その美女は凍ったような表情のまま、オレを見つめていた。

 服装は見慣れた北高のセーラー服。スカートが膝まであって若干長いかなとは思うが、それは背が高いから故に長さを合わせた……いや、そうならばよりミニになるハズだが、現実には長い。長いことの原因追及は放棄する。

 スカートの下のおみ足には黒タイツ。なにやら透かし模様が入っているような気もするが、ちょっと判らない。背格好はオレよりちょっと低いぐらい。そうだな。オレとハルヒの身長差を3等分してオレから引いたぐらいか。

 髪は栗色のセミロング。前から見れば鎖骨の下あたりまで。後ろから見れば肩胛骨の上に届く……って何をそこまで分析している?

 染めたような色では無さそうだから、自然体の髪色なのだろう。

 その髪の先を前へと押し出しているのはかなりのボリュームの胸。腰は引き締まっているように見えるから北高でも上位に入るプロポーションの持ち主だろう。

 アホの谷口が時折発表する美少女ランキングのメモをコピーして入手しておけば即座に氏名、学年、所属クラスが判明しただろうが、持っていないから判らない。それ以前にこれほどの美女であり、プロポーションの持ち主ならばハルヒの入団候補者名簿にも載っていそうなものだし、登下校でオレが見止めていないということもないだろう。

 誰だ? 転入生か?

 いや。転入生がワザワザ一介の生徒に過ぎないオレの家を訪問して来るはずもないのでこの案は即座に廃棄する。

 取り敢えず尋ねてみよう。

「あの? どういった御用件で?」

 尋ねてみたが、正体不明の美女はひらりと手を返して玄関の外へと誘うだけ。

 オレは仕方なしに一緒に外へ出てみると……玄関先に外車が止まっていた。高そうな欧州車。グレードなんぞは判らんがエラく高そうに見える。

 誘拐か? とも一瞬思ったが、オレを誘拐したところで身代金を払えるような家ではないことは玄関先の佇まいからしても明白だろう。どちらかと言えばこの家よりその車の方が価値がありそうだ。

 それに長門からの事前警戒信号もなかったし、未来からの警告手紙も来てはいない。

 ……と、すれば古泉の所属する『機関』の関係者?

 長門が言っていた「オレ専用ヒューマノイドインターフェイス」ならば車では来ないだろう。それともやり方が変わったのだろうか?

 

 オレは数秒ほど悩んでいたが、悩んでいても謎の美女は沈黙したまま外車のドアを開けてオレに乗れと仕草をしているだけ。

 見れば運転席にいるのはサングラスをかけた美女であり助手席にも眼光鋭いサングラス美女がいる。

 サングラスをかけているのに美女だと何故断定できたのかはオレにも判らないがたぶん雰囲気だろう。

 などと状況分析しても始まらない。

 仕方なしにオレは妹へ出かける旨を告げて車へと乗り込んだ。

 

 車に乗ってからも謎の美女は沈黙したまま、じぃっとオレを見ている。

 今まで乗ったどの車よりも座り心地が良さそうなふわふわのシートに座っているというのに居心地が悪い。

 取り敢えず、見つめ返す。

 相手は朝比奈さんや鶴屋さんのような美少女雑誌の表紙を飾るような系統ではない。

 歳からすれば美少女と敬称すべきなのだろうが、雰囲気としては美女といった方が良さそうだ。

 そして……その目鼻立ちからあることを推測してオレは尋ねた。

「あの……古泉、古泉一樹くんのお姉さんか妹さんですか?」

 その言葉が耳に届いたかと思われる瞬間に……謎の美女の表情が急変した。

 氷河期から熱帯雨林へ一瞬で変わったかのような変化の後……美女は笑い出した。

 男の声ではないアルトとメゾソプラノの間で揺れ動く小鳥が囀り合うような笑い声で。

 一頻り笑っている間にオレはバカにされたような気がして仕方なしに表情筋を動かし、不機嫌を眉で表現した。

「はははは。申し訳ありません。やっと……理解してくれる人に巡り会えたものですから……」

 その口調で……オレは凍りついた。

「オマエ……古泉か? 古泉一樹か?」

「はい。そうです。コイズミイツキです。名字はそのままですが、名前の方は字が違いますけどね」

 名前の方は「五妃」だと説明してくれた。

「……まったく漢数字の5に妃ですよ。当て字もいいとこです」

 古泉(女)は形のいい細長い指で目尻の笑い涙を拭うと、前の2人に命じた。

「これから込み入った話をしますから閉めて下さい」

 前席と後席の間、つまりは前席のシートバックからスモークガラスがすぅっと上がり、仕切られた。

 なんだ? いつからスパイ映画のような世界に迷い込んだ?

「あー。やっと安心できました。ありがとうございます。アナタの記憶の中ではボクは男なんですね?」

 そうだ。オレより少し背が高くて柔和な笑みを意味もなく顔に貼り付けて、小難しい論理展開をするのが趣味で、必要性もないのにやたらと顔を近付けて会話する二枚目(これだけは認めておこう。仕方ない)な男だ。

 柔和な笑みは変わっていなさそうだが、オマエは確かに男だった。

「ですよね? はははは。あー。安心できました。なんというか……砂漠を数ヶ月放浪してやっとオアシスに辿り着いたような気分です」

 凍りついていた顔が溶けて柔和な美女となったのはいいのだが……何故か大粒の涙がまだ溢れている。笑い顔に涙というのは……なんか最近のトレンドなのだろうか?

 というか、何で女になった? いつの間に性転換手術を受けたんだ? 2日前には男だったぞ?

 古泉(女)は指で涙を拭いながら笑った。

「ボクもその様な手術を受けた記憶はありませんし、2日前には男だったという記憶しかありません。ですが、今現在のボクの周囲の記憶と記録では生まれたときから女性だったようです」

 そんな訳があるか。去年の夏に島に行ったときだってオマエは海パン1つで過ごしていた。

「確かに。そんなコトもありましたね。今となっては懐かしい記憶です」

 古泉(女)はシートの間にあるアームレストに肱を乗せてその手の上に顔を乗せてオレを見つめた。

「確かにボクの記憶でも2日前までは男でした。ごく普通のね。でも今は……」

 いきなり、オレの左手を掴むと自分の胸に押し当てた。

「このとおり。女なんですよ」

 なんだ? いつの間に自分の乳房に男の手を押し当てるのが流行っていたんだ?

 というか、かなりデカい。そんなボリュームは朝比奈さんをも上回っている。

 さっと手をのけながらも感触と量感と質感は手のひらに残っているが何とはなしに悔しくもあり嬉しく……いや、コイツは古泉だ。今は女だが男だったはずだ。こんなに乳房が急に大きくなる訳が……

「そうですね。サイズとしてはGからIに相当するようです。別に測った訳ではありません。タンスの中にあるブラに表示してあるサイズがそのとおりなので。30GGとありました」

 G? てことはアンダーバストとトップバストの差が25〜30cmということか?

 違うな。30GGというのはUKサイズだ。日本式に改めるならばアンダーが60cmでカップサイズは……J? 差は36cm超? ということはトップバストは100cm弱ってことか??

「そのようです。お詳しいのですね? ボクより知っていそうですが……その知識は何処から?」

 あれ? 何故に知っている?

 ……ああ、あれだ。今日の午前中に長門から「知識」をインプットされたな。

 って、これが必要な知識だというのか? 長門。

「まぁいいでしょう。ボク達の年齢ならばそういうコトにも興味はありますからね」

 言っておくが、オレはその様なことを趣味とはしていない。

「判りました。そういうコトにしておきましょう。SOS団としては必須とも不必要とも言える知識ですから」

 どっちなんだよ。というか何故にそこにSOS団という名称が出てくる?

