長門の部屋で皆で鍋を囲んでいる。

 鍋は豆乳をベースに程よく味噌とか醤油とか塩とかキムチとかを投入してあるらしく、結果として何鍋なんだか皆目見当もつかないが、味としてはお世辞抜きでかなり旨い。

 鍋を囲んでいる位置としては、オレから時計回りに、ハルヒ、佐々木、古泉、鶴屋さん、朝比奈さん、朝倉、長門、そして戻ってオレと並んでいる。

 つまりだ。オレを入れて8人。当たり前だが女性は7人である。

 今日の朝に国木田が「SOS団はセブン・アウト・シスターズ団」とか言っていたなと思い出す。

 だが、7人のうち朝倉は今日初めて入団した。

 従って、朝の時点では「6人」であり、「シックス・アウト・シスターズ」でなくてはならないのだが……

 さて? 他にも誰かいるのだろうか?

 まあ、そんなコトは後で古泉にでも確認すればいいと、この疑問は何処かに投げておく。

 イニシャルだったら、どっちでもSOS団だからな。

 

 しかしだ……

 妙な違和感を覚えんでもない。

 というか、腰がなんか落ち着かない。

 この感じはなんだ? この違和感の元は?

 どこからか甘酸っぱい匂いも漂っているし……

 

 見渡してみても……

 ハルヒは変わらず、妙な味付けの鍋を仕切り、鍋将軍と化しているのは……まあいつものことだ。

 皆もそれぞれに会話を楽しんでいる。

 

 さて、この違和感の元はなんだろうと再度、見渡す。

 長門と朝倉は……まあ、言わば宇宙人ペアであり、鶴屋さんと朝比奈さんは上級生ペアである。ついでながら鶴屋さんと古泉は……一般庶民ではないペアでもある。

 さて?

 ハルヒは天上天下唯我独尊の権化であり、ペアは有り得ない。のだが……

 なんとなく、ハルヒと佐々木がペアのような気がしているのは……何故だろう。

 あまり意味のない思考の帰着ではあると自覚はしているのだが、何故か考えてしまう。

 

 この『2年後の世界』で、ここ2年間の記憶がないオレとしては何ともすっきりしない状況に陥ってしまうのも致し方ないことなのかも知れん。

 とはいえ気になる。腰も更に落ち着かなくなっている。

 

 そうだ。

 朝倉に聞いてみよう。

 テレパシーで聞く分にはハルヒとかに突っ込まれることもない。

 

(……なあに? 御主人様。佐々木さんを亡き者にすればいいの?)

 ちがう。

 そっちに話を持っていくな。

(佐々木さんのこと? あたしには解らないな。だって、あたしはつい最近帰国したってコトになっているからね。そういう記憶は持っていないわ。持っていたら変なことになる可能性が高いから。持たないことにしているのよ)

 ああ、そうだった。

 そういう設定だったら、オレの『失われた2年間』には役に立たんな。

(何よ失礼ね。それで確認なんだけど、取り敢えず誰か殺してみない? クラスメートの誰かとか)

 悪いが、そういうコトは一切望まない。

 誰であろうと許可無く、かつ意味なく殺傷することは厳禁である。

 当分の間、優等生を演じるように。以上。

(つまんないわね。仕方ない。あたしは奴隷ちゃんですから指示に従います)

 そうしてくれ。

(……通信を借りる)

 ん? 長門か? どうした?

(ち、ちょっと、長門さん。これはあたしとキョンくんとのラブリーな殺人指令専用回線なんだから割り込んでこないでよね)

 この通信回線を『殺人指令専用回線』と呼ぶことを禁止する。

 なお、長門の割り込みは無制限にオレが許可する。

 了解?

(しょうがないわね。キョンくんの……いえ、御主人様の御命令だから仕方ないけど)

 オマエは可愛い奴隷だよ。

 と、視線を流してみると、朝倉は微笑んでおり、隣の長門は目を伏せて呆れていた。

 ふう。扱い方は大体判った。

 

 それで? なんだ? 長門。

(涼宮ハルヒが情報改変を行っている)

 なにっ? 何をしているんだ?

(鍋の出汁の主成分は豆乳、それに朝比奈みくるの母乳が相当量が入っている。それが……)

 えっ? この鍋は朝比奈さんの母乳鍋だったのかっ?

(……約80%以上は豆乳)

 あー。解った。冷静に言うな。煩悩が納まってしまう。

 いや、煩悩が納まったという事実に関しては感謝する。

 それで?

(涼宮ハルヒが鍋を皆に振る舞う時、手に持っている杓子を通じて情報改変が行われている)

 どんな情報改変だ?

(元々の朝比奈みくるの母乳自体にごく微量に含まれているフェロモンの量が飛躍的に増加。食べている人はフェロモンの大量摂取により、体調の変化を余儀なくされている)

 どんなフェロモンでどんな変化だ?

(フェロモンの効果をごく一般的な用語で端的に表現すれば……)

 すれば?

(媚薬)

 なんだとっ?

 それでオレの腰も落ち着かなかったのか。

(食べた人は全て性的な興奮を余儀なくされている。ただし、涼宮ハルヒが自分に取り分けた時には、情報改変は行われていない)

 どういうコトだ? というか、何故にハルヒはそういうコトをしている?

(涼宮ハルヒの行動原理は不明。いつものコト)

 確かにな。それは確かにいつものコトだ。

「有希。食べてる? 有希はちゃんと食べないとダメよ。いつも何食べているんだか解らないけど、こういう時こそちゃんと食べないとダメ」

 ハルヒは鍋から鶏肉つくねみたいなのをすくい上げて、長門の小皿に入れた。

 長門が何気にオレの方を見上げる。

 長門にしては有り得ない潤んだ瞳で。

(……後でアナタの身体のメンテナンスを行いたい)

 解った。解りました。

 それでだな。長門、確認したいんだが……

(なに?)

