跳ばされた先は……佐々木の部屋だった。
いや、正確には佐々木のベッドの中。更に詳細にいえば佐々木の枕がオレの頭の下にあり、佐々木は頬杖をつくような感じでオレの顔を見下ろしていた。
何かオレの顔についているか?
「いや。別に何もついてはいないよ。ん? そうだ。憑いているのは君の腕にではないのかな?」
え? 何故それを?
「忘れたのかい? 僕は君の感覚をトレースできる。そしてだ……」
佐々木は小悪魔のような笑みで小首を傾げた。
「御厨雛さんとの『凄まじい衝撃』は僕の身体にも届いている。まるで核爆発のような衝撃はね」
あー。アレか? あの妖怪ツインズが朝比奈さん(大)の身体の隅々まで調べて、その感覚の全てをオレに伝えた……って、おいっ! あの感覚が伝わっているというのかっ!
「ああ。御陰で君との逢瀬が実にママゴトレベルだったと思い知ったよ。そして僕と同じ感覚は……」
片手をひらりと空に舞いらせた。
「長門さんと朝倉さんにも伝わっていると思う。いや、推量で言っているのではない。ちょうどその時、僕は部室にいてね、長門さんと朝倉さんとも一緒にいたんだ。もちろん、その時は他の方々も居たんだがね。あの『衝撃波』に襲われたのは3人だけだ」
それは……すまなかった。
「別に謝ることではない。しかし凄まじい衝撃だった。他の方々に僕ら3人は心配されるほどだったとだけ告げておこう」
佐々木の笑顔が怖い。何となく、何も根拠もないのだが、怖いと思ってしまう。
「それで相談というかお願いがあるのだが」
なんだ?
「僕にもあの衝撃を味わらせては頂けないかな? 君の腕の中のお二方の力でね」
えーとだ。確認する。
オレは腕の中の2人に心で確認した。
佐々木はああ言っているが、できるのか? 天女の資質を持っているとオマエ達の能力は弾かれるんじゃなかったっけ?
『できなくはない』
『佐々木様は確かに「天女の資質」を持った方。だが、本人が望まれるのであれば私達の能力は弾かれることはない』
『むしろ心配なのは……』
『私達が佐々木様に取り込まれてしまわないように注意すること』
取り込まれる?
「そんなコトはしない。僕としては君達は君達のままで居て欲しいと願っている」
あれ? 佐々木、オマエ、オレ達の会話が……聞こえて当然か。
「そうだ。今や、僕は君の感覚全てを自分のものとしている。君は意識していないだろうがね」
そうかい。つまりはコイツらのことも全て知っているんだな?
「ああ。君の腕の中にいるお二方は古泉君の一族が血眼になって探していた『座敷童女』。つまりは全人類の『幸運の証』であり、古には『九尾の狐』などと呼ばれた存在。そして僕は彼女たちの価値判断では『静寂の天女』という……この呼称は僕としてはくすぐったいだけだがね。彼女たちの価値観は尊重したいと思うし、『静寂』という称号は僕自身としても気に入っている。そして僕には彼女たちを取り込んでしまう能力もあるらしいが……」
佐々木は眼を細めてオレを見る。桜のような笑みで。
「……僕としては彼女たちは君に宿っていて欲しい。僕が取り込むようなことはしたくはない。どうすればよいのかは解らないがね。念のために教えて戴きたいところだ」
『解りました』
『お教え致します』
オレの傍、佐々木がいる方とは逆の位置に妖怪ツインズは出現した。今となっては見慣れた九尾の狐少女、白っぽい半透明の襦袢姿で。
それでもオレを挟んだ位置に出てきたのは……佐々木の能力が怖い所為なのだろうと勝手に思った。
「佐々木様。申し訳ありませんが宣言して下さいませ」
「佐々木様の全てを宿主様に捧げると」
佐々木はちょっとだけビックリしたように目を少しだけ大きく開けてから、眼を細めくくくと小鳥の囀りのように笑った。
「その言葉ならば昨夜のうちにキョンには告げているのだが」
今度は妖怪ツインズが驚いたように目を開いた。ついでに尻尾が大きく膨らんだ。
「そうなのですか? 宿主様」
ああ。昨夜、佐々木には……えーと、全ての能力をオレやSOS団に捧げ、そのためだけに使うとか言われている。
「だが、やはり直接聞きたいのではないかな?」
佐々木の確認にツインズは大きく頷いた。
「では、改めて……」
佐々木は起き上がり正座した。オレも起き上がった方が良いかなと思い、起きかけたのだが、佐々木の手とツインズの手によって抑えられ、そのまま横たわっていた。
起きなくて良いか?
