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【社説】

週のはじめに考える 選挙のメメント・モリ

 「同意する」-。今日も世界中で、そのボタンがポチッとされておりましょう。「いいね」同様、ネット時代になって急に身近になった言葉です。

 ちょっと前になりますが、海外メディアが英国で行われた無料Wi-Fi(ワイファイ)提供の、ある実験の話題を伝えていました。

 Wi-Fiを使うには利用規約に「同意する」必要があり、中には「(あなたは)第一子を永久にわれわれの手に委ねることに同意する」といった項目も含まれていたのに、短時間で何人もの人が、「同意する」を選んでしまったそうです。

◆精査せずに「魂を譲渡」

 やはり英国のあるオンラインのゲームショップは、利用規約の中に「貴店に魂を譲渡することに同意する」といった項目を潜ませておいた。しかし、実に七千五百人もの客が同意してしまった、といいます。

 幸い前者は実験、後者はジョークでしたが、私たちが利用規約を精査せず、どれほど不用心に「同意する」を選んでいるのかを示す結果だとは言えるでしょう。

 無理からぬ面もあります。例えばスマホのアプリでも、利用規約や個人情報取り扱い方針の長いこと、細かいこと。あれを全部読んで判断して「同意する」なんて、ほとんど非現実的でしょう。

 わが子や魂ほどではないにしろ、あなたの位置情報をいただく、個人情報を第三者に提供する、といった繊細微妙な条件が含まれていることもあるのに、それと知らず「同意する」をクリックしていることも少なくないはず。後で、こう言いたくなるでしょう。

 「確かに『同意する』はクリックしたが、そんなことにまで同意したつもりはない」

◆そこまでは「同意」せず

 ここで思い浮かぶのは、選挙における当選者、あるいは多数の議席を得て政権を握った政党、または、そのリーダーのことです。

 例えば、トランプ米大統領。この人物を、大統領にすることに多くの人が「同意した」ことはまぎれもない事実です。しかし、その人々は、地球温暖化防止の国際的ルール・パリ協定からの離脱や、中東情勢を混迷させるイラン核合意の破棄、イスラエルの米大使館のエルサレム移転といったことにも「同意した」のでしょうか。

 例えば、安倍晋三首相。確かに、選挙では自民党が圧勝、投票者の大勢が、政権を任せることには「同意」したと言えるでしょう。しかし、人々は果たして、戦争に近寄る安保関連法や国民の自由を脅かしかねない「共謀罪」法をつくることにまで同意する、という認識で投票したでしょうか。

 仮に、公約に挙げていた政策だとしても、選挙の勝利だけで、それらに「同意」を得たというのは無理がありましょう。アプリの利用規約と似たりよったり、やたらに長く、多項目。すべてを是と判断して「同意する」をクリック…いや、投票したという人が多くいたとはとても思えません。

 じき憲法記念日ですが、わけても九条改憲の企図には、違和感を禁じ得ないのです。古賀誠・元自民党幹事長も語ったように「『九条を変えるべきだ』という国民の熱意は一つも伝わってこない」。国民は求めていないのに、憲法に縛られる権力の側だけが「とにかく変える」と色めき立っている。

 無論、最後には国民投票で「同意する」「しない」が問われますが、そもそも、首相が改憲に旗を振ることに有権者は「同意した」のでしょうか。最新の世論調査によれば、安倍政権下での改憲は望まない、が三分の二。つまり、こんな意識では。「確かに投票はしたが、そんなことにまで同意したつもりはない」

 選挙で勝った側が政権を担うのは当然、選挙で前面に打ち出した主張に沿って政策を進めるのもまたしかりでしょう。しかし、別に有権者から白紙小切手をもらったわけではありません。

 では、どう振る舞うべきか。

 言葉遊びをさせてもらえれば、「死を想(おも)え」という意のラテン語の警句を借りて、安倍さんやトランプさんにはこう申し上げたい。

 メメント・モリ、と。

◆「多数決」機能するには

 選挙の拠(よ)って立つ「多数決の原理」が、民主主義を支える原理として機能する時、所与の条件ともいえるのが、勝った側の「慎み」でしょう。敗れた少数側の主張に対する十分な配慮なくば、多数決はやすやすと分断を生みます。

 加えるに、自民党とて有権者全体でみれば25%の信任を得ただけですし、トランプ氏も得票数では対立候補に負けています。

 だからこそ十分な慎みをもってメメント・モリ。勝者に投票されなかった票=死票に込められた思いを想え、と言いたいのです。

 

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