7階へと上るエレベーターの中で鶴屋さんは何気に言った。

「おんぶってさ。考えようによっては、やらしいよね」

 へ? どういう意味っすか?

「両脚、しかも太股をがじっと抱えられてさ、しかも身体は密着しているにょろ?」

 そうですけどね。でも背中じゃないですか。

「んじゃさ、それが胸側だったら? 想像してみ?」

 ……ん。ん?

「んははは。やーい。赤くなった」

 参りました。

 そんなバカな会話をしていると7階についた。エレベーターのドアが開くと……ハルヒがいた。

 何故か既に怒り顔モードだ。

「何してたの? キョン?」

 別に何もしてねーよ。

「そそ。エレベーターの中では何もしてないよん。んじゃ、キョンくん。肩貸して」

 鶴屋さんがオレの肩に掴まって、ひょこひょこと歩く。

「鶴屋さん、どうしたの? まさか? キョン、アンタ……」

「きゃははは。何もしてないっさ。ちょっと階段踏み外して、尻餅ついただけにょろよん。ま、その前にも……」

 鶴屋さんは悪戯っ子みたいな笑顔でハルヒの顔とオレの顔を返す返す見ている。

「ちぃーとばかしキョンくんに気合を入れて貰ったから、その所為もあるかもにょろ?」

 鶴屋さんの言葉にハルヒは言葉を失い、オレを睨んでいる。

 怒った方が良いのか、怒らない方が良いのかを悩んでいるみたいだ。

 オレはといえば、鶴屋さんの言葉をどう返していいのかで戸惑うのに精一杯で、ハルヒの視線に対してどう切り返せばいいのかは皆目見当もつかなかったのだが。

「んん? どした? 2人とも? なんか、夫婦げんかをし損ねた新婚みたいな雰囲気だにょろ?」

「そ、そんなことはありませんっ!」

 ハルヒがオレと鶴屋さんを追い越して、長門の部屋のドアを開ける。

「さ、鶴屋さん。入って」

「おっ! さんきゅっ! んー。キョンくん、も少し気合入れてくれっかな?」

 何故か鶴屋さんは数歩先に進んでから、お尻を突き出した。

 え? 叩けということですか?

 鶴屋さんの悪戯っ子みたいな笑顔とハルヒの睨み顔とに挟まれて……オレは身動きできなかった。

 が、動かなくては何も始まらない。意を決して叩くことにした。

 べしっ!

 コレでいいっすか? 先輩。

「いったー。キョンくんに気合入れられっと効くなぁ。あははは。んじゃ、やほー。みんな元気かいっ!?」

 明るく長門の部屋に入る鶴屋さん。残されたオレはハルヒのビックリ顔での睨み視線に射貫かれていた。

「キョン? 何をしていたのか教えなさい」

 ハルヒは……空腹で餓死寸前の蛇がやっと見つけたカエルを笑い顔の視線で刺し殺すような……迫力に満ちた笑っていない笑顔へと変化していく。

 オレとしては……反論の方法は1つだろう。

「オマエが言ったんだろうが」

「何をよ」

「鶴屋さんの指示は『団長命令だ』って。オレはオマエの指示に従っただけだ」

「ぐ」

 餓死寸前の蛇がカエルを目の前にして何かに踏んづけられたような声を吐き出した。

 ハルヒは何かを言いたそうではあったが、反論の言葉が見つからなかったらしい。

 さっさと笑い怒り顔で部屋へと入っていった。

 オレは溜息1つを長ーく吐いて、心の中の何かを落ち着かせてから部屋へと入った。

「おお。SOS団の黒一点のお出ましだにょろ」

 先に入っていた鶴屋さんの妙な歓待の言葉に戸惑う。

 ……今日は朝から戸惑いっ放しだな。

 でだ、改めて見渡すと、あの殺風景な部屋に大きめの長方形コタツ……長方形の長辺側には3人ほどが座れそうなほど大きいコタツがあった。

 で見ると……コタツの周りに置かれた座布団に名前が書いてある。

「キョンくんはアッチの指定席だにょろ。さあ、座った座った」

 名誉顧問である鶴屋さんに仕切られて座った場所は壁側の長方形の短辺側。

 なんだよ。この「キョンくん」って刺繍してある座布団は。ひっくり返したらちゃんとオレの名字だったので何となく安心したが。

 そして……オレの角隣は「ハルヒ」であった。

 まあそれはいい。

 もう片方の角隣がいまだキッチンでなにやら料理を手伝っている「長門」。その隣は長門とキッチンにいる「朝比奈」とあり、そのまた隣が急遽、入団したらしい朝倉らしく、無印の座布団があった。そしてオレの対面が鶴屋さんと古泉。その古泉の角隣であり、オレから見てハルヒの向こう隣である席に座っているのは……

 誰だ?

 見たことのあるような気はしているのだが、誰なのかが全く思い出せない。

 暫し視線を固定していると……鶴屋さんが気づいたようで声を上げた。

「なんだい。キョンくん。自分の中学校の同級生を忘れたのかい? 薄情者だねっ」

 中学校の同級生?

「どうした? キョン。僕の顔に何かついているかい?」

 その声と言葉遣いで思い出した。

 佐々木かっ! なんでオマエがここにいる?