「そのままの方が良いのではないだろうか? 違うかな?」
黙って頷くツインズ達。
そして佐々木はオレの手を取り……自分の胸へと当てた。心臓の位置に。
そしてオレを見た。春の日射しのような眼差しで。
「僕の全てをキョンに捧げる。能力、存在、命すらも。全てを捧げよう。そして……」
佐々木はツインズを見て言葉を続けた。
「キョンに宿る君達にもこの身の全てを捧げよう」
ツインズはビックリして……暫く固まっていたが、やがてざさっとベッドを下り、床に正座して深々と頭を下げた。
「もったいなきお言葉」
「私達こそ佐々木様にお仕えさせて戴きます」
なんか……時代劇のようだなと何気に思った。
大奥での正室と側室の芝居みたいだ。
「いえ。大奥に例えられますれば私達は女中」
「佐々木様は正室でございましょう」
佐々木はくくくと小鳥のように笑った。
「申し訳ないが僕は正室にはなれそうにはない。生来、独占力が希薄だからね」
そして起き上がったオレを見た。
「正室候補は……キョンには2人はいそうだからね」
何のことだかさっぱりだ。
「くくく。そういうコトにしておくよ。で、確認したいのだが、今ので充分なのかな?」
「はい。充分でございます」
「私達には言霊こそが全ての法なればこそ」
ツインズは畏まったままだったが、佐々木は嬉しそうだった。
「そうか。言霊か。古式ゆかしい法だ」
そしてオレを見た。
「これで手筈は整ったようだ。では、お願いできるかな?」
なんだ? って、あー。アレをか……
「では……佐々木様のお力をお借りします」
「どうぞ」
佐々木の言葉と共にツインズの姿が変わった。
尻尾の本数が多くなり、長く、そして太くなっていた。さらにはツインズ達の胸やら腰のボリュームが5割増しになり、腰のくびれは更に引き締まったような……
「凄い。私達の力が数十倍にも感じられます」
オレには解らん力がどれだけ増えようが強化されようが、測りかねる。測ることができない以上、そんなコトはどうでもいい。
「僕の全てをキョンと君達に捧げたのだから好きに使ってくれたまえ」
「はい。望まれるとおりに」
「望まれることを」
ツインズ達が立ち上がると……佐々木のベッドは昨夜のように天蓋付のベッドへと一瞬で様変わりしていた。
佐々木の身体は半透明の白い帯で天蓋から吊されている。吊されているといっても上半身だけ。膝はオレの腰を挟むようにして佐々木自身の腰を浮かせている。
そして佐々木は……ツインズ達に挟まれて身悶えしている。
ツインズの指がオレのに変わってるのは朝比奈さん(大)の時と同じだが、違うのはさらに尻尾でも佐々木の身体を撫でているコトだろう。
いきり立つオレのをツインズ達の手のひらが包み、指佐々木の全てを開き中へと……
佐々木の全ての感触がツインズの手のひらを通して伝わり、オレの感触がツインズ達の指を通じて佐々木の全ての中へと伝わっている。
「キョン……凄い。んあ。君の……君ので僕の全てが……彩られていく。君の全てに……僕の全てが……重なり合って……君に彩られていく……んんあっ……んく」
佐々木の口がツインズの指、オレの形に変わった指で塞がれる。
腕も、胸も、首も、肩も、腰も全てがオレの形になったツインズの指でなぞられ、撫でられて……佐々木の全身が小刻みに震え出す。そして震えが大きくなり……痙攣へと変わった。
そして……全てが果てた。
佐々木はまだ天蓋から伸びる半透明の布に吊されて……ちょうどオレの胸に佐々木の大きすぎない胸が触れあうようになっている。ツインズ達は尻尾でオレと佐々木を撫でていた。
佐々木の呼吸で乳首が重なったり離れたり……
オレは佐々木の腰を撫でながら……聞いた。
これで良いのか?
「んふ。そんなコトを聞くモノではない。だが素晴らしかった。とは言明する」
そうか。安心した。
「安心したのは僕の方さ。これで僕はキミの前では無力だと実感できた。昨夜もそうだが……昨夜よりも今夜は心の底から実感できた。感謝したい。キョン。君と……」
佐々木が小首を傾げると天蓋から伸びていた半透明の帯が解かれ、佐々木の腕を自由にした。そして佐々木はオレの腹の上に腰を落とし、両脇のツインズ達を抱き寄せた。
結果としてオレは両脇をツインズ、上を佐々木に囲まれてしまった。美少女達に包まれてまるで天国のようだ。ツインズ達の表情が固まっていなければだが。
「君達に。感謝したい」
抱きしめられてツインズ達は畏まっていたが、佐々木の言葉に眼を細めた。
「私達こそ感謝致します」
「このような力を授かったのは……実に数百年ぶりですから」
なんだかよく判らんが、ツインズ達も不遇だったのだろう。
妖怪なんぞ、映画のネタでしか存在していなかったからな。
「それは良かった。何よりだ。それで確認したいのだがコレで僕はキョンの『傍女』ということで良いのかな?」
ツインズ達は互いに視線を交わして小さく謝罪した。
「失礼ながら『天女様』が傍女となることは……」
「過去にはありませぬ」
佐々木は眼を細めた。
「ではコレが今後の前例として貰いたい。僕はキョンの傍女となった。良いかな?」
「その様なコトは私達には決めかねます」
「佐々木様が傍女となりましたら私達が佐々木様の力を吸い取ることになります」
「構わないさ」
「え?」
「君達はもっと力を持つべきだと思う。君達がもっと力を持ったら……」
佐々木はオレを見る。
なんだ?
「いや、何でもないさ」
そして小鳥が囀るように笑った。そして上半身だけ起き上がる。ツインズ達も正座した。オレだけが佐々木の腰の下で寝そべっている。
「確認したいのだが『傍女』となるには何か儀式が必要なのかい?」
「いえ。特にはありませぬ」
「私達が認めるか否かです」
「では認めて戴きたい。如何だろうか?」
ツインズ達は互いに視線を交わし……それから自分の尻尾を1つ両手で捧げ持った。
「ではせめて……」
「私達の力をお受け取り下さいませ」
佐々木が小首を傾げながらツインズ達の尻尾に手を伸ばすと……光の粉となって尻尾が佐々木の腕の中、いや、腕を通じて佐々木の身体の中へと吸い込まれていった。
「これは……」
「佐々木様が望まれる時、私達の力を能力を使役できます」
「失礼ながら佐々木様は御自身の力を使い倦ねているご様子。私達の力、能力でしたら細かな調整は私達が致します故……」
ツインズ達は佐々木の手を取り、自分自身の胸へと重ねた。
「私達の命を佐々木様に捧げます」
「佐々木様が御自身の全てを宿主様に捧げられました以上、私達は一心同体となります故に」
佐々木はビックリしたように目を見開いていたが、暫くしてからいつもの表情に戻り、小鳥のように笑った。
「くくく。キョン、僕は君と完全に運命を合わせねばならなくなったようだ」
それは……すまない。
「謝ることではない。僕としては感謝している」
佐々木が身体を折り、再び胸と胸を重ねた。
佐々木の大きすぎない胸が心地よい。って! あれ? なんだ?
さっきも心地よかったのだが、数段心地良いぞ? 何故だ?
