朝起きた時。

 昨日ほどではない疲労感の中にいた。

 致し方あるまい。やっぱりというか結局というか、昨夜も色々と疲れることをしているんだから。

 まあ、いいさ。この程度の疲労ならばハルヒに大騒ぎされることもないだろう。

 そうはいっても疲労していることには違いなく、目覚しが騒ぎ立てるまではベッドの中にいようと決めて目を閉じた時に目覚しががなり始めた。

 あー。つくづくオレはタイミングが悪い星の下にいるらしい。

 その原因は何だ? などと探すまでもない。涼宮ハルヒなる美少女の外見を持った神様だか、時間平面大断層発生装置だか、情報爆発噴火口だったかの前の席に座ってしまい魔が差して話しかけてしまったが故の結果だ。

 って、コトはオレが原因なのか?

 いいや。断じてそんなコトはない。何故ならばコレはオレの分析レポートなのだから原因はオレ以外の何かに求めるのは至極当然だからである。

 ああ。そうだ。全てはハルヒが元凶なのだ。

 などと現実逃避してても目覚しは止まらない。

 手を伸ばして止めたと同時にドアが開いて誰かが入ってきた。どうせ妹だろう。目覚しが鳴りっぱなしなので起しに来たと決めつけた。

 悪いな。今止めたところだ。

「あ、起きてらっしゃったのですね」

 ん? 妹がオレに敬語を使う訳がない。オレのことを「兄」という文字が入った用語で呼ばずに「キョン」などというアダ名で呼ぶぐらいなんだからな。

 てコトは誰だ?

 オレは閉じていた目を開けると……驚いた。

「ふふふ。もう朝御飯はできてますよ。はいタオル。洗顔を済ませて下さいね」

 誰あろう。妹の同級生である吉村美代子ことミヨキチが起しに来ていた。

 なんだ?

「ではお待ちしてますね」

 女神のような微笑みを残してミヨキチは階下へと戻っていった。

 えーと。何が起こっている?

 

 なんのコトはない。

 ただ単に早くオレの家に来ただけだった。

 そしてオレの朝食の手伝いをし、さらには弁当をオレに手渡した。

「うまくできたかどうかは自信がないのですが」

 えーと。つまり、この弁当は君が作ったのか?

「はい。お口に合いませんでしたら遠慮無く言ってください。努力します」

 ほのかに赤くなり俯くミヨキチ。その様子をニカニカ笑いで見ている妹。微笑ましい何かを見ているような母親の視線を背中に感じ、「ひょっとしてまた別の異世界にでも跳ばされたか?」と不安になった。

 しかし、よくよく見れば妹とミヨキチが着ているのは一昨日辺りから見慣れた中学校の制服なので、別の世界に跳ばされたのではなく、単にこの『2年後の世界』がおかしいからだと決めつけておいた。

 

 

 妹とミヨキチと共に玄関を出るとその前には昨日、一昨日の如く古泉五妃がいたことは無意味なる安心感をオレに与えたが、その横に佐々木がいたことは小さな混乱をオレの脳裏に与えるには充分で、さにらその後ろに妖怪ツインズが光陽園学院の制服で立っていたことは思考を停止させるには充分だった。

 どうしてこうなっている?

「僕に関しては、そうだね。こうした方が良いと直感的に感じた次第だ。昨夜のうちに古泉君に連絡して同乗させて貰った。ソレだけのコトだよ」

 ああ。そうかい。それで後ろのツインズ達は何なんだ?

「彼女達かい? ここに着いたと同時にボク達の後ろにいた。それ以上の説明が必要なのかい?」

 いいや。佐々木。オマエの説明で何となく判ったよ。このコトには大して意味がないというコトだけは。

「ソレで充分さ。しかしだ……」

 佐々木は隣の古泉五妃に視線を移した。

「古泉君はここでするべきコトができたみたいだね」

「ええ。そうですね」

 五妃はすっと前に出るとミヨキチに手を差し出した。

「初めまして、かな? いずれにしてもボクは佐々木さんと違い、ソレなりに俗物ですので……引く気はありません。もっとも、彼が選択肢の1つにするかどうかは別問題ですが」

 何の話だ?

「わかりました」

 ミヨキチも……どこか緊張しているかのような表情で握手した。

「いずれにしましても正々堂々とお願いします」

「こちらこそ」

 何処か引きつったような笑み同士で長く握手している。

 あー。全く解らん。女同士ってのは理解不能だ。

 

 

 そんなコトはさておき……

 古泉五妃と肩を並べて登校するというのは一昨日には体験しているのだが(いや昨日も体験しているのは間違いないのだが記憶にないのでコメントの対象から除外する)、この状況は何だろう?

 片方に五妃がおり、もう片方に佐々木がいる。そして後ろにツインズ達が従っている。 なんというか……美少女集団に護衛されていると表現したらお解り頂けるだろうか。一介の高校生が護衛されるなんて心の落ち着かせどころが無くてどうしたものやら思案投首状態である。

 そうだ。佐々木。オマエ、大学は良いのか?

