朝の通学路でオレは古泉五妃と一緒に登校している。
いつの間にか高専へと変わった通い慣れた学校へだ。
幸いにも生徒手帳に記されていた学校の所在地は同一で慌てて地図を広げたり、誰かに尋ねると言うことはなく足を進められるという状況には感謝したい。
誰に感謝すべきかだが……誰だろう? 少なくともこの状況を生み出したであろう涼宮ハルヒだけはそのリストからは除外すべきだろう。
そして隣で自分が男から女へと変わってしまったが故に多少混乱が言動に見られる元、古泉一樹こと現、古泉五妃も……リストから外すほどではないだろうが、序列としては最後の方に回したい。
「タイムスリップに気づいたのはボクの中の『男』である一樹の記憶と『女』である五妃の記憶量というか情報量に差異があったからです。高校2年生以降の朧気な記憶。それが切っ掛けでした。そして生徒手帳を見て確信した。高専というのは予想外でしたけどね。それで妹さんの対応がおかしいことを思い出したのです。違和感はそれだけではありません。ボクの周囲の人々に年月日を確認したときの時間感覚のズレの出現……一言でいえば『タイムスリップの出現』の微妙な違和感です。時間変革は一瞬に全て行われたのでしょうが記憶というか情報の出現の仕方が……なんというか、一気に全てが変わったのではなく、個々の記憶の中に時間の認識が『トロイの木馬』型のウィルスのように圧縮されて挿入され、『日時』の概念がその『情報』に触れた途端、『2年後』の時間感覚となる。そんな気がします。単なる推論ですが。いや。今、議論すべきは、まずは当面の課題のクリアでしょう。つまり……」
しかし。並びながら歩いている古泉五妃の姿は……実に目立つ。
背が高く美少女であるというだけでも衆目は集めるだろう。それは道理であり自然の摂理であり、当然であろう。
だが、その長身の美少女が学生カバンを身体の前で両手で持っているというのはどうだろうか?
いや疑問形で終わる必要はないのだが、終わるには理由がある。
それは古泉五妃がかなりのプロポーションということ。そして「かなり」という副詞がが掛かるのは対象の大部分は胸である。
30GGという受注生産レベルのそう簡単には存在し得ないブラを必要とする胸であり、そのスタイルを所有する美少女がカバンを両手で身体の前で持っている。
言わずもながだが、強調する必要の無い胸が強調される結果となっているのである。
長々と何が言いたいかというと……周囲の視線が痛い。睨んではいないだろうが、睨まれている感覚に襲われてしまう。
このままでは周囲から突き刺さる視線でハリネズミになりそうな気分だ。
「……聞いてますか?」
立ち止まった古泉五妃にも睨まれてしまい、オレは自分で自分の頬を叩いて気合を入れた。
煩悩よ。立ち去れと。
立ち去ったかどうかは知らないが、周囲の視線は気にならなくなった。というか気にしないことにした。そんなコトを気にしている場合ではない。
いつの間にやら通っている高校が高校ではなくなり高等専門学校、世間的な略語で示せば高専になり、しかも2年生になったばかりのつもりが4年生になっている。つまりは2年ほどタイムスリップしている。幸いにも季節というか時節は同じで西暦か和暦の「年」を気にしなければ、普段の生活では悩むことは無さそうだ。
ついでに言えば「月日」も気にする必要はない。
学生ならば「曜日」を気にするだけで充分だ。平日は勉学に明け暮れるのは世間に対する義務であり(できれば適度に手を抜きたいが)、貴重な休日である土日には猫のようにゴロゴロするのも学生としての本分である。休日を怠惰に過ごさずに何が学生なのかと問い質したい。
問う相手が誰がもっとも妥当なのかは知らないし、追求もしたくはないが。
とはいえ……
やはり2年ほどタイムスリップしている理由というか原因を探らなければならないんだろうな。元に戻るには。
「聞いていなかったようなので繰り返しますが、当面の課題は1として木曜日の夜に涼宮さんに何が起こったか。2としては何故、ボクが女である世界に改変されたか、そして何故に2年ほどタイムスリップしたか。3に何故に高校から高専に変革されたのか。というコトになるでしょう。ですが、最優先課題としては如何にこの世界で怪しまれずに行動するか。それに尽きます」
何故だ?