(なによ。御主人様、長門さんとばかり話して。あたしにも何か命じてくれないかな? 虐殺とか、暗殺とか、抹殺とかの)

 あー。朝倉。

 暫く長門と話させてくれ。

 なお、選択肢の全てに『殺』を入れるのも改めるように。

(はあい。仕方ない。暫く我慢します。じゃ、長門さんどうぞ)

 長門、聞こえるか?

(聞こえている。なお、朝倉涼子の行動は全て私の監視下にある。アナタしの指示も私が全て確認している。アナタが忌避する行動は私も許さない。安心して欲しい)

 ありがとよ。

(それで確認したいコトとは?)

 長門。佐々木が入団した時の経緯をかいつまんで教えて欲しい。

(了解した)

 

 長門の説明によると……

 オレ達が2年の時のGW。いつもの市内パトロールを実行していたところ、オレの中学校の同級生である佐々木と遭遇した。

 その後、佐々木は自身の知合いである3人とSOS団が対峙する事態となったが、生来から争いを好まない佐々木の意志により致命的な事態を回避。その時にハルヒが佐々木に入団を勧め、入団に至った。以後、学校外団員としてSOS団の休日イベントには必ずのように参加している。

 ……ということだった。

 

 3人って? 誰だ?

(3人のうち、2人は今のアナタにも面識がある)

 誰だ? その2人ってのは?

(……2人とも、あの『朝比奈みちる』事件の時に遭遇している)

 なんだと?

(1人は男、朝比奈みくるに敵対するような行動を取る未来から来た存在。藤原と名乗っていた)

 ああ、あの男か。できれば会いたくないオーラを放っているヤツだったな。

(もう1人は女。あの時の朝比奈みちる誘拐犯の中にいた)

 なんだと?

 脳裏の記憶を急いで探す。

 そうか、あの時の女か……

(彼女は「橘 京子」と名乗っていた。古泉五妃の敵対組織の幹部に相当すると思われる)

 旧名『機関』、現名『組織』にも敵対勢力がいたのか。煩わしいことだ。

(敵対勢力は私にもいた)

 なんだと?

(佐々木さんに関係した3人のうち、まだ説明していない1人が……私の敵対勢力に該当する)

 そいつは? 誰だ?

(情報統合思念体による命名『天蓋領域』という存在の端末。この世界での名を『周防 九曜』と名乗っていた。外見としては……女性型)

 そいつらは今もいるのか?

(橘京子は人間。この世界で現在においても存在する。藤原の存在は確認できない。自分の時代に帰還しているモノと推定される。周防九曜は……まだこの世界に存在している。しかし、観測しているだけ。我々に干渉するのを止めている模様)

 オマエの敵対勢力は大人しくしているのか?

(佐々木さんがこのSOS団にいる。その佐々木さんは時折、周防九曜、橘京子と接触している)

 佐々木が? まだ、そいつらと接触しているのか?

(そう。彼女の行動は……不可解。だが、納得もできる)

 どういう風にだ?

(彼女はごく平凡なる人生を目標としている。涼宮ハルヒと対称的な存在。つまり、彼女自身が橘京子、周防九曜の行動を押し止めていると推測される)

 なるほど。佐々木がそんなコトを……

(なお、佐々木さんは我々のことを知っている)

 そりゃ知っているだろう。今だってこうして鍋を囲んでいるんだから。

(そういう意味ではない。私が『宇宙人』に相当する存在、古泉五妃が『超能力者』と呼ばれる存在、朝比奈みくるが『未来人』と呼ばれる存在であることを知っている)

 げ。どうしてそんなコトを?

(全ては橘京子が佐々木さんに告げたと思われる。なお、入団後の行動においても我々の能力は佐々木さんに知れることとなっている)

 そうか。なるほどな。この2年間でそういうコトになっているんだな。この場ではハルヒ以外の全員が知っているということか。

(鶴屋さんも明確には知らない)

 まあ、あの人は知っていても知らない素振りをしてくれているだけ、と思っていた方が良さそうだ。

(その判断は……正確ではないが、正確に近いと推定される)

 言語表現にゼロ・コンマ数桁の精度を求めるな。しかしだ……

(なに?)

 長門。オマエとは言語を介さない方が会話が弾むな。

(…………)

 テレパシー通信でも無言になったのでどうしたのかと長門を見ると……赤くなっていた。

 なぜ?

「あれ? 有希、どうしたの? 風邪気味なんじゃないでしょうね?」

 ハルヒが慌てたような声を上げる。

「……何でもない。食べ過ぎて身体が暖まっただけ」

「はははは。有希っこの部屋でこんなに大勢で鍋を囲むなんて久しぶりだからね。のぼせたのかなっ?」

 鶴屋さんが笑い声でハルヒの心配を吹き飛ばした。

 ナイスです。先輩。

「そうだ。涼子、入団したんだから長門の面倒見てあげてよね。同じマンションなんだし。有希ったら風邪で寝込んだりしても連絡1つ寄越さないんだから。お願いね」

 ハルヒは入団したばかりの朝倉を呼び捨てにし、さらにこき使うつもりのようだ。

 まあ、それはよいとして……

 

 はて? 長門が風邪を引いて寝込んだことがあったのだろうかと疑問の海を探索しようとした時に長門からテレパシーで説明を受けた。

(佐々木さんが入団に至った騒動の時、私は風邪で寝込んだ状況に陥っている。ハルヒが心配しているのはその時のこと)

 なるほど。

 しかし、このテレパシーってのは便利だ。誰にも不審がられずに解説を受けられる。

(そうでしょ? 感謝してくれる?)

