最後の「ピン」という音で希美の幸せを願った―牛尾憲輔が語る「リズと青い鳥」と音楽(1)

2018/05/25

WRITERインタビュー:トライアウト・北山真衣/テキスト:Zing!編集部 ピーター/撮影:トライアウト・佐野将宏

最後の「ピン」という音で希美の幸せを願った―牛尾憲輔が語る「リズと青い鳥」と音楽(1)

現在公開中の映画「リズと青い鳥」の音楽を担当されている牛尾憲輔さん。ソロユニット「agraph(アグラフ)」や、バンド「LAMA」のメンバーとしても活躍されています。山田尚子監督との映画「聲の形」では主人公・石田将也たちが「世界に慣れていく」ことを表すため、バッハのピアノ練習曲「インヴェンション」を楽曲のモチーフにしたり、練習用のアップライトピアノを解体してマイクを仕込んだり……コンセプトと密接につながった手法で音楽をつくられているのが印象的でした。
以前「リズと青い鳥」監督の山田尚子さんにインタビューした際にも、牛尾さんの音楽についての工夫をお話されていました。

今回は牛尾さんに劇伴をつくられるときの姿勢や「リズと青い鳥」の曲それぞれについて伺いました。
ぜひ発売中のサウンドトラックを聴きながら読んでいただければと思います。

※「リズと青い鳥」のネタバレ要素を含みますのでご注意ください。

山田尚子監督インタビューはこちら


彼女たちの秘密を覗くような視点で音楽をつくった

――まず「リズと青い鳥」の音楽を担当される、というお話を伺ったときはどう思われましたか?

山田さんとは「聲の形」でご一緒させていただいていたのですが、バンドを組んだような感覚になるぐらいシンパシーを感じたので、またお仕事ができるというのは嬉しかったですね。
「ユーフォ」(アニメ「響け!ユーフォニアム」)のシリーズということだったので、そこに対する緊張はありました。ファンの多い作品ですし、僕自身もすごく好きな作品なので「僕で大丈夫ですか?」とも。松田さんがつくられた世界観を壊さないように、とも考えました。

※松田さん:「ユーフォ」アニメシリーズや「リズと青い鳥」の「リズ」パートの曲、吹奏楽曲などの音楽を担当されている音楽家・松田彬人さん。

――牛尾さんは山田監督のどんなところにシンパシーを感じられているのでしょうか。

山田さんの作品はもともとすごく好きでよく観ていたのですが、「こんな演出ができるなんてものすごい天才肌の人なんだな」って思ってたんですよ。

一番根っこにあるのは、ものをつくる感覚ですね。山田さんの作品はもともとすごく好きでよく観ていたのですが、「こんな演出ができるなんてものすごい天才肌の人なんだな」って思ってたんですよ。でも一緒に仕事をしてみると、七転八倒しながら泥臭く地に足つけてつくられていく人だと分かったんです。「このシーンでこの登場人物はどういう風に思ったんだろう」「どういう気持ちでこんなことしたんだろう」と、一歩一歩考えながら描いていく。
僕もミュージシャンとして「とにかく一歩ずつやるしかない」と思いながら音楽をつくるので、山田さんのその姿勢に共感しました。

――そうだったんですね。「リズと青い鳥」の脚本を読まれたときは、どんなことを考えられたのでしょうか。

まずこの作品は希美とみぞれの、人に知られちゃいけないことが描かれているんだなと思ったんです。十代の頃誰もが抱くような、自分の才能に対する挫折や自分は大好きだけどその友だちにとって自分は一番じゃないかもしれないという思い。そういうのは人に知られたくはないですよね。

この作品は希美とみぞれの、人に知られちゃいけないことが描かれているんだなと思ったんです。

――そうですね。秘密にしておきたいですね。

だから「彼女たちにばれないようにしなくてはならない」というのを脚本を読んで初めに思いました。呼吸するだけで彼女たちにばれてしまって逃げられてしまうような……彼女たちの秘密をこっそり見るような視点で作品をつくろうと思いました。

――山田監督とはそういったコンセプトをどうやって調整されていったんですか?