「そうだね。昨日、同じ大学に進んだ友人からの情報によると講師の方々が風邪を引いたとか学会での急な発表とかで殆ど講義らしい講義がないらしいんだ。ならば、この際SOS団に浸かりきってみようと思っている。ああ。心配は要らない。キョン、君達の講義中は部室で自習することにする」

 それは有り難い。別に何があるって訳じゃないが。

「気にすることはない。長門さんとか朝比奈さん、そして顧問になるという御厨雛さんや新しく入った朝倉さんとも心ゆくまで雑談してみたいだけだ。君のお邪魔にはならないよ。むしろ君のお手伝いをしたいと思っている次第だ」

 あ、そうか。オマエは全てを知っているんだったな。

「ふふふ。忘れないで欲しいね。これでも……」

 佐々木はオレの耳元で囁いた。

「僕は『傍女』としての役目を全うしたいと思っているだけだ。その為には……」

 耳元から離れ、桜のような笑みを浮かべた。

「……この1年は単位取得は二の次にしても構わないと思っている。ああ、心配しなくてもいい。必須の単位は落とすつもりはない。ちゃんと4年で卒業するつもりだから心配には及ばない」

 わかったよ。どうにもオマエとは頭の出来が根本から違うからな。学業に関することはオレには関与できない。

「お望みならば……」

 脇から五妃が口を挟んできた。

「佐々木さんと同じ大学に編入することも不可能ではありません。もっともそれには幾つか条件がありますが」

 言って見ろ。期待はしてはいないが。

「お解りのとおり、涼宮さんがそう望んだ場合です。これはボクの単なる予想ですがその場合は鶴屋さんや朝比奈さんも同じ大学にいるような気がしますね。そしてボクやアナタ。長門さんや朝倉さんもその場所にいるような気がしています」

 勝手に思っていろ。そんなにこの世界に長くいるつもりはない。

「そうかい。それは僕としては残念だ」

 なぜだ?

「君とこうして肩を並べて登校するという時間、あるいは機会が無くなってしまうのは素直に残念だと述べさせて頂こう」

「ボクもですよ。こうして肩を並べての登校。さらにはあの『泥沼のようなひととき』が無くなってしまうのは残念の一言です」

 ……おい。佐々木はともかく、オマエは戻りたくはないのか? 五妃?

「戻りたいのは山々ですが、全てアナタにお任せしましたから。いまは感情に従い素直に言葉を吐露させて頂きます」

 ……あのな。戻る気が失せるだろう? そんなコトを言うな。

「全くです。その様なコトを仰らないで下さい」

「重なり合う2つの世界を分離させて頂くために私達は宿主様に全てを預けたのですから」

 後ろでツインズ達が五妃を睨んでいる。どうやら妖怪と妖使いは根本的に相性が悪いみたいだな。

「ふふふ。そんなに睨まないで下さい。ボクも『傍女』となった以上、貴女方の支配下にあるのですから。今の言葉も全てが論理的には真実ではないというコト。そして素直な感情の吐露であることはお二人にもお解りでしょう?」

 五妃に言われ、ツインズ達は押し黙る。つまり? 実際に五妃の言葉に嘘はないようだな。感情的には。

 論理的には嘘があるということは忘れないようにはするが。

「ああ。そうそう。コレをお忘れでしたね」

 五妃がカバンから取りだした高そうな絹布らしき巾着から袱紗に包まれて出てきたのは短刀。昨夜見た蒔絵で飾られたヤツだ。

 んー。やっぱりソレはオマエが持っていてくれ。物騒なモノを持っていると落ち着かない。

「解りました。コレはボクの方でお預り致します。ですが、忘れないでください。この所有者はあくまでアナタであることを」

 はいはい。忘れないようにしますよ。

 

 五妃が短刀をカバンに仕舞った時、横から声をかけられた。

「おはよう。キョンくん。随分とモテモテなのね」

 声の主は誰あろう。朝倉涼子である。

「やだ。そんなに睨まないでよ。じゃ、今日は日直だから先行くね」

 小走りに去っていく朝倉を見送りながら……溜息1つ。

 そういや、アイツの面倒も見なきゃならないんだったな。

 何となく疲れるんだが。

(何よソレ。疲れるようなことをしたいんだったらいつでもシテあげるけど? 結局、昨夜はキョンくんとシテいないんだし。部室でする? それとも誰もいなくなった教室でしようか?)

 テレパシーでエロいコトを言うな。疲れるから。

「ふふふ。大変だな。キョン。まあ、体力回復方法だったら……僕が心配しなくても良さそうだが」

 テレパシーを横で読み取るな。佐々木。

 ん? 体力回復方法?

 と、佐々木を見ると意味深に目配せしてきた。その視線の先を見ると……道の反対側に長門がいた。

(確かにあの結晶は私が持っている。必要ならばいつでも渡したい)

 テレパシーで話しかけてくる。そして何故か移動速度が速い。歩幅と速度が合っていないような気がするのだが見た目では違和感はなのが不可思議である。

(部室で待っている。いつでも来て)

 ちょっと待て。長門、情報統合思念体からの連絡はまだ無いか?