「それは我らが力」
「佐々木様が望まれた相手は至福なる時を過ごされます」
「例え触れあうのが指先だけでも」
「そして肌が重なる全てにおいて」
ツインズ達の微笑みが……小悪魔のようだ。
「ふふふ。有り難い。肌を重ねるだけで君を心地よくできるのならば悩むことはなくなりそうだ。君の趣味嗜好に合わせることもないというのは実に有り難い」
どういう意味だ? あのな。佐々木、オマエを縛るのはだな、オレの趣味ではなくて……
「くくく。失礼。それは今や僕の嗜好になっている。気にしないでくれ。僕はキミの前では無力なる存在になりたいのさ」
そうかい。
「ん。そうだ。全ては僕の嗜好なのさ」
それから佐々木は黙って肌を重ねていた。数分ほどの時間が至福の時間となり長い時を過ごしたかのように感じられた。
「さて? そろそろタイムリミットかな?」
何の話だ?
「今夜は水先案内人が2人もいる。昨夜のようにはならないだろう」
2人? コイツらか? 水先案内人って?
「お任せ下さい」
「佐々木様の力を得た以上、無様なコトには致しませぬ」
「心強い。キョンを頼む」
おーい。当の本人であるオレ抜きで話を進めるな。
って、あれ? 急に桃色の闇が……
「キョン。君は既に聞いているかと思うが今夜は誰も君のを受け入れることができない。涼宮さんが『条件固定』したからね。座敷童女達を介してしか触れあうことができないんだ。だから……」
だからなんだ? ……もう聞こえない。ふう。まあいいさ。次は誰だ?
跳ばされた先は……
鶴屋さんだった。
仕立ての良いふかふかの布団の中。辺りを見れば、確かに来たことがある光景。確か鶴屋邸の庭先にある庵だ。
「おや? 今夜も来てくれたのかい? 連日連夜の夜這いなんて女冥利に尽きるにょろよん」
天上天下の全てを照らし出すかのような笑みで迎えてくれた。格好としては純和風。肌襦袢だけの姿であった。
あー。不思議といえば不思議なんですが……鶴屋さんは不思議に思わないんですか?
「何をだい?」
オレがこうして『来ること』をなんですが。
「そうはいっても来てくれているし。それに実際に触れるからね。細かいことは悩んだって仕方ないからねっ」
ははは。ダメだ。この人にかかると全てがどうでも良くなってくる。
「ははは。そうかいっ。んじゃ脱いだ脱いだっ!」
鶴屋さんはぱぱっとオレの服を脱がして……不意に怪訝な顔をした。
どうしました?
「んー。何となくだけなんだけどさ。君、何か腕の中に隠してないかい?」
鶴屋さんの手がオレの上でを掴む。直後っ! ばちっと火花が飛んだっ!
いったーっ! 思わず両手で腕を抱えた。
だがそんなオレを無視して鶴屋さんは襖の方を見て一喝した。
「誰だっ! って、なんだ。光陽園学院美少女ツインズじゃないかっ! こんな所に何の用だい?」
慌てて後ろを振り返ると布団から弾き出されたような格好でツインズ達が……九尾の狐少女姿ではなく光陽園学院の制服姿で転がっていた。物凄いビックリ眼で。
あー。えーとですね。この子達は……と説明しかけたオレもビックリして言葉を呑んだ。
「どうしたん?」
あのー。鶴屋さん。お姿が変わってますよ。
「ん? んんっ! なんだい? こりゃ?」
鶴屋さんが……九尾の狐娘になっていた。
何だコレは?
混乱したオレと混乱した妖怪ツインズを前にして鶴屋さんだけが何故か落ち着き払ってツインズ達の説明を聞いている。
九尾の狐娘の姿に戻ったツインズ達の説明によるとだ。
稀に天獄界の力というか幸運を我がモノとすることが出来る人間がいるらしい。
そういう人間を賢者とか天才とか、時代によっては薬師如来の生まれ変わりとか、行者などと呼んでいたのだというのだ。
「ふうん。あたしがね」
まあ、何となくですが納得しますよ。
言わなくてもコッチのことを最大限考慮した行動を取ってくれたりしたお人だ。そうそう、文芸部存亡の危機(おまけでSOS団存亡の危機)の時には万人が面白いと感想を述べるであろう冒険小説を寄稿してくれたりもした。急拵えの文芸部会誌の中でも断トツの出来だったな。
あの小説だけを単行本化したら著作料が……いや、今はそんなコトを考える時ではない。
聖徳太子の生まれ変わりと言われたって納得するさ。少なくともSOS団関係者は。
「でさ。こんな格好ってのは……あ、キョンくんに言われたね。あたしの御先祖さんに玉藻の前かもって」
そんなコト言いましたっけ? ああ、そうだ。この2人を鶴屋さんがツインズと命名した時だな。
「ひょっとしてそうなのかい?」
鶴屋さんに尋ねられて……ツインズ達は目を白黒させて小声で話している。
「そこっ! 尋ねられたらさっさと答えるっ! 少なくとも身内だけで相談しないようにっ!」
ツインズはびくっと姿勢を正して、答えた。
「その様なコトは聞いたことがありませぬ」
「しかし、有り得るとすれば鶴屋様の遠い御先祖様が私達のいずれか、あるいは仲間の1人を宿していた可能性は否定できませぬ」
「ふうん。どっちか1人程度ね。しかも遠い御先祖様辺りってコトか……」
鶴屋さんはモフモフとした幾つもの尻尾を振りつつオレの前に座った。
「だったら、そういう物の怪を2人も宿したキョンくんは大物ってコトだねっ!」
あー。それはどうかと思いますが。コイツらがオレに宿ったのはハルヒの所為らしいんですけど。
「いいんだよっ! そういうコトでさっ!」
と、鶴屋さんはオレに抱きついてきた。
「んふふ。やっぱ、あたしの目にも狂いはなかったねっ!」
はい?
「んふ。ま、そんなコトはどうでもいいっさ。ん。君達も来な。4人でくすぐりっこしよっ!」
え? あの。そんなコトを……あー。そんな。そこは弱いんですっ!