「怪しまれては原因追及もままなりません。『アイツは変だ』とレッテルを貼られるとやっかいです。レッテルを剥がさない限り正確な情報を得ることが難しくなります。まずは周囲に溶け込みましょう。その後に情報収集。原因追及は情報が揃ってからです」
もっともな意見だと納得しよう。だがな。SOS団という正体不明な集合体と世間に認識されているのであればその努力は無駄なような気がする。
「そうですか? ですが、そのSOS団が無くなっている可能性も否定しきれません」
そうか? まあ、可能性としては有り得るだろう。だが、心の何処かで無くなってはいないと断言できそうな気がしている。
「何故ですか? その根拠を知りたいところです」
いいか? 高校を高専にしたのも2年ほどタイムスリップしたのもたぶんハルヒの仕業だろう?
「その推測には同意します」
だったら推測するに自分の存在意義というレベルにまで固執しているようなSOS団をアイツが消滅させている可能性は低い。というかゼロだろう。高専になってしまったとはいえ学校の何処かにはあるはずだ。必ず。
「なるほど。それは道理です。ですが、敢えて反論させて頂くと……」
歩きながら話しているので、身体が触れたり離れたりする。オレの腕に何か弾力のある柔らかいモノが触れたような気がした瞬間……古泉五妃は言葉を切ってしゃがみ込んだ。
何事かと見れば……小刻みに膝が震えている。
どうした?
「……いえ。ちょっと『眩暈』がしただけです。そうだ。コレをお渡しするのを忘れてました。カバンを預けて頂けますか」
オレの薄っぺらなカバンを預けると、古泉五妃は自分の鞄の中から黒いプラスチックを挟んだ金属板を取り出してオレの鞄の中へと入れた。
それは?
「炭素繊維プラスチックをチタン板で挟んだ物です。そうですね。デリンジャー程度の銃弾ならば完全に防げるでしょう。ナイフで突かれても大丈夫です」
……はい?
古泉五妃さま。アナタは何を仰りたいのでしょうか?
「私と登校するということはこういう装備が必要になるということです。これでも……」
古泉五妃は1つ息を深く吐いて立ち上がり、片手を腰に当て、もう片手で胸元を押さえるようにして、小首を少し傾けて微笑んだ。
「……この世界のことはアナタよりは詳しいんですよ。少しだけですけど」
コケティッシュだと思ったのは……朝比奈さんだけには秘密にしておこう。
だが、今の仕草は戦いの女神が戦い終わって微笑んだかのような神々しさはあった。
……少しだけだが認めてやろう。
「何か不満でも?」
いいや。オマエが男だったということを忘れかけただけだ。
「そうですよ。今は正真正銘の女です。それは……」
と、古泉五妃はオレに近づき、耳元で囁いた。
「昨日、何度も確認されていたはずですが?」
それは確かだが、朝の通学路であるこの路上で囁く必要性はないはずだっ!
と、叫びたかったが叫んでしまった場合、世間から会話の根拠を問われ、結果としてオレに対する評価はナイアガラの滝を落下する水よりも粉々に崩落し、世間の視線が突き刺さったメザシのような心情で余生を送らなければならなくなるのは必至である。
叫ばずに心の中に留めておこう。
というか、話題を変えよう。
昨夜はH空間は出現しなかったのか?
「アナタが帰られた後から今日の朝までの間でしたらごく小規模なのが1つ発生しました。通常の閉鎖空間は世界中にそれなりに発生したみたいですけど」
ふむ? 通常の閉鎖空間の方は担当していないのか? オマエはH空間専門になったのか?
「ええ。今は。実質的にH空間専門でしょうね。H空間はあのホテルを中心に半径10km以内で発生することが多いのです。例外もありますが。そして通常の閉鎖空間は世界中の至る所で発生します。ただ、そちらの方はある程度……ボクの能力を使わなくても予想は出来ます」
どういう方法で予想するんだ?
