」

 なにっ?

「単語1つで表せば『恋慕』の情と言いましょうか。とにかくアナタが他の方とシテいると感じられたとき、心に燃え上がるのは愛おしさだけです。そしてその状態となった時、ボク達の感覚が超越します。通常の人間では感じ得ない感覚を持つのです」

 えーとだ。よく解らんがどういう風に超越する? というか、どういう感覚を持つんだ?

「アナタがシテいる相手とボク自身の感覚が同期するのです。つまり、アナタが誰としていようとボク達がその相手となってしまうといいますか、アナタがそれぞれの傍女に対してシテいるような感覚となるのです」

 えっ!? つまり? えーとだ。森さんや黄緑さん達とシテいた時、オマエ達も?

「ええ。随分と『幸福なる時』を過ごさせて頂きました」

 五妃は妖艶に微笑む。尻込みするほどの凄みで。

「……ですが、今の所、傍女としてもそれぞれに感覚は違うようです。ボクは妖使いとしての素性がありましたからこの状態に達するのが早かったのかも知れません」

 つまり? 他の方々は?

「そうですね。ボクが見たところ、長門さんは既に達しているでしょう。そして佐々木さんもです。朝比奈さんと朝倉さんはまだでしょう。鶴屋さんもまだでしょうね。そしてアナタの話しに聞く限り、御厨雛SEはまだでしょう。ですが、未来へ帰られた御厨雛さん達はある程度のレベルに達しておられるでしょう。場合によってはボク以上かも知れません。残るは黄緑さんと森さんですが、判断できうるほどの時間を共有していないので判断は保留したいところですが……アナタは解っておられるのではないでしょうか?」

 オレが? どうしたら解るというんだ?

「つまり、ボクと佐々木さんのように直接的な触れ合いをそれほど求めるか求めないかです。そのレベルに達しておられない方々はやはり、跳躍してきたアナタとの更なる接触を求められるでしょうからね」

 言われてみれば……そうか。佐々木は接触をそれほど求めなかったな。ということは……

 脳裏に黄緑さんと森さんとの跳躍時の態度を思い出す。

 それほどに求めては来なかったな。抱き合っていただけの時間が長かったと思う。

「ならば、森さんと黄緑さんはボクと同じレベルには達していると考えても良いでしょう」

 そうか。確かに……ん?

「どうしました?」

 そういえば、最近はオマエとはそんなにしてないな。以前というかあの桃色空間から帰ってきた時とか、翌日とかは凄まじい嵐のような感じだったのに。

「ふふふ。ボクとしましても驚くばかりです」

 そうか?

「ええ。アナタが他の方とシテいる時でもボクとしているかのように感じ、そしてボクが求めたくなった時は……」

 時は?

「尻尾を抱きしめると……アナタに抱かれてシテ頂いているかのような時を過ごせますから」

 ベッドの毛布を捲り、ヒップを突き出す。

 そこにはっ! 御厨さんとか鶴屋さんで見慣れた尻尾が数本生えていたっ!

 あれ? オマエはアルテミスっぽい白銀の鎧姿ではなかったのか?

「鎧姿はボクの本来の能力です。そしてこの尻尾こそが傍女としての能力が発揮された証なのです」

 そうか。

 あれ? そうすると鶴屋さんはどっちだ? 最初から尻尾が生えていたぞ?

「まあ……それは鶴屋さんだからでしょう」

 んー。まあ、いい。あの人は一般人だが一般人としては非常識なまでに聡い方だ。四の五の言わずに納得することにする。

 それで尻尾を抱きしめるとどうなるんだ?

「そんなコトを訊きますか? アナタも意地悪な方ですね」

 五妃は拗ねるような視線をオレに投げたが、苦笑してから尻尾を抱きかかえた。

「論より証拠。お見せしましょう。目の前にアナタがいるのに……随分と酷なのですが」

 左右から抱えた尻尾が……ぞろりと蠢き、尻尾の先が五妃の豊かすぎる胸を撫で上げていく。

「んあ。んん……まるでアナタに……直接、揉まれて……いるような……感覚なんです。尻尾では……なく、アナタの……手の感覚……ああん」

 そして他の尻尾が……五妃の秘裂へと伸びていく。そして……

 見慣れたような形になって秘裂の中をっ!

