桃色の闇が晴れた時……

 目の前にいたのは朝比奈さんだった。

 たぶん布団の中。ほのかに甘い香りと、甘酸っぱい香り、同じ系統でも違う香りが漂っている。さらにはミルクの香りも後から鼻腔をくすぐってくる。

 朝比奈さんはファニーなフリルで飾られたパジャマを召しておられて、大きな瞳をぱちくりとして、数秒固まって居られたが、艶やかな唇を悲鳴の形に変えて……抱きついてきた。

「見ちゃダメえっ!」

 はい? 何を見てはダメなのですか?

 というか視界の全てが、あなたの胸で何も見えません。

「あ。そっかー。見られてもいいんだった」

 抱きつくのを止めて、腕を解き笑った。寂しそうに。

 どうしました?

「ううん。なにも。キョンくんに見られて困るモノは……もう無いんだなって」

 えーと。確かにいろいろと体験というか経験してますけど……

「そういう意味じゃありませんっ!」

 真っ赤になって反論される。

 はい? ではどういう意味でしょう?

「この部屋にあるのは……この時代のモノばかりで……通信も、半年もないから」

 いまだに上級生とは思えぬ幼い背格好で豊かなるプロポーションを保持ししておられる朝比奈さんとベッドの布団の中で横になってヒソヒソと話をしている。

 布団を被っているのは部屋の様子をオレが知らないようにとのオレ自身の配慮である。

 朝比奈さんのそそっかしさは十分理解しているので、『この時代だけ』という家具の片隅に見てはいけない機械が転がっている可能性も排除できないからな。

 

 そして朝比奈さんの説明によると……

 半年前に住んでいたマンションの下の部屋が火事になり、消火活動のために朝比奈さんの部屋も水浸しとなり、未来からの通信機なども壊れてしまったのだという。

 今住んでいるのは鶴屋さんの紹介で転居した場所だとも言われた。

「それでもね。待っていたの。ずっと。でも何もなかった」

 そしてやっと半月前に……手紙が届いたのだという。

「未来からの手紙が。あのキョンくんの下駄箱に届いていたのと同じ方法で」

 そして、その手紙に書かれてあったのは……

「帰還不能。通信機の送付も不可能。報告不要。現状のまま待機……だって」

 朝比奈さんの瞳から涙が……

 じゃ、気楽に待ちましょう。未来だって万能じゃないんでしょうから。

「でも、おかしいの。だって修理に1年かかったとしても、コッチに来るのは壊れた次の日にも来れるのに……」

 あー。確かに。

 そうだな。タイムスケジュールを平行移動する必要性はない。修理に半世紀かけてもコッチから見て直後に直っていても問題はない。

 ということはだ。つまり?

「TPDDが使用不能になる何かがあったということ。そして私はこの時代に1人残されてしまった」

 朝比奈さんがオレの胸に顔を埋めた。

「私、1人になっちゃった……」

 思わず抱きしめる。ぎゅっと。

 途端に……朝比奈さんが「いたい」と呟いた。

 力を緩め朝比奈さんの顔を覗く。

 強すぎましたか?

「ううん。あのね……長門さんにロックして貰ったの。2つ」

 ロック? 何を? 2つもですか?

「1つは母乳が……お布団とか部屋に不用意に散らないように」

 あー。なるほど。飛び散ったら掃除とか大変ですからね。

「うん。そっちは……ロック解除も再ロックも簡単だし、『回収する』能力も付加して貰ったから、解除してもいいんだけど……いまはロックしているの。そしてその分、胸が張って……抱きしめられると痛いの」

 それはすみませんでした。ごめんなさい。謝ります。

「そして、もう一つ」

 もう一つ? はて、てっきり左右で2つかと……等とベタなことを言わせない真剣な、それでいて寂しげな瞳でオレを見ていた。

「私がこの時代の人と……しないように」

 はい? 何をしないように? ですか?

 尋ねると真っ赤になって……コオロギの吐息のように小さく、そして怒っている感情を表すかのように強く呟いた。

「……今日、搾乳して貰った時のことっ!」

 あ、はい。それでしたか。何度かしていたので忘れてました。

 ぽかり、とオレの胸を叩く。

「確かにキョンくんとはしてしまいました。でも……本来は許されないこと。私はこの時代の誰とも結ばれる訳にはいかない存在なんです」

 ですよね。

 って、あれ? ずいぶん前に「お嫁に貰ってくれますか?」なんて言われたような記憶も……まあ、いいや。あれはハルヒのバニーガール作戦(?)の御陰で精神的に疲れていた時だったな。

「ですから、長門さんにお願いして封印して貰ったんです」

 何処をですか?