「涼宮さんが見聞し思いを馳せる場所。つまりはTVとか本、映画などである種の『憤り』の対象となった場所がメインです。例えば戦争のドキュメンタリーとか、理不尽な出来事があった場所。それらは主に世界の大都市およびその周辺に限定されます。ロンドン、パリ、ニューヨーク、ワシントンD.C.、ベルリン等々……。もちろん、それらの場所にもボクのような超能力者が滞在しています」
なるほどね。『機関』……いや現名『組織』は世界組織だったか。認識を新たにせねばならんのかも知れん。
「とっくに御存知かと思ってましたけど?」
ん? そういえばオマエ。『一族』は『組織』に匹敵するとかって言ってなかったか?
「ボクの一族はそこまでの力はありません。ですが……そうですね。この国に道州制が導入された場合、その1つのエリア内では匹敵するかも知れません。あるいは一族の総本家ならば『組織』全体に対抗できうる……かも知れませんね」
どっちだよ。どうにもすっきりとしない話し方だな。いつもだが。オマエには『会話では相手に確定的な判断をさせない』という内部的な規制でも存在しているのか?
「ふふふ。そうかもしれません。ボクの一族での相手は海千山千の方々ばかりですから……自然とそうなるのかも知れませんね」
ふうん。ソッチの世界は知りたいとは思わんし、知ることもないだろうから興味がない。「そうですか。それは残念です。本当に……。では話を戻しましょう。えーと。何処まで話しましたっけ?」
それぐらい覚えてくれ。オマエがSOS団の存在について反論するというあたりで話が逸れたはずだ。
「そうです。SOS団ですが、この世界が涼宮さんが望む世界だとすればSOS団の必要性はなくなります」
そうか?
「まさかとは思いますが、SOS団の存在意義、もしくは存在理由をお忘れではありませんよね?」
ん? アイツが好き勝手に暴れたいが為の集団じゃなかったか?
「いいえ。宇宙人、未来人、超能力者を集めて一緒に遊ぶこと。です」
ああ。確かにそんなコトを宣言していたな。それで? それがどうしてSOS団がこの世界になくなっている理由に繋がるんだ?
「もし……この世界が涼宮さんが望む世界だとすれば学校中にそういう人々が集結している……いえ、集結させられている可能性があります。そうなったら学校中が実質的にSOS団。この場合においてSOS団が学校の何処かに存在している必要性はなくなります」
なるほど。だが、そうではない可能性の方が高い。ハルヒが朝比奈さんや長門有希を手放すとは思えない。それにオマエもだ。オレ自身は外されている可能性は否定しないが。
「アナタはSOS団創設時のメンバーです。いえ、実質的な創始者であると行っても過言ではないでしょう。ならば外されている可能性があるのはボクの方です」
何故だ? オマエがいなければ夏の合宿とかには行けないぜ?
「お忘れですか? ボクは今、女なんです。別の『組織』の誰かが学校内に存在し、そしてその誰かをメンバーとしていた場合、ボクがSOS団に留まる理由は存在しません」
ちょっと待て。オマエが女だということとSOS団から外されている理由がわからない。
「……本当に判らないんですか?」
古泉五妃はオレの瞳の奥を覗き込むようにずいっと近づいた。
ちょうど信号待ち。
立ち止まっている周囲の方々の視線が痛い。そして何故か古泉五妃は小さく足踏みしている。というか腰とか脚の付け根あたりを小さく動かしている。トイレでも催しているのか? それで変な方に話が進みがちなのか? と、一瞬考えた。が、今は五妃の質問の答えを考えるべきだろう。だが、オレの脳細胞は2年ほどタイムスリップしたという事実に戸惑い、停止状態である。ならば断言して話を進めた方が得策と思われる。
ああ、判らない。さっぱり判らない。
「……アナタの理解力には困ったモノです。そうですね。この世界の情報が余り無いアナタには仕方ないことなのかも知れません」
どういうコトだ?
「この世界のアナタと私は毎朝こうして一緒に登校する状況なのです。これは赤城さんと水城さんにも確認しました。『毎朝、アイツの家に行かなくてもいいでしょう?』とか『アイツにコッチの指定する場所まで来させればいいんですよ?』とか……反論混じりでしたが」
はい? どういうコトだ?