「ひ……あん。本当に……アナタが……アナタのがボクの中の全てを……全てを掻き回している……そんな感覚に……んあ」

 五妃は四つん這いになってオレへと躙り寄る。

「……非道い人。ボクをこんなにして……アナタも見てばかりではなく……お願いしますね」

 何をお願いされたのかは……言うまでもないだろう。

 オレは五妃と五妃の尻尾に包まれて……快楽の泥の中へと沈んでいった。

 

 

 まるで……2人の、いや複数の五妃に抱かれているようだった。

 傍女ってのは、計り知れない。

「ふふふ。コレでも妖使いですからね。他の方の後れを取る訳にはいきません」

 解ったよ。

 オマエは確かに妖使いだ。

「ご理解頂けて幸いです。おや?」

 どうした?

「時間が来たようです。それでは次の方へ宜しくお伝え下さい」

 オレの意識が桃色の闇へと包まれる。

 何か訊きそびれたというか確認し忘れたような気がするが……

 

 それはツインズ達の力を借りればいつでも訊けるのだから無理に思い出すのはやめておこう。

 

 

 次に跳躍していったのは……

 長門の所だった。

 いつものように巨大マシュマロのような布団の中。目を開けると目の前に長門の無表情ながらもほっと安心しているような、どことなく緊張しているような感じだった。

 どうした?

「アナタが来るのを待っていた。だけど……」

 だけど?

「来るのが怖かった」

 怖い?

 この世で長門が怖いという存在は有り得るのだろうかという素朴なる疑問が頭の中を過ぎったが、追求するのは後にする。というか、オレが長門にとって怖い存在ではないことだけは確かだろうからな。

 あーとだ。取り敢えず、あの結晶はあるか?

「在る。濃度は1/10に調整してある」

 枕元の瓶を手にとり、中の結晶を数粒つまむとオレの口へと運ぶ。

 何となく小鳥の雛のようになった気分で長門の指先の結晶を直接咥えて呑み込んだ。

 んーっ! この感覚はどんな薬とか食べ物にも換えがたい快感。

 ありがとよ。

「喜んでくれて嬉しい」

 長門は目を伏せて微笑む。

 その仕草がたまらなく愛おしい。

 思わず抱きしめたくなってしまう。

 ……実際、抱きしめてしまったが。

 暫く抱きしめていると長門が「くむ」と息を漏らした。

 すまん。強すぎたか?

 長門は数ミリほど頭を左右に振る。

 否定だな。では?

「……感じてしまった」

 はい? 抱きしめただけで?

 頭が数ミリ上下に動く。

 肯定。……だな。

 そうか。長門はスルよりも背中を撫でられたりするのが好きだと言っていたからな。

 黙って抱擁するのが一番なのかも知れない。

「それで……私に確認したいコトって何?」

 あれ? 何の話だ?

「今日の朝から……いや、昨夜からアナタの心の中に私への疑問が発生しているのを感じている。質問したいことがあるはず」

 えーとだな。その本人からその様に問われてもだな……

 思わず目が泳ぐ。クロールではなく平泳ぎでもなく犬かきのように泳いだ目が隣の部屋の壁に掛かっている北高の制服を捕らえた。

 ん? あ、そうだ。あの制服はオマエのだよな?

 取って付けたような質問だったのだが、長門は一度だけ視線を制服に向けてから……目を伏せた。

 あれ? どうした?

「あの制服は……私のではない」

 んん? ってコトは誰のだ?

「私の……姉のモノ」

 はい? 姉?