 真っ赤な顔をして朝比奈さんはオレの手を取って……導いたのは御自身の秘裂(布越し)

であった。

「ココですっ!」

 あ、なるほど解りました。ソコですね。確かにつぼみのように硬くなっている。

 って、朝比奈さん。随分と大胆なコトをっ!

 自身の行動に気づいて改めて真っ赤な顔になり、黙り込む朝比奈さん。

 そしてどうしていいか解らずに固まっているオレ。

 暫しの沈黙の後、朝比奈さんが思い出したように言葉を続けた。

「でも、封印して貰っていたら涼宮さんに……」

 

 朝比奈さんの話によると……

 午後の講義が早く終ったので部室に行き、長門に話して『封印』してもらった。

 その直後にハルヒが現れて「何をしていたの?」と聞かれ、「最近、(母乳が出たりして)体調が変なので、整えて貰うようなツボを押して貰った。そしてついでにあまり目立たなくなるような、人目を引かなくなるようなツボを」とその場を言い繕った。のだが……

「パーティのために部屋の用意をする長門さん達と別れて涼宮さんと私で鍋の買い出しに行った時、路地で言われたの」

 

 脳内で再現シーンを構築してみる。

 誰も通らなそうな路地。

 ハルヒが朝比奈さんを強引に引き込んで怒鳴るように言った。

「いい? みくるちゃん。アナタは全校生徒の注目を集める存在なの。ううん、全校どころじゃないわ。全世界の注目を集めてハリウッドからウインクシーンの1カットだけで『100万ドルのギャラを支払います』って言われるような存在にならなきゃいけないの。そうでなかったらSOS団のマスコット・ガールとして失格よっ! いい? 有希が気にするといけないからいなくなった今言うけど、体調を整えるツボならいいけど、目立たなくなるとか人目を引かなくなるようなツボは押してもらっちゃ駄目っ! みくるちゃん。アナタは全身がフェロモンの塊とか、歩くフェロモンの妖精とか噂されるようなフェロモンの象徴たる存在にならないといけないのっ! 前から思っていたけど、アナタが前を通るだけで全ての男が崩れ落ちるほどのフェロモンを放っているような存在とならなきゃいけないのよっ!」

 何処かで聞いたような単語がしつこいくらいに連続して出てきた。

 そうか。今日の鍋がフェロモン鍋になったのはその所為か。

 そして、時折、無闇に淫らになるのも……ハルヒの願望が不完全な形で実現してしまった所為なんだろうな。

 

 他に何か言ってませんでしたか? ハルヒは。いや、フェロモンという単語がらみで。

「えーと。長門さんももう少しフェロモンというか色香が漂うようになるといいとか、五妃君も迫力の後に色香が香るようになればいいとか、鶴屋さんも元気さの後に色香が残り香として漂うようになればSOS団は世界を支配できるとか……そんなコトを言ってました。確か」

 あー。それで全て合点がいきました。

「何のです?」

 今日の鍋は……あれ? 朝比奈さん。どうしました?

 朝比奈さんが腰をもじもじさせているのがオレの指を通じて解る。物凄くよく解るのは何故だろうと……いうのは愚問であった。

 何故ならば、この時までオレの指は朝比奈さんの秘裂の上にあったからであるっ!

「んあ……さっまで耐えていたのに……また、来た。来てしまったの。波のように来るのっ! う……あん」

 オレの胸に当たる朝比奈さんの胸の突起が固さを増し、秘裂の中の熱さが布越しに伝わってくる。

「あ……あん。ダメ。ダメなの……私、耐えられない。耐えなきゃいけないのに……あ……ああん」

 不思議なことに朝比奈さんの秘裂は熱さを伝えてはくるのだが、硬いまま。チューリップのつぼみのような硬さのままだった。

 朝比奈さん。耐えられますか? 何かお手伝いできることは?

「ダメ。でもダメ。お願い。私の……封印を解いちゃ……ダメ。でも……解いて、お願い。私をアナタの……専属の……」

 朝比奈さんを?