僕たちがコンセプトワークと呼んでいる「物語の核」をつくる工程が絵コンテの前にあります。そのとき僕は「学校の中にあるモノから覗き見るような視点を考えた」とお伝えしました。

デカルコマニーの手法で楽譜にできた模様から音をつくった

――山田監督とお話したコンセプトから、どういう手法でつくっていかれたのでしょうか。

デカルコマニーの手法で楽譜にできた模様から音をつくった

まずさっきお話した、学校にあるモノたちの視点というコンセプトから「じゃあ学校にあるモノの音を録って音楽をつくろう」という方法を導き出しました。音楽室の椅子を叩いたり、窓ガラスをこすったり、理科室のビーカーを弓で引いてみたり……それで録った音源が彼女たちをとりまくモノの視点として音楽の中で描かれているんですね。
休日の学校で録音したんですけど、音がめちゃくちゃ響くんですよ。ちょっと椅子を「カンッ」て動かすだけでリノリウムの床が音を強く反射するんです。そういうのは象徴的に学校が閉ざされた空間だというのを一音で分からせてくれます。そのときに録った音はサントラ全体に散りばめています。

――Zing!での山田監督のインタビュー記事では「デカルコマニー」というキーワードが牛尾さんとのお話で出てきたと伺いました。

最初のコンセプトワークで出たキーワードは「デカルコマニー」ともう一つ「互いに素」というものがありました。
デカルコマニーは紙にインクを垂らして、折り畳んで転写する絵画の技法です。紙を開いて出てきた形は同じようでいて細部が違います。それは希美とみぞれの関係になぞらえることができるだろう、と。同じような形の二人だけど少しずつ違っていく。
「互いに素」というのは、数学用語です。隣り合った2つの数字、例えば4や5のように「自分と1以外に約数(割れる数)を持たない関係」のことを言います。

学校のモノの視点というコンセプトは、そのモノ自体の音を録る手法に結びつきました。
デカルコマニーについては、この楽譜がそうなんですけど……
(牛尾さんが楽譜を取り出す)

デカルコマニーは紙にインクを垂らして、折り畳んで転写する絵画の技法

――わあ、とてもきれいですね!

ありがとうございます。こうやって実際にデカルコマニーの手法を楽譜でやってみたんですね。インクを楽譜に垂らして真ん中で折り畳んで……。そしてこの楽譜の1つ1つの点を音符として採譜していきました。

この楽譜の1つ1つの点を音符として採譜していきました。

例えばこちら側は4小節で、一方が5小節なんですけど、1つのデカルコマニーの中の小節数が「互いに素」になっている。4小節と5小節だと、ずっとずれていくんですよね。そうやって曲をつくっていきました。

こちら側は4小節で、一方が5小節なんですけど、1つのデカルコマニーの中の小節数が「互いに素」になっている。

そういう風にコンセプトを強固につくることによって、僕は「演繹的に」と呼んでいますが、言い換えると「自動的に」音楽ができていくんですね。こういうつくり方は、山田さんと共鳴するところがあるからできることだなと思っています。

サントラ(サウンドトラック)だと「décalcomanie」というタイトルのつく曲はこの手法でつくっています。
(編注:「リズと青い鳥」サウンドトラックには「décalcomanie」とつく複数の曲が存在する。下記はその一つ)

こういう柄だと音符は採れないので、もっと特殊なつくり方をしてます。この場合は、形を音の周波数に変換してつくっていっています。

こういう柄だと音符は採れないので、もっと特殊なつくり方をしてます。この場合は、形を音の周波数に変換してつくっていっています。

(ここからはぜひ「リズと青い鳥」サウンドトラックの曲を聴きながらお読みください。Apple Musicのリンクからも視聴可能です)

オープニングで流れる曲「wind,glass,bluebird」について

オープニングで流れる曲「wind,glass,bluebird」について

――ではここからは印象的な曲についてお伺いしていきたいと思います。

まず「wind,glass,bluebird」について。これはオープニングで希美とみぞれが歩くシーンの曲ですね。

この曲をサントラで聴いた際衝撃を受けました。映画の中に出てくる足音や鳩の鳴き声、ナップザックの音に至るまでが曲の中に収録され、あとで観た公式サイトのメイキング動画でも「先につくった音楽に絵を合わせていった」とありました。