「それより、ボクの状況から説明しましょう。今思えば……全ては3日前に遡ることになります」

 『3年前』の次は3日前か? 3が好きだな。オマエは。

「はははは。ただの偶然でしょう。いえ。或いは涼宮さんが好きなのかも知れませんね」

 アイツの好みなんぞはどうでも良い。

「そうはいきません。ボク達の『組織』の基本行動原理であり原点なのですから。これだけは譲れません。今回のこの『異変』も涼宮さんが引き起こしたことに間違いないコトでしょうからね」

 オマエのハルヒ創造神論は聞き飽きた。って……あれ? 『組織』? 『機関』ではないのか?

「ええ。いつの間にか改名していました。たぶん……それは2日前でしょう」

 勝手に改名して良いのか? まぁ、何処かに登録してあるということもないだろうから別に構わんが。

「確かに。名称なぞ、どうでも良いことです。ボク達が判別できればいいだけですから。それより3日前の話を始めても構いませんか?」

 ああ。進めてくれ。

「コトの始まりは3日前。曜日にしていえば木曜日の夜になります。その時、涼宮さんに何かが起こった。そしてその出来事が……ボクが女性となる切っ掛けだったのです」

 何故判る? それが3日前だと。

「ボクの能力のことはお解りですよね? ボク達は閉鎖空間が発生する場所を知っていて、その中に入れる。そして閉鎖空間内に発生する神人を狩る能力が与えられている」

 ああ。知っている。時間限定、場所限定の超能力だ。御陰でその労力をオレ達は知ることが余り無い。

「残念なことです。ボク達の働きぶりを知っていて下されば、もう少し畏敬の念をボク達に配って下さるでしょう」

 オレがオマエ達にか? それとも涼宮にか?

「そうですね。今は『両方』と答えておきましょうか」

 まぁいい。先を進めてくれ。

「いいでしょう。木曜日の深夜に閉鎖空間が発生した。そして神人を狩るべくボク達は閉鎖空間の中に入った。……そして異変に気づいたのです」

 どんな異変だ?

「神人が2種類いました。1つはいつもの青白い神人。もう一つは……」

 勿体振るな。

「失礼。もう一つは……桃色の神人です」

 桃色?

「ええ。桃色です。赤とかピンクとかじゃない。ハッキリと断言できます」

 そんなコトを断言する必要性はない。赤っぽい色なんだろ?

「いえ。桃色です」

 アームレストを跳ね上げて躙り寄り、ずいっと顔をオレに近付けて断言する古泉(女)。加えて美人。更に余計なことにかなりのプロポーションに……オレはどうすればいいのか判らずに表情と身体行動を停止した。ついでに言えば……古泉(美女)の瞳に再び大粒の涙が飾られていた所為でもある。

 何故に泣く?

「ああ。すみません。まだ、心が完全には落ち着いていないようです。すみません。胸をお借りしていいですか?」

 ……仕方ない。許可する。

 元が古泉(男)だったとしても今は古泉(美女)だ。美女に請われて断るほど心は狭くない。男だったら許すほどに心は広くないけどな。

「ありがとうございます。では失礼して……」

 古泉(美女)はハンカチを取り出すと自分の頬に当て、それからオレの胸に頭を当て、抱きついてきた。ハンカチはファウンデーションとかがつかないようにだろうが……随分と良家の御息女っぽしい仕草だ。

 揺れる車内ということもあって、オレの両手がどう動いたかと言えば左手は古泉(美女)の肩を、右手は古泉(美女)の背中というか腰辺りを支えることとなった。

 一々、美女とつけるのはオレ自身がコイツは男ではないと確認するためだ。

 だが手を通して感じる肩は華奢で……いや女とすれば剛質かととも戸惑い、腰と背中は金属のインナーボーンの存在を確認してはいたがその下は随分と引き締まった細いウェストを再確認するに至っている。

 スカートの太股あたりに何やら硬いモノがあるのが少しだけ気になったが……それは太股の外であって内側ではない。

 つまりだ。

 やっぱり……女なんだな。

「……はぁ、ありがとうございます。やっと落ち着きました」

 そういって上げる顔は……微風のような微笑みだった。いつもの不自然に貼り付けたような表情とは違い、自然な……笑み。やっと緊張感が取れたというか、何処かにあった心のテンションが緩んだようでいまは美女というよりは美少女というカテゴリに分類せざるを得ないような感覚になっている。

 だが、その瞳にはやはり涙が一粒飾られている。

 その涙をハンカチで拭い……すっきりとした感じで古泉(美少女)はいきなりオレの頬にキスをした。

「これはあなたの優しさへの感謝の証です」

 うをっと驚いた。が、先程までの無理矢理に男ではないと否定していたオレの心は相手が女だと完全に認識してしまったようで……つまりは悪い気がしなくなっていた。

 大丈夫か? オレは?

「ふふふ。忘れないで下さい。ボクが男だったということは」

 ああ。忘れん。忘れるものか。今でも心の何処かでおぞましいという感覚がほんの少しだが存在している。数分前にはそれは殆どだったのだが……

 ……しかし、見た目も中身も女なんだろうから、オレの反応が変わるのは仕方ないだろう?

「ふふふ。まぁいいでしょう。それで話の続きなのですが……」

 古泉(美少女)が話を戻そうとしたとき、車が止まった。

 そして仕切られていたスモークガラスが下がり前席の鋭い眼光の美女が……オレを睨んでいる。

「お話の途中済みませんが……目的地に着きました」

 

 

 ついたのは……高級ホテルだった。

 いわばVIPとかがこの国に来た際とか、海外のスターが公演時に宿泊先としてプロモーターに指定したとかしないとかといわれるような高級ホテル。

 その玄関先に車が止まっていた。

 ドアボーイに恭しく頭を下げられた若者2人。つまりオレと古泉(美少女)は不自然ながらも自然な感じで中に入っていく。

 混乱した表現だ。正確に表現し直そう。

 不自然なのはオレ。何でここにいるのかが自分自身でも理解してはいない。だが、古泉(美少女)はごく自然な感じで中に入っていく。しかもオレの左腕を両手で掴みながら。格好だけはオレが古泉(長身の美少女)をエスコートしているようだが、実態としてはオレが古泉(長身の美少女)に連行されているに過ぎない。しかも古泉(長身の美少女)は制服だ。セーラー服だ。古泉(長身の美少女)の背が高いこともあって随分と好奇な感じに周りが見ている。いやそれだけではない。オレの目線はちょうど古泉(衆目を集める長身の美少女)の頭のてっぺんにあり、結果として全周が見渡せる。その全周から感じるのは……「アイツは何者だ?」「こんな所に……高校生風情が」というさりげなくもあり露骨でもある悪意が混入したオレへの視線。

 何というか、とてつもなく意味不明な罪悪感に浸りながらエントランスホールを進み……エレベーターに入ってやっとオレは盛大に息を吐いた。

「どうしました? 随分と緊張していたのですね?」

 潜水して25mプールを2往復したような感じだ。

「原因はあの2人の視線ですか? すみません。悪気はないんです。ただ……今のボクの立場してはあの2人はアナタに敵意を顕露にせざるを得ないのですよ」

 運転手と助手席の2人ではない。いまのエントランスホールの周囲の視線だ。というか、立場とはどういう立場だ?

「それは追って説明させて頂きます。今はこの場所の説明をしましょう」

 そうだ。なんだココは? どうしてこんな所に連れてきた? こんな超高級ホテルに。

「例の如く、閉鎖空間が発生するからですよ。今は……『組織』としては『H空間』と分類してますけど」

 H空間? 閉鎖空間をイニシャル化して呼ぶようになったのか?