「私、わたし、未来に帰れないなら……ココで、この時代で……誰かのメイドになって……過ごしたいの。だから……約束して、私の……メイドとして、私を専属して……私を、キョンくんの、専属のメイドにして……お願いっ! 命令してっ! 私の全てを……全てを受け取って、独占して……誰にも渡さないって……命令してっ!」

 朝比奈さんは身悶えし、オレの手を取り、ショーツの中へと導く。熱い秘裂はそれでも硬いままで長門の術の凄さと朝比奈さんの限界を伝えてくる。

 わ、解りました。

 命令すればいいんですね?

「お願い……早く、早く宣言してっ! 呼び捨てで命令してっ! 命が果てるまで傍にいるように命令してっ! そして口づけしてっ!」

 解りましたっ!

 朝比奈みくるっ! アナタをオレの専属メイドとして独占するっ! 命が果てるまで傍にいろっ!

 そして口づけした。

 唇の弾力が離れがたい魅力を伝えてきたが……確認せねばならん。

 唇を離して確認する。

 ……コレでいいですか?

 というオレの問いに応じたのは……朝比奈さんの秘裂だった。

 ゆっくりと秘裂が開き、中から弾け出たヒダがオレの指を包み込む。まるで……全てのヒダが意識を持っているかのように、熱い秘裂の中へと呑み込むかのように……

「お願い……来て。私の全てを……全てを奪い去って。お願い。未来のことも忘れさせて」

 そして、オレは朝比奈さんの全てを受け取った。

 

 

 フェロモンの波が去った後……

 朝比奈さんはオレの横で泣いていた。

「やっぱり、私ダメですね」

 何がです?

「自分で決めたことも守れない、ふしだらなコなんだわ」

 違いますよ。

「違わないです。キョンくん。あまり優しくしないで」

 大きな瞳から涙がこぼれている。

「最近……ここ数ヶ月はそうなの。時々、誰かに無性に抱いて欲しくなって。それこそ道を歩いている時にも……波が来て。抱いて欲しくなるの。道行く誰かにでも、見知らぬ誰でも抱いて欲しくなって……ずっと我慢していたけど。だから土曜日のコトも……涼宮さんがこんなふしだらな私を見かねて……。そう。こんな、こんなふしだらな、淫らなのが私なんです。今日の、さっきのコトも。だから、優しくしないで。お願い」

 泣きじゃくる朝比奈さんは……誰もが『無垢』の象徴として受け入れる。そんな印象しか伝えてはいない。

 本人の感情と感性とは別の印象しか漂わせてはいない。

 違うんです。今日の鍋は……朝比奈さんの母乳が入ってましたよね?

「え? あ、キョンくん、どうしてそれを? 秘密にしていたのに」

 察するに、オレと鶴屋さんが長門の部屋に着く前に鍋に直に入れたのであろう。それはいい。問題はソコではないのだ。

 いいですか? 長門によれば、今日の鍋はフェロモン鍋だったんです。

「フェロモン鍋?」

 ええ。正確にいえば、ハルヒが皆の小皿に取り分けていた時にフェロモンを増加させていたんです。今日の朝比奈さんの体調とか、さっきの『波』とかはハルヒの所為なんですっ!

 気にする必要はありません。断言します。

「……そうだったの」

 朝比奈さんはほっとしたような吐息と共に呟いた。

「でも……お願いします」

 はい? 何をですか?

「不束で、時折……淫らななメイドですが、一生お仕えしますね。宜しくお願いします。御主人様」

 えーと。それは……いいんですか?

「ううん。いいの。キョンくんだけなら……相手がキョンくんだったら、どんな結果になっても納得できるから。お願い。未来に帰ることがあったら……守れなくなりますけど、それまでは傍にいさせて。メイドとして。お願いだから……」

 朝比奈さんはオレの胸に身体を沈めるように寄り添ってきた。

「私は……本当はこの時間平面には居てはいけない存在だから……それでもこの時間平面にいる意味を与えて下さい。存在する理由を与えて。お願い」

 未来に帰れなくなった未来人の存在理由。それを求めておられるのだろう。

 そして……だ。

 朝比奈さんに抱きつかれてお願いされて断る人間はこの世に存在するだろうか?

 居ない。居るはずもない。いたらオレが直々に蹴りを入れてやる。

 どうやってそいつを見つけ出して蹴りを入れるのかは考えない。

 

 解りました。頼りないかも知れませんが、宜しくお願いします。

「はいっ! ありがとう。お願いしますね。それと……」

 朝比奈さんは何故か真っ赤になっている。

 なんでしょう?