 解った。朝倉、オマエは本当に便利な……奴隷ちゃんだ。

(わあい。誉められた)

 見れば朝倉は満面の笑みであった。

「なによ? 涼子、そんなに嬉しいの?」

「そうね。日本に帰ってきて、すぐにこんなに楽しい時間を過ごせるとは思っても見なかったから。ほんと。嬉しい」

 ハルヒは……ころっと朝倉の言葉に騙されたようで、複雑な顔で笑っている。

 ハルヒよ。オマエってそんなに素直だったんだな。

 忘れていたよ。

 

 ハルヒを眺めるオレの視界の中で……佐々木が静かにオレを見ていた。

 

 

 鍋も空になり、全員が満腹感を味わっていた。

 オレを除く全員が後片付けをしているのだが、流石に女7人部隊。あっという間に片付け終った。今はキッチンで長門と朝倉が洗い物をしているだけだ。

 なんとなくだが……部屋に充満しているのは鍋の残り香だけではなく、甘酸っぱい香りが強く漂っているような気がしている。

 さらにはハルヒを除く全員が腰の辺りをもぞもぞとているようなしていないような……

 なんか部屋の空気も薄桃色のような……

 そしてオレは何となく身の危険を感じているような……

 

 という無意味なるオレの危険察知能力は鶴屋さんの次の快活なる声によりあっさりと吹き飛ばされた。 

「さて。そろそろお邪魔するっさ。有希っこー。すまんけど車を呼んでくれっかな?」

 あれ? タクシーで帰るんですか?

「そっさー。何か腰が痛いし、みくるとは同じ方向だから、車で帰るにょろ。夜も更けたっから危ないっし。ハルにゃんも同じ方向だよね。一緒に帰ろ。キョンくんと佐々木にゃんと五妃にゃんは方向は一緒だよね? 五妃にゃんの車でいいにょろ?」

 流石、鶴屋さん。ささっと仕切ること誠に見事である。

 だが、夜道が危ないというのは、どうだろう?

 鶴屋さんだったら暴漢の1人や2人、事も無げに退治してしまいそうだけどな。

 しかし……ずいぶん腰を痛がってますね。そんなに強く叩いてしまいましたか?

「ははは。キョンくんの気合が効き過ぎたかな? ん? 有希っこ、どした?」

 洗い物を終えた長門が鶴屋さんをじいっと見ている。

「……ツボを押してみたい。横になって」

 ツボ? マッサージか?

「ん? そっか。そいじゃ1つ押してもらおっかな」

 ころんと鶴屋さんは俯せになる。

 長門は背中に跨り、腰椎の辺りを数回押した。

「んー。何か効くなあ。も少しよろ」

 長門は微かに笑い、数分間押していた。

 

(鶴屋さんの体内において小さな裂傷が認められる)

 不意にテレパシーで長門が報告してきた。

 裂傷? なんだそれ?

(鶴屋さんの……膜が通常より頑丈だったと推定される。裂傷は……膜と膣の境目)

 あ……

 言いようのない罪悪感に襲われる。

 傷つけてしまった? 治したのか?

(治療した。なお、……膜に幾つかの切開を入れておいた。次はスムーズ。そちらも止血、殺菌済み)

 御手数かけます。すみません。

(別に大したコトではない。アナタのには相手に対する擦過傷を治癒し、殺菌する効果を付加したい。こちらへ……)

 長門は深海から湧き出す泉のような瞳でオレを見ている。

 仕方なしに近づく。

 まさかハルヒとかが見ている中でオレのを出す訳がないと思っていたのだが……

 

 ばしっ!

 うごぐわっ!

 

「有希っ! 何したのっ?」

「……蚊がいた」

 思いっきり叩かれた。股間を……

(服の上からでも大丈夫。機能付加は完了した)

 あ、あのー。デコピンとかではダメでしたでしょうか?

(なるほど。そういう選択肢も有り得た)

 ……次からはそういう方向でお願いします。できれば。

(了解)

 オレは股間を押さえてまだ床に転がっていたのだが……長門が覗き込むようにしてデコピンした。

「キョンがなんかしたの? 有希?」

 なんかハルヒが優しさの権化のように見える。

「まだ蚊がいた」

「そ? ま、キョンには良い薬よね」

 何のクスリだ? やはりハルヒはハルヒだ。優しさは微塵も存在しない。

 で? 今のは何をした?

(何もしていない。叩いただけ)

 あのー。できれば無意味な行動は避けて頂きたいのですが……

(了解した。現在、私の思考回路において『フェロモン』の多量摂取の影響が出ている。今の行動はその影響と判断される)

 長門? オマエならば無効化処理なんか瞬時にできるのでは?

(残念ながら不可能。涼宮ハルヒが潜在意識下で無効化処理の実施を阻んでいる。涼宮ハルヒが諦めない限り、私以下全員は『フェロモン』多量摂取の影響下にあると推定される)

 ……えーと。早めにこの場から退去した方が良さそうだな。

 ここで乱交パーティなんかに発展したら身が持たないという以前に収拾がつかない事態になりそうだ。

(そのとおり。ちょうど下にタクシーと古泉五妃の車が来た)

 

 タクシーには鶴屋さん、朝比奈さん、ハルヒが乗り込み、古泉の車にはオレと佐々木が乗り込んだ。

 見送ってくれた長門と朝倉が妙に寂しそうだった。

 

「しかし……久しぶりに充実した時を過ごしましたね。佐々木さん」

「ん。そうだね。暫く休日イベントがなかったからね。僕にとってもずいぶんと久しぶりだ」

 古泉と佐々木に挟まれてオレは何となく肩身が狭い。揃えて膝の上に両手を乗せて……まるで叱られた子供のようにしていた。

 ……のだが。

「アナタにとっては如何でしょう? 楽しいひとときだったと推定するのですが?」

 信号で止まった瞬間、古泉が前に身を傾けたと同時にオレの手を取り、自分の腰に回した。

 え?

「キョン。キミにとっては女性2人に挟まれているこのひとときの方が楽しいのではないのかな?」

 佐々木がオレの顔を覗き込むようにして……同じく自分の腰にオレの手を回した。

 2人の瞳が潤んでいるし腰も何やら蠢いている。

「答えづらいですか? やはり涼宮さんと過ごす方が良いのでしょうね?」

 意味不明な問いかけをしながら古泉がオレの肩に頭を乗せてきた。何故そんなコトをする?