「残念ですが違います。神人の行動、出現数などを分類して今回のが8番目に分類される。……それが根本なのですが。まぁ、百聞は一見にしかず。御自身で確認された方が良いでしょう」

 ちょうどエレベーターが指定階に辿り着き、ドアを開けた。

 ついたのは……最上階? 少なくともこのエレベーターで行ける最上階だった。

 長く続く廊下にドアの数は片手で数えるほどしかない。

 エレベーターにあったフロアの説明文ではスィーツルームフロアとあった。

 こんな所……人生初めての経験である。

 まさか? こんなところで? 元が古泉(男)だとしても今は女である古泉(美少女)と?

「こちらです」

 オレの緊張と感慨を無視して古泉(美少女)は廊下の先の非常階段のドアを開けていた。

 あー。無駄な緊張をしてしまったと心の中で呟くことにする。

 

 

 非常階段から上った先は……当然ながら屋上。

 眼下には街並。その先に海。そして海を渡る吊り橋が見える。最高のロケーションである。佇む場所がメンテナンスエリアでなければ。

 メンテナンスエリアを隔てる柵の先には……最高級スィーツルーム専用らしきガーデンバルコニーがある。

「あの部屋へは専用エレベーターでないと行けないんですよ。あそこを取れたら余分な世話が無くていいのですが、なにぶん高いもので……」

 って、そんな身分ではないだろう? オレもオマエも。

「そうですね。確かに。そうでした」

 何故に過去形に言い直す?

「……そろそろです。目を閉じて頂けますか?」

 仕方ない。目を閉じよう。

 古泉(美少女)の手がそっとオレの手を握り……誘われるままに一歩進んだ。

「もういいですよ」

 言われて目を開けると……前に来たとおりの閉鎖空間の中。

 灰色の世界の中に佇んでいる。

 ……音もなく光もない。いや灰色の光が仕方なしに充満している殺風景な場所。

 あまり来たくはないところだ。

「その意見には同意します。実際、何回来ても馴れたいとも思いません。……来ましたね」

 古泉(美少女)が指し示す先、眼下の街並に……青白い光が地から湧き上がるかのように青白い巨人が現れた。そしてゆっくりと起き上がり近くのビルを殴り壊す。次々と現れ……2、3体の神人が破壊活動に突き進んでいく。

「あの神人は前回御覧になったのと同様です。手当たり次第に破壊する。実に衝動的であり本能的です」

 神人が現れても古泉(美少女)は物怖じしてはいない。むしろ悲しげだ。

 行かなくていいのか?

「ええ。今回がそうとは限りませんが……問題となる桃色の神人がまだ……」

 古泉(美少女)の言葉はそこで切れた。

 まるで呟くのを待っていたかのように神人達の後ろに桃色の光が現れた。

 あれか?

「そうです。アレが新種の桃色の神人。『組織』では神実人と呼んでいます」

 え? かみびと?

「古くは……古事記において桃は『おおかむづみのみこと』とも呼ばれています。大神実命と書きますが……そこから実の字だけを中に入れています」

 悪いがあまり意味とセンスを感じない。

「確かに。その意見には同意します」

 オレ達の会話をよそに桃色の神人達は青白い神人達を攻撃し始めた。

 何をしている? 仲間割れか?

「さて? どうでしょう。あの神実人の攻撃対象は神人達だけです。もっとも神人達もやられっぱなしではありませんが……」

 確かに。神人達と神実人達のバトルロワイヤルが繰り広げられている。

「いずれにしても……ボク達が何とかしないとこのH空間が消滅しないのは確かです。では……そろそろ行ってきます」

 古泉(美少女)は人差し指と中指で投げキスをするような仕草にウィンクも加えて合図し……紅い光の球体に包まれ、神人達を狩るために飛んでいく。

 オレは人数を揃えたら美少女戦隊としてアニメデビューできそうだなと呑気に考えていた。

 瞬く間に古泉達の紅い光が神人達と神実人を倒していく。手際がいい。

 全てを倒し、紅い光が1つ戻ってきて目の前で古泉(美少女)へと戻った。

「さて……問題はこれからなのです」

 古泉(美少女)がひらりと手を上に向ける。青い光のドームの天井にヒビが……

 ん? 桃色?

「そうです。青い光のドームの外壁の中に桃色の壁が存在する。それがH空間なのです」

 それでも……ヒビは全壁へと渡り……一気に崩壊する。

 途端に神人達と神実人達の戦闘で破壊されたビルなどが一気に元へと戻り……

 なにっ!

「……これがH空間の置き土産です」

 周囲は戻っている。時間も光も。元の世界だ。

 だが……

 何故かオレの身体を取り巻くように桃色の半透明の光の球体が残っている。当然ながら古泉(美少女)の身体も桃色の光に包まれている。

 それだけではない……

「もうお解りでしょうが……この桃色の光の球体に包まれると……性衝動が……性衝動に襲われて……平静では……いられません」

 オレは屋上に転がっている。古泉(美少女)もうずくまっている。

 どうしようもない衝動が腰に……腰から背骨を伝わり脳髄を破壊しそうな衝動が立ち上がることすらも不可能にしている。

 桃色の光が……腰に集中するかのように小さくなって消えた。

 その瞬間に……更なる衝動がオレを襲った。

 オレの身体自体が桃色にぼんやりと光っている。

「この光が消えない間は……通常空間の人には見えません……が……下の部屋を……ひとつ、キープしてあります。取り敢えずはそこへ……」

 古泉(美少女)に言われなければ……そこで襲いかかっていたかも知れない。

 まるで瀕死の病人同士が互いの身体を支え合っているかのような……おぼつかない足取りで古泉(美少女)の言った部屋へと転げ入った。

 その後のことは……言葉で表すことは不可能だろう。

 まるでケモノのように、嵐のように……

 互いに身体を求め合わなければ死が訪れるかのように……

 理性の欠片もない時間が過ぎ去っていった。

 

 落ち着いたのは……1時間も過ぎた頃だろうか。

 オレも古泉(美少女)も全ての体力を使い果たしてキングサイズのベッドに身を投げていた。

 オレは素っ裸で、古泉(疲れ果てた美少女)は上半身に純白のウェストニッパーを残し、所々破れたストッキングが辛うじて脚を飾っている姿で。あの桃色の光も消えている。

 部屋中に毛布やらシーツやらオレが着ていた服やらセーラー服が散らばっていた。

 そして……乱れた呼吸を何とか整えて古泉(満足げな美少女)は上半身を起こしてオレに告げた。

「これが『組織』がH空間と分類した由縁です」

 ベタすぎて笑えない。

「確かにそうですね」

 古泉(寝乱れた美少女)はオレの近くに躙り寄ると口づけをした。

 長く、舌を絡ませる口づけ。

 そうすることが前世からの運命かのような……自然な長いキス。

「……受け入れて貰えましたか?」

 何をだ? オマエが女だということか? それともH空間の存在か? あるいは桃色の神人のはた迷惑な後遺症のことか?