「お教えしますけど。御主人様。私の封印を解く方法は口づけですから……あの、その、私と……」

 はい?

 今まで以上に真っ赤になってうつむいて言葉を続けた。

「……したくなった時は口づけして下さいね」

 えーと。

 戸惑っていると、朝比奈さんはオレの手をとり再び秘裂へと導いた。

「ココは……御主人様が封印を解かない限り誰も受け入れないのっ!」

 確かに。

 先程までと違い、また硬いつぼみのように秘裂が閉じている。

 と、朝比奈さんが再び真っ赤になって視線を逸らしておられる。って、朝比奈さん。アナタ、恥じらっているのですか? 行動が大胆なんですけど。

 まあ、それもコレも全部ハルヒの所為にしておこう。アイツが元凶であることは間違いないんだからな。

 

「さっきの……『封印を解く呪文を唱えてくれた最初の人』限定です。最初の人だけしか私のロックを解除できなくして貰ったの。それが長門さんにして貰ったロックなんです。他の人は解けないの」

 解りました。口づけしたら一時解除なんですね?

「そうなんです。……ん。あん」

 何気に……あくまでも何も考えずに、オレは朝比奈さんの唇を求めた。唇の弾力を確かめるように長く……

 そして秘裂が再び解かれていく。柔らかい弾力がオレの指に……

「あん……だめ。解いてしまったら……ダメなの。してくれないと……だめ。お願い。御主人様あん。来てください……ませ。あ……あん」

 もう一度、朝比奈さんの全てを確かめた。

 秘裂の中の全ての襞がオレのを包み込む。柔らかく刺激しながら擦り上げる秘裂の中の襞はオレの全てをも蕩けさせるようだ。

 朝比奈さん。あなたは……魅力的すぎます。

 

 

 全てが終り……もう一度の全てが終り、オレは疲労感を幸福感の中で味わいつつあった。

「キョンくん。大丈夫?」

 ああ。いえ、ちょっと疲れているだけです。そうですね。今日だけで……

 何回したんだろう? オレ。

「何か食べます? あれ? キョンくん? 御主人様?」

 朝比奈さんの小鳥の囀りのような声が遠ざかる。

「いなくなっちゃった。どうして? ……寂しいから、いて欲しいのに」

 あー。すみません。この空間転送はですね。佐々木が……

 

 

 オレの声は届いていないな。

 次は何処に飛ばされるんだ?

 

 

 不意にマシュマロのような感触が全身を包んだ。

 この感触は? 長門の部屋の布団?

 確かめようと目を開けると……

 ビックリ目玉の長門がパチクリと瞬きしてオレを見ている。

 珍しい。

 長門のビックリ顔に瞬きなんて盆と正月が一緒に来たような……

「空間跳躍?」

 はい。それらしき方法で来させて頂きました。

「そう」

 はい。そうです。吃驚したのか?

 こくりと長門の頭がミリ単位で動いた。

 肯定だな。

 ここでいつも寝ているのか?

 否定。

「ここで……思い出していた」

 何を?

「昨日の……日曜日のことを」

 あー。そうだったのか。アレは昨日のことだったな。

「思い出して……思い出に浸るだけで『処理』できないモノかと思索していた」

 何を?

「涼宮ハルヒが私に与えた情報の……影響処理を」

 何処かしら……潤んだ瞳。

 って、そうだ。長門もハルヒ特製のフェロモン鍋の影響を受けていた。

「頼みたいことがある。私の中の……涼宮ハルヒが与えた衝動を……消して」

 しかたない。ハルヒがしてたことでオレが後始末するというのは……腹立たしいが、いつものコトだ。

 長門には普段は世話にもなっているからな。疲れていても対応せねば男が廃る。

 『廃る』というのも言い訳がましい。

 喜んで消させて頂きます。

 

 そして、雪解けのような時を過ごした。

 長門はその間、ずっとオレの身体を掴んでいた。

 以前とは違う。指の全てを使って。オレが何処かへ消えてしまわないようにと掴んでいるようだった。

 

 時が過ぎ……

 巨大マシュマロのような布団の中で長門と抱き合っていた。

 ふと見ると、長門がまだ涙を溢している。南極の氷の中にあるという湖のような深い波長を放つ瞳から涙が零れていた。

 

 どうした?