「いや? 推定するにキミにとってはあの可愛らしい上級生がいないというコトの方が重要なのではないのかな?」

 佐々木もオレの肩に頭を乗せてきた。

 2人の頬が赤く、微熱をオレの肩に伝えている。

 

 さらに正確に状況を述べるさせて頂くと……

 古泉の大きすぎる胸がオレの脇腹にあたり、柔らかな感触を伝えている。

 反対側では佐々木の大きすぎないが弾力のある胸の感触が同じく肋骨のあたりを刺激している。

 さらにはっ!

 2人の両手がオレの大腿部の上にあり……ゆっくりと触り続けているっ!

 抵抗しようにもオレの両腕は2人のくびれた腰に巻き付けられ、そして2人の手によって押さえつけられているために身動きが取れないっ!

 極楽といえば極楽である。

 コレでオレがサングラスをかけて葉巻でも加えていたら三流映画の悪役のような状況といえばお解りであろうか。

 だが、前席の水城さんと赤城さんの殺人的に鋭すぎる視線がオレの煩悩を射貫き、液体窒素程度に冷却され、微動だにできない状況でもあるっ!

 

 お解り頂きたい。

 極楽で地獄の鬼に睨まれているような状況なのだとっ!

 

 そして赤城さんが「さっさと離れな?」と言わんばかりにハンドル捌きを荒くして車が左右に揺れた瞬間……

 古泉と佐々木がオレの手を更に引っ張り……スカートの中へ

 つまりはっ! 古泉と佐々木のショーツの上にっ!

 オレの左右の人差し指と薬指が秘裂の側方にあり、当然ながら中指は秘裂の上に沿って置かれている。

 薄いショーツの布越しに2人の美少女の秘裂の溶解炉のような熱さが伝わってくる。

 全ては2人のくびれた腰とスレンダーな基本体型の賜物であり、さらにはハルヒが振る舞った媚薬の結果と思われるっ!

 

 そして……

 前席の2人の美女の視線が絶対零度に達しようとしている。

 

 なんだ? これは? 新手の拷問なのか?

 

「お嬢、つきましたぜ?」

 至福か地獄か判断できない状況から解放されてほっとしているオレの背後にゆらりと立つのは……佐々木?

 どうして降りる? オマエの家はまだ先だろう?

「キミの家に来るのは実に久しぶりだ。妹さんにも会いたいと思う。どうだろう。暫しお邪魔させてはくれないか? 大丈夫。長居はしないつもりだ。そうだね。ここに車を呼んで来るまでの時間で充分だ」

「そういうことでしたら。では、ボクはコレで失礼します」

 オレの意見を確認せずに古泉は車と共に立ち去った。

 まあ、いい。

 じゃ、オレの部屋に……んぐっ。

 不意に言葉が途切れたのは……佐々木に口づけされた御陰だ。

 オレの胸に程よく膨らんだ佐々木の胸の感触が……

 首に回された佐々木の細い腕の感触もまた……心地よかった。

「ん。キョン? キミはずいぶんとこういう事態に遭遇しているようだね」

 なんだ? どうしてそんなコトが解る?

「ふふふ。車中のことだよ。図らずも古泉君と張り合ってしまったが、僕にとってはずいぶんと勇気が必要な行動だった。しかし、キミはそんなに驚いてはいないようだ。察するにこういうコトには馴れていると帰着できる。違うかい?」

 あー。下手に言い訳するのは止めておく。

「ふふふ。そうかい。ではもう一つ、キミにサプライズな事態をプレゼントしよう。まあ、コレに関しては僕にとっても予想外だったがね」

 佐々木はオレから離れると無遠慮にオレの家の玄関のドアを開けた。

 と、ソコにいたのは……

「キョンくんっ! 何してたのっ!」

 何故か怒り顔の我が妹の姿。そして妹の後ろにいる美少女は……誰だ?

「吉村美代子さんかな? 初めまして。キョンからキミのことはずいぶんと聞かされて耳にタコができるような気分になっている。キョンがいうとおりに可愛らしい人だ。何の縁のない僕としても何故か誇らしく思えるほどにね」

 佐々木の意味不明というかオレか言った記憶も根拠もない会話の対象となっているのは……我が妹に比べてずいぶんと背の高い美少女。

 ミヨキチ? ミヨキチなのか?

 

 ミヨキチを知らない方々のために説明すればだ。

 我が妹の同級生。だが、妹と並んでいる姿を見れば5人姉妹の長女と末っ子と思うほどに身長および体格が違う。

 2年前(オレにとっては元の世界)の時点においても、ずいぶんと大人びて見えたのだが、今、現在においては佐々木と並んでいても遜色が無く、とても妹の同級生には見えない。どちらかと言えば佐々木の同級生といっても過言ではなく、妹と同じ中学生のセーラー服を着ているのが、正直ちぐはぐであり、高校生が昔を懐かしんで着てみましたという雰囲気が漂っている。

 そのミヨキチが……泣いている? 何故だ?

 だが、佐々木の挨拶に心を落ち着かせたらしく、涙を拭い、佐々木からオレに視線を移して……恥じらいがちに微笑んだ。

 その微笑みは春の妖精の如く。

 北高専のトップアイドルである朝比奈さんの従姉妹といわれても誰も疑問を挟まないであろうコトはオレが保証するっ!

 って、何を力説している? オレは。

「では、お邪魔してもいいかな? キョン。キミの部屋で暫し四方山話をしたい。すまないが妹さん。車を呼んでは貰えないか。そうだ、吉村美代子さん、あなたの家まで僕が送らせては貰えないかな? 近くとはいえ夜も更けてきたし、物騒だからね」

 

 母親には鶴屋さんなどから連絡が届いていたらしく、夕食をすっぽかしたというのにそれほどは怒られなかったのだが……

 心配のタネはいま、オレの部屋でくつろいでいる佐々木である。

 佐々木。さっき言っていた「サプライズ」ってなんだ?

「うん? まだ解っていなかったのかい。僕としてはもう充分に理解しているモノだと思っていた」

 皆目わからん。見当もつかない。

「正直に言おう。キョン。君とキスしているのをミヨキチに見られてしまった」

 キスをしていた時に玄関のドアが開き……出てきたミヨキチに全てを見られたらしい。

 なに? そんなコトがっ!

