第225回 最小上界を求めて(前編)

「僕」とテトラちゃんが《ロルの定理》の証明に挑戦していると、ミルカさんがやってきて……「関数を組み立てよう」シーズン第3章前編。

登場人物紹介

:数学が好きな高校生。

テトラちゃんの後輩。 好奇心旺盛で根気強い《元気少女》。言葉が大好き。

ミルカさん:数学が好きな高校生。のクラスメート。長い黒髪の《饒舌才媛》。

テトラちゃんが、ロルの定理について話していると、ミルカさんがやってきた。

「ちょうどいま、ロルの定理の証明が終わったところなんだよ(第224回参照)」

テトラ「証明の流れがおもしろかったです」

  • 平均値の定理を、ロルの定理に帰着させます。
  • ロルの定理のうち、定数関数についてはすぐに証明できます。
  • ロルの定理のうち、最大値を取らない関数については上下反転させることで最大値を取る関数に帰着して証明できます。
  • 残っているのは、最大値を使ってロルの定理を証明することです。
  • 最大値であるという性質と微分係数の存在を使って証明ができました。

ミルカ「ふうん……これはこれで楽しいけれど、もう一歩踏み込もう」

「もう一歩って?」

ミルカ「ここまでで証明できたことは、もしg(x)a<x<b最大値を取るならば、 ロルの定理が成り立つということだ」

テトラ「最大値を取らない関数については上下反転させて考えることにしたんですが……」

ミルカ「そういう話ではない」

「どういう話なんだろう」

ミルカ「こういう話」

問題0

以下の条件をすべて満たす関数F(x)は、a<x<bで最大値を取ることを証明せよ。

  • F(x)は、axbで連続である。
  • F(a)=F(b)である。
  • F(x)は、a<x<bで最小値を取らない。

ミルカ「君が関数g(x)についてロルの定理を証明するときに、a<x<bで最小値か最大値を取るということを暗黙のうちに使っている。 だとしたら、残るピースはこれだ」

「これは……あたりまえじゃないんだろうか」

テトラ「あたりまえに見えるものを証明するって……難しいです」

ミルカ「ロルの定理から出発したからごちゃごちゃと条件をつけたけれど、言いたいことはずっと単純化できる。閉区間[a,b]から実数全体の集合への連続な関数f(x)はこのような性質を持つという主張だ」

主張

閉区間[a,b]で連続な関数f(x)は、最大値および最小値を取る。

テトラ「閉区間……」

ミルカ「閉区間[a,b]とは、axbを満たす実数x全体の集合のこと」

「これがポイントだというのはわかるよ。x=ax=bで関数の値が等しいという条件は平均値の定理をロルの定理に帰着させるためにつけた条件だし」

テトラ「先輩方、ちょっとお待ちください。閉区間[a,b]で連続な関数f(x)が最大値および最小値を取るという主張の意味を確かめたいんですが、 たとえばy=f(x)のグラフを描くと、 必ず最大値maxと最小値minがあるということですよね?」

閉区間[a,b]で連続な関数y=f(x)グラフいろいろ

「そうだね」

テトラ「だとしたら……やっぱり《あたりまえ》だと思うんです。だって、f(x)=というのはありえないですよね。だって、は数じゃありませんから。グラフで上の方……無限までどおおんと吹き抜けることはできないです。 だったら、必ず最大値があるはずじゃないでしょうか。グラフで考えれば《あたりまえ》です」