「この世界の記憶。以前にアナタに言った。私を悲しくさせる記憶。あの制服はその記憶の証」

 悲しそうに目を伏せて……ぽろりと涙が零れた。そしてぽつりぽつりと語り始めた。

 

 

「この世界での私には……家族がいた」

「私には5歳離れた姉と2つ下の妹がいた」

「両親の愛情は姉に注がれ、そして私を素通りして幼い妹に向かった」

「私は姉と妹の間で両親の関心はあまり向けられなかった」

「それでも……私達は幸せに暮らしていた」

「父の仕事は普通のサラリーマン。ただ技術系で家には難解な本がたくさんあった」

「母も看護師として働いていた。その所為か医療関係の本もたくさんあった」

「姉は医者を目指すとは言っていたが、何処まで本気だったのかは……今となっては解らない」

「私は絵本の代わりにそれらの本を妹に読んで聞かせていた。もちろん読めない漢字とかは辞書を引いて読んだ。妹は……今思えば不思議なことに楽しそうに聞いていたと思う」

「そして……そんな時に事件が起きた」

 長門はソコまで語ると暫く黙ってオレの胸の中に顔を埋めていた。

 それから……ゆっくりと話を続けた。

「このマンションを購入する。そのために何度か下見をして、そして契約したその日の帰り道。私達は事故にあった」

「居眠り運転の大型貨物車が私達が乗っていた自家用車に正面衝突した」

「父と母は即死。姉と妹に挟まれていた私だけが……生きながらえた」

「それでも……私は生死の境を彷徨っていた。擦れゆく意識の中で姉と妹が私に手を振って……私だけをおいて光の中へと……消えていった」

「後で聞いた話だが……姉と妹は救急隊員が辿り着くまでは生きていたらしい」

「そして救出されると同時に息を引き取ったと……聞いた」

「たぶん、私の記憶はその時のものだろう」

 オレは……言葉を挟むことができなかった。

「それから私の意識は闇の中にあった」

「その闇の中で……私は誰かの声を聞いた」

 誰の声だ?

「……情報統合思念体」

 なにっ?

「情報統合思念体はこの星の有機生命体に興味を持っていた。そしてインターフェイスとして接触できうる個体を探していた」

 それが……オマエか?

「そう。私の……生と死の境を彷徨っていた意識の波長が情報統合思念体の一部と接触したと思われる」

「そして……私は意識を取り戻し、生還した。インターフェイスとして」

「偶然にも運ばれた病院が母が働いていた病院だったことも幸いだった。私は分不相応な手厚い看護を受けていた。それはひとえに母の人柄だったのだろう」

 なんとなく……病院全体で手厚い看護を受けている長門の姿が浮かんだ。

 包帯だらけで松葉杖をつきなからリハビリに励む姿が。

「そして退院した時、私は……それまで住んでいたアパートが全焼したことを知った」

 なにっ?

「階下の人の寝たばこが原因。その上に住んでいた私達の全ての品は……灰になっていた」

「残ったのは……あの壁に掛かっている姉の制服」

 あれはオマエのお姉さんのか?

「そう。この部屋を契約した時、姉は言っていた。『引っ越したらここから高校に通うんだから、ここに置いてくの』と」

 黙って制服を見る。

 そういうコトならば……あの七夕の日に3年ほど時間を逆行した時に長門が北高の制服姿だったのも不自然ではない。

 つまり……この部屋とあの制服がオマエの親の……遺産というか形見なのか。

 黙って数ミリだけ頷く。

 そうか。

「こんな記憶は……私には必要ない。元の世界に帰りたい」

 オレは黙って……暫く長門を抱きしめた。抱きしめることしかできなかった。

 暫くしてから長門は目を拭ってオレに微笑んだ。

 まるで雪が水蒸気となってゆらりと消えていくかのような微笑み。

 オレは儚げな長門の笑みに……黙って見つめるしかできなかった。

 そして沈黙を破ったのは長門の指摘だった。

「だが……この世界の記憶は、アナタにとって貴重な資料となる」

 なに?