(昨日の御厨雛に関する要望は連絡済み。現在は検討中と思われる。連絡が来たらすぐに知らせる)

 表面的には一言も会話を交わさずに、そしてこちらを見ることもなしに長門はあっという間に坂道の先へと進んでいった。

 そして長門の姿を見失う辺りでオレの進む先に見つけたのは……朝比奈シスターズである。何故か手を繋いでゆっくりと歩んでらっしゃる。

 程なく追いついたのだが……どこかしら足元がおぼつかないような。顔色も若干悪そうだ。朝比奈さんは単なる寝不足っぽいのだが、御厨さんは少しだけブルーの色合いが濃い。

 どうしました?

「あ、キョンくん。おはようございます」

「キョンくん。おはよう。昨夜、ちょっと御厨先生と……話し込んでしまって」

 見れば眼が赤い。いまバニーガールの格好をしたら似合いそうな……って、何を考えている。オレは。

「ふふふ。ちょっとだけお話しが長過ぎちゃったわね」

「そうですね」

 朝比奈シスターズは微笑み合っておられる。このシーンを絵画にしたら『謎の微笑』という題で何処かの美術館に飾ってもいいぐらいだ。

 謎という部分に関してはだ。まあ、何となく詳細を確認しない方が良さそうだが。

 2人の歩の進みがゆっくりなのは疲れている所為だろうし、オレ達もゆっくり進むことにするさ。オレもそんなに眠ってはいないから疲れも溜まっているからな。

(んとね、推定される朝比奈さん達の睡眠時間は2時間程度。声から察するに声帯の疲労はそんなでもないから……お喋りしていたんじゃなくて、ずっと刺激し合っていたのかもね)

 朝倉か?

(そ。さっきすれ違いざまに分析したの。どう? 役に立った?)

 そういう情報は求めていない。実際、何をしていたのかなんて妖怪ツインズに聞けば済むことだ。

『確かに。宿主様が尋ねられれば即座にお伝えするつもりでした。ですが、朝倉様の報告のとおりです』

『但し、半覚醒というか半睡眠状態ですので睡眠時間としては3時間ほどになります』

 あー。そういうコトでというかレベルでというかとにかく張り合わないように。

 とはいえだ。朝比奈さんと御厨さん(朝比奈さん(大))は随分と仲良くなったんだな。御厨さんはオレと同じ『2年前の世界』の未来人で、目の前の朝比奈さんはこの『2年後の世界』の未来人らしいのだがパラドックスは良いのだろうか?

 まあ、当人同士が納得しているのであれば部外者がとやかく言うべきコトではないだろうし、コッチとしては別の問題に対して悩んでいるので、あまり別なことに頭を回したくはない。ということで、気にしないことにする。

 さて。当面の問題を整理しておこう。

 

 問題1 先週の木曜日に何がハルヒに起こったのか。

 木曜日に起こった何かで2つの世界が重なり始めたらしいのだが……

 コレに関してはこの世界では『2年前の先週の木曜日』になるので困難というか不可能に近い。取り敢えず保留する。

 

 問題2 『2年前の世界』と『2年後の世界』が重なりつつあるのを止めねばならない。

 止める方法が皆目わからん。問題1、つまりは原因が解れば対応策も考えられるのだが、原因がワカラン以上は何ともしようがない。これも保留する。

 

 問題3 重なり合う2つの世界を留めているピンと抜く方法を見つけねばならない。

 ピンとなっているのはハルヒの周辺人物。つまりはSOS団メンバーであるらしい。今は重なり合うのを止める役目を果たしているらしいからいいが、2つの世界を引きはがす時にはピンを抜かなければならない。

 とはいえ、何故ピンとなっているのかも解らんのでは対処のしようもない。保留しよう。

 ああ、朝比奈さんシスターズというか朝比奈さん(大)というか御厨雛さんだけは解っている。それについては対処を依頼済みだ。

 

 問題4 何故、この『2年後の世界』では古泉は五妃という女性になったのか。

 どうでも良い。この世界ではコイズミイツキは古泉五妃であり、『2年前の世界』では古泉一樹であるからである。そのように結論づけておく。

 

 問題5 何故、2年ほどタイムスリップしたか。

 知らん。元の世界と重なり合ったこの世界が『2年後の世界』だったから。つまりたまたま隣にあった平行世界が『2年後の世界』だったと結論する。それ以上は考えない。というよりも考えたくない。追求しても意味が無さそうだからな。

 

 問題6 何故に北高が北高専になったか。

 それはハルヒが望んだからだ。他に考えが浮かばん。それに今となってはどうでも良い。追求は不許可とする。(誰にだ?)

