やあ。落ち込んだ顔をしているね、きみ。
無理もないだろう、高校のあいだずっとかけて目指してきた第一志望の大学に、現役不合格というかたちで拒絶されたんだ。合格掲示板に並んでいた、君より前の受験番号たちはやけに番号の間が狭かったから、いきなり自分の番号も含めて１５番も飛んだのもビックリして、信じられなかっただろう。現に君はいつのまにか湯島三丁目まで歩いてきている。何度も何度も、何列も何列も、注意深く番号を確認したのに見つけられなくて、あまりに気が動転してその場を抜け出したんだ。ショックで心の中が一杯だろう。僕の声もあまり耳に入らないかもしれない。
でもね、僕は、
きみに今日起きたことが、
これまでのきみの人生で一番良かったことなんだと、
そう伝えに来たんだ。
きみは他の大学を受けていなかったから、おそらく浪人するだろうね。あとすこし点数が高ければ、来月にはあの緑のきれいなキャンパスで大学生活を謳歌できただろう。君はまだ知らないけれど、あとで家に届く不合格通知書を見てごらん。きみが英語の試験で最後に書きつけた４択問題の答え。きみはｂって書いたけど、あれは実はａだったんだ。あそこで正答していたら、きみは受かっていた。きみはこのまえ、担任の先生に「受かっているかは五分五分だとおもいます」と答えたけれど、その感触はバッチリ合ってたんだよ。実は本当に採点基準一つで変わってしまうぐらいに、微妙なところだったんだ。かといってそんなことを当てても加点は起きないのが、大学受験の厳しいところだね（笑）。
そんな紙一重で落ちたことが、どうして君にとって最高の出来事かって？それはね、ネタばらしをしてしまうと、実は君、来年は合格するんだ。そしてその年に出来たばかりの学科に進学する。君が今進学しようとしている、文学部じゃない。全く違う学部だ。そこで、君の一生を変えるような人たちに出会うんだ。しかも数年後の君は、東京にいない。あれほど好きだった東京から離れる。それほどまでに、そこでの出会いが何もかもを変えてしまうんだ。
君がもし大学受験で落ちていなかったら、君はその学科には進めなかった、
そもそも存在していないからね。どうしようもない。
東大の制度は留年を許すけれど、君は特殊な状況に居て留年ができないんだったね。だから留年によるそこへの進学はありえなかった。
さて、きみが近い将来に経験するこの出来事から言えるのは、
人生最悪の出来事が人生最高の出来事になることもある、ということだ。
人の一生は本当のところ、何が良い結果に繋がるかほとんど分からない。もちろん勉強すれば試験には受かりやすくなるし、準備すればなんだって上手くいきやすくなるだろう。でも数年単位の事象間に存在する決定的な関係で見たとき、ほとんどの繋がりは事後的にしか分からないんだ。最悪が最高になることもあれば、生じたときにはとてもぎこちなく、気まずかった出来事が、実は後々でかなり大事なキーパーソンに接触するための鍵になったりする。
だからきみに伝えたいのは、自分を信じてほしい、ということだ。自分を信じるのはとても難しいことだ。とくに数年かけて真剣に準備して望みの大学に入れなかった後なんかは。落ちたのはあそこで自分がサボったからかもしれない、計画的に勉強できていなかったのかもしれない、東京観光ピースとかやってて直前の詰め込みが足りなかったからかもしれない。自分の合格する素質や資格に対する疑念は矢のように降ってくるだろう。僕が自分を信じてほしい、というのは、それでも、自分を信じてほしいということだ。
言い換えれば、自分を信じるというのは、それ自体がいわば最悪の出来事なんだ。自分が彼や彼女に生まれていれば、きっともっとスポーツもできて、他人からも「ちやほや」されて、愛情のある家庭で育てられて、危険のない地域で過ごし、頭の回転も早くて入試なんて何の問題にもならなかっただろう、という思いが頭をよぎったことがあるかもしれない。自分はなんで計画性がないんだろう、なんで気の利いたことがパッと言えないんだろう、なんでこんなに頼りない自分を信じなければならないのか、と憤りすら感じる人もいる。
でも自分を信じるというのは、その最悪の出来事が、最高の出来事になる可能性に賭けるということだ。誰がなんと言おうと、君のなかの抽象的な他者がいくら批判しようと、きみは笑って、エネルギーを定期的に何かに注ぐ。その注ぎ方は完璧じゃないから、完全なメリトクラシー（業績主義）の中では批判は容易かもしれない。でも現実の世界は、きみの素朴なメリトクラシーよりだいぶ複雑なんだ。
だから忘れないでくれ。とくに。
絶望のさなかにいる今に。
（１）何が良い結果に繋がるかほとんど分からない。
（２）だから、自分を信じる。
…えっ、ところで、未来のきみはどこで何をしているかって？うーん、言ってもいいけど、きっときみは信じないだろう。ひょっとしたらきみはその場所のことを知らないかもしれない。君が好きだった英語の講師が、「大学を卒業するときに自分がこんな職業に就いているとは思いもしなかった」と言っていただろう？そういうことが君にも起こるよ。
一説によると一度しかない人生だ、十分好きに楽しんでくれ。