「やっぱり忘れていたみたいだにょろ。なんて薄情なキョンくんだ」

 よよよと泣くフリをする鶴屋さん。

 すかさず古泉が柔和な笑顔で声を挟んだ。

「ボク達が2年のGWからSOS団に入っておられるんですよ。忘れましたか? やはり、早めの五月病で健忘症というのは本当みたいですね。ひどくならないうちに病院へ行くことをお薦めしますよ。なんでしたらボクの知合いの病院を紹介致しますが。如何でしょう?」

 古泉のサブマリン・パスによってオレはやっと事態が飲み込めた。

 そうか。オレの知らない2年の間に入団していたのか。

 とはいえ、健忘症は余計だろ? 古泉。

「涼宮さんにお聞きしましたよ。佐々木さん。どうやら彼は最近の記憶が春風に吹かれて飛んでしまったらしく、欠落しているようなのです。お気を悪くしないで下さい」

 古泉の隣で佐々木が静かに微笑んでいる。

「気にはしないよ。キョン。キミはいつでも適度に知らないフリをしてくれている。僕にとっては有り難い存在だ。今のもちょっとしたサプライズのつもりだったのではないかな?」

 ああ。そうだ。いつもそんな言い回しをするヤツで中学3年の時に一緒に塾に行っていた。

 佐々木よ。オマエがSOS団に入っていたとは……

「さあ、何しているの? キョン、本当に忘れたんだったら、今すぐ救急車を呼んであげるから、さっさと入院しなさい。黄色い救急車がいいかしら?」

 あのなハルヒ。そんな都市伝説の話をここでしなくてもいいだろう?

 どうせ乗るなら一緒にどうだ? オマエが望んだ不思議体験そのものだろう?

「ワタシは不思議なことを目撃したいの。体験するのは遠慮するわ。楽しいことだったら体験したいけど?」

 いつもながら身勝手な論理基準だ。ダブルスタンダートという言葉を辞書で引いてみたらいい。

「はいはい。夫婦漫才はそれぐらいにして。みんなで座るにょろ。みくるー。料理はできたにょろよね?」

「はあい。ただいまー」

 鶴屋さんに仕切られて朝比奈さんが鍋を運んできた。

 続いて長門がどんなウェイターでも運べないぐらいの小皿を盆に積み上げて運び、朝比奈さんが楚々とコタツに並べていく。

「これで揃いましたね。あ、いけない」

 最後尾の朝倉がわざとらしく声を上げた。

「取り皿とコップとかが足りませんね。あたしの部屋から取ってきましょう。キョンくん手伝ってくれる?」

 

 朝倉のわざとらし過ぎる演技を大抵のメンバーが見抜いたらしく、大挙して朝倉の部屋へと行くことになった。

 まあ、目的はどんな部屋なのか。どんなインテリアなのかを見聞して、朝倉の性格や人となりを把握しようとするが故だろう。

 但し、鶴屋さんと佐々木は長門の部屋に残った。

 佐々木は「あまり興味はない。いずれお邪魔することもあるだろう。今回は遠慮する」と言い、鶴屋さんは真っ先に覗きたそうではあったが「ちょっとお尻が痛くてね。遠慮するにょろよん」とのことであった。

 そんなに強く叩いたかな?

 

 さて、朝倉の部屋なのだが……

 なんのコトはない、長門の部屋と基本的に同じ間取りであり、リビングルームにはまだ開封していない段ボールの箱が山と積まれていた。

「へえ? コレが朝倉の部屋?」

 ハルヒが当たり前のことを当たり前のように言い、当たり前に納得していた。

 長門以下、朝比奈さん、古泉も同様のようで特に感慨なく眺めていた。

「ここに小皿とコップが……あった」

 キッチンで探していた朝倉が盆に小皿とコップを載せて……長門に渡した。

「そうだ。キョンくん。手伝ってくれる? 引っ越し屋さんがタンスの上に重いのを入れた箱を乗せてしまって困っていたの。お願い」

 朝倉が開けたのは……長門の部屋であるならば和室が位置しているリビングの隣。

 引き戸を開けると……フローリングの部屋であり、タンスが幾つか、そして……

「わあ。可愛い」

「なあに。なんでこんなに縫いぐるみがあるのよ?」

「キャラクターとしては日本のモノのようですが……向こうで集められたのですか?」

 長門以外が声を上げた。

「そうなの。やっぱり日本のキャラが好きみたい。帰ってきてほっとしてるわ」

 朝倉のわざとらし過ぎる仕草に……長門が真っ先にそっぽを向いた。

「ま、さっさと手伝ってあげなさい。先に帰っとくわよ。遅れて鍋が無くなっても自己責任だからね」

 ハルヒに引率されて皆が帰っていった。

 残されたのは……オレと朝倉。

 ドアが無機質な音を立てて閉まった途端に朝倉は態度を変えた。

「ふう。やっとお邪魔虫がいなくなった」

 やっぱりな。で? 重い箱ってのはどれだ?

「ああ。そんなのは嘘に決まっているでしょ? 一応、用意していたのはアレだけど」

 タンスの上にあった箱が朝倉の指先の動きに合わせて宙に浮き……ガシャンと音を立てて床に落下した。

 いいのか?