 

 問題7 でき得る限り速やかに周辺に溶け込む。

 溶け込むという以前に溶け込みすぎている。今、オレの前後左右にいる朝比奈シスターズ、古泉五妃、佐々木、妖怪ツインズの6人に鶴屋さん、長門有希、朝倉涼子、さらには涼宮ハルヒとも関係を結んでいるというか結んでしまったというか、とにかく関係している。これ以上の溶け込みは必要ない。

 ちなみに他に誰がいるのかと考えれば、同級生の阪中と宇宙人関係者らしき黄緑江美里さんと古泉の関係者である森園生さんと……って、何故に女性関係者だけを思い浮かべるんだ。オレは。

 とにかくオレの体力が持たん。因ってこの問題は解決済みとする。

 

 以上か? 問題は?

『そんなトコロだろうね。僕としても同意見だ』

 えーと。佐々木よ。いつから感覚同期だけではなくオレの思考回路に潜り込めるようになったんだ?

『そうですね。そんなトコロでしょう』

 ん? 誰だ?

『今のは古泉様です。私達の力を使って心で会話されました』

『流石は妖使い。通常の傍女ならば私達が許可しない限り会話は不可能なのですから』

 なるほどね。つまり、テレパシーグループ(長門有希、朝倉涼子)と感覚同期(佐々木)と妖怪グループ(ツインズ、古泉)とがオレの頭の中で交錯しているんだな。

 あー。朝比奈シスターズと鶴屋さんが会話無効という別グループか。

『あと涼宮さんが別グループの中に入るね』

 佐々木よ。細かく指摘しなくても良い。アイツには何一つ知られることなく事態を解決しなければならない。ソレだけはいつもデフォで存在する条件だからな。

『ふふふ。だからそれには僕が一肌脱ごう』

 どういう風にだ?

『僕が涼宮さんとの会話の中で探らせて貰うよ。「先週の木曜日」に何が起きたのかを。推定するに涼宮さんの頭の中にはまだ名残があるはずだからね』

 そうか? まあ、そういうコトならば頼む。ツインズに因れば涼宮に対抗できるのはオマエしかいないらしいからな。

『問題1と問題2は連携しますから、佐々木さんに一先ずお任せするとして……当面、対処すべきなのは問題3ですね』

『朝比奈さん……じゃない御厨さんの「ピンの抜き方」は解っているのだろう? ならば僕達のピンというのも同じようなモノじゃないだろうか?』

『ボク自身のピンは想像できます。そして対処方法も』

(あら? あたしのピンなんてあるのかしら?)

(朝倉涼子のピンは想像するに解決済み。佐々木さんのも推定は可能。鶴屋さんに関しても推定できる。問題は涼宮ハルヒのピンの所在)

『確かに。長門さんの言うとおりです。涼宮さんのピンはボク達には想像すらできません』

『しかし、推定するにソレは「先週の木曜日」に関係するのではないのかな? ならばソレを突き止めることで対処できうるだろう』

 あー。すまんが、オレの頭の中をミーティングルームにしないでくれ。

『(ソレは無理)』

 全員に一言で却下された。まあ、いいさ、オレの思考回路は停止気味だ。皆で論議してくれ。オレは聞き役に徹する。

 

 

 脳内のミーティングを聞き流しながら、学校に辿り着いた時には始業時間ギリギリであった。

 ま、朝比奈シスターズの歩に合わせたからな。

 長門には「体力は持ちそうだから、部室で待たなくていいぞ」とテレパシーで連絡し、教室へと向かう。

 自分の机に腰を落とすと……後ろの席からジトッとした睨み視線が届いた。

 言うまでもなく視線の主は涼宮ハルヒである。何故に不機嫌なのかは追求すまい。追求しても疲れるだけだからな。これ以上疲れることは全力で遠慮する。

「アンタ、また疲れるようなことをしたの?」

 いいや。何でそんなコトを聞く?

「疲れているように見えるからよ。なんかあったの?」

 何もないさ。たぶん、昨日の余波だろう。

「そう? 話は変わるけどなんで佐々木さんと一緒に登校したの? というか佐々木さんはなんで来たの?」

 げ。見ていたのか。と驚いても仕方がない。

 えーと。アレだ。大学の講義が休講とかなったらしいんで、SOS団の部室で過ごしてみたいらしい。

「それで? アンタの疲れと関係してるの?」

 朝の脳内ミーティングはオレに疲労を残しているからな。ってこんなコトはハルヒには言えない。

 別に。ソレだけさ。疲れとは関係ない。まあ、佐々木は少しだけ変わっているからな。多少は話疲れが加わっているかも知れんが。

「そう? まあ、佐々木さんについてはアタシの方で対応するわ。アタシも話してみたいし。お昼とかも一緒したいしね。ソレはソレとしてアンタ。疲れが残っているんだったら無理しないでよね。団員が講義中に倒れたなんてコトになったらSOS団の栄誉に傷がつくわ」

 その栄誉とやらは昨日のオレがミイラ化していたというコトだけで消え果てているような気がするね。いや、それ以前に存在すらしていない方に小遣い半月分をかけておきたいところだ。

「あのね。団員であるアンタがそんなコトを言わないように。いい? SOS団は全ての在校生と後輩達の記憶に長く留まらなければならいんだからね」

 その点については既になっていると断言しよう。

「へえ? 随分と物わかりが良くなってるじゃない。昨日の特製料理が効いたのかもね」

 そうか? ま、確かに体力回復という点では効果覿面だった。感謝する。

「別に。アンタのために腕を振るったんじゃないから。ワタシはSOS団の栄誉のために腕を振るっただけなんだから」

 何故かハルヒの頬が少し赤くなっている。風邪か?