 って、何を動揺している? オレは。ミヨキチは単なる妹の同級生だ。

「そうかい? 僕にはとてもそれだけとは思えないが?」

 何が言いたい?

「そうだね。僕が感じていることをここで告げてもいいが……やはり本人から聞くべきだろう」

 本人から?

「そうだ。そして今、僕が君に告げるべき言葉はただ1つだ」

 なんだ?

「もう一つのサプライズを君にプレゼントしたい」

 もう一つ?

「そうだ。そして、そのサプライズは驚かずに受け取って欲しい。それが僕の偽らざる望みだ」

 驚かなかったら『サプライズ』じゃあるまい?

「そうかな? まあ、いい。『その時』が楽しみだ。さて。そろそろ車が来る頃だ。下に行こうか」

 オレの部屋から出て玄関に行くと、ミヨキチと妹が待っていた。

「吉村美代子さん。君に1つ宣言しておこう」

 佐々木は柔らかな微笑みでミヨキチに告げた。

「僕は何事にも執着することがない。できない性分なんだ。だから、アナタが心配すべき対象は僕にはならない。キョンには色んな友人達がいる。その友人達との付合いに一々心を砕いていては身が持たないよ?」

 どういう意味だ? 意味不明すぎる。

 だが、ミヨキチには何処か琴線に触れる単語があったらしい。

 まだ涙で潤んだ瞳で頷いている。

 正直に言おう。

 女心は解らん。美少女同士の会話はさらに意味不明すぎる。

「だから……今ココでキョンに告げるべき言葉を思いついていたのだとしたら、早めに言った方が良い。望んでも手に入らないモノは多いが、望まない限り手に入ることがないモノは更に多い。如何かな?」

 佐々木の謎めいた言葉がミヨキチには天啓のように聞こえているらしく、真剣な瞳で頷いている。

 更には妹がミヨキチの背中を押している。

 更に不可解なことに横で見ている母親も手に汗を握っているようだ。

 ミステリーゾーンと化した我が家の玄関でミヨキチが天に届くかのような麗々しい声でこう言った。

「お願いします。選ぶのは……5年後まで待って貰えますか?」

 はい? 一体なんのコトでしょう?

 オレとしては『2年後の世界』に来たばかりで5年後に何があるのかなんて考えたくもないのだが……

 しかし、オレが何か声を出さなければ、玄関のミステリーゾーンは解除されない気配が解りすぎるほどに漂っている。

 事態解決を図るためにも、意味を求めずに答えるべきだろう。

「わかった。5年後まで選ばない」

 コレでいいか? 

 コレで良かったらしく、ミヨキチは大きな瞳に涙を浮かべて喜んでいるようだ。妹も先程の怒り顔はドコへやら、満面の笑みでミヨキチの手を取って喜んでいる。

 ついでながら我が母親も手を叩いて喜んでいる。

 ……オレだけが意味も判らずに疑問符を脳内で増殖させているだけだ。

 

「さて? 宣言した誰かは放っておいて、お暇しようか。話の続きは車中でしよう」

 佐々木とミヨキチが乗り込んだタクシーを見送り、部屋に戻って横になろうとした時に我が妹がえらい剣幕で怒鳴り込んできた。

 僅か数分で怒りが復活したらしい。

「キョンくんっ! ひどいっ! ミヨキチはずっと待っていたんだよっ!」

 

 妹の説明によると……

 この『2年後の世界』ではミヨキチは月水金にはオレに勉強を教わる約束をしていたらしく、月曜日である今日もオレの帰りをずうっと待っていたらしい。

 そうだったか。悪い。今日は長門の家で急遽、入団パーティがあってだな……

「謝るならミヨキチに謝って。明日の朝にでもっ!」

 解った。怒鳴るな。

 

 妹は怒りが納まらないという顔をしていたが、オレを睨むのにも飽きたらしく、荒い鼻息を1つして、「でも宣言したから許してあげる」と言い残して自分の部屋へと帰っていった。

 

 やれやれだ。

 この『2年後の世界』は色々と煩わしいことばかりだ。

 

 

 風呂を浴びるように済ませ、早めに眠ろうと灯りを消してベッドに横になった時……

 誰かが耳元で囁いた。

『そろそろいいですか?』

『私達の話を聞いて欲しいのです』

 誰だ? 今日はもう眠い。

 色々あって疲れている。

 明日にしてくれ。

『悪いけど明日までは待てないんだ。キョン、ココに来てくれないか』

 別の誰かの声が聞こえる。

 誰だ? と、目を開けた途端、視界が闇に包まれた。

 何故か桃色と感じた闇に……

 そしてベッドから遠ざかっていく。

 不思議なことにベッドの上で……誰か、2人がオレの姿を探していた。

『いなくなってしまった』

『どうしよう。時間がないのに……』

 

 時間?

 時間ならまだまだあるさ。

 

「そうかな? 一分一秒はいつ如何なる場合でも等価であり貴重だと思うのだが?」

 聞き慣れた声だ。そして小賢しい言い回し。

 佐々木か?

「そうだ。そして君がいるのは僕のベッドだ」

 なにっ!?

 飛び起きると……見慣れない部屋だ。灯りはついてはいないがオレの部屋ではないことだけは解る。そしてベッドの上。横を見ると……パジャマ姿の佐々木がいた。

「どうした? 僕の顔に何かついているかい?」

 佐々木? なんだ? どうした? 何が起こった?

「説明をしたい。取り敢えず……横になってはくれないか?」

 言われるままに横になると……佐々木が抱きついてきた。

 程よい大きさの胸の膨らみがオレの胸を刺激する。

 佐々木の口がオレの耳元にある。

 吐息を吹きかけるかのように耳元で囁いた。小鳥が囀るような声で。

「ふふふ。実を言うと……こんなに巧くいくとは僕自身も思ってはいなかった」

 なんだ? 何の話だ?