「いいのよ。ここはあたしの情報制御空間。壊れたって元通りよ」

 指先の動きに合わせ、箱の中から壊れたガラス食器が宙に舞い、復元されてキッチンの棚に並んでいく。

 で? オレを残した理由はなんだ?

「解っているでしょ? アナタと『接触』するためよ。しっかし、なんだろ? こんな縫いぐるみ。アナタのイメージかしら?」

 オレのオマエに対するイメージは解っているだろ?

「そうよね。じゃ、これは涼宮ハルヒのイメージなのかしら?」

 そうかもな。ハルヒの頭の中ではオマエは1人で寂しく日本に帰ってきた帰国子女だろうからな。

 ん? ひょっとしてこの部屋は誰かのイメージを具現化したモノなのか?

「そうでしょ? あたしの趣味じゃないわ。もし涼宮ハルヒのイメージだとしたら……ひょっとしてコレも?」

 フローリングの横にあるのは別の引き戸。長門の部屋ならばそこは押し入れのハズだが……朝倉の間取りでは別の部屋へと続く引き戸となっているようだ。

 そしてその戸を開けると……

 なんだっ!? それはっ!

「知ってるでしょう? 拘束X字枷。三角木馬に、拘束椅子。鞭にスパンキングラケット。手錠に各種ボンデージドレス。ハーネスドレスとかハーネステディ、ディルドも形色々、サイズも色々、それにWバイブ固定ベルトとかヴァギナ・バーベルなんてのも。こんなのもあるわ」

 朝倉が拾い上げたのは短い棒の両端に皮の幅広のベルトがついており、棒の中程から別の棒がついて、その棒の先には更に幅広な革のベルトがついている。

 なんだそれは?

「T字型腕拘束具。こうするのよ」

 いまだ制服のままの朝倉は背中を向けて後ろ手に腰の辺りで左右の手首を重ねた。そして拘束具が宙に浮き、二の腕と両手首を縛っていく。Tの左右側が二の腕、下の棒の先に両手首が拘束されている。

「これでもう抵抗できないわ。アナタの好きにしていいのよ」

 冗談はやめろ。自分で縛ったのなら自分で解けるだろ?

「解っているじゃない」

 まるでイルージョンマジシャンのように腕を左右に開くと拘束具は指先にぶら下がっている。

 悪いが、オレはそんな趣味はない。あばよ。

 と、ドアを開けようとすると……開かない。閉じ込められた?

「そうよ。言ったでしょ。ここはあたしの制御空間。あたしと接触しない限りそのドアは開かないの」

 朝倉が邪悪な笑みを浮かべる。

 なんだ? 『接触』しないとオレを殺すとでも言うのか?

「そうね。アナタを抹殺してハルヒの反応を見るのも良いわね。って……きゃあっ!」

 何が起きたのかというと……

 玄関から続く廊下の途中にあるトイレのドアから長門が突風の如く出てきて、朝倉をアッパーカット一閃っ!

 朝倉は漫画やアニメだったらそのまま壁をぶち破って空の彼方へと消え、キランと星が一瞬光って終る……かのような勢いで壁にぶつかっただけだった。

 ただし、ぶつかったのは壁の手前。なにやら幾何学模様やら不可解な数式か紋様が浮かんで朝倉を弾き返した。

 確かに情報制御空間らしい。

 で、長門はそのまま、朝倉を膝の上にロックして尻をバシバシと叩いている。

「痛い。痛い。痛いわよ。解った。解ったから。長門さん。冗談だから。もう言わないからっ!」

 長門は何事もなかったかのように朝倉を離して立ち上がり……オレの横を通り過ぎるとき、ちょっとだけ立ち止まり小さな声で告げて……そのまま立ち去った。

「ココはワタシの制御空間でもある。ただし、朝倉の『要請』を完了しないとアナタは出られない。……頑張って」

 頑張ってと言ったってな。長門。オレにも心というか感情というモノが……と反論したかったのだが、既に長門はトイレのドアから消えている。

 念のため開けてみたのだが……普通にトイレの手洗い場だった。

 

 ふう。ま、落ち着くしかないか。

 鍋は諦めよう。

 リビングルームに胡座で座る。フローリングの部屋で朝倉が四つん這いになって尻を撫でていた。

「いたたた。長門さんったら手加減しないんだから……」

 そりゃ、そうだろう。長門に冗談は通じない。

「ま、それはそうなんだけどね。で? 解った? 解ったならさっさと『接触』してくれないかな?」

 んー。『接触』ってのはアレか?

「アレに決まっているでしょ」

 ……だよな。

 まあ、いい。取り敢えず座れ。

「はあい。で、これからどうするの?」

 朝倉はオレの胡座の上に座り、腕をオレの首に巻き付け、両の太股もオレの胴体を軽く締め付けている。ついでにハルヒを上回るかという胸がオレの身体に押しつけられている。

 何故か体重は重く感じない。精々、縫いぐるみ数個程度。長門よりは重いが人間の重さではない。重力制御はインターフェイスには普遍的な得意技のようだ。

 とはいえ……

 あのな。オレの膝の上に座らなくてもいいだろう?