「ばかっ! やっばりアンタは疲れが残っているようね。次の講義は代返しといてあげるから部室で休んでなさいっ!」

 

 

 疲れが残っているのは確かなので、ハルヒの申し出を有り難く受け、オレは岡部教諭によるミーティングの後、そそくさと部室へと向かった。

 佐々木とかと打合せもしたかったからな。

 部室で待っていたのは、御厨雛さんと長門、そして佐々木とツインズだった。

 御厨雛さんとツインズと佐々木は講義があるはずがないのでいるのは構わないのだが、長門はどうした?

「私の講義は休講となっていた」

 そうか。ソレならばいいのだが。

 御厨雛さんが「ふふふ。ここでお茶を入れるなんて久しぶりですね」と玉露味の煎茶を振る舞ってくださった。

「おいしい?」

 当然です。アナタや朝比奈さんが淹れてくれたお茶が不味かろうハズがありません。

「そうかい。それはなによりだ。僕には普通の味しかしない。きっと君には別の味覚を感じる味蕾が舌の上に備わっているのだろうね」

 佐々木よ。生物学に則った細かすぎるツッコミをしなくてもいい。

 ふと、長門が微風のように席を立ち、オレの横に移動すると「コレ」とセロハンに包まれた白い結晶を湯飲みの横に音もなく置くと、また微風が吹いたように自分の席へと戻り分厚い本を広げた。オレの視線がどうかしていない限りその本の背表紙の文字は『薬疫学』と読めるのだが地球上の小説は全て読み尽くしたのか?

「知識も必要」

 長門に地球上の知識が必要だとは蚊の足先ほどにも思わないが、別に本人が読みたいと思っているならいいさ。

 おもむろに長門が置いた白い結晶を口へと運び、嚥下する。

 くうぅぅ。一瞬で全細胞に行き渡るこの感じは何物にも例えがたい。

 そうだ。長門、その結晶を御厨さんにもあげてはどうだろう。疲れているようだしさ。「これはアナタの細胞用に特化してある。あさ……御厨雛にはただの砂糖と同じ効果しか及ぼさない」

 そうか? どういう仕組みかは解らないが、オマエが言うならばそういうモノなんだろうな。

「うん。私はいいですから。キョンくんが元気でさえあれば……この世界もなんとかできると思うし」

 健気さは(小)から(大)となった今でも変わりませんね。

 と、御厨さんと微笑み合っていると……長門がすっと立ち上がり幽霊のように移動してパイプ椅子に座って朝比奈算用の湯飲みに入れたお茶を飲んでいた御厨さんの横に立ち、じいっとその瞳を見つめている。 どした?

「体力低下を確認した」

 そりゃ……疲れているせいだろう?

「違う。昨日の夜半から夜明け1時間前まで朝比奈みくると異時間同位体である御厨雛とが刺激しあっていたコトによる睡眠不足が原因の疲れではない」

 長門の説明に御厨さんは顔を真っ赤にしておられる。

 え? 御厨さん。アナタ夜明け近くまで朝比奈さんと刺激し合っていたんですか? って、そんなコトは朝に朝倉とかツインズから聞いた話だ。どうでもいい。何の疲れだ?

「御厨雛はこの2つの世界が重なった後で、時間移動し重なった存在。御厨雛が感じている疲労はそのコトに原因されると推定される」

 つまり?

「衰弱は進行し回復することはない」

 えーと。このままこの世界にいると……どうなる?

「衰弱死する」

 なんだとっ!? なんとかならないのかっ?

「調整する。目を閉じて」

 御厨さんは長門の説明に怯えていたが、長門に言われるままに目を閉じた。

 そして長門は徐ろに……

 キスをした。

 ビックリして御厨さんは大きく瞳を開けたが、やがて目を閉じてくたっと椅子にもたれた。

 対する長門はキスを止めると手で口を拭い、瞑想するかのように目を閉じている。

 な、何をした?

「御厨雛の細胞を採取、分析した」

 そ、そうなのか?

「分析完了。あの結晶を調薬する」

 長門はスカートのポケットから白い結晶を取り出すと両手で挟み拝むように指を絡ませた。

「調薬完了。投与してもいい?」

 ああ。元気になるんだったら何でもしてくれ。

「では……」

 長門は白い結晶を自分の口に放り込むと、再び御厨さんとキスをした。

 長く……見ているコッチの呼吸が止まりそうなほどに長いキス。

 ソレが投薬だったと知ったのは、御厨さんの顔色が朱を差したかのように明るくなってからだった。

 長門はキスを止めると暫しの間、御厨さんを観察するように見ていたが、風が吹くかのように自分の椅子に戻ると何事もなかったかのように座り、読書に戻った。

 大丈夫なのか?