「んはは。弱点みっけ! さあ、おいでっ!」
ツインズ達も「致し方ありません」という感じで参加して……くすぐり合いが始まった。当然ながら単なるドタバタ遊びにはならずにいつの間にやらなんだかんだと興奮し、あれよあれよという間に……オレは果てた。鶴屋さんの手の中で。
鶴屋さんも同時にオレの指先で果てていた。
ついでながらツインズ達も、息も絶え絶えという状態になっている。
3人の九尾の狐娘と枕を並べて天井を見ている。
春といえどもまだ肌寒いこの頃だが、モフモフとした特上の尻尾が30本近くもあったら、汗ばむぐらいに暖かい。
「んふふ。君の弱点は全て覚えたよん。今度は前みたいに君にやられっぱなしにはならないからねっ」
何の話ですか。まったく、適いませんよ。
「ふふ。そうさ。年上の強みってのをさくっと手に入れないとね。君とは長い付合いになりそうだからさっ!」
そうですか、不束者ですが宜しくお願いします。って、何を畏まっている? オレは。……まあ、なんだ、鶴屋さん相手に畏まらない存在ってのは身内か、神か仏か宇宙人程度だろう。
ごく普通の一般人であるオレは畏まらずにはいられないのさ。
「きゃははは。ん。こちらこそ不束者だけど宜しくねっ!」
はいはい。宜しくお願いしますよ。
……ところで、いつまで鶴屋さんは狐っ娘のままなんだ?
妖怪ツインズに尋ねると目を回していたのがやっと納まったようでのそりと起き上がった。
「それは鶴屋様が私達を受け入れて下さればすぐにでも……」
「つまりは鶴屋様が宿主様の『傍女』となることを受け入れて下されば、私達の方で元のお姿に戻しますが……」
「ん。わかった。その『傍女』ってのになるにょろ」
即答である。
ツインズ達はもう一度目を回している。今度は驚いたという意味でだが。
「宜しいのですか?」
「鶴屋様だけで私達の力に匹敵する幸運をお持ちのようですが……」
「いいんだよっ! キョンくんのためだ。ついでに世界のためだ。その『傍女』ってのになった方が話がややこしくならなさそうだしねっ! さっさと認めるにょろよ?」
ツインズ達はまだ戸惑っていたようで2人で小声で話している。
「いいからさっさと認めるにょろっ! 認めないと食べちゃうよっ!」
鶴屋さんの恫喝により、ツインズ達は畏まって認めた。
えーと。ひょっとして今夜は「関係者一周、傍女認定ツアー」なのか?
鶴屋さんを傍女として認定した後、ツインズ達が鶴屋さんの姿を元に戻して、4人で大して意味のない話で談笑していた時、不意にオレが桃色の闇に包まれた。
「おや? もうどっかへ飛んでいったのかい。跳んでいった先の誰かに宜しくにょろよー」
鶴屋さんの声が何故か頼もしく心に響いた。
その次に跳んでいったのは……長門の部屋だった。
あのマシュマロのような布団の中から頭を出すと目前に長門の無表情ながらも驚いたような安心したような、そしてほのかに嬉しそうな顔があった。
手を伸ばすと長門はいつものビスチェ姿だ。何も言わずに長門は抱きついてくる。オレも手を背に回してぽんぽんと叩く。
「今夜も来るとは確信できなかった」
そうか? 何でそう思った?
「涼宮ハルヒが宣言した。部室で『今夜はキョンが疲れるようなことはしないように』と」
えーと。そうか。確か古泉からそんなコトを言っていたと聞いたな。
ま、いいじゃないか。こうして来たんだからさ。
そうだ。長門。実はオレの腕の中にだな……
「知っている。私には必要ない存在」
そうか?
「y=m/(x+n)の数式のxが無限大ならばyは0に近似される。私には必要ない」
ああ。そうか。オマエとは朝倉のテレパシー通信で繋がっていたな。話が早くて助かる。
「なお、私がアナタの『傍女』となることには問題ない。従って……」
オレの腕を掴む。
「……さっさと出てきて認定するように」
バチッと火花が飛び……振り返ると壁際で妖怪ツインズ達が再びビックリ眼で長門を見ている。そしてその姿は光陽園学院の制服姿。
どうやら緊急避難的な時には人に見られてもいいような姿を取るらしいなと意味もなく安心する。
ん? 鶴屋さんの事例を例に取ればだ。長門もひょっとして狐ッ娘姿に?
と、首の位置を元に戻すと、そこにいたのは……ネコ耳をつけた長門が。
長門? いつからコスプレしていた?
「コスプレなどしてはいない」
だが、ネコ耳があるぞ?
指摘すると長門は自分の頭に手をやり、ネコ耳の存在を確認……しなかった。
ネコ耳っぽいのは半透明で手で触ろうにも素通りしている。自分の頭にあるモノを手で触れないんじゃ確認のしようがないな。鏡でも見てみるか?
「アナタが指摘した事態を確認。私の頭部にネコ耳形状の空間位相異常を確認。原因は彼女たちに直接触れたことに起因すると推定される」
どういうことだ?
「彼女たちは人類全ての潜在意識下の集合体の一部が顕在化したモノ」
ん。確かそんなコトを自分自身で言っていた。
「従って、彼女達に直接触れると触れた人間の精神状態、希望する形態、あるいは潜在能力もしくは顕在能力が顕在化される」
ソレがオマエの場合ネコなのか?
「そう」
短い答えと共に頷く。
んー。そうだな。古泉が仕掛けた冬の山荘ミステリーで使用した三毛猫は最終的にオマエに懐いていたし、何故かオマエに代理で告げた中河の恋愛騒動の時にハルヒが思いついた罰ゲームもネコ耳がらみだったな。
……あの罰ゲームはオレ向けだったが。
まあ、とにかくその姿を何とかしないとな。それには彼女達の……
「空間位相変換の状態は把握した。自分で元に戻せる」
瞬きする間に長門のネコ耳は消えた。が、すぐに元に戻る。
ひょこひょこと消えたり出たりを繰り返し……長門は無表情ながらもむっとした感じになっていく。
「……安定化しない。不可思議」
オレは振り返り妖怪ツインズに説明を求めた。
いつの間にやら正座しているツインズ(未だ制服姿)は互いに視線を交わして相談しているようだ。
どうした? オマエ達にも解らないのか?
「いえ。解るのですが……」
「基本的に長門様の能力に原因があります」
どういうことだ?
