言えない状態がたぶんつらかったとは思うんだけれど。
実はおととい秀樹さんのご自宅で奥さまの美紀さんにお会いして
いったい何だったのか。その真相が初めて明かされます。
今度、子どもと3人頑張っていかなくてはいけないので
じゃんじゃんって、こういう振りをしたとするじゃない。
19歳のときに出演したドラマ寺内貫太郎一家で演じた
会ってもね、もうつまんない話聞かなくてもいいからね。
中でも、社会現象ともいえる人気となった曲といえば。
そういったお付き合いに結果的にはなったんですよね。
これが足運べるようになっただけでも、うれしいよね。
そういうことをくよくよしても始まらないじゃないかと
やっぱり存在あるんだなっていうところも見てもらいたい。
お子さん3人いらっしゃってまだ小さいわけですよね。
なかなか利かない状態ではあったっていうことなんですよね。
行ってくれるんですけども。一緒に行ってたんですか。
そうなんです、入谷の方に週5で通わせていただいて。
50周年というのを目標にして秀樹さんの中で逆算しながら
その日、ステージ上で秀樹君を抱きしめた五郎さんは。
ファンの人の前で自分を表現しようとしている姿を見て
と先生が言っているので僕はね、頑張ってるんだよって。
楽しかったです。ありがとう。ハグ。おお、いいねえ。
ハワイは結構飛行機に乗る時間が長いじゃないですか。
エコノミー症候群というか。狭いと体が大きいもので。
体の方が大事だからそれはお願いしますっていうことで。
下りるのは危ないから絶対エレベーターにしてくださいって
そーっとエレベーターで上がってこようとするんですけど
たまに、この間、同窓会のコンサートがあったときとか
誕生日プレゼントをファンの人から、いっぱいもらって
自分のパパはこの人なんだ。これが自分のパパなんだ。
亡くなってから見たりしてるとすごかったんだなって思います。
倒れられたとき、どうだった。2014年の終わりぐらいから
結構きつく言ったんですけど。後から病気だって分かったんで
息子を追っ掛けたいから走って。ほら生意気盛りになってくると
パパをからかってるんでしょうけど、そしたら、もう悔しくて。
あれは今年のことなんですけど運転してジムに行くんですが
えっ、何て、とか言って。今、1時15分だよとか言ったら
事故りそうになっちゃって今、言わないでよとか思って。
どうしちゃったと思って。すごく驚いたことがありました。
話してくれるんですけど。こう、何て言うんでしょう。
私もそこがパニックになっていて救急車の方に電話して
泣きながらで、ちょっとよく覚えてないんですけどね。
まだ脈はないまま、取りあえず搬送しますということで
ええっとか、思って。ちょっと本当、子どもたちには酷。
きついなと思って。ちょっと子どもたちには隠そうかなって
分かったと。できるだけパパのね病院のとこにいるようにすると。
本当にそのときは長いようなすごいパパ、今日は何日目って
いつも娘が写真でパパと一緒に写真撮ったりしてたんですが
シャンプーさせてもらったりすごく本当に幸せな時間でした
私にとって。子どもたちも学校終わって会いに来てくれて
ご飯食べたりお風呂入ったりして今日パパどうだったとか言って
ちょっと来られた方がいいかもしれませんということで
けど、パパは苦しそうではなくて本当、穏やかに寝てるみたいに。
僕は、何回かこれまで身近な方が亡くなったことありますけど
という言葉聞いても、こんなこと言っていいのか分かんないけど
こういうことなのかなっていうかずっとこれからも一緒なのかな
っていう気がしました。でもそういうことなんですか。
今回取材して初めて知りました。いったいなぜ、当面の仕事を
でも、安心してください。ヤングマンだけでなく秀樹の歌は
秀樹君、あなたは幸せ者です。素晴らしい歌、素晴らしいファン
素晴らしい仲間、そして何より本当に素晴らしい家族に