「推定するに48時時間は大丈夫。もしそれ以上この世界に留まるのであれば、再度、投薬を……」

 言いかけて、視線を本から虚空へと移す。

 どうした?

「連絡が来た」

 

 

 それから……

 オレと長門は次の講義に出て、御厨さんのことは佐々木とツインズに任せた。関係者にはツインズからの傍女通信網で連絡した。ハルヒにだけは知られるコト無く進めなければならないからな。

 昼前に次の講義が早く終ったので部室に行くと……ハルヒ以外の全員が揃っていた。

「んー。御厨さんとこんなに早くお別れとはね。驚いたよ」と鶴屋さん。

「月日は百代の過客にして行かう年もまた旅人。僕達も時空の旅人ならばいずれまた会うこともあるはずだよ。御厨さん。その時を楽しみにしている」

 佐々木よ。良いコトを言っているようだが堅苦しいし、よく解らん。

「確かに佐々木さんの言うとおりです。御厨さんが戻られてこの重なり合う2つの世界が元に戻った後、再びお遭いするべき事態もあるでしょう。何せ我々は涼宮さんの手の中の戯れの駒の1つに過ぎないのですから」

 古泉よ。微妙な単語というか漢字表現で嫌味を含ませるなよ。

 長門と朝倉は黙ったまま。まあ、この2人にとっては別に言うべきコトはないのかも知れん。

「でも……もう少しお話ししたかったですぅ」

 朝比奈さん。それはそうなのですが、オレとしましてもですね……

 言葉の先を逡巡していたら御厨さんがそっと朝比奈さんを抱きしめた。

「だいじょうぶ。みくるちゃん。アナタのことはずっと見ているから。いつも心配していたの。でも、大丈夫。アナタはアナタの役目をきちんと果たしている。私が保証する。だからコレまでと同じようにアナタはアナタの役目をきちんと果たしてね」

 御厨さんの言葉は誰のどんな言葉よりも朝比奈さんに届くだろう。

 何せ本人なんだから。

 と、脳内で余分なツッコミをしていた時っ!

 部室のドアが破壊されたかのような音を立てて開いた。

 誰かと問う必要もない。ハルヒが登場したのである。

「やあやあ。ごめんなさい。佐々木さん、待たせちゃったわね。ん? みんな何でそんなしんみりとした顔をしているの?」

 やば。気づきやがったぞ。コイツ。

「別に大したコトではないさ。涼宮さん。僕達は御厨さんの努力話に聞き入っていただけだよ」

「そうさ。やっと母校の非常勤講師になって自分がいた文芸部の顧問になれるって話にみんなで感動していただけっさ。そうだ。ハルにゃんはいつもお昼は食堂だよね。あたしもそうだし佐々木さんもお弁当は持ってきてないっていうからさ。さっさと行こうっ! 混む前に席を確保しないと。キョンくん抜きの話もしたいからねっ!」

 鶴屋さんが佐々木とハルヒの手を取って外へと連れだし、そしてハルヒと佐々木の背中を押してドアを閉める間際にウィンクした。

 ありがとうございます。鶴屋さん。ハルヒを動かせるのはアナタだけですよ。

 残ったのはオレと五妃と長門と朝倉、そして朝比奈さん。

 ん? ツインズは?

『私達は宿主様の腕の中です』

『涼宮ハルヒに私達の説明を求められた場合、不必要に勘ぐられると思いましたので』

 確かに。不必要なコトはできるだけ避けるべきだろうな。今は。

「そろそろ時間」

 ツインズとの会話は長門の一言で終了した。

 

 御厨さんはもう一度、朝比奈さんをそっと抱きしめて何事か囁いていた。

 何を囁いていたかなんてコトは確認する必要はないだろう。

 そして朝比奈さんは御厨さんをぎゅっと抱きしめていたが、御厨さんの囁きに小鳥のように頷き、一度は腕を離したが、もう一度ぎぎゅっと抱きしめていた。

 御厨さんは微笑んで朝比奈さんの頭を撫でて、「ごめんなさい。そろそろ時間よ」と囁いておられた。

 仕方なしに朝比奈さんは腕を離し、涙目で微笑んだ。

 無理矢理な笑顔が返って御厨さんの心を悲しませているような気もする。

「では、皆さん。短い間でしたがありがとうございました。じゃ、みくるちゃん。元気で。キョンくん。みくるちゃんを宜しくね」

 ええ。何とかしますよ。何せ本人に頼まれたのですから。って、そんなコトは声には出せないが。

 ふと、腕が軽くなったような気がして自分の両脇を見ると……ツインズが立っていた。

 ん? 出てきて大丈夫か?

「ええ。御厨様にお渡しするモノがあったことを思い出しまして」

「御厨様。コレをお受け取り下さい」

 ツインズがそれぞれ持っていたのは、狐の尻尾の襟巻き? いや、コイツら自身の尻尾だっ!