「まあ、複雑な話は後にしよう。キョン、僕を抱いては貰えないかな? どうやら涼宮さんの御陰らしいのだが……身体が疼いてしょうがないんだ」

 オレのを刺激するかのように佐々木の腰がもぞりと蠢いた。

 佐々木? オレでいいのか?

「ふふふ。キョン、キミの優しさは残酷だ。以前にもいったとおり、僕はありとあらゆる欲望が希薄な質だ。それでも……」

 佐々木がオレの口を塞いだ。柔らかい唇の感触が……理性をとろけさせる。

「……今日のメンバーの中で僕が最後だというコトには嫉妬を感じざるを得ない」

 げげっ。

 佐々木、知っているのか? 全部?

「ふふふ。コレでも僕は女だ。そして周囲の態度というか雰囲気が僕に事実を感じさせるには充分だ。半分以上は……ただの勘だけどね」

 いわゆる一つの『女の勘』ってヤツですか。

「ふふふ。その『女』という単語には幾つかの形容詞が必要だと思うのだが?」

 どんな形容詞だ?

「くくく。君の鈍さには感心する。鶴屋さんが感激するように僕も感心してしまう。だが……鶴屋さんに反論させて貰えば、それこそが『君らしさ』だと僕は思っている」

 ああ。確かにオマエに比べればオレは鈍いさ。

「誤解しないで欲しい。僕はそれこそが君の長所だと思っている。そうでなければ……」

 佐々木はスレンダーな身体をオレに巻き付けてくる。

「あれほどに多くの美少女達と関係を持つことはできないだろう?」

 そうか?

「そうだ。こうして君に関係を求めている僕が言うのだから間違いはない」

 しかし……オレでいいのか? 佐々木。

「気にすることはないさ。クラスメート達に初恋の人とかを訪ねられると、思い浮かぶのは……キョン。何故か君のことだった。だから……」

 佐々木の手がオレの寝間着兼用のスエットを脱がし、自分のパジャマの前をはだけて胸を合わせてきた。

 胸の突起が、膨らみが、佐々木の吐息がオレの理性を失わせる。

「何も言わずに……僕の」

 媚薬に浮かされた吐息。でも真剣な旋律が……吐息の中に感じられた。

「全てを受け取って欲しい。全てを君に捧げよう」

 その後のことは……理性の中には記憶はなかった。

 

 本能に記された記憶は……

 佐々木の白くスレンダーでしなやかな身体と、佐々木のドコまでも埋没して溶けてしまいそうな秘裂の熱さと深さと……オレのが入った時に佐々木の綺麗な顔が苦悶に歪んだことだけだ。

 そして、その苦しそうな顔までも美しいと感じたオレ自身の無節操さに罪悪感を感じた。

 それだけだ。

 

 コトが終り……

 佐々木は再びオレに抱きついてきた。

 佐々木の程よい大きさの胸が微かに触れる程度の、そして耳元に唇が触れる程度の絶妙な距離を保った抱擁だった。

「キョン。ミヨキチと同様に僕は君に宣言したいことがある」

 なんだ? 理解不能なことは避けて欲しいが。

「涼宮さんの能力は知っているね? 潜在意識下で願ったことが現実となる。だが顕在意識では極めて常識的に考える。従って、彼女自身が周囲に影響を及ぼしているという意識はしないで済んでいる」

 ああ。そうだ。そのお陰でオレ達が色々と走り回ることになっている。

「その能力は僕にもある」

 なんだと?

「その驚きようだと……キョン。君は僕に何か隠してはいないか? それとも僕に確認したいコトはないのかな?」

 なんのコトだ?

「君はここ最近の記憶が春風に吹かれて失われたみたいだが……それは2年間の記憶がないということではないかな? そして想像するに……」

 佐々木は少しだけ逡巡してから囁いた。

「君は『2年前の世界』から来たのではないのかな?」

 げ。佐々木よ。何故それを……

「ふふふ。やっぱり」

 どうして解った?

「キョン。如何に君でも僕たちとSOS団との対峙を忘れる訳がないと思ったモノでね」

 僕たちというのは、橘京子とか周防九曜とかか?

「おや? その単語を知っていると言うことは……誰かに記憶を分けてもらったのかい? 想像するに長門有希さんに叩かれた時かな?」

 そんなモノだ。そんなコトはどうでも良い。何故、オレが『2年前の世界』から来たとどうして解った?

「2年前のGW。キョン、君は僕の『閉鎖空間』の中に入っている。橘京子さんと一緒にね」

 え? そんなコトが?

「だから、この世界の君ならば知っているハズなんだ。僕が涼宮ハルヒと対となる存在だと」

 

 それから……暫く佐々木の説明を聞いていた。

 佐々木もまた閉鎖空間を生み出す能力を持っている。だが、佐々木の閉鎖空間の中には神人はいない。その事実から橘京子に「あなたこそが神的な存在になるべきだ」と言われ、涼宮ハルヒの能力を自分に付与されることを了承して欲しいと頼まれたと。

 

「その時、僕は断った。そして事態の収拾を図るために僕がSOS団に入った。僕はそんな力は要らない。求めない。そして僕が涼宮ハルヒという存在に敵対することはないと宣言した。それでSOS団と僕たちのグループの対峙は終息した」

 そうだったのか。

「だが……僕はその考えを改めようと思う」

 まさか、SOS団と事を構えるのか?

「ふふふ。そんなコトはしない。親しくなった古泉五妃君、長門有希さん、そして愛くるしい朝比奈みくるさん達に嫌われたくはない。それが僕の偽らざる心境だ」

 じゃ、何を変えると言うんだ?

「僕は僕に与えられた力を使うことにする」

 なに?

「先程も言ったが……僕は涼宮ハルヒと対となる存在。彼女は潜在意識下で能力を発揮し、顕在意識ではそれを認めていない。故に彼女は自分に能力があることを自覚してはいない。いや? できないと言い換えた方が良さそうだ。そして……」

 佐々木はオレの顔を覗き込むように正面に顔を移動した。

 軽く口づけて……沈黙の後で微笑んだ。

「僕はその真逆だ。顕在意識で能力を発揮でき、潜在意識がそれを嫌悪している」

 どういうことだ?