「この世界での私の過去は……この世界を作り上げた涼宮ハルヒの想像の産物だと推定される。ならば私の境遇を想像するに至る何らかの根拠があるはず」

 そうか。そうだよな。幾らハルヒでも何の根拠も考えも無しに妄想を爆発……

 ……いや。何の根拠もなく論拠もなくそして意味もなく色んなコトを引き起こしていたような気がもの凄くするのだが。

 いやいや。ここは長門の指摘というか仮説に従っておこう。

 何と言っても当事者なのだから。

 それでだ。何から考えればいい?

「アナタがコレまでに思った疑問をして欲しい。その中に鍵があるはず」

 そうか? まあ、そういうならば……

 そういや、オマエの生活費は何処から出ているんだ?

 親戚の援助とか……あるいは生命保険……いや愚問だった。

 オレは自分の質問の愚かさに自分で呆れてしまった。

 家族の生命保険? なんてコトを訊いたんだオレはっ?

 だが、長門は自問自答して自縄自縛に陥っているオレに笑みを向けてくれた。

 地獄の罪人を救うかのような菩薩のような笑みを。

「気にすることはない。全てはこの世界での記憶なのだから。そして貴方の質問対する答えとしては『その通り』。マンション購入契約時に加入した保険とそれとは別の家族の保険。それが私の生活費となっている」

 なんというか……簡単に言葉では言い表せない。そんな場所で……オレ達はバカ騒ぎしたりしていたのか。

「気にする必要はない」

 そう言われてもな。……まあ、オマエが良いならば気にすまい。

 それでだ。

 思い出の品は……他にはないのか? それだけなのか?

「そして残ったのはもう一つ。私と家族のアルバム」

 なにっ?

「私のリハビリに役立つようにと親戚が持ち出していた。見る?」

 それは……オレが見ても良いものなのだろうか?

「見た方が良い。何故ならばそのアルバムにはアナタも写っている」

 なんだとっ!?

「コレ」

 長門は巨大マシュマロのような布団の枕先においてあったアルバムを手に取った。

 布団が厚すぎてオレの視界にはなかった品が出てきた時、無意味ながらも吃驚した。

 そして……その中の写真を見て、さらに驚愕した。

「私は……家族で買い物に出かけた時、いつも妹を見ていた。そして、その時も妹を見ていたのだが、勝手に走り回る妹を追いかけているうちに迷子になった」

 まあ、そういうコトはよくあるさ。

「そこで……アナタに会っている」

 なんだと?

「私は無邪気にはしゃぐ妹をもてあましながら家族を捜していた。そこでアナタに会った」

 

 

 以下、長門の回想である。

「よう。オマエも迷子か」

 私は驚いた。『オマエも』という限りはその相手も自分自身も迷子であると自覚しているからだ。

 だが、そのベビーカーに女の子を乗せて押している男の子は随分と落ち着いていた。何故だろう?

「オレもだよ。まあ、なんというか買い物になるとコッチの居場所をあまり気にしなくなる親ってのは多いらしいからな。迷子センターはコッチだ。行こうぜ」

 私は家族を捜すのを諦めてその男の子についていった。

 そして程なく、私は家族と再会した。

 

 

 ……そんなコトが? オレの記憶にはないぞ。

「その時の写真が……これ」

 長門が開いたアルバムの中の一枚の写真を指差す。

 その写真には……何処かのショッピングセンターの一角らしき場所でベビーカーを押しているオレとベビーカーに乗っている赤ん坊の妹と……小さな長門と長門にそっくりだが無邪気に笑っている小さな女の子とその後ろでオレと妹を溌剌とした笑顔で見ている年上の女の子が写っている。

 つまりはオレと妹と長門三姉妹の写真であるっ!。

 これは……誰が撮った?

「私の父」

 こんな時に撮っていたのか?

「父は……写真好き」

 そうなのか。まあ、娘を溺愛して写真を撮りまくる父親は多いからな。しかし……そんな昔にオマエと会っていたとはな。

「その後でも……会っている」

 なんですと?