 切り離し可能だったのか? それは。

「え? そんなモノを受け取る訳には……」

「いいえ。御厨様は宿主様の『傍女』として身を捧げられましたことは私達が知っています」

「ならば、コレを受け取る権利があります。いえ、受け取る義務があります。そうでなければ私達が私達として存在する理由がありませぬ」

 よく解らんがツインズ達は大真面目のようだ。

 御厨さん。受け取ってやって下さい。

「そうですね。キョンくんがそういうのでしたら……」

 御厨さんは真摯な面持ちでツインズから尻尾を受け取り、ぎゆっと抱きしめ……

「え?」

 何故か、2つの尻尾は御厨さんの胸の中へと溶けて消えていった。

 な、なんだソレは? ってか、何がどうしたんだ?

「ふふふ。後で解ります」

「御厨様。では健やかなる旅であることを祈っております」

 意味深な笑いの後、ツインズ達が深々と頭を下げた。

 御厨さんはきょろきょろと見渡したがツインズが頭を下げたのを合図にして全員が手を振り、あるいは黙礼したのを見て、軽やかなる吐息を1つ。そしてオレの顔を暫し見てから「では、皆さん。お元気で」と頭を下げて、部室の隣のキッチンルームへと姿を消した。

 

 暫くして……長門がぽつりと言った。

「……御厨雛さんはこの時間から跳躍した」

 その言葉を聞いた朝比奈さんが涙をぽろりと零して、ツインズに抱き着いた。

 その数秒後。

「来た」と長門が告げる。

 情報統合思念体はどうやら律儀にオレの願いを実現させてくれたようだ。

 と、安心した直後っ! アコーディオンカーテンから出てきたのは……

「あのねっ! アナタ達のTPDDってのは不安定なんだから同時に使っちゃダメでしょっ!」

 御厨雛さんとそっくりなる人物がそっくりなる声を荒げてビックリ眼で声を出せないでいる御厨雛さんの手を引っ張って出てきた。

 おい。これはどうなっているんだ?

「ん? 君がキョンくんか。君のアイデアは斬新だ。斬新すぎて呆れてしまったが、情報統合思念体としても驚いている。まさか、たかが有機生命体の知的生物がこのようなアイディアを出せるなんてね」

 微妙に失礼なことを言われたような気がするが、そんなコトはどうでも良い。

 アナタ、なんで朝比奈……いや、御厨雛さんを連れ戻してきたんですかっ!

「言っただろう? TPDDってのは不完全な時間移動方法だ。同時に2つの移動を実現しようとすると極めて不安定になる。確か、最初の手筈では彼女が時間移動を果たしてからこちらが移動する予定だった。しかしだ、既に理解していると思うが、現在、この重なり合う2つの世界の影響で時間移動自体が不安定になっている。そして予定のタイミングでこちらからの時間移動がなかった。仕方なしに移動し始めたら、彼女が跳躍してきた。最大限の危険回避の次善策として跳躍中の彼女を捕捉してこの時間に跳躍した。という訳だ」

 どういう訳だ? さっぱり解らん。

「ん? それはそうと……」

 御厨雛さんにそっくりなる微妙に失礼な美女は御厨雛さんを繁々と見た。

「生体情報に錯誤がある。何かこの数分で変わったことは?」

 この数分で? えーと。何もしては……ん? そういえばツインズの尻尾が御厨さんの身体の中に……

「そうか。ならば万全を期さねばならん」

 と、そっくり美女は御厨さんを抱きしめるとキスをした。

 御厨さんはビックリ眼のまま視線を美女からオレに投げ、そして長門へと移動した辺りで……くたっと気絶された。慌てて支えたのは朝比奈さんとツインズ達。

 何をしたっ!

「キス」

 ソレだけじゃないだろうっ!

「そうだな。したことは生体情報の確認。そしてこの身に再現した」

 オレはツインズ達を見ると何故か怒りの視線を美女に向けている。

「情報とやらを再現されても私達は認めません」

「貴女には『傍女』としての資格が欠落されてます」

 そっくり美女は「そんなコトは気にしない」とばかりにツインズ達を見下ろしている。

「ふ。そんなコトはどうでも良い。先代さん。アナタは462秒後に跳躍しろ。でないと次の跳躍タイミングは1年後になる。それでも良いというならば構わないが」

 そっくり美女が空で指を鳴らすと眼鏡が現れた。

「コレは君達が私と彼女との違いを認識するためのギミックだ。この眼鏡をかけている方が2代目の御厨雛。そしてかけていない方が先代の御厨雛というワケだ」

 眼鏡なんぞ無くても性格がこれほど違えば誰も見間違えることはないだろう。

 

 もうお解りだろうか。

 オレが御厨雛さんを未来に帰し、そしてその後に『ピン』役として情報統合思念体に依頼したのがこの目の前にいる『御厨雛SE(セカンドエディション)』である。

 御厨雛SEは先ず2つの世界のそれぞれの未来に出現。そして御厨雛さんが未来へ帰ると同時にこの世界へ時間移動し、御厨さんの役目を果たす。

 そして運良く、というか首尾良く2つの世界が分離した時は未来へ帰ることもなく存在を消失。つまりは元の情報統合思念体の元へと帰って貰う。というのがオレの考えた案なのだが……

 その2人が同時に存在してて良いのか?