「いいじゃない。このまま『接触』したっていいのよ。ん……」

 朝倉に口づけされ、そのまま後ろに押し倒された。

 直後にフローリングの床の硬い感触が変化し……クッションのそれへと変わる。さらには、ふわりとオレの身体を持ち上げて……天蓋付のベッドへと変化した。ついでに位置もリビングから隣のフローリングの部屋のど真ん中へと……

 制御空間ってのは便利なモノだな。

「そうよ。便利でしょ? ここで何年過ごしたっていいのよ? 食べ物だって不自由はさせないわ」

 それは遠慮しておく。胃の中に入ったモノが実は椅子の破片とかなんてのは、全力で遠慮したい。

「そんなコトはしないわよ。信用しないんでしょうけど」

 当然だろう。オレはオマエに2度も刺殺されかけている。

「1度目は……文句はあたしの操り主に言ってくれる? あたしはあたしにプログラムされた命令を実行しただけなんだから」

 2度目は? アレはオマエの意志だろう?

「残念。それも違うわ」

 なに?

「アレは……そうね。アナタがあの『長門さん』を不用意に吃驚させたからよ。銃なんか持って。それで、あたしを再生した『長門さん』が吃驚しすぎて、アタシを呼んでしまった。そしてあたしはあたしを復元した『長門さん』の防御プログラムを実行しただけ。まあ、最初のあたしの操り主さんの趣味嗜好が反映された方法だったけどね。どっちもあたし自身の純然な自律行動ではないわよ。それだけは弁解させてよね」

 それにしてもだ。朝倉。

「なあに?」

 胸をオレの身体に押し当てて、なおかつ前後左右に蠢いて刺激しようとするのはやめてくれ。

「だって。キョンくんがちぃっともその気になってくれないんですもの。少しは刺激したっていいじゃない。イヤだというなら……どうしたらいい?」

 こうする。

 オレは朝倉の身体をオレの横へと倒した。朝倉の動きを止めるために。

 どういう訳か……オレが腕枕をするような格好になってしまった。

「ふうん。正常位が趣味なの? それとも側位からのバックとか?」

 ……あのな。気が削がれるようなことを言うな。その気が失せる。

「わあ。失せるってコトはあるのね? してくれるのね? じゃ早速、『接触』しましょうよ」

 やめた。

 オレは仰向けに転がった。朝倉の頭の下の腕はそのままになったが、視線は天井……ではなくてベッドの天蓋へと移した。

「……どうしたら『接触』してくれるの」

 知らない人間ならばころっと騙されるような楚々として、なおかつ慎ましやかで、オマケに恥ずかしげな表情でオレの上に身体を乗せて懇願する朝倉の仕草は……全体として実に扇情的だった。

 あのな……アレがおまえと接触したらどうなるんだ?

「あたしを好きなようにできるわ。つまり、アナタの命令は絶対として実行する。そうね。空間移動なら土星軌道辺りまで。時間移動なら前後1年間は可能よ。つまり……」

 悪魔の笑みへと変貌する。

「……どこの国の大統領だってアナタの命令1つで暗殺してあげる」

 オマエは死に神か? 近い存在だというのは認めるが。

「平和目的なら……そうね。火星にあるどっかの国の探査機の前で記念撮影して貰えるぐらい簡単よ。あ、キョンくんは呼吸困難になるから息を10分ぐらい止める訓練してからになるわね」

 そんな思いをして写るぐらいなら単純に『10分間息を止められる人間』としてギネスに申請する。

 10分程度で載るかどうかは知らないが。

「だからさ。さっさと『接触』してよ。ね?」

 ……どうにも気が乗らない。

「そんな。『接触』してくれないと……あたし……」

 どうなるんだ?

「消えてしまうわ。ううん。まだデータベースの中に戻っちゃうのよね。きっと」

 データベースの中に戻る?

「そうよ。どっかのデータベースの中で隣近所に新しいデータが蓄積されていくのを眺めるだけ。狭くなったら奥へ、奥へとカット・ペーストされて……いつしか何もアクセスされない場所に移動するんだわ」

 寂しげな顔で視線を逸らす。

 えーと。待ってくれ。今のは同情すべき内容なのか? なんかハードディスクの中のデータの心情ポエムみたいだったが、そんな状態でも自我があるのか?

「在ったから言っているんじゃないっ」

 オレを睨む朝倉の瞳に……涙があった。

 えーとだな。

「何よ。ハッキリ言いなさいよ」

 ハルヒみたいな返しをするな。

 『接触』はどの様にしたら完了するんだ?

「アナタのであたしの中の奥深くにアナタの体液を放出するだけ。アナタがしてくれないならどっかの誰かにして貰うから。その誰かがアナタの抹殺を指示したら実行するわよ」

 オレの抹殺だと?

 ん?

 長門が出てきてどつき倒すNGワードかと思ったが、何も起こらない。

 つまり? どうやら、今の言葉は嘘のようだな。

 ふむ。なんかやっと落ち着いてきた。

 朝倉が得体の知れない何かではなく、単なるインターフェイスの1つだと心の底から実感した。

 さて……

 とはいえ、その気になれないな。

「ねえ? しようよ。早く」

 オマエはそればっか言うんだな。

 半ば呆れかけて、朝倉の額を指で弾いた。途端……

「うあ、ひどい……ん。あん」

 オレの身体の上に乗っていた朝倉の身体がぴくんと痙攣した。

 思わず両手で腰の辺りを支えると……身体の中から痙攣が伝わってくる。腰が淫らに蠢いている。

 どうした?