「単純な例を見せよう。目を閉じてくれないか」

 目を閉じると……佐々木の唇がオレの口を塞いだ。

 そして……程よい大きさの胸がオレの胸に押しつけられた。

 直後っ!

 あれ?

「驚いたかい? 僕は意識的にこんなコトができる」

 オレと佐々木の位置が変わっていた。

 さっきまでは右半身が下になっていたのが、いまは左半身が下になっている。

 回転した? いや……空間転移か? ごく小規模な。

「そうだ。そしてこういうこともできる」

 佐々木がオレの上へ。なにが? それだけだろ?

「くくく。僕のベッドのサイズを見てごらん。普通のシングルサイズだ。その上に2人乗っているんだ。普通ならば……君はベッドから落ちそうになっているか、端にいるはずだ。だが、きちんとベッドの中央にいる」

 えーと。佐々木と抱き合ったままオレが横に転がり佐々木が上になった。つまり? 身体半分だけ横に転がったはず。つまり縁へと身体半分だけ移動しているはずなんだよな。

 だが……言われてみればオレの背中はベッドの縁ではなく中央に位置している。

「地味な空間移動というわけだ」

 佐々木はオレの胸へ頭を埋めた。

「この力に気づいたのは最近だ。君達と対峙した時には何の力もなかった」

 超能力に最近目覚めたのか?

「そうだね。超能力と言っても良いだろう。いや? 超能力ではないな。その証拠もお見せしよう」

 佐々木はオレの頭を両手で包んだ。

「君の頭の中で……僕に求める事態、状態を実現させよう」

 その時、オレの脳裏に何があったのか。自己嫌悪と共に自覚することとなった。

 突然、桜色の光が辺りを舞い始めた。

 シングルベッドのマットが起き上がり、リクライニングした。

 ベッドの四隅の柱が伸び、天蓋付のベッドへと変貌しながら。

 さらに……ベッドから革のベルトが伸び、佐々木に絡みついていく。

 そして桜色の光の粉は消え去った後に残ったのは……

 桜色のストッキングを純白のガーターで装い、黒の細い革ベルトで作られたサスペンダービスチェを身につけた佐々木が、両腕を後ろ手に縛られて天蓋から吊された生け贄になっていた。

「キョン? 君の趣味をとやかく言うつもりはないが……」

 佐々木は驚いた後で苦笑している。

「ずいぶんと特殊な嗜好なんだな? 僕としては……コレでも構わないが」

 あー。言うな。それはだな。極めて印象的だったが故に脳裏に残っているだけだ。

「そうなのかい? では証明して貰えないか?」

 どうやってだ?

「このままで……僕を求めて欲しい。それで君の嗜好か、単なる偶然かを判断したい」

 わかった。毒を食らわば皿までだ。

「ひどいな。僕は皿なのかい?」

 悪い。暫く問いかけないでくれ。

 

 リクライニングされたベッドはオレの腕を佐々木の胸へと誘う。

 オレの指と掌は透きとおるような肌の感触と胸の弾力と乳首の硬さを楽しんでいる。

 吊された佐々木がオレのを求めても秘裂の中に先だけを含むことができるだけ。

 腰を落とそうとしても秘裂の左右を縛める革のベルトが秘裂の中を剥き出しにするだけだ。

 もどかしさが佐々木の理性を溶かしていく。

「あ、んあ……ん……」

 オレは佐々木の全てを求め、味わった。

 舌と指で……佐々木の全てを感じ、佐々木もまた全てをさらけ出していた。

 

 まるで……

 世界にはオレと佐々木しかいないかのように……

 

 ひとときが過ぎ……

 元に戻ったベッドの上で生まれたままの姿の佐々木を腕枕して横になっていた。

「ふふふ。先程のはやっぱり……」

 やっぱり? なんだ?

「くくく。止めておくよ。僕としても楽しめた。意外なほどにね。そして……そういう君も、僕自身をも、僕としては愛おしい。とだけ告げておくことにする」

 あー。言い訳はしない。オマエに下手に言葉を繕ってもオレが空しくなるだけだ。

 オマエはオレの全てを把握しているからな。

「ありがとう。その言葉で充分だ。返礼として、もう一度言おう。そういう君が愛おしい。と……」

 何言ってんだか。

「でも理解はして貰えたかな? 僕には涼宮ハルヒさんと同じ種類の能力があると」

 わかったよ。オマエにはハルヒと同じ改変能力がある。しかし……

 いつからそうなったんだ?

 

 佐々木の話によると……

 変なことが起こり始めたのは1年ほど前かららしい。

 

 通学で駅に着いたばかりのハズなのにいつの間にか駅から出ている。

「つまり電車に乗らずに目的駅に着いていたんだ。いつの間にかね」

 友人と学校近くで別れて家に着き、言い忘れたことがあって携帯に電話するとその友人に「さっき別れたばかりなのにもう家にいるの?」と言われた。

「それも同じ。僕は数分で自分の家の玄関に移動していた。電車に乗って移動しなければならない距離だったのにね」

 他にも……

 花瓶に生けた花がいつまでもしおれなかったり、大通りの中央で鳴いている子猫が絶え間なく通る車に轢かれずに道路の端まで歩いていたり……通常では有り得ないことが目の前で頻繁に起こるようになったのだという。

「そして、やっと自覚した。僕の能力なんだと」

 オレは何も言えずに佐々木の背中を撫でた。

「ふふふ。君の手の感触は心地よいね。僕の罪悪感を消してくれるようだ」

 罪悪感? そんなモノを感じるのか?

「そうさ。僕はいつでも論理的にありたいと思っている。だが僕の能力は非論理的だ。つまり、僕の中では無意識に僕が能力を使うことを嫌悪している。いや、能力を持っている事自体を嫌悪しているんだ」

 そんな必要はない。ささやかに使う分には誰の迷惑にはならないだろう?