「長門様の使命は涼宮様と周囲の観察だと認識しています」
「つまり、宿主様も観察対象。そしてさらに私達も観察対象として加えられたご様子」
それで?
「私達の動向を観察するということは私達の世界にアクセスすることと同意となります」
「それで……その姿が顕在化することとなります」
あー。つまり、オマエ達の世界にアクセスするとコスプレすることになるのか?
「何といいますか……ある意味、『夢の中の世界』ですので」
「まあ、過去においても私達の世界に来た方々は異口同音に『魑魅魍魎の世界』と申されておりましたから」
なるほどね。夢の中ならオレだって色んな姿形になっているな。
長門はと見れば未だに自分のネコ耳と格闘(?)していたが、やっと諦めたようでネコ耳姿のまま、正座してツインズと向き合った。
「キリがない。アナタ達に『傍女』として認定されるとコレは制御できるのか?」
「ええ。宿主様の『傍女』となられた方々は私達の力、能力を使用できる。人によっては使用できない場合でも私達が力添え致します」
ああ。そんなコトを朝比奈さん(大)の時にも言っていたな。
「長門様ならば容易に私達の力を使えましょう」
長門だったらそんなのは簡単だろうな。
「では私を『傍女』として認定して欲しい」
「是非もなく」
ツインズ達は畏まって深々と頭を下げた。
直後、長門の頭からネコ耳が光の霧となって消えていた。
ふう。と溜息1つ吐いてから長門はオレを見た。
どうした?
「アナタに渡そうと思って作ってみた」
指差したのはマシュマロ布団の先。つまりは寝ていたオレの頭の上の位置。
ソコにあったのは広口瓶。フタが金属のバネで閉まる……アンティークな砂糖菓子とかが入っていそうなヤツ。そしてその瓶の中には白い塊が大量に入っている。
取り敢えず蓋を開けて1つ取りだしてみると……えーと。数学の時間に習った正八面体とかいう形の……何だコレ?
「母乳を凝縮して固めた。今朝のような事態を回避したい。そのために作った」
ふーん。母乳をね。つまり母乳の結晶ってコトか。
ん? 誰の母乳だ?
「…………」
黙り込む長門を見ると……赤くなっている。
って、ことは?
長門っ! オマエのかっ?
「そう。私の身体の属性を変更。体液の1つである母乳を抽出。然る後に処置をした」
って、こんなに大量の……
ふと、部屋の空気の匂いが鼻をつく。カレーの匂いだ。
何気にキッチンを見ると……大量のカレーを作った名残が。
つまり?
「母乳の抽出に見合うカロリーを摂取。それだけ」
あー。そうね。オマエならば納得できる。とても普通の人間には不可能だ。
「では持っていって。体力低下が感じられた時に摂取すれば今朝のような事態は避けられると思う」
オレは瓶と長門をためつすがめつ見て……瓶を長門に渡した。
コレはオマエが持っていてくれ。
「え?」
無表情な顔に不安の色が浮かぶ。
長門。オマエにはオレの身体のメンテナンスを全面的に委託している。いわば専属ドクターだ。薬剤師だ。看護師だ。オレがソレを必要とする事態になった時は、構わずにオレの所に来い。もしくはオレを跳ばして呼び寄せろ。元々からそういうコトはできそうだと思っているし、できなかったとしてもだ、今はコイツらの……妖怪ツインズ達もいるし、朝倉もいる。手段はあるだろ? だからソレはオマエが持っていてくれ。オレのために。オレはオマエを信頼して、全面的に頼っているからな。
……我ながら意味が混沌とした依頼声明文だと思う。
だが、長門は納得したようで、瓶を両手で受け取ると嬉しそうに抱きしめた。
「了解した。手段はその時に適正と思われる方法を選択する。その子達にも頼むかも知れない。了解?」
振り返ると妖怪ツインズ達も微笑んで首肯した。
ん。なんとなくだが、オレとしても心強い状態だ。
と、手を見ると何気に取った1つの結晶が。瓶に戻すのも何なので自分の口に放り込んだ。
実に得も言われぬ味である。じんわりと口の中から身体全体を揉みほぐすような優しく、そして少しだけ刺激的な……んんっ!
安心していた直後っ!
オレの身体の全細胞が暴れ出し、身体の中から幾多の衝撃がっ! 衝撃が重なり合って1つの場所へと集中するっ!
いわゆる一つの……ナニへであるっ!
「一つで昨夜から今朝にかけて消耗したと思われる全エネルギーを100とした場合に120ほどは回復できる」
って、おいっ! それだと昨夜以上にオレは頑張らねばならないぞっ!
「……あ」
無表情なのだが口を小さくぽかんと開けてから長門は手をポンと叩いた。
「計算ミス」
お、おいっ! 単純すぎるミスだぞっ!
「残った分は調整する。概ね1/10程度に」
……それはそれで良い。だが、今のオレはどうすればいいっ?
「了解した。私が……」
そして長門は……オレの身体の上へと……
「目を閉じて……全て任せて。アナタ達の協力もお願いしたい」
目を閉じたオレの耳にツインズ達の「了解しました」という声が響く。
早く何とかしてくれっ! 何でもいいからっ! オレの……が爆発しそうだっ!