 

 

 以下、長門の回想その2である。

 長門は小学校が終ると妹が通っている幼稚園へ迎えに行くのが日常だった。

 だが、妹と一緒にすぐに帰っても家には誰もいない。それで幼稚園近くの公園で暫く時間を過ごすのが日常になっていた。

 妹を遊ばせていた時、不意に何かの視線を感じて頭を上げると……

 

 

「その時……アナタと再び出会った」

 悪い。まるで覚えていない。

「気にする必要はない。私もアルバムを見るまで『思い出す』ことはなかった」

 そして指し示した写真には……確かにオレが写っていた。そしてベビーカーに乗っている満面の笑みの妹と、その横で長門の妹らしき幼稚園生が笑っており、その後ろに立っている無表情気味の小学校低学年姿の長門がいる。

 だが……

 驚くべきコトはそれだけではなかった。

 誰だ? このオマエの横にいる子供はっ?

「私の記憶に従うならば……朝倉涼子」

 小学生姿の朝倉涼子だ。胸につけてある名札にそう書いてあるっ!

「そして鶴屋さん」

 オレの斜め後ろから満面の笑みでベビーカーを覗いているのは間違いなく鶴屋さんであるっ!

「その後ろに古泉五妃」

 小学生にしては背の高い女の子はすまし顔の古泉五妃であるっ!

「その隣に佐々木さん」

 五妃の隣でどちらかというとオレを見ている女の子は佐々木に違いないっ!

「この……後ろにいる人は森園生に骨格が酷似している」

 後方、公園に入った辺りで微笑みながらもこちらを不思議そうに見ている制服姿の女生徒は森さんにくりそつである。

 ……えーと。制服ならば中学生か高校生だな。中学生なら約6つ上で高校生なら9つ上。とすればオレの推定としてはたぶん中学生……って、何を分析しているっ!

「そしてこの子は黄緑江美里に似ている」

 長門は「似ている」とは言ったが、少し離れた場所からこちらを見ている子は黄緑さんにそっくりであるっ!

 いつの間に……というか、こんな昔に会っていたのか?

「そしてアナタの隣でアナタの妹さんをあやそうとしているのが……涼宮ハルヒ」

 確かに思いっきり明るい笑顔を振りまいているのは涼宮ハルヒに間違いないっ!

 そうか。この時はまだ「自分の周囲は特別ではなく普通だった」と「理不尽なる普遍的な日常」(涼宮ハルヒ評価)に気づいていなかったのか。

 当然といえば当然なのだが、何となく不自然な感じがするのは何故だろう。

 ……それだけハルヒに毒されているというコトなのだろうか。

 いやっ! そんな感慨は後にして、この写真にはまだ驚くべきコトがあるっ!

「さらに……私の妹の隣にいるのは……朝比奈みくると推定される」

 そうっ! 長門の妹と同じ幼稚園児姿の朝比奈さんらしき可愛い女の子が可愛らしく微笑んでいるっ!(形容詞を重ねてしまうのがコツだ。何のコツかは考えない)

 名字が書いて無く名前だけの名札だが、間違いなく「みくる」と書いてある。

 いや? 肩から下げているお弁当入れには……「あさひな」と書かれているではないかっ!

 

「私の記憶ではアナタは妹さんをいずれは入るであろう幼稚園への道を馴れさせるために幼稚園近くの公園に連れてきていたと記憶している。アナタは確かそんなコトを言っていた」

「そしてアナタの妹さんに公園で遊んでいた他の子が群がってきた」

「その様子を撮ったのは朝倉涼子の父親」

 なんだと?

「朝倉涼子の父親は……牧師さん。その幼稚園はミッション系。そこでボランティアとして働いていたと記憶している」

 そんな関連が……いや、確認すべきコトはそういうことではない。

 何故に、この写真に朝比奈さんが写っているっ? 未来人だぞっ? しかも長門の妹と同じ年?

 いやいや。時間移動ができるならば何処かの時間で数年間過ごせば……身体的年齢なぞどうにでもなるが……

「推測は可能」

 どんな推測だ?

