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”All alive are fitting.” 「生きてりゃ適者です。」

2018-05-24

HPVワクチン副反応マウスモデル論文の不当な撤回問題についてAdd Starcarolynkidman

Scientific Reports誌に査読を経て正式掲載された荒谷らによるHPVワクチン副反応マウスモデル論文が先日、何の不正も認められていないにも関わらず、編集側の一方的判断撤回されるという異例の事態が起きました。

Retraction: Murine hypothalamic destruction with vascular cell apoptosis subsequent to combined administration of human papilloma virus vaccine and pertussis toxin

https://www.nature.com/articles/srep46971

撤回要求したのはHPVワクチン推進側のシャロン・ハンリー氏らのようですが、これはサイエンスおよび医療の両面において非常に重大な問題であるため、基礎的な知識も含めてここで解説したいと思います

まず、編集部による主張をみてみます

The Publisher is retracting this Article because the experimental approach does not support the objectives of the study. The study was designed to elucidate the maximum implication of human papilloma virus (HPV) vaccine (Gardasil) in the central nervous system. However, the co-administration of pertussis toxin with high-levels of HPV vaccine is not an appropriate approach to determine neurological damage from HPV vaccine alone. The Authors do not agree with the retraction.

専門家査読を経て正式掲載された論文一方的撤回するにしては、具体性に欠けるコメントと言わざるをえません。

主な主張は、HPVワクチンの影響を見る際の実験「pertussis toxin」使用しており、これがHPVワクチン単独の影響を検討するには不適当である、というものです。

これはマウスの疾患モデルを使った研究を知っている専門家にとっては、非常に奇妙な論理です。

pertussis toxin(百日咳毒素)とはなにか

pertussis toxinは百日咳毒素と呼ばれる成分ですが、たとえばpubmedで以下のように検索してみればわかるように、これはマウスモデルを使って自己免疫性の神経疾患を研究する際には、ごく一般的に用いられている手法からです。

pubmed検索

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=EAE++pertussis+toxin

実験マウスの老舗チャールズ・リバー社からも、pertussis toxinを使った実験自己免疫性脳脊髄炎の総説が出ています

http://www.crj.co.jp/cms/cmsrs/pdf/CRJLetters/CRJLetters-17_2.pdf

ではなぜ神経疾患のマウスモデルにおいてpertussis toxinを使用するのか、簡単説明しましょう。

pertussis toxin(百日咳毒素)の役割は、一言でいえば「血液脳関門」の機能を低下させることです。

では「血液脳関門」とはなにか?となりますよね。

血液脳関門blood-brain barrier, BBB)とは、血液と脳のあいだでの物質交換を制限する機構のことです。

血液は全身に酸素栄養成分や血球を運び、それらは血管壁を越えて臓器に供給されていきますしかし、血液は同時に、毒物病原体をも運んでしまうことがあります

極めて繊細な器官である脳を守るために、脳の血管ではこの血管壁が極めて厳重な障壁となっていて、通過できる分子をごく少数に制限しているのです。

このため、大きな分子白血球などの免疫細胞もほとんど脳の実質に入ることはできず、また多くの薬剤もシャットアウトされてしまます

ただし、この血液脳関門絶対ではなく、神経への刺激や炎症によって緩んだり破綻したりすることが知られています

局所的な神経の活性化により血液脳関門における免疫細胞のゲートが形成される

http://first.lifesciencedb.jp/archives/4397

血液脳関門に関する最新の知見

https://www.jstage.jst.go.jp/article/organbio/20/1/20_36/_pdf

さらに、多発性硬化症代表される自己免疫性の脳炎においては、やはりこの血液脳関門機能が低下し、通常は透過しない成分や免疫細胞が脳に浸潤を起こしていることが明らかになっているのです。

f:id:sivad:20180524150139j:image:w360

http://www.msdiscovery.org/news/news_briefs/8695-early-detection-probe-ms-exploits-coagulation-protein

まり自己免疫性の脳炎を患っている患者さんでは、なんらかの要因により血液脳関門機能が低下したこと病気の原因の一端であると考えられるわけですね。

治療研究の為にはこういった病態マウス再現することが必要になりますが、ここで実験マウス人間患者さんとの違いを考えねばなりません。

疾患マウスモデルとは

実験用のマウスというのは、近親交配によって遺伝的に最大限均一にされていますし、生育環境なども可能な限り統一され、健康状態を保たれています

一方、人間場合遺伝的背景も、生理的条件も、生活環境も人それぞれです。その中で運悪く、特殊な条件に当てはまった方が、病気発症してしまうわけです。ほとんどの人にとって小麦粉は単なる食料ですが、アレルギーを持つ人にとっては一口食べただけで命の危険がある、それくらいの多様性があるわけです。

ですから病気マウスモデルを作製する場合には、人為的特殊な条件をつくってあげなくてはなりません

例えばがんのモデルでは発がんさせるために投薬したり、特定遺伝子破壊したりしますし、アルツハイマーモデルでは特定蛋白質を過剰に発現させたりします。これらはもちろん人間患者さんではやっていないことですが、病気の条件をマウス再現するには必要手法なわけです。

そうしてマウスで疾患の状態再現できれば、人間には簡単に試せない手法をいろいろと検討することができ、原因解明や治療法の開発に大きく前進できるのです。

pertussis toxin(百日咳毒素)も、上記のように多発性硬化症などの神経疾患モデルにおいて世界的に広く使われていますが、もちろんそういう疾患の原因がpertussis toxinであるわけではありません。血液脳関門機能低下という状況を再現するために必要から使われているのです。