それから……何がどうなったのかはよく解らないが……
何となく対戦車用30mmガトリング砲の気持ちと存在意義が判ったような……そんな時間を過ごした。
やっと落ち着いた時……
長門は頭をオレの胸に沈めていた。いつもの位置、いつもの仕草が、オレの心を落ち着かせる。
妖怪ツインズはオレの両脇で腕にしがみついているような位置で添い寝している。
何の意味もなく……長門の背中と頭をぽんぽんと軽く叩いた。もう落ち着いたという合図として。
「落ち着いた?」
オレの心音を聞いていた長門は頭を上げてオレを見る。
ああ。なんとかな。
「今現在のアナタの消費量は約2/3。通常レベルと推測される」
そうかい。ふう。ありがとよ。
「礼は要らない。私のせい」
口に入れたのはオレだ。気にするな。
「濃度と効能量を間違えたのは私」
んー。そういえばそういうところは長門らしくはないのだが。妙に人間っぽいというか、ドジッ娘っぽいというか。
まあ、いいさ。この世界はいろいろと『2年前の世界』とは勝手が違う。その辺の影響だと思うことにしよう。
気にするな。気遣ってくれたのは事実なんだからさ。オマエはオレの薬剤師なんだから。それで他に影響はないよな。いや、単なる確認だけど。
「今のアナタが以前のアナタとの差異ということであれば……アナタ自身がその子達の影響を受けている。手を見て」
長門に指摘されて手を見ると……なんだこりゃ? 指に半透明な何かが……いやオレのと同じ形のモノがまとっている。
「推測するに私のエネルギー補給チップとの相互作用でアナタ自身があの子達が私に与える能力、つまりは『傍女』としての能力を使えるようになったと推測される」
そうか? そういや、指がオレの形になるのは……朝比奈さん(大)の時に目撃してはいるが……
「私のお尻を叩いてみて。確認したい」
ん? まあ、叩けといわれれば叩きますが。……昨日の昼にも叩いたがその時の差分でも確認するのか?
ぺしぺし……おっ? おおっ?
「アナタの指先にまとわれた空間位相異常帯域に触れた感触はアナタの……の感触へと変換される。従ってアナタは望むならばアナタ全身への感触が……の感触へと変換できる」
えーと。それはいいことなのか? いいことではないような気がするんだが。
「アナタの空間位相異常帯域はアナタの意志で変化できる。それには空間位相異常帯域を……」
えーと。話の腰を折る気はないがもう少し短い単語にしないか? その空間位相異常帯域ってのをさ。占いとかそんな方面でいいから適当な単語はないか?
「了解した。ソレについてはアナタ達に問いたい。この『状態』をどういう単語で呼ばれたことがあるのかを確認したい」
長門に話を振られたツインズ達は視線を交わしてから幾つかの単語を列挙した。
「以前に呼ばれた名としては『精気』、『背光』、『プラナー』、『ハロー』……」
「……『輪光』、『オーラ』などです。どれが宜しいですか?」
「どれ?」
ツインズと長門に選択権を譲渡されてしまい、オレとしては悩むところだが、どっちにしたってただの決め事だ。単純に『オーラ』にする。
「了解。ではアナタの指の『オーラ』はアナタの意志に従う。完全に従わせるには彼女達がアナタの中に戻った時だと推定される。戻ってみて」
長門に指示されるままにツインズ達はオレの腕の中に戻った。
なんとなく……腕の中に入った時の笑顔は魔女というか小悪魔のようだったが。
「試しに……そのままに位置で指のオーラで私の……私の中に入ってみて」
ほんの少しだけ赤らんだ長門に促され、自分の指先に念じてみる。すると…… 指先の感覚が長門の皮膚をなぞっているような感覚が……
手の位置は変わらないのに指が長く伸びたように感じられる。
「そのまま……中へ」
長門に言われるままに尻から秘裂へと……そしてにゅるんと……
おおっ! 中の感覚がオレのへと、オレのが中に入ったような感覚がっ!
「そして私の感覚は私の皮膚を通じてアナタの感覚へと変換、移送できる」
ん?どういう意味だ?
「こういうコト」
長門の太股がオレのを挟み……って! おいっ! この感覚というか感触はっ!
「アナタの指先のオーラが私の中に入っている。その感触をアナタへと……」
つまり、コレがオマエの感覚っ! オレのを感じるオマエの感覚かっ!
「そう。そしてこの感覚は私の全身を通じてアナタの全身へとも変換できる。そしてアナタの指先の感覚も」
直後っ! オレの全身が長門の中に包まれているような、長門がオレの中をくすぐっているような凄まじすぎる感触の嵐がっ!
「全てをアナタへと伝えたい」
うおおおっ!
感触の嵐の中で……オレ果てた。全てを吐き出していくような感触に……
精も根も尽き果てるという感覚を実感してオレは軽く気絶していたようだ。
「大丈夫?」
「大丈夫ですか?」
長門と腕から外に出たツインズ達が異口同音に尋ねる。
だ、大丈夫だ。たぶん。後であの白い結晶をちょっとだけ舐めたくなるかも知れんが……
しかしだ。長門、オマエは平気なのか?
「私には『その感覚』は必要ない。私が求めたいのは……」
長門は再びオレの胸へと頭を沈めた。
「こうしてアナタの音を聞いていたい。それだけ」
オレは「そうかい」と答える代わりに背中を撫でてからぽんぽんと叩く。
「……そして背中を撫でて叩かれる。この感覚だけでいい」
そうか。
「そう」
しかしだ。
「なに?」
コイツらの能力を全て知って、使いこなしているんだな。恐れ入ったよ。
「別に大したコトではない。この子達が最初に言った。自分達は『サッキュバス、リリス、フェアリーと呼ばれた』と」
ああ。確かそんな自己紹介をしていたな。
「そしてサッキュバスとは夢魔、つまり性の妖精と呼ばれた存在。誘惑して精を奪う。そういう存在」
えーと。つまりは……どういうことだ?
「性衝動を司る妖精。アナタに触れた女性が性衝動に襲われるのは……」
長門は頭を上げてオレを見てほんの微かに笑った。
「アナタがこの子達の力を借りてインキュバスと呼ばれる存在となった。ソレだけのコト」
そうか。それで納得した。って、おいっ! オレがそんな妖しい存在になっていたというのかっ!
「この子達が腕に宿った段階で既に妖しいといえる」
冷静に分析しないように。
とはいえ、そうだな。妖怪というか妖精が出現した段階で妖しくなったと言えなくもないな。
まあ、いいさ。そうだ。それでだな、長門。オマエもこの世界の『ピン』となっているようなんだが……ん?