「1つの可能性として朝比奈みくるは家族で過去に視察に来ていた。視察という役目を負っていたのは朝比奈みくるの親。そして世間の中に溶け込むために家族全員で時間跳躍してきた」

 そうか? しかし、未来人は過去に対して如何なる干渉もできないんじゃないのか?

 家族で来ていたとしたら多少なりともそれなりの干渉をすることになるんじゃないのか?

「そう。その様にも判断できる」

 おいっ!

「気にしないで欲しい。仮説は仮説でしかない。そして仮説は複数立てられる」

 他にも仮説とやらは在るのか?

「もう一つの可能性は」

 可能性は?

「朝比奈みくるは現代人。何らかの理由で未来に跳躍し、そして未来人として育った」

 そんなコトが……有り得るのか?

「時間跳躍時の事故の可能性は否定できない。朝比奈みくる達が使用しているTPDDは不完全で不安定な方法。そして技術開発の初期ではアクシデントはつきもの」

 確かに……技術開発の初期は不安定だろう。だが……そんな初期不良じゃ在るまいし、そんなコトがあるとは思えん。

「この場合、朝比奈みくるがほぼ何も知らずにこの時代に跳躍しているという1つの裏付けにはなる」

 どんな裏付けだ?

「彼女は未来人としても処遇に悩む存在かも知れない。ならば必要最低限しか知らない状態でこの時代に跳躍させれば未来での不必要な混乱は避けられる」

 そうか?

「……と、誰かが判断した」

 って、おい。随分とアバウトだぞ。その説は。

「人間の判断とは不可解なもの。私には不可解でも誰かの判断の可能性は否定できない」

 確かにな。周りから見れば不確かで意味不明なことでもその時々では適切だと判断することもあるだろう。

 明日テストだと解っていても勉強せずにゲームにのめり込んでいたりさ。

「そう。人間とは不可解」

 ふう。何となくだが、オマエはオマエだと実感できた。

「その言葉は不可解」

 気にしなくて良いさ。オレの独断だからな。

「そう」

 長門は……先程の苦しげな表情は全て消え去っていた。もちろんベースが無表情なのは変わらないんだけどさ。

 いつもどおりの無表情に戻った。

 それがオレを何気に安心させた。根拠は何もないのだが。

 

 

 それから……暫くしてオレは跳躍した。

 跳躍した先は自分の部屋だった。

 どうやら今夜はコレで終わりらしい。

 ツインズ達も御厨さん達との対応で疲れたらしく、腕の中から『おやすみなさいませ』と気怠い声が脳裏に届いた。

 オレはベッドにゴロリと身を投げて天井を見つめる。

 

 あの写真には驚いた。

 そんな昔に……いやいやいや。この世界はハルヒの妄想だと結論している。少なくともオレはそう思っているし、長門もそうだ。そして古泉や森さんもそのように言っていた。

 しかし……妄想で写真が出てくるのか?

 いや。忘れよう。写真よりももっと驚くべき事態に何度も遭遇している。

 それよりも……

 

 長門の話に……どこかしら心に引っかかるものがあった。

 何故だろう?

 もし……この世界がハルヒの妄想の産物だとしたら、その妄想にも何処かで根拠というかタネがあるような気がしている。

 そしてひょっとしてそのタネとやらはSOS団の活動の何処かに根拠があるような気がしている。

 それは……いつだ?

 どこで、この世界のタネが蒔かれたんだ?

 オレの脳細胞は混乱するばかりだ。

 

 

 幾ら考えても思いつかない。

 だが……この時、オレは何が何でも思い出すべきだったのだ。

 思い出していれば……翌日のハルヒの行動を止められたのかも知れない。

 いや、どっちにしても止められなかっただろうが。

 それでも……

 

 いや。どっちにしても後悔する暇はなかった。

 そして次の日に……心の準備はそれなりには必要だと実感する事態になろうとは思いもしなかった。

 

 

 

『動乱の木曜日 午前編』へと続く。

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