すなわち、HPVワクチン副反応が、自己免疫性の脳炎類似メカニズム現象である可能性があるならば、pertussis toxinを使用して血液脳関門機能低下という状況を検討するのは、科学的に当然の方法であるといえます

実際、HPVワクチン副反応の患者さんを診察した専門家は各症状や自己抗体、炎症性サイトカインの増加などから自己免疫性の脳症との類似を指摘しており、このアプローチは理が適っているものといえます

子宮頸がんワクチン接種後の神経障害【本疾患の主病態自己免疫性の脳炎・脳症と考えられ,適切な治療必要

https://www.jmedj.co.jp/journal/paper/detail.php?id=7027

著者らが「撤回される理由がわからない」とするのも頷けますし、科学者同士で議論をするのではなく、査読を通り掲載された論文編集側が奇妙な論理一方的撤回するのは、科学手続きからしても非常に大きな問題といえます

川上浩一氏らの見解同意です。

「HPVワクチン百日咳毒素を使う」研究であったことは論文に明確に述べられ、論文タイトルにも表示されています。それで査読され、アクセプト掲載された論文ですので、この編集者から一方的撤回理不尽

https://twitter.com/koichi_kawakami/status/998107609667325952

査読を通り、再度の訂正もクリアしての掲載なのに、なぜ撤回されたか全くわからない」「我々が教えてもらいたいくらいだ」

https://twitter.com/hichachu/status/999078965250740225

HPVワクチン副反応マウスモデル論文の内容

著者らは論文をさらに強化して他の学術誌に投稿する予定のようですから、とりあえずはそれを待てばよいですが、ここでも当該論文の内容を簡単に紹介しておきます

荒谷らは、図1aにあるように、この実験ではマウスに対してvehicle(何も入っていない溶液)、Ptx(pertussis toxin)、G(HPVワクチンガーダシル)、GPt(HPVワクチン+pertussis toxin)、EAE(MOG=ミエリンオリゴデンドロサイト糖タンパク質という神経系由来の抗原)、EAEPt(MOG+pertussis toxin)の6種類の溶液を注射して観察しています

f:id:sivad:20180524150136j:image:w360

vehicleとPtxはネガティブ・コントロール(何も起こらないはずの比較対照)、EAEとEAEPtは以前から知られている自己免疫脳炎モデル方法で、ポジティブ・コントロール(影響が出るはずの比較対照)ですね。

その結果、図1cのように、vehicle(何も入っていない溶液)とPtx(pertussis toxin)ではなんの変化も認められませんでしたが、G(HPVワクチンガーダシル)、GPt(HPVワクチン+pertussis toxin)では接種4週間後にはでそれぞれ2/14、12/21の割合麻痺症状が現れました。HPVワクチン単独でも症状が現れますが、pertussis toxinはそれを促進していると受け取れます

f:id:sivad:20180524150133j:image:w360

EAEとEAEPtではポジコンとしてきっちり5/5、5/5で症状が現れ、実験機能していることを示しています

この後の実験では、マウスの脳を組織切片で分析し、HPVワクチンの投与が脳室径に影響を及ぼす可能性や、細胞死を亢進させている可能性を認めています

シンプル実験ではありますが、科学重要性と複雑さは関係ありません。

また、マウスに対するこういった実験は、荒谷らのみがやっているわけではありません。別の研究グループも、条件は違いますマウスHPVワクチンガーダシル)およびpertussis toxinを投与する実験を行っており、やはりHPVワクチンHPVワクチン+pertussis toxinで行動異常が増加するというデータを得ており、またワクチン投与マウスから得た抗体が、マウス抽出物と交差反応を起こすという結果も得ています

Behavioral abnormalities in female mice following administration of aluminum adjuvants and the human papillomavirus (HPV) vaccine Gardasil

https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27421722

これらを総合すると、HPVワクチンの投与によって生じた抗体中枢神経系蛋白質交差反応を起こす可能性があり、何らかの原因で血液脳関門機能が低下している場合には特に重篤な結果を招く可能性がある、と考えることができます

ただし、現象がどれだけ安定しているか患者さんの症状をどれだけ忠実に再現しているかは、これらのモデルを多くの研究者らが試していくうちに検証されていくことであり、それによって徐々にファインチューニングされていくものだといえます。もちろんその過程で、現実的には使えないモデルであるということになる可能性もあります

サイエンス医療を歪めるシャロン・ハンリー氏ら

ところが、シャロン・ハンリ―氏らはこういった科学プロセスそのものを、議論検証もなく妨害しようとしたわけです。

https://www.buzzfeed.com/jp/naokoiwanaga/hans-ronbun-tekkai

シャロン・ハンリー氏はガーダシルサーバリックスといったHPVワクチンメーカーから支援を受けている「PCAF(生命ゆりかごを守る運動シャインキャンペーン)」および「子宮頸がん征圧をめざす専門家会議」双方のメンバーとして知られている人物です。

https://togetter.com/li/976929

こういう姿勢サイエンスを歪め、また患者の救済や医療の発展すら阻害する極めて悪質なもので、村中璃子氏の言動と並んで科学史医学史における歴史的汚点となることでしょう。

きちんとHPVワクチン副反応の患者さんや症状と向き合って診察、研究を続ける医師研究者らに敬意を表し、HPVワクチン副反応患者の皆さんの苦難が一刻も早く解決されるように祈っております

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