言いかけたオレの視界の端に何やら違和感を放つモノが入ってきた。
なんだ? と言葉を切って違和感の元へと視線を向けると……
隣の和室の壁。
そこに見慣れた制服が掛かっている。
北高の制服。
長門、あの制服って何か意味が……
と、オレの意識が桃色の闇に包まれた。
次に跳んでいったのは……朝倉の部屋だった。
いつもの天蓋付のキングサイズのベッドの上。ベッドの隣には数々のSMグッズが並んでいるのも……既に見慣れた。
そして朝倉が半裸の上に制服を羽織った姿というのも昨夜から今朝にかけて見慣れている。
「きゃは。やっと来てくれたのね。さあ。今夜も私の……膜を破って」
だからな。朝倉、そういう風にあからさまに言われると興味が失せる。って、何度言ったら解るんだ?
「でも素直なのも『奴隷ちゃん』には必要な属性だと思うんだけど?」
オマエのは素直とはいわない。あけすけ過ぎるという。
「そう。でもそんなコトより興味があるのよね……」
朝倉の目が妖しく光る。なんだ? なんかのフラグを立ててしまったのか?
「あたしがどんな姿になるのかをっ!」
朝倉がおもむろにオレの腕をっ! ……掴もうとして、腕の中から出てきた手に行動を阻まれた。
「なんだ?」と思うよりも早く、「ああ。ツインズ達が対抗したな」と思うのは……こういう状況に慣れてきた所為だろう。
あまり馴れたくはなかったが。
「ふふふ。朝倉様の行動パターンは読めます」
「朝倉様が宿主様の行動を監視していると解っていれば、私達が不覚を取ることは有り得ませぬ」
ツインズ達と朝倉が指を絡ませてオレの上でキャットファイトをしている。
おーい。落ち着け。
「でもあたしがどんな姿に変わるのかを知りたいの。いいでしょ? それにキョンくんだって興味ない?」
……あのな。朝倉、オマエの姿は既に変わっているぞ。
「え?」
朝倉はツインズ達の手を離すとベッドの横に手を一閃。直後に何もなかった空間に大きな鏡が現れた。
そしてその鏡に映っているのは……
「何よコレ? セーラー? バニー? デビル?」
オレも起き上がって目の前と鏡に映る朝倉の姿を確認する。
黒のウサ耳と黒のビスチェというかレオタード姿。その上にミニ丈の制服を羽織っている。腰の辺りは肌がほとんど露出しておりスカートはローライズのミニとなり、ビスチェから吊されたようなショーツのボトムがチラホラと見えている。全体としてはビスチェデザインのレオタードの上にミニ制服とミニスカートをまとった感じ。そしてそのスカートというかショーツの背中側の腰に位置している尻尾も黒でちょっと大きい……と、よく見たらスペード型の尻尾だった。そしてだ……
「なによー。この角はっ! 全然かわゆくないっ!」
一言で括れば「セーラー服デビル・バニー」。もっと短縮して「せらでびばに」姿の朝倉がいた。(わざとひらがなにするのがコツだ)
「それに胸が全然隠れてないっ!」
朝倉のボリュームがある胸が強調されているのに胸の切れ込みが深いミニ丈制服が隠すという役目をまるで果たしておらず、ちょっと斜めに位置するだけで乳首がちらほらと見えたり見えなかったり。
「まあ、いいや。これがキョンくんの願望なのね」
違う。それはオマエの本質だ。見ろ。オレの後ろでツインズ達も手を横に振っている。
それでだ。
「なによ」
涙目で見上げるように拗ねている朝倉は……正直、ぐっと来るモノが。
いやいや。そんなコトはどうでも良い。
オレはツインズ達を振り返って確認する。
朝倉は『傍女』にならなくて良いのか?
「それは朝倉様次第。既に朝倉様も全てを宿主様に晒しているようですので」
「望まれるのであれば対処致しますが……現在の『奴隷ちゃん』という地位のままで宜しいのであれば別に……」
「なによっ! あたしだけ除け者にしないでよっ」
ツインズ達は呆れたような醒めた目で朝倉を見てからオレに視線を移した。
如何にも「宿主様次第ですが如何致します?」と言いたげな視線で。
ふう。仕方ない。認めてやれ。
「では」
「宿主様が望まれるままに」
直後。朝倉の表情が変わった。
虚ろな眼。呆けたような口。そして身体も小さく痙攣している。
どうした?
「あ……ひっ……ひあ……っあ」
何がどうなったのかが理解できずにツインズを見ると、ツインズ達も解らないようで小首を傾げている。
朝倉は……自分の身体を支えられなくなったようで震える指先を空を振る。途端に天蓋から伸びた黒の革のベルトが朝倉の手を、腕を、身体を、胸を縛り空中に固定する。
その間も……朝倉は吐息と共に痙攣し続けていた。
どうしていいか解らずに暫くそのままにしていたのだが……
朝倉の吐息と痙攣は途切れることなく続いている。
オレはベッドボードに背を預けて眺めている。ツインズ達は九尾の狐娘の姿で両脇に寄り添っている。
ツインズ達も何をどうしたらいいのか解らないようで見ているだけだ。
えーと。こういう事態になったことはないのか?
「ありませぬ」
「ですが、命に別状はないかと……」
まあ、傍女となった以上はオマエ達がある程度は朝倉の状態を把握できるんだろ?
「はい。その点はご安心を」
「推測しますに朝倉様の中で『傍女』となったことと、以前からの『奴隷ちゃん』としての体質とがせめぎ合っているのではないかと……え?」
と、ツインズの言葉が終るか終らないかのタイミングでトイレのドアがぎーっと開いた。
何事かと見れば……長門がいた。
ただし、先程とは違う黒革ビスチェ姿。ついでに黒い鍔広のとんがり帽子と黒のロンググローブとロングブーツ、ついでにハーフマントも羽織っている。一言でいって『同級生は魔女』というドラマのヒロインのような姿。……そんなドラマは見たことも聞いたこともないが。
「まかせて」
長門は小さく呟くように宣言して、SMグッズの山の中から金属鋲がついた黒革のラケットを手に取ると……バシッと朝倉のお尻を叩いた。
「んあっ! もっと……もっと叩いてっ! もっと無茶苦茶にしてっ!」
朝倉が望むままに叩き続ける長門。叩かれる度に喘ぎ悶える朝倉。
えーと。長門、大丈夫なんだよな?