「そうですね。その全てです……ね」

 オマエが女だということは……いや、女になったということは認める。H空間という存在も認める。その中の桃色の神人もだ。

 だが、この現状は受け入れがたい。

「私との行為がですか? 扇情的でかつ濃厚な一時だったと思ってますけど?」

 あー。すまん。

 それも認める。というか全力で認める。オレ自身がしたことでもありオマエがオレの視界の中でした現実である以上、認める。

 濃厚というか特濃すぎるというか底なし沼の泥の中を沈んでいくような時間だったということは認めておこう。

「若干、表現が気になりますが……いまは『ありがとう』と申し述べておきますね」

 古泉(顔に張り付いている濡れた髪が得も言われぬ色香を放っている美少女)はもう一度オレにキスをした。

 今度は軽く、唇の感触を確かめるようなキスを。

 まるで外国映画のワンシーンのような行為はオレの中のチープな自尊心を満足させてくれた。

 だが……依然として釈然としてはいない。

「そうですね。正直に申しておきましょう。ボクはアナタを罠にはめました。連れてこなければ……少なくともアナタだけは平穏なる時を過ごしていたでしょうからね」

 そうだ。それだ。釈然としていないのは。いや? それだけではないな。

「アナタが何に釈然していないのかは……追々分析するとして、今は先程途切れた説明を続けさせていいでしょうか?」

 おう。続けてくれ。オレは事実を知りたい。全てを知りたいんだ。

「3日前の出来事は……そんなには重要視されませんでした。いつもの閉鎖空間にいつもとちょっとだけ違う神人が……小さな桃色の神人が1体混じっている。まぁ、神人の数と閉鎖空間の大きさは稀に見る規模でしたが……その程度と認識されていました。事実、閉鎖空間が消失した後でも……ボクは平然としていられました。もちろん『衝動』はありましたが抑えられないほどではない。いつものように報告し帰路につきました。家に帰ってからのことは……まぁ、ご想像にお任せします」

 古泉(美少女)はオレの左肩を枕にしている。オレは近くに転がっていた大きくふかふかの枕を自分の頭の下に押し入れ、古泉(美少女)の頭の下にも押し入れた。ついでにベッドの上に散らばっていたタオルシーツを互いの身体の上に掛けた。

「ありがとうございます。優しいんですね」

 オレの左肩が痺れないようにとお互い風邪を引かないようにしただけだ。明日は休日ではないんだからな。

「ふふふ。それでいいですよ」

 古泉(美少女)が時を味わうように目を閉じる。ゆっくりと。

 悪いが感傷に浸る前に先を続けてくれ。

「失礼。その時はまだ男でした。もとのね。でも、2日前の夜は違いました」

 つまりは金曜の夜だな。

「ええ。夜の……そうですね8時過ぎから発生した閉鎖空間は真夜中を過ぎても断続的に発生し続けました。空間の中で神人を倒せば空間は消滅します。それが基本ルールです。ですが、その時は違いました。神人を倒して空間が崩壊してもその外には新たな閉鎖空間が……つまりは多重構造の閉鎖空間。最初のを処理しても次の神人を処理しなければならない。まるでダンジョンの最下層から地上を目指しているような……長い迷路でした。そして回を追うごとに桃色の神人は大きくなり、数を増やしていきました。そして全てをやっとの思いで処理したとき……世界が変わっていました。いえ、変わっていたのはボクでした」

 つまり……女になっていたと?

「ええ。終わったとき、地面に倒れてしまったのは……疲労の所為だと思っていましたし、事実、疲労困憊でしたけどね……でも、着ているモノが違っていました。その時は制服のまま閉鎖空間に入ったのですが……終わったらセーラー服でしたよ」

 そりゃ……イリュージョンだな。

「何かの間違いだろうと思いましたよ。でも……直後に『女』としての知識が頭の中に入ってきました。まるで……『男』の知識を侵略するかのように……ボクは混乱しました。それでも何故か冷静でもあったのは……以前アナタから伺った『世界改変』の話が脳裏にあったからでしょう」

 世界改変? ああ。長門が暴走したときのか?

「ええ。あの交叉する2つの12月18日。その話を聞いてボクもそういう事態に遭遇したいと思っていたのは否定できない事実です。ですが、実際に体験すると……遭遇しない方が良かったと思ったのも事実ですけどね」

 まぁ、そう思うのは確かだろうな。オレとしても、もう一度体験するのは勘弁したい。

「ふふふ。確かにそうですね。これほどのこととは思いもよりませんでした」

 オレを見上げる古泉(美少女)の瞳から涙が一筋……頬を伝った。

 オレは黙ってその涙を指で拭った。

「……以前、涼宮さんにこの能力と力を与えられたときも混乱しました。自殺した方が良いのではないかと思うほどに。ですが、それを乗り切れた。だから自信があったのですが……今回の事態はそれを上回りました」

 そうか?

「……あの時は自分自身は周りに認められていましたし、記録と記憶もそのままです。身体もね。ですが、今回は記憶と記録と身体がボク自身を否定しているのです。正直言って……逃げ出したかったですよ」

 古泉(美少女)がオレの肩に顔を埋める。

 確かに……つらいかも知れないな。

「ですが、即座に思いました。アナタはあの事態を1人で乗り切った。アナタ以外の全てが変わってしまい……アナタはアナタだけしか信じる根拠がなかったのに、1人で乗り切ったのに……ボクが乗り切れない訳がないと。ですが……」

 古泉(美少女)は顔を上げた。視線は逸らしたままだったが。

「もしアナタまでがボクを女だと認識していたのでしたら……ボクは耐えきれなかったかも知れません」

 オレは左手で古泉(美少女)の肩を掴み視線を上げさせた。

 どういう意味だ?

「……でも、アナタはボクのことを覚えてくれていた。感謝します。単純に言って……アナタはボクの命の恩人と言っても過言ではないでしょう」

 古泉の言葉に……オレの右手に力が入り、振り上げていた。瞬間的に。

 だが、振り下ろすのを止めた。辛うじて。

 そして両手で、両腕で古泉の肩を掴み、額をぶつけるようにして言った。いや叫んだ。

 

 いいか? 古泉。オマエが男だろうと女だろうと関係ない。オマエはオレの、オレ達の仲間だ。黙ってそんなコトを考えるな。いや、考えるのはいい。個人の自由だ。だがな? それをオレやオレ達に一言も相談しないで済ますな。それにだ。オレがオマエを男だということを忘れていたとしても長門がいる。長門は絶対に覚えている。言い出せなくても覚えている。朝比奈さんもそうだ。朝比奈さん自身が何も出来なくても、未来の記録にはオマエが男だと記されているはずだ。そして朝比奈さんは絶対にそれを是正しようとしてくれるはずだ。未来人が現在にできることは小さくても過去に戻って原因除去はできるはずだ。朝比奈さんができなくてもオレがいる。長門もいる。絶対に原因除去はできる。今までがそうだったように、これからもできる。だから……

 

 古泉はオレの手の中で黙ってオレの言葉を聞いていた。次の行動を待っていた。

 これはその次を何も考えていなかったことを暴露するように……数秒間、固まっていたが……やっとできることを思い出した。

 オレの右手を古泉の額の前へと移動させ……ペチンと指で叩いた。

 

 これは今オレができる精一杯だ。反省しろ。

 

 古泉(美少女)は……暫く何が起きたのか理解できなかったように固まっていたが、やがて笑い出した。

 車の中でしたように、小鳥が囀り合うような心地よい高さの声で。

「ははは。判りました。少なくともアナタに相談してからにしますよ」

 そんな相談はするな。頼むから。

「はいはい。しかし……今回のことでアナタを見直したのは事実です。賞賛の言葉を石碑に刻んで贈りたいぐらいです」

 そんなモノを送るな。置く場所がない以前に邪魔だ。部屋に置いたら床が抜けるし、何処かの山奥に隠したとしても誰かに読まれるかも知れないと思ったぐらいで逃げ出したくなる。

「ははは。では当分の間はボクの心の中に仕舞っておきます。ところで……」

 古泉(美少女)は起き上がりタオルシーツをくるりと腰に巻いた。

「お腹が空きましたね。お昼は済ませてましたか?」

 そういえば……食べてなかったな。

 

 

 古泉(美少女)が何処かに電話かけてから……オレは自分の下着を見つけて身に付けた。

「こんな所にブラが……あら?」

 古泉が拾い上げたそれは……ただのボロ布と化していた。すまん。

「いえいえ。それほどまでにボクを求めて下さったということですから。それに換えはあります」

 古泉(美少女)が備え付けの壁一面のクローゼットを開けると……ずらりと下着やらローブやら色んな服が……。その中には見慣れた制服(男用と女用)もあった。

 オマエ。ここに住んでいるのか?