「この世界の住人であるボクの『五妃』としての記憶と情報ですから間違いないのです。お解りですか?」
さあ? 全く持って判らない。
「……まぁ、いいでしょう」
古泉五妃は深く息を吐き、オレの肩をとんとんと叩いた。
「アナタの理解力については以前からあまり期待はしていませんでしたから」
ちょうど信号が青になり皆が歩き出す。五妃もまた歩き出し、なんのことだか判らないオレは数歩遅れる形となった。
「早く行きましょう。確認したいコトもありますし、アナタの理解力に合わせると日が暮れてしまいそうですから、今後の行動だけを決めましょう」
生意気な口を叩く古泉五妃にオレは……ちょっとだけ憤った。
そして横断歩道を渡り終わったあたりで追いついた五妃にささやかな復讐をすることにした。
復讐と言っても大したコトではない。カバンで尻を叩いた。それだけだ。
それだけだったのだが……
古泉五妃はオレが叩くと同時に歩道にしゃがみ込んだ。いや、崩れ落ちた。
どうした? 痛かったか? この……さっき入れた板のせいで痛すぎたか?
「いえ……いまので……イッてしまいました」
はい? 今、なんと仰られましたか? お尻を叩かれてイッてしまった?
ちょうど信号が変わり、車が動き出す。その御陰で周辺に五妃の溜息のような声が聞かれることはなかった。
そういえば……昨夜、H空間が出現したと言っていたな。性衝動を後遺症として残す厄介な空間。
その所為か? ……その所為なんだろうな。
「……今日一日は我慢できると思っていたのですけど……駄目でした。こんな身体になったなんて……悔しい」
恥ずかしげな表情に涙が浮かぶ。
なんというか……とてつもない罪悪感に襲われ、目を逸らしてしまった。
だが、オレの中の罪悪感は……オレをその場にしゃがませた。
悪かった。すまん。立ち上がれるか?
目を逸らしたままで謝罪する。
「アナタの所為ではありません。ボクの……」
あー。それについては昨日言ったはずだ。オマエの所為じゃない。
ハルヒだ。全てはハルヒの所為なんだ。気にするな。
「ふふふ。そうでしたね」
五妃は数回深呼吸して落ち着こうとしている。オレは手を伸ばし、五妃を立ち上がらせた。
何処かで少し休んでいくか?
「いえ。大丈夫。早く学校に行って確かめたいことがありますので。急ぎましょう」
気丈にも歩き出す五妃だったが、足元が確かではない。オレは五妃の少し前を歩き、肩を貸すことにした。
掴まれ。
「いいのですか? 怪しまれますよ?」
そんなことを言っている場合じゃないだろ?
「朝の通学路で尻を叩いた女学生がイッたなんてばれたらアナタは……」
あのな? そういう風に話をややこしくするな。既に充分すぎるほどにややこしいんだからな。
「すみません」
それよりなんだ? 確かめたいことって?
「まずは今後の行動パターンを決めるために時間割……高専ですから講義のタイムスケジュールですか、それを確認しましょう。アナタは御存知ないのでしょう?」
その時、五妃の携帯が鳴った。誰からかメールが届いたらしい。
「ああ。そうでした。この件については『組織』に依頼済みでした。アナタの分もあります。携帯に送りますね」
直後にオレの携帯にメールが……いや? そのまま携帯の中のスケジューラーにデータが転送された。どういう仕組みだ? 何はともあれ2年後の世界は便利な世の中になるんだなと無意味に実感することにしよう。……オレが携帯の使い方を知らないだけかも知れないが。
「どうやらアナタの方が時間的に自由が利きますね。ボクの方は駄目です。『実験』とか多くて身動きが取れません」
言われて、もう一度確認すると、講義の内容に「出席確認なし」とか「後日のレポート提出で可」とか学生視線のデータも記されている。
本当に便利だ。
五妃が『組織』に属しており、学校関係者の何人かは『組織』関係者だと思っていたオレの推論はそう外れているわけでも無さそうだ。
「さて、それでも確認すべき点があります」
なんだ?
「アナタの下駄箱に未来からの『メール』が届いていないかどうか、そして長門有希と朝比奈さんの意識は2年前の『今』なのか、現在の『2年後』なのか、というコトです。他にも色々と細かく情報交換をしたいところですが……」
なるほど。ややこしい説明だが感覚的に納得できる。
オレの肩に片手を乗せている古泉五妃に感謝した。
助かるよ。オマエがいてくれて良かった。
「急になんですか? 怪しいですよ」
いや、なんだ。オマエはこの世界の記憶があり、前の世界の記憶もあるんだろう?