「さっき、通信があった」

 どこから?

「情報統合思念体から」

 ああ。オマエの親玉からか。何と言ってきたんだ?

「情報統合思念体はアナタのことを評価している」

 はい? なんだ? それ?

「私に聞かずに朝比奈みくるの封印を解除した。それは涼宮ハルヒに起因する混乱を受け止め、解消する能力があることを示す」

 あー。そうだな。テレパシー通信(朝倉経由)で聞けば簡単だったな。

 しかしだ。そんなコトで評価されても……どうかと思うぞ。

 そんな大したコトではなかったし。

 っていうか、朝比奈さんが勝手に解除方法を教えてくれただけのような気がするし。

 それにだ。ハルヒの後始末というか騒動を収めているのはいつものコトだろ?

「大したコトと思わないのは能力があったから。『コロンブスの卵』の様なモノ。気付は簡単。だが気づかない人はいつまでも気づかない。正解には辿り着けない。それに以前までは基本的に『回避』。今回は『解消』。結果は同じでも必要とされる能力の大きさは違う」

 そんなモノなのかね? どうも情報統合思念体の評価基準は地球人には理解しがたい。

「それで……」

 それで?

「何か1つ。『成長の褒美を与えたい』と言っている。何かある?」

 ん? なんだそれ?

 怪しいぞ。怪しすぎる。

 朝倉涼子をオレの奴隷ちゃんとして復活させて、今度は『褒美』だと?

 情報統合思念体とやらはいつから初孫相手の婆さんみたいな性格になったんだ?

「何か……ない?」

 長門が確認してきた。懇願するような瞳の輝きで。

 とはいえ、何も思いつかない。

 取り敢えず、『保留する』ってのはどうだ? ダメか?

「……伝えた。了解するとのことだった」

 何故か残念そうに長門が呟いた。

 

 

 直後っ!

 また意識が桃色の光に包まれた。

 視界の端に辺りをきょろきょろと探る長門の姿が残像として残った。

 どうやらこの『転送』とやらは長門にも認識不可能なんだなと……この時はまだ考える余裕があった。

 

 

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 ……で。

 今、オレはキングサイズのベッドに突っ伏している。

 横には満足げな古泉五妃が微笑んでいた。

 腹立たしいコトに何故か肌は艶々である。

 

 えーとだ。

「はい。なんでしょう?」

 オレがこの部屋に来たのは何回目だ? この夜だけで。

「そうですね。確か3回目です」

 て、ことは……

「SOS団の女性陣全員を順繰りに回っておられたとしたら……少なくとも14回は誰かと『致して』おられるんでしょうね」

 誰って誰だ?

「前回、ここに来られた時に聞いた話からすると、最初は佐々木さん、次が朝比奈さん、その次が長門さん、そしてその次がボクでした。そしてボクの次が鶴屋さんでしたか。朝倉さんがその次。そうだ。確認したいのですが」

 何だ?

「涼宮さんの所に行かれた記憶は?」

 あ…… 無い。記憶にはない。

「そうですか。記憶にあるのはボク達6人だけですか?」

 それ以外に誰がいる?

「いえ。佐々木さんのお知り合いである橘京子さんとか周防九曜さんは巡回ルートに入っておられないのかなと思ったモノですから」

 橘京子? ああ、朝比奈さん誘拐犯か。そんなの会った途端に足蹴にしてやる。

 周防九曜? えーと。記憶にない。どんなヤツだ?

「髪の長い人形のような方ですが……本当に記憶にありませんか?」

 髪の長い人形?

 不意に巨大アメーバに呑み込まれるミジンコの気持ちというか恐怖が……。とにかく悪寒が全身に……

「記憶はなくても……身体は記録しておられるようですが?」

 いや無い。無いったら無い。全力で逃げた。たぶん。きっと。絶対。逃げ切ったと思う。

「そうですか。ではそういうコトにしておきましょう」

 そうだ。古泉。オマエに確認したかったことがある。

「はい? なんでしょう? 今回だけでも随分と『お世話』になりましたから何でも答えさせて頂きますよ。大抵のことは」

 予防線を張るな。

「ふふふ。それで確認したいコトとは?」

 えーと。なんだ? 何を言おうとしていた?