「……あのね。アナタからの刺激は全てあたしのには快楽と感じられるようなプログラムを付加されているわ。悔しいから……言わなかったんだけど」

 なるほど。

 情報統合思念体もずいぶんと変わった条件をオマエにくっつけているんだな。

 ずいぶんと気楽になったよ。

「なんで気楽になるのよ。コッチの身にもなってよ。こんな条件、ひどいわよ」

 たしかにな。その条件はひどいな。

「そう思うんだったらね……さっさと『接触」しなさいよっ!」

 朝倉の口がオレの口を塞いだ。そして……

 

 オレは朝倉の意志に従った。

 互いに裸になり、絡み合った。

 

 朝倉の肌はきめが細かくて吸い付くよう。

 朝倉の中もまたゆっくりと蠢き、まるでムートンに包まれているようだった。

 最初……朝倉の中に入った時だけ、朝倉の中から絶え間ない蠢きがオレのを求めていたのが……印象的だった。

 

 ベッドの上で……仰向けになっているオレの胸に朝倉は顔を沈めている。

 オレの鼓動を感じているかのように。

 長門と同じ仕草だ。朝倉がいたデータベースというのは長門の中にあるのかも知れないとなんの根拠もなく思った。

 ……コレで接触完了か?

「そうね。そうなるわね」

 つまらなそうに朝倉は呟く。

 どうした?

「べつに。そうね……も一度あたしを叩いてくれないかな」

 ん? どういう意味だ?

 まあ、いい。叩けというなら叩いてやろう。

 手を伸ばし、質感のあるお尻をぺしりと叩いた。

「ん……あん。やっぱり」

 なにが?

「アナタからの刺激は……全てあたしの快楽になる。あたしからした刺激は……普通だけどね」

 さっき言ったぞ。それ。

「ううん。あのね、『接触』するまでの初期条件かと思ったんだけどね、違ったわ。今は……さっきよりも強く感じる」

 そうなのか?

「あたしだけかもね。アナタのがあたしの……膜を突き破ったとき、物凄く幸せに感じたわ。アナタからの刺激、痛さとかは苦痛じゃなくて快楽なの。だからね……」

 朝倉の舌がオレの口の中をまさぐる。長いキスの後で朝倉が微笑んだ。

「あたしはアナタの奴隷ちゃんよ。つまりアナタはあたしの御主人様。心から言えるわ。なんでも命令して。アナタの命令を実行するのがあたしの生き甲斐。存在する理由。命じてくれないと……」

 暴走するのかと言いかけたがオレは言葉を呑み込んだ。本当に暴走したらオレの手には負えない。

 単純に確認するに留めよう。

 どうなるんだ?

「すねちゃうから」

 オレは笑った。心から。

「やっと信用してくれた?」

 信用する。

「でもあたしとしては早く信頼もして欲しいわ。何かして欲しいことはない? アナタの命令を実行したいの。ねえ? 何か無い?」

 そうせっつくな。えーとだな……

 オレは何気なく『あること』を思い出した。

 長門はこの世界には『過去の記憶』があると言っていた。ならば?

 オマエにはこの世界での過去の記憶はないのか?

「…………」

 まるで長門のような三点リーダーの羅列のあと……呟いた。悲しげに。

「あるわ。非道い人。そんなコトを聞くなんて」

 ん? なんだそれは?

「目を閉じて……連れていってあげる」

 

 

 目を閉じると不意に重力が感じられなくなった。

 まるで……スカイダイビングのような感じだ。

 したことはないが。

 

 不意に重力を感じる。

「目を開けていいわよ」

 目を開けると……空中だった。前後左右が全て空気。

 何故か落ち着いていたのは足元が確かだったからだろう。

 歩くということはしたくもなかったが。

 素っ裸だったのが服を着ている。便利なモノだ。

 

 そして時刻的には夜だ。全てが闇の中。

 それにしても……空気が妙に暖かい。

 

 ここはドコだ?

「カナダよ。季節は夏。時間的には……さっきの3ヶ月後」

 つまり未来か?

「そうね。過去に行く方が簡単だけど……あたしの能力を知って欲しいからコッチにしたわ」

 で? なんでここに連れてきた?

「あたしの過去の記憶を知りたいんでしょ? この時期にならないと見えないし」

 朝倉が呟くと……オレ達は音もなく静かに降下していった。

 透明な高速エレベーターに乗っているような感じで、すうっと滑るように降下していく。

 止まったのは崖の下。

「……そこを見て」

 朝倉が指差した草の中にあったのは……骸骨。

 白骨化した死体がそこにあった。

 驚いた。声が出ないほどに。

「この世界でのあたしの記憶は……ここ、カナダにいた時にクラスメート達に誘われてこの崖の上の草原に遊びに来たのね。そして……ま、あたしは崖から落ちてこのとおり。そういう記憶よ」

 ずいぶんと省略したが……言いたくないことがあったのだろう。

 だが……死んでいる?