その制作過程や意図についてお伺いしたいです。

このオープニングとエンディングの曲は特殊なつくり方をしています。
まず僕と山田さんでテンポを決める。
そのあと山田さんがそのテンポをベースにした絵コンテを描く。
それが「コンテ撮」という映像になるんです。コンテをもとに絵がパッパッパッと切り替わっていく鉛筆書きの映像ですが、そのシーンに対して何が起こるかというのと大まかな時間が分かるんです。
ここで校門に入って、ここでターンして、水飲み場で水を飲んで、渡り廊下を歩いて、階段を登って、音楽室に入る……というオープニングの流れが分かる。

そのオープニングの曲で使いたい効果音を僕が発注するんですね。そして山田さんの「コンテ撮」と発注した効果音が揃っている段階で、音楽をつくっていきました。「タンタンスタタン」というリズムに対して1拍と3拍の部分にパーカッションとして足音を置いて、それが8分でずれていって……と。そして小節の切り替わりで靴箱のフタを締めて、スノコに内履きを落として、という動作の細かなタイミングを僕の方で決めていったんです。

――牛尾さんがその部分を決められたんですね。

音楽を絡めた5分の曲ができて、それを動画の方に渡しました。次は足音についてスポッティングという作業をします。何秒何コマで足が乗るかというのをとっていって、それに合わせてアニメがつくられていったんです。

はい。音楽を絡めた5分の曲ができて、それを動画の方に渡しました。次は足音についてスポッティングという作業をします。何秒何コマで足が乗るかというのをとっていって、それに合わせてアニメがつくられていったんです。
ただ、それだとアニメとして成り立たない部分があるので、その映像を僕がもらって指摘をもとにもう一度アレンジ。またそこで修正が出たら戻す。今度は効果音さんが音を精査するために入ってきて……というやりとりを何度もやっています。

――めちゃくちゃ緻密な作業だったんですね!

すごく大変でした(笑)。このオープニングとエンディングでは、山田さんが音楽をつくったとも言えるし、僕が映像をカッティングしてつくったとも言えるんですよね。完全に不可分な作業になっていました。

「reflexion,allegretto,you」について

――次は「reflexion,allegretto,you」について伺います。
みぞれが理科室にいて、向こう側の棟にいる希美のフルートの光が反射してみぞれに当たって……というシーンで流れる曲です。

とても好きな曲で、美しいけどとても切ないなと感じました。
Zing!で山田監督にインタビューした際、原作にないあのシーンはどういう背景で生まれたのか聞いたところ、

“そのときはみぞれに心を沈めて「どういう風にみぞれは希美を感じているのだろう、吸収しているのだろう」とコンテ作業をしているときに思いつきました”

ということでした。

“みぞれは希美を見ている立場で自分からはアクションできない。希美から受けるものはみぞれは何でも嬉しいんじゃないか。そういえばフルートは光る、希美の光を受けたときみぞれは嬉しいだろう……このシーンでは100個会話するよりも二人の距離が描けるんじゃないかと思いました”

とも。
この曲は監督とどんなお話をしてつくられていったのでしょうか?

この曲は、実はあのシーンに当てて書いたものではないんですね。この映画全体に当ててつくった曲だったんです。

この曲は、実はあのシーンに当てて書いたものではないんですね。この映画全体に当ててつくった曲だったんです。多分、「リズと青い鳥」であのシーンさえできれば良かったんですよ。

――そうだったんですか! 一番大事なシーンだったんですね。

あそこにピークがあったんです、僕の中では。だから山田監督がこの曲をこのシーンに使われたのは、ここがこの映画を象徴しているからだと僕は思っています。
僕にとっては、この曲がこの映画そのものなんです。

――曲を作り終えられて、映画が出来たあともそう思われていますか?

そうですね。この曲は山田さんのコンテを見たあとではありましたが、まだ動画もオープニングのミュージカルみたいな部分もできていない段階で出来上がりました。まだまだ自分では「この映画はどういう映画なんだろう」って思いながら、使えるかどうか分からないイメージアルバムみたいにずっと曲を書き続けていたんです。その中で最初のほうにできたのがこの曲でした。この曲ができたから「ああ、この映画は形になるな」と思いました。初期衝動みたいなものが入っていると思います。

「stereo,bright,curve」について

――続いて「stereo,bright,curve」について聞かせてください。みぞれと希美が、互いに同じ結論を違う方向から、立体的に導き出すシーンの曲です。一方でこれから別々の道に進むことを暗示していて、切なさもある。この曲の後半に入る「ガガッ」という音は何の音ですか?