「それでも僕自身が嫌うのさ。非論理的だと。先程のもずいぶんと気に病んだことなんだ。顕在意識で潜在意識を説得した結果だ」

 どんな説得だ?

「僕と君の位置が変わっても、君の位置が常にベッドの中央にあったとしても、ベッドが『君の趣味』どおりに形を変えたとしても……全ては僕の部屋の中だけのことだ。部屋の外には何も影響を及ぼさない。つまり……」

 佐々木は顔を上げてオレの顔を見て微笑んだ。

「僕たちは『シュレーディンガーの猫』状態だと……僕の潜在意識が認識した時に僕は能力を発揮できる。そういうことさ」

 シュレーディンガーの猫ね。ずいぶんと難しい話で形容したな。

「そう。観測されない限り僕に能力があるかどうかは周囲には認識されない。そして認識できない程度の範囲内で僕は能力を発揮できるというわけさ」

 それで? 遠慮無く力を発揮すればいい。オレならそうする。

「言ったはずだよ。僕は利己的な目的で能力を使うことを嫌悪する。だが……」

 佐々木はオレの耳元で囁いた。佐々木の弾力のある胸がオレの胸をなぞり、刺激する。

「……涼宮ハルヒさんが無遠慮に能力を使い出した時、僕はカウンターバランスを取るように能力を発揮したいと思う」

 どういうことだ?

「彼女の力は……端的に言って『非日常的』だ。僕はそれを『日常的』な範囲に押しとどめたい。そう考えると……僕の潜在意識が納得する。僕に嫌悪感を与えないんだ」

 佐々木はオレに口づけした。長く……しなやかな舌がオレの舌を求め、絡み合った。

 沈黙の後で佐々木は真剣な口調で……桜のようの微笑みのまま言葉を続けた。

「そして……そう自覚した時にやっと腑に落ちた。僕という存在はそのためにこの世界に存在しているんだと」

 ずいぶんと大仰な話だ。

「そうかい? では君にも共犯者になって貰う呪文を唱えよう」

 なんだ?

「僕が何故、『君にこの能力を与えられた』のかがやっと解った」

 なんだと? なんのコトだ? オレにそんな能力はない。

「ふふふ。やはり、君ならばそういうと思っていた。だが……これは僕だけの考えではない。橘京子さんの、いや、彼女の組織の中にある1つの考えなんだ。そして……」

 佐々木は悪戯を仕掛けるような瞳でオレを見ている。

「この考えは少なからず古泉五妃君の組織内部にも存在している。君が……」

 佐々木はオレの首に腕を回して向き合った。

「君には『神を作る能力がある』ということを」

 止めてくれ。オレにそんな能力はない。あるはずがない。

「ふふふ。そうだね。僕もそう思う。だが、そんなコトはどうでも良い。僕にとってはどうでも良いことなんだ。既に能力を持ってしまった僕にとってはね」

 佐々木は自分を説得するかのように呟いた。

「僕は……君という存在が僕の手を伸ばした先に、指先が触れる範囲にいる限り、僕の能力を君や、君の仲間達、そして世界のために使いたい。涼宮ハルヒが引き起こす様々な非日常的な事態の収拾に使いたい。約束してくれないか?」

 なにを?

「僕が……涼宮ハルヒが引き起こす『非日常的な事態』を収拾しする方向で能力を使うことを了承して貰いたい。そして……願わくば嫌悪しないで欲しい。僕のことを」

 嫌わないさ。どっちかというと願ったり適ったりだ。

 戯けたオレの言葉が気に入らなかったのか、佐々木は軽くオレを睨んだ。

「きちんと言ってはくれないか? できたら……命令形で言って欲しい」

 解った。オマエが求めるとおりに言い直す。

 えーとだ。

 佐々木。オマエの不可解な能力をオレやオレの仲間達に使え。涼宮ハルヒの馬鹿げた事態を発生させた時、オマエはそれを収拾する方向で能力を発揮してくれ。

 コレでいいか?

「ありがとう。これで心の中の嫌悪感が消えた。能力を閉じ込めていた鍵が、封印が解けたような……そんな気分だ」

 佐々木の微笑みは……閉めかけたパンドラの箱から出てきた最後の妖精のようだと何の根拠もなく思った。

「さて……これで心置きなく能力を発揮することとしよう」

 佐々木の大きな瞳から何故か零れていた涙を……オレは拭った。

 どんな風にだ?

「まずは……すまないがちょっとだけ我慢して欲しい」

 そういって佐々木はオレの耳を噛んだ。甘い痛さを感じる程度に。

 そして、目蓋と鼻の先と唇を……最後に舌を絡ませてからオレの舌も甘く噛んだ。

「そして、悪いが同じように僕のを噛んではくれないかな?」

 請われるままに佐々木の耳、目蓋、鼻先、唇、そして舌を軽く噛んだ。

 コレでいいか?

「あれがとう。これで君と通じ合える」

 どういう意味だ?

「察するに君は既に誰かと意志を繋ぎ合っているように感じる。ならば僕は君と感覚を共有したい。君が聞くことを僕も聞き、君の視界を僕の視界とした。もちろん逆もできる。ただ……」

 悪戯っ子みたいな、それでも何処か寂しげな微笑みを浮かべた。

「感覚共有は君が望んだ時だけでいい。君が思う時、君が僕を必要とした時だけ共有しよう。馴れたら君と僕は携帯などを介さずに何処にいても会話ができるようになるだろう」

 なるほど。まあ、追々慣れることにするよ。

 コレで終わりか?

「悪いがまだある」

 なんだ?

「キョン。君がココに来たように、君を『君を必要としている方々』に届けようと思う。悪く思わないでくれ。既に事態は進行している。こうするのが一番だと……僕の能力が告げているのでね」

 不意に……意識が、視界が闇に呑まれた。桃色と感じる闇に……

「願わくば……君にとって至福のひとときであることを願っている」

 

 

 そして……オレの意識は闇に包まれた。

 桃色の闇に包まれて……

 

 ……何処かへ転送された。

 

『騒乱の火曜日 未明編』へ続く

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