「そうですね。住んでいるといっても過言ではありません。おや? 食事が来たようです」

 新しいブラをつけながら古泉がノックされたドアへと向かう。

 えーと。そんな格好でいいのか?

「ええ。持ってきてくれるのが誰かは判っています。どうぞ」

 どうぞと声をかけたのはオレにではない。食事を持ってきてくれた誰かだ。

 ワゴンを押して廊下に繋がるリビングルームからベッドルームへと入ってきたのは……誰あろう。ココまで送ってくれたあの眼光鋭いサングラスの運転手と助手席の美女2人。

 美女達は……部屋の状況(大袈裟に言えば惨状)に驚き、そして威嚇と侮蔑をミックスしてさらに怒気で10倍増しにしたような視線をオレへと向けた。

「ご苦労様。帰って良いですよ」と古泉が言い出すまでのほんの数秒でオレの寿命は数年縮まったと……何かに記しておきたかったが、記しても誰かに読まれたときに嘲笑われるだけだと思われる。

 綺麗さっぱり忘れることにする。

 

 2つのワゴンで運ばれた食事は豪華だった。

 チェーフィングディッシュとかいう、バイキング形式の場所でしか見たことがないような料理を温めたままで入れておく道具の中にあるのは2種類のパスタと塊のままのローストビーフとフライというか軽くローストされた伊勢エビの団体。スライスされたのもあるが「お好な厚さでどうぞ」と切り分けナイフもついている。食後のケーキなんかもワゴンの下の段にある。ついでに珈琲と紅茶もポットのままで載せられている。

「そうですね。確かに無駄に豪華ですし量も多いですね」

 そりゃそうだろう。塊のままのローストビーフなんて蝋細工でしか見たことがないぞ。伊勢エビを団体で焼いたのなんてのも初めて見る。いや、大食いタレントの特番で見たかな?

「伊勢エビなんて大味なんですから、こんなに多いというのは悪趣味ですよね。連続だと飽きてしまいます」

 古泉(美少女)はローストビーフとか伊勢エビとかには殆ど手をつけず、彩りとして乗せられている温野菜なんかを突いている。

 って、連続? それは……つまり、どういうこと?

「ボクは……そうですね。土曜日の朝からココにいます。食事もほぼ同じ。いい加減、飽きました」

 ……えーと。オマエは「もったいないお化け」という童話だったか説話だったかを知っているか? 或いは倹約とか節約とかいう単語の存在は忘れてはいないよな?

「ええ。知っていますし忘れてもいません。ですが……」

 古泉(美少女)は腰に巻いたシーツの端で口を拭うとにっこりと笑った。

「この……今のボクの立場としては当然なんです。日本有数の閨閥の1つ、古泉一族に身を置く若き乙女。それがボク。古泉五妃なんです」

 なんですと?

 

 皆様、説明しよう。

 古泉一族とは幕末以降に時の有力者達との婚姻によって力を伸ばし、持ち続けてきた閨閥の1つ。つまりは女系一族である。時には諸外国の貴族達とも婚姻を行い、対抗する華族達の仲立ちとして、あるいは政財界のさらなる人脈形成のひとつとして婚姻によってのみこの国を陰から支えてきた一族。

 それが古泉一族。古泉閨閥である。

 ……えーと。笑って良いと思う。間違っても歴史の試験には出ては来ない。保証する。

 

 食事を終え、ワゴンを下げさせ……ベッドに横になりながらも話は続いた。

「まぁ、鶴屋さんのような名家とは違います。ボクの一族は鶴屋さんから見たら成り上がりでしょう。総本家は鶴屋さんと比肩する、或いは凌駕する歴史を持っているようですが我が一族は分家の分家あたり。つまりは名だたる閨閥の中でも端の方に位置しますし、その一族の中でもボクは端の方です。大した力はありません」

 って、このホテルの一室を借り切れるだけの財力はあるんだろう?

「ええ。我が一族から見て『成り上がり』に位置する方々にとっては便利な一族です。ボク達の一族の誰かと婚姻を成立させれば、現在の名だたる財閥などの有力者達と親戚関係にはなれるわけですから。そしてこの方法は我が一族にとっても保険となります」

 どういう意味でだ?

「成り上がりの方々は得てして簡単に没落します。その時は離縁すれば縁が切れます。我が一族の中に没落者はいないことにできるのですよ」

 なるほどな。だがそんなに簡単なのか? 結婚とか離婚とかは。

「本人同士の好き嫌い、愛憎などは冷めたモノです。それにどうしても別れたくない場合に限り、婚姻の相手だけは一族の力で盛り上げることもできます。まぁ、その場合の対象者は可も無く付加もない人材に限られ、与えられる仕事も一族関係者の可も無い不可もない職種となるようですけどね」

 古泉(美少女)は冷めきった笑いを顔に浮かべた。

 オマエ納得してないな?

「ええ。元の世界に戻れば関係なくなる話ですから。念のため申しておきますが、この設定はこの世界限定です。元の世界のボクの周辺はそんな大それた状況下ではないことだけは言明しておきます」

 どうだかな。今まで『機関』とか言っていたのもオマエの一族の力なんじゃないのか?

「いいえ。あれは全て『機関』、現名『組織』の力によるモノです。この部屋だって『組織』と我が一族の折半です。個人としてのボクにはなんの力もありません」

 まぁいい。そういうことにしておこう。

「それでも『組織』と比肩するほどの一族という力は絶大です。こうして贅沢ができますからね。ただし……こういうオマケもついてきます」

 古泉(冷めた表情の美少女)は起き上がるとベッド横の電話スタンドの下から何やら紙の束を取り出してオレに手渡した。

 なんだ? それは?

「ちょっと変わった見合い写真です。個人の写真、経歴だけではなくてそれぞれの家の資産とか家の沿革まで書いてあります」

 ……え?

 見れば……オレでも名前を知っている大会社の大株主の息子とか、聞いたこともないような一族のご子息で現在はベンチャービジネスで成功してますとかの経歴の方々ばかり。

「古泉一族に身を置く乙女としては20歳前後に婚約披露をして20代前半に結婚、そして一族の掟として女の子を数名もうけることとなっています。あ、男の子は嫁ぎ先の管理下です。我が一族としましては男の子にはなんの興味も無いそうですよ」

 そんな封建時代じゃあるまいし……

「見合い制度も捨てたモノではありません。気にくわなければ断ればいいだけのこと。そして長所としては確実に結婚できるということですね」

 こんな自由主義社会で?

「ボクの名前……五妃ということからもお解りでしょうけど、今のボクには4人の姉がいます。一番上は既に結婚して子供がいます。一番下の姉でも先日、婚約披露を終えたそうですよ。残るはボク。そういうコトらしいです」

 4人の姉の相手の家柄を説明されて……このホテルのこの部屋を取れるという状況を納得した。いや納得せざるを得なかった。

 そんなことが……

「こんな時代だというのに世間の片隅では封建主義が生き残っていた。いえ、生き残っていたのはもっと古い呪術師の系統なのかも知れません。総本家の始祖はどこぞの寺社の……尼とも巫女とも言われています。氏姓は伝わってませんが。そしてその総本家の寺社が何処にあるのかも世間には知られてません。ですが、そういうコトがある。それを知っただけでもこの世界に来た価値はありそうです。まぁ……当事者でなければもっと単純に驚けたんでしょうけどね」

 古泉(冷めきった表情の美少女)はベッドから降りて床に落ちていたスカートを拾い上げ、身に付けた。

「そういう状況に反抗したのでしょう。この世界のボクは……こんなコトが得意のようです」

 スカートのプリーツ(ひだ)の1つの中に手を入れて取り出したのは……右手にヌンチャク、左手にトンファー。どちらも銀白色で何かの金属製と思われた。

 そんなモノをスカートの中に隠していたのか。道理で長い訳だ。

 オレは見合い写真を脇に置き、ベッドの上で枕の幾つかを背もたれにして眺めている。

 それはアルミ製か?