「それをボクに尋ねられても」

 困り顔の古泉を見上げて……思い出した。

 そうだ。オマエの『組織』の中にオレに何かの能力があるという意見というか考えは……

 あー。また桃色の闇が……

 

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「キョン。すまない。ボクが転送しなくても涼宮さんが転送するつもりだったようだ」

 何が言いたい? 佐々木。

「つまり『転送』モードが暴走している」

 そうか。なるほどな。

「しかし……キョン。君はもてるんだな」

 何の話だ?

「忘れたのかい? 僕は君の感覚をトレースできるコトを」

 あー。そうだったな。って、オイっ! それは止めてくれ。

「了解した。僕としても頭がもたない。それ以前にレズビアンになった気分に浸ってしまう。暫くの間は遠慮しておくよ。そうだな。強く念じた時ぐらいにしておく。いいかな?」

 ああ。それでいい。そうしてくれ。是非。

 

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「キョンくん。また来てくれた。嬉しい」

 ははは。朝比奈さんが喜んで頂けるのでしたら何度でも。でも、ちょっと疲れが……

 

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「メンテナンスする? 疲労が指数級数的に増大していると推測する」

 有り難いが長門。今となってはそのメンテも……

 

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「また来られたんですか。有り難い。渡りに船ですね。実は先程、小規模なH空間が発生しまして」

 そうか。オマエも苦労しているんだな。古泉。好きにしろ。

 

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「んん? また夜這いに来てくれたのかいっ? めがっさ、女冥利に尽きるねっ! ささっ! 脱いだ脱いだっ!」

 あー。鶴屋さん。いつでも元気ですね。

 

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「わあ。またあたしの……膜を破りに来てくれたの? ゾクゾクしちゃう」

 朝倉。オマエはもう少し朝比奈さんの慎ましやかさをだな……

 

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「ああ。やっと。来てくれましたね。やっぱり佐々木さんを神として……」

 誰だ? オマエ? 橘京子? (げしっ!)

「また蹴らなくても良いでしょっ! って、あれ? もういない」

 

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「観測していた。アナタの瞳を−−−とても綺麗。それだけで−−−退屈しない」

 うわあああああ……誰だ? いまの呪われた人形みたいな髪の毛オバケは?

 

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「察するにそれは周防九曜さんだね。たぶん、彼女たちに転送してしまっているのは僕の能力と涼宮さんの能力が絡んでしまった所為だろう。2つの力が重なってしまったのさ。まるで粒子性と波動性の2つの解釈、つまりは……」

 物理学の講義は後にしてくれ。佐々木。

 ……それより祈ってくれ。

「何をだい?」

 オレの命が明日の……火曜日の昼ぐらいまでは保つことを……

 

 

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 ……何回目だ? 古泉。

「ボクの所にはコレで6回目です」

 ……そうか。いや、何でもない。ちょっとだけ疲れたような気がするだけだ。

 それだけだ。そしてちょっとだけ眠い気がする……

 

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…………

 

 

「やっと戻ってこられた」

「でも……体力が尽きかけているよ」

 ……誰だ? オマエら。

 目蓋を開けるのもおっくうだ。名乗ってくれ。

「私達は『鍵』。約束して頂くための『贄』。そして……」

「私達の願いをお届けするための使者」

 なんだ? もう面倒は受け付けられない。疲れている。疲れているんだ。

「それでも時間が……ああ、夜が明けてしまう」

「致し方ありません。私達を受けて入れて頂きます」

 なんだ? ……あー、オレの身体の、肩の中に何か……

「古の儀式に従い、あなたの腕に宿ります」

「落命されないことを祈ります。宿主様」

 なんだ? 何の話だ?

 物騒な話は止めてくれ。せめて後にしてくれ。

 オレはもう疲れている。あとに……

 

 

 

 記憶は途絶えた。

 

 

 

 次の記憶は……妹の悲鳴のような声だった。

「大変っ! キョンくんがミイラになっているっ!」

 実の兄をつかまえてミイラはないだろう? 妹よ。

 それより、そろそろその「キョンくん」と兄を呼ぶのは止めて貰えないかな? 妹よ。

 

 

 

 そしてその次の記憶は……

 古泉に抱えられるようにして下駄箱の中を確認しているオレの視界だ。

「まだ、未来からの手紙は来てませんね」

 そうだな。何か手かがりがないと……オレの体力が尽きてしまう。

 

 

 

 再び、記憶は途絶えた。

 電源が切れたアンドロイドかサイボーグのように……

 

 

『騒乱の火曜日 午前編』へ続く

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