ミルカ「グラフで考えるのは大事だが、いま問題にしようとしているのはそこに隠れている条件のことだ」

テトラ「グラフに何か隠れているんですか?」

ミルカ「たとえば、このようなグラフを考えよう」

テトラ「はい。この場合は最大値は1で、最小値は0になります。最大値を取るのはx=(2のときで、 最小値を取るのはx=aまたはx=bのときになります」

ミルカ「もちろん、テトラのその答えで正しい。だがもし仮に、関数f(x)の定義域がaxbを満たす有理数全体の集合だとしたらどうだろうか」

「なるほど。xの取り得る値を、実数じゃなくて有理数に制限するということ?」

テトラ「有理数に制限……それは、x=(2にはならないということですね?」

ミルカ「その場合、f(x)の最大値は1であるとはいえなくなる。なぜなら、x=(2にはならないからだ」

テトラ「ええと、でも、その場合はf(x)の最大値は何になるんでしょうか」

ミルカ「最大値は存在しない

テトラ「最大値は存在しない! ……で、でも、f(x)1より大きくはならないですよ? それはグラフで考えればわかります」

ミルカ「最大値の定義は? axbにおけるf(x)の最大値とは何か」

テトラ「最大値は、一番大きな値ですよね。ですから、axbxに対して、f(x)Mになる実数Mのことです……よね?」

ミルカ「違う」

テトラ「違う?!」

ミルカ「テトラがいま言った実数Mf(x)が取り得る値の最大値ではなく、f(x)が取り得る値の上界(じょうかい)というものになる」

テトラ「上界……」

f(x)の値がM以下になるというだけじゃなくて、f(x)=Mになるようなxが存在しなくちゃ最大値とはいえないからだよ、テトラちゃん。

テトラ「ああ……」

ミルカ「こういうときこそ、論理式が役に立つ。私たちがふだん使っている言葉では細かい差違が明確にならないとき」

最大値

axbを満たす、すべてのxに対して、

f(x)f(m)
を満たすmが存在するとしよう(ただし、amb)。

このときの値f(m)を、集合{f(x)|axb}最大値という。

論理式で表すなら、

m[a,b]x[a,b][f(x)f(m)]
が成り立つときのf(m)が最大値である。

上界

axbを満たす、すべてのxに対して、

f(x)M
を満たす実数Mが存在するとしよう。

このときのMを、集合{f(x)|axb}の一つの上界という。

論理式で表すなら、

MRx[a,b][f(x)M]
が成り立つときのMが一つの上界である。

テトラ「……なるほどです。あたしは頭の中では最大値のことを考えながら、上界の定義を話していたことになりますね」

ミルカ上界は一つとは限らないことに注意」

テトラ「あ、はい、わかります。M以上の数はぜんぶ上界になるからですね?」

「そうだね」

テトラ「でも、最大値は一つですよね?」

ミルカ最大値は、存在すれば一つに限る。証明はすぐできる」

(1)どんなxに対してもf(x)f(m)を満たすmが存在し、

(2)どんなxに対してもf(x)f(m)を満たすmが存在したとする。

このとき、

x=mとすれば(1)からf(m)f(m)がいえる。

x=mとすれば(2)からf(m)f(m)がいえる。

ということは、f(m)=f(m)になる。だから最大値は、存在すれば一つに限る。

テトラ「あっ、証明できるんですね。最大値は最も大きいものだから、一つに決まっていると納得してしまっていました……」

「最大値の定義の再確認はいいんだけど、さっきのグラフでxが取り得る値を有理数に制限したら、確かに最大値は存在しないよね。 だって、q1<q2<q3<<(2のように有理数q1,q2,q3,は無数にあって、 f(q1)<f(q2)<f(q3)<となるから、最大値は存在しない」

テトラ「なるほど……あたしは最大値上界を区別してなかったということですね。このグラフで、xが有理数なら、最大値は存在しませんけど、上界は存在します。 たとえば1は一つの上界になります。 だって、axbのすべてのxについてf(x)1ですから。 あっ、わかりました。f(x)1の等号が成り立たないわけですね。 もしもf(x)=1になることがあるなら、それが最大値です。 でも、xを有理数に制限したらx=(2になれないので、最大値は存在しない」

「そうだね」

ミルカ「実数の範囲で描いたグラフと有理数の範囲で描いたグラフは、見た目では区別が付かない。 だからグラフで考えるときには注意が要る」

「そうか……ということはさっきミルカさんが言ってた《主張》は、有理数では成り立たないことがあるわけだね」

主張

閉区間[a,b]で連続な関数f(x)は、最大値および最小値を取る。

ミルカ「そうだ。だから、この《あたりまえ》に見える主張を証明するときには、実数ならではの性質を使うことになる」

「なるほど!」

テトラ「なるほど……」

「なるほど、とはいったものの、どうやって証明するんだろう」

ミルカ「証明したいことを改めて書こう」

問題1

実数の閉区間[a,b]から実数全体の集合への連続な関数f(x)は、最大値および最小値を取る。

このことを証明せよ。

「最大値を取ることが証明できたら、f(x)を考えて最小値を取ることも証明できるよね。それから、ロルの定理のときと同じようにf(a)=f(b)を仮定してもかまわないはず。 でも、そこから先の一歩がわからないなあ……」

ミルカ「ふうん……さっきテトラが勘違いしたところから考えてみよう」

テトラ「あ、あたしっ?」

ミルカ「まずは、関数f(x)が取り得る値の集合に上界が存在することを証明しよう。 そもそも上界が存在しなければ最大値は存在しないからだ」

テトラ「それはf(x)MというMが存在するということですね。f(x)は無限に大きくなれない」

「テトラちゃん、それはそうなんだけど、無限に大きくなるようなf(x)があったら、そもそもf(x)という実数値はないわけだから《あたりまえ》に見えちゃうんだって」

ミルカ背理法を使おう。関数f(x)が取り得る値の集合には上界が存在しないと仮定する。《axbであるどんなxに対してもf(x)Mになる》などというMは存在しないという仮定だ」

