日大アメリカンフットボール部の選手が、相手チームの選手に後ろからタックルして怪我を負わせた問題。
タックルをした選手が5月22日、謝罪の会見を行った。だが、ネット上では名前が明らかになる以前から、個人情報の特定やネットリンチが始まっていた。
「彼が言葉で殺されるんじゃないかと」
会見で深々と頭をさげる日大の選手
「ネットに溢れる言葉に憎しみを感じて…。彼がことばで殺されるんじゃないかと思いました」
BuzzFeed Newsの取材にそう語るのは、根拠のないデマがきっかけで、20年近く「殺人犯」などの誹謗中傷を受けてきたお笑い芸人のスマイリーキクチさん。
キクチさんは問題の試合から11日後の5月17日、何気なくスマートフォンで「日大」と検索した際に、タックルをした選手の苗字と思われる名前が関連検索ワードで上がってきたことに驚いた。
さらに「日大 アメフト ○○(選手苗字)」と入力すると、そこには「住所」「ツイッター」「画像」「家族」「報復」などの言葉が並んでいた。
これらの言葉が示すのは、加害者とされる選手の個人情報を求めて、ネットで検索をかけた人々の存在だ。
ネットで日大アメフトと検索すると反則タックルをした選手の名前が表示される。関連ワードには「住所・家族・報復」の言葉、もう私刑だ。反則タックルも私的制裁も悪質な行為に変わりはない。もし彼が命を絶ったらネットリンチをした集団は満足するでしょう。最初は憤りを感じたけど、今は不憫に思う。 https://t.co/YLHtTw7hmr
関連検索ワードは、検索数が多い言葉などが自動的に表示される。
そのため、検索した人が元々それについて調べようとしたわけではなくても、クリックされる可能性が高くなり、さらに検索数が上がるという連鎖が起きやすい。
実際の検索結果には「◯◯選手の家族や兄弟を調査!出身高校はどこ?」「FacebookやTwitterから彼女を特定か!」などのタイトルを冠したまとめ記事が乱立。
Twitterでは選手の顔写真が拡散され、本人のアカウントには誹謗中傷や脅迫とも取れるリプライが多数送られた。いずれも、被害者から被害届が出される前に投稿されたものだ。
「あんたがやったことは殺人なんだよ!この人殺し!人生一生かけて被害者に償え!全日本人を敵に回したからな!!!!」(5月14日)
「よくこの状況で呑気にツイッターやってんな。殺人未遂しといて」(5月20日)
「こいつ、日大アメフト部の悪質タックルの選手。こいつは、しばかなあかん」(5月14日)
「おい犯罪者 ゴミ親とゴミ監督、低脳のクズしかいないアメフト部と逃げてばっかで楽しいか?顔も名前も割れてるし、就職先もないな、残念w」(5月17日)
「ねえねえ永遠ゴミ扱いされる気分をアカウント公開してツイートしてよゴミ人間」(5月13日)
キクチさんは、こうした状況が自分の経験と重なった。「誰かを追い詰めたい、何か叩く内容はないかと、わざわざ自分で憎しみを探している人たちの気持ちを目撃したようで、怖かったです」と話す。
「まだ事実関係がわからない状況のなか、明らかに部外者で彼らと何の関係もない人が、匿名でこうだった、ああだった、彼が全て悪いんだ、と事実のように書く。そうした憶測が噂になり、真実として広がる」
「本人だけじゃなく家族や関連する人に牙が向けられる状況は、どうにか防がなければいけない。匿名の集団が暴徒化する、たがが外れる一歩手前かなという感じがしましたね」
500人のひそひそ話
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インターネット上の誹謗中傷の対象法について解説するスマイリーキクチさん
キクチさん自身が初めて誹謗中傷による目に見える風評被害を経験したのは、出演したお笑いライブだった。
日を追うごとに観客の反応が如実に悪くなり、テレビ番組に出れば「殺人犯に仕事をさせるな」と苦情の電話が殺到。500人入る会場でステージに立つと、「ほらあの人ネットで…」と噂する500人のひそひそ話が会場中に響いた。
誹謗中傷が始まった10年後、特に悪質な書き込みをした19人を警察が検挙した。一部を脅迫容疑などで書類送検したが、いずれも嫌疑不十分や起訴猶予で不起訴になった。
容疑者たちは年齢や出身地もバラバラだったが、共通していたのは、それぞれの供述の中で「誰一人悪いことをしたという意識がなかった」ことだという。
「悪を許さず、懲らしめる」。そんな正義感がネットリンチに人を駆り立てる状況は、今回のアメフト問題にも通じているのではないかとキクチさんは考える。
まずは発信者を疑うこと
名誉毀損やプライバシーの侵害など「インターネットを利用した人権侵犯事件」で、法務省の人権擁護機関が2017年に新たに救済手続きを始めたのものは、全国で2217件。その数は2012年の671件から3倍以上増え、過去最高を更新した。
今回の問題では、日大と混同された日体大にも風評被害が広がっている。
では、ネットリンチに加担しないためにはどうすればいいのか。キクチさんは「叩かれている人ではなく、情報の発信者を疑うこと」が必要だという。
「まずは発信者がどうやってこの情報を得たのか、どうして断定できるのかを疑うべきだと思います。ただリツイートするにしても、自分が果たしてこの言葉に責任を持てるのか、自分が罪に問われる可能性も意識する必要があります」
5月23日に緊急会見を開いた日大の内田前監督と井上コーチ
関連検索については、そうした言葉を検索するか、表示されたときにクリックするかが、個人の選択に委ねられていることを強調する。
「21日に関連検索の画像をTwitterに投稿した時も、逆に日大の選手の個人情報を広めていると批判されることは覚悟していました。でも、実際に彼の住所や家族が明らかになっていないことを確認した上で、数日悩んだ結果、投稿しました」
「今ネットでは実際にこういうことが起きていて、あなたも加担しているかもしれない、じゃあ自分はどんな選択をするのか、検索するのか、書き込みをするのか。この現状を目にした人に考えてほしかったからです」
全治3週間の怪我を負った被害者は、被害届を出した。日大の選手は22日の会見で、自分の行動を認めて謝罪。今後は警視庁が傷害容疑などで捜査するとみられる。キクチさんは言う。
「彼は悪いことをしたかもしれないけれど、部外者の私たちには彼を裁く権利はない。それを意識する必要があると思います」
Saori Ibukiに連絡する メールアドレス:saori.ibuki@buzzfeed.com.
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