「大丈夫。朝倉涼子の中で『傍女』となるか『奴隷ちゃん』のままでいるのかが困惑して混沌としている。私が叩くことでその状態を強制的に固定化する」
えーと。どっちに固定するんだ?
「単純に言えば『奴隷ちゃんである傍女』に」
あのー。そのままなんですけど。
「単純化して言えば『傍女』とはアナタに対して素直であることが本質として求められている。だが朝倉涼子の中で情報固定されていたのは『奴隷ちゃん』であり、その本質は『天邪鬼』、つまり『嫌々ながらも命令には従い、そして結果に対して反対の感情を表明する』という性質。ゆえにアナタがしないであろう命令を尋ねたり、アナタの命令を実行した時も『嬉しそう』にはしないで『つまらなそう』にする」
なるほど。確かにそんな感じだったな。
「それが朝倉涼子に許されていた。いや、必要だった。そうしなければ朝倉涼子の人格が崩壊していた。それが元『急進派』である彼女がアナタの『奴隷ちゃん』として存在するために選択した性質」
そうか。急進派としては正反対の行動なんだろうからな。
「だが、天邪鬼な行動を取ることは『傍女』としては有り得ない。だがそういう行動を取らないと『奴隷ちゃん』ではない。結果として朝倉涼子の中で数式が暴走している」
数式?
「その子達の効果数式。y=m/(x+n)という数式でxを瞬間的に0方向に選択するのが『奴隷ちゃん』としての行動。瞬間値としてxは−nとなる。結果として『その瞬間』にはyが無限大に近似され、『衝動の嵐』に全構成因子が襲われることとなる」
えーと。数学的な存在だったっけ? ツインズは?
「その子達に選択権がある『傍女』としての資格はその数式を受け入れること。自分の中に受け入れることで『傍女』となる。これはあくまでも……」
長門は視線をオレに向けた。
「……1つの事象の数学的表現」
物理的表現もあるのか? って、言わなくて良い。どうせ理解できない。
それでだ。オレ達としては見ているだけで良いのか?
「そろそろ協力を願いたい」
解った。何をすればいい?
「アナタがするべき行動はない。アナタからの刺激は全て朝倉には快楽。そういうプログラムが朝倉には付加されている。今は数式を混乱させたくはない」
てことは?
「私達ですね」
「何をすれば宜しいのでしょうか?」
ツインズの出番か。オレは役立たずだな。
「心配ない。アナタにも協力して貰うコトとなる」
ん?
オレの疑問を無視して長門はツインズ達に命令した。
「アナタ達の『オーラ』を使い、朝倉に快楽を与えて欲しい。私が与える苦痛とアナタ達が与える快楽で朝倉の構成因子内の数式を書き換える」
「解りました」
ツインズ達は指からオレの形のオーラを朝倉の身体へと伸ばす。唇や胸や秘裂へと……
うおっ! な、なんだ? この感覚はっ!
「その子達が触った感触はアナタの感触と朝倉が認識している。つまりそれは宿主であるアナタの責務。朝倉涼子の希望。その子達の義務」
義務? 朝比奈さんの時はそんなコトが……うおおっ!
「朝倉涼子はその子達からの刺激をアナタからの刺激と変換する。つまり快楽へと。その子達が与える快楽とは別種類の快楽。その刺激を『傍女』を司るその子達へと転送する。転送された快楽はその子達では処理できない。それは『傍女』としての快楽ではないため。従ってアナタへと転送される。転送しなければその子達が崩壊しかねない」
だがらって……こんな刺激は……凄すぎるっ!
「全ては朝倉涼子の数式を書き換えるため」
うぐおっ! って、あうわへひなほは……
言語化できない感覚に襲われて……オレの思考回路は崩壊した。
気がつけば……
オレの両脇でツインズ達がぐったりしており、朝倉は足元でぐったりしており、長門もまたベッドに身を投げてぐったりしていた。
大丈夫か?
「大丈夫。アナタへと転送された快楽はその子達を通して『傍女』へと転送された。つまり、朝倉涼子が瞬間的に発生させる無限大の快楽をアナタと傍女全員で分担した」
つまり、オマエも……襲われていたのか。快楽の嵐に。
「そう。現時点で『傍女』となっていない涼宮ハルヒと古泉五妃を除く全員が……あ」
どした?
「古泉五妃はその子達に触れている。そして彼女には『妖使い』としての能力がある」
ああ。確かそんなコトを言っていたな。
「ならば古泉五妃にも何かしらの影響を与えている可能性がある」
どうしてそうなる?
「彼女自身は『妖使い』としては意識してはいない。無意識下での能力。ならばどの様な影響があるのかは……推測できない」
そうか? そうなるのか。
それでだ。念のために聞くが朝倉は大丈夫なのか?
「大丈夫。アナタ達にも確認したい。朝倉涼子は『傍女』として認識できている?」
長門に尋ねられツインズ達は物憂げっぽい仕草で頭を上げた。
「大丈夫です。きちんと『傍女』として認識できています」
「極めて大きな存在。能力を感じられます」
長門は黙って頷いた。1つの仕事が終ったというような軽い爽快感に浸っているような瞳の色で……やはり全体としては無表情だったが。
「朝倉涼子の『奴隷ちゃん』としてもそのまま。見た目には以前と同じ状態になるだろう」
つまり……どうなったんだ?
「数式的表現ではy=m/(x+n)−zとした。zが新たな変数。いわゆる『ツンデレ変数』となる」
あー。ツンデレね。オマエがそんな言葉を知っているとは知らなかったよ。長門。
「zは瞬間値としてのみ存在し、0から無限大の値を取る」
どっちだよ。
「それがツンデレのツンデレたる由縁」
はいはい。解りました。
しかし、妖怪と宇宙人は相性が悪いんだな。
「私とは相性の良し悪しは発生しない。朝倉涼子の属性とその子達の属性が噛み合わなかっただけ」
あー。細かく反論しなくてもいいぞ。長門。
と、オレはまた桃色の闇に包まれた。
悪いが長門、朝倉を頼む。
「了解した。暫く様子を見る」と長門はオレの視界とは別の方向を見て頷いた。
今度は誰だ?
『騒乱の火曜日 深夜編』へ続く