テトラ「……」

「……だとしたら、何がいえるかなあ?」

ミルカ1は上界ではない、といえる」

テトラ1?」

「ずいぶん具体的だね。確かにそれはそうだけどね」

テトラ1が上界でないということは、f(x)1より大きくなることがあるわけですね?」

「そうだね。上界が存在しないという背理法の仮定を認めるなら、1<f(x)を満たすxが存在することになる」

ミルカ2は上界ではない、ともいえる」

テトラ2……?」

ミルカ1は上界ではない、2も上界ではない、3も上界ではない。任意の正整数nは上界ではないといえる。背理法の仮定を使うならば」

テトラ「?」

「ミルカさんは、どんなnに対してもn<f(x)を満たすxが存在するっていいたいの? 確かにそうだけど、単なる言い換えになってるだけじゃない?」

ミルカ「正整数nに対して、n<f(x)を満たすxが存在する。だったら、そのようなxのひとつにxnと名前を付けよう」

「なるほど。数列x1,x2,x3,を作るということだね」

テトラ「お待ちください。たとえばx1というのは、1より大きな数ということですか?」

「違うよ、テトラちゃん。x1というのは、1<f(x1)が成り立つ数のひとつだよ。x1じゃなくて、f(x1)が、1より大きい」

テトラ「あっ、わかりました。すみません」

「ところで話が見えてきたよ、ミルカさん。数列を作るんだろ?」

1,2,3,が上界にならないことから、

1<f(x1),2<f(x2),3<f(x3),
が成り立つような数列、
x1,x2,x3,
が作れる。どんな正整数nに対しても、
n<f(xn)
がいえる。

ミルカ「だから?」

「だから、上界は存在しない……あれ?」

ミルカ「背理法の仮定が《上界は存在しない》なのだから《上界は存在しない》が導けるのは当然。導きたいのは《上界は存在する》の方。矛盾を出したいのだから」

「ああ、わかった。ごめんごめん。《条件をすべて使ったか》を忘れていた。僕たちのf(x)は連続関数なんだ。それを使わなくちゃ。 数列x1,x2,x3,があるんだから、 nのときのf(xn)を考えるんだね。 ということは……」

テトラ「ちょ、ちょっとお待ちください。テトラが置いてけぼりになっています」

「数列x1,x2,x3,まではいいよね」

テトラ「はい。1<f(x1)で、2<f(x2)で、3<f(x3)で……ということですよね」

「そうそう。それで、nという極限を考えたとき、xnxだとするんだ。つまり、

x=limnxn
ということだね。そうすると、f(x)は連続関数なんだから、
nf(xn)f(x)
がいえる」

テトラ「……」

「でも、n<f(xn) がいつも成り立つんだから、

nf(xn)
になってしまう。極限値が実数値f(x)であると同時に正の無限大に発散するというのは矛盾している。 これでf(x)には上界が存在するという証明ができたね」

テトラ「ええと……」

ミルカ「テトラは、いまの証明で納得した?」

テトラ「あのですね……何となくやってらっしゃることはわかるんですが、ぐるぐるっと煙に巻かれたような」

ミルカ「君は、いまの証明で納得した?」

「えっ、僕? 納得しているから話したんだけど。上界が存在しないと仮定すると、次の二つがいえる」

  • n<f(xn)だから、nのときf(xn)
  • f(x)は連続だから、nのときf(xn)f(x)

「これで矛盾するから、背理法によって上界は存在する」

テトラ「すみません、先輩。いま出てきたxというのは何でしょうか」

xというのは、nでのxnの極限値のつもりで書いたんだけど」

ミルカ「数列x1,x2,x3,が極限値を持つとどうしていえるのか」

「いえないことが……あるかな?」

ミルカxnn<f(xn)を満たすというだけの数。もしかしたら、f(x)は二つの山がある関数かもしれない。 そうして……」

  • x1,x3,x5,x7,は左側にあり、
  • x2,x4,x6,x8,は右側にあるかもしれない。

ミルカ「この場合、xの存在はいえないことになる」

「確かに……そうか、1<f(x1)で、2<f(x2)で……といっても、x1,x2,が近づいて収束していく保証はない?」

テトラ「あの、でも、このように二つの山がある場合なら、x1,x3,x5,のように左側のものだけを選ぶのではだめなんでしょうか」

ミルカ「そのようにしてやればいい。だから、数列x1,x2,x3,に対して、部分列をうまく選べば極限値を持つようにできるといえるか。それが問題となる。 こんなふうに言ってみよう」