「そうですよ。それで混乱もしましたが……今となっては貴重な情報です。活用しないと……」
それに感謝する。もし……
「もし?」
オレは立ち止まり、五妃を見た。五妃も立ち止まり、黙ってオレの次の言葉を待っている。
オマエがそのままこの世界の記憶でいたのなら……元の世界の記憶を失ってしまっていたら……混乱しているのはオレだ。今日の朝になっても何が起きたのか判らず、どうしてこうなったのかも判らずに、右往左往していただろう。だが、オマエがいてくれた御陰で……オマエが記憶を失わなかった御陰で、こうして対応策を講じることが出来ている。
感謝する。本当に。ありがとう。
オレの言葉をぽかんとした顔で聞いていた五妃は……身体の中を風が吹き抜けたかのように身震いした。その後で……何故か腰のあたりで痙攣が始まった直後、すとんと膝を落としてしまった。
おい危ないぞ。大丈夫か? ……さっきの後遺症か?
慌ててて支えたオレの顔をじぃっと見てから五妃は……クスリと笑った。
そして、立ち上がり、両手を腰に当てて顔を近付けて、小首を傾げて囁いた。
「言葉だけでイッちゃいましたよ。まったく。いつの間にそんな技術を習得したのですか?」
はい? なんのことでしょう? そんな言葉が何処にあった?
「ふふふ……まあ、いいです。その感謝は……後で『泥沼のような時間』で返して頂きますね?」
……おい。オマエがそういうエロい返しをしてどうなるってんだよ。笑えない。
「ボクの返しは笑えないんでしょ? いつも?」
ああ、全く持って笑えない。
溜息を吐くオレを五妃はクスクスッと笑って見ていた。上目遣いに。
思わず視線を逸らす。朝比奈さんに勝るとも劣らぬ魅力的な仕草だったことは認めよう。
その瞬間! 道脇の木陰から何者かがオレに向かって突進してきた。手に鈍く光る何かを持って
くっ! 誰だっ!
……と、ソイツは一瞬で手に持っていたモノを叩き落とされ……呆然としている。
何が起きたのかというと……五妃が素早く取り出したヌンチャクで叩き落とした。
直後に……オレ達の背後から影が2つ、呆然としているソイツの腕を取り、関節をきめて押さえつけた。
その2つの影とは……赤城さんに水城さん。アナタ達でしたか。
って、何気にオレを睨んで居られるような気がするんですけど……
「おうよ。随分とお嬢に『手を出して』たな?」
「いい気になるなと言っておいたよな?」
えー。反論する気はさらさらにありませんが……昨夜、オレのことを少しは認めて頂けていた気がするのですが……気のせいでしたか?
「赤城さん。水城さん。ご苦労様です。ところで……アナタはどなた?」
オレが睨まれていることを一切気にせずに五妃は2人の美女に押さえられている小さな……少女、しかもかなりの美少女に話しかけた。
その美少女は何処かで見たような制服……そうだ、光陽学園女子校の制服を着ている。背格好としては長門よりは背が高いぐらいだろう。楚々として既に涙目で……何故そんな子が? オレを襲った?
「こんなのを持って……危ないじゃない?」
五妃が拾い上げたのは……ナイフ? いや違うな。銀色に光る小刀と鞘。……何となく随分と歴史を感じるような雰囲気がある形。そうだ、時代劇とかで見る武士の腰に差してある刀の小さい方……脇差しとかいうような刀に見える。柄に巻き付けられた五色の紐が歴史を感じさせるのだろう。鍔もまた五色が混じった銀色に輝いている。
まさか……何処かの博物館の倉庫から持ってきたんじゃあるまいな?