あの音はオープンリールのテープレコーダーが動き出す音です。「ガッシャーン、ハーン!」って動き出すんです。それがなぜ動き出すかは内緒です(笑)。テープが動き出す、これから物語がどうなるのか、ということとつながっています。

「wind,glass,girls」について

――wind,glass,girls(映画の最後に二人が歩いて帰るときの曲)
これも「wind,glass,bluebird」と同様、紙をめくる音、足音、ドアを開ける音、バッグを開ける音などが入っています。
映画のパンフレットで「最後の『ピン』とひとつ音を入れて締めてくれただけで映画が肯定的な雰囲気で終わらせられた」と山田監督がおっしゃっていました。
最後の音についてや、どういう背景で生まれたのかを教えてください。

「ピン」というのは暗転したあとに入る音ですね。山田さんと一緒にお仕事するときは、映画の最後の音をすごく意識するんです。

「ピン」というのは暗転したあとに入る音ですね。山田さんと一緒にお仕事するときは、映画の最後の音をすごく意識するんです。音楽的には「終止」って言いますけど、「ジャジャン、ジャーンッ!」ってちゃんと終わるもの。そういう風にちゃんと終わらせるべきなのか、終わらせないまま発散していく、消えていくのか……っていうのは悩むんですね。
今回は希美が振り返ったあとに起こったことが、幸せであってほしかったというか。

――最後の場面では希美の顔は画面には映っていないですよね。

はい。あのあと希美がどうなるのかというのは明示されていないんですが、そこはまさに「望み」があってほしかったんですよね。幸せの残響というか残り香のようなものを匂わせたかったんです。この曲は後半の展開で転調して切なくなっていくんですけど、それを「ピン」という音で明るくして終わる。あの映画の結びとして美しいかたちにできたんじゃないかと思います。

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牛尾さんの音楽活動での野望とは?


映画「リズと青い鳥」は2018年4月21日から全国の映画館で公開中。

© 武田綾乃・宝島社/『響け!』製作委員会

  • 牛尾憲輔
  • PROFILE

    牛尾憲輔

    ソロアーティストとして、2007年に石野卓球のレーベル"PLATIK"よりリリースしたコンビレーションアルバム『GATHERING TRAXX VOL.1』に参加。
    2008年12月にソロユニット"agraph"としてデビューアルバム『a day, phases』をリリース。石野卓球をして「デビュー作にしてマスターピース」と言わしめたほどクオリティの高いチルアウトミュージックとして各方面に評価を得る。2010年11月3日、前作で高く評価された静謐な響きそのままに、より深く緻密に進化したセカンドアルバム『equal』をリリース。
    同年のUNDERWORLDの来日公演(10/7 Zepp Tokyo)でオープニングアクトに抜擢され、翌2011年には国内最大の屋内テクノフェスティバル「WIRE11」、2013年には「SonarSound Tokyo 2013」にライブアクトとして出演を果たした。  
    一方、2011年にはagraphと並行して、ナカコー(iLL/ex.supercar)、フルカワミキ(ex.supercar)、田渕ひさ子(bloodthirsty butchers/toddle)との新バンド、LAMAを結成。 2003年からテクニカルエンジニア、プロダクションアシスタントとして電気グルーヴ、石野卓球をはじめ、様々なアーティストの制作、ライブをサポートしてきたが、2012年以降は電気グルーヴのライブサポートメンバーとしても活動する。
    2014年4月よりスタートしたTVアニメ「ピンポン」の劇伴を担当した。
    2016年2月には3rdアルバムとなる『the shader』〈BEAT RECORDS〉を完成させ、同年9月に公開された京都アニメーション制作、山田尚子監督による映画『聲の形』の劇伴を担当。映画公開に合わせて楽曲群をコンパイルしたオリジナル・サウンドトラック 『a shape of light』がリリースされた。
    2018年初春、Netflixにて全世界配信された「DEVILMAN crybaby」の劇伴を担当。
    2018年2月17日に公開された白石和彌監督による映画「サニー/32」の劇伴を担当。
    その他、REMIX、プロデュースワークをはじめ、CM音楽も多数手掛けるなど多岐にわたる活動を行っている。

    http://www.agraph.jp

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