「どちらもチタン製です。重りとして中に鉛が入っているようですが。では……」

 長く息を吐いてから古泉(凛とした美少女)は演武を始めた。いや、演武と言うには程遠い我流の動き。だが、淀みなく流れ……手に持っているのが武器でなかったら何かの舞いかとも思う。前蹴りや後ろ回し蹴りの動きもクラッシックバレエのような……いや、そんな高尚なモノなんて見たことはない。だが戦いの女神か戦巫女のような……流麗で澱みのない動きだった。

 裸にブラとウエストニッパーとスカートをまとった巨乳の美少女の戦いの舞いは……美しくもあり凄絶でもあり……悲しげでもあった。

 最後にヌンチャクを脇で止め、トンファーを相手に半身に構えた形で動きを止めた。

 そして、息を整えてから、武器を放り投げ、床に落ちていた毛布で身体を包むと再びベッドの上のオレの腕の中へと戻ってきた。

 初夏の日射しのような眩しい笑みを浮かべて。

「拙いモノを披露してしまいました」

 毛布をオレに被せるとくるりと背を向けて腕の中に潜る。毛布の中でオレと美少女がくるまっている。オレの胸にまだ上気している美少女の背中が当たる。ブラのベルトの止金が邪魔だなと思った。

「ま、手早く言って、レディースと分類されるグループのヘッドだったようです」

 ……えーと。ちょっと待ってくれ。何処かで聞いたような単語だがすぐに意味が出てこない。

「判りやすく言えば女暴走族ですか。あ、すみません。ちょっと言葉を間違えました。レディースのヘッドだったのは先程の2人。赤城さんと水城さんです」

 ああ。なるほど。確かにそんな雰囲気が……って、おい。じゃオマエは何なんだ?

「赤城さんが率いていたのがスカーレット・スコーピオ、水城さんが率いていたのがアイス・ウィッチ。そしてその2つのグループの抗争を止めたのがボクらしいです」

 はひ? 未だに話が見えませんけど?

「数年前、中学生だったボクは……神人狩りに明け暮れて、性格も……まぁ「尖っていた」らしいのですよ。そして神人狩りからの帰りに2つのグループの抗争に巻き込まれ……」

 

 脳裏にあるシーンが浮かぶ。

 真夜中。車が殆ど通らなくなった数車線ある国道。

 暴走族が睨み合っている時……黒塗りの高級車が間に止まり……ドアから眼光鋭い美少女が降り、襲いかかってくる暴走族をヌンチャクとトンファーでなぎ倒していく。

 ……時が過ぎて、全ての相手を叩きのめした美少女が黒塗りの高級車に乗って立ち去る。

 

 今時、ビデオシネマでも撮らなさそうなシーンなんですけど。

 事実ですか?

「……まぁ、そんな感じだったのでしょう。そして赤城さんと水城さんがボクのボディガードを引き受けることになった。そういうコトらしいです」

 端折った時の間にも何か凄そうなシーンが幾つかありそうだが……確認するのは止めよう。

「……で、中学の終わり頃からボクの身体が急激に変化。高校一年になって暫くしてから周囲の目を避けるために転校した。『組織』の指示でもありましたが。転校以降は『男』のボクとほぼ同じ経過を辿って現在に至ると言うことです」

 急激に変化?

「思春期乳腺肥大症というらしいのですが……つまりはこの胸のことですね」

 古泉(巨乳の美少女)はオレの手を取り、胸へと導く。もぞりと動いた所為でブラの止金が外れ……オレの手は直接触ることになった。が、腕の中の美少女は耳を紅くしただけで、ブラを直そうとはしなかった。

 張りのある重さが手の中にある。

 この尋常じゃない大きさは……そういうコトか。

「そして副作用として陰核も肥大……たぶんアナタが感じた違和感というか釈然としないという原因の1つは……コレでしょう?」

 胸へと導いたオレの手を下へと……その先にあるのは秘裂の中から飛び出している陰核。つまりはクリトリス。まるで……男の子供のモノと言われても納得はできないが納得してしまいそうな……そんな大きさだった。

「この存在でこの世界のボクは随分と悩んでいたらしいです。ですが、元のボク……つまりは男の記憶があるボクとしては助かりました」

 どういうコトだ?

「だって……この身体になったのは桃色の神人を多数倒した直後。『衝動の嵐の中』だったのですから」

 あ。なるほど。

「この身体では……何をどうしていいのかがまるで判りませんでしたからね。馴染みのある身体の部位があって……助かりました」

 寂しげな……どうでも良いと言わんばかりの投げやりの笑みが古泉の顔に浮かんでいた。

「忌まわしい巡り合わせです。この世界のボクが忌み嫌っていた部位が、元の世界のボクを救った。ですが……この御陰で一族の中でも特別な地位にあるのも……事実らしいですけど」

 どういうことだ?

「一族の総本家の始祖が……いわゆる両性具有と伝わっているらしいのです」

 はあ?

「ですので、ボクは始祖の生まれ変わりと……持ち上げられているのか、担がれているのか判りませんが、総本家からも一目置かれてはいるみたいですね」

 古泉は悲しげに笑う。

「それで随分と無理が利きます。過去の経験も咎められなくなってます。本来ならば……あのような縁談話からは逃れられていたハズなんですが……」

 過去の武勇伝で呆れられて一族の掟から逃れたと思ったら、身体の急変化で呼び戻された。

 ……この世界の古泉五妃としては、我が身を呪いたくなっただろうな。

 古泉五妃はオレの手を引き戻す。その指に……鮮血の名残。

「すみません。汚してしまいましたね」

 古泉五妃はオレの手を顔に近づけ……指を舐めた。

 そして……そして振り向くと小悪魔のような天使のような笑みを浮かべた。

「……もう一度、相手して貰ってもいいですか? って、顔をしてますよ?」

 五妃の二重疑問にオレは答えることができなかった。唇で言葉を塞がれてしまったが為に。

 それからオレ達は……静かな時を過ごした。

 先程のが嵐だとしたら、それからのは……ワルツのような、穏やかな時の流れだった。

 

 全てが終わり……1つの毛布の中で抱き合っていた。

 正確に言えばオレは仰向けで天井を見ていた。五妃がオレの肩に頭を乗せて目を閉じている。胸が身体の間で弾力で存在を主張しているがために密着してはいない。

「何事も過ぎるというのは……駄目ですね」

 ……そうだな。

 五妃の手がオレの身体に巻き付いている。オレは少しだけ身体を傾けて手を肩に乗せて抱き寄せた。五妃の頭の下にあった肩から繋がる手はすべすべとした肌……コットン製のウェストニッパーの上から背中と剥き出しの腰を撫でている。

 ……少しウェストニッパーが邪魔だと思った。

「ふふふ。また……元気になりましたね」

 五妃の長くしなやかな指がオレのを触って状態を確かめた。

「じっとしてて下さい。もう疲れているでしょうから……ボクだけで……」

 五妃の片足が……膝がオレの胸まで上がった。巨大な胸がオレの顔の位置に来る。

 五妃が少しだけオレの上に乗るような感じで……オレのは五妃の中へと……

 横になったまま……1つになった。

 少し……ほんの少しだけ五妃が痛がったのが気になる。

 まだ痛いのか?

「ええ。少しだけ……でも……身体の芯が痛いのが心地いいとは……初めての感覚です」

 心地いい?