「構わんさ。少年。私は君が命じた役割を果たしている。彼女が未来に帰れば私はその存在を一瞬消去し、彼女の『ピンの後』に存在し直す。ああ、そうか、ならば別にタイミングを合わせる必要はそれほどはなかったな」

 顎に細い指を当てて数度頷く。

 だったら、朝比奈……じゃない、御厨さん(初代)を気絶させることもなかったじゃないか。

「ソレを必要とさせたのは君の僕である彼女達、つまりツインズだ。私に責を帰着させるのは間違いだ。この分析で間違いはあるまい? 長門有希、朝倉涼子。君達の分析でもそうなるだろう?」

 御厨雛SEに呼び掛けられた長門を見ると……驚いたことに目を大きく見開いて御厨雛SEを見ている。朝倉に至ってはビックリ顔のまま表情を固定している。ついでに言えば朝比奈さんは事態を全く飲み込めていないようで御厨さん(初代)と御厨雛SEをビックリ眼のままためつすがめつ見つめておられた。

 どうした? 長門。朝倉。コイツがそんなに珍しいのか? オマエ達の仲間だろう?

「……その人は、いや、ソコにいるのは情報統合思念体の一部」

 なにっ!?

 

 長門と御厨雛SEの説明によると……

 今回の『仕事』はややこしいので、長門や朝倉のような有機生命体端末では失敗する可能性がある。それを最大限回避するために情報統合思念体の一部が直接、有機生命体として出向いてきたのだという。

 つまり? アンタは情報統合思念体そのモノなのか?

「そうだとさっきから言っているではないか」

 本当に腹立たしくなる。ん? 待てよ。情報統合思念体にも各派閥があったな。アンタはそれの何処に属するんだ?

「情報統合思念体としては1つだが……まあ、いい。有機生命体でしかない君達にも脳内人格は複数あるのだからな。長門有希が先に君に説明した派閥としての分類に従えば……」

 まさか急進派じゃないだろうな?

「ははは。急進派は既に解体され、各派に分割統合処理された。私はその急進派の一部を受け取った思索派。敢えて別名をつけるのであれば鑑査派ということになるだろうな」

 なんだ。その鑑査派ってのは?

「観察し、評価する。それだけだ。私は有機生命体如きに真理が理解できるとは思っていないのでね」

 ああ。そうかい。だったら来てくれなくても良かったんだがな。

「しかしだ。今回、この事態は実にユニークだ。2つの重なり合う世界というのは他に類がない。そして君の発想もユニークだった。他の派閥経由の情報では重要な情報を見逃す可能性もあったのでね。こうして直接出向いた次第だ」

 ふう。何となくソッチの事情は判った。しかし……何としようか?

「何を懸念している?」

 解らんのか? ハルヒだよ。ハルヒはオマエと御厨雛(初代)さんとの違いなんぞ一発で見抜くだろうさ。

「そうか? 遺伝子レベルで同一であり、知識としても同一、さらに通常の有機生命体では認識不可能な情報まで同一化した。差異が見抜けるとは思えないが」

 あー。悪いが暫く黙っていてくれ。長門、朝倉、オレの懸念が理解できているんだったらこの未来宇宙人に説明してやってくれ。

 恐る恐るという感じで長門と朝倉は頷いた。

 

 そして、気絶から醒めた御厨雛(初代)さんと朝比奈さんはもう一度、別れを惜しみ、御厨さんは皆との挨拶をもう一度行ってから、未来へと帰られた。

 朝比奈さんとの抱擁はやはり見ているオレ達にも惜別の情を掻き立てるのには充分であったのだが、約1名だけには理解不能だったようだ。

 その約1名であるところの御厨雛SEにも「宜しくお願いします」と深々と頭を下げておられたが……コイツにその礼の価値というか意味なぞはワカランだろう。

 もっともらしく「任せなさい。有機生命体の代役なぞ私には退屈な役目でしかないが完全に演じて見せよう」とか言っていやがったが。

 ええい。オレからハルヒにばらしてやろうかっ! なんて気になったのは忘れることにする。

 

 さて、どうしようか。

 と悩むオレの後ろでドアが爆発するように開いた。

「なんてコトよねっ! 今日に限ってあんなに食堂が混むなんて。ついでに購買もめちゃ混みよっ! どっちにしてもゆっくり話をするような状況じゃないから戻ってきたわっ!」

 既に食堂と購買の混み具合に対して気分を荒げているハルヒと何とか宥めようとしている鶴屋さんと佐々木の姿がソコにあった。

 だが……食堂と購買が混んでいたの原因を見つけたのかのような鋭い視線をオレに、いや、オレの背後に突き刺してハルヒは全員を凍りつかせる言葉を吐いた。

「キョンっ! アンタの後ろにいるのは誰っ? 御厨さんに似ているけど別人よねっ?」

 げ、一発で見抜きやがった。

 

 まったくっ! どうしてオマエはそういうコトだけは目聡いんだっ?

 

 

 

『混乱の水曜日 午後編』へ続く

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