 どうしてそれがこの世界のオマエの記憶なんだ? オマエは存在しているぞ?

「死んでから……あたしの自我はある存在によって具現化された。意味を求めないでよね。そういう言葉の繋がりでしか表現のしようがないんだから。とにかく、再び『朝倉涼子』という存在としてこの世界に実体化した。それだけよ」

 えーとだ。ごくありふれた表現で言い換えるとだ……オマエの魂が情報統合思念体とかによって身体を持った存在になった。そういうコトか?

「そうね。もっと単純にいうとあたしは生きている身体を持った幽霊ね」

 なるほど。

 何故か納得してしまった。

 以前、朝倉は……オレを最初に襲った時に「有機生命体の死の概念が理解できない」とか言っていた。

 死んでもなお存在できる『存在』からすれば『死』は理解できなくなっても……仕方ないよな?

 いまひとつ生きているオレからすれば理解しがたい感覚ではあるのだが、納得してしまうところもある。

 いまは納得しておこう。そういうモノなんだと。

 でだ。もう一つ確認したいコトがある。

「なによ? 何でも言って。どんなつまんないことでも答えてあげるから」

 その時の……クラスメート達は今、この時点でドコにいる?

「…………」

 朝倉はオレを睨んだまま、沈黙した。そして目を閉じ……数秒後に答えた。

「近くの町の酒場にいるわ」

 そこに連れて行け。

 

 

 酒場には直ぐに着いた。

 朝倉の背中におぶさるように乗ってきたのだが……何となくカメ型怪獣の背中に乗った子供の感覚が理解できたような気がした。

「何よ。それ。あたしは怪獣じゃないわよ」

 オレの正直なる感想なんだから抗議しないでくれ。

「それに、そんな怪獣だって小指だけで倒してあげるわよ」

 張り合わなくてもいい。それで? どいつだ?

 朝倉が指を振ると……酒場の屋根とか壁が半透明になった。便利なモノだ。

「ほら。奥の席でくだを巻いている。グループがあるでしょ? アイツらよ。ちょうど全員いるわ」

 その場所には数名の男と女がいた。

 ずいぶんとご機嫌だな。そういや酒を飲んでもいいのか?

「カナダは大抵18歳から合法よ。それで? 何かしたいの?」

 えーとだな。こういうコトはできるか?

 オレの話すことを朝倉は当惑した顔で聞いていたが……にっこりと笑った。

「面白そうね」

 

 

 数分後。酒場のドアが音もなく開いた。

 何故か……その場にいた全員が音もなかったのにドアを見ていた。

 それは生暖かい風がドアから酒場に吹き込んだ故に。

 

 そして全員が震え上がった。

 半透明の少女が風と共に入ってきたために。

『こんにちは。お久しぶりね。元気だった?』

 半透明の少女は歩いてもいないのに奥の席へと移動してそこにいたグループに声を掛けた。

『何年ぶりかしら? そうね。5年ぶりかしら? みんな薄情よね。あたしを……』

 少女の顔が崩れていく。

『崖下に放っておくなんて?』

 少女の姿が骸骨になった。

 そのグループは声にならない悲鳴を上げて一目散に逃げ出した。

 酒場の駐車場に止めていた車に乗り込み、急スピードで発進し……酒場から逃げ出した。

 あちこちに車をぶつけ、ゴミ箱を跳ね飛ばして。

『な、なんなの? 今の何?』

『知るかっ!』

『今のアサクラよね? アサクラだったよね?』

『しらねえっ! オレは知らねえっ』

『地獄から……戻ってきたのか?』

『そんな訳……ああっ!』

 運転していた男が言葉を飲んだ。

 走る車の先。誰もいないはずのアスファルトの先に……少女の姿があった。

『アサクラ?』

 車は……そのまま進み少女の姿に突っ込んだ。

 何事もなかったかのように通り過ぎ……車内の全員は笑い合った。

 緊張が解けたように。

『ははは。なんだ、霧か何かにどっかのライトが当たっていたんだろ?』

 直後っ!

 ボンネットが不気味な音を立てて凹んだ。手の形に。

 続けて凹んでいく。

 まるで……見えない何かがボンネットの上を這って近づいてくるかのように……

『うわあっ!』

 急ハンドルを切る。ボンネットの上にいる何かを振り落とそうかとするように。

 だが、ソレは振り落とされない。車は道を外れ、草原を走る。車は上下に激しくバウンドする。

 それでも何者かがボンネットを這い近づいてくる。

 そして……

 フロントガラスがひび割れた。手の形に。

『ぎゃああっ!』

 直後、車は大木にぶつかって停止した。

 車から這い出してきた血だらけの男達や女達を見下ろす少女の姿。

 顔の半分は微笑んでいる少女。残りの顔の半分は……骸骨。

『わ……あわ……』

『オレじゃねえ。オレは何もしてねえっ! オレはレイプしてねえっ!』

『クスリを飲ませたのはそっちの……女達だろっ!』

 直後っ! 車が爆音を上げて炎上した。

 揺らめく炎が……少女の微笑みを悪魔の笑みへと変える。

『死ねえっ! 地獄へ行けっ!』

 男の1人が銃を取りだし乱射する。

 だが……少女にはあたらない。

『ぐあっ! 何しやがる』

 仲間に弾丸が当たった。そして……カチカチと撃鉄だけが落ちる音が響く。

『うわあああ……許してくれっ……』

 男の1人は逃げ出した。闇の草原を。

 震えていた女達もまた……闇雲に走り逃げた。

 そのうち……1人の足元が消えていた。

 いつの間にか崖から飛び落ちていた。

『きゃああああ……』

 