「どうしてこの人を襲ったの?」
そうだ。使った道具なんぞどうでも良い。確認すべきはオレを襲った理由だ。
「だって……だって、その人は大した技量もないのに、見た目もそれほどなのに、どう見たって平均程度の普通の人なのに……」
……大した言われようだ。
そういえばオレが『普通の人間』であることは『機関』、現『組織』のお墨付きだったなと何気に思い出した。
「どうして五妃さんと毎朝一緒に登校するんですかっ? 五妃さんは由緒正しい家柄で、スタイルも良くてお美しいのに、どうしてそんなどうでもいい人と一緒にいるんですか? 何かの間違いです。きっと神様の悪戯ですっ! ですから私が……」
不釣り合いだからと言っても小刀で刺すほどのことではないだろうに。
それとも『この世界』では法律が違うのか? 『個人の美的感覚で不釣り合いな男女のペアを見かけた場合、美しくない方を攻撃しても罪には問わない。なお、攻撃方法は任意とする』とかいう法文でも存在するのか?
……ん? 男女のペア?
ってコトは何か? コイツはオレと古泉が恋人だと誤解しているのかっ?
あのな、コイツは男だ。いや、この世界では女かも知れないが……ちょっとスタイルが尋常ではないほどに良い美少女なのかも知れないがだ。
元の世界ではコイツは男だ。男なんだよ。間違っても恋人なんぞに間違うなっ!
……と言いたかったが、この世界で言っても仕方がない。黙っておこう。
しかしだ……
あー。
忘れていた感覚が……背中がぞわっとした気色悪くなる心情に襲われ、オレは視線を逸らした。今起こった出来事と、自分の心の中の叫びを無視するために。
ん?
逸らした視線が捕らえたのは……木陰からこちらを見ている女学生。
何処かで見たような……あれ?
もう一度、オレを襲った美少女を見る。そして木陰から見ている美少女を……って、もういない。
「どうしました?」
美少女を説得していた古泉五妃が立ち上がり、オレの視線の先を見ている。
いや。今、その子とよく似たのがその先の木陰にいたようなんだが……
「……いませんよ?」
んー。見間違いかも知れない。
古泉は小首を傾げ、女学生の説得に戻った。
「いいですか。あなたの気持ちは判りました。ですが、もしあなたがこの人を傷つけてしまった場合、私は悲しくなります。この人が傷つくということ、あなたが罪に問われること。その2つが私を悲しませるのです。いいですか。決して……もう誰かを傷つけようなんて思わないで。危険なことはしないで。私を悲しませるようなことをしないと約束して下さいますか?」
……おーい。何となくオレのことが二の次になっていないか? その説得は。
というか、女相手だと自称は「ボク」じゃなくて「私」なんだな。五妃は。
「はい。わかりました。お姉様が私のことを気遣って頂けるのでしたら……こんなコトはもう止めます。二度としません。約束します」
……ま、襲撃するほどなんだろうから、オレの生命財産は古泉五妃の微笑み1つに劣るんだろうけどな。襲撃犯の価値観としては。納得出来んが。
「ん。約束ね。じゃすみません。赤城さん、水城さん。この人を学校まで送ってあげて」
美少女襲撃犯を送りながらも美女2人のチラリと振り向く視線はオレに突き刺さる。
「オレ達のオマエに対する話は終わってないからな?」と物語る視線に……溜息の盾でかわそうと試みるが、無駄であろう。
虚無感というか疲労感に襲われていたオレの背後から……囁くような声が響いた。
地獄からのような囁きが……
「こんにちは。久しぶり。ふふふ。3人目の私は如何かしら?」
ゆっくりと振り向いたオレの視界にあったのは……朝倉涼子。
「あら。そちらの人は……古泉さん? お久しぶり。いえ。初めましてかしら? 随分と『変わった』お姿なんですね? それに朝から3回もイクなんて……。ショーツがぐしょぐしょで大変なんじゃありません? ふふふ」
小刀を拾い上げた古泉五妃は……睨み返す。
「あら。そんなに怖い目で見ないでよ。怖い。怖い。じゃあね。手続きとかあるから先に行ってるね」
笑顔で手を振り、学校へと向かう朝倉涼子は以前と変わらない優等生そのままの美少女。
古泉。判っているよな? アイツが誰が、どういう『人間』なのかは。
「はい。判っています。情報統合思念体の急進派の手先であるヒューマロイドインターフェイス。最凶の人格所有者」
そうだ。後ろの2人に言っておいてくれ。絶対に手を出すなと。
「了解しました」
人類全てを相手にしてもアイツは微笑んで抹殺するだろう。何事もなかったかのようにな。
そして理解した。
アイツがオレ専用のインターフェイスとして……復元されたんだと。