「……ええ。もし……見合いを断って……『乙女』のままでしたら総本山の……巫女か尼僧として修行しなさいと……言われてもいましたから、その反動かも知れません……けど、正直に告白して『痛い心地いい』というのは……事実です。元々、女性というのはそういう身体なのかも知れませんね……出産とか……痛いことが人生の中で……多いですから」

 五妃は目を閉じてオレのが内にある感触を確認しているかのようだった。

 オレは動いていない。

 五妃が……五妃の腰が身体の中にあるオレの存在を確認するためだけに少し蠢いているだけ。

「お願い……動かないで……このまま……ずっと……ずぅっと……」

 オレは片手で五妃の腿をもう片手で腰を掴んだ。動かないように。

 だが五妃の……身体の中からの動きは止めることが出来なかった。

「やだ……もっと……中にあるのを……いつまでも……感じていたい……のに……ぁあっ」

 五妃の動きが……痙攣へとかわり……オレの顔を自分の胸へと埋めるように抱きしめた。

 五妃の痙攣が治まるまで……オレは五妃の腰を抱いて……撫でていた。

 五妃の呼吸が収まり……オレは五妃にもう一度口を塞がれた。可愛い唇から伸びた舌がオレの口の中を探る。全てのことを知りたいというような……慎ましくも淫らな動きだった。

 唇が離れて……五妃は悲しげな顔になった。

「駄目ですね……ボクは淫らな身体のようです」

 申し訳なさそうに囁く。顔は曇り、その瞳に……悲しげな涙が浮かんでいた。

 オレは……何かを言うべきだなと思い言葉を探したが、ありきたりの単語しか声にはならなかった。

 

 しかたないさ。

「しかたない……ですか?」

 何を言い出したのかはオレにも判らなかったが、言葉は繋がって出てきた。

 

 ああ。しかたない。今のオマエはハルヒの『衝動』を強制的に譲渡されているようなモノなんだからな。あのH空間で。だったら、オマエが普通より……えーと。感じやすくなっていたとしてもそれはハルヒの所為であってオマエの所為ではない。さっさと原因を探って事態を解消しよう。そうすれば……

「そうすれば?」

 

 ……普通に戻るさ。きっと。

 等と言いながらもオレは自分の言葉に自信はなかった。全く。

 だが、五妃はそうではなかったようで……顔に浮かんでいた曇りは晴れた。まるで梅雨明けの初夏の青空のように。

「そうですね。でも……そうなったら」

 そうなったら?

「その時、ボクは男に戻っているんですが?」

 くしゃくしゃの笑い顔で切り返しやがった。

 オレは言葉に詰まり……自分の顔が百面相となっているのを自覚しながら……額を指で弾いてやった。

「ふふふ。ごめんなさい。興ざめでしたね。あ……また汚してしまいました」

 五妃もまた、言葉の先に詰まっていたようで……再び鮮血で濡れたオレのを口で清め始めた。

 五妃の舌の感触で……

「あら。また元気になりましたね……でも」

 五妃はオレのを軽く握りながらオレの胸に頭を寄せた。長い髪の毛がくすぐったい。

「……キリがありませんからシャワーでも浴びて今後の話をしましょう。名残惜しいですけど……ね?」

 シャワールームへと向かう間も五妃はオレからは離れずにまとわりついていた。

 

 シャワールームでも……なんか仔猫がじゃれついているような感じでオレは五妃に身体を洗われるに任せた。

 実際、午前中にも長門に洗われているしそんなには洗う必要はない。

 『洗われる』という状況に関しては否定しがたい肯定の感情が湧いてくるのは……記憶に留めて声に出すのは止めておこう。

 軽く洗っただけでシャワーを終えて、バスルームから出ると五妃がバスローブを手渡してくれた。

 随分と心地よいローブだな。

「でしょ? 持って帰りたいくらいです……」

 と、見れば……五妃はバスローブと同じ素材らしき変わった形のブラを付けている。

「……なんて言ったら、特注かつ速攻でコレを作って頂けました。タオル地の和装ブラですね。実際、ココまで大きいと肩が凝るし、アンダー部分が汗ばむし、それに付けないと形が崩れるとあの2人にやかましく言われます。女性ならではの……煩わしさですね」

 タオル地ブラの上からバスローブを羽織り、再びキングサイズのベッドに身を投げる。

 裸にブラとバスローブだけというのも扇情的だが……ここは健康的だと記憶に留めておくことにする。

 というオレの決心を1つも考慮せずに……変わらず五妃は身体を寄せてきたが、顔は真剣だ。

 いや、真剣な表情を作ることで……先程のようなことにならないようにしているようだ。

 だったら、身体をくっつけなきゃいいのに。

「問題は……3日前の涼宮さんに何が起きたのか。それに尽きます」

 そうか?

「ええ。原因が判れば対策を考察できます。時を遡るのが一番簡単なのでしようが……未来人さん達からのアクセスはまだ無いのでしょう?」

 ああ。今の所、気配すらない。

「こちらの朝比奈さんは……それどころでは無さそうですし、長門さんも色々と忙しいようですから?」

 意地悪そうな笑みでオレを見る。

 って、知っているのか? 昨日と今日のことを……

「ええ。昨日は涼宮さんと朝比奈さんと。そして今日の午前中に長門さんと。何をしていたのかまでは知り得ませんが、どういうコトをしていたのかは……『組織』と『一族』の双方から同じ情報を得ています」

 何をしていたのかという行動内容に関してはノーコメントとしたい。

「ええ。それでいいですよ。あまり聞きたくもありませんし?」

 意地悪そうな五妃の視線から逃れるために話を変えよう。

 ……なんかアクティブになったな? オマエは。

「そうですか? ボクとしては変わったつもりはないのですが……アナタがそういうのですからそうなのでしょうね」

 ああ。ま、元に戻れば……元通りなんだろうけどな。

「ふふふ。取り敢えずはこの星に生を持つ現代のボク達で出来ることをしておきましょう。彼女たちの手を借りずに済む話だったらそれで良し。済まない話でしたらその時に相談すると言うことで……当面の行動方針としては以上で良いでしょうか」

 ん。異議はない。

「では、家まで送らせて頂きます」

 何処かへ電話する古泉の雰囲気は……どこか寂しげだった。

 既に夕暮れ。

 窓の外では海を渡る吊り橋の向こうの水平線に夕日が沈もうとしている。

「後でアナタのウチの方にも連絡しておきますね」

 古泉。

「はい。なんでしょう?」

 今のオマエは古泉一樹なのか? それとも古泉五妃なのか?

「……さて? 元々からどっちか怪しかったのかも知れませんよ?」

 おい。

「ふふふ。冗談です」

 オマエの冗談は判りづらくて笑えない。

「そうですか? そうですね。真面目に答えを考えさせて頂ければ……今日の午前中までは間違いなく一樹です。男のね。ですが、アナタがボクの記憶を持っていた御陰で……いまは女の五妃の記憶と男の一樹の記憶が融合しつつある。別人格があるのではなく同一人格で記憶が分けられていた。そしてそれらが今融合しつつある。そんなところです」

 ……全く持って判らない。

「それは残念です」

 小悪魔のような五妃の笑み。

 おまえは戻らない方がいいかもな。

「どうしてですか?」

 今の方が……生き生きとして見える。

 古泉は……一瞬、ぽかんと……いや、相手は少なくとも外見は妙齢の女性ならばして「きょとん」と表現するのがもっとも妥当と思われる表情をしてから……笑い出した。

「それは……誉め言葉として受け取っておきます。いえ、確かに楽しいですね。表情を意識しないで済むというのは……その分「生き生き」として見えるのでしょう」

 つまり、やっぱり演じていたんだな?