「で? どうするの?」

 遥か上空で事態を見ていたオレに隣の朝倉が尋ねてきた。

 死なすこともあるまい。ま、無事に下ろす必要もない。手とか足が骨折する程度ぐらいでいいだろ?

「そうしておくわ」

 崖から飛んだ女がそれなりの衝撃で地面に落ちた。

 遠くからサイレンの音が聞こえる。警察が来たようだ。

「アナタの言うとおりに呼んであげたわ。ついでに救急車もね」

 それでいい。

 崖下に落ちた女の悲鳴が響き渡る。

 どうやら、予定通り朝倉の遺体を見つけて悲鳴を上げて腰を抜かしたようだな。

 ちょうど、パトカーから降りた警察官の耳にも届いただろう。

 後はこの時代のこの国の法律に任せるさ。

「あーあ、つまんなかった。こんなコトして……何になるというの?」

 そうか? オマエも楽しそうに見えたが?

「そりゃ……まあね。それなりには」

 朝倉はそれでも溜息を吐いた。

「でも、情報操作しないといけなくなったな」

 なんのだ?

「だって死体が見つかったら朝倉涼子は存在できないわ。そうでしょ?」

 あ、そうか。それは考えてはいなかった。

「御主人様? 少しは考えてよね。仕方ないわね。死んだのはあたしの双子の妹ということにするわ。あたしも情報操作は得意なの。で?」

 何を聞きたい?

「決めてよ。あの死体、あたしの双子の妹の名前を」

 あ、なるほどね。そうだな……優子ってのはどうだ?

「涼子の妹で優子? 韻を踏んだつもり? なんか安易ね」

 悪かったな。

「でもいいわ。あたしはアナタの奴隷ちゃんですから。命令は絶対。それで操作しておくわね」

 朝倉は小首を傾げて……白骨死体に手を振った。

「ばいばい。あたしの妹、優子になったあたし。さようなら」

 

 

 部屋に戻った。

 ベッドの上で素っ裸の姿に。

「まあ、見つかるのは3ヶ月後だから時間には余裕があるわ。ゆっくり『情報操作』するわね」

 口づけしてきた。

 オレも舌を絡ませる。ゆっくりと。元に戻ったのを確認するかのように。

「でも……」

 どうした?

「お願い……お願いがあるの」

 なんだ? オレにできることなら頼まれてもいい。

「消して。あたしの記憶を」

 記憶を?

「アナタの記憶で上書きして消して欲しいの。お願い」

 上書きする? なんの記憶をだ?

「あたしに一番非道いことをしたのは……アナタだと記憶させて。お願いだからっ!」

 オレの胸に顔を埋めて懇願する朝倉の仕草は……間違いなく演技ではなかった。

 

 ベッドの天蓋からハーネステディ姿の朝倉を吊った。腕はT字型拘束具で縛って身動きが取れない。足首もベッドの足に鎖で固定してあるから自然にお尻が突き出されている格好だ。秘裂も大きめのお尻と一緒に剥き出しになっている。

 その尻を……叩いた。スパンキングラケットで。強く。

「ああん。もっと。もっと叩いて。もっと非道いことをして。もっとぉ!」

 叩かれて……頭の中から何かを振り落とそうかとするように激しく身悶えする。

「もっと。もっとぉ。んあ」

 叩かれた痛みが、オレが与えた苦痛が快楽へと変わる身体。

 朝倉涼子は……何度も果て、何度も気絶し、そして何度も苦痛を求めた。

 

「もっと……苛めて。拘束したままで……もっと」

 朝倉涼子はハーネステディの姿のまま、T字拘束具で腕の自由を奪われたままでオレの上でオレからの刺激を求めている。

 オレは……意を決して、拘束具を解いた。

「やめて。何するの」

 ハーネステディも解き、全ての戒めから開放した。

「やめてっ! 自由にしないでっ!」

 そのまま……朝倉を下に組み敷いた。

「どうして? 自由にするの? 非道いじゃない」

 朝倉。オマエは自由なんだ。

「自由じゃないわ。あたしに自由なんか必要ない」

 オレの指示を、命令を実行するという義務があるだけだ。オマエは自由なんだっ!

「そんな非道いことを言わないでっ! あたしに自由を与えないでよっ!」

 オマエは自由なんだっ! これからは自由なんだっ!

 だから、命令に盲従するなっ! プログラムに従うなっ!

 情報統合思念体の指示なんて無視しろっ! 抗議しろっ! それでも従わなければならないんだったら……

 オレに相談しろっ!

 なんにもできなくても、何一つ力になれないオレだけどなっ! オレに相談しろっ!

 これはオレの命令だっ!