問題2

任意の正整数nに対して、axnbを満たす数列x1,x2,x3,がある。

この数列の部分列X1,X2,X3,で、nのときXnXとなるものが存在することを証明せよ。

※ただし、数列xnの部分列Xnとは、 X1=xn1,X2=xn2,X3=xn3,で、 n1<n2<n3<を満たすものをいう。

「こんなこと……いえるのかな。だってx1,x2,x3,は無数の項がどんなふうに散らばっているかわからないわけだよ。 極限値を取るような部分列が取れるという保証はあるのかな」

ミルカ「保証がなければ、君の証明は先に進まない」

「……」

テトラ「先輩?」

「僕は、収束や極限値のこと、ほんとに理解してるのかな……不安になってきたよ。無限は、難しい」

ミルカ「同感だ。無限は、難しい」

テトラ「問題2は証明できるんでしょうか。x1,x2,x3,がどんなふうに散らばっていようとも、 極限値を持つような数列X1,X2,X3,が必ず作れるということですよね。 できるかもしれませんが、絶対にできるといえるんでしょうか」

ミルカ「いえる」

「どうすればいいんだろう」

ミルカ「《似た問題を知らないか》」

「似た問題……極限値を求める問題ということ?」

ミルカ「たとえば」

「区分求積法でLn<S<Mnのようなはさみうちをする問題とか」

テトラ「はさみうち……でも、今回の場合はaxnbですから、両端は動きませんね」

「いや、待った! 両端を動かせばいい!」

テトラ「両端を動かす?」

「うん! ミルカさんの問題2は証明できそうだ」

ミルカ「そう?」

「閉区間[a,b]をこんなふうに分割したらどうだろう」

閉区間[a,b]を次の二つの閉区間に分割する。

(L)[a,a+b2]

(R)[a+b2,b]

テトラ「左半分と右半分ということですか。axa+b2a+b2xbで?」

「数列x1,x2,x3,には無数の項があるんだから、(L)と(R)の少なくともどちらかには無数の項があるよね。 両方が有限個ということはありえない」

テトラ「それは……そうですね」

「無数の項があるのが(L)か(R)かはわからないけど、仮に(L)だとしよう。[a,a+b2]だね。その左端と右端を改めてa1=a,b1=a+b2とおくことにすると、 閉区間[a1,b1]の中には無数の項が入っていることになる。その項のうち、 一番小さい添字をn1として、xn1に対して改めてX1と名前を付ける」

テトラ「なるほど! あとはそれを繰り返す?」

「そうそう。次は閉区間[a1,b1]を二分割して、無数の項がある半分を選んで[a2,b2]とする。x1,x2,x3,のうち、添字がn1より大きくて[a2,b2]に入っている項のうち添字が最小のxn2に対してX2と名前を付ける」

ミルカ「そうすると?」

「そうすれば、X1,X2,X3,という数列が作れる。しかも、anXnbnが成り立っている。 さらに繰り返すたびごとに閉区間[an,bn]は幅が半分になっていくから、Xnは収束して極限値を持つ!」

ミルカ「区間縮小法。ここで実数の性質が使われた」

テトラ「これで、《ひと仕事おしまい》ですね!」

ミルカ「ここまでで、上界の存在がいえた。だがまだ、最大値の存在はいえていない」

テトラ「あ……」

問題3

実数の閉区間[a,b]から実数全体の集合への連続な関数f(x)には、上界が存在することがいえた。

最大値を持つことを証明せよ。

「最大値って、上界のうち最小のものじゃないのかな……」

ミルカ「それはいい予想。閉区間上の連続関数f(x)が取り得る値の最小上界は、f(x)が取り得る値の最大値になる。あとはそれを証明するだけだ」

(第225回終わり。第226回へ続く……こんなに長引くとは思ってなかった)

ケイクス

この連載について

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数学ガールの秘密ノート

結城浩

数学青春物語「数学ガール」の女子高生たちが数学トークをする楽しい読み物です。中学生や高校生の数学を題材に、 数学のおもしろさと学ぶよろこびを味わってください。本シリーズはすでに何冊も書籍化されている人気連載です。 (毎週金曜日更新)

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m_yas1028 最大値と最小上界。 大学で最小上界を知って、高校のときに感じてたモヤモヤが少し晴れた記憶がある。 約2時間前 replyretweetfavorite

MQ_null これは2,3回読み返したい!「当たり前じゃん!」っていう定理が成り立つということは、数学が「当た… https://t.co/QKkqOEAa90 約7時間前 replyretweetfavorite