「ええ。古泉一樹としては涼宮さんの望む姿、言動を心がけていましたから。そうですね。確かにそのことに関しては『楽しいです』よ。今はね」

 古泉は……遠くへと視線を変える。

 夕日を見つめるような、過去の自分を見つめるかのような……寂しげな、懐かしげな視線だった。

 なにか、言おうとしたときに、不意にドアが開いて先程の2人が入ってきた。

 威嚇と侮蔑と怒気の混じった視線で。

 2人の視線が痛すぎてオレは何を言おうとしていたのかを思い出せなかった。

 

 服を着て……部屋を出ようとするとき、やっと言葉が出た。

「古泉」

「? なんでしょう?」

 その先が……眼光鋭き2人の美女の視線で途切れたが、1つ深呼吸をすると吐いた息が言葉となった。

「……絶対に帰ろう。いや帰らせてやる。元の世界に。一緒に帰ろう」

 オレの言葉の意味をゆっくりと考えたかのような瞬間が過ぎてから古泉は笑った。

 初夏の日射しのような声で。

「ええ。帰りましょう。一緒に」

 

 

 昼食の残りを包んだお土産を手に厳しき視線の美女2人に高級車で送られながら……オレは考えていた。

 3日前。

 そこで何かが起きた。

 長門によると「妄想爆発」。古泉によると「桃色神人の出現=H空間の発現」。

 朝比奈さんにも意見を聞きたいところだが……昨日の後ではちょっと気が引ける。

 ハルヒは……昨日の時点でああなのだから、現時点で何を言っても無駄なような気がするし、原因というか根源なのだから、下手に触って悪化させるのは愚の骨頂だろう。

 いや? 長門はオレが原因と言っていた。

 ……心当たりがない。

 しかし、相手はハルヒなのだからオレが原因と言っても些細なことかも知れない。

 些細でないことならばいくら何でも心当たりがあるだろう。

 やはり古泉が言うとおり3日前に起きた「何か」を知るのが一番だと思う。その修正が後からでも出来るのならば……

 出来ることを期待するしかないか。

 それにしても……

 

 SOS団全員と関係してしまった。

 たった2日で。

 明日、どんな顔をして会えばいいのか、今考えても気が重い。

 

 等と考えていると車が家に付いた。

 考えていても時は過ぎる。明日のことは明日にしよう。

 と、車を降りたとき呼び止められた。

「おいオマエ」

 はい? なんでしょ?

 と、振り向くと……威嚇と侮蔑と怒気の視線が卑下する態度と共に突き刺さってくる。

「いい気になるんじゃねぇぞ?」

「お嬢といい仲になったとしてもだ。図に乗るなよ?」

「本来……オマエ如きが手を出せる相手じゃないんだからな?」

「そこんトコ、理解してるよな? オマエが幸せにできるような相手じゃないんだからな?」

 ぅおっと! 送り狼じゃない、送り脅しですか?

 って、そんな言葉があっただろうかと悩む以前に返答しないと……ヤバそうな雰囲気が秒単位で増加していく。

「……オレは」

 考えなしに出た言葉は……さっきの決意表明の言い直しに過ぎない。

「アイツを、古泉を幸せには出来ないでしょう。ですが、古泉が、コイズミイツキが、いま不幸なのだとしたら……全力で救い出したい。全力をつかっても1ミリ程度しか良くならなかったとしても……オレは全力を尽くす。全力で進む。それだけです」

 オレの言葉がどれほど意味を持つのかなんて事はオレ自身が知っている。

 出来なくても進むしかない。

 その先がどうなっていようとも。

 じっとしていても何も始まらないのは……今までの経験と体験から明白なのだから。  眼光鋭き美女2人は……一瞬、表情を止めた後で呆れたように視線を交わした。

「なるほどね?」

「お嬢が……選ぶ訳だな?」

 はい? なんのことでしょう? というか何故にいつも疑問形なのでしょうか?

「おい。手を出しな?」

 言われるままに掌を握手をするような形で出す。

 とっ! 美女2人に引っぱたかれた。掌と手の甲を。

 ちょうど2人の手でオレの手が挟まれたような形で。

 いったぁ〜 と叫びたかったが、声には出なかった。

「少しだけ認めてやる?」

「今の言葉を忘れなければね?」

 美女2人は鋭い視線を少しだけ弛めて……立ち去っていった。

 えーと。何がなんだかよく判らないのだが、ヤバい状況は脱したようだ。

 断言は出来ないが……

 

 その夜。夕食にはあの塊のローストビーフと焼き伊勢エビの団体さんの余り物が食卓に上った。

 古泉が車で移動中に電話連絡をしていたらしく妹とお袋は無条件に大喜びだ。オレとしては味を知っているだけに然したる感慨はなく、昨日の残りのカレーにそれぞれの欠片を乗せて平らげ、早々に自分の部屋へと戻った。

 お袋が「古泉さんのお嬢さんには良くお礼を言っておくのよ」とか言っていたが、明日の放課後には顔を合わせることとなる。その時でいいだろう。

 言ったとしても相手の返答内容が予想できるだけにそのことに頭脳の処理能力を割り当てる必要性を感じない。

 やはり……当面の危機はその時の雰囲気だろう。

 金曜日の状況とは違う。

 間違いなくオレにとっては居心地が悪そうな雰囲気であることは明白である。

 とはいえ、現時点で悩んでいても答えは出ない。

 さっさとベッドに潜り込んで横になった。実際、肉体的疲労は蓄積している。

 睡魔は呼びもしないのに瞼の上に鎮座した。

 

 

 次の日。登校日である。

 まだ睡魔と共に夢の中にいたオレは妹の予想だにしない声に叩き起こされた。

「キョンくんっ! 起きて。イツキちゃんが来ているよっ!」

 あれ? いつの間に「古泉くん」から「イツキちゃん」に呼び方を変えた?

 慌てて洗顔などを手早く済ませ、昨夜食べ切れていなかったローストビーフの残骸をパンと共に飲み下して外に出ると……古泉五妃が立っていた。

 いつもの制服(女子用)であるのは仕方ないとしてもだ……なんで来た? こんな朝から。

「昨夜、色々考えて……早めに確認したいコトを見つけまして」

 五妃と話していたセーラー服姿の妹は「じゃあね〜 イツキちゃん」と声を残して通りの先に姿を現わした同級生達へと走っていく。

 ん? あれ? 何故にセーラー服を着ている? 妹よ。

「妹さんは昨日、ボクのことを「見知らぬ女の人」のような感じで呼びに行きませんでしたか?」

 ああ。当然だろう。まさかオマエが女になっているなんて……

「ですが、それだとおかしいんです。妹さんは以前の世界のボクを知っていて、この世界のボクを知らないということになります。この世界ではボクは女なんですよ? 生まれたときから。ですから、昨日の時点でボクのことを知っていなければおかしいんです」

 あ……

「念のためお聞きしました。ちゃんと一緒に鶴屋さんの別荘に行ったことなどを覚えておられました」

 なるほど。ならば妹も前の世界の記憶が?

「いえ。今話した限りでは妹さんはこちらの世界の記憶しかありません。当然といえば当然なのですが……」

 あれ? つまり?

「昨日の時点では前の世界。今の時点ではこちらの世界の記憶ということになります。そしてもう一つ。生徒手帳をお持ちですか? 学生証も」

 ああ。そんなモノは服のポケットに常備している。学生証も同じだ。

「確認して下さい。学校名と学年を」

 そんなことを言ったって北高の2年に決まっているだろ?

「そうなってますか?」

 言われて確認すると……あれ? なんだ?

「北山高等専門学校4年。そうですよね?」

 どういうことだ? ミスプリ?

「いいえ。ボクのもそうなっています。そして妹さんも……」

 オレは立ち去る妹の同級生達を見る。全員セーラー服だ。

「中学校2年生でした」

 つまり?

「いつの間にか2年ほどタイムスリップしています」

 オレの背中がゾクリとざわついた。

 

 原因は判っている。

 ハルヒだ。

 

 ハルヒ。オマエは一体何を考えているんだ?

 

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