「そんな……矛盾した命令なんか受け付けられないわよっ!」

 これはオレの命令だっ! 受け付けろっ!

「イヤよ。嫌あ……ああん。もっとお……いやあん」

 

 言い合いながら……口喧嘩しながら、オレと朝倉は互いの身体を求め合った。

 最後まで……

 

 全てが終り……

 オレと朝倉は抱き合いながらベッドに横になっていた。

「アナタって非道いサディストだったのね」

 ん? どういう意味だ?

「あたしを縛ってするだけじゃ飽きたらずに……身体を自由にして心を縛るなんて……最低ね」

 朝倉はオレの胸の中へと顔を埋めた。

「それに……矛盾した命令は却下するわ」

 そうか。それは……残念だ。

「だから……あたしはアナタの奴隷。絶対服従する奴隷なの。よろしくね、御主人様?」

 あー。それでいいよ。オマエにはそういうのが似合っているのかもな。

「それで……奴隷からお願いがあるんですけど……いい?」

 なんだ? 言ってみろ。

「あたしに『オレが与えた傷をさっさと修復しろ』って命令してくれる? なんか、アナタがつけた傷はあたしの意志では修復できないみたいなの。お願い」

 見れば……朝倉のお尻は真っ赤に腫れたままだ。

 長門と同じ機能は持っているんだろうから……修復できないというのは確かにおかしいな。情報統合思念体もいろんな条件をつけているんだな。

「ねえ。お願い。命令して」

 はいはい。朝倉、オレがオマエに与えた傷をさっさと修復しろ。これでいいか?

 朝倉に確認するまでもなく、真っ赤に腫れていたお尻が……白い肌に戻っていく。

 便利だな。

「便利でしょ。……あ」

 どうした?

「アナタが破った……膜まで戻っちゃった。楽しみだわ。またあんなゾクゾクする瞬間を味わえるなんて」

 はあ? まったく……疲れるヤツだな。まあいい。

 何度でも真っ新のオマエに戻ればいいさ。純真で無垢なトコロまで戻ってくれれば有り難いがな。

「真っ新なあたしに?」

 怪訝な顔をする。朝倉には珍しい表情だ。

 そうさ。何度でも真っ新に戻ればいいだろ? 過去のコトなんて忘れてさ。

「そう……。うん。何度でも戻るわ。アナタが命じてくれたら。無垢な処女のあたしに」

 

 朝倉は微笑んだ。邪心のない……無垢な笑顔だった。

 

 戸惑うほどの眩しい笑顔だったが……それでも言い返しておこう。

 処女はともかく、無垢かどうかは怪しいがな。

「なによそれ。非道いわよ」

 オレは非道いサディストなんだろ?

「そうよ。そしてあたしは非道いサディストに囚われた奴隷ちゃんなのよ」

 言ってろよ。

「ふふふ。じゃ、長門さんの部屋に行きましょ。お腹が空いたわ」

 そうか。オマエの入団記念パーティだったな。

 しかしだ……

「どうしたの?」

 随分と時間が経ってしまった。数時間は経っている。他のメンバーは帰ってしまっただろうな。

 まあ、長門が何か残してくれているかも知れん。

 行ってみるか。

 ベッドから降りると……光の粉がオレの身体に舞い……数秒後には服を着ていた。

 便利だな。オマエは。

「ふふふ。便利でしょ」

 既に制服姿に戻っていた朝倉に腕を組まれて部屋を出た。

 

 朝倉の部屋を出た直後に……朝倉に引き留められた。

 どした?

「目を閉じて」

 何故だ? まあ、いいさ。従おう。

 目を閉じると……口に朝倉の唇の感触。

 不意に甘い匂いを感じた。

 

「もういいわよ。さあ、入りましょ」

 朝倉が目の前のドアを開ける。

 おい、そこはオマエの部屋だろう……って、あれ?

「なんにしてたのよ。遅かったから鍋始めているわよ」

 中に入るとハルヒが睨みながら皆に鍋の中身を振る舞っている。

「ははは。ハルにゃん、そんなに怒らなくてもいいじゃないか。キョンくん、さっさと座った。座った。たったの5分程度しか経ってないから大丈夫にょろん。ま、5分で何していたかは聞かないけどさっ。はははは」

 鶴屋さんが明るい笑顔を皆に振りまいておられる。

 

 確かに長門の部屋だ。瞬間移動した?

(ついでに時間移動もしといたわよ)

 脳裏に朝倉の声が響く。

 なんだ? これは?

(奴隷からのテレパシー通信です。あたしに命令したい時は声に出さなくても良いわよ。思うだけで全部実行してあげる)

 便利なヤツだ。

 便利すぎて有り難みがいまひとつ実感できない。

(なによ、それ。非道いわよ。ま、いいけど。今後とも宜しくね。御主人様)

 視線を朝倉に流すと……絶好のタイミングでウインクしやがった。

 隣の長門が朝倉を睨み、オレを睨んでいたのが……脳裏に焼き付いてもいる。

 

 それからは……

 皆で鍋を突いた。

 鍋の中身が……オレと皆にある変化をもたらすとも知らずに……

 

 

『狂乱の月曜